表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第六章 騒乱の予感
59/134

第一話 白魔女の姉

 ハルは少し疲れた表情で魔法鏡を見ながら紙にいろいろとメモを書き込む。

 魔法鏡に映っているのはアクトが魔法素材に触れて、それが無力化されたときの映像。

 彼の触れた魔法素材は瞬く間に魔力が拡散されてしまい、付与された魔法が無効化されてしまう。

 様々な素材を試したハルであったが、一向に良い成果が得られず、アクトのような強力な魔力抵抗体質者でも扱える魔剣開発は困難を極めていた。

 アクトの持つ『魔力抵抗体質の力』を大手振って調べられらるし、完成すればアクトにも喜んでもらえる。

 まさに一石二鳥の研究であり、私ってなんて天才!とはじめは喜んでいたハルであったが、今では少し後悔。

 こんなに大変になるのだったら別のテーマにすればよかった、と思いはじめている。

 今週は素材をいろいろと変えて確認したが、その結果はほぼ全敗で、記録画像を見ても同じ事が続くリフレイン。


「くそっ!」


 端整な顔立ちに似合わず、罵る言葉を吐いたハルは書いていたメモ紙をクシャクシャにして丸め、近くのごみ箱へ放り投げる。

 別に正確に狙った訳ではないが、ハルの投げた力がおもいのほか強かったため、ごみ箱のある場所を通り過ぎて向う側へ紙が落ちる。

 ゴミ箱に入らなかった事にさえ、更なる苛立ちを覚える。

 フウ、とため息をひとつ吐き、椅子にもたれ掛かり、そっと目を閉じるハル。

 自分が苛立ちを感じる原因については単に魔力抵抗体質の研究が進んでいない事だけではないと解っていた。


 アクトとの関係。


 一言で言うとそうなる。

 彼女が白魔女としてギエフと対決していた時、『雷撃』の術でギエフを倒した。

 それ自体は間違っておらず、あの時自分にできる最速の魔法と科学を融合した最良の手段で、魔力抵抗体質者に対し最も効果的な攻撃手段だった。

 しかし、その現場をアクトに目撃されていたのは考慮すべきだった、と後悔。

 アクトはその『雷撃』の技術について人工精霊と対決した時、目にしている。

 その上、この技の仕組みについてもハルの口からアクトへ既に説明していたため、技の特殊性についても理解をしているだろう。

 アクトも莫迦ではない。

 いや、彼は頭が良いし、彼の洞察力を以てあの現場を見れば、あの時に『電撃』という技が使われた事は完全にバレていると考えていいだろう。

 ハルは自分のあのときの思慮が足らなかった自身の行動を後悔するものの、その後に、アクトから問い詰められた時の言い訳はいろいろと準備していた。

 流石に少し苦しい言い訳になるが・・・ああ言われた時にはこう言う、こう言われた時にはああ言う、といろいろと想定問答をして、準備していたのだ。

 しかし、アクトから一向にこの件について問いただされる事は無かった。

 もう少し詳しく言うと、アクト自身からはいろいろとハルに問いただしたい気持ちをヒシヒシと感じていたのだが、彼がそれを実行できずにいるような状態であった。

 アクトは「良く見破ったわね、アクト。白魔女の正体は私だよ」とハルが居直って本当の事を言われるのを恐れているのだろうか?

