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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第六章 騒乱の予感
65/134

第七話 横恋慕 ※

 夜の警らまで時間があるため、アクトとハルは近くのフラガモ料理の名店『フリント』で食事を済ませ、その後、警備隊の詰所で待たせてもらう事にした。

 詰所は先程までいろいろと喧騒に満ちた状態であったが、現在は多少落ち着いた夜の時間が支配しており、そんな静かになった警備隊詰所の大部屋の隅でアクトとハルは雑談をしていた。


「それにしても、あんな姿のローリアンさんは・・・初めて見たよ」


 アクトは先程現れたローリアンの姿を思い出し、そんなことを口にしてしまう。


「そうね。私もあんな女子になっているローリアンを見たのは初めてかも知れない。普段の姿を知っているだけに、衝撃的ね」


 ハルも率直に自分の感想を述べる。

 彼等がローリアンの姿を見つけたのは、夕食を済ましてここに戻り直ぐの事であった。


「フィーロ、居る?」


 第二警備隊の詰所へ現れたローリアンは気軽な言葉でフィーロを探す。

 ハルが知るローリアンとは、いつもエリザベスの影の存在として動いているので、自分からはあまり喋らず、近寄り難い雰囲気を出していたが、ここに来た今の彼女は年頃の十九歳の女性とそう変わらない雰囲気だった。

 普段の姿を見慣れていたアクトとハルは一瞬誰が来たか解らないぐらいだったのは言うまでもない。

 ローリアンは目的のフィーロを探し出して、彼の元にツタツタと歩み寄る。


「フィーロ、ニケのご飯を買って来たわよ」

「お前なぁ。俺が年上なんだから『フィーロさん』とか『フィーロ様』とか敬語を使えよな」


 迷惑そうに言うフィーロであったが、ローリアンはたいして気にした様子はない。


 「何よ、偉そうに・・・それよりもニケよ。ニケは何処?」


 ローリアンが愛して止まない愛猫の姿を探す。


「ああ、ニケは、ほら。あいつ等が可愛がっているよ」

「あいつ等って・・・げっ! ハル」


 ローリアンはフィーロが指した方角に目をやり、そして、猫をあやしているハルと目が合った。


「な、なんで、ハルとアクト様がここにいるの!?」


 ローリアンは予想していなかったハルとアクトの存在に一瞬狼狽するが、それでも、自分の可愛がる猫がハル達に弄ばれているような気がして腹を立てたようだ。

 ツカツカツカとハルの前に進んだローリアンはニケを渡すように手を広げ、ハルもローリアンの迫力に負けてニケを直ぐに手渡す。


「にゃ~ん」


 ニケもローリアンには懐いており、直ぐ彼女に身を寄せ、その豊かな胸に顔を埋めるようにして愛嬌をふりまく。

 ニケが自分を裏切らなかった事に気を良くしたローリアンは、ハル達の事など直ぐに興味が無くなり、フィーロの元へと歩み寄る。

 何やら彼に小声で二、三言話しかけて、「ちっ、面倒臭ぇーなぁ」とフィーロは愚痴を溢し、そして、ローリアンはそんなフィーロを伴い大部屋から出て行った。

 そして、静寂が訪れる今となった。


「なぁ、フィーロさんとローリアンさんって、出来ているのかな?」


 アクトは興味本位でハルに聞く。


「さぁ? よく解らない。でも、あんな乙女のローリアンを見たのは・・・意外だったわ」


 ハルも意外だったのか、本当に驚いている。

 今回もハルは無意識でローリアンの心の内を魔法で覗き観ていたが、それでも『よくわからない』という結論を出している。

 ローリアンがニケという猫に感じている親愛の情というのは本物である事は判明したが、それがフィーロにも向かっているかと言うと・・・微妙であった。

 それでも相手を憎からずと思っている事は真実のようで、これは彼女にとっても大きな前進のように思えたりする。

 ローリアンは以前に白魔女と対峙した際、白魔女との戦いに負けて、人前で失禁するという大失態を仕出かしている。

 彼女としては女性として許容できない事態になっていたと思うが、この事件よりも前から「お前は小便臭い女」という嘲りの言葉を受けていたフィーロとローリアンとの仲は最悪だったとも言えるだろう。

 尤もこれは、このときのローリアン側の誤解であり、フィーロは口の悪い男だが決して性根が腐っている訳ではない。

 むしろ、責任感があり、年上の優しさを持つ男であるとハルは評価していた。

 ただ、彼は口下手なのだ。

 それが故にフィーロは周囲―――特に女性―――から誤解されてしまう損な性格の持ち主だったのだ。

 そんなフィーロの誠意(?)が通じたのだろうか・・・

 今の互いの様子から察すると、フィーロとローリアンの関係はそれほど悪くないようだ。


「まぁ、あとは本人達次第じゃないかしら?お互い良家の貴族だし、意外に合っているのかも知れないわよ」

「・・・そうだな」


 アクトもこれまでのローリアンの印象はエリザベスと同じ側にいる人物であると評しており、貴族意識が強過ぎで、あまり相手にしたくはない女性だったが、先ほどフィーロとの楽しそうな会話をしていた彼女を見ると、何故だか応援したくなる。

