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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第六章 騒乱の予感
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第四話 試験

 エストリア帝国の中で一年の寒暖の差が少ないこのラフレスタ地方においても、この一週間は夏の空がいよいよピークを迎えて、夏本番の季節となる。

 朝からジリジリと太陽の日差しが増し、気温はぐんぐんと上昇し始めていた。

 そんな夏本番の季節なのだが、ハルは何故か悪寒を感じ、さっと身をかわす。

 彼女の肩が数舜前まであった場所に、すらっと長い手が伸び、そして、空を切った。


「おっと」


 挨拶のために彼女の肩を抱こうとする手であったが、期待に応ぜず空振りに終わった男性からはそんな情けない声が聞こえた。

 ハルはその相手を一応確認して、相手に気付かれないようにそっとため息を洩らす。


「これは、これは、皇子様。朝からご機嫌麗しそうで」

「うむ。ハル殿の顔を見たもので、思わず挨拶がしたくてな」


 ジュリオは女性の身体を後ろから黙って触ろうとした事を悪びれる事もなく、ハルに笑顔を投げかけていた。


「その『ハル殿』というのは、どうにかなりませんか?」


 ハルは辟易してそう口にする。

 場合によっては皇族に対して不敬にも当たる言葉遣いであったが、先日の白魔女を退けて以来、ジュリオとハルはずっとこの調子で会話を続けていたため、もはや気にする者は誰も存在しない。


「何を言うか。其方は予を守った英雄ではないか。其方に予が敬意を払う事なぞ、当然の事であろう」


 と、ずっとこの調子なのである。

 ハルは頭を抱えていた。

 成り行きとは言え、白魔女に扮したエレイナの攻撃からジュリオを守った事に彼の心が感銘を受けたようで、ハルの事を英雄と称えて止まらないのである。


「早速、褒美をとらせようと思うが、其方の望む物は大概準備させる事ができる故に、申してみよ」


 彼は皇子の名に恥じない爽やかな笑顔でハルに詰め寄る。

 エストリア帝国の一般女性であれば、この笑顔とジュリオ第三皇子というネームバリューに心奪われるシチューエーションであるが、ハルはいろんな意味で一般的な女性と同じではない。


「だから結構ですよ。私は当然の事をしたまでで・・・」

「うむ、汝は無欲よのう。そうすれば我が庇護下に入らぬか? さすれば、汝の好きな研究もやりたい放題であるし、資金や設備の心配も無用となるぞ」


 ハルの話が終わる前にジュリオが言葉を重ねてくる。

 ジュリオは何が何でもハルに恩を返すために必死なのだ。


「いいえ。それは先日も言っているように、私はひっそりと研究をしたいのです。ジュリオ皇子の庇護下に入ると言う事は、どうしても注目は避けられません。それに今はアクトと研究している事案もありますし・・・」

「ふむ。汝の意思は固いのう。それにアクト、アクトと、彼にも夢中である訳だ」

「そ、そんなんじゃありません。私は一度契約した事を齟齬にできない人間というだけです」


 ここでアクトのことを誤魔化せる程にハルは腹芸に徹する事ができなかったのは、年齢のせいだろうか・・・

 純粋にアクトの名前を出されると、何故か心と身体が過剰に反応してしまうのだ。

 その解ってか、ジュリオは更に言葉を続ける。


「まぁ、アクト・ブレッタが良い男である事は予も認めようぞ。ならば二人で共に予の庇護下に入ればよい。予は其方達の恋路を邪魔するほど野暮ではないぞ」

「こ、恋路って・・・」


 そこは大きく否定しようと思ったが、ジュリオ殿下の手前だというのを思い出し、張り上げそうになった声を飲み込むハル。


「ハハハ。英雄殿もそう言った駆引きは苦手と見えるな」


 ジュリオはそう言いハルの初心な気持ちを笑った。

 程なくして自分か揶揄われた事に気付くハルであったが、彼女は周囲を見渡して、今のやりとりが誰にも見られていない事で、とりあえずひと安心する。

 以前もこの件でエリザベスとローリアンから攻撃を受け、最近もサラとか言う自称アクトの恋人と思い込んでいる幼馴染の女性から言い掛かりをつけられて、非常に迷惑していたのだ。

