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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第五章 騎士学校
47/134

第一話 ギエフという男 ※

 その男は渇望していた。

 常に渇きを感じ、自分を何かで満たさずにはいれない。

 それは何時からだったか記憶は無い。

 記憶が無いほど昔からだったのか、それとも、最近の記憶しかないのか?

 詳しい事はこの男にも解らない。

 何故なら、その事を考えると、急に意識が遠のき、考えていた事すら忘れてしまうからだ。

 この渇きは時々酷くなるし、今日も『その日』だった。

 こういった日は、彼は仲間と別れ、ひとりで過ごす事にしている。

 彼に渇きを我慢する道理はない。

 渇きを満たすためには・・・こうして狩りをすればいいのだから。

 

 

 

 この街はあまり治安が良くない。

 街の貧困地域に近いこの酒場でひとり飲む男。

 もし、その男を物色する集団が居たとしても、それは決して珍しいことではない。

 その男は傭兵風貌であり、鍛えられた筋肉が盛り上がるほどの巨漢であったが、酒が進んで既に酩酊に近い状態でもあり、所謂カモだった。

 自分の酒が無くなった事に気付いた男は店員に追加のエールを注文する。

 早速、自分の頼んだエールをがぶ飲みする男。

 しかし、その口からはだらしなく酒が溢れている事から、この大男が限界以上に呑んでいる事は誰の目から見ても明らかであった。

 そんな男性に女性が近付いてくる。


「ん?」


 自分の脇に座った女性をかろうじて認識した男は、自分に何の用事かと問いかける視線を送る。


「あなた、この辺じゃ見かけない顔ね」


 近寄って来た女性は酩酊している男にそう話かける。


「ああ、オレは傭兵。今日この街に着いたばかりだ」


 相当酔っているにも関わらず、明確に応えた男は相手の女性を値踏みするように上から下へと視線を這わせた。

 こういった街によくいる自分を売る女の類だろうとすぐに勘付いたからだ。


「凄い筋肉をしているわ。逞しいわね。あなたどう? 私と遊ばない?」


 女は自分を売り込むように胸の谷間を強調する仕草をした。

 目前の男にしか見せないようにするその仕草は、彼女がその筋のプロであることを示している。

 そして、男もこの手の女の扱いには長けていた。


「幾らだ?」

「前金で五千クロル。一万クロルくれれば、もっといい事してあげる」


 淫靡な表情で男を誘う女。


「一万は高い・・・俺は五千しか出せないぜ」

「ケチね。でも・・・いいわ。あなた素敵だから、おまけしてあ・げ・る。さぁ、いいことしましょう~」


 商談成立である。

 男は財布から帝国銀貨を五千クロル分取り出して、女へと渡す。

 それを素早く受け取ると、女は男の手を取って席を立った。

 女性は自分の仕事を手早く済ますために、別の場所に移動するのだ

 男の太い腕に自慢の胸を絡ませて、酩酊する男性を伴い、店の外へと手早く連れ出していく。

 しばらくして、このふたりの後を追いかける集団が店を出る。

 彼らのひとりは去り際にこの店の店主へ硬貨を投げる。

 この店の店主も黙ってそれを受け取った事から、このような事は日常茶飯なのだろう。

 店主は何事も無かったように、客の飲み残したエールを片付けるのであった。

 

 

 

