第五話 父と子 ※
アクトがロッテルとの名勝負を終えてから数日後、アクトとハルは騎士学校の研究室で魔剣の研究開発を進めていた。
「おっ! ちょっと効果あった?」
「そうね。今までで一番良い反応だわ」
困難を極めていたアクトとハルの魔剣開発は少しずつだがその成果が得られていた。
魔法鏡に映し出された魔力の流れを見ると、素材からアクトへと流れ出す魔力はほぼ止まっており、素材の魔力が維持し続けている。
ここに至るまではアクトとハルが根気よく様々な素材の組み合わせを実験したことによる成果だったが、それに加えて、ハルの気持ちが改善したことも効果が大きい。
「白魔女の正体はハル?」とアクトから疑いの目が向けられ、そして、その事をなかなか聞き出す事ができなかったアクト。
そんなのプレッシャーをヒシヒシと感じながらも気付かないふりをするのは、無意志のうちにハルの精神力を大幅に削っていたのだ。
それに耐えられなくなったハルはエレイナと結託し、自分がいる場面で偽者の白魔女をアクトの前に引き合せる作戦を実行した。
果たして、この作戦は上手く行き、アクトの中で多少疑問は残ったものの、やはり白魔女はハルではなかったと結論づけられたようだ。
そうするとアクトからの疑いの目は成りを潜め、ハルに対して再び以前と同じように接して来るようになった。
これでハルの心の負担は一気に軽くなる。
自分の心が軽くなった事を一番びっくりしていたのはハル本人だったりするが・・・それは脇に置いておこう。
こうして彼女は以前にも増してアクトの魔力抵抗体質に関する研究へ没頭できることになる。
心にゆとりを得たハルがアクトの魔力抵抗体質を記録した魔法鏡の映像を見て、気が付いた事がひとつあったのだ。
アクトに接触して魔法を行使したときは何も変化が無いのに対して、少し離して魔法を行使した場合には黒い霞のようなものが現れる。
この霞の正体は何だろう?と。
それをいろいろと考察した結果、これは恐らく、分解した魔力の成れの果てであると推測した。
魔力とは魔法のエネルギーの元となる魔素に指令を与える命令書のようなものとされている。
アクトの魔力抵抗力によって素材から引き抜かれた魔力が、ただそこを彷徨ようだけの存在となり、実行待ちの状態を維持できず、最終的には自壊して黒い霞という形で魔力が無に戻るのだと考える。
しかし、そうなれば、アクトに直接触ったときの魔力は何故、黒い霞とならないのだろうか?
科学の理にはエネルギーや質量の保存則があるように、魔法のセオリーにもこれと同じように魔素をエネルギーとして置き換えた保存則が当て嵌るとハルは経験より理解していた。
そうなると、彼が吸収した魔力はどこに行くのだろうか?
黒い霞になっていないとすれば、彼の中に蓄積する事になる。
これについて、いろいろと考えを巡らしたが、ハルはある仮説を立てる事にした。
『実はアクトをはじめとする魔力抵抗体質者は膨大な魔力保持者であり、この魔力を使って身体の表面へ魔力吸収する魔法を常時展開しているのではないか?』と・・・
今までの定説で『魔力抵抗体質者』とは魔法に抵抗する者、つまり、魔力を宿していない者と認識されていた。
しかし、実はこの定説と真逆であり、魔法抵抗体質者の本質は自らに膨大な魔力を有しており、ほぼ無意識のうちに自分の身体の表面に魔法阻害の魔法を常に展開している者ではないかとハルは考えを変える事にしてみた。
魔法に抵抗する魔法、相手の魔法を無力化する魔法というものは存在している。
魔法防壁という技術がそれに該当するが、相手の魔法を無効化させるには相手に相当する魔力以上のエネルギーが必要とされている。
つまり、魔力抵抗するための魔力はより多くの魔力が必要であり、特にアクトほどの強力な魔力抵抗体質者になるにはほぼ無限に近い魔力が必要になってしまう。
そう考えると、今回ハルが考えた理論は破綻しているように思えるが、そこには続きがある。
魔法分解に必要な魔力を自身の力以外に相手の魔法からも奪っているのではないだろうか、という考え方だ。
その発想はハルの世界に存在する『仮想永久機関』というシステムに似ている。
そのシステムとはバッテリーから電気エネルギーを取り出し、そのエネルギーで電灯を光らせ、そして、光発電パネルを用いてその光からの余分なエネルキーを再び電気エネルギーに変換してバッテリーに充電するものである。
ハルの生まれた世界には既に存在するシステムであり、『仮想永久機関』と呼ばれ、生活のあちらこちらで使われている。
発電や発光のエネルギー効率が低かった昔の時代の技術には紛い物の永久機関の理論と言われ、机上の空論と揶揄されていたこともあった。
しかし、技術が進み、発電や発光のエネルギー変換効率が九十九パーセントを超えると、これはほぼ永久機関と変わらないシステムになり、少しのエネルギーでほぼ永久的にシステムを維持することが可能になっていた。
それと同じ事がアクトの中で起っていると考えると、一気にハルの目の前が明るくなる。
