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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第五章 騎士学校
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第七話 怪人ギエフ

 窓は存在せず、魔法照明のみで照らされた一室には十二名の学生と五名の大人が居た。

 そこはこの人数が詰めかけてもまだ余裕のある一室であり、アストロ魔法女学院の中で最も大きい研究室で、普段は関係者以外入れない特別な場所である。

 しかし、如何に特別な場所であったとしてもこのジュリオ・ファデリン・エストリアの前にはほとんど意味が無い。

 エストリア帝国にある物は全て彼の父である帝皇の所有物であり、その嫡男である第三皇子ジュリオの要望はこのラフレスタで神の声に等しい。

 ジュリオが希望すれば、それを断れる者などいない。

 彼が今回所望したのはアストロ随一の魔道具師であるハルの研究室の見学であり、その願いは現在進行形で叶っている。

 ジュリオとその護衛の三名を迎えたのはアストロ魔法女学院のグリーナ学長とラフレスタ高等騎士学校のクロイッツ・ゲンプ校長、そして、つい先日ジュリオと学友になってしまった十一名の選抜生徒達である。

 ジュリオだけでなくアクト以外の生徒もハルの研究室に入るのは初めて。

 先日、アストロの研究発表会で衝撃的な発表を行ったハル。

 エリザベスとローリアンはその発表に参加はできなかったが、廃坑探索の時の騒動でハルが懐中時計の製作者である事を知り得ており、最早この選抜生徒の中でハルの実力を疑う者は誰一人として存在しない。

 そんなハルの根城であるこの研究室は全員が興味津々であったりする。

 研究室の設備をひととおり説明したハルは、次にジュリオから事前に要求のあった懐中時計の製作について簡単な講義と製作実演を行う。

 ハルはできるだけ専門的な内容を避けて説明したつもりだったが、それでもこの中でそれを理解できたのはグリーナ学長と一部のアストロ魔法女学院生、そして、一緒に研究しているアクトぐらいである。

 ジュリオも彼女の講演内容を半分も理解できなかったが、精密魔法陣製作の実演を見て舌を巻くことになる。

 彼にも魔法の才能が多少にあり、このときにハルの技巧の高さを十二分に理解できた。

 ハルがすごく緻密な魔力操作をとてつもない速さで行い、それでいて膨大な魔力を注ぎ続ける調整を見せていたからである。

 アストロの同窓生達もそれまでハルのことを理論の人だと思っていたが、この製作工程を見て彼女の評価を改める事になる。

 それを横で見ていたアクトは何故か鼻が高くなる思いであったが、それが誰かにバレることも無い。

 そうして、ジュリオにとっては目的のものが見られたため、非常に気分が良い。


「うむ。久々にいいものを見させてもらった。予にも技術的な内容は理解が及ばないものもあったが、実演してその機能が成り立っておるから、ハルの申している事が正しいのであろう。素晴らしい限りであるな」