 そんな彼の思いを強く肌で感じてしまうハル。

 ハルは無詠唱で人の心を読む魔法が使える。

 この能力のお陰で、相手が、今、何を考え、何を思っているのかを知る事ができ、これまでハルの交渉事は自分の都合よい形でまとめる事ができていた。

 しかし、魔力抵抗体質者のアクトにはこの手を使えない。

 彼の心を知るには普通の人間として元から備わる『洞察力』という手段を以って知る以外の方法が無い。

 一般人には当たり前の話であるが、長く他人の心の透視をする魔法に頼っていたハルはこの状況に困惑し、疲れて、苛ついていたのだ。


「あーん。もどかしい!」


 ハルはそう大声を張り上げて、椅子から勢い良く立ち上がり、頭を振った。

 彼女の長い髪が振られて左右に流れて乱れる。

 乱れた髪をくしゃくしゃとまとめながら、ハルは決断する。


「やっぱり、この事を早々に解決するべきだわ!」


 ハルは現在の自分の心の問題で、一番の障害となっている事を早々に解決するため、新たな準備に取り掛かる事にした。

 現在の時刻を確認すると夜八時ぐらいか。

 太陽は既に沈んでいるが、夏の夜としてはまだ始まったばかり。

 所有している素材と、予備で作っておいた魔道具の部品を確認して、ある物の完成日を逆算する。


「三日・・・いや、二日でなんとかする」


 そう決断すると、アクトの事を記録していたノートを閉じ、魔法鏡を畳み、この研究は一旦保留とする。

 そして、ハルは新たな魔道具を作るべく、準備に取り掛かった。

 

 

 




