第六話 課題 ※
「うーん、なかなかうまく行かないものね・・・」
渋面を作ったハルがそう呟く。
彼女の目の前にはバツが悪そうな顔をしたアクトが立っていた。
アクトの右手には魔力のすっかり抜けた落ちた素材が持たれている。
素材の根元に組み込まれた小型の魔法陣も、過負荷で焼き切れた状態。
魔剣に見立てた粗削り素材を使ったテストだったが、初めは上手く行った。
魔剣特有の青白い魔法の残滓を纏った素材を振り回し、初めて持つことができた魔剣の感触にアクトの気分は高揚する。
ちなみに『魔法を帯びた剣』を総称して『魔剣』と呼ぶが、その効果は様々であり、単純に切れ味が増すもの物から炎や雷の魔法を使えるような物まである。
纏う魔力に関しても魔剣が自己で完結する方式と、使い手から魔力の供給が必要な方式とあり千差万別だ。
今回、ハルが作ったのは後者で、必要な魔力を周囲から吸収する方式だが、その主たる供給源はアクトの魔力である。
アクトは強力な魔力抵抗体質者であるが、その源が自身の持つ魔力であることを突き止めたハルはこれを利用しない手は無い、と言うか、これしか方法が無いと考えていた。
その考えは的中し、アクトと同調した魔剣(仮)はアクトの膨大な魔力を得て魔剣として抜群の威力を発揮する。
アクトが魔剣を振るうと、それを追うように青い残滓が空を切る。
ハルは試しにと、手元にあった木片をアクトに向かって投げたが、それを魔剣で見事に両断するアクト。
切り口は綺麗で、とても剣に見立てた鈍ら素材で切った切削面とは思えない程に見事なものであった。
気を良くした二人は次に魔法で試そうということになり、ハルが氷の塊を作って投擲する。
これをアクトの魔力抵抗体質の力を魔剣に延伸して氷の魔法で一気に両断粉砕・・・・・としたかったが、そうはいかなかった。
強力な魔力抵抗体質の力が魔剣(仮)に流入するが、ここでその力に耐えられず、魔剣に組み込まれた魔法陣やら何やらが吹っ飛び・・・そして、冒頭に様子へ戻る。
投擲した氷の魔法はただの棒となった魔剣に当たって地面へ落ちてアクトの足元へと転がり、これが何と言いえない失敗の寂しさを醸し出していた。
「まずは原因を調べなきゃ」
ハルは溜息を静かに飲み込み、魔法鏡に記録された映像を再生する。
画面に映っているのはアクトが魔剣(仮)を振り回している様子からだ。
この頃はまだ順調で、魔力の流れも理想的な形を保ち、魔剣(仮)とアクトの魔力が融通し合う形でバランスしていたが、ハルの投擲した氷の魔法を切ろうとして魔力抵抗体質の力を魔剣(仮)に延伸させた所から様子が変わり始める。
アクトの魔力は増加するが、これに魔剣(仮)の魔力が追い付けなくなり、やがて吸収と放散のバランスが崩れて、アクトの魔力が一気に魔剣(仮)側に流れ込んだ。
その結果、魔法陣の回路が過負荷となり、一気に瓦解する結果に至る。
「同調回路が悪いのかしら? 共振現象なの? それとも・・・」
ハルが独り言のように画像から推定される原因について考察する。
「何か解った?」
アクトは恐る恐るハルに聞くが、ハルはひとり考えにふけっているようで、何も応答しない。
こういった反応を見せる彼女は本気に物事を考えている証拠であり、このときには何も邪魔しないのが最良である。
アクトは黙ってハルの考えがまとまるのを待つ。
そして、長い時間が過ぎたとき、ハルは一言こう口にする。
「ねぇアクト、これからデートしない?」
「は?」
アクトとハルはラフレスタの街中を歩いていた。
先程ハルから「デートしない?」の言葉に一瞬戸惑うアクトであったが、現在はその内容を理解して、ふたりでとある目的地に向かって歩いている。
ハルがアクトに言ったのは一種の比喩的表現であり、彼女なりのユーモアセンスだったらしい。