 今、見たところジュリオ皇子が小声であったのも幸いして、このやりとりに気付いた者はいなかったようだ。


「ジュリオ殿下、あまりから揶揄ないでくださいませ」

「ハハハ。すまないな、ハル殿。汝の困った顔も魅力だった故に、見てみたくなったのだ。許せよ」


 ジュリオにしては半分冗談で半分本気だったが、そんな様子を見たハルは更に溜息を漏らした。


「まぁ、そう言う顔をするな。その麗の君がこれから試合をするではないか」


 ジュリオにそう言われて、ハルは屋外演習場の中央に座す二人へと視線を移すことにした。

 そこには練習用の装備を身に着けたアクトとロッテルが互いに向き合っていた。

 彼らはこれから練習試合をするのである。

 ロッテルの本来の仕事はジュリオ専属の護衛であり、この場で生徒相手に訓練するというのは明らかに門違いである。

 皇族の護衛と言う任務がある以上、本来ならば許されない行為であったが、ジュリオからも「是非やってみよ」と許可が下り、アクトとの手合わせが叶った形だ。

 アクトも現役の帝国騎士隊長との手合わせなど、願っても無いチャンスだったりするので、非常に楽しみだった。

 彼のこの四年間、いや、人生十九年で学んだ技術の全てが試されようとしているのだ。

 『強くなる事』それがアクトの望みであり、夢でもある。

 これを測れる試金石はなかなかにチャンスなかった。

 何故ならば、アクトはこの学校で最強であり、指導教官を含めて彼の力を測れる人物などもう既に存在しなかったからだ。

 アクトは静かに息を吐き、対戦相手たるロッテルを観察する。

 彼は落ち着いており、アクトを相手に過大にも過小にも評価していない事が伺えた。

 ロッテルの力がどれ程なのかは解らないが、アクトもその肌で相手は只者ではないと感じ取っている。

 そして、そのアクトの気持ちはロッテルにも伝わる。


「良い眼をしているね、アクト君」


 ロッテルはアクトが既に年相応以上の胆力を持っている事を看破した。

 彼らはそれ以上何も応えず、やがて、互いに相手を見据える。

 空気までもが緊張したような静寂が訪れるが、審判役の教諭による「始め」を合図に、その静寂は打ち破られる事になる。

 

バン!

 

