表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第五章 騎士学校
49/134

第三話 編入生

 その日、ハル、アクトをはじめとする選抜生徒達はラフレスタ高等騎士学校の校長室に集められていた。

 理由は明確であり、本日からラフレスタ高等騎士学校に舞台を変えて合同授業が始まるからである。


「アストロ魔法女学院の生徒淑女諸君、よくこの騎士学校に来られた。心から歓迎しよう」


 そう口にしたのは他でもないこのラフレスタ高等騎士学校の校長であるゲンプ伯爵だ。


「時に、先刻の『廃坑探索』の件で破格の活躍をしたそうだな、アクトよ! 儂は鼻が高くなったぞ」


 ゲンプは自慢げにそう述べ、アクトの肩にドンと手を置く。

 それがあまり力加減をしなかったようでアクトは痛がっていたが、そんな細かい事を気にするゲンプではない。

 カッカッカと豪快に笑う姿も、嫌味が無く、純粋にアクトの勇気と実績を称えているのだと全員にそう感じさせていた。

 その後、ゲンプはアストロから来た女生徒ひとりひとりに歓迎の挨拶を行い、本題であるこの学校での授業についても話題が進む。


「我が校の教育方針は魔法と剣、そして、それ以外の力もバランスよく伸ばす事だ。よって、アストロの皆さんには主に体力面を伸ばす授業を準備している」


 ゲンプの言葉に嫌そうな顔をするのはエリザベスとローリアン、ユヨーの三人、この三人は身体を動かす事が苦手な人間だ。

 当然、ゲンプはそんな彼女らにフォローを忘れない。


「まあ、そういう顔をされるな。『魔術師たる者も体力が必要』とは大魔導士リリアリアの言葉でもある」


 そう言いゲンプは女生徒達のやる気をなんとか引き出そうとする。

 ハルも本職の剣術士や戦士ほどではないが、走ったり飛んだりと身体を動かすのは嫌いではない。

 そして、格闘系魔術が本業であるクラリスだけは例外的に目を輝かせていたのは他でもなかったりする。

 彼女は例外としても、このように魔術師は一般的に身体能力が低い傾向にあり、そこを敵に突かれる事が無いようにと鍛えるプログラムがラフレスタ高等騎士学校にはあったりするのだ。

 かつての大魔導師リリアリアは魔術師にしては珍しく体力には自信があった方であり、彼女のその能力がゲンプ達の窮地を救ったことは一度や二度ではなかった。

 ゲンプもその経験から若い魔術師達に、この機会に身体を鍛える事を推奨しているのだ。

 余談だが、この教育の成果が後々のエリザベス達にいろんな意味で功を発する事になるのだが、それは少し先の未来の話となる。

 何れにしても、この先一ヶ月半は身体能力底上げ重視の授業内容となるため、午前中は講義と基礎トレーニング、午後は模擬戦や集団活動が中心なる説明をゲンプより成された。


「以上となる。何か質問は?」


 特に何もないと確認したゲンプはここから本題を話す事にした。


「それでは、次の話として、儂とグリーナ学長で合意した追加の決定事項を伝えよう」

「追加の決定事項?」


 予想外の言葉で生徒達にざわつきが起った。


「そうだ。実は今日からこの合同授業にふたりの生徒を迎える事になった。ひとり目の君、入って来てくれ」


 ゲンプの求めに応じてドアが開かれて、白く長い髪を持つ華奢な女性が立っていた。

 そう、キリアである。


「もう知る仲だと思うが、神学校ラフレスタ支部のキリア女史だ。先の廃坑探索では成り行きで彼女に手伝って貰ったが、神学校としても手応えが良かったらしい。是非にと合同授業の参加を熱望されて、参加する運びとなった」

「皆様、また、よろしくお願いします」


 ゲンプの紹介に改めて自己挨拶をするキリア。

 彼女の漲り過ぎたやる気により、勢い良く頭を下げた際、キリアの後ろにまとめた髪がパチンと跳ねあがり、そして、壁に立てかけてあったロウソクの燭台に当たり、ロウソクが床に落ちた。

