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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第六章 騒乱の予感
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第二話 獅子の尾傭兵団

 豪華な装飾が成された広い一室にて二人の男が会話している。

 ひとりは上等な素材に煌びやかな装飾が目立つ洋服を着た中肉中背の貴族であり、このラフレスタ地方を支配する盟主ジョージオ・ラフレスタ、その人。

 そして、もうひとりは仕立ての良い服を着た中年の男性。

 彼の齢は四十五の年月を重ねていたが、とてもそのようには見えない。

 鍛えられた肉体の持ち主であり、上等な服を着た上からもその鍛えられた肉体を隠せないぐらい活力に満ち溢れていた。

 銀色の短髪に褐色の肌、引き締まった顔、古代の戦士像を彷彿させ、もし、宮廷にこのような人物がいれば色恋沙汰で大層話題になったであろう偉丈夫。

 しかし、彼がラフレスタの宮廷とも言われるこの地区に来たのは本日が初めてであり、ラフレスタの婦人達の話題にはまだ上がっていない。

 彼の名はヴィシュミネ。

 獅子の尾傭兵団をとりまとめる団長という立場の人間。

 彼はクリステ領主であるルバイアからの紹介でこの地に招かれ、現在はラフレスタ領主であるジョージオ・ラフレスタ伯爵と会合が開かれていたのだ。


「・・・というわけで、ジュリオ皇子が昨日襲われて、大変な事になっているのよ」


 ジョージオは相変わらずの女言葉であったが、話題は昨日の深夜に発生した忌々しい事件の顛末をヴィシュミネに伝えているところだ。


「大体の状況は解りました。それにしてもやはり一番に警戒すべきは『白魔女』なる魔術師でしょうな。我ら獅子の尾傭兵団も早速本日から独自の警戒活動を始めるとしましょう」

「期待しているわよん。まったく、彼奴等のせいで中央での僕の評価もガタ落ちなんだから」


 怒り心頭のジョージオだったが、女性のような言葉遣いが全てを台無しにしており、ふざけているようにも見えた。

 しかし、ヴィシュミネはそんなジョージオを無碍に扱う事もせず、恭しく「任せてください」と頭を下げる。

 それもその筈、彼ら獅子の尾傭兵団はこの目の前にいるジョージオに雇われた存在だからである。


「それと、ルバイア・デン・クリステ伯爵より書面を託されております」


 ヴィシュミネは懐から手紙を取り出して、ジョージオに渡す。

 ジョージオはそれを受け取り、クリステ領主の封印が施されているのを確認して、その封を切った。

 手紙の内容は貴族的な遠まわしの挨拶に始まり、様々な内容が三頁に渡って書かれていたが、それを素早く確認する。


「・・・なるほど、ねん」


 手紙の中身を反芻して目の前のヴィシュミネに視線を移す。


「この手紙によると、其方はジョージオちゃんからかなり信頼を得ているみたいね。傭兵風情なのにたいした事だわん」

「いいえ、身に余る大役を授かってしまいました」

「謙遜する事は無いわよん。これでも私は若い頃のルバイアちゃんを知っているから。あの豪傑を絵に描いたような男から信頼を得られるってのは凄い事だと褒めてるのよん」


 ジョージオは片目を瞑りウインクのような仕草をする。

 頭髪が薄くなり始めて五十五歳に差し掛かる肥えた男の似合う仕草ではなかったが、ヴィシュミネは特に表情を変えずにやり過ごす事ができるほどに強靭な心を持っていた。


「敬服いたします、ジョージオ・ラフレスタ卿」


 ヴィシュミネの姿が多少面白くなかったのか、「ふん」と鼻で息を吐くジョージオだったが、それでも、この男は自分達の役に立つだろうと判断する。


「まあいいわ。あなたはとても強そうだし、口も堅そうだから、私も信用してあげるわん」


 ヴィシュミネは黙って頭を下げる。


「月光の狼の件や白魔女の件については先行部隊より凡その情報入手しております。我々、獅子の尾傭兵団の本隊が来たからには彼奴等の好きにはさせません」

「期待しているわよん。先行部隊で来たあの・・・何だったかしら・・・あの大男のように白魔女に瞬殺されてしまわないことを祈っているわ」

「特攻隊長のギエフの事ですね。大丈夫です。彼は我ら幹部の中でも最弱の存在です。本隊の兵も練度は先行部隊と比較にならない実力を持っていると自負しております。我々は実力主義の世界。もし、『役立たず』とご判断されるならば御代は不要。とくと期待なされよ」