 ジュリオは感心し、話題は懐中時計とは別の発明品に移っていく。

 それはこの部屋を見れば解るとおりだが、ハルの発明品が所狭しと置かれている。

 ハルはこんな自分の力を誇示するような展示は遠慮したかったが、グリーナ学長の指示でこうしている。

 このときのハルの力が、アストロの力としても示せることが理由であったからだ。

 こうして、これら発明品の数々は当然ジュリオ以外の学生達の目にも触れる事になる。

 カントの目の前に目の前は箱型の魔道具があり、思わずそれに手を伸ばす。

 これは先日ハルが研究発表した『衣類洗濯専用魔法機械式魔道具』である。

 ボタンを押す事で洗濯を開始する筈だが、今は魔力バッテリーが抜かれているため何も起こらない。

 反応が無い事に『つまらない』と思ってしまうカント。

 彼も自分は魔法陣の専門家であると自負していたが、ハルの研究発表の講演を見て、まったく自信を失ってしまった。

 それまでのカントは自分こそがラフレスタの中で比類なき、と言わないでも、それなりの上位の魔法陣学者だろう、と思っていたのだ。

 同世代でも自分より優れた存在を見た事が無く、密かに鼻高々になっていたが、この洗濯機の研究発表を見たとき、あまりのレベルの高さに衝撃的を受けてしまう。

 この洗濯機のためにハルが開発した魔法陣はこれまでの常識を大きく覆しており、複雑で、緻密で、繊細で、効率的で、機能的だった。

 それはカントの作る魔法陣とは既に次元の違い過ぎる代物であり、『比べる』行為自体が失礼千万だとカントは思ってしまう。

 それでいて、これらの素晴らしい魔法陣はこの洗濯機を構成するためのただの一部品に過ぎないのだ。

 ハルはこの洗濯機以外にこれと同レベルの魔法陣を多数開発していたし、あの『魔力バッテリー』には、これよりも更に高度な技術の魔法陣が入っているに違いと思う。

 つまりこの程度の魔法陣はハルにとって些細なものであり、彼女の実力は更に上にあることが予想された。

 カントは魔法陣として専門家であるが故に、今の自分とハルとの実力差が天地のように離れていることを予感している。

 これが少しの実力差であったのならカントにもハルを嫉妬し、そして、彼女に追い付こうと努力する事もできただろう。

 しかし、これ程の差は最早に少々の経験の差や努力といったもので埋められるとは到底思えない。

 こうして、カントの中では早々の白旗を上げてしまい、自分はハルには絶対に敵わない存在であると認識してしまった。

 そう言うつまらないことを考えていたカントだが、洗濯機を弄るその手を止める者が現れる。


「ダメですよ、カントさん。ハルさんの発明品を勝手に触っては」


 その声にビクッとして手を離すカント。

 振り返ると、小柄の金色巻き髪女性が優しく微笑んでいた。


「す、すいません、ユヨーさん。つい気になってしまって・・・」


 カントが恥ずかしそうにそう言い訳をすることになった女性は自分の学友であり、このラフレスタを治める領主の四女でもあるユヨーだ。

 ユヨーはカントに優しく相槌を打つと自分も彼の横に立つ。


「確かにハルさんの発明はどれも素晴らしいです。魔法陣が専門のカントさんが興味を持つのも解りますよ」

「・・・ええ」

「私もここにいる皆さん程の実力がある訳ではありませんが、それでも魔術師の端くれだと思っています」

「そんな、ご謙遜を」

「カントさん、いいんですよ。私に気を使わなくても。私なんかは親の威光でこの学院に放り込まれたようなものですから」


 そうあっけらかんと笑うユヨーは、憐憫の様相など見せず、とても穏やかな表情だ。

 ユヨーは自分に実力が無いことを既に受け入れており、自分と他人を比べる事を早々に諦め、自分は自分であると割り切った結果が今なのである。

 そんなユヨーの穏やかな表情を見たカントは、何故だか心を擽られた。

 そんなカントの心の動きを知ってか知らずか、ユヨーの話は続けられる。


「ハルさんの発明は最早学生というレベルではありませんね。この魔道具もそうですが、魔法陣ひとつをとっても私では到底作れそうにないですし、『魔力バッテリー』という考え方は私も思い付きませんでした。ハルさんが本当にこの世の人なのかを疑っているところです」


 ユヨーは勿論、冗談で言っている。

 彼女なりにハルの鬼才ぶりを言葉で表現した形であり、カントもこの比喩的表現を大いに合意した。


「そうですね。本当に同世代の学生とは思えません」

「私はハルさんと今まであまり会話したことはありませんでしたが、こんな事ならば、もう少し仲良くなっていた方が良かったかも知れませんね。もし仲良くなっていれば、魔法陣について一緒に研究できていたかも知れませんし、ハルさんの秘術を教えて貰えていたかも知れません」

「確かにこの技術はとても魅力があります。もし、この技術を僕も持てたらと思うと・・・」

「教えて貰って習得できるレベルだったらいいのですがね」


 カントと同じくユヨーも魔法陣に関しては専門的な知識を持つ。

 そんな彼らから見てもハルの作った魔法陣は途方も無い代物であった。

 ユヨーはハルの考えている魔法陣の理論については興味あったが、ハルが洗濯機の部品として製作した魔法陣と同じレベルの施術をする事は自分には恐らく無理だろうと予想している。

 それでも理論さえ理解できれば、自分なりにアレンジする事が出来るのではないか?

