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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第四章 廃坑探索
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第七話 先客 ※

 初日の魔物襲撃以外は特に問題なく、調査団の旅程は順調に進み、目的地まであと一時間の所まで来ていた。

 周辺の風景は草原から岩場へと変化しつつ、ガタガタと揺れる馬車から外の風景を眺めていたアクトは、そろそろ頃合いだと判断し、横で寝ているハルを起こすことにする。


「おーい、ハル。そろそろ起きろよ」

「むにゃむにゃ、え? アクト、もうご飯の時間なの? もう、食べられないんだけど・・・ぐうー」


 アクトの横にもたれ掛かっていたハルは片目だけを開けたが、すぐに瞼の重み負けて寝ようとする。


「何を寝惚けているんだよ。そろそろ起きてくれ」


 そう言って自分に寄り掛かるハルを揺すって覚醒を促すアクト。


「ふぁーーーい」


 ハルはしょうがなしに大きく欠伸をして、目を擦って起きる。

 初日から馬車酔いの酷い彼女だったが、馬車の中で寝るという特技を覚えてからは酔いを回避する事に成功している。

 ハルは普段からあまり昼寝をする体質では無かったが、初日の夜にアクトと別れた後、なかなか寝る事ができず、その反動で次の日の昼間は馬車の中で爆睡してしまう。

 そして、その日の夜からは学生達にも夜警係の順番が回ってきたため、夜があまり寝られず、結果的に今日も朝から睡魔に襲われて昼夜逆転状態だったのだ。

 まだ寝ぼけ眼のハルであったが、車窓から外を眺めて、辺りの様子を確認する。

 太陽は西に傾き、日没まであと四時間というところだろうか。

 岩場に差し掛かったという事は聞いていた旅程の計画からあと一時間もすれば目的地である廃坑の入口へ到着するだろう。

 視線を向かい側の席に移すとノムン教官とクラリス、セリウスが同じように伸びをしている。

 彼らも陽気な気候と単調な振動に負けて昼寝をしていたようだ。

 ハルと同じ側に座っていたアクトとインディはずっと起きていて、世間話を続けていた。

 幼馴染みの親友が身近にいることに羨ましさを感じつつも、ハルは自分の意識が覚醒する従って自分がアクトにもたれ掛かっていた事に気付き、誰にも気付かれないようにそっと身体を離す。

 彼の横にいると心が落ち着いてとても心地よい。

 もしかして、自分はこの男性に恋をしているのだろうか?

 アクトは超絶な美男子という訳ではなかったが、逆に悪いこともなく、金色髪の似合う好青年だ。

 細身に見えても普段から鍛えているだけあり、その身体は逞しく引き締まっており、剣の腕前も本職である警備隊の人が認めるほどである。

 頭脳も明晰であり、彼にとっては未知の学問である筈の科学に対しても理解が早い。

 そして、貴族の次男であり、家督を継ぐなどのややこしい話も無く、お金だってそれなりに持っている立場。

 加えて、あの魔力抵抗体質者として名高いブレッタ家という英雄の末裔の一族。

 アストロ魔法女学院の中で彼は『有力物件』としてすぐに噂になっており、エリザベスが睨みを利かせていたので、表立って何かをしようとする女子学生は居なかったが、もしそうでなければ、放って置けない存在となっただろう。

 性格も悪くなく、いや、お人好し過ぎると言っても過言ではないほど面倒見の良さがあり、ハルから見ても申し分の無い人物だ。

 一昨日だって彼に抱かれた時、ハルの心の中でラッパの音が甲高く鳴ったように気分が高揚して、彼に口付けを許す寸前まで行ってしまった。

 でも、最後の最後でハルはアクトを拒絶してしまった。

 何故? あの時に彼を受け入れられなかったのだろう?