 二日後の夜、ハルの姿はエリオス商会にあった。

 彼女はこの商会で有名人であり、ハルが店に入ると彼女の存在に気付く職員が直ぐに応対をする。


「これは! ハル様。こんにちは。本日はどのようなご用でしょうか?」


 エリオス商会は夕暮れ後の一時間までが営業時間であったが、ハルが来店したのはその営業終了時刻間際だ。

 しかし、そんな遅い時間の来店にも係わらず、若い職員は愛想よく挨拶してハルの来店を歓迎した。


「遅くの時間にお邪魔します。エレイナさんはいますか?」


 ハルはエリオス商会の有能秘書の名を口にする。


「ええ。奥の部屋で仕事していますので、直ぐにお呼びします」

「いいえ。それには及ばないので、こちらから顔を出します」


 ハルは若い職員の案内を断り、エレイナ女史の詰めていた部屋へ向かう。

 エリオス商会の屋内を既に解るハルは遠慮なく商会内の廊下を進み、エレイナ女史の仕事部屋をノックした。


「あら、ハルさん!」


 部屋の中からは書類の山と格闘している美人秘書が顔を出した。


「こんにちは、エレイナさん。今日はちょっと相談に乗って頂きたい事があってやってきました」

「何でしょうか? それにして少し疲れた顔していますね。何か徹夜でもされたのでしょうか?」

「ええ、まぁ」


 ハルは短く応えたが、特に気にせず話を続ける。


「実は・・・ごく個人的な相談に乗って頂きたく、この建物の地下の手前から三番目の部屋で相談をしたいのですけど」

「!」


 ハルの言葉に眼をビクッとさせて驚くエレイナ。

 この商会の地下には入口から二番目までしか部屋が存在しない。

 三番目の部屋は秘密の部屋であり、それは月光の狼が使う特別な部屋だったからだ。


「何故それを・・・・ジョセフ、あなたはもういいわ。下がりなさい」


 エレイナはハルを出迎えてから一緒に付いて来た若い職員を下がらせた。

 彼は月光の狼とは無関係の人物だから、この先の話を聞かれる訳にいかない。

 若い職員はあまり納得いっていなかったが、この商会の実質的なナンバーツーからの命令に逆らう事もできず、この場を後にする。


「ハルさん、貴女・・・まぁいいわ。行きましょう」


 ハルの並々ならぬ気配を感じたエレイナは女の勘で何やら感じ、ハルの求めどおり、その部屋へ移動する。

 ふたりはエリオス商会の薄暗い地下に降りて、奥の部屋でエレイナが魔法を唱えた。

 その魔法に反応して、石造りの壁が横へとスライドすると入口が姿を現した。


「この奥に進む、と言う意味を解っているわね」


 この奥の領域は月光の狼のアジトであり、これより先に進むという意味は、ハルは月光の狼の支配下に入るという意味だ。

 ハルは「はい」と短く応える。

 彼女の最後の意思を確認したエレイナはハルと共に秘密の入口から進み、再び呪文を唱えると石の壁が元に戻る。

 これで外の空間とは隔絶されることになる。

 それなりにお金をかけられているこの地下空間は物理的、魔法的に外の世界とは隔絶されており、秘密の話をするのに格別の場所である。

 それもその筈、この場所が月光の狼の本部アジトであり、彼らが秘密の会合や作戦会議・報告をする場所だったからだ。


「ここに来たと言う事は、ハルさんは我ら月光の狼の一員になるという意思があると思っていいのね」


 エレイナはいつもの優しそうな笑顔から一転、冷たい目つきでハルを見る。

 彼女が拒絶、もしくは、秘密を漏らすような素振りを見せたときは、只では帰さない。

 そのような意思表示だった。


「私が月光の狼の一員になるかは、とりあえず置いておくとして、先ずはこれを見てもらった方が、話が早いかと」


 ハルはそう言うと、フードを脱いで眼鏡を外す。

 一体何が始まるのか怪訝な表情のエレイナであったが、ハルが懐よりひとつの仮面を出した時、エレイナの顔色が変わった。

 白を基調としたその仮面は、両目の覗く穴の縁に特徴的な朱の意匠が施されている。

 この仮面をエレイナが忘れる筈もない。

 そして、ハルは何の躊躇もなく、仮面を被った。

 直後に光の魔法の奔流が起こり、その光の中から銀髪の美女が姿を現した。

 その姿とはエレイナがあまりにも見慣れた存在である。


「貴女・・・いや、貴女様は・・・」


 エレイナの声が震えていた。


「そう。私はエミラルダ。『白魔女』と言われている存在よ」

「そ・・・そんな、ハルさんが白魔女様だったなんて・・・」


 信じられないとエレイナは思うが、目の前で起こったことは事実。

 エレイナは恐れ慄き、思わずひれ伏してしまった。

 彼女からしてエミラルダという存在はライオネルの次に敬意を払わなくてはならない存在であり、ある部分で彼女は神のようなものでもあり、平伏すべき相手だったからだ。


「ハルさん、申し訳ありません。今まで貴女が白魔女様だったなんて知らなくて・・・」

「エレイナさん、私に敬意なんて不要よ。頭を上げて」


 そういうハルに、エレイナは恐る恐る頭を上げる。


「そう。そうしてくれないと、これから私の個人的なお願いができないから・・・」


 笑みをかけるエミラルダだったが、エレイナは顔を引きつらせながら、只々、白魔女の役に立つべく、首を縦に振る事しかできなかった。

 

 

 




 翌日、学校の授業が終わりを迎えたとき、ハルはアクトの警ら活動に付いて行く事を申し出た。

 ジュリオ殿下のお陰でアクトが警備隊の活動に参加することが認められてから、アクトはずっと続けていた事だったが、そのアクトの行動にハルが付いてくると言うのが少し意外だったようで、アクトは驚く。


「えっ?今までハルは研究が忙しいから遠慮するって言っていたじゃないか?」

「私だって偶には息抜きがしたいし、午前中の授業のせいで身体を動かしたくなったのよ」

「そうだな・・・確かに研究も煮詰まってきたし・・・」


 アクトは多少の疑問もあったが、ハルが気分転換したい気持ちも理解はできている。

 魔剣の研究に関してはここ数日、目ぼしい成果も出せていないし、日に日にハルが憔悴していく姿を目にしていて心配もしていた。

 一時はハルが白魔女かと疑うアクトだが、今はそんな事よりもハルの心身の方が心配になってきている。

 彼女が自分アクトのために一生懸命魔剣を開発しようとしていることを解っていたが、それは授業の時間枠だけでは絶対にできないような、とてもレベルの高い困難なテーマであり、ハルが連日徹夜で突破口を求めて研究している事も知っていた。