「大した自信なのね。まぁ、いいわん」


 ヴィシュミネもジョージオの挑発に口角を上げて品の良い笑みで対応した。

 彼にとっては強者とのやりとりは至上の喜びでもあるのだ。

 この様子を見たジョージオは(この男はきっと戦闘狂なのねん)と再評価する。

 まあ、ジョージオにとってはどんな方法でも彼奴等を成敗してくれるのであれば、かまわない。

 (うちの警備隊や騎士隊よりは役立ってくれそうだわん)と予感させる。

 ジョージオとしてはこの男に月光の狼の討伐だけを期待している訳ではない。


「それと・・・もうひとつの件も、本当に大丈夫なのでしょうね」

「その件についてはその書面に書いてあるとおりです。我々は絶対なる忠誠と完全なる機密保持をジョージオ・ラフレスタ卿にもお約束しましょうぞ」

「本当に頼むわよ。これには本当に大きなお金が動くし、法律的にもギリギリなんだから」

「わかっております」


 恭しく礼をするヴィシュミネ。

 そして、懐よりひとつの水晶玉を取り出す。


「んん? 何なのよ、それは?」


 疑問符を頭に浮かべ、ヴィシュミネの取り出した水晶玉に目をやるジョージオ。


「これはルバイア様からお預かりした品物になります」


 水晶玉はジョージオに渡される。


「恐れながら、これに魔力を流して頂けば、これが何かをお判りになれます」


 とりあえずヴィシュミネの指示どおり魔力を流すジョージオ。

 彼も一流の魔術師ほどではないが魔法は使えるのだ。

 魔力を流すと水晶玉は直ぐに反応し、玉の向う側にひとりの人影が現れた。


「よう! ジョージオ。久しぶりだな。相変わらずその太った身体を見ると、また旨いものばかり食べているんじゃないのか?」


 豪快な言葉を放つ大柄の男性はクリステ領主であるルバイア・デン・クリステであった。


「ルバイアちゃん!」


 ジョージオはルバイアが水晶玉に映ったのに驚いた。


「ああそのとおり。凄いだろこの魔道具。最新の通信器らしいぞ!」

「ほ、本物なのね! 本当に驚きだわ。今まで領地間の通信となると人の身体ぐらい大きな宝玉じゃないとできないって言われていたけど、こんな小型な物もあるなんて初めて知ったわ」

「ああ、何でも帝国内の極秘の研究で造られた最新の魔道具で、しかもまだ実験中の品らしい。極秘ルートで手に入れた。他の奴等には内緒で頼むぞ」


 ルバイアが言った『他の奴等』とは他の領主や貴族の事を示していた。

 彼等は帝皇の支配の元、表面上は仲良くしていたが、一皮剥けば様々な事で競合相手ともなるのだ。

 貴族の立場で得られる情報はどんな細かい事でも利益につながるため、互いにライバル視している存在であるのは言うまでもない。

 今回のこの宝玉もどうやって手に入れたのかは解らないが、確かに有益な魔道具である事は直ぐに理解できた。


「これは俺とお前の他に、目の前にいるヴィシュミネにも渡している。彼は有能な男だ。細かい指示は彼に託してあるので全て彼に任せておけばよい」

「本当に、本当に今回の件、大丈夫なのでしょうね。ヴィシュミネにも言ったけど、今回の件は法律スレスレなんだから、変なところで中央に目をつけられたら、私も貴方もお咎めなしって事にはならないわよ」

「ふん、解っているさ。そんなに心配する事はない。大丈夫だ」

「そんな呑気事言って!今はジュリオ殿下も来られているし、あまり目立つ事は避けたいのよねん」

「何んだって!? 第三皇子のジュリオ殿下が来ているのか?それは厄介だ。なんでまた?」

「そんなこと、私に聞かれても解らないわよん。昨日なんてジュリオ殿下の隊が賊に襲われて大変なことになっているんだから」

「それも驚きの情報だな。殿下はご無事か?」

「ええ、怪我もなく命に別状は無かったわよん。本当はちょっと危なかったけど、運良く近くに優秀な魔術師がいて、皇子を守ったそうなのよん」

「ふーん。まあ、大事に至らず良かったとするか。それにしても『賊』は今そっちで有名なアレだな?」

「そうなの。しかも昨日は月光の狼じゃあなく、白魔女の単独犯だったって聞いるわよん」

「なるほどね・・・まぁ、どっちみち、その件もヴィシュミネに任せておけ。彼ならなんとかできる筈だ」


 水晶越しに映るルバイアの像に深々と礼をするヴィシュミネ。


「ええ、精々役に立って貰いたいわね」


 (本当にルバイアちゃんの期待どおりならば、いいけど・・・ね)

 その言葉がジョージオの口から出る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 領主達が密談をしている頃、ハルはエリオス商会を再び訪れていた。

 彼女は商会に入るなりエレイナと会い、そして、二人だけで秘密の地下室に移動する。

 石造りの壁が閉じて機密性が保たれるのを確認したハルは、エレイナに話かける。


「エレイナさん、昨日は手筈どおりね。助かったわ」

「いえ、ハルさんの言われたとおりの事をしただけです。簡単な仕事でした」


 正にそのとおりで、ハルが当初描いていた筋書きどおりに事はほぼ進んでいた。

 この『ほぼ』と言うところに、多少の計算違いもあったが、それでも誤差の範囲であり、「アクトの目の前でハルと白魔女の両名が存在するシチュエーション」を見事に果たす事ができたのは及第点の成果だった。