 今は日中であり、ロウソクに火が付いていなかった事が幸いして大事には至らなかったが、この生真面目でおっちょこちょいが空回りする様子を見られた合同授業の生徒達は、『嗚呼、本当に彼女らしい・・・』と思ってしまう。

 一方、キリアの方は羞恥で顔を真っ赤になったが・・・それはある意味、彼女の通常運転の範囲だった。


「ククッ・・・・キリアさん、また、よろしくお願いします」


 愉快な気持ちになったが、アクトは努めてキリアを笑わないようにして、彼女に歓迎の握手をする。

 そして、ハル、クラリス、インディ・・・と次々と歓迎の握手が進む。

 生徒達全員とキリアは既に気心知れた仲間になっていたから、今さら感はあったが・・・

 その予想どおりの結果にゲンプはひとまず納得した。


「ひとり目の挨拶は済んだようだな。そして、問題はもうひとりの方だ・・・入られよ」


 ゲンプが滅多に見せない困った表情になりながらも、もうひとりの生徒をこの場に呼び寄せた。

 ゲンプの合図とともに別の扉が開かれる。

 そこには金髪の青年が立っていた。

 彼は上質な生地で造られたラフレスタでは見かけない別の高等学校の制服を着ており、優雅に・・・それこそ名画の中に佇む高貴な人物のように佇でいた。

 立ち並ぶ選抜生徒達をゆっくりと一望する彼だが、この中で二人の女生徒だけが信じられないと驚愕の表情をしている事に気付く彼。

 しかし、この青年は二人の彼女達の視線を特に気にする事はせず、優雅に歩き、校長室へと入ってくる。

 そして、ほぼ条件反射的にユヨーとエリザベスが跪く。

 この二人の突然の行動に他の生徒達はこの目の前の青年が只者ではないと勘付くものの・・・理解が追い付かない様子。

 それを見たエリザベスは半ば叱るように叫んでくる。


「あなた達、何やっているの! このお方はジュリオ様よ!」

「!」「!」「!」「!」「!」「!」「!」「!」


 エリザベスの言葉に衝撃を受ける生徒達。

 彼、彼女達はユヨーやエリザベスと同じくこの青年の前にして跪く姿勢を取る。

 まだキョトンとしているハル以外は・・・


「ハル! 何をしているんだ!」


 アクトは顔を引き攣らせてハルのローブ袖を引き、皆と同じように姿勢を低くさせた。

 ハルは訳が分からなかったが、アクトに促されるままに跪く。

 その様子を見た青年は満足して彼らに声を掛ける。


「皆の者、大儀である。確かに予の名はジュリオ・ファデリン・エストリアである」


 それを聞きハルは学校で教えられたこの国の第三皇子の名前をようやく思い出した。

 現在、この部屋の生徒の中でジュリオの顔を正しく知るのはユヨーとエリザベスぐらいであり、それも国主催の舞踏会で遠くからその姿を見た程度であった。

 彼女達は帝国貴族界でも上位の存在だが、それでも皇族とは遥かに遠い存在であり、こうして生の声を聴くなど一生に一度あるかないかの名誉的な事なのである。


「面を上げて、立ち上がられよ。皆の予に対する礼儀はしかと受け止めた。だが今はもうよい」


 そう言い生徒達に起立を促すジュリオ。

 生徒達は戸惑いながらも、君主の息子の求めに応じない訳にもいかず、各々がゆっくりと立ち上がる。


「君達はとても戸惑っている事だろうと予想できるが、心を落ち着かせて予の言葉を聞いて貰いたい」


 ジュリオが改めて生徒達の顔を見る。

 そこには予想に違わず各人が緊張した面持ちになっていたが、ジュリオが下々の者と会話する時はいつもこうなるため、ジュリオがこの状況を特に気にする事もなく、自分の話を始める。


「今、予がここにいるのはここラフレスタで将来有望な生徒を集めた革新的な教育を実験していると噂に聞いてな。予もそれに興味を持ち、参上した次第だ。先にゲンプにもお願いしたが、予もこの授業に参加させて貰うぞ」