 アクトからもハルの事を心配して「もうこのテーマは諦めよう」と何度か言った程だ。

 しかし、ハルは「大丈夫だから」とアクトからの申し出を突っぱねていた。

 それ程にまでに魔力抵抗体質者に魔剣を持たせようと言うのは厄介な研究テーマであり、その厄介さ故にハルの中の探求心が燃えているのだと思う。

 この先、この研究がどう進むかどうかは解らないが、彼女が息抜きを求めているならば、それに応じてやろうとアクトは思う。

 加えて、意外な事にハルは身体能力が高いことが、午前中の授業より解っていた。

 基礎体力向上授業で彼女の成績は上から四番目である。

 成績は上からアクト、セリウス、クラリス、ハルの順である。

 ちなみに下からはエリザベス、ユヨー、ローリアンの順である。

 ハルは腕力を要求されるようなものは苦手としていたが、それ以外の、走ったり、飛んだりは得意であり、俊敏である事に加えて持久力もあったため、意外に良い成績なのだ。

 寝不足で身体の状態も万全ではない筈のハルがこれだけ動けるのだから、警ら活動に参加する程度ならば特に問題は無いのだろうとアクトは判断する。

 ちなみにエリザベス、ユヨー、ローリアンの三名は、日頃の体力の無さに加えて、慣れない夜半の警らでかなり参っていたため、元気がなかった。

 この事はアクトも感じていたが、今のところは静観している。

 この警ら活動はジュリオ殿下の協力要請の元に進めている事であり、自分が横から口出しするのは失礼だと考えていたからだ。

 当事者達から辞退の申し出がない限り、とりあえず置いておくことにした。

 

 

 




 そして、時は経ち、警ら活動が始まる夜の時刻となる。

 集合場所である警備隊の詰所に集まった学生達だったが、アクトはこの警らの企画者たるジュリオ皇子に今晩だけハルの参加を申し出た。

 初めは目を丸くするジュリオだが、同じ授業に出ていてハルの身体能力の高さを既に知っていたジュリオは快くハルの参加を許可した。


「其方の無詠唱魔法も、予は期待しておるぞ」


 そう言いジュリオ皇子が素直に同行を許可してくれた事に平伏するアクトとハルであった。


「そうそう、予の方からも一人同行を追加したい。入ってまいれ」


 ジュリオ皇子の言葉に従ってひとりの人間が部屋に入ってきた。


「えっ?」「んなっ!」「はぁ?」「あなたは!」


 驚きの声が四つ響く。

 ハル、アクト、インディ、そして、入ってきた人物の四人の口から同時に出た言葉である。


「知ってのとおり、彼女の名前はサラ・プラダムである。今回どうしても、と頼まれてなあ。この警ら活動はあまり人が増え過ぎてもどうしたものか?と思ったが、聞くところによるとサラはアクト、インディとは幼馴染であるそうな。同郷のよしみであり、先方アクトの事を非常に心配しておるそうなので、特別に許可した。皆の者、新しい仲間であるので仲良くにな」

「殿下の心意気に大変感謝致します。皆さまもどうかよろしくお願いします」


 サラはそう丁寧に挨拶する。

 彼女はラフレスタ高等騎士学校の女生徒の制服の上から少し大きめの外套を着込んだ近代的な魔術師のスタイルだった。

 あまりいい気分でないのはエリザベスと、そしてあからさまに機嫌の悪くなったのがハル。


「なんでアナタがここに!」

「そんなにガツガツしないでくれる!」


 いきなり喧嘩腰のハルに対して、澄ました顔で受け流すサラ。


「お前たち顔見知りだったのか?」


 ふたりのその様子から、既に知らない仲ではないと勘ずるアクト。


「ええ。この娘、私に喧嘩売ってきた人よ!忘れる訳がないわ」

「なに人聞きの悪い事を言ってんのよ。アクトに変な魔女が纏わりついているって言うから、ちょっと挨拶しただけじゃない」


 そう言いアクトの手を取り、自分の身体に密着させるサラ。

 人前で大胆な行動をする彼女だが、そのスレンダーな身体では女の魅力というよりも子供染みた友誼のようであった。


「な、なんだよ、サラ!?」


 アクトはいつもサラからは絶対に見せないような積極的なスキンシップに面食らうものの、当のサラはそれを一向に気にすることはなく、ハルに対して勝ち誇ったように不敵に笑った。