 あの時のハルは自分自身の事が全く理解できず、とても不甲斐なく思ったが、今は冷静になり、その理由は何となく理解している。

 彼は正義側の人間であり、その正義が過ぎる人物なのだ。

 調和を愛し、悪を罰する彼の信条は自分『ハル』にとっては毒なのだろうと思う。

 ハルは自分の事を極悪人だとは思っていないが、それでも全うな善人者からは遠い存在だと思う。

 自分は利己的であり、物事を損得勘定で図り、こちらの世界で心から信頼できる友人を作らず、いずれ離れる身として情が湧かない程度の交友関係に留めている。

 今、一生懸命行っている魔道具の研究でさえもハルが自分の世界へ帰るための行動の一環であるし、当面の生活費が稼げるという副産物的な効果も見込まれるために続けている。

 その割に少々のめり込み過ぎている感も否めないが・・・まぁ、それは置いておこう。

 ハルが損得勘定をあまり考えずに動いた唯一の事例としては白魔女エミラルダとして月光の狼の一団に協力しようと思ったことぐらいである。

 この事だってどちらかというとハルの興味本位で始めたようなものだ。

 月光の狼の統領たるライオネルと言う人物に興味を覚えたからであり、ハル自身は他人に不幸自慢ができるほど波乱万丈な人生を送っていたと思っていたが、ライオネルの境遇を知れば、かなりのものだ。

 運命に翻弄されながらも、それに抗おうとしているライオネルの姿に自分を映し込んだのかも知れない。

 そんな彼に対する興味と共感でハルはライオネルに協力を申し出、そろそろ一年が過ぎようとしている。

 最近はいろいろと行動が過激なってきているため、少し深入りし過ぎたかもと思いはじめているハルであったが、それでも、もうすぐライオネルが当面の目標としていた局面に達成しようとしている。

 少なくともそこまでは見届けようと心に決めているハルであった。

 そんなライオネルと違い、アクトは全く正反対の領域に存在している男性だ。

 そう思うとハルはライオネルの事が好きなのか?と自問する事になる。

 しばらく考えたが・・・(それも違う)とハルは思う。

 好き、嫌い、そんな単純な事じゃないのだろう。

 ライオネルは人間として興味ある存在ではあるが、彼を異性として意識するか?と問われれば、それは否だ。

 ライオネルは少なからずの好意をハル・・・と言うかエミラルダに見せているが、その好意でさえも自分は拒絶している事を思い出す。

 人から好意を引き出しておいて、自分は寸前でそれを拒否。

 ハルは思わず、私はひょっとして知らず知らずのうちの悪女なのだろうか・・・と自己嫌悪に陥りそうになる・・・

 今のハルの目の前にはクラリスとセリウスが座っている。

 彼と彼女は皆に気付かれないよう密かに逢瀬を重ねているのをハルは知っていた。

 ふたりの素直で実直なその愛の姿がハルの脳裏に浮び、単純に愛を説ける存在が妬ましく思う。

 そして、次の瞬間、それに嫉妬する自分に気付いて、自分への苛立ちへとつながる。


(・・・・私って本当に面倒臭い女ね)


 それは心の中で言ったつもりだったが、無意識に小さい声で呟いてしまったようで、アクトがこれに気付く。


「ん?ハル?何か言ったか?」

「何でもないわ。それにもうすぐ着くようね」


 誤魔化すようにハルはそう答えたが、そのこと自体は間違いなく、遠くの岩場に小さい建物がポツポツと佇む風景が視界に入ってきた。


「そのようだ。ほら、集落と坑道の入口が見えてきたぞ」


 自身も背伸びしながら、そう応えるノムン。

 彼女が言うように小さな集落を取り囲むように聳える標高の低い岩山。

 そして、その岩山の側面に三つの穴が見えた。

 この三つの穴が鉱山の入口となる。

 過去、この鉱山からは様々な種類の魔力鉱石が採掘されて大変賑わったらしいが・・・それも今は昔の話である。

 ある日を境に採掘量が減少し、そして、五年ほど前に閉山した鉱山なのだ。

 ほぼ死んでいるに近い鉱山だったが、様々な理由でエリオス商会にはこうしたあまり使い物にならない鉱山の採掘権をいくつか保有しており、時折、調査という余計な経費を出費するのだ。

 損得を考えれば、このように旨味が無く、必要経費ばかり掛かる鉱山を所有するは経営者として得策ではないのだが、ライオネルは倒産寸前の友人達を助けた成り行きでこのような事態になっていた。