 先に動いたのはロッテルの方だ。

 彼は電光石火で剣を抜き、アクトに打ちかかった。

 アクトも素早く反応して、自分の剣でロッテルの太刀を防ぐ。

 ロッテルから両手で打ち据えた剣の威力は凄まじく、アクトを後ろに飛ばした。

 アクトは後退を余儀なくされてしまったが、それでも打たれた剣を手放す事はなく、ロッテルに向かって構えを解かない。

 それを見たロッテルは笑みを漏らし、アクトは自分の思ったとおりの強者だと確信する。

 そこからはロッテルの猛攻が続いた。

 彼は重い剣を苦にせず、連続でアクトを正面から打ち据えた。

 アクトもこれを続けて防ぐが、剣と剣のぶつかる甲高い音が一秒間に四、五回聞えて、周りの者は目で追う事もままならない速度であった。

 このロッテルの手数の多さと、ひとつひとつの力強い豪剣に、アクトは防戦の一方となる。

 一分ほどこの技は続いたが、あまり成果を上げられないと悟ったロッテルはアクトと一旦距離をとる。


「はぁ、はぁ、はあ」


 アクトは肩で息をしていた。

 これ程の猛攻を受けたのは久しぶり経験であり、目の前のロッテルという存在は四十二歳という実年齢から信じられないパワーの持ち主である事を、身を持って知ることになる。


「ふふふ。若いのに、なかなかやるじゃないか」


 対するロッテルの方はまだまだ余裕を見せていた。


 ロッテルにとって、これぐらいは準備運動でしかないからだ。

 自分の戦いの本分はこれからだとでも言うように、その目を輝かせていた。


「ならば、これはどうかな?」


 ロッテルはそう言うと短く魔法の呪文を唱える。

 (魔法攻撃が来る)とアクトは思い、少しだけ得意な顔になる。

 彼にとって魔法の防御は得意中の得意であり、魔力抵抗体質者の力が発揮される事で相手の隙をつき、それを勝機に変えようと思っていたからだ。

 アクトの読みどおり、ロッテルからは風の魔法が放たれた。

 普通ならば、その暴風によって吹き飛ばされない様にするため『回避』を選ぶが、アクトにとってはこれがチャンスであり、魔法の風に向かって突撃を始める。

 アクトが集中して魔法を食い破る・・・としていたが・・・実際にはそうならなかった。

 アクトの手前で風の魔法の軌道が変化し、アクトよりも手前の足元に着弾する。

 

「なっ!」

 

 驚いたアクトは、ほぼ条件反射的に剣を構えた。

 直後、彼の足元で炸裂した風の魔法によって巻き上げられた小石が、アクトの身体を打ち付ける。

 何個かは剣で跳ね返す事に成功したが、それでも大量に上がった小石を全て防ぐ事はできず、何発かの石礫が身体に当たる。

 

「ぐ・・・」

 

 軽い痛みが全身に走ったが、耐えられない程ではない。

 

「なかなかやるな。では、少し趣向を変えてみよう」

 

 再び風の魔法を行使するロッテル。

 今度は器用に両手から四つの風の魔法が放たれた。

 それはアクトの四方から迫り、そして、同じように足元で炸裂した。

 巻き上げられた石は先ほどの物とは比べ物にならない程の数と複雑な軌道になる。

 

「う!」

 

 短い声を上げて、自分にダメージを与えそうな比較的大きな石を叩き落そうとして剣を振るうアクト。

 しかし、今度の石の動きは複雑であり、石同士がぶつかって軌道が複雑に変化した。

 それも自分を中心に四方から迫ってくる。

 アクトは最初の二、三発を防ぐ事はできたが、最早はそれまでであり、その後に迫った大量の石礫を往なす事ができず、次々と自分の身体に当たるのを許してしまう。

 ひと際大きい塊がアクトの兜を直撃し、後ろにつんのめって転ぶアクト。

 練習用の兜のお陰で深刻なダメージは受けないが、それでもそれが隙になり、アクトの喉元にロッテルの剣が突き付けられた。

 

「そこまでだ。勝者はロッテル・アクライト様」

 

 審判の判定で勝者が確定し、この訓練が終わりを迎える瞬間であった。

 アクトは自分が完敗した事を素直に認め、兜を脱ぐ。


「・・・負けました」

「アクト君、怪我はないかい」

「はい。訓練用の兜のお陰で大丈夫です」


 自分の無事をすぐに声を出して応えるアクト。

 そうしなければ、あちらで見ている学友―――特に青黒い髪の女性が今にも飛んできそうだったので―――心配をかけないためにも大きな声で自分の無事をアピールした。

 ロッテルは手を伸ばしてアクトを助け起こす。

 その顔には勝者の奢りは無く、清々しい笑顔をしていた。

 彼とてアクトは強敵の部類に入る存在であったため、彼に勝てた事で自分の日頃の鍛錬が報われた事を嬉しく思っていたのだ。


「僕の完敗ですね。ロッテル様はお強いです」

「ははは。まだ若い者には負けんよ、と言いたいところだが。私も魔力抵抗体質者とは対戦経験があるのでね。その時の経験が今回役に立ったに過ぎんのさ」


 ロッテルの言葉に驚きを見せるアクト。

 確かに魔力抵抗体質者は自分だけではないが、それでも稀有な存在である事は確かである。

 いったい誰が・・・と思うが、ロッテルは早くもその種明かしをする。


「ウィル君だよ」

「兄が!」


 アクトは自分の兄の名が出た事に一瞬驚きを見せたが、ロッテルは黙って頷いた。


「そう。ウィル・ブレッタ君は、現在、私の中央第二騎士隊で預かっていてね。随分と互いに手合わせをしたものさ。彼も天才だと思ったけど、アクト君もその若さでなかなかの技量だと思う。鍛錬さえ怠らなければ、ウィル君を超えられるかも知れないよ」