 ジュリオは簡潔に自分の要求を説明した。

 形式を重んじる貴族の常識からすると、今の彼の言葉は多少無作法の類に当たるが、彼は皇族であり、これに異を唱える存在などいない。

 ジュリオも自分が無作法をしている自覚はあったが、彼の性格上、回りくどい話は嫌いであり、普段から自らの要求は手短く伝えるようにしていた。


「ジュリオ殿下から言われたように、本来はこの時期に転入など認められぬが、今回は特別にラフレスタ高等騎士学校に転入される運びとなった。皆と同じように選抜生徒として合同授業に参加して頂く事になったので、ひと月半は学友として接する事になる。失礼の無いように」


 ため息交じりにゲンプがそう口にするが、ジュリオもゲンプの姿を見て薄笑いする


「何だ、ゲンプ。そう面倒そうに言わなくてもいいだろう」

「殿下の我儘(わがまま)は幼少期以来変わっておりませんな・・・今回の事が面倒か、面倒ではないかと問われれば、確実に面倒な事ですぞ。ジュリオ殿下が就学しておられた帝都貴族高等学校と我がラフレスタ高等騎士学校との関係もご存じでしょう。向こうは一方的に我々をライバル視していますからなぁ・・・」

「確かに、向こうを出る時にギャレット校長から小言を貰ったよ。しかし、父上には既に話を通してある。ギャレットからゲンプに迷惑をかけるような事はあるまい」

「表上は・・・ですな」


 ゲンプはそう嘆息して、自分の政敵である老人の顔を思い出す。


「まぁ政治の話はこれでお仕舞いにしよう。予はこれからひと月半、ラフレスタ高等騎士学校に在籍して、皆とは学友となる。将来有望な君達とて、悪い話ではあるまい。予も其方達と友誼を深めれば、それでよしだ」


 ジュリオはそう述べると、誰もが信頼できる爽やかな顔で微笑みかけた。

 これを見た女性陣、特にエリザベスとローリアンは感動する。

 しかし、ハルだけは(こいつは食わせ者ね・・・)と、このイケメン皇子の評価を一段階下げた。

 それはジュリオの心を魔法で読んだからだ。


(彼は第三皇子。つまり、どうしても政治的な基盤は第一皇子、第二皇子に劣る。そこで今回、将来有望な人材を青田買いに来たようね)


 そう評するハルはこの皇子にはできるだけ関わらないようにしようと心に決める瞬間であったりする。

 ハルがそう思っていたことなど知らないジュリオは自分の思いどおりに人心が掌握できている事を察して満足する。


「ひと月半の間、予は皆と学友になる。この間は予のことを『ジュリオ』と呼ぶことを許そう。その代り、予は皆のことも呼び捨てにするぞ」

「そ、それはなりません! ジュリオ殿下」


 エリザベスは悲鳴を挙げた。

 皇族に対して馴れ馴れしくすることは、彼女の持つ常識が許さなかったのだ。


「そう言われるな。エリザベス・・・だったか」

「えっ!」


 自分の名前を言い当てられたことに驚くエリザベス。


「それは自分の名を言い当てられて驚いている様子だな」


 ジュリオは悪戯が成功した子供のような顔になる。


「何、簡単な事よ。事前に学友となる君達のことは調べておる。そちらから、ユヨー、ローリアン、クラリス、セリウス、フィッシャー、カント、インディ、アクト、ハルよな。間違ってはおるまい?」


 全て正確に名前を言い当てられ目を丸くする生徒達。

 ちなみにキリアは事前情報に入っていなかったので解らなかったが、名前を言い当てられた生徒達はそんなことなど構いもしなかった。


「ほら、我らは今日を以て同じ学友となった。我が名を呼んでみよ」

「・・・ジュリオ・・・さま」

「うむ、『さま』が付いているが、まぁそれでもよしとするか。ハハハ」


 戸惑いながら答えたエリザベスに、満足を示すジュリオだった。


「これでよいだろう? ゲンプ。幼少教育以来だが、また世話になるぞ」

「本当にジュリオ坊ちゃんは・・・二度言いますが、その我儘な性格は変わっておりませんな・・・」


 このふたりのやりとりを見た生徒達はこの目の前にいるゲンプがジュリオの幼少期の教育に携わっていたことを知る。

 皇族の教育係など、どれほどの雲上人なのかと思う生徒達だが、自分達の校長であるゲンプ伯爵は前々から只者ではない気配を感じさせていたため、今更驚きは無かったりする。


「と言う訳で、今日からジュリオ様も加わる事になる。頑張るように」


 ゲンプがそう締めくくって解散となるが、彼はそこである事を思い出す。


「・・・っと、アクトとハル女史は少し話があるので残りなさい」


 ゲンプの言葉に、ふたりは顔を見合わせて何事かと思う。

 