「全く、何をやっている、サラ。ここはそんな事をする場じゃない。真面目にしないと帰ってもらうぞ」


 何も言えないアクトに替わり、インディがサラに怒る。

 殿下の御前であり、これから警ら活動に行くのに、恋人たちのような逢瀬の時間は必要ないのだ。


「チェッ。わかったわよ、インディ」


 サラはつまらなそうに呟き、アクトを解放する。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなやりとりがあり、現在はラフレスタの夜の街を警ら活動している。

 先頭は警備隊、その後ろにはジュリオ皇子の部隊、最後に学生達の隊列で進んでいるが、いつもと少し様子が違っていた。

 いつもは多少にお喋り―――世間話し程度―――をしながらの警ら活動だった。

 集中力が散漫にならない程度の会話であれば、自分達の存在を誇示し、夜の不安をかき消す為に生徒達がいつも行っていたが、今日に限ってそれはなく、あったとしても小声で囁く程度の会話だ。

 そのように緊張をしていたのは、学生達のグループで先を進むアクトを挟むように左右に立つ女性から発せられている剣呑な雰囲気が原因である。

 彼女達―――サラとハル―――は互いに視線を合わせようとせず、黙ってアクトを中心に置いて夜の街を進んでいた。

 その彼らを部隊のしんがりから観ていたセリウスは、隣を進むクラリスにだけ聞える小声で呟いた。


「普通なら両手に花・・・と言いたいところだが、あれは無いな」

「私もびっくりだよ。あの無関心を地で行くハルが、あそこまで敵意を見せる相手なんて・・・」


 隣のクラリスも驚いていた。

 ハルは他人との付き合いが下手な人間であり、無関心で通す唯我独尊の人物だと今まで思っていたが、その考えは今日に改める必要があるとクラリスは感じていた。

 今回はサラという女性に対してはあからさまに敵意を見せていたのだ。


「それにしても、あのサラって娘は何者?」

「ああ、あいつか。サラはアクトとインディの幼馴染で、同じトリア領出身の貴族の娘さ。学校内でもアクトの腰巾着として有名でヤツでな、アクトにゾッコンっ訳よ」

「ゾッコンねぇ・・・確かに彼女からはアクトさんの事が好きってのは解るけど・・・」

「やっぱりわかるか?」

「わかるわよ。アクトさん、あの娘にはあまり興味ないんじゃない」


 クラリスは見事にアクトとサラの関係を看破していた。

 アクトはサラに恋愛感情を抱くよりも、仲良い女友達という域を脱せない存在だった。

 サラは見た目の可愛らしさや幼さも相まって、アクトからすると友達と言うよりも寧ろ妹のような存在だったりする。

 だからアクトがサラに恋愛対象の女性として意識する事はなく、それが態度や雰囲気にも現れており、周りの人たちもサラがアクトの事を好きだというのを解っても、アクトがサラに恋愛感情を抱いていない、というのは解り易かったのだ。


「そうか。やっぱ解っちまうか・・・しかし、この雰囲気は・・・辛いなあ」

「そうだよね。少なくとも団体行動している時は、互いに臨戦態勢を続けるのは止めて欲しいものよねぇ」


 二人の女性が無言の争いをしているのは、周りにも重苦しい雰囲気を醸し出していた。

 サラは物事をはっきり言うタイプなので、自分が不愉快であるのを隠すこともなく、ハルをあからさまに敬遠していた。

 対するハルは、初めはサラと同じように不愉快感を出していたが、今は無表情である。

 無表情であるが、彼女の心の奥底で怒りが渦巻いていることは誰から見てもよく解る。

 何故ならば、彼女は怒りのあまり、無意識のうちに彼女の魔力が漏れていたからだ。

 その魔力のせいで、時折小さく青白い魔法の雷がハルの足元から周りに漏れているのに、それを当の本人は気付かない。

 そのうちの何発かの雷がアクトの足にも当たっていたのは余談である。

 彼は魔力抵抗体質者なので被害はなかったが、この事に気付いていない筈はない。

 それでもアクトは努めて気付かないふりを続けている。


「・・・やはり、あれは無いな・・・」


 再び呟くセリウス。

 呆れ半分、勘弁してくれと思う気持ち半分で喜劇だったのは言うまでもない・・・

 

