第十一話 隊長の休日
今日は日曜日、このエストリア帝国でも一週間に一度は休みとなっている。
夏の正午という日差しの強い中、アクトとハルの姿はラフレスタ西地区にある閑静な住宅街にあった。
最近のラフレスタは義賊団による事件が賑わせているものの、それでも、この世界の一般的な都市よりは治安のいい場所である。
その中でもラフレスタ西地区は貴族の住む中央地区に次いで治安の良い場所であり、高級住宅街として有名な地域だった。
アクトとハルが何故ここに来ているのかと言うと、それはここに住む家主に招待されたからだ。
昨日の夜は白魔女達の襲撃を受けて、獅子の尾傭兵団のギエフ隊長が負傷する事件が起きた。
ギエフをはじめとした獅子の尾傭兵団の団員は警備隊や学生達にとってもいけ好かない連中だったが、それでも負傷者を出すというのは不名誉な結果となる。
それも第三皇子のジュリオの目前で起こった惨事であり、ラフレスタ第二警備隊としては大失態とも言えよう。
負傷したギエフは傭兵団から派遣されてきた救護班により回収され、警ら隊もその後の活動は中断となり、詰所に戻った。
学生達も落胆する事以外にやることがなくなり、解散となったが、アクトが帰ろうとしていると不意にロイ隊長から声がかけられる。
ロイと話をしている間に、ジュリオ皇子と他の学生達は先に帰ってしまったが、それを見計らったようにロイから「明日うちに来ないか?」と誘いを受けたのだ。
アクトは快く受けたが、ロイからはハルも一緒に連れてきて欲しいと言われた。
何やら警備隊の詰所内では話にくい事があるらしい。
そう言う事でハルを誘い、ここに来ているのだった。
実はアクトは白魔女の襲撃直後からハルとどう接するか迷っていた。
アクトは白魔女がギエフを仕留めた(殺した訳ではないが・・・まぁ、同意義だろう)ときの技を目撃し、いろんな意味で衝撃を受けていた。
ギエフが魔力抵抗体質の持ち主である事を知った白魔女が選択した攻撃は、『電撃』という技である。
この攻撃手段が完全な魔法攻撃では無いことをアクトは知っていた。
何故なら、それはハルがアストロ魔法女学院で人工精霊を倒したときに使った技と同じだったからだ。
あの時にハルが行使した『雷撃』という攻撃手段は、一見して普通の中級魔法の『雷』と似ているが、その中身は似て非なるものである。
攻撃形態としても『雷』は魔術師の掌から敵に向けて一直線に雷の筋が伸びるように浴びせられるが、ハルの『雷撃』は自然でおこる落雷と同じように空気中でいろいろと曲がりくねって相手に当たる攻撃手段だった。
興味が沸きハルにいろいろと説明を受けたアクトだが、あの時のアクトではほとんど理解することができなかった。
しかし、科学の理解が進んだ今となってはハルの言っている事がアクトでも理解できる。
『雷撃』という攻撃は雷の元である『電気』なる物を術者の近くで発生させ、その後に『導体』と言われる電気の流れやすい通り道を作り、あとはそれに電気を乗せて流すことで標的物に雷を誘導する術なのである。
相手に雷が接触するところは自然の理を利用しているので、魔法反射能力を持った人工精霊にも有効な攻撃方法で、それによって撃破する事ができた。
昨日、見たものは人口精霊の時と比べ物にならないほどの大出力の攻撃であったが、その仕組みはハルが人工精霊に施したものとまったく同じ事をギエフに置き換えて行っているだけであった。
それを、あの『白魔女』が・・・である。
ハルは「『雷撃』の技は自分のオリジナル」と言っていた。
それならば、どうして白魔女が使えるのだろうか?
ハルが教えた?
いつ間に、どうやって??
ハルはそれほどまでに白魔女と親交を深めていたのだろうか?
確かにハルは白魔女と連絡する手段を持っているようだ。
それはアクトが白魔女に稽古をつけて貰うよう願い出たとき、白魔女がハルを連絡窓口として指定したからである。
しかし、ハルが連絡窓口になったのはごく最近の話であり、とても魔法を教えるような時間もなかっただろう。
そうなると、「ハルの正体が、白魔女である」と考えた方が辻褄合うのではないだろうか?
前回の廃坑の件だって、話の都合が良すぎると思っていたりする。
あの状況でハルが白魔女と連絡を取り、そして、転移魔法を使いラフレスタから何十キロも離れたあの場所に一瞬で来ることなんて非合理的だと思った。
それでも・・・アクトはハルに「お前が白魔女なのか?」と聞く勇気は無い。
もし、ハルにその事を肯定されれば・・・その後の彼女との関係はどうなってしまうのだろうか。
アクトはハルの事を許して、今までと同じように接する事ができるのだろうか?