 そんな淡い期待もあったりしたのだが・・・

 そのような理由で、研究発表以来、ユヨーもハルに話しかける機会を増やしているのだが、ハルが人付き合いをあまり好まない事もあって、ユヨーが望むような関係には至っていない。

 現在もジュリオ皇子がハルに興味を持ち、引き抜こうといろいろ勧誘を行っている様相が会話から聞き取れる。


「予の名で帝都大学に推薦しよう」とか、「予の贔屓にしている工房で働いてみないか」とか、「帝都で生活できる家を無償で用意しよう」と様々な口説き文句が飛び交っていたが、ハルがあまり良い返事をしていないようで、ジュリオ皇子の念願はなかなか叶っていないようだった。


「勿体ない話しですね。将来は安泰と言われているようなものなのに」


 カントは羨ましそうにそう呟く。


「確かにハルさんほどの人材だったら是非とも欲しいと思うのは仕方のない話しです。しかし、あのハルさんも中々にして意志が固いですね。私でもあのジュリオ皇子に気に入られるならば、とても名誉な事だと思うのに・・・」


 ユヨーも頑なにジュリオ皇子からの勧誘を拒絶しているハルが残念そうに見た。

 ラフレスタの領主の娘であるユヨーからしても、ジュリオ皇子というのはそれほど隔絶した存在なのである。

 彼に気に入られてその一門に召されるというのは、とても名誉な話しであり、拒絶する理由が見当たらないのだ。

 正妻の座は到底に無理であったとしても、もし、様々な幸運が重なった結果、側室にでも選ばれるような結果になれば、それこそ家を挙げて喜んだ事だろう。

 ジュリオとはそんな雲上人であった。

 そんなジュリオとハルのやりとりが密かに気になり、彼らの会話に耳を傾けているのは選抜学生全員だったりする。

 その後もジュリオの勧誘はいろいろと続いたが、結局、ハルはいい返事をすることは無かった。


「そうか・・・貴女も中々にして無欲よのう。まぁ、この話しは一旦棚上げすることにしようぞ」


 ジュリオは自分の誘いになかなか応じないハルを見て、ひとまず勧誘を諦める形になった。


「ジュリオ皇子様、このような私めを格段に評価していただき、この身に余るの名誉です。しかしながら、私はまだまだ未熟でありますが故、しばらくは独りで修行を進めたいと思います」


 そう言い、一礼するハル。


「うむ、其方がそう言うのであれば無理強いする事も良くあるまい。だが、予はまだ諦めてはおらねぞ」


 そう言ってジュリオは爽やかに笑った。

 高貴で屈託のない笑顔のジュリオは魅力的であり、この場にいた者の好感度を上げる結果になるが、ハルには響かない。

 彼女はジュリオと関わる事で、自分が更にややこしい立場になる事を予想できており、ジュリオからの誘いを頑なに遠慮していたのだ。


(一旦は諦めたようだけど、この先どうなる事やら・・・)