 しかし、こうした人助けが彼の評判を上げることになり、その人気のお陰で彼には新たな商売のチャンスが舞い込んで来たりもするので、結果的に大きな利益を得ている。

 そう考えれば、ライオネル・エリオスという男は幸運の元に生まれているのかも知れない。

 その鉱山のひとつに馬車一行がようやく到着。

 ハル達の乗る馬車も停止して馬車から降りる。

 ぐっと背伸びをして深呼吸するハル。

 彼女にとって長かった馬車の旅がようやく終わりを迎え、地面に立ち一安心できるのだ。

 そして、忙しく準備を始めた商会の職員達だが、何やらざわつきが見られた。

 学生達は職員たちの準備を邪魔しないよう一ヶ所に集まってきたが、そこにエレイナとフィーロが近付いてくる。


「エレイナさんとフィーロさん、どうされましたか?」


 学生グループの中で一番年齢が上であるナローブが代表して状況を彼らに誰何した。


「ナローブさん、ちょっと不味い事になりました」

「不味い事?」


 その質問にはフィーロが答える。


「ああ、どうやらここに先客が居るらしい。誰も居ないはずの集落に人が住んでいた痕跡があった」

「人の住んでいた痕跡ですか?」

「そうです。食べ残した食事やワインが残っていた。それもまだ温かったので、我々が到着する寸前までここに人が居たのは確実です」

「人って? ここは鉱山のベースキャンプのようなものと言われていましたよね。鉱山が閉鎖されているのに誰か住んでいたのですか?」


 ありえない事だと思うナローブだが、世の中には万が一と言う可能性もあるので、念のためと聞き返す。

 しかし、エレイナは首を横に振ってすぐに否定する。


「はい、ここは完全に放棄されています。周りには水場や耕作地なども確保し難い地形でありますので、村としての機能はありません。こういう条件のところに住む者を想像すれば・・・やはり盗賊か何かの輩だと考えられます」

「やはりそうか」


とナローブも自分の推測が当たっていた事を確信する。

 学生達も不安を感じて、ざわつきはじめるが、とりあえず落ち着くようにとフィーロから指示があった。


「まず、状況を調べるが、ここは盗賊達の根城になっている可能性が高い。集落の建物の中には安易に入らないようにしよう。罠の類が無いかどうかを調べる必要がある。安全が確保次第、室内に入り調査の準備を始めるが、盗賊達が鉱山の中に逃げ込んでいる可能性もある。人と魔物では狡猾さが違うので、今日から夜の見張りは特に注意をして欲しい」


 フィーロに言葉に異論を唱える者は無く、「ハイ」と気を引き締めるような声が響いた。

 彼等とてラフレスタで最高の騎士と魔術師を養成する学校の生徒である。

 ゆくゆくはこうした荒事をいつか経験するものだし、その対処については日頃から学んでいる事だったりする。

 その上、人工精霊と戦った生徒達は、連携も問題ない、と自信を持っていた。

 迫り来る実戦を予感し、彼らの気分は高揚するのだった。

 そんな学生達を置いておき、フィーロとディヨントが中心となって集落の調査を始めることになった。

 結果的には建物内部に罠の類は存在せず、調査を担当していた職員達は当初の予定どおり建物の中に入る許可を全員に出して、明日から始める鉱山内部の調査のための準備を進める事になる。

 マジョーレとキリアが神聖魔法を使い人の痕跡を追跡した結果、それは廃坑の中へと続いていた。

 廃坑内の人の存在を神聖魔法で調べると、盗賊と思われる二十名程の人間の反応があったらしい。

 それらの情報を集約すると、調査団がこの集落に入る寸前に盗賊達が気付き、慌ててこの場を後にしたようであった。

 周辺に身を隠す場所も無いことから、盗賊達は鉱山内に逃込んだのだろうと推測される。

 エリザベスから、大出力で炎の魔法を鉱山内部に放ってはどうか?との提案もあったが、それにエレイナは首を横に振る。

 彼女の見立てでは鉱山内部は複雑に入り組んでおり、炎の魔法を撃ち込んでも奥まで届かないらしい。

 その上、何かの間違いで崩落しようものなら鉱山そのもの価値が無くなってしまう。

 もうほぼ死んでいるに近い鉱山だったが、それでも完全に廃棄を決めるのは商会だけの判断では難しい。

 鉱山の所有権という形で一応エリオス商会が持っているが、鉱山というものはこの地域全体の資源とも言える財産であるため、閉鎖・廃棄にはラフレスタ領主の許可が必要なのだ。

 そういう訳で今日は力を温存し、明日の朝から三つある入口より一気に攻立てて、盗賊達を一網打尽にする計画をエレイナとフィーロより説明された。

 もうすぐ夜になるため、今日は全ての入口を厳重に監視し、もし、盗賊が脱出しようものなら、彼等を外に出られないよう奥へと押込む作戦を進める事になる。

 作戦を聞きながらも、何故か胸騒ぎを覚えるハル。

 とてつもなく悪い事が起りそうな予感がするが、そんな心配とは裏腹にこの日の夜は何事もなく過ぎて行くのだった。

 


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