これはハルにとってブレイクスルーの瞬間であった。
もしそうだとすれば、魔剣についても魔力放散と吸収を繰り返す彼のシステムの中に取り入れてしまえばいい。
アクトに吸収される魔力と同等の魔力を、魔剣がアクトから吸収して、互いに魔力を融通すればいい。
そうすれば、広い視野で見て魔法素材が魔力を失うことも無くなる筈だ。
そこに気付いてからは早かった。
何万通りとある魔力鉱石の組み合わせから魔力吸収に特化したものを厳選すると、組み合わせは一気に数十通りまで限られた。
あとは、各種類の組合せを実験して、その傾向を見れば、自ずと最適解が見えてくる。
そして、今、ふたりはこの世界で初めて魔力抵抗体質者にも扱う事のできる魔剣の正解へ近付いていた。
「うん、多分この素材の組み合わせが最適ね」
「そうだな。本当にこんな事ができるなんて・・・夢にも思わなかった」
アクトも一入に感動していた。
苦労が実るとはこういう事なのだろうと静かに拳を握り締めている。
本当はハルと抱き合って喜びを分ち合いたかったが、そこまでは流石にできない自分がこの時は少しもどかしい。
「よし、これで第一段階は終わりね。次はこれをどうやって刀身に纏わせるかが第二段階だわ。アクトの魔力抵抗体の力を損なわずに、それでいて魔法の力を纏う刀身・・・うーん、これはこれで課題だわね」
ひとつの山を越えると次の山が見えてくる。
これは難儀な課題の研究開発を進めるときの常套であり、自分達の技術が確実に一歩前進している証拠でもある。
次に進むべきイメージを脳内に展開して、最終形へ至るまでのプロセスを考えるハル。
「・・・うーん。やっぱり、高性能な多層魔法陣が必要ね。しかも、できるだけ小型で、堅牢な奴が・・・」
ひとり事をブツブツと喋りながら研究室内をうろうろと歩くハル。
これは彼女が物事を考えて整理する時の癖である。
二ヶ月近くハルの手伝いをしていたアクトも彼女の癖を大体解ってきた。
この時のハルを邪魔しないのが最善策である、と言うことも解っている。
アクトはハルの好きにさせておき、自分は配合した魔力鉱石を記録用の資料としてまとめる。
それがハルにとってもありがたかった。
後からアクトがまとめた資料を確認し、その場では最適だと思っていた方法以外にも、別の突破口があることを見つけたことだってあったからだ。
自分だけで気付けなかったことも、ふたりの目から見ると意外な発見があったりするものである。
こうした事が阿吽の呼吸でできるようになったのも、ふたりの信頼関係が一段階高いレベルに進んでいる証拠でもある。
そうして、いろいろと考えにふけって、瞬く間に時間だけが過ぎて行き、本日の授業としての研究時間は終了となった。
ハルとしては、やはり新型の魔法陣を設計する必要があると結論に至ったが、それはここで作るつもりは無い。
アストロの自分の研究室で夜中にひとりで行うことにする。
彼女の精密多層魔法陣の製作方法は秘匿性が高く、これほど信頼しているアクトでさえも見せたくなかったのだ。
いや、見られたくなかったと言う方が正しいのだろう。
ハルが知る科学技術と魔法技術を融合した精密多層魔法陣の製法は、ある意味、彼女がこの世界の人ではない事を証明する行為だとも思っている。
それをアクトの目の前で見せる勇気は・・・ハルには無かった。
時を同じくして、こちらは獅子の尾傭兵団のラフレスタの拠点である。
街の外れにある古い屋敷をそのまま借り上げて拠点としていた。
それは中庭も含めるとそれなりの敷地面積となる。
幹部達は中庭を挟み向かい側の別館二階に設けられた医療室に集まっている。
「派手にやられたな」
ヴィシュミネがその姿を見て、初めて呟いた一言がそれだ。
今、彼らの前には包帯でぐるぐる巻きされたギエフがベッドに横たわっていた。
彼は時々何事か譫言を喋っているようだが、明確な意識は無く、完全に再起不能で廃人同様の姿だった。
「これをやったのは白魔女という輩なのだな」
「ハッ! ヴィシュミネ様、そのとおりです。ギエフ隊長は魔力抵抗体質能力で対抗しておりましたが、相手の放った強力な雷の魔法の一撃を防げず、こうなってしまいました」
ヴィシュミネの質問に素早く対応するのはギエフの部下だった兵士。
「ふーん、『自分は最強の魔力抵抗体質者だ!』と豪語していたけど、案外と大した事無いんじゃない? この野蛮人」
普段からギエフと反りの合わないカーサは落ちぶれたギエフの姿を見て、ここぞとばかりに彼を軽蔑する。
「いや、そんな事は無い筈なんだけどねぇ。ギエフ君はどんな魔法も際限なく吸収できると大先生がおっしゃっていた筈なのですが・・・おかしいですね」
マクスウェルは頭をひねりながらギエフの容体を調べる。
そうすると確かに雷の魔法を受けたときに発症する火傷のような傷が身体のそこらに見受けられた。
ギエフが雷の攻撃を受けた事は間違いないようだ。
そうすると、どうやって魔法防御が絶対の彼に、魔法攻撃を浴びせる事ができたのだろうか?