 完全にジュリオから目を付けられたな、と自覚するハル。

 そんなジュリオは、急にアクトへと話しかける。


「とこで、この後の事なのだが。アクトよ。其方は何やらこの街の警備隊のところに出入りしておると耳に挟んだのだが?」

「・・・え? あ・・・はい」

「予と同じ若さでこの街に蔓延る悪と対峙するというは素晴らしい事だ。予も興味を持っているので是非案内してはくれないか?」

「いや・・・しかし・・・」


 突然のジュリオの申し出に目が泳ぐアクト。

 それもその筈で、前回の不祥事の一件で謹慎を言い渡されている最中だったからだ。


「どうやらその様子では、以前の事件で謹慎している事を気にしている様だな。しかし、心配は無用だ。この件は予の責任をもって不問に至そう。良いな?ゲンプとグリーナよ」


 そう言って口角を上げてゲンプとグリーナに振り返るジュリオ。

 それを見た両名は渋々だが「はい」と肯定の意を示す。

 どうやらこの皇子はかなりの事を既に知っているようだとアクトは思う。

 アクトにしてもジュリオ皇子からの要求を断る理由が無い。


「解りました。そこまで言われるのならばご案内を致しましょう」

「うむ。それでは案内されよう。この機会である。他の皆の者も時間があれば付いて参れ」


 ジュリオは上機嫌にそう言うが、この選抜生徒達の中で明らかに嫌そうな顔をする者が二名。

 それはエリザベスとハル。

 エリザベスは自分の失態を見せたとも言える場所に赴くのは気が乗らなかったし、ハルにしてみれば自分の敵の総本山に行くようなものであり、当然気乗りする筈はない。

 そのふたりの怪訝そうな様子を察したのか、意外な人物から催促を受けることになる。


「エリザベス様、お気分が優れない場所かとは思いますが、ジュリオ皇子の手前、彼の地に赴かない選択肢は御座いません。私も一緒に参りますからどうかお気を鎮めて下さいませ。それからハルさんも行きますわよ。貴方はジュリオ皇子様にこれ以上の恥をかかす事は許されませんわ」


 その意外な人物とはローリアンだったりする。

 彼女が率先する事で、エリザベスとハルは渋々だが同行に合意した。

 実は昨日、ローリアンは彼女の愛猫である(と彼女は思っている)ニケの元を訪れていた。

 より正確に言うと、ニケの保護者だと気取っているフィーロ副隊長の元に、押しかけていたのだ。

 彼女にしてみれば、第二警備隊の詰所という場所は、ニケの住む場所に行くとの同義であり、何かと理由をつけてそこに行きたかったのだ。

 そんな事情があるとは露とも知らない選抜生徒達だったが、このときのローリアンはエリザベスとハルを説得してくれた有り難い存在でもあったのだ。

 結局、アクトを含めた十二名の選抜生徒達の全員で第二警備隊の詰所を見学する羽目になった。

 流石にゲンプ校長とグリーナ学長は別の公務が控えていたため辞退するが、ジュリオは快く不問とした。

 彼にとってこの二名は重要ではなく、この場のハルとアクト、そして、これから行く警備隊の詰所に居る訳ではなかったが・・・そこから先につながりのあるひとりの女性に興味があったからだ。

 ハルについては先程のやりとりで、そう簡単に自分に靡かないと感じていたため、再度作戦を練る必要があった。

 また、アクトについてはロッテルに任せる事にしている。

 そして、もう一人の人物・・・これについては、まずはどうやって接触するか・・・それを考えるジュリオだった。

 

 

 

 

 

 

 第二警備隊の詰所はいつにも無く緊張が漂っている。

 隊長のロイ以下、全ての警備隊員が緊張の面持ちで跪いている。

「皆の者、大義である。常日頃の其方たちの忠誠は予の実父である帝皇デュランにも伝えておくが故、面を上げて楽にしてよいぞ」


 ジュリオから許しの言葉を貰ったロイ達は面を上げた。


「ははっ」


 皇子から「楽にしてよい」と言葉を貰ったが、警備隊面々は直立不動の姿勢を取る。

 皇子からの言葉をそのとおりにできる猛者などこの警備隊の中には誰一人として存在しなかったためだ。

 しかし、ジュリオにとってこのような光景はいつもの事であり、それをあまり気にせず、自分の話を続ける。


「先程も言ったが、其方たちの働きは予の耳にも入っておる。最近この街に蔓延りつつある『月光の狼』なる賊に、随分と悩まされているようであるな」


 皇子の言葉に苦虫をすり潰したような表情になるロイ隊長。


「まさか、ジュリオ殿下のお耳にそこまで入っているとは・・・お恥ずかしながら、まだ彼奴らを捕える事ができておりません」


 ロイは自分たちの働きを恥じたが、ジュリオは特に咎める事もなく「よいよい」と手を振る。


「賊の噂も聞いておるぞ。何やら手練れた彼奴らのようだな」

「そうです。賊は未知の魔道具で武装しており、ひとりひとりが超人のような動きをする猛者共でございます」

「なるほど、魔道具武装とは珍しい。しかも個々人々に魔道具で武装させているとなると彼奴らの資金もそれなりに必要であろう。そして、誰がその未知の魔道具を供給しているか?だな・・・」

