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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第四章 廃坑探索
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第六話 月夜の晩に(其の二) ※

 その女性は薄暗い一室に居た。

 それは無機質で灰色の世界。

 まるで人間など彼女ひとりしか存在しないような静けさと陰気さのある部屋の中、禍々しい黒い卵から孵化したばかりの幼虫が女性の目の前にいた。

 それが何の幼虫かは解らないが、黒い表面に赤い血管のような模様が全身に走り、その周りが緑色の粘液で覆われた幼虫だった。

 気色の悪い外観からはその虫が邪悪な存在であることを彷彿させ、普通の人間ならばこの虫に一切近付きたくないと思えるような存在。

 そして、その幼虫へ手を伸ばす自分。

 自分の意思とは無関係に動くその手に、彼女は「止めて!」と懇願するも、その願いを聞き入れては貰えない。

 幼虫の纏っていたドロッとした粘液と、幼虫の僅かな抵抗が彼女の手の平から伝わる度に生理的な嫌悪感に襲われるが、彼女には叫び声を上げる事すら許されていない。

 直径が五センチ程ある芋虫のような幼虫は彼女の手から逃れようともがくが、彼女は自分の意思でそれを離す事もできない。

 そして、腕をゆっくり上げて自分の口へと手繰り寄せる。


(い、嫌ぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!)


 この先、何が起こるのかを正しく察した彼女は心の中で特大の悲鳴を叫ぶが、身体は全く自分の支配下ではなかった。

 彼女の心の抵抗空しく、自分の口を大きく上へと開け、その上部にある手の力が緩まる。

 そうすると、幼虫は重力に引かれて彼女の口腔内へと落ちていく。

 自分の口の中で激しく蠢く虫の感触はとても気持ちが悪く、苦しくて涙を流す女性。

 しかし、吐き出す事も許されてはいない。

 幼虫はまるで彼女が抵抗できないことを楽しむように口腔内を暴れまわり、やがて気が済んだのか、幼虫は口腔内の奥の食道へ進み、やがて喉を通り彼女の胃へと落ちて行く。

 あまりのおぞましさに気が狂いそうになる彼女だが、気絶する事も吐き出す事も許されず、ただ刻だけが過ぎていく・・・

 そして、どれほどの時間が経ったのだろうか、彼女の身体に突然異変が起こった。

 自分の身体の中、胎の中で蠢く存在。

 間違いなく、先程飲み込んだ蟲が暴れているのだ。

 不思議と痛みは感じられないが、自分の下腹部を触ると何かが暴れて、蠢いているのがはっきりと解る。

 彼女は自分の身に起こった恐怖に悲鳴を挙げたが、許されているのは涙を流す事だけで、口はパクパクと声にならない空気を吐き出すだけである。

 そして、その恐怖は最高潮になる。

 チクリとした痛みを一瞬感じたと思ったら、腹部が裂けて、巨大な蚯蚓のような蟲が顔を出した。

 自分の身体を養分として吸収した蟲が、成虫となって出てきたのだ。

 蚯蚓は瞬く間にズルズルと音を立てて自分の身体の中から這い出てきて、宿り主の恐怖に引きつった顔を視認するかのように彼女の顔の前まで這い上がってくる。

 蚯蚓の先端には牙が一杯生えた口のようなものがあり、口の奥にある眼が彼女をじっと見据えて、そして・・・・


「嫌ぁーーーーー!」


 ここで初めて彼女は叫び声を上げて、身体の自由が戻ってくるのを感じた。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・・・」