 

 

 他の生徒達から怪訝そうな視線を受けながらも、ふたりは校長の命でこの場に留まった。

 扉がそっと、しかし、確実に閉められたのを確認したゲンプは話を始める。


「何、大した話ではない。ふたつの事を君達に伝える必要があってなあ。まぁ、楽にしなさい」


 そう述べるとゲンプは若い生徒達にソファーへ着席を薦める。

 アクトとハルは隣どうしに座り、その向かい側にゲンプがドカッと腰かけた。


「先ずはひとつ目なのだが、皆と一生に受ける授業に関して、君達二人は午前中だけの出席でよい。これはグリーナ学長からも薦められている事だが、今までの実績を鑑みるに、君達二人の実力は他の生徒達と全く違う次元にあると言わざる負えん。其の為、今回も君達ふたりは特別授業を受けて欲しい」

「特別授業ですか?」


 アクトの問いかけに「うむ」と頷くゲンプ。


「まぁ、特別授業と言ってもそんなに難しいものではない。今までどおりハル女史の研究を手伝えばよいのだ」

「え? 私の研究を??」


 ハルも目をキョトンとさせてゲンプの言葉に疑問を感じた。


「そうである。先日、儂もハル女史の研究発表を拝聴させてもらったが、貴女は努めて優秀な魔道具研究者である事が解った。それをつまらん授業で妨害するものは誰の利益にもならんのだよ」

「つまらない授業って・・・」


 ハルはゲンプの言いように思わず呆れ声を出してしまった。


「既に持っている能力を、学校の授業だからという理由だけで、画一的にのうのうと教えるようなものは、『誰の利益にもならん』と言う意味だ。そんなものは『つまらん授業』と言って差しさわり無かろう。アクトは先の盗賊討伐の一件で誰よりも活躍を見せた。ハル女史もあの人工精霊を一撃で仕留めたと聞くし、先の盗賊の件でもひとりその束縛から逃れておる。よって君達にはこれから他の生徒達が学ぶような授業内容は『無駄である』と儂は確信しておる」


 ゲンプの言う事は理理想全としており、間違った事を言っていない。

 しかし、幼少より画一教育を受けていたハルの目には教育者としてはかなり異端な考えを持つ者のようにも映った。


「まぁそう言っても、対面はある。そのため、午前中だけは他の生徒と伴に同じ授業を受けて欲しい」


 アクトとハルは互いに目を合し、ゲンプからの言葉の意味を確認し合ったが・・・

 とどのつまり、多少身体を動かすこと以外、今までアストロで行っていたことから大きく違いはないのだ。

 異論などはある筈もない。


「「わかりました」」


 ふたりはゲンプの方針に了承した。


「午後はハル女史が主導して研究を続けて欲しいが、我が校の研究室を用意することもできる。どうするかね?」


 ゲンプの申し出に少し悩むハルだが、結局、彼女はラフレスタ高等騎士学校の研究室を使わせ貰う事を選択した。

 効率だけを考えると今まで使っていたアストロの研究室を使うのが良いだろうが、他校の研究施設にも興味があったからだ。

 その代りとして研究テーマについては施設を見てから決めたいとハルは申し出る。


「それに関しては特にノルマを科さんつもりだ。既にハル女史は卒業に必要な研究発表を完遂しているし、成果としても申し分ない。うちの研究室はアストロのそれとは勝手が違うだろうだから、この施設でできる事を自分のペースで進めて貰って構わん」