 それ程までに先程のローリアンは年相応の乙女感を醸し出していたのだ。

 面白いものが観られて心和やかになるふたりだったが、そこにロイ隊長がやって来た。


「ふたりともちょっといいか?」

「ええ」「はい」


 ロイはふたりが座っていたテーブルの横に椅子を持ってきて、ドカッと腰かけた。


「先程ハルさんの見せてくれた『魔法鏡』という魔道具にちょっと興味があってね」

「魔法鏡にですか?」

「そうだ。あれを我々も使う事ができるのだろうか?」

「できるか? できないか? と問われるならば、『できる』と言う結論になります。ただし、それなりに魔力は必要ですし、今のところ販売は考えていませんが、もし作るとなればそれなりの費用と時間はかかりますよ」

「そうか。魔力の方はこれから考えるとして、もし、魔道具の製作を依頼すると、どれぐらいになる?」

「随分と興味津々ですね。そうですね・・・・・・これと全く同じものと言われると、少し大変ですけど、機能を限定して普通の映像記録と再生のみだとすると・・・・概算で三百万クロル、製作期間は半年ってところでしょうか?」

「む! やはり安くないな。それでも記録できるというのはとても魅力的だ」


 高額ではあるが、それはロイの予想の範疇の価格と期間であった。

 しかし、それでも彼の一存では購入を決められない価格でもある。


「ロイ隊長はハルの魔法鏡に随分と興味を持たれているようですね。ちなみに何に使いたいのでしょうか?」


 それまで黙って事の成り行きを見守っていたアクトが初めて口を開いた。


「うむ、実は犯罪者の取り調べで使えるのではないか、と思ってなあ」


 ロイの説明はこうであった。

 彼ら警備隊は日常業務としては、犯罪者や法律違反者を捕まえて、尋問や証拠物件を調書にまとめ、最終的にこの地域を支配するラフレスタ卿に報告して、審判を仰ぐ仕事をしている。

 ここで調書を採る際に、その場限りで調子のよい事をペラペラと喋り、後になって「そんな事は認めていない。真実ではない」と言動をひっくり返す者が如何に多い事かとロイは憂いでいたのだ。

 こういった者は街の中枢の権力者と何らかの方法でつながっている者も多く、犯罪を見つけて捕らえても、最後のラフレスタ卿の審判で証拠不十分となって放免される事案も多いのだ、とロイは声高々にアクト達に語っていた。

 ロイとしては、こういった映像を記録する魔道具が、そのような輩の『言い逃れ』を防ぐ事になるのではないか?と考えているようであった。


「なるほど、素晴らしい考えですね。捜査の見える化か・・・このままの素材では難しいですが、上手くコストダウンして価格を三分の一ぐらいにできないか検討してみます」


 ハルはロイの熱い思いに共感し、新しい魔道具の開発を約束した。


「そうか! それぐらいの金額だったら俺の采配でも決断できそうだ。よろしく頼む」


 ロイもハルに期待し、成果が上がれば必ず購入する旨を伝えるのであった。


「本当は、街中にこういった記録できる魔道具が設置されていれば、我々の仕事はもっと楽なるのだがなぁ~」


 気を良くしたロイは油断したのか、思わず本音が洩れてしまう。

 これを聞いた途端にハルは神妙な顔付きになる。


「ロイさん、実はそれって、とっても危険な事でもあるのですよ」

「おや?危険とは何故かね?『見張っているんだぞ!』というのは抑止力として悪くないと思うのだが」


 日頃から警らを職業としているロイとしては至極妥当な考え方であり、これをハルが否定するのは不思議だと思ったのだ。


「だってロイさん、他人からずっと見張られているのって嫌じゃないですか? ロイさんだって他人から四六時中ずっと見張られていたら、気楽にトイレだって行く事ができなくなってしまいますよ」


 ハルの言葉によってロイの想像力が掘り起こされる。


「そんなものか?でも、確かに落ち着かなくなるか・・・」


 ロイだって何も罪がないのに、ずっと誰かに見張られているのはあまり面白い事でないと気付く。


「公共の場に監視装置を付ける事で、犯罪を抑制する効果は理解できますけど、この監視装置を使う側も人間なのです。間違いは必ず起こります。見てはいけない他人の秘密を知ってしまった時、ロイさんはその秘密を正しく扱う事ができるでしょうか? 貴方の大切な人が関わったときの事を想像してみてください」