(これには、大先生に聞いてみないと私にも解らないですね・・・)
結局、これは自分の理解を超えると結論付け、今後の方針について考える。
それの様子を黙って観ていたヴィシュミネも、運営する側としての結論を下す。
「とりあえず、ギエフは使えない、と見た方がいい。計画を少し変更する必要があるな。それと、ギエフと戦った白魔女という者の情報も集める必要がある。場合によっては彼女が今後の我々の最大の障害となる可能性も高い」
ヴィシュミネの最大の能力は的確に状況を把握し、部下達に指示を出せることである。
彼は武術も優れるが、判断力、統率力、どれをとっても超一流。
それは彼がただの傭兵団の団長という事ではなく、一軍の司令官たる器を持つ男だからだ。
ヴィシュミネの持つその鋭すぎる判断力から、いち早く白魔女を強敵として認定した。
そんなヴィシュミネの判断にマクスウェルから意見が述べた。
「白魔女の情報を調査するならば、街の警備隊の連中に聞くのが良いと思いますね。特にギエフ君がお世話になっていた第二警備隊の連中は白魔女との遭遇率が一番多いと報告を受けていますよ。一度、情報収集に行かれる事をお勧めしますな」
マクスウェルは珍しく顧問らしい助言を行うが、その考えも一理あるなと思うヴィシュミネ。
「解った。明日にでも詰所に顔を出すとしよう。それと・・・むっ!?」
ヴィシュミネが新たな指示を部下に与えようしていたところで変化が訪れる。
何か譫言のように漏らしていたギエフの譫言が益々と大きくなってきたからだ。
「・・魔女・・・白魔女・・・俺の白魔女・・・彼女の魔力・・・俺に食わせろーーーーー!!!」
「い、いかん発作だ!一旦退避してくださ、ギャーーー!」
ギエフの脇で彼の世話をしていた隊員が絶叫を挙げる。
気付けばギエフはベッドから突然身体を起こし、隊員の顔を手で抑えつけ、そして、悍しいことに、男性の隊員の口腔に自分の舌を突っ込んでいた。
男性隊員は直ぐ白目を剥き、身体が痙攣を始め、やがて顔が土気色に染まっていく。
急激に魔力を吸い取られた事による欠乏症である。
男性隊員の魔力は直ぐに枯渇してしまい、ギエフは用済みとなった男を脇に捨てた。
「もっと、もっとだぁ~。魔力を、魔力を寄越せぇ~。よ・こ・せぇーーーっ!!!」
ギエフは獅子の尾傭兵団の幹部達に向かって口を開けた。
そして、彼の舌は信じられないぐらいに伸びた。
まるで蛙か何かの舌の如く伸びて行き、その標的になったのは、この中で一番魔力を持ち、女性であった副官のカーサだ。
「く!」
彼女はギエフの口から延びた気持ちの悪い舌を素早く躱したが、それでも避け際に左腕の一部に舌を掠めてしまった。
ほんの少しだが、ギエフの魔力吸収の力が働き、カーサの魔力を吸い上げることになる。
その悍しい感覚に、少しだけ気が遠退くカーサだったが、ギエフの追撃に備えて、意識を集中する。
しかし、ここでギエフに変化があった。
あれほど興奮していたギエフの行動が一瞬で固まったのだ。
「・・・うぐ・・・ぐ・・・なんだ、これ・・・この魔力・・・・不味じぃぃぃー」
ギエフは口からだらしなく舌を出したまま、床を転げまわる。
「うげー、うげー、こ・・こんなまじぃー魔力・・・初めて喰った・・・おぇぇぇ」
自分の魔力を吸って嗚咽を漏らすギエフの姿を見たカーサは急に彼に対して殺意を覚える。
「こ、こいつ! 殺す!!」
彼女は紅蓮の炎で焼き殺そうと魔力を集中するが、その腕はヴィシュミネが抑える事で何とか暴発を抑えられる結果になった。
屋敷の中で炎の魔法を放つなど、堪ったものではないからだ。
「マクスウェル! お前がギエフを連れてきたのだろ。何とかしろ!」
ヴィシュミネは彼に怒鳴るが、マクスウェルは冷静だった。
「解りました。でも、実を言うと私よりギエフ君に詳しい人がいるのです。大先生、お願いします」
彼はこの場に似合わない程に緊張感の無い声で、ある人を召喚する。
マクスウェルの召喚に応えるように部屋の影から転移用の魔法陣が現れ、やがて、光中心からひとりの男性が姿を現した。