「魔道具の供給者については目星がついております。彼奴等の仲間には凄腕の女魔術師がおりますが故に・・・」

「うむ。知っておるぞ。その者の名は『白魔女』であろう」

「そこまでご存じで・・・」


 そうロイは口にしつつも、月光の狼の存在を知っている皇子が白魔女の存在を知らない筈は無いと、後に自問自答することになった。


「彼女の存在を知るのはそう難しい事ではない。巷でも『絶世の美女』と噂になっておるからな」


 そう言い上品な笑みを浮かべるジュリオ。


「予も白魔女には興味を持っておる。早速、その女を予の前に連れてまいれ・・・と言いたいところだが、これまでの事を考えると、諸君らだけでは荷は重いだろう」


 散々白魔女達に煮え湯を飲まされている警備隊達。

 彼らだけに期待するのも難しいと判断し、ジュリオは自分の提案をロイに伝える。


「そこでだ。白魔女束縛の案件を予も協力しようではないか」


 突然のジュリオから申し出に、驚いて飛び上がるロイ。


「ジュリオ殿下、それはいけません。相手は極悪非道な賊です。御身にもしもの事があれば!」


 ロイは震えあがった。

 先日もアクト達が巻き込まれた事件で大騒ぎになり、上から御冠を貰っている最中である。

 帝室の第三嫡男とは言え、この皇子にもしも怪我を負おうような事件が起これば、自分はおろか、このラスレスタでさえ、只では済まない。

 ひと筋の汗がロイの背中に流れるが、こういった反応を見せることはジュリオの予測の範疇だったようだ。


「何、案ずる事は無いぞ。予にはロッテルを筆頭として様々な手練れがおるし、予に付くメイドですら普通の者ではない。よって守りは万全である」


 ロイはジュリオの護衛であるロッテルに目をやった。

 物静かにジュリオの傍らに控えていたが、その所作から既に只者ではないとロイは感じ取っていた。

 後ろにいたフィーロから「あのお方は、帝国の第二騎士隊の長官ですよ」と小さく耳打ちされて、さらに震えあがるロイ。

 そんな雲の上のような方が何故と思うものの、やはり第三皇子の護衛を務めるにはそれほどの人物が妥当かもと思ったりするのだった。

 それにしてもロイが想像していた帝都中央騎士隊の長官という人物はエリート中のエリートであり、指揮官というよりも文官のイメージが強かったが、目の前にいるロッテルからは、どうしてもそのような気配は感じられず、手練の武人が醸し出す独特の匂いを放つ人物だと評していた。

 様々な死地を乗り越えた者だけが発する独特の空気感。

 ロイもこれまで何人かそういう人物と出会った事もあったが、それと同じか、それ以上の雰囲気を身に纏う強者であり、それがこのロッテルだった。

 それでいてロッテルには貴族特有の気品も見られる。

 まさに第三皇子ジュリオの護衛という存在に合致した人物であるとも言えただろう。

 そのロッテルはジュリオから目配せを受けて、初めて口を開く。


「私はロッテル・アクライトと申す。ジュリオ殿下が言われるように我々の仕事は殿下の護衛である。我らの責任でジュリオ殿下の身の安全はお約束しよう。これは全くないと言っていいが、もし、万が一の事態が起こったとしても、貴君らに責任を問われることはない。この件に関してはラフレスタ卿からも既に了承を取り付けている内容である」