 

 




 ふたりの女性が冷戦という剣呑な雰囲気に耐えていた学生達であったが、そんな事態は長く続かない。

 それは先頭を進む警備隊から急に怒号と悲鳴が聞こえ、学生達も強制的に気持ちを切り替えることになったからだ。


「わー、賊だ。賊の襲撃だ!」


 誰かがそう叫ぶと同時に特大の火球の魔法が地面に落ちて炸裂した。

 その衝撃で警備隊の何人かが宙を舞った。


「行くぞ!」


 アクトはそう号令を発し、戦闘が既に始まっている先頭集団の方の現場へ、いち早く駆け出し、他の学生達もそれに続いた。

 ジュリオ殿下達の部隊を追い抜いて、戦闘が始まっている先頭の部隊の集団へとたどり着いたアクトはその光景に驚きを示した。


「なっ!? 白魔女! なんでお前がいる!!」


 魔法が炸裂した中心に立つ人物を見て、あんぐりと口を開けるアクト。

 そこにはアクトの記憶に寸分の狂いのない白い仮面を被る美女が立っていた。

 アクトは白魔女を見て、そして、自分の隣まで駆け出してきたハルに視線を移す。

 アクトの中では白魔女の正体がハルだとほぼ思っていた。

 ハルは無詠唱で魔法を使う事ができるし、白魔女も同じことができ過ぎるのだ。

 ハルは白魔女と連絡を取れる権利もあるが、彼女が白魔女であるとすれば、それも当たり前の話しだ。

 廃坑の一件だって、ハルが白魔女ならば、あの場で助けに入る事も可能だし、そもそも白魔女が出たときにあの場にいなかった人物はハルだけだったので話も合う。

 そして、白魔女が先日に使った『電撃』の攻撃手段が決定的だ。

 あの技は科学と魔法を融合した技である、ハルの技そのものであった。

 ハルは人工精霊を倒したあのとき、完全に自分のオリジナルだと言っていた。

 これらの事例から合理的な判断をすると、白魔女がハルとするのが妥当である。

 しかし、どういう事だろう・・・

 今、目の前にいるのは白魔女であり、そして、自分の横にいるのはハルだった。


「おい! お前、本当に白魔女か?」


 混乱のあまり、思わずそんなことを問いかけてしまうアクト。


「何を言っているのか解らないけど、私は私だわ」


 白魔女は不敵にそう応える。


「それに脇にいる娘は・・・貴方・・・どうやら、アクト君はモテるようね。お姉さん嫉妬しちゃうわ」


 そう言い牽制の意味で小さい火球を無詠唱魔法で飛ばす白魔女。

 ひとつはアクト、ひとつはハルに向かってだ。

 アクトはいつもの魔力抵抗体質の力を使って難なくいなすが、ハルの方が心配になり振り返る。


「ええぃ!」


 しかし、その心配無用であり、ハルも白魔女の魔法を対処するのに成功していた。

 彼女は素早くローブの懐から魔法の杖を取り出し、自分に迫り来る火球を打ち据えることで、白魔女の火球を跳ね返すことに成功していた。

 魔法が自分に炸裂する前にその攻撃を逸らしたことは魔力に大きな差がある場合は可能であるため、魔術師としては防御の基本技術として有名な手段だ。

 このとき、ハルは基本に忠実な方法で白魔女からの魔法を防御していた。

 その姿を見てひとまず安心するアクト。

 自分はこの程度の火球は何ともないが、普通の人ならば大火傷してしまう。

 しかし、ハルも魔術師としては一流の存在であり、自分の心配は杞憂だったと思い、白魔女へと向き直る。


「今日はいつになく好戦的だな! 白魔女」


 自分だけではなく、ハルに攻撃を加えた事で怒りを露わにするアクト。


「あら? 言わなかったかしら、私も嫉妬する女って事もあるのよ」


 白魔女は白々しくそう述べてアクトにウインクする。

 それはとても魅惑的であり、場所が場所でなければ世の男性が恋に落ちるように仕草だったが、今のアクトには通用しない。