 ロッテルは素直にアクトを賞賛する。

 ロッテルから名前の出たウィル・ブレッタとは、ブレッタ家の長男であり、しばらくはブレッタ家の本拠地たるトリアから離れて帝都ザルツで武者修行をしていると聞いていた。

 しかし、帝都ザルツで騎士団に従事していたことをアクトは初めて聞くことであったりする。

 どうやら、このロッテルは魔力抵抗体質者であるウィル・ブレッタと訓練する経験があったようで、そのときに魔力抵抗体質者の攻略法というのを編み出していたのだ。

 それが今回見せたような、直接攻撃として魔法を使わず、周辺の物を炸裂させるなど間接的に物理的な攻撃を仕掛ける方法なのだ。

 魔法攻撃にそんな方法があったのか、と逆にアクトはロッテルの発想に感服する。


「本当に参りました。僕も自分の力を過信していた事を、今回、気付かされました」


 アクトはロッテルに深々と礼を述べた。


「うむ、君は武人としても謙虚であるね。そういう姿勢は嫌いではないよ。我が師からもこっ酷く何度も言われた言葉があるが、何だと思う?」

「・・・どのような言葉でしょうか?」

「それは、『武人は最強ではだめだ。最巧たれ』というのが我が師の言葉だ。同じ言葉を君にも贈ろう」

「『最巧』ですか、深い言葉ですね」

「そう。その言葉の『巧』とは、常に考えて、考えて、考えて、工夫しろ、と言う意味だ。まぁ、偉そうな事を私も言えた義理ではないし、自分は魔法戦士だから魔力抵抗体質者への攻撃も、魔法でひと工夫させて貰ったのだよ。魔法は君達には通じないけど、物理的な攻撃ならば効くだろうしね」


 ロッテルが言わんとしている事を何となく理解しようとするアクト。

 『戦っている相手が最も得意としている技を、別の側面で破る事が、相手を心理的に追い詰める事ができる』という事実を、身を以って体験したからだ。


「君には素質がある。その意味も含めて、君が将来、私の騎士団の門戸を叩く場合があったとしても歓迎するつもりだよ」


 そう言いアクトに手を差し出す。

 アクトは黙ってその手を取り、自分を高く評価して貰った事に感銘を受けた。


「ありがとうございます。この先は、どうやって技を高めていったらいいのか、いろいろと迷っていたのは事実です。今日、僕はいろいろと自分の弱点に気付く事ができました。ロッテル様には感謝しかありません」

「うむ、やはり君は謙虚だな。いろいろな事も考えているようだし、結論は急ぐことない。自分の気持ちが整理できた時でいいから、その時は、私や殿下の元に来ることも選択肢のひとつだと思ってくれれば良いさ」

「はい」


 彼らは固く握手した。

 このやりとりは互いに小声で会話をしていたため、周囲の者に気付かれる事はなかった。

 無詠唱で心の中を見る魔法が使えるハルを除いては・・・

 

 

 

 

 

 

 ラフレスタ高等騎士学校で名勝負とも言えたふたりの練習試合が行われていたのと時を同じくして、ラフレスタの東側にある屋敷では獅子の尾傭兵団の新隊員募集のための試験が進む。