 ロイは自分の妻が知らない誰かと密会しているのを想像してみた。

 勿論それは許される事ではないが、それでも監視装置が無ければ、知らなくても良かった真実だとも考えることができた・・・


「世の中は知らない方が幸せなこともある・・・ハルさんはそう言う事を言っているのだろうか?」


 ため息混じりにロイは想像した内容をハルに伝えたが、ハルはその事について肯定も否定もしなかった。


「ロイさん、また、生々しいものを想像しましたね・・・それは極端な例かと思いますが、私が想像して欲しかったのは、行き過ぎた監視装置が人々の自由を奪う可能性だってあると言うことです」

「人々の自由か? それは我々、街の風紀を守る警備隊にとっても難しい言葉だな」

「ええ。自由も行き過ぎれば迷惑な話しになる事もあります。それでも、正しい心を持った人間が他人に迷惑をかけない範囲で自由を謳歌する事は、人間の幸せでもあると考えます」


 ハルの言葉に目をパチクリとさせるロイ。


「私は『人は自由であるべき』と思っています。それがしっかりと保証されるような法整備が整うまでは、公共の場での監視装置による取り締まりは控えるべきだと私は考えますよ」


 ロイはハルから哲学的な問いかけが出たのは意外だったし、自分よりも十歳以上若いのにハッキリとした物言いができるこの女性を妙に感心した。


「なるほど、ハルさんが言うのも一理あるな。俺が少し勇み足をしていたようだ。この件は忘れてくれ」


 ロイはすっきりした顔になり、ハルの意見を尊重することにした。

 確かに魔道具は所詮道具である。

 使う者がそれに見合わなければ、強力な道具ほど人間関係を破滅に導くものだとも思った。


「なるほど・・・で、ハルさん。さっきの映像では・・・僕の尊厳を・・・」


 会話に入れなかったアクトが今更になって茶々を入れる。


「あれは・・・その・・・何よ・・・アクトと私の仲なら大丈夫って範囲よ」


 ハルは急に口籠る。

 先程のアクトの映像は、本当は別の映像を使う予定であったが、実は間違えて再生したものであった。

 でも、面白かったので、つい・・・と、ハルの悪戯心が刺激されて最後まで再生してしまったのだ。


「いやいや、あれで俺の尊厳がぁ~、俺の自由が制約される」

「何を言ってんのよ。あれしきの事で心の折れるアクト様じゃないでしょ?」

「あれしきの事って・・・俺はここではクールな男で通っているんだよ」

「クール? ふっ、笑わせないでくれる。クールとは私みたいな人の事を言うのよ」

「何を言ってんだ!」


 先程までロイに対して格好をつけていたハルだったが、それが今では全て台無しになっている。

 アクトとじゃれ合う十九歳の素の女性だ。

 それがこのハルという女性と、アクトという男性の、自由な形なのかも知れない。

 ロイはふたりを見てそう思った。

 しかし、このまま放って置くと、じゃれ合いがエスカレートしかねないと思ったロイは、そろそろ仲裁に入る。


「こらこら、ふたりとも止めんか。ここは神聖な警備隊の詰め所だ。喧嘩をするなら今日は帰ってもらうぞ」

「あら」「やべっ」


 ロイの一言でアクトとハルは自分達がはしゃぎ過ぎていた事を思い出し、一時休戦とする事に相まった。


 ここで話題転換と思い、ロイは先程この詰所にやって来た訪問者の話を始める。


「そう言えばだが、お前たちが来る前に獅子の尾傭兵団の幹部がここへ挨拶しに来たな」


 ロイの言葉にアクトはピンと来た。


「それってもしかして、男女三組の事でしょうか?」

「そうだ、よく解ったな。丁度アクト達と入れ替わりだったから連想もできるか」


 アクトの予想を肯定するロイ。


「大傭兵団の幹部と言うだけあったのか、ギエフとは違い、団長の男はまともな頭をしていたよ。知的で礼儀正しい人物というのが俺の評価だ」

「意外でしたね」


 当然だが、アクトもハルも獅子の尾傭兵団に対してあまり良い印象を持っていない。

 ハルとしては自分に狼藉を働いたギエフのような人物が、獅子の尾傭兵団の中にごろごろと居る事をどうしても連想してしまうのだ。

 その事を伝えたら、「ハルさんがそう連想するのも無理はない」とロイは言う。


「考えてもみれば、五百人規模の大傭兵団を束ねるのだから、幹部もそれなりの人物でないと運営は難しいだろう」


 ロイはアクトとハルに獅子の尾傭兵団幹部達と会話した内容を伝える。

 団長はヴィシュミネと呼ばれる壮年の男性であり、とても理知的な思考を持つ人物だったとロイは言う。

 短く切り揃えた銀色の髪の中に多少白いものも混ざってはいたが、彼から齢を感じさせるものはそれだけであり、筋肉隆々の身体付きから見ると、現役を維持できている事がすぐに解る程に鍛えられており、今でも屈強な剣術士なのであろう、とロイは言う。