男は茶色の短い髪を持ち、がっちりとした体格の青年だったが、特徴的な二重螺旋の杖を持っていた。
「お、お前は!?」
その姿、いや、特徴的な杖を目にしたカーサは衝撃を受けた。
青年もカーサを一瞥したが、今のそれよりも優先する事があり、直ぐにギエフの元へと足を運ぶ。
そして、暴れるギエフに二重螺旋の杖を打ち付けた。
「ぐぉ! 痛てぇ~。このオッサン。何しやがぁ・・・ぐぉーーー」
二重螺旋の杖から光の縄が現れ、ギエフを拘束していく。
ギエフは暴れて戒めを解こうとするが、直後に杖から白い光が発せられ、それを浴びたギエフは急に苦しみだした。
「ぐぉーー・・き・・・貴様、何者だーーっ!」
「儂か?」
その青年は姿から想像できないような老練な声を出した。
「儂は言うなれば、お前の父じゃ・・・・元気にしておったか我が息子よ」
「なっ!?・・・ぐぉーーーーーっ!?」
ギエフはこの男にいろんなことを誰何しようとするが、杖から発せられた光が勢いを増し、直ぐに意識を手放してしまうギエフ。
ギエフが気絶した事で、騒然としていた医療室がようやく静寂に戻る。
ギエフが大人しくなったことを十分に確認した青年はようやく杖をギエフから離す。
「フェルメニカ大先生、ご足労頂き、ありがとうございました」
マクスウェルはフェルメニカと呼ばれるこの青年に対して最大限の礼を述べる。
実はギエフが再起不能になっているという情報を前もって把握していたマクスウェルは、ギエフの創造主たるフェルメニカに出張って来るよう依頼していたのだ。
気まぐれな彼ではあるが、今回は何故か引き受けてくれた。
そうして、マクスウェルの召喚に応じて参上した次第だったのだ。
「儂のギエフが迷惑をかけたようですまなかったな、マクスウェルよ。そして、そちらはヴィシュミネ団長だったかな、そちらにも謝罪を述べておくとしよう」
ヴィシュミネはこの青年の顔を知らなかったが、フェルメニカという名前は知っていた。
彼は祖国でも伝説になっている魔術師のひとりだからである。
もっとも彼が有名になったのは人体実験で悪行の限りを尽くしたという噂話が有名であったが・・・
そして、ヴィシュミネの隣にいた魔術師であるカーサも当然のように彼の事を知っている。
何故ならばフェルメニカはかつての自分の同僚だったからだ。
「やはり、フェルメニカだったのね。その悪趣味な杖を見て思い出したわ」
「ん? その気配は、まさかカーサか。久しぶりに会ったが、相変わらず趣味の悪い恰好をしておるの。いい加減に年齢を考えたらどうじゃ」
フェルメニカの物言いにムッとするカーサ。
「あなた! 彼に私の年をばらしたら・・・本気で殺すよ!」
「おお、それは、それはすまん事したな。まぁ互に年の話はよそう。我々が同世代だとばれてしまうのでな」
フェルメニカの余計な一言で、更に怒気を露わしてしまうカーサだが、彼女の事を特に気を留めずに、フェルメニカはマクスウェルへと向き直る。
「それにしても完璧じゃと思っておったギエフがこの有様じゃ、このままじゃ役には立つまい。彼のメンテナンスと強化は儂が責任もって最後までするとしよう」
「フェルメニカ大先生、ありがとうございます。ギエフ君もあの様子が続いたら、看病する獅子の尾傭兵団の隊員の命が幾つあっても足らないですからね。ははは」
マクスウェルはどこでも、誰に対しても敬意を示すことの無い男であったが、このフェルメニカと言う男性に対しては一定の尊敬の念を持つようであった。
それは彼の祖国において魔導の研究という分野では『フェルメニカ』という魔術師の存在は数少ない尊敬に値する先人だったからだ。
「うむ。それにしても・・・」
フェルメニカはギエフへと視線を戻した。
「魔力・・・白魔女・・喰う・・・白魔女は・・・俺のもの・・・絶対・・・」
静かになっていたギエフが、また、譫言を立てはじめていた。
そこで、彼を観察していたフェルメニカに気付くものもあった。
『ギエフが発情している』という事実に・・・