 ラフレスタの第一期募集で集められたのは約二十名ばかりの男女である。

 彼等は屋敷の中庭で獅子の尾傭兵団の一般兵と互いに組手と言う名の入団試験を行っていた。

 もし、この場でアクトとロッテルの勝負を見た者がいたならば、これは何かの遊戯かと勘違いしただろう。

 それ程にレベルの低いものであったが、それもその筈で獅子の尾傭兵団の隊員達は上からの指示で大幅に練度を下げて相手をしていた。

 尤も、練度をかなり下げたと思っているのは獅子の尾傭兵団側の人間の認識であり、試験を受けている側の人間はそうと思ってはいない。


「ち、単調な攻撃をしてくるが、なかなかやるな」


 エルビンは滴る汗を拭いながら、抜け目なく相手の隙をうかがっていた。

 相手は単調な攻撃をしてくるが、体力があるが故に全然疲れを見せてくれなかったからだ。

 彼ら受験生達に課せられた課題は、相手を制圧する事。

 自由を奪う事、降参をさせる事、いろいろと方法はあるが、手段は問わないと試験官役の団長より言われていた。

 自分と相手との力は拮抗しており、このままだと持久力で自分達が負ける事も予想していたエルビンは賭けに出る。

 エルビンは持っていた模擬戦用のこん棒を突き出し、相手に突進。

 相手は当然のごとくそれを予測し、エルビンの渾身の突きを躱す。

 その結果、エルビンは勢いの余り、相手の横をすれ違う結果になるが、これがエルビンの狙いであり、すれ違い際に相手に回し蹴りを決めて、相手がよろめいた隙に自分もバックステップで距離をとった。

 そしてエルビンはこの隙を利用して、短く魔法の呪文を詠唱する。


「大地よ。遥かなる地中より怒りの矛を見せよ。地雷震!」


 エルビンの詠唱が結びの言葉を迎えると同時に自分の持っていたこん棒を地面に突き刺した。

 そうすると、そこから地面が左右に裂けて、その亀裂が相手の戦士に向かって一直線に伸びる。

 相手はこれを避ける事ができず、伸びた亀裂が傭兵達の足元で炸裂し、地面より噴出した石礫に身体を打ち付けられることになった。

 相手の戦士は全身を覆う金属の鎧を着ていたので、致命的なダメージは避けられたが、それでも石礫が強打して、ボコボコと鎧が変形していくのが見て取れた。

 事前に多少の怪我も承知の上での模擬戦をすると言われていたので、相手がどうなっても良いだろうと判断しての技だ。

 呪文を唱えるのが隙になるが、そのチャンスさえあれば、決定打となるエルビンの得意技である。

 今回は初見の相手であるし、自分の力を見せつける絶好の機会だと思って、この技を選択したのであった。

 この派手な技に気をとられたのか、他の受験生達の相手をしていた獅子の尾傭兵団達らの注目が集まり、それが隙になった。

 ここに集められた受験生達のほとんどが半人前の技量の人材であったが、そんな彼等でも、この隙を逃すほどの素人ではない。

 彼等はそれぞれの方法で相手から勝利をもぎ取る事に成功する。

 そうして、勝ちの雄叫びを上げた集団の中心にはエルビンの姿があった。

 各々は自分達の勝利の切掛けとなったエルビンの行動を称え、エルビンも満更ではない様子である。

 これを遠巻きに見ていた獅子の尾傭兵団の団長であるヴィシュミネは口角を上げ、笑みを溢していた。

 

「勝者、受験生達だ。おめでとう、全員合格とさせてもらう」

 

 ヴィシュミネの上げた判定に受験生達からは歓声が立ち昇った。


「やったな。これで俺達も傭兵団に入れる」

「ええそうね。報酬も思いのままよ」

「そうだな。あれだけの金を貰えるんだったら、俺は何だってやるぜ!」


 受験生達は各々に喜びを口にし、自分の欲望が叶った事を喜ぶ。

 エルビンを初めとした彼等は全員が社会から疎まれる、もしくは、疎外感を味わっている者達だった。

 彼等はいつも味わう事ができなかった勝利の達成感や、熱望しつつも遂に得られなかった心から信頼できる仲間が、ここでは得られるのではないか?

 そう錯覚するほどに気分が高揚していた。

 

「全員合格ね。おめでとう。細やかだけど、あちらの会場で入団の宴を用意しているわ。集まって頂戴」

 