 そして、次にその片腕として紹介されたのは副官のカーサという女性であった。

 彼女はやたらと露出のある赤いドレスのような服装を纏い、派手な匂いの香水を付けた若い女性であった。

 街で時折見かける娼館の女性のような井出達であったが、彼女は若いながらに魔術師としての腕は良いらしく、傭兵団の魔術師達を束ねる存在らしい。

 そして、最後ひとりは顧問魔術師を名乗るマクスウェルという年齢不詳の男性。

 この暑い最中でもシルクハットを被り、黒い厚手の外套を着用している変わり者だが、彼は傭兵団切っての知恵袋なのだと言う。

 彼の知識は魔法だけに留まらず、法律や戦略をはじめとした教養面全般で秀でているらしく、今回の警備隊の訪問も彼の発案によるものだったらしい。

 獅子の尾傭兵団は既にラフレスタ領主と契約を締結しており、今回の月光の狼の騒動が解決するまでラフレスタに駐留する事になるようだ。

 領主からの依頼内容は『月光の狼と白魔女の討伐』であり、街の警備隊だけでは手に余るとラフレスタ領主が判断したことによる。

 警備隊組織としては面目丸潰れなのだが、今まで最たる成果を上げられていないのも事実である。

 ロイは悔しかったが、これも致し方ない事として領主の決定を受け入れている。


「今後、獅子の尾傭兵団と警備隊はどのような連携になるのでしょうか?」


 ロイの説明を聞いたアクトは警備隊と傭兵団の仕事の棲み分けが気になったので質問をしてみた。


「今のところ、互いに深く連携して仕事する事は無さそうだ」

「え?」

「これはヴィシュミネ団長から提案あった事なのだが、彼ら先行部隊とウチの隊の衝突の件を勘案して、別々に行動した方が互いに良いと判断したらしい」


 ロイの説明にアクトは納得する。

 ギエフをはじめとした獅子の尾傭兵団の面々はあまり気持ちの良い連中ではなかった。


「ヴィシュミネ団長は言っていたよ。『うちの団員にもいろいろあって、態度が悪い連中も中にはいる。実力はあるが一般人とはなかなか反りが合わない者達だ。それを規律正しい街の警備隊と合同させてひとつの組織としてまとめるのは無理がある』とな・・・」

「・・・確かに、同意しますね」

「そう言う事だ。基本的に連携行動はしない。しかし、犯人に対する情報の共有や犯罪者の引渡しについては互いに協力する事にしているがね」


 ロイはそこまで言って、ある事を思い出した。


「そう言えばヴィシュミネ団長が、ギエフのしでかした非礼について、ハルさんに直接謝罪がしたいと言っていたが、どうするかね?」


「げっ! 私にですか!」


 怪訝な表情になるハル。

 それはギエフの顔を思い出してしまったからだ。


「うむ。団長としてはギエフのしでかした事を恥じているようだった。ハルさんに顔を見せる機会があれば、謝罪と迷惑をかけた賠償もすると言っていたが、受けるかね?」

「いや、結構です!」


 ハルは即答した。

 いろんな意味でハルは彼らと関わりたく無いと思っていたからだ。


「やはり予想どおりの回答だな。先方にはその旨を伝えておくとしよう」


 ロイとしてもハルが拒否する事は予想していたが、一応、聞いてみただけだった。


「さて、そろそろ時間だ。本日一回目の夜警に行くとしよう」


 見回りの時刻になった事を確認したロイは部下達に声をかけ、警らの準備を始める。

 アクトとハルも休んでいた席を離れて、簡単な準備を済ますのであった。

 

 

 

 

 

 