そもそも、白魔女である事を追及したことが原因で、ハルが自分の元から去ってしまうのではないだろうか?
そうなると自分とハルの関係は完全に終わってしまう、のだろうか・・・
どうする・・・
いろいろな考えがアクトの頭の中でグルグルグルグルと回り、どうしていいか解らなくなる。
そんな複雑な気持ちを抱えたアクトだが、それでも、ロイから誘いを受けており、その事を伝えるためにハルに会わなくてはならず、日曜日の朝早くに彼女の元へと向かった。
そんなハルは朝の急な来訪に係わらず、嫌な顔をひとつしないで、「招待を受けたのだったら、折角だから行きましょう」と快く受け入れてくれた。
こうした彼女の姿は周りの女生徒から聞く「ハルは非常識で失礼な女だ」と言う評判は、どうしても信じられない。
いや、信じなくても良かった。
自分が見ているこの姿こそ全てだと・・・そう信じたい。
こうした彼女の誠実な姿と、彼女が白魔女ではないかという可能性・・・
(ハル・・・俺はお前に騙されているのか?)
そう自問するも答えは出ない。
アクトの心の中ではそう悶々としながらも、ロイから招かれた約束を果たすために、ロイの住むラフレスタ西地区へとやって来たのだ。
指定された住所の門を叩く。
「こんにちは。どなたか、いらっしゃいますか?」
ノックとともにアクトの声が閑静な住宅街に響く。
やがて、ドアが開き、可愛らしい少女が顔を出した。
「ここのお宅はロイ隊長の御宅でしょうか? 僕たちはロイ隊長に呼ばれして来ました、アクトとハルという者です」
「ええ、聞いています。入って下さい」
少女は事前に聞かされていたのか、ふたりを快く歓迎し、家の中に招き入れる。
居間に案内されたアクトとハルはしばらくここで待つようにと少女から言われた。
「今、お父さんとお母さんは買い物に行っているので、もうしばらく待ってください。あ、私は娘のライラと言います」
「わかったわ、ライラちゃん。私はハルよ」
「僕がアクトだ」
ふたりは可愛らしい金髪ポニーテールの少女に挨拶する。
無骨と言っては悪いが、あの百九十センチもある巨漢の隊長から、良くもまぁこんな可愛らしい少女が生まれたものだと、多少失礼な事を考えてしまうアクト。
ライラに勧められるまま、アクトとハルのふたりは並んでソファーに腰かけ、ライラから取り置きしてあったお茶を振る舞われる。
「良くできた娘さんね」
ハルはライラの事を褒めたが、その事が嬉しかったのか、ライラははにかみ、更に可愛くなった。
こうしてしばらく三人で世間話をするが、その中でライラは近くのラスレスタ西地区第七初等学校に通う十二歳だと言う事が解った。
「あと一年で初等学校も卒業ね」と楽しく会話していたところでロイ夫妻が家に戻ってきた。
「おお、アクト、来ていたか。待たせたな」
いつも見慣れたロイ隊長とそのとなりには美人妻がアクト達の来訪を快く歓迎する。
「紹介しておこう、俺のかみさんで、シエクタだ」
「シエクタです。いつも主人から聞いているわよ。美男と美女のカップルだと聞きていたけど、ロイにしてはまともな判断ね。お二人ともとてもお似合いだわ」
「いや、アクトとは友達だから」
「・・・そうです。ハルとは・・・親友です」
即座に否定するハルと、多少複雑な表情で否定するアクト。
その受答えを見て「あら、違ったのかしら、ムフフ」と何か含み笑いをする夫人。
他人の恋の話はどこの世界でも娯楽であったりするのだ。
「アクトとハルさんに話したい事もあるが、まずは昼を食べてからにしよう。すぐに用意させるから寛いでいてくれ」
「あっ、だったら、私も手伝います」
ハルは率先して昼食の手伝いを申し出た。
「あら、だったら少しお願いしようかしら、キッチンはこちらよ」
シエクタに案内されてハルはキッチンに消えて行った。
ロイ家での昼食は楽しいひと時だった。
昼食の献立はシエクタ自慢のシチュー料理とパンであったが、下準備は午前中に終えていたので、調理にはそれほど時間がかからなかった。
加えて、ハルが調理に加わる事で手際よく準備が進み、後半ではライラが参加する事によって程よくペースダウンしたが、それも愛嬌の範囲である。
シエクタはハルの手際の良さを感心し、皆の前で「この娘は、今すぐにでもお嫁に出しても問題ないわよ」と太鼓判を推したりするのであった。