 優しい口調の副団長である女性魔術師が彼らを集めた。


「いいねぇ、あの副団長。カーサさんって言ったっけ。俺はあんな人が好みなんだけど」

「確かに。あの細い身体にでかい胸は男心をそそられるよなぁ」

「おいおい止めとけよ。カーサさんは団長のヴィシュミネさんの女だって噂らしいぜ」

「マジで? 本当かよ!」

「アンタたち下品ね。可愛らしい女性なら、ほら、ここにもいるじゃない」

「けっ、黙ってな。洗濯板女。お前にゃ、十年早えぇんだよ!」

「何、ふざけた事言いやがって!!アタイの魔法に殺られたいのかい?」


 受験生達は先程の戦いで完全勝利を収める事ができて、気が大きくなっていた。

 多少調子に乗るのも無理はない。

 獅子の尾傭兵団は最近、エストリア帝国東部の国境付近で多大な戦果を挙げ、有名になりつつある存在。

 下端とは言え、その兵たちに勝った彼らに「調子に乗るな」と言っても、無理な話しであった。


「おいおい、前たち、止めろ。それよりも早く宴の会場に移動するぞ」


 先程の勝利で多大な貢献をしたエルビンは既にリーダ気取りであり、彼らを先導して会場へと向かうことになった。




 会場の中に入ると、豪勢な食事と酒が既に用意されていた。

 団長であるヴィシュミネによって簡単な祝辞が述べられて、宴が始まる。

 受験生達の懐では普段食べることのできないような豪華な料理や極上の酒に舌鼓を打つ。

 彼等は自分達が本当に歓迎されていると思っていたし、この時点で獅子の尾傭兵団を完全に信用していた。

 そして、宴も終盤に差し掛かり、ヴィシュミネは再び壇上に上がり、皆がこれに注目する。

 

「皆の者、獅子の尾傭兵団の入団試験に合格することができて、おめでとう。これから我ら傭兵団に伝わる『入団の儀式』を行う」

 

 ヴィシュミネがそう言うと、合格した受験生達ひとりひとりにコップが配られた。

 そのコップの中には赤々とした液体が並々と注がれていた。

 

「これは『美女の流血』と呼ばれる希少なワインであり、我々が結束を確認するときに、必ずこれを一気に呑むという儀式を行っている。我々の結束は血よりも濃くあれ! 乾杯!!」

 

 ヴィシュミネをはじめとした傭兵団の幹部達は、コップに注がれたワインを一気に煽って飲み干した。

 エルビンや受験生達もそれを真似て『美女の流血』を一気に飲み干す。

 爽やかとは言い難い独特のツンとした匂いと甘い味が口腔内を刺激する。

 酒と言うよりは何かの薬と表現した方が良いのだろうか・・・そう評価していたエルビンだったが、直後に視界が歪んだ。

 

「う・・・なんだ・・・」

 

 足がよろめき、急に強い酒に酔ったような感覚に襲われた。

 エルビンは倒れそうになるのを何とか堪えて、ぼやけ始めた視界で周囲を確認すると、受験生達は皆、地面に倒れて胸を抑えながら苦しんでいる姿が映った。

 中には痙攣を起こしている女性もさえも見え、いったい自分達に何が起こったのか理解できない。

 

「・・な・・・なぜ・・・」

 

 エルビンも苦しさに耐えかね、堪らず転倒する。

 意識がどんどん薄らいでいく中、エルビンは最後の力を振り絞って自分達を嵌めた獅子の尾傭兵団の幹部達の顔を睨み返した。

 そして、エルビンという意思を持った人間が自分の意思で最後の見たものは彼をスカウトしたマクスウェルの嘲りの顔であった。

 

 

 

 苦しみの声が響くパーティ会場だったが、十分ほどでうめき声は全て止む。

 すべての新隊員が意識を失い、静かになった会場で、ヴィシュミネが終わったとばかりに手に持っていた空のコップを投げ捨てた。

 幹部達が飲んでいたのは普通の赤いワインであり、アルコール摂取以外に特段身体に変化を与える飲み物ではない。

 それも当たり前の事であり、この『美女の流血』と呼ばれる魔法の飲み物は―――魔法薬と表現した方が妥当かも知れなない―――人の心を支配するもので、支配する側は絶対に手を出してはいけない代物なのだ。