 今晩の警らの活動地域は第二警備隊の詰所があるラフレスタ西側の地区から街の第一区間の城壁の中へと入り、貴族街の西部にかけて実施する予定である。

 貴族の邸宅が数多く存在するため、街並みや道路は整然と区画整理された地区であり、元から治安も悪くない地域だ。

 月の灯りに照らされた石畳の上を二十人程の警備部隊とアクト、ハルが進む。


「うん、異常は無いな」


 アクトがそう言うのも、小一時間ほど警らをしていて、普段と変わらない風景が続いていたからだ。

 本来ならば治安が担保されている状態であり、喜ばしい事なのだが、アクトにとっては物足らなく感じてしまう。


「本当に今日は平和ね」


 ハルもアクトの気持ちが解った。

 このふたりは戦闘行為に参加する事が目的だったため、実は平和でない方が良かったのだが、この場でそんな不謹慎なことを口にするほど愚か者のふたりではない。

 街の平和を望まないような発言を、警備隊の中でするのは、ひんしゅくを買う以外の何物でもないのだ。

 そうしたことから、アクトは状況が変わらないことに少し退屈を覚えはじめており、今日はこのまま何も起きない予感がしていた。

 しかし、彼と行動を共にするハルは違う。

 ハルだけには、この二ブロック先の貴族の屋敷に、月光の狼の手の者が忍び込んでいるのを知っていたからだ。

 彼女は白魔女への伝手としての役割もあったため、月光の狼の活動計画を事前に知っているのだ。

 月光の狼には独自の情報網があり、警備隊の警らする時刻や場所を事前に把握しており、この警らルートを回避するような活動をしていたが、今日に限ってはそうならない。

 何故なら、直前にハルからロイへ警らルートの変更を申し出ていたからだった。

 理由は「開けた街路の方が、魔法鏡による魔力撮影が行い易い」としていたが、意外にもロイはハルからの警らルート変更の申し出を簡単に許可していた。

 ロイとしても、どのルートを通るか?という厳格な決まりはなかったし、何となくこの魔女の偶然に乗ってみようと思ったからである。

 ハルやアクトと一緒にいる時は、何故か賊との遭遇率が高いからだ。

 今回も彼らの運に便乗し、ルートを変える事にしたのだった。

 そして、彼らはその幸運(?)にあやかる事ができた。

 そろそろ、月光の狼が忍び込んでいる屋敷に到着しようとしていたとき、現場に近い場所で異変が発生する。

 

ドーーーン


 何の前触れもなく、突然の大音響とともに屋敷の壁が崩れ、そこから三つの影が飛び出してきた。


「むっ、何だ!何だ!」


 目の前で起こった突然の爆発に驚き、ロイは身構えた。

 瓦礫から飛び出してきたのは黒ずくめの恰好をしていた存在。

 警備隊は日頃から煮え湯を飲まされているその相手を見違えることはなかった。


「賊だ!月光の狼だ!」


 隊員のひとりがそう叫ぶと彼等の行動は早かった。

 普段の訓練どおり、賊を逃がさない様に包囲行動を開始する。

 アクトも他の警備隊に倣って包囲の一旦を担い、ハルはそのアクトの戦闘を記録するために懐から魔法鏡を取り出していた。

 いよいよ月光の狼との戦闘が始まると思うハルであったが、その時、瓦礫の奥から魔力が集まるのを感じる。

 その数舜後、瓦礫の土埃の中から魔法による火球が月光の狼たちに向かって放たれた。

 ほぼ直線的に空中を進んだ火球は月光の狼たちの居た場所に炸裂するが、月光の狼も個々に散会してこれを回避していた。

 再び、ドーンと大きな炸裂音と光が夜の貴族街に響き、その周囲にいた警備隊隊員達も光と熱を肌で感じた。


「今度は何だ! 奥に誰かいるぞ」


 隊長であるロイは警戒の声を上げて仲間達に注意を促した。

 そして、瓦礫の向こう側からゆっくりと現れたのは赤色の鎧を着た三人と、赤色のローブを着たひとりだった。


「獅子の尾傭兵団!」


 彼らの姿を確認したロイは直ぐにその正体を看破する。

 夕方にその幹部達に会ったばかりだったが、彼らは獅子の尾傭兵団の本隊の傭兵達だったのだ。

 三人の戦士風の男達は両刃の剣を抜き、各々が目標として定めた賊に向かって飛びかかる。

 彼らは大柄でかなり重量のある金属製の鎧を着込んでいたが、それを感じさせない程に素早く動いていた。

 この意外な俊敏さを見て驚くのは月光の狼の賊達だ。

 しかし、彼らも魔道具で身体能力を強化された人間であり、直ぐに対処をはじめる。

 戦士の突撃を素早く回避した彼らは、懐から魔法の短剣を抜き反撃した。

 青白い魔法の残滓が闇夜に残像となって残るが、獅子の尾傭兵団の戦士も両刃剣でこれを往なしていた。


「な!」


 月光の狼のひとりが驚きの声を上げる。

 それもその筈、打ち合った相手の両刃剣からも青白い光が漏れていたからだ。

 この光景に、アクトやハルを初めとした警備隊の面々も驚きを隠せない。

 何故なら、獅子の尾傭兵団の戦士達が全員、魔剣を装備していたからだ。

 魔剣とは文字どおり魔法が印可された武器を示す総称であり、その能力はどのような魔法が印可されているかによって様々である。

 最も有名で事例数が多いのが、重量の軽減、切れ味が増す、という能力だったが、たったそれだけでも十分に高価な武器である。

 ハルは丁度、魔法鏡を持っていたため、それを彼らに向けて撮影したが、魔力の流れを確認したところ、少なくとも重量軽減の能力がある事は解った。

 ざっと見たところ、この魔剣一本で二百万クロル程の価値があると推測する。

 それを三人の戦士が一本ずつ持っているとすると、ざっと六百万クロル・・・一般家庭が一年間悠々と暮らせるだけの価値にある。

 その上、彼らが装着している鎧にも重量軽減や軽微な魔法抵抗などの魔法が印可されているようだった。

 彼らが傭兵団の中でどのようなポジションの兵なのかは解らないが、一般兵にこのような武装を与えている傭兵団など聞いたこともなく、普通の傭兵団とは一線を凌駕する破格の装備品であった。