「ふん。今日のお前は気分が悪いようだが、それは俺も一緒だ。今日こそは覚悟してもらうぞ」


 アクトは手に持つ警ら用の棍棒を前に突き出して、白魔女に睨みを利かす。

 いよいよ突撃かと思われていたところで邪魔が入った。


「待て! 待たれよ! 予の、予の話しを聞いてくれ、白魔女よ」


 ジュリオ皇子が護衛を振り切った形で最前線にまで姿を現した。

 以前も白魔女に接触しようとして叶わなかった皇子だったが、今日こそは、と意気込んだための行動だった。


「貴方は誰? 一体、何者なの?」


 白魔女は自分の戦いに水を差されたのが鬱陶しそうに、短く抗議を口にする。


「では簡潔に申そう、白魔女よ。其方を予の陣営に迎い入れに来た。予はジュリオ・ファデリン・エストリア。エストリア帝国の第三皇子である」


 ジュリオ皇子は堂々の自分の身分を名乗り、自分の要求を手短に伝える。


「・・・それで何よ?」


 白魔女は無感動に応えた。

 ジュリオは自分が皇子である事を明かせば、何らかの反応があると思って期待していたが、その当てが外れた格好だった。

 しかし、これで引き下がるジュリオではない。

 彼は自分の陣営に入る事の利点を説く。


「予の陣営に入れば、今までの其方の犯罪は無かった事にしよう。報酬も思いのまま。ゆくゆくは予が帝皇に就いたとき、宮廷魔術師長の地位も約束しよう。そして、其方が望むなら・・・む!!」


 突然ジュリオに向かって特大の火球が放たれた。


「危ない!!」


 白魔女から直線的な放たれた火球は凄まじい速度でジュリオに向かったが、寸でのところで近くにいたハルが魔法の杖でこれを防ぐ。

 巨大な火球の魔法に対して非力なように見えたハルの魔法の杖だが、彼女の膨大な魔力のおかけで何とか白魔女の魔力に打ち勝つ事ができて、軌道を逸らす事に成功する。

 軌道の逸れた特大の火球はゆらゆらと速度を失い、近くの大きな植樹に当たり大爆発し、大きな松明が燃えるように闇夜を照らす。

 その威力に恐れをなし、自分の命が狙われた事を今更ながらに認識して腰を抜かすジュリオ皇子。


「あわわ」


 情けない声を出して震えるジュリオ皇子。

 そんな姿を見たハルは白魔女に振り返って彼女を睨んだ。


「さすがにちょっとやり過ぎじゃないのかしら? し・ろ・ま・じょ・さん」


 ハルと目を合わせた白魔女は毒気を抜くようにため息をひとつ溢す。


「・・・そうね。私とした事が・・・少々やり過ぎたわ」


 白魔女は自分が過剰に反応してしまった事を素直に謝る。


「しかし、興醒めしたのは事実よ。今日はもう帰らせて貰うわ」


 そう言うと白魔女は地面に特大の光球を放つ。

 直後に大爆発が起り、辺りは光り包まれる。

 アクト達は強烈な光に気を取られて、目が眩んだ。

 その隙に白魔女は大きく飛び上がり、立ち並ぶ家屋の屋根まで登ったかと思うと、身軽に屋根伝いに暗闇の街へと消えていった。


「ま、待て!」


 アクトは白魔女を追って駆け出す。

 駆け出したアクトにハルも続こうとするが、彼女のローブの裾を掴む者がいて、彼女は前につんのめってしまう。

 振り返ると自分のローブの裾を掴んでいたのはジュリオ皇子その人だった。


「ま、待ってくれ・・・其方は予を守った英雄だ・・・予を・・・予を守れ」


 奮えるその手は力強く握りしめており、ハルのローブを決して離そうとしなかった。

 ハルはジュリオに手を解くよう言うが、ジュリオは混乱していて、決して手を離してくれなかった。

 お陰でハルはアクトを追っかける事ができず、この場に縫い付けられる事になる。

 そして、それは小鹿のように震えるジュリオの恐怖が抜けるまで続くのであった・・・

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