魔剣(仮)の機能喪失の原因はアクトが行使した魔力抵抗体質のため増加させた魔力流に魔法陣回路がついて行けなかった事に集約されると彼女は考えていた。
通常運動では大丈夫だったが、アクトが戦闘などの興奮状態になったときの魔力パターンが通常と異なるために対応できなかったらしい。
今回、たまたま魔力抵抗体質の延伸という行為で発覚したが、これ以外にもいろいろと想定外のパターンがあるとハルは見ていた。
肝心なところで力を発揮できない魔剣など、ものの役に立たないばかりか、自分の命を預ける道具としては欠陥品も同然である。
それはモノづくりをしているハルとしての矜持を大きく削るものであった。
こうなったらと徹底的にアクトの魔力パターンの解析をしようと決意するハル。
そして彼女が選択した方法は、実戦でアクトの戦闘を全て魔法鏡に記録して解析するというものであった。
アクトは訓練でも真剣に行っていると思われるが、それでも訓練と実戦とでは人の動きに雲泥の差が出るのはハルも十分に経験していた。
咄嗟の判断や癖などは中々抜けないものだし、それが身体捌きだけではなく、人の心と直接つながっている魔力となると、実戦の方が多彩な変化があるのは魔術師としてもよく解っている。
魔力はイメージ力であり、人の精神状態が大きく作用するためである。
こうして実戦での魔力撮影を選ぶハルであったが、今の彼女には大きなアテがあった。
それはロイ隊長率いるラフレスタ第二警備隊である。
先刻の白魔女によるジュリオ皇子襲撃事件の一件以来、ジュリオ皇子主催による警ら活動は中断していたが、アクトが自らの鍛錬を目的に個人で警らを手伝っているのは知っていたのだ。
一時は謹慎を言い渡された筈の彼であったが、色々と理由をつけて貪欲に鍛錬を行っているのに少し呆れを覚えているハルであったが、それでも今回はそれが好都合いい事につながるのだから、世の中はよく解らないものである。
ハルは今回の自分の考えたシナリオについて思う。
アクトの鍛錬にパートナ(これはあくまで研究同志という意味よ・・・)である自分が付いて行く事は無理なく説明できると思うし、何よりロイ隊長やフィーロ副隊長、ディヨントは既に顔見知りである。
先刻のジュリオ皇子襲撃事件でも白魔女に扮したエレイナの攻撃を凌いだ事もあるし、実力の面でも問題ない事を示していた。
そして、自分は月光の狼の行動をすべて把握している。
偶然を装い、彼らとアクト達が戦闘になる事も、誘い込めば可能だ。
月光の狼のライオネルには悪いが、今回ばかりは少し協力して貰おうと思っている。
なに、両者が危なくなれば、自分が介入すればいい。
魔法が暴発したとして騒げば、撤退する隙ぐらいは作れるだろうし、最後の手段として自分が白魔女になれば、どうにでもなると思っていた。
我ながら名案、と自分で自分を褒めたい気分のハル。
彼女にとって未知の技術を解明できる事は自身の喜びであったし、今回は格好の材料としてアクトがいるのだ。
アクトの魔力抵抗体質の力を解明する喜び、いや、彼自身を解明する事にハルは夢中になっていたとも言えるだろう。
その事にハル本人が気付かなかったのは言うまでもない。
そうしてふたりは第二警備隊の詰所の前までやって来る。
大きな石造りの頑丈そうな建物は堅実な警備隊という組織を象徴しているようであった。
何時でも出撃できるように入口は開かれており、その中には屈強な警備隊員達が四六時中詰めている。
その入口に入ろうとした時、建物の中から人が出てくる気配を察したアクトとハルは入口でぶつからない様、その前で立ち止まる。
そして、出てきた三人をやり過ごすが、その三人は些か特徴的な人物であった。
ひとり目は上等な服を着た壮年の紳士だったが、服の上から筋肉の盛り上がりがよく解り、只者ではない雰囲気を纏っていた。