 ハルが詳細を知る訳ではないが、おそらく帝国の騎士や軍隊でもここまで充実した装備品を支給されていないだろうと思えた。

 そんな充実した装備を身に纏った獅子の尾傭兵団の戦士たちは、練度も高く、月光の狼の賊と凄まじい剣の応酬をしていた。

 あまりに激しい打合いだったため、周囲を取り囲む警備隊達も迂闊に手が出せない。

 そして、戦士の後ろに立つ赤色のローブを着た男性からは小声でブツブツと何かを呟く声が聞こえる。

 服装からして彼が魔術師であることは明白であり、詠唱の内容から彼が炎の魔法を唱えようとしている事をハルは読み解く。


「アクト! あの人、ここで中級レベルの火球魔法を使おうとしているわ。止めて!」


 ハルは叫ぶ。

 こんな住宅密集地で中級規模の火球が炸裂しようものなら早速火事になる。

 勿論、使い手によって上手くコントロールできる場合があるかも知れないが、それでも街中でおいそれと使ってよい魔法ではなかった。

 前回のエリザベスの時も火事になりかけて大騒ぎになった事を覚えていたアクトは、目前で発動しようとしている魔法を阻害するために、魔術師の前に立ちはだかる。


「ん? 自殺志願者か? 我々の行動を邪魔する者は敵も同じだ。多少の怪我は覚悟しろ!」


 魔術師の男は初見のアクトにそう叫び、構わずに魔法を放つ。

 詠唱の締めの言葉とともに、魔術師の両手から直径二十センチぐらいの火球が飛び出した。

 ほぼ直線的な軌道を描いて月光の狼を狙って撃つ。

 本来ならば自分の味方である戦士達も巻き添えを食うような射線なのだが、彼らの魔法の鎧によって防御される事を見越しているのだろうか、全く遠慮のない魔法攻撃だった。

 そして、その射線途上にはアクトが立っていた。

 普通なら大怪我どころか、即死する可能性だってありうる。

 逃げの一手がこの状況では基本になるが、アクトは全く臆すること無く、ただ飛んでくる魔法の火球だけに意識を集中する。

 そして、火球がアクトに直撃すると思われたその瞬間、彼は「ハッ!」と掛け声をかけて拳を火球に打ち込んだ。

 そうすると火球は殴られた箇所から凹むようにして歪み、そして、ふたつに分かれて割れた。


「何?!」


 相手の魔術師が驚きの声を挙げるが、そんな中でもふたつに割れた火球はそれぞれが軌道を変えられて地面に着弾した。

 火球は轟音立てて大爆発したが、その魔法の炎と光はアクトの身体に引き寄せられように吸収され、やがて消滅してしまうのだった。

 目の前の青年が起こした奇跡のような光景に、魔術師の男は驚愕する。

 しかし、戦士の三人はこの異常事態に対して素早く反応を見せた。


「貴様、さては賊の味方か!」


 戦士三人はアクトに脅威を感じ、それぞれ相手をしていた月光の狼を放り、アクトに向って斬りかかってきた。

 三人から凄まじい勢いで剣を突き出されるが、それは単純で直線的な攻撃であったため、アクトは簡単にそれを見切り、さっと横に躱す。

 戦士のうちのひとりがアクトを逃がさまいと体勢を立て直し、袈裟切りに剣を振った。

 アクトか反射的に木製の警棒で防ごうとするが、相手は金属製の真剣で、しかも魔剣である剣に敵うはずもなく、簡単に両断されてしまう。

 首を動かす事で何とか脳天に剣先が直撃することを凌ぐアクトは、戦士の手首を掴み、これ以上に斬り込まれないようにした。

 凄まじい力で抵抗する戦士だが、ここでまた驚きの光景が始まった。

 アクトに捕まれた戦士の手甲部分から黒い霞が立ち昇ったかと思うと、直後に戦士の剛力が急に抜けることになる。

 アクトの魔力抵抗体質の力が発揮されて、触った部分から魔力を分解して、鎧に付与されていた魔法効果が失われていまい、重量軽減の効果が切れたのだ。

 重量軽減の効果が無くなると、途端に鎧と剣の重さがかかり、あまりのその負荷によって動けなくなってしまう戦士。

 アクトの方に重量級の戦士の重さが圧し掛かってくるが、アクトは堪らず戦士を蹴って仰向けに倒した。