食事の間はおいしい料理に舌鼓を打ちつつも、ロイとシエクタの馴れ初めの話や、アクトがこの前経験した廃坑探索の話、ハルの魔道具の話と大いに盛り上がった。
特にアクトとハルの話にはライラが目を輝かして聞き入っていたぐらい好評だった。
楽しい時間は直ぐ過ぎるもので、皆が食事と歓談に夢中で、既に二時間ほどが経過していた。
そろそろ頃合いとロイはシエクタへ目配せをする。
彼女は夫の意図を悟り「後片付けをする」と言って娘のライラを伴ってキッチンの奥へと消えて行った。
ふたりが部屋から離れたのを確認したロイは小声でふたりに話しかける。
「さてと。ここで二人にだけには話しておかないといけない事がある」
ロイの真剣な顔つきにアクトとハルもいよいよ本題が来たかと思う。
「まずはハルさん。この前は不快な思いをさせてしまい申し訳ない。警備隊の隊長としても面目の立たない行為だ。ギエフの狼藉を黙認してしまった訳だが・・・このとおり謝りたい」
ロイが深く頭を下げた。
「いえいえ。ロイ隊長さん、頭を上げてください。あの人の事はもう済んだ話ですから良いのですよ。もう気にしていませんから」
ハルは大慌てで、ロイに謝罪は不要と伝えた。
確かに何もないかと言われれば嘘になるが、彼女にとってギエフの狼藉はもう過去の話しだ。
キエフは自分が白魔女となったとき、その身をもって罪を償わせたし、何よりロイの家で彼の謝罪を受けるのは、彼の妻や娘の視線がある手前で大いに遠慮したかった。
「そうは言うが、あの場での俺の態度が全てだった。俺は自分の上司からの命令もあり、ギエフの狼藉に目を瞑らざるを得なかったのは自分が情けないと思った。このとおりだ。スマン」
再び頭を深々と下げるロイ。
アクトはこのとき初めて、怖いもの知らずだと思っていたこの人も、いろいろな事で悩み、いろいろな事で気を使っているのだと知った。
「ロイ隊長さん、本当に良いですから、謝罪は受け入れますから」
ハルは逆に焦り、ロイの頭を立たせよる。
少し時間はかかったが、ロイもようやく懺悔の言葉を飲み込み、ハルからは許しを得たと信じるのだった。
そうして、いつもの様子を取り戻したロイは今後の状況について話始めた。
「まず、問題の傭兵団達だが、我々の隊から離れる事になった」
「えっ!? そうなのですか?」
隊長のギエフは白魔女とやりあって大怪我を負っていたので、しばらく(もしくは永遠に)復帰は無理だろうと思っていたが、獅子の尾傭兵団自体がロイの隊から離れるとは思っていなかったアクト。
「期待されていたのに、白魔女と戦ってあっさり負けてしまった事が原因なのでしょうか?」
「それもあるが、ジュリオ殿下も我々の領主様に進言したようだ」
「ジュリオ様が?」
「そう。獅子の尾傭兵団は和を乱す輩が多く、ラフレスタ警備隊と連携して行動するのは困難である、と意見を言われたようだ」
「そうなのですか・・・」
「あの皇子様。ただの我儘な坊ちゃんかと思っていたが、それなりに言う事は言うらしいな。今回はそれが吉となったようだ。素直に感謝しておこう」
ロイはそう言うと頭を掻いた。
これは彼が嬉しいとき無自覚にしてしまう行動だったのだが、この癖を知る者は彼の妻以外には居ないので、今、それを指摘する者はいない。
「ただし、今後、獅子の尾傭兵団は領主直轄の組織として残るようだ。なにやら本隊がそろそろ合流するとも言っていた」
「あいつらまだ居るんですか・・・」
アクトはあからさまに嫌そうな顔をする。
「まぁ、そんな顔するな、アクト。世の中は自分の思うとおりに進むとは限らん。嫌な奴とも仕事をして成果を出さねばならん。それが社会と言う奴だ」
キッチンの奥から「あなたがそんな事を言えた義理・・・」と小さい声が聞こえたが、ロイはそれを気のせいだと思う事にした。
アクトはため息をつくが、その姿を見たハルは何故かププっと噴いてしまう。
「な、なんだよ、ハル」
「えっ?だって、真面目を地で行くようなア・ク・ト・さ・ま・が、説教されているのが面白くて・・・ふふふ」
何故か、今のアクトの行動がハルの笑いのツボに触れたようだった。
理由は解らないが、時折こういったハルの笑う姿を見る事で、毒気を抜かれてしまうアクトであったりする。