「終わったな。今回引っかかった獲物は男性十七名、女性三名か」

「ええ、第一弾としてはまずまずね。私とマクスウェルが頑張ったのだから、あとでご褒美が欲しいわよ」

「カーサがやった事は、ただこいつらを煽て、『美女の流血』を飲ませただけだろう。昨日から徹夜で奴らをスカウトした私の労力に比べれば・・・」


 カーサの物言いに、マクスウェルが不平を唱える。

 そんなやりとりに早くも終止符を打ったのは上司であるヴィシュミネだ。


「ふたりともよさぬか! 成果は全員均等に分配されるものだ」


 団長であるヴィシュミネは副団長カーサと顧問魔術師マクスウェルが価値のない言い争を始めようとしていたのを察し、本来の目的へと話を戻す。

 

「こいつらには全員教育が必要だな。全員が、急に居なくなっても問題のない連中を集めている。今晩中にもラスレスタを発たせてクリステの拠点に向かわせろ」

「わかったわ。全員の練度はいまいちだったけど、強化兵にすれば問題ないわよね」


 ヴィシュミネの決定を遂行するために、カーサは直ぐに準備を始め、倒れた受験生達を別の控え室に運ぶよう傭兵団員達に指示を出した。


「基本的にはそうだが、この中で魔術師の女性三人と頑丈そうな男性三人は、本国の研究所に送ればいい。そうすれば、あいつらから素材を催促される面倒も、しばらくはなくなるだろう」

「あいつらって、私は嫌いなのよね。私達、魔術師を素材か何かとしか思っていないようだし・・・」


 カーサは小さい声でヴィシュミネに愚痴を溢した。


「そうは言うな。彼らの協力があって我々の作戦も上手く行っている。しかも、マクスウェルはあいつらからの差し金だからな」


 ヴィシュミネはカーサの愚痴に小さくそう答えるとマクスウェルを見た。


「おっと、ヴィシュミネ団長は私の本当の所属先について、既にお気付きのようですね・・・」


 シルクハットの鍔に手をやり、参った、参ったとかぶりを振るマクスウェル。

 普通の人には聞こえない小声でも、マクスウェルにとってはヒソヒソ話しにはならない。

 彼もこの特殊な傭兵団の幹部だけあって、一般人とはかけ離れた人材なのだ。


「初めから知っていたさ。ラフレスタに侵攻が決まったとたんに、お前のような有能な魔術師を寄越すのだ。本国の考えがそれだけ本気なのだと言う事も解るが、それ以上に『あの研究所』という組織にも気を遣った結果なのだろう?」

「ヴィシュミネ団長は何もかもお見通しのようで、参りましたね。それに、私が所属している組織についても既に断定しているような口調ですが・・・」

「この場で俺の口からその組織の名を口に出すのは止めておこう・・・それはお互いのためだ」


 ヴィシュミネの言葉にニヤリとするマクスウェル。


「ヴィシュミネ団長の心意気に感謝しますよ。お互い、長く生きたいですからね・・・」

「ふん」


 マクスウェルは友好的な笑みを向けたが、それに対してヴィシュミネは特に何も返さなかった。

 マクスウェルはいろいろと腹芸を持つ輩だと思っていたヴィシュミネ。

 ヴィシュミネも、自分の感情と仕事とは別々に切り分けられる性格でもある。

 そして、ここでヴィシュミネはマススウェルを見て、ひとつの案を思い付いた。


「少し気が変わった。あのエルビンという若者はこちらに置いておけ。彼が化けるかどうかはマクスウェルお前次第だ」

「へ? 私が面倒見るんですか?」


 お道化たフリをするマクスウェル。


「そうだ。お前の甘言以外の実力も見たくなった」


 今度はヴィシュミネが不敵に笑う側だった。

 エルビンを使いマスクウェルの新たな一面を探る事にしたのだった。


「・・・しょうがないですね。エルビン君とも酒を飲み交わした仲です。しっかりと私が『最期』まで面倒をみましょう」


 少々面倒臭そうに回答するマクスウェルであったが、結局はヴィシュミネからの提案を受ける事にした。

 マクスウェルにとっても人の調教や強化は嫌いではない。

 ヴィシュミネの挑発に乗るのは癪だが、暇つぶしにエルビンという玩具で遊んでみるのも、たまには悪くないと思ってしまうマスクウェルであった。

 


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