 そう言い声高々に宣言するロッテルに、ロイや警備隊達は首を縦に振る以外の選択肢が無かった。


「うむ。合意できてよろしい。しかし、予も学生の身であるために学業が優先となる。諸君らの警らに同行するもそれは限られた時間になるが故に、これについては容赦されよ」


 この言葉に少しホッとするロイ。

 正直のこの我儘な坊ちゃんを四六時中心配しながら警らするのは、どれだけ神経を擦り潰す仕事なのかと思ったが、それが少しでも減ることは歓迎すべきであった。

 しかし、このロイの安堵が長く続くことは無い。

 次のジュリオの言葉でロイの心は再び奈落へ落ちる事になる。


「よし、これで合意はとりつけたぞ。就学後の空いている時間に限ってだが、予はここの警らを協力する事になった。いい機会である。選抜生徒の諸君も手の空いている者は予に協力を願いでて欲しい」


 その言葉に凍り付く一同。

 帝国国民にとって皇族であるジュリオから『協力依頼』とは、よほどの事が無い限り『強制』を意味するのだ。

 生徒達は顔を見合わして、どうするかと困惑するものの、結局のところ選択肢として拒絶する事はできなかった。

 この選抜生徒の中では『研究のため』と言い訳を認めてもらったハル以外の者はジュリオ皇子から無言の笑顔という圧力に屈することができなかったのである。

 そうして、このハルを除く十名の生徒達とジュリオ皇子の関係者は警備隊の臨時協力者として特別に編入される事になった。

 この先、どう考えても嫌な予感しかないロイであったが、悪い事は更に続くものである。

 タイミングを見計らったように、彼にとってもうひとつの頭の痛い問題が帰って来たのだ。


ドン!