「それにしても・・・エレイナさんがあれ程に導火線の短い人だとは思わなかったけどね」


 ハルの指摘に顔を赤くするエレイナ。


「す、すみません。あの皇子の・・・他人を自分の道具か何かと言う態度に、我慢できなかったんです」

「エレイナさんが本当に怒っていたのは私にも解ったけど。アレって私じゃなきゃ、皇子様を殺していわよ」


 ハルが言うのも尤もであった。

 あの時、彼女に渡していた杖の魔道具はエレイナの魔力を大きく増幅するものだった。

 ちょっとした心の乱れで過剰な攻撃力を発する事になってしまった。

 ハルも白魔女と化したエレイナに対抗すべく、普段はあまり使わない自分用の魔法の杖を準備していた。

 これもハルの魔力を増大させるものだったが、もしあの時、これが無ければ、エレイナの放った炎の魔法を防ぐのは難しかったかも知れない。

 しかもあの時、流れ弾で燃え上がったのが街路樹だったため、その後の処理が大変だった。

 延焼にこそ至らなかったが、火事の知らせが街中に拡がり、「何だ、何だ」の大騒ぎになってしまった。

 そこでジュリオ皇子が夜な夜な警らしている事が一気に広まり、そして、命を狙われた事で話が大きくなってしまったのだ。

 ハルはそれを防いだ英雄という扱いを受けてしまい、その後の事情聴取や褒美の話しなど、非常に面倒な事になった。

 事情聴取と言っても事の成り行きを話すだけだったし、褒美は辞退したので、もう話しは済んだ事だが、内情を知るハルからすると、自分で仕掛けて自分で治めるような事で、非常に精神をすり潰す時間だったのは言うまでもない。

 その苦労にため息もつきたくなる気分だ。


「はぁ~」

「す、すみませんでした」


 ハルの疲れ切った様子に再び平身低頭するエレイナ。


「まぁ、やってしまった事はしょうがないし・・・エレイナさんはエレイナ・セレステアなんだから、貴族や皇族に一言いいたくなる気持ちも解らんでもないかな」


 意味深な事を言うハルにエレイナの表情は引き締まる。


「・・・ハルさん。やっぱり私の事・・・いや私達の事を・・・」


 エレイナは薄々感じていたが、ハルが自分達の裏事情を知っているとこの時確信する。


「ええ。貴女とライオネルさんとの関係は知っていたわ。私が白魔女になっているときは、貴女達の頭の中を覗き見る事ぐらいは簡単だし、多少失礼だとは思ったけどね・・・」

「やっぱり・・・何もかも御見通しだったのですね」

「そうよ・・・でもそれが、私が白魔女として貴女達に味方している唯一の理由。微力だけど貴女と彼の事は応援しているつもりよ」

「微力だなんて・・・白魔女様の力は私達唯一の希望なのです。感謝してもしきれないぐらいの恩があります」


 そう言うとエレイナの顔に涙が浮かぶ。

 今まで苦労が一気に込み上げてきたのだろう。

 ハルは黙ってハンカチを出し、彼女の涙を優しく拭ってあげた。

 エレイナは普段から自分の弱みを他人に見せない完璧で前向きな女性を演じてきた。

 しかし、彼女の本質は必ずしもそうでは無いのだろう。

 彼女はただ、ただ優しく、そして、自分に課せられた使命を果たすため、懸命に生きる女性だったのだ。

 その事を再認識するハル。


「なんか、辛気臭くなったわね。でも、今回は助かったわ。報酬の話なんだけど・・・」

「それについては提案があります」


 エレイナは目を閉じて、パッと目を開けた。

 その顔はキリッとしており、一気に気持ちを切り替えた女の顔だった。


「・・・本気なの?」


 エレイナの心の中を無詠唱の魔法で読んでしまったハルはハッと息を飲む。


「ええ、私も今まで彼のために生きてきました。これぐらいの報酬があってもいいと思います」


 エレイナの視線はどこまでも本気で猛禽のように光る。


「・・・本気ね」

「本気です」


 エレイナは即答する。


「・・・・・・・・わかったわ。許可します」


 ハルのその言葉を聞いたエレイナは喜々とした表情になる。

 まるで永年の恋が実った女性のようだった。


「じゃあ、これを預けておくから、使うタイミングを間違えないようにね」


 ハルはそう言うと、昨日使った白魔女仮面の劣化版と魔法の指輪を再びエレイナに渡した。


「昨日言ったように仮面の使用は最小限にね。エレイナさんの魔力では一時間ぐらいが上限だから。それと魔法の指輪も使える魔法は十個までよ。事前に登録するのを忘れないで。この範囲なら無詠唱を装って魔法を使えるから」

「十分、肝に銘じます」

「それと本物の私がいる前では絶対に白魔女にならないように。そんなヘマしたら、全てが台無しになるから」

「解っています」

「あと・・・今後、私が白魔女のときは、彼に迫られても全力で拒否するからね」

「ご協力に感謝します。そんな事をしたら私も彼を許しませんから」

「・・・」


 エレイナの眼が血走っていたが・・・とりあえず、彼女に任そう。


「まったく、エレイナさん・・・あなたとは永い付き合いになりそうだわ」


 彼女がこれらか一体何をするのか・・・それは女の友情として固く口を閉ざす決意をせざるを得ないと思うハルであったりする。

 


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