第十話 ギエフとの戦い 後編 ※
ラフレスタの夜の街を警ら集団が進む。
夜中と言う事もあり、人の往来はほぼ無いが、それでも『ほぼ』と言う訳でありゼロではない。
それは深酒をした酔っ払いであったり、夜な夜な想いの相手と逢瀬を重ねる恋人達であったり、夜中の仕事に向かう労働者であったりする。
そんな彼らがこの警ら隊を見て、この異様さに驚きを感じているに違いないとアクトは思う。
普通、夜中の警ら隊は数人が一組、多くても十人を超える事はまずない。
しかし、本日の夜、このラフレスタを闊歩する警ら部隊の人数は五十名を超えていた。
まるでどこかの軍隊の進軍かと我が目を疑ってしまうラフレスタの住民達だが、そんなこともなく、これも単なる警ら活動である。
こうなってしまったのはフィーロ副隊長を始めとした第二警備隊の十五名に加えて、ラフレスタの学生である選抜生徒達の十名、さらにジュリオ皇子達が護衛を含めて十五名、そして、獅子の尾傭兵団のギエフ達十名で構成されていたためだ。
彼らは大通りを中心に見回りをしている。
決して職務怠慢から歩きやすい道ばかりを選んでいる訳ではない。
これは既にこの部隊が小道を警らするのに適した人数ではないからだ。
先頭を歩くのは第二警備隊と傭兵団の混成部隊、隊の中部にはジュリオ皇子の部隊、後方には学生達と第二警備隊の混成部隊の順番で進む。
学生達と傭兵団を離したのは先刻起こった諍いのせいであり、道中に余計な喧嘩を始めないように配慮された結果である。
そして、今、先頭を進むのはディヨントだ。
彼は先の廃坑探索の護衛任務で大きく成長していた。
物事の変化に注意深くなり、暗闇でも焦らず適確に状況の判断ができるようになっていた。
これも魔物襲撃の対処や廃坑での盗賊達との戦闘経験によるものであろう。
ちなみに盗賊達の戦闘経験と言っても彼は他の者と同様にすぐに眠らされてしまったが、それはフィーロも同じである。
ただし、この時に感じた悔しさが自分を高める事にプラスへと働いたようで、成長を促す契機となっていた。
その結果、鉱山探索の帰路時にも小規模な魔物の襲撃があったが、この時の彼は誰よりも多くの魔物を退治するという成果を見せていたのだ。
そんな事から副隊長フィーロはディヨントに先導を任せ、自分はジュリオ殿下周辺の警護に加わっている。
彼の脇にはジュリオ殿下とそれを守る護衛達がいるが、ジュリオ皇子が自分の近辺に警護を許したのはフィーロとアクトのみ。
彼曰く「予は警らの協力に来たのだ。よって、警ら隊の諸君から警護されるのは本末転倒である」とし、ふたり以外の警護は認めなかったのである。
本来はジュリオ自身が警ら活動に参加しなければ、このような大事にはならないのだが・・・と心の中で思うフィーロでもあったが、彼からしても皇族というのは雲上人であり、文句を言う事もできなかったりする。
フィーロの性格からすると、このように我慢すること自体本意ではないが、自分の我を通す以上に『皇族の威光』というが強かったりする。
そんな大所帯の警ら部隊が街の大街道を南へ進む。
普段ならば、この時間にここらを警らしていると、酔っ払い同士の喧嘩や、不良少年少女の補導、強盗事件、挙動不審者の逮捕などいろいろと小さい事件が何かひとつでも起こるのだが、今日に限っては本当に何も起こらない。
誰かの願いを神が聞き入れたのか、はたまた、この大人数の警ら部隊に犯罪者が委縮したのか?