その男の後ろに付き添うように歩くのは若い女性魔術師である。
この女性も只者ではない強者の雰囲気を出していたが、それ以上に赤いドレスの様な露出の大きい服装を纏っており、一種の妖艶な雰囲気も同時に醸し出す。
そして、最後の三人目はこの夏の暑さにも拘らず、黒くて大きなシルクハットを被り、黒っぽい外套を身に纏っていた。
落ち着きの払うその様子は紳士風にも見えなくはないが、それでも夏と言う季節には全く似合わない異質な格好。
当然目立つ格好をする三人は周りから注目を集めているが、本人達は何処吹く風で、あまり気にしている様子は無い。
アクトとハルの前を通り過ぎる三人だったが、赤い服を着た女性が使用していたのか、甲高く香水の匂いがアクトとハルの鼻腔を悪戯に刺激する。
あまり強い香りが好きでないハルはその刺激に堪らず眉を歪ませるが、不意に誰かの視線を感じて振り返る。
そうすると、やり過ごした筈の三人と不意に視線が合う。
お互い視線が合ったのは一瞬であったが、このときの無言の沈黙がやけに気になり、ハルは口を開く。
「・・・何か?」
「・・・いや、何も・・・お嬢さん、失礼しますよ」
一番後ろを歩いていたシルクハットの男性がそう応えると、三人は直ぐに踵を返して街の喧騒へ消えて行った。
それを黙って見送るハル。
「ハル、どうした?」
ハルの様子が少し気になったアクトがそう聞くが、ハルは「なんでもない」と答えると、ふたりは当初の目的である第二警備隊詰所の中に入って行く。
屋内に進むと、そこにはいつもと同じように第二警備隊の隊長ロイと副隊長フィーロが執務を行っていた。
「おお、アクト。それにハルさんも来たのか」
ロイとフィーロはふたりを歓迎した。
「ロイ隊長、今日の警らも同行をさせて下さい」
「ああそれは構わないが、いつもよりも来る時間が早いな」
「ええ。実は今日ハルも同行させて欲しいんです」
「んん? ハルさんもか?」
ロイは怪訝な顔になる。
アクトは鍛錬のために警らに同行する目的は理解できるが、ハルは一体何のために?と勘繰る。
「それについては私から説明します」
ハルはアクトの前に進み出て事情を説明した。
「実は私達、魔力抵抗体質者であるアクトでも使用可能な、とある魔道具を開発しています。いろいろと研究開発している最中なのですが、あまり上手く行ってなくて・・・それで、アクトが実際に動いたり、戦うところのデータを採取したくて、協力の依頼にやって来ました」
「魔力抵抗体質者でも使える魔道具なんか聞いた事が無いな・・・しかし、あのハルさんならば、何らかの成果が出せるのかも・・・うむ・・・具体的には何をすればいいのかね?」
色々と考えの巡るロイだが、それよりもハルとアクトが何をやりたいのかを聞くのが先決だと思う。
「難しい事ではありません。アクトの警らに私も同行させて頂き、これでアクトの姿を見るだけです」
ハルはそう言って『魔法鏡』を出す。
一同の注目はハルの取り出した四角い枠に納められた手鏡に集まった。
それは女性が身嗜みを整えるのに持つ一般的な手鏡よりもふた回りほど大きな鏡であった。
「これは『魔法鏡』と言って、ここに映った映像を記録し、保存・再生できる魔道具です。これでアクトの様子を撮影するだけで・・・・って言っても解らないですよね」
魔道具の説明をしようとするハルだが、相手の様子からは自分の話が理解されていないのを察した。
「実際に記録した映像があるので、それを見せた方が早いですね」
ハルはそう言うと以前に記録したアクトの映像を選んで再生する。
そうすると魔法鏡の表面が暗転し、しばらくすると、アクトの食事の映像が流れた。
一心不乱に食べるアクトの映像はアストロの研究室での初めてハルが作った昼食を食べていたときの映像だった。