 店を出たふたりは安宿に行く・・・のではなく、人通りの余り無い路地を歩く。

 今宵は月も出ておらず、この暗がりで何が起こったとしても誰かがすぐには気付かないだろう。


「随分と、いい雰囲気・・・とは言えねーな」


 大男はそう話ながらも、女の身体に手を伸ばそうとする。

 その手をひらりと躱す女。


「もう! 我慢のできない人ね」

「・・・ああ、我慢できない・・・」


 大男はそう言って女を舐めるように観る。


「そう・・・いいわ、でも・・・その前に」


 女がそう言うと、暗がりから数人の男が武器を持って現れた。


「その前に、有り金を全部置いて行きな!」


 現れた集団の中でボスと思われる男が、酔っ払った大男にそう言い放つ。

 ナイフなどの武器を持つ男が十人。

 幾らプロの傭兵と言えども普通に考えれば、まず勝ち目のない状況。


「俺の女に手を出とは、ひでえ野郎だ! だが、有り金を全部置いて行くならば命までは取らねぇぜ」


 その男はナイフをチラつかせて威嚇する。

 彼らは、所謂、女を餌に使う強盗団だったのだ。

 これをボーと眺める大男の傭兵。

 別に彼らを恐れている訳も無く、興味も無さそうだった。


「オイ、酔っ払いのおっさん。聞いているのかよ!」


 脅す男は苛立ち、そう言い放つが、その回答は口ではなく、腕によってなされた。


「なっ! ぐわっ」


 大男は酔っ払いと思えないような素早い動きでその男の前に動いたかと思うと、太い腕が彼に迫り、その大きな手で顔を掴み、空中に身体を持ち上げた。


「は、離せ・・・この・・・この野郎・・・ぐ・・・痛い・・・やめ・・・」


 大男の凄い力で締め上げられた強盗は、もがいて暴れようとするが・・・この男の束縛からは何ひとつ逃れる事はできない。

 やがて、「ゴキ!」という嫌な音がして、強盗は動かなくなる。

 怪力で頭蓋が割れた音だった。


「・・・我慢・・・できない」


 締め上げた大男より呪詛のような言葉が漏れるが、彼の視線の先には娼婦風情の女にしか映っていなかった。


「こ、この野郎!」


 自分達のボスが殺られた事を今更ながらに認知した強盗達は一斉に大男に襲いかかる。

 ナイフや短剣を突き付けたが、大男は持っていた死体を盾に使い、攻撃を巧みに防いでみせた。

 そして、隙を突き、強盗達を殴ったり、蹴ったりする。

 その度に嫌な音がして、顎が砕けたり、足の骨を折ったりして、強盗達をたちまち戦闘不能にさせていく大男。

 それでも、この大男のおかしなところはこの怪力ではない。

 今の瞬間にも、この大男は自分に迫る強盗達を一切見ていないのだ。

 彼が見ているのは娼婦の女性ひとりだけであり、その眼には既に狂気による欲望の光が宿っていた。


「ひっ!!!」


 女性は生理的な恐怖を感じて、万が一に準備していた最後の手段を使う。


「アルベスト、タラーム、ソフペスタ~~~大いなる炎よ、アイツを焼き殺せ!」


 その呪文を唱えると、彼女の手から大きな炎が現れて大男へと命中する。

 大きな魔法の爆発が起こり、彼と争っていた強盗達すべてを巻き込き焼き殺す魔法だ。

 彼女は魔術師としての才能があった。

 しかし、それは中途半端であり、制御がいまいち定まらず、なりふり構わず焼いてしまう欠点があった。

 それが原因で学生時代に人を殺してしまい、人生を踏み外す事になる。

 こうして、彼女は生きてくために自分の身を売り生計を立てることになってしまった。

 そして、彼女の長年の苦労の甲斐あり、ようやく強盗団のボスの女の座を獲得できるまでに至ったのだ。

 これからいろいろと贅沢ができる・・・そう思っていた矢先に自分が死んでしまっては敵わない。

 彼女は自分の人生を狂わせた魔法を恨んでいたが、今はとても感謝している。

 何故ならば、現在のように狂戦士の男の魔の手より逃れる事ができたのだから・・・


「殺った?」


 自分の仲間諸共、炎の海へ沈める結果となったが、化物のような大男を葬る事ができて安堵する彼女。

 しかし、その希望は一瞬の後に挫かれてしまう。

 煙の奥からニュルッと太い腕が伸びて、彼女を捕らえたのだ。


「ひっ!」


 彼女の口から短い悲鳴が再び挙ようと息を飲むが、そこには至らない。

 何故ならば、ここには自分の理解を超える光景が広がっており、それを見た彼女は恐怖のあまり声を失ってしまったからだった。

 大男は無傷で立っていた。

 炎の魔法に焼かれた痕跡は全くなく、彼は不自然に大きな口を開けていた。

 彼の巨大な口に吸い込まれていたのは空気だけではない。

 先程の爆炎が、いや、魔力そのものが彼の口の中に吸い込まれている。

 ゴクゴクと喉から何かを飲むような嫌な音が聞こえる。

 そして、周辺に漂うすべての魔法の炎を飲み込んだ大男は突然絶叫を挙げた。