 毛布を押し上げて肩で息をする女性。

 辺りは先程と同じような薄暗い場所だが、先の場所とは異なり、いろいろな人の気配や草木の匂いが感じられる。

 少なくとも無機質で独りぼっちの世界でない事は、五感で直ぐに感じ取れた。


「ハァ、ハァ・・・・最悪」


 短くそう声を挙げた彼女は周囲を確認する。

 自分以外に二名の女性が寝ているのが直ぐに解ったが、彼女達を起こさなかった事が幸いだと思う。

 彼女、ローリアン・トリスタは先程まで夢を見ていたのだ。

 それも最悪の夢。

 在りし日に戦いを挑んだ最悪の魔女にかけられた呪いの夢を見ていたのだ。

 白魔女に掛けられた幻惑魔法のリフレイン。

 幻術魔法に長けた一族である自分に対して、最大の屈辱を味わったあの日より見続けている悪夢だ。

 最近はだいぶましになってきたが、それでも心へのダメージはまだ残っている。

 勿論、白魔女に魔法を掛けたられ時の恐怖に比べれば、なん百倍も緩やかだが。

 あの時は完全に心が恐怖に負けてしまい、公の場で失禁を・・・・・・止めよう、この話は思い出したくない。

 ローリアンはそう言い聞かせて、冷や汗でびっしょりになった自分の身体を手持ちの布で拭く。

 それが影響したのか、近くに寝ていたエリザベスが何かを感じ取って短く寝言を言って寝返りを打つ。

 それを黙って見ているローリアンだが、エリザベスが再び寝息するのを確認すると、起こさなくてよかったと再び安堵する。

 しかし、悪夢のせいで再び寝る事は無理だと思うローリアンは、下着姿の上から灰色のローブを羽織り、エリザベス達に気付かれないようにゆっくりとテントから這い出す。

 テントの中の熱気から解放された彼女は「ふう」とひと呼吸し、多少の落ち着きを取り戻す。

 まるで外の少し冷えた夜の空気が彼女の中の陰気なものを浄化してくれるようで、熱を帯びた顔が覚める心地よさを感じるローリアン。

 月の位置からして夜明けまではまだあるのだろう。

 どこか遠くで獣の鳴き声のような、甲高い音が聞こえるが、それが何なのかを確かめる術は彼女にない。

 夜の森はそれなりに怖い所でもあるが、辺りを見るとかがり火に幾人ばかりの夜警の人の姿も見えた。

 彼らはローリアンの姿を確認すると一様に振り返るが、特に何かを咎めるような素振りをすることなく、すぐに仲間と何かの雑談へと戻っていく。

 旅の途中、夜に女性が黙ってテントから出てきたときは特に気にしないのがこの世界のエチケットでもあるからだ。

 排泄や湯浴みなど、男性に知られたくないと思うのは女性ならではの矜持だったりする。

 そんな理由である意味放置されるローリアンだが、彼女としても別に誰かと喋りたい訳でもなく、すぐにテントに戻ったとしても寝られる気もしなかった。

 少しぐらいならば注意して歩けば大丈夫だろう。

 そう思い、懐の魔法袋より彼女愛用の短い魔法の杖を取り出して歩くことにする。

 魔法の杖を使えば、普段より半分程の魔力で魔法が撃てるし、彼女の杖は数十発分の炎の玉が無詠唱で放てるように細工されている高級品の魔道具でもある。

 護身用としても十分だった。

 月明かりを頼りに宿営地をぐるりと回り込むように歩き、少しだけ木々の深い所に入る。

 これ以上離れると危険と思い、そろそろ引き返そうかと考えていた矢先、木々が開けて、突き出る様にそびえた岩場を見つける。

 そして、岩の天辺に座る人物と目が合った。


「チッ!」


 彼女はその人物を見て短く舌打ちするが、それが相手にも伝わったようだ。


「まったく、お前は・・・人と会うときに舌打ちするのがお前の常識なのか?」


 不機嫌な顔を隠そうともせずにそう話す男性はフィーロだった。


「貴方だから、そうしたのですわ」


 まったく悪びれる事もなく答えるローリアン。

 本当に嫌ものを見た、と心から思い、それを隠す事の無い女性だった。


「お前はホントに良い性格しているな。お世辞でもいいから『こんばんは』ぐらい言えないのかよ。まったく」

「貴方に挨拶する義理はありません事よ」

「まったく可愛げの無いヤツめ」


 フィーロはそう嘆息すると、岩場を蹴ってローリアンの前に降りてくる。


「それで、何しにここに来たんだ」

「別に私が何をしていても貴方には関係ない事ですわ。それに貴方がここにいると解っていたら来ていません」


 本当に嫌な顔をするローリアン。


「だったらさっさと帰って寝てな、お嬢ちゃん。まだ早起きするほどの年寄りじゃないんだからな」

「な! 誰が年増ですって」

「ンな事言ってねぇだろ、嬢ちゃんよ。子供は早く寝てろって言いているんだよ」

「今度は子共扱いですか! 貴方はどれだけ失礼な人なのですか」


 眉間に皺をよせて不愉快を露わにするローリアン。


「あーよせよせ、怒るんじゃない。せっかくの美人が台無しだ」


 そうお道化るフィーロを見て、余計に怒り出すローリアン。


「嘘おっしゃい! 貴方の顔に『自分は嘘を言ってます』と書いてありますわ!」

「おお。良く解ったな」

「ええ。後生のために教えて差し上げましょう。貴方が嘘をつくときはこのように鼻の穴が大きくなる癖がありましてよ」