 そのアクトに迫る影がふたつ、それは別の戦士だった。

 突進してくるふたりの戦士をアクトは前転する事で躱し、転がった際、器用に最初の戦士が手放した両手持ちの剣を拾いあげる。

 それはかなりの重量があり、日頃鍛えているアクトでさえ気安く扱える代物では無かったが、他に身を守る手段がなくなってしまったため、贅沢は言っていられない。

 アクトは迫り来る戦士に、自分には不似合いな重い剣を強く握って構えたが、ここで助人が現れる。

 後方より魔法の迫る気配を感じたが、それはアクトの脇をすり抜けて、迫り来る戦士達ふたりに炸裂した。

 圧縮された風の魔法は戦士を直撃し、魔法防御している鎧であるにも関わらず、彼らを大きく後ろへと吹き飛ばした。

 彼らは空中で大きく一回転し、仲間の赤色ローブを着た魔術師の真上から落下する。


「ぐぎゃ!」


 カエルを踏み潰したような擬音が聞こえたが、それは予想に違わず、重量級の戦士ふたりに押し潰された魔術師の悲鳴だ。

 こんな精度のよい攻撃魔法を無詠唱で熟す人物などアクトが知る中ではただひとりしかしない。


「ハル! ありがとう、助かった」


 アクトは後ろを振り向かずに自分の相棒に向かって礼を述べる。

 有り難い相棒であった。

 後ろの方から自分に近寄ってくる気配を感じ、それはハルがこちらに駆け出してくれたのだろうと思い、特に振り返らなかった。

 アクトがハルに視線を向けなかったのは、目前の獅子の尾傭兵団の輩がまだ健全だったためだ。


「くぅ! 小僧めぇ。我らの邪魔をするとはいい度胸だ」


 赤色ローブの魔術師は重力級の戦士を手でどけて立ち上がる。

 当たりどころが悪かったのか、その顔からは血を流していたが、彼はそんなことなど気にせず、怒りのあまり額をヒクヒクさせてアクトを睨む。

 この小癪な餓鬼にどんな攻撃を加えてやろうか、と試案している顔だったのである。

 アクトもそれに負けじと相手を睨み返す。

 第二戦が始まろうかとしていたとき、それは罵声によって中断することになる。


「こらーーーっ! 暴れるのを止めんか!お前たちーーー!! 俺らはこの街の警備隊だ」


 ロイが絶叫を放ったことで、我に返るアクト。

 そして、獅子の尾傭兵団の男達もロイの声で動きを止める。

 このとき周辺を確認するアクトであったが、この騒ぎに乗じて月光の狼達は既に逃げた後だったりする。


「ち、逃げられたか。お前達さえ邪魔しなければ、捕らえられていたものを」


 赤色ローブの魔術師もその事に気付き、不機嫌にそう言い放った。


「何を言っている。俺はヴィシュミネに『賊は捕まえて良い』と言ったが、『街を破壊して良い』とは言っておらんぞ!」


 ロイは相変らずの大声で傭兵団の無法な戦闘行為を非難した。

 彼らが行使した中級レベルの火球魔法は住宅の立ち並ぶ街中でおいそれと使ってはならない魔法だったからだ。

 それを指摘されては獅子の尾傭兵団としてもバツが悪そうだった。

 彼らとしても自分たちの予想以上に月光の狼の賊の腕が立つので、戦闘がヒートアップして、血が頭に登っていた。

 団長からは傭兵団の先行部隊が街の警備隊と揉めた一件を聞かされており、「くれぐれも揉め事を起こすな!」と厳命されていた事を思い出した。


「ちっ、解った、解った。お前たち、今日はもう帰るぞ」


 魔術師の男は面白く無さそうに顔を顰めると、仲間に撤退を指示する。

 ハルの魔法で飛ばされた戦士達は節々が痛むのか、立ち上がってヨロヨロとしている。

 そうしながらも、アクトによって魔法の重量軽減の魔法効果を飛ばされた鎧を装着した戦士ひとりに肩を貸す。

 そして、彼らは愛想の片鱗も見せず、黙って警備隊の前から去ってしまった。

 これを静かに見送ったロイ達はこの街にまた厄介事を増えたことを確信するのだった。

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、ここは月光の狼のアジトであるエリオス商会の地下室である。