すごい早さでハルが作ったパスタを食べ、最後に皿を抱えてソースをスプーンで掬うアクトの姿は、どこか子供染みており、愛嬌のある映像だった。
最後まで平らげたが、口の横にソースが残っており、それを優しく拭くハルの姿で映像が締めくくられていた。
この映像を見た警備隊の面々はニヤニヤするが、当のアクトは顔を真っ赤にするほど狼狽した。
「こ、これって・・・映像を撮っていたのか?」
アクトは恥ずかしさのあまり、顔を痙攣させて、ハルに問いかけた。
「ええ、だって密室で男女が初めて会うなんて不安じゃない? 何かあったときの事を考えて録画させてもっていたわ」
「俺の事、信用していなかったのか?」
「ええ。今ならちょっとは信用できるけど、あの時はねぇ・・・アクトって前科あるわよね?」
自分の胸を隠す仕草をしてアクトに向き直る。
アクトもエリオス商会での事件を思い出してしまい、がっくりとうな垂れた。
確かにハルと初めて出会った時に、ハルとぶつかった弾みで胸を触ってしまった事件を思い出した。
しかし、あれは不可抗力だった・・・と言い切れないのが今のアクトでもある。
実はその後の郊外授業で、深夜にハルと一線を越えそうになったこともある。
結果、アクトは何も言い返せず、黙ってしまうが、これが警備隊達にいろいろと憶測させる結果となり、この事で随分とからかわれる事になった。
「アクト、既にお前ってハルさんに胃袋握られているようだな」
「アクト、お前は一体ハルさんに何をやったんだ」
「アクト、終わったな。この先、結婚しかないぞ」
「アクト・・・」
アクトは警備隊の面々に対していつも真面目な姿で通している事もあり、この映像は彼を良く知る警備隊達とってはある意味衝撃的だったようで、弄り甲斐があったようだ。
ひととおり散々と揶揄われたアクトをさておき、隊長であるロイはハルに向き直って話しをまとめた。
「普段は見られないアクトを見ることができて楽しかったが、それ以上に映像を記録できる魔道具があるのも驚いたな。さすがは天才魔道具師のハルさんだ」
ある意味アクトを生贄に出すハルであったが、警備隊の中では前回のジュリオ皇子の一件で彼女を英雄扱いする者もおり、ロイとしてもハルが警らに参加する事は反対しなかった。
「そのハルさんが新たに開発しようとしている魔道具のためだ、この警備隊も全面的に協力しよう。今日の夜の警らはハルさんも加わるが、お前たちいいな」
「了解です。そもそもハルさんの実力はあの白魔女の攻撃をも止める程です。我々は逆に心強いですよ」
新人警備隊員はそう言ってハルの参加を歓迎した。
「あ、あの。私はアクトの事を記録するだけですので・・・」
戦力として期待される事に多少狼狽してしまうハル。
柔らかに戦闘に参加することを拒否するハルだが、それには、フィーロが理解を示す。
「解っているさ。ハルさんは自分のやりたい様にやればいいさ。こいつらはこう見えてもハルさんの事が好きなようだし、尊敬もしているんだろうな。一緒に行動できるのが嬉しいんじゃないか?」
脇にいたフィーロはそう言い、若い隊員達の事をフォローする。
言われた若い隊員は顔を赤めて初心な様相を見せたが、周りの隊員からは「アクトがいる前でお前って奴は・・・」と揶揄われていた。
そんな和やかな雰囲気の元、ハルの提案は大歓迎という形で了承されるに至る。
思わぬことで自分の茶目な一幕が生贄となってしまったアクトだが、彼自身も事が思いどおり進んでひとまず安心を感じていた。
しかし、彼は隣のハルに小さく呟くように自分の願いを述べるのを忘れてはいない。
「なあ、ハル・・・あの映像は・・・削除してくれよ」
「・・・考えておくわ」
ハルは悪戯っぽくそう笑うと魔法鏡を自分のローブの内側へと仕舞うのだった。