「・・・つまり自由研究と言う訳ですか?」


 自分に研究させる意図が解らず、そう質問するハル。

 自分とて暇な身ではないと自覚しているハルは、単純な趣味として研究をする気は無かった。

 それにハルは、この高等学校が―――それが何なのかは解らないが―――ハルの研究によって得られる何らかの利益を、成果として期待しているのではないか・・・と邪推してしまうぐらいだ。

 しかし、その直後、ゲンプの心を観たハルにより彼の言葉に嘘が無いことを解る。


「すまないが、目的や方針は自分で決められよ。儂がそう言うと目的も無しに研究という行為だけ進めろと聞こえるかも知らんが・・・実はそのとおりの側面もあるのだ」

「??」


 校長と言う立場のゲンプが単刀直入にその事を認めるとは思っていなかったし、彼の真意がいまいち理解できず、怪訝な表情になるハル。


「まあ、この話をする前に、別の話をしよう」


 ハルの怪訝な視線を躱し、別の話を進めるゲンプ。

 ここで不自然さを感じさせないのは彼の年の功によるものだ。


「さて、先程の盗賊討伐の話に戻るが。もう一度ふたりからその時の状況を聞かせて欲しい」

「あの時の話ですか?・・・それは・・・」


 アクトとハルは盗賊討伐の出来事を思い出し、要所要所を掻い摘んで説明した。

 廃坑内を強力な土属性の魔法で固められ、行く手を阻まれた事。

 敵の魔術師によって造られたと思わしき特別な爆弾が炸裂して、ハルを除く全員が捕まってしまった事。

 アクトが機転を利かせて、ハルを投げ飛ばすことにより、爆弾の範囲から逃れられた事。

 脱出に成功したハルが助けを呼べた事。

 魔術師が盗賊達を統べており、二重螺旋の禍々しい杖を持つ、彫の深い青年だった事。

 その間、盗賊達は虜囚になっていた女達の処遇を巡り、互いに争いへ発展した事。

 この時、真っ先に意識を覚醒したアクトが盗賊達を倒して無力化できた事。

 敵の魔術師は混乱により形勢不利と判断して逃げ出した事。

 盗賊達を拘束した後、地上部隊と合流した事。

 その後、調査隊は罠を警戒して慎重に洞窟の奥に進んだが、既に魔術師のアジトは破壊の限りが尽くされ、魔術師は既に逃亡した後だった事。

 勿論、この話には真実ではない部分もあったが、それはアクトが白魔女との約束を守った結果である。

 その話をフムフムと黙って聞くゲンプだが、最後の方になると「やはり」と何かに合致する様子を見せる。


「なるほど、大体の経緯は解った。しかし、この手口はあの時の魔導師と似ている・・・フェルメニカ」

「「え?」」


 ゲンプの呟きに思わず声を挙げてしまうアクトとハル。


「ん?」

「・・・」「・・・」


 その様子に気付くゲンプ。

 それに対し、アクトとハルは仕舞ったと口を抑える。

 ゲンプの鋭い眼光がふたりを射抜くが、それでもふたりは何も言わなかった。

 しばらく重苦しい沈黙が場を支配するが・・・それはゲンプが目を瞑ることで解放される。

 「・・・まあいいだろう・・・」とゲンプは短く嘆息して、話を続ける。


「それよりも、この件、儂らが若い頃に対峙していた魔導師フェルメニカが絡んでいるのは間違いなさそうだと思ったのだ」

「廃坑の魔術師を知っていると?」

「ウム」


と肯定するゲンプ。


 「かなり昔の話になるが、儂らも厄介な魔術師と対峙した事があってなぁ。その時の奴の姿は茶髪初老の魔術師だった。奴は死神の鎌のような二重螺旋模様の魔法の杖を愛用していた。今の話しを聞くと人相こそ違うが、同じ杖を持っているようだ。高位な魔法の中には『変化』という姿形を容易に変えられる魔法もあると聞く・・・同一人物の可能性もある」


 ゲンプは手で顎を触り、過去の出来事を慎重に思い出していく。


「奴は自らを『魔導士フェルメニカ』と名乗り、稀代の魔法研究者とか言っていた・・・自分で自分の事を称えるとは愚かな奴め、と思っていたが、今思うと、恐ろしく強力な魔術師であったのは間違いない。人に言うのも憚れるような悍ましい実験をやっておったしなぁ」