「まだだ・・・まだ足りない・・・我慢・・・・できない・・・我慢ーーーん、できなぁぁいーーーっっっ!!!」


 そう強く叫ぶと女性に飛びかかり、自分の方へと強く引き寄せる。

 あまりに強く引っ張ったため、その衝撃で女のドレスが大きく裂け、裸体が露わになる。

 しかし、この大男は女性の裸体などに何の興味も示さない。

 彼の興味、いや、渇きを潤すもの・・・それは『魔力』だったからである。

 それを満たすために大男がやった事と言えば・・・この女魔術師の唇を貪ることだ。


「い、嫌―――っ。うぐっ!!!!」


 女は唇を吸われた直後、あまりの悍ましさに血の気が引いた。

 男の狼藉に抵抗しようとするものの、そんなものはお構いなしと、男は長い舌を女の口の奥へ入れてくる。

 今までいろんな客の要求に応えてきた彼女だったが、そんな彼女の経験を以ってしても、今日のこの行為はあまりにも気持ち悪く、身の毛のよだつ思いだった。

 そして、気が遠くなってくる女・・・

 それはこの大男が舌を使い相手の魔力を大量に吸い上げられた事によるものであったからだ。

 魔力を大きく吸い上げられる度に女の身体は痙攣するが、それも長く続かず、やがて何も反応しなくなる。

 女の口から摂取できる魔力が無くなったためだ。

 大男は舌を静かに引き抜いてニタッとした。

 それは彼にとっての『食事』の時間が始まったことを意味していたからだ。

 邪魔する奴など、もう誰も居ない。

 大男はゆっくりと次の餌のある場所を求めて、長い舌を女の裸身体に這わせていく。

 こうして『食事』と言う名の嗜虐の時間が始まった・・・・

 

 

 

 

 

 

 次の朝、宿から小規模な傭兵団が出発しようとしていた。

 若い傭兵達は自分が所属する傭兵団の隊長が現れる前に世間話をする。


「オイ、お前は昨日何処に行っていた?」

「いやあー、ちょっと歓楽街に・・・」

「お前も好きなヤツだな」


 若い新入りの隊員を揶揄うが、その新人は昨日の顛末を話始める。


「いやいや、そうでもないんっすよ、昨日は散々だったんで」

「何がだよ? 抱いた女が気に入らなかったのか?」

「そうじゃないんっすよ。昨日はいい女を捕まえて、街の外れの安宿に連れ込んだまでは良かったんですが・・・途中で警備隊が入って来て・・・もう、最悪でしたよ~」

「それは、災難だったな」


 ハハハと笑う先輩隊員。


「ホントに最悪っす。なんでも近くで娼婦の殺しがあったらしく、一斉捜査だとか言って・・・運が悪かった」


 落ち込む新人隊員。


「娼婦の殺しねぇ。ここらも治安が悪いからなあ」

「結構凄惨な現場だったらしいっすよ。娼婦は裸にひん剥かれた上に殺されていて、一緒にいた男達も全身の骨が折れるほど撲殺されたらしいっす。その上、炎の魔法で炭になるまで焼かれた奴とかもごろごろしていたようで、警備隊の奴らでさえも震え上がるような凄惨な現場だったらしいですぜ」


 そう報告する新人は震える警備隊の様子を真似して、これが一同の笑いを誘った。

 彼としてもこの冗談が受けた事で得意気にニンマリとするが、自分の後ろに現れた上司の存在に気が付かなった。


「おめーら! 何をニタニタしているんだ。早く出発するぞ!」


 その弛んだ雰囲気に一活を浴びせさせる登場をしたのは大男の傭兵。

 この大男の登場により、この場の雰囲気は一気に変わる。

 彼はこの小さな傭兵部隊の隊長を任されている男であり、迫力のある声を発して部下を諭した。


「娼婦のひとりふたり死ぬのは珍しい話でもねぇーっ。俺達にゃあ関係の無え話しだ!」

「す、すみません、ギエフ隊長」


 新人の顔に緊張が走り、先程までのお道化た様子はない。

 新人の彼はこの部隊に就いてまだ日は浅かったが、この隊長を怒らせると、どれだけ恐ろしい事になるかはよく解っていたからだ。


「すぐに出発するぞ! 目的地であるラフレスタまではまだ百キロ以上ある。できるだけ早く移動するんだ!!」

「「ハッ」」


 こうして、ギエフ号令の元、傭兵団は早々にこの地を出発する事になった。

 

 

 

 彼ら傭兵団が出発してからかなり後に、街を管轄する警備隊がこの宿を訪れる事になる。

 それは昨日の殺人事件の事情を知ると思われる男が、この宿に泊まっていたとの情報を得たからである。

 しかし、その大男は既に宿を出発した後であり、足取りは解らなくなってしまう。

 そして、しばらくすると、この事件は迷宮入りとなり、未解決のまま時と共に忘れられていく。

 これはラフレスタよりも東に百キロ離れたとある小さな街での出来事であり、この事件の事を気にする者など、誰もいなかった。

 

 

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