 ノックも無く、勢い良くドアが開かれて、大男を含む数名が突然部屋に入ってきた。


「おらっ、ロイ隊長。帰ったぞ!・・・あぁん?何だ、こいつら!?」


 先頭に立つ大男が下品な口調でそう口にする。

 その男は二メートルを超える大男であり、無精髭を生やし、浅黒く焼けた肌をしていた。

 彼の後ろに連なる者と同じ意匠の赤い鎧を着ていたが、もし、そうでなかったら、野盗が警備隊の詰所へ襲撃しに来たのかと勘違いするような風貌であった。


「こらーっ! ギエフ!! 勝手に入るなと表の部下に通達しておいたのに、何で入ってくるんだ!!」


 慌てふためき、ロイは入ってきた一団を怒鳴る。

 警備隊の隊長であるロイの声はそれなりに迫力あったが、このギエフなる狼藉者にはまるで通じない。


「んな硬てぇ事いうなよ。俺らの控室はここを通らねぇーと入れねぇんだからさ」


 そう言い奥のドアを指さすギエフ。

 彼ら一団もここに配属されてまだ日が浅く、隊長の執務室脇の部屋を仮の控室として使わせていたのだ。

 こんな事になるならば、別の部屋を与えた方がよかった・・・と後悔するロイだが、それも後の祭りである。


「今は取り込み中だ。ここにおられる方をどなただと思っているんだ!早く出て行け」

「うっせえな。確かにいい所の坊ちゃん達が来ているようだが、俺達には関係ねぇよ。早速の警らで疲れているんだ。通してもらうぜ!」


 ギエフはロイを無視して前に進もうとする。

 しかし、ジュリオに近付こうとするギエフを牽制するようにロッテルが前に立ち塞がった。


「そこの風来坊。このお方の前で勝手な事は許さぬ。この方はジュリオ・ファデリン・エストリア様。第三皇子なるお方であるぞ」


 さすがのギエフのその事実を聞いて少し驚きを見せる。


「そうでしたか。これは皇子様でしたか。そいっつぅあー失礼しました」


 入ってきた一団は跪き、形の上では敬意の姿勢を示すが、ギエフの眼には敬いが全く籠っていない。

 その事に益々不愉快になるロッテルだが、ジュリオはそれを制す。


「まあよい。して、お前たちは何者なのだ?」


 ジュリオの問いかけに大男が代表して答えた。


「我らは獅子の尾傭兵団。そして、俺は切込隊長のギエフという者でさぁ」

「獅子の尾傭兵団・・・どこかで聞いた・・・」


 何かを思い出そうとして目を閉じるジュリオに何やら口添えするロッテル。


「うむ、そうか。最近、東の方で活躍している傭兵団だったか」


 その言葉にニヤリとするギエフ。

 彼としても自分達の噂が帝都まで流れているのは嬉しく思うのだった。


「なるほどな。先日、ラフレスタ卿から月光の狼を討伐するために切り札を雇ったと聞いていたが、それがこの事か」


 ジュリオの推理は当たっており、ロイは直ぐにこれを肯定した。


「そうです。領主様より第二隊で預かれと命令を請けて、昨日から赴任させております」

「うむそうか、それではしばらく我らと行動を共にする者だな」


 ジュリオの言い分に頭の理解が追い付かないギエフ。


「ん?なんだ、この坊ちゃんも月光の狼の討伐に力を貸してくれんのか?」


 何の冗談かと思うギエフだが、その事はこの場にいる誰もがそれを否定しなかったりする。


「もういいギエフ。お前には後で説明してやるから、さっさと控室にでも入っていろ!」


 この男が再び失礼な過ちを起こす事を危惧したロイは、早々にギエフをこの場から退場させる。

 渋々だが、ギエフら十名の獅子の尾傭兵団もジュリオの前から去るために、奥の控室に続くドアへ歩みを進める。

 ギエフをはじめとした傭兵達には独特な存在感があり、彼らの歩く先には自然と人が避けて道ができていた。

 そこをゆっくりと進むギエフだが、ハルの横を過ぎる時に、ふと、その歩みが止まる。


「おめぇ~は・・・」


 そう言ってギエフはハルの顔を見る。


「えっ、何よ?」


 何故この大男が自分を見ているか解らないハルだが、ギエフからは何も言われない。

 そしてその後、何の前触れもなく突然にその狼藉が行われた。

 ギエフはハルの方に一歩踏み出して顔を近付けると、なんと、自分の舌でハルの頬を舐めたのだ。

 ハルはほぼ無防備で赤の他人に自分の頬を舐められる事になってしまったが、それは今まで感じたことのない気色悪い感触。

 まるで軟体動物である蛸の吸盤が頬に張り付き、そこから何かをごっそりと持っていかれるような悍ましさ。

 一瞬にして血の気が失せて、全身の毛が逆立つような悪寒が彼女に走る。


「ひっ!! な、何をするんですか!!」


 ハルは慌てて飛び退いてギエフと距離をとる。

 そして、ギエフに舐められた頬の部分をさすりながらギエフを睨み返した。

 対するギエフは自分の舌から何かをゆっくり味わうように厭らしく舌を自分の口腔内で動かしていた。


「ふふふ。やっぱり思ったとおりだ。お前は旨ぇな」


 ギエフから漏れるその厭らしい視線に、思わず自分の胸を手で守るようにローブの上から隠すハル。


「どうだ。いくら払えばやらしてくれるんだ?」

「誰がアナタなんかに!」


 速攻で拒否するハルだが、彼女とギエフの間にアクトが割り込んだ。


「ハルに手を出す奴は許せない!」

「ん!? 何だお前!? 子供はすっこんでいろ!」

「そうはいかない!」


 ギエフは二メートルを超える大男であり、その睨みも只ならぬ迫力があったが、アクトもこの時は負けていなかった。

 ふたりは暫く睨み合うが、やがてギエフから視線を外した。

 それはこの場が警ら隊の本拠地であり、しかも皇族がいて、彼にとっては旗色が悪い事を思い出したからだ。

 ギエフは自分の欲望に流されそうになったが、何とかこの場は抑えつける。


「なんだよ。冗談だよ、冗談。酒場で女の尻を触るようなもんだ。じゃあな!」


 それだけを言い残して、一方的に去るギエフ。

 彼が奥の部屋に消える前にロイが警告する。


「おい! ギエフ。次はもう無いからな。もし、俺の目の前で同じ事をしたら次は婦女暴行罪で牢屋行だ」

「わぁってるよ、ロイ。じゃあな」


 そう言い形だけの了解を口にするギエフ。

 その後、荒々しくドアが閉じられるのであった。

 


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