「悍ましい実験・・・ですか?」

「今回、アクトは見ておらんと思うが、恐らく奴のアジトには人や魔物を解剖した標本が数多くあった筈だ。昔、奴は儂らに『自分の目的は人と魔物を融合して最強の生物を造る事』とほざいておった。それを実現すべく日夜、研究のためと称し人や魔物を解剖する頭の狂った奴だ!」


 ハルはゲンプが言う事が正しいと密かに思う。

 それは自分がエミラルダとしてフェルメニカと対峙したとき、彼の記憶から読み取ったものと等しかったからだ。


「もしそうだとして、ゲンプ校長が若い頃に会っていたとすると、その魔導士フェルメニカという輩は、かなりの年齢になっていると思っていいのでしょうか?」


 ハルはそう質問する。


「そうなるな。かなり邪法だが自分の老化を遅らせる魔法もあると聞く。勿論、同一人物ではない可能性もある。例えば、今回会った奴が別人で、フェルメニカの研究を引き継いだ弟子の可能性もあるが・・・儂の勘から、やはり同一人物のような気もする」


 自分の考えを述べるゲンプ。


「奴が恐ろしいところは、一度自分の目に叶った人物を見つけると、それを執拗に追い求める事にある」

「執拗にとは?」

「奴は昔から魔力抵抗体質者の研究をしており、目ぼしい相手を見つけると男女の見境なく攫おうとするのだ」


 そう言ってアクトを見る。


「え?もしかして『僕を』ですか?」

「そうだ、アクト。お前はこれから奴に狙われる可能性が高い」

「ええっ!?」


 アクトは自分が人攫いの対象になるなんて思ってもみなかった。


「それと強力な魔女も奴の好みだ。我々の時も随分とリリアリア隊長が狙われたものだ」

「お母さんが!?」


 驚くハル。


「そうであったな。君の保護者がリリアリア隊長だと聞いておる。これも何かの運命かも知らん」


 瞑目するゲンプ。


「とりあえず、ハル女史だけとは限らず、アストロの女生徒はすべてが大きい魔力の持ち主である。今回の件で奴に目をつけられたと思って欲しい」

「そう・・・ですか」


 重い表情になるハル。


「我々も今まで以上に守備を固めるが、できれば、単独行動は避けられよ。そのためにふたりは共同研究をして一緒にいて欲しいと思ったのだ」


 ようやく、はじめにハルが抱いた疑問に対する答えを述べたゲンプ。


「君達は強力な剣術士であり強力な魔術師でもある。しかし、アクトは魔法が不得意だし、ハル女史はこちらにあまり伝手がいないだろう。互いの短所をお互いで補いつつ、かつ、不自然にならないのは、共同で研究を続ける行為が一番良いと思ったのだ」


 ハルやアクトも話がつながり、ようやく納得した。

 この件は既にグリーナとゲンプが話合った結果らしい。


「ゲンプ校長、解りました。ハル、難儀な事になってしまったけど・・・俺が全力で守るから、これからもよろしく」

「何を言ってんのよ!? 狙われているのはアクトの方でしょう。私こそアクトを守るわ。よろしくね」


 互いに握手するふたり。

 それを見たゲンプはふたりの信頼し合う姿を微笑ましく思い、そして、このふたりの関係が更に先に進んで欲しいと密かに期待をしたりするは野暮な話である。

 そう思いながらも彼にはひとつの疑問の心をよぎっていた。

 過去に魔導師フェルメニカと対決した事のある彼だから解るのだが、あの魔導士フェルメニカが今回のような些細な事で撤退を選択したのが不思議でならなかったのだ。

 廃坑の中の混乱の際に、第三者の介在―――それこそリリアリアに匹敵するような戦力を持つ存在が現れないかぎり、フェルメニカが躊躇なく撤退する事は不自然極まりないとも思ったからだ。

 ゲンプがこの疑問の答えを知るのはもう少し先の話であったりする。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