とりあえず今日に限り事件が起こらないに越したことが無い、そう願う人がこの部隊にも多かったに違いない。
そして、警らとして予定されていた時刻はもうすぐ終わりを迎えようとしていた。
小高い丘に設けられた公園の通りを過ぎれば、あとは詰所へ戻るだけだ。
しかし、最後にそこで賊が待ち構えていようとは・・・
その姿に最初に気付いたのは、先頭を進むディヨントだった。
「ん、あれは何だ!」
小高い丘の中央部を掘って谷のようにして設けられた道の中央部に、月を背にして立つ人影が三つ。
三人のうちの中央に立つ人物はほとんど風が吹いて無いにも関わらず、ローブの裾をなびかせ、顔にフードを深く被り、背に受ける明るい月灯りのせいもあり正面が影で誰だか解らない。
そして、脇を固めるふたりも黒色の布で全身を覆っており、こちらも顔が判別できない。
だが、そのシルエットから三人は女性である事は解り、彼女達はまるで警備隊がここに来るのを事前に知っているかの如く、堂々と待ち構えていた。
そして、中央の女性がフードを脱ぐ。
その姿を見たジュリオが息を飲む。
そこには、絶世の美女―――と言っても顔の半分は仮面で覆われている―――が、姿を見せたからだった。
「あ奴が・・・いや、あの方が白魔女か!」
ジュリオは驚きと同時に歓喜と興味、そして、尊敬の入り混じった視線で白魔女を凝視するが、眼の合った白魔女は口元に薄笑いを浮かべて、無情にもこう言葉を発するのみ。
「作戦開始」
少し時間を戻すとしよう。
ハルは研究授業を終えて、別れ際にアクトから今日の警ら活動の話を聞いた。
アクトの話によると、今日はギエフ率いる傭兵団やジュリオ殿下達と合流し、警ら活動をするのだと言う。
この情報を聞いたとき、ハルはすぐにある事を決断する。
それはギエフとの決着である。
ハル決して好戦的な人間ではなかったが、ギエフに制裁を加えて、早々にこのラフレスタから退場願いたいと思っていた。
昨日、ギエフから受けた狼藉はハルにとっても余程に大きな嫌悪感と衝撃を与えていたからだ。
野蛮なギエフにとっては女性の頬を舐める行為ぐらいスキンシップのようなものかも知れないが、ハルにとっては強姦未遂と言っても過言ではないほどの衝撃と恐怖であった。
彼女はこの女性の敵であるギエフをどうにかして排除したいと考えていたが、こうも早くチャンスが来るとは。
ハルはアクトと分かれた後、月光の狼へと連絡を取る。
彼女はエミラルダとして月光の狼に『獅子の尾傭兵団の先行部隊』に関する情報提供を行い、この傭兵団の危険性についてライオネルに話して、早期排除を提案した。
ライオネルとしてもエミラルダからの意見具申に反対する事はまずなく、喜んで自分の手下を協力させる事にした。
そうして、エレイナとサリアという実力者を連れてこの現場で待ち伏せをしていたのだ。
自分の読みどおり先頭集団にギエフがいる事、そして、都合よく、アクトとジュリオ皇子は中央より後方にいる事を確認した彼女は思わず顔を綻ばせる。
想定していた作戦で上手く事が進みそうだったからである。
そして彼女は短く宣戦布告する。
「作戦開始」
その言葉を聞いたエレイナとサリアは懐から小型の魔法の杖を取り出した。
これは今回新たに用意した白魔女謹製の魔道具であり、簡単な魔力を込めるだけで単一の魔法を高速で何発も発射できる魔法の杖。
ふたりはその杖に短い呪文とともに魔力を流して、警ら隊に向かって走り出した。
「むっ! 突撃か?」
先頭にいたディヨントは驚きに身を固めたが、エレイナとサリアは彼に眼もくれず、その後ろの集団に向かい魔法を発射した。
彼女達が選んだ魔法は氷の魔法であり、細かい石礫のような氷の塊が隊員達に襲いかかる。
「賊だ。賊の襲撃だ。ジュリオ殿下を守れ。隊形を整えよ」
ジュリオの護衛筆頭であるロッテルの指示が木霊する。
彼の指示は的確に実行され、日頃から訓練されていたジュリオの護衛部隊は魔法防御が可能な盾でジュリオ前方を覆い、あっと言う間に鉄壁の守りを固めた。
経験豊富な護衛達が行うそれは教科書どおりではあるが、それでいて強力な守りである事に違いは無い。
しかし、これは白魔女の狙いどおりの筋書きである。
彼女が指をパチンと鳴らすと、エレイナとサリアは杖を地面に擦るようにして護衛達の前を横切る。
そうすると地面から氷の城壁が彼女達の後を追うように地面からあっと言う間に生える。
二重掛けの魔法により生成された氷の壁は高さが十メートルを誇り、両脇の山肌まで伸びているので、これを超えるのは至難の業になる。
次に白魔女が魔法をかける。
彼女の手から発した魔法の球は闇夜の宙を舞い、エレイナ達の作り出した氷の壁に命中する。
そうすると魔法の球は爆発するような氷の魔力の奔流が発生して、結果的に氷の壁を更に厚く強靭に変化させて温度が一気に下がる。
この騒ぎに驚いた夏の虫が飛び、運悪くこの氷壁に接触するが、虫達はあまりの低温のために即座に氷結になってしまった。
そんな様子が見た警備隊の隊員達は自分達も凍り付いては不味いと、直ぐにこの氷の壁から離れる。
こうして、見事に警備隊達を分断することに成功する白魔女達。