「・・・そうです。彼らは『獅子の尾傭兵団』と名乗っていました」


 そう話すのは、先程、傭兵団と戦っていた者達であり、早くもアジトに戻り、事態の報告を統領に行っていた。


「・・・そうか。それにしても我らと互角の力を持つ傭兵団が五百名か・・・これからは仕事がやり難くなるな・・・」


 統領であるライオネルはそう言い部下達を下げさせた。

 薄暗いに地下室ひとり残ったライオネルはため息混じりに誰もいない空間に話かける。


「居るんだろ?出て来いよ」


 そう呟くと、何も無い空間が揺らぎ、やがて絶世の美女が姿を現した。


「よく、私がいると解ったわね」


 白い仮面から覗くエメラルドグリーンの瞳は男を誘うようにライオネルを見据えた。


「最近、君が近くに居るとよく勘付くのさ。まるで恋人が周りに居るようにも思えてね」


 そう言って白魔女に白々しい笑みを送るライオネル。

 そこには先ほどまで深刻な表情をしていた統領の顔は既に無い。


「あら、そんな軽い事が言えるなんて随分と余裕があるじゃない」


 ライオネルの姿を見て、白魔女は呆れてそう言うが、この男は逆境に陥った時、いつもこういった人の喰ったような態度になるのを知っていた。


「それはそうだろう。だって、白魔女様が何とかしてくれるんじゃないかな?」

「全く、他力本願な人ね」

「そうさ。元々、私はそれ程たいした事のできる人間ではないのさ。精々できるのは、私に課せられた運命の歯車を少しだけ狂わせてやるぐらいなものだよ」


 そう言い眉毛を片方だけ上げて見せるライオネル。


「運命の歯車・・・ねえ」


 本当の白魔女エミラルダならばライオネルの心を魔法で見る事でその意味を正確に理解できるが、今、ライオネルの目の前にいるのは白魔女に扮したエレイナであった。

 外観はともかく、彼女にはエミラルダのような超絶的な力は無い。

 しかし、エレイナは長年ライオネル個人に仕えてきた存在であり、彼がいったい何のために月光の狼を立ち上げ、そして、何のために行動をしているのか、彼のほぼ全ての秘密を知る数少ない人間であった。

 それ故にライオネルが『運命の歯車』という単語をどういう意味で使っているのかは彼女にも十分に理解できていた。

 そもそもエレイナは個人としてではなく、セレステア家の一員としてライオネルに仕えている。

 セレステア家はラフレスタ貴族の良家のひとつであり、ラフレスタ貴族界でセレステア家の名前を知らない者がいない程の名門貴族である。

 長年ラフレスタ領主の補佐をしていた名門セレステア家であるが、その次女がエレイナなのである。

 彼女は表向きにはセレステア家に勘当される形で家を飛び出した事になっている。

 周辺の貴族には、お転婆なセレステア家の次女が自分の腕を過信して一旗揚げようと家を飛び足し、エリオス商会に入った事になっていたが、その実は逆なのだ。

 エレイナは両親から特命を受けて、ライオネルを密かに補佐するためエリオス家へ送り込まれた存在であった。

 彼女は、当初、厄介な役を引き受けることになってしまった我が身の運命を呪った事もあったが、敬愛する両親からの真摯な頼みを断る事もできず、エリオス商会に入ったのが十六歳の時であった。

 それから早いもので、もう十五年という歳月が経過している。

 彼女は自分の上司であり、セレステア家が真に仕えるべき主人でもあるライオネルの本質を知れば知るほどに、彼を放っておく事ができない存在になっていた。

 当然だがエレイナはライオネルの過去の境遇も知っており、人並み以上に苦労をしてきたライオネルだが、それでも彼はどんな状況でも心が折れないのだ。

 ライオネルに対して尊敬に値する気持ちは直ぐに芽生えたが、それから十五年の時間はエレイナがライオネルに心から仕えても良いと考えるに十分の期間であったし、名実ともに人生を捧げている存在に等しい。

 今のエレイナはセレステア家の命令が無くとも、いや、セレステア家から反対されたとしてもライオネル側に就く覚悟が芽生えていた。

 それほどに、既にエレイナはライオネルの事を主人としてではなく、人として深く愛してしまったのだ。

 白魔女に化けるための仮面は装着している者に対し魔力、腕力の底上げをしてくれるが、それと同時に気持ちも昂てくれる魔道具であったりする。

 だからであろう、いつもの清楚で一歩引いた彼女では絶対にできない事を実行した。


「その運命の歯車を、私が回してあげましょうか?」


 白魔女に扮したエレイナはライオネルの顔を両手で優しく抱え、彼の目を真っすぐに見つめた。


「・・・ど、どうした? 今日は何時になく積極的じゃないか?」


 ライオネルはいつも自分がまともに相手にされないのを解っていて、エミラルダにちょっかいを出して遊んでいたつもりだったが、今日は突然立場が逆になって焦る。


「あら、ライオネルも焦ることがあるのね・・・それも可愛いわ」

「それは私が・・・うんぅ!」


 何かを言おうとしたライオネルの口は、白魔女の唇によって塞がれた。

 思いがけない接吻に驚くライオネルだが、やがてその柔らかい感触に自分の男としての感情が揺れるのを覚えた。

 長い接吻の後、唇を離した白魔女がライオネルの耳元でこう囁く。


「もし、貴方の愛が本物だと私に解らせて貰えるならば・・・貴方のために一生働いてあげてもいいわ」


 白魔女は妖艶にライオネルだけを見て微笑んだ。

 その姿は男を十分に奮い立たせ、あるいは骨抜きにしてしまう魔女の誘い・・・

 ライオネルは後世、「この時、私は一世に一代の大勝負をすると思ったよ」と、自分の妻となった女性に語ることになる。

 そんな、内心で必死の覚悟をするライオネルだが、このときに彼の口から出た言葉は、何の面白みも無い一言であった。


「・・・善処しよう・・・」

 

 

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