しばらくはこの様子を黙って見ていたギエフだが、白魔女の姿をマジマジと見て、その顔が気味悪く歪む。
「ふーん、おめぇらが『月光の狼』って言う奴らだな。そしておめえが『白魔女』ってかぁ!」
ギエフは白魔女の身体を舐め回すように下から上へと視線を這わせる。
噂に違わない白魔女の美貌を目にして、彼は下品な想像をして、餌を目にした野良犬のようにだらしなく舌を出して息が荒くなる。
正に目で犯すとはこの事であったが、この男に懐く嫌悪感はすべての女性に共通していた。
白魔女のハルは以前ギエフより舐められた頬に思わず手が行き、あの悍ましい記憶が蘇る。
エレイナやサリアもギエフから発せられる得体の知れない嫌悪感を本能で感じる。
「ふふん、女がこんな夜半で出歩くのは感心しねぇなぁ。黙って家にいて、男に媚びていていりゃいいのによぉ」
ギエフはそう言って剣を抜いて、不埒に笑う。
「こんなところにいたら悪い奴に捕まって、結局、イケない事をされてしまうんだからよぉーーーっ!」
ギエフはそう言うと、大男からは信じられないような加速を見せて白魔女に迫る。
「させない!」
ギエフと白魔女の間にエレイナとサリアが割り込み、魔法の杖を奮う。
彼女達の流した魔力は正しく氷の魔法へ変換されてギエフに襲いかかる。
そうして、ふたりの生み出した膨大な氷の礫はすべてギエフに集中した。
普通ならば一人に対して過剰な魔法攻撃であったが、それでも彼女達は女性の本能でギエフに対し恐怖を覚え、総力攻撃をしたのだ。
これはやり過ぎたかと一瞬後悔するエレイナとサリアだが、それは別の意味で後悔することになる。
氷の礫はギエフの全身に当たるその寸前で動きを止めた。
そして、すべての魔法の氷が軌道を変えて、彼の大きく開けた口腔に向かって吸込まれ、やがて消えてしまう。
「「なっ!」」
驚きと恐怖から、彼女達二人はもう一度同じ攻撃を行った。
今度は手加減なしの最大出力だ。
それでも結果は同じことの繰り返し。
ギエフは口を大きく開け、そこに際限なく魔法が吸い込まれていく。
「ま、魔力抵抗体質者!」
エレイナが悲鳴を上げた。
先刻、アクトとの戦闘で『魔力抵抗体質者』が非常に厄介な存在である事を思い知らされたエレイナ。
彼とはタイプが違うようだが、この技は紛れもなく魔力抵抗体質の保有者であると認識する。
「ふぅー、お前たちの魔力も、なかなかいい味がするじゃねぇか。全て俺が吸い取ってやるぜ」
そう言って下品に舌を舐めずりまわすギエフ。
どっちらの獲物に飛びかかろうか迷う野獣のようであった。
一筋の汗を流すエレイナ。
今は魔術師の装備しか持っていない自分と魔力抵抗体質者であるギエフはあまりにも相性が悪い。
その上、女性として生理的に嫌悪感を覚えるこのギエフと言う男。
覚悟が未熟な者はその弱気な心が表面に出てしまうと言われるが、今のエレイナが正にそのとおりであった。
ギエフと目が合った瞬間に彼女が一瞬怯んでしまったのを野獣は見逃さない。
ギエフはエレイナに狙いを定めて口を大きく開けて、舌をだらしなく垂らしながら飛びかかる。
蛇に睨まれた蛙・・・この場合は飛びかかってくるのが蛙であり、蛇に挑むような絵になるのだが・・・のように身動きのとれないエレイナ。
ギエフの手が彼女に届くかどうかのところで、エレイナの後ろから極大の炎の玉が通り過ぎて、ギエフに命中した。
「ぐびゃっ!」
予想外の攻撃に、意味不明の呻き声を出したギエフは、後ろに吹っ飛んだ。
「何をしているの!?早く下がりなさい」
白魔女の声でハッとなるエレイナ。
今の自分の状況をようやく思い出して、白魔女の指示どおり後ろに下がった。
一方、吹っ飛ばされたギエフは白魔女の作り出した極大の炎の玉を受け止めるかのような姿勢になる。
そして、口を大きく開けたギエフからは信じられないようなことを起こしていた。
魔法の炎の玉に喰らいつき、魔法の炎を次々と食べていたのだ。
やがて少しの時間をかけて、魔力でできた炎の玉を全て飲み込んでしまう。
ギエフは下品にゲップし、白魔女の魔法の味について品評する。
「う、うめぇ。この魔力うめぇ!」
ギエフは白魔女の魔力を文字どおり食べ、この旨さに目を白黒させていた。
それはあまりにも気持ち悪く、白魔女はもう一発、彼に大火球をお見舞いしたが、今度はそれを待ち構えていたギエフは口を大きく開け、火の玉をあっさりと口腔内に収めてしまう。
クチャクチャと咀嚼する不快な音を立てて、悦な表情を浮かべるギエフ。
「ハァ、ハァ、ハァ。お前、ハァハァ、最高だな」
そう言ってギエフは白魔女の身体を改めて舐めまわすように上から下へと食い入るように見る。
もう何度目になるか、この男から感じる不快感にうんざりする白魔女。
「ふへへへ。ハァ~。気が変わったぜ、白魔女。ハァ、ハァ~。お前、俺の女にならねぇか。金なら腐るほど持っている。ハァ、ハァ、ハァ~。とんと贅沢な暮らしさせてやっからよ」
夜の暗がりで下品に興奮する男からそんなことを言われても、喜ぶ女性などひとりもいない。
白魔女は呆れを通り越して、この男に殺意さえ覚えるようになる。
「誰がお前なんか!」
ドカーーン!
白魔女が拒絶を答えると同時に、氷の壁の向こうから大きな音が響く。
どうやらあちらでアクトが健闘しているらしい。
この場にアクトが現れると、更に厄介な事になる。
早めに決着をつけるべき、と白魔女は判断した。
「連れねーな。じゃあ、力尽くで押し倒して裸にひん剥いて可愛がってやんよ」
ギエフがそう宣言すると白魔女に飛びかかった。
それと同時に氷の壁が崩れる。
アクトが氷の魔法の壁を壊すのに成功したのだった。
駄目だ、もう時間が無い。
そう自覚した白魔女は迫り来るギエフを一発で仕留めるために、とびっきりの技を放った。
「だから効かねーっ、つうてんだろーっ!!」
「黙りなさい。アナタの魔力抵抗体質なんて効かないわ。えいっ!」
白魔女はそう言うと雷を生み出す。
白魔女の手で発光したそれは、通常の雷の魔法と少し違う。
通常は透明な魔法の殻の中に雷鳴を閉じ込めて、それを相手に向けて放つ技だが、今回の白魔女の魔法は彼女の近くでその殻が止まっていた。
「ふん、恐怖のあまり、魔法をしくじりやがったな。馬鹿め!」
そう高を括り、厭らしいピンク色の舌を白魔女に伸ばすギエフ。
しかし、ここで白魔女の魔法が真の意味で完成し、大きな雷鳴とともに光の速さでギエフを打ち抜いた。
ドーーーーーーーーーーン。
「にゃあ!?ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!」
直後に獣の声が木霊する。
貰う予定では無かった雷撃のダメージに驚愕するギエフ。
彼が自らの意思を保てたのは、ほんの数舜だけであった。
雷の直撃を受けたギエフは全身から黒い煙を出して、舌をだらしなく出したまま口から泡を吹き、白目を剥きヒクヒクとなる。
それを見た白魔女は思わず彼を殺してしまったかと思ったが、時折舌が細かく動いたのを見て、まだ死んでいないことを確信する。
自分の『殺さず』の信条に一部の例外を作るところだったが、なんとかなりそうだ。
尤も、何らかの後遺症が残る可能性もあったが、それこそ自業自得というもの、恐らくこの男は今まで何人もの女性魔術師を辱めている。
快楽のために殺した事もあるはずで、いい気味だと思っていたが、不意に自分を射抜く強い視線に気が付いた。
「し、白魔女・・・・今の雷は・・・今の技は!」
アクトは白魔女を指さしてワナワナとなる。
直後に白魔女は「仕舞った」と思った。
この攻撃は、以前にアクトの目の前で使ったことがある術だったことに気が付いたからだ。
そう、人工精霊を倒した時の例の技である。
威力は今よりも数段抑える形だったが、基本的には同じである。
この技は彼女がハルのときに使った技であり、科学の力を利用した雷の攻撃手段だったのだ。
「チッ! ふたりとも去るわよ」
眉間に皺を寄せて、早々に離脱を宣告する白魔女。
これに待ったをかける声が、アクトの後ろより聞こえる。
「待って、待ってくれ、白魔女よ。予の話しを・・・予の話しを聞いてくれ!」
ジュリオが懇願するように叫ぶが、魔女三人はその声に一切振り返る事もなく、一瞬で闇の街へと消えていった。
あまりに一瞬であったため、彼女達を追いかる者は誰もいない。
呆然とする彼らだが、白目を剥いて痙攣するギエフがそのまましばらく放置されたのは言うまでもない。