 ローリアンはそう言うと自分の小さな鼻に両手を当て、親指と人差し指で丸を作ってフィーロの顔真似をする。

 その姿は滑稽であり、普段の澄ました彼女の姿しか知らない者が見れば、驚きの光景に違いない。

 しかし、今の相手はフィーロである。

 彼女の悪態は慣れたものであり、年齢を重ねているだけあって彼女の挑発にはそうそう乗らないのだ。


「なんだ、その変な顔は!? 俺はもっと男前だぞ」

「貴方が男前だったら、世の中は美男子ばかりになるでしょうね」

「おう、それはよかった。世の中美男子ばかりになれば、お前も結婚相手に困る事はないだろうな」

「ええそうですね。貴方以外の顔だったら誰でもいいですわよ。でも貴方は絶対にイ・ヤ・ですわ!」

「こっちだってこんな気が強くて、向こう見ずで、下品な女は願い下げだっつうの!!」


 フィーロは吐いて捨てる様に言う。

 その姿が癪だったのかローリアンは顔を真っ赤して怒る。


「貴方って本当に最低の人間ですわね。本当に貴方を不敬罪で訴えてやろうかしら」


 不敬罪というのはエストリア帝国で強固な法律として認められている。

 多発するのは憚れる事ではあるが、不敬罪は貴族が庶民に優位性を保つための手段のひとつとして認められた権利なのだ。

 不敬罪として告発された場合、多くは裁判となり、内容次第で死罪だってありうる重い刑罰である。

 警備隊副隊長の職を解くぐらいの罰ならば、ローリアンが訴えても十分可能な範囲だった。

 以前も彼女に因縁をつけられたフィーロだったが・・・そう言えば、あのときはアクトからエリザベスにだけ自分が貴族である事を伝えていたため、不敬罪で訴えられるには至らない。

 が、そう言えばローリアンには言っていなかったと思い出すフィーロだった。


「さあ、謝りなさい。私が訴えたら貴方はもうお終いよ。裸でこの場で膝付いたって許さないんだから」


 ローリアンは鼻息荒くフィーロを見下してそう言ったが、フィーロは全然恐れていない。

 むしろ、ローリアンの高圧的な言い方に何を思い出したようで、急に彼の熱が冷めていった。


「お前なぁ・・・アクトから何も聞いてなかったのか?」


 ため息交じりのフィーロ。


「はぁ?」


 フィーロが何故このような余裕な態度をとれるのかを全く理解できないローリアン。


「その様子だったら、何も聞いていないようだな。だったらしょうがない・・・俺の名前はフィーロ・アラガテ。帝国の名門貴族アラガテ家の者だ。お前の家であるトリスタ家と同じ魔法貴族派だから聞いた事もあるだろ? そして、お前の家よりも格が上なんだよ。上!」


 衝撃の事実を告白するフィーロ。

 アラガテ家の名前はローリアンも知っていた。

 確かにフィーロが言うようにアラガテ家はローリアンが所属する魔法貴族派閥の一員であり、トリスタ家よりも格上の存在だった。

 どうして、そのような名門貴族の息子がこんな街の副隊長をやっているのか理解できないローリアン。

 そして、これが本当だとすると、今のローリアンにとって、とても拙い事になる。


「俺も四男だが、一応貴族様って訳よ。『不敬罪』ってのは調子に乗った下の者を罰する法律なのは解るよな。つまり、格下のお前から俺を不敬罪で訴えるって事はできないんだ。解るか?」

「ぐっ」


 権力を傘にして彼を屈服させるつもりのローリアンだったが、早くもその手を潰される格好となった。

 潰されるどころか、意趣返しされる格好であった。


「逆に俺がお前を訴えても良いんだぜ。って、そう言えば貴族同士で不敬罪は無かったっけな? そうなると、決闘で決着する事になるな・・・しかし、一対一じゃ、お前は俺の剣の腕には勝てないだろなぁ・・・おい! 今、この場で裸にでもなって謝ってみるか? なんならその自慢のローブを脱ぐぐらいでも許してやってもいいんだぜ。俺は心が広いからなぁ。ハハハ」

「ぐぬぬぬ」


 このときのフィーロの勝ち誇った姿が、ローリアンには本当に腹立たしいと思う。

 こんな男に屈服するのは本当に嫌だ。

 フィーロは軽い脅しのつもりで一番上に羽織っているローブを脱いて誠意を見せろ、と言っているようだが、今のローリアンにとってこのローブを絶対に脱ぐ訳にはいかない。

 何故ならば、今の彼女はローブの下に下着しか身に着けていないのだ。

 元々、ローリアンはこれほどに外を歩く予定など無かった。

 自分の下着姿をこんな男に晒すのは本当に御免被る。

 以前、この男の前では「失禁」という失態も晒しているローリアン。

 これ以上の失態は、死んでも彼女のプライドが許さない。


(この場でフィーロを殺して、自分も死んでやろうかしら・・・)


 そんなどうしようもない事を割と本気で考えるローリアン。


「さぁ、何とか言ったらどうだ!」


 彼女に迫ってきたフィーロに意を決し、あまり得意でない炎の魔法をぶつけるため、先手必勝とばかりに魔法の杖に力を込めようとする。

 だが、その彼女に対して、更に先手必勝とばかりに襲いかかる者が別にいた。


「きゃッ!」


 その者はフィーロの衣服の下から飛び出してローリアンに襲いかかってきた。

 未知の敵の来襲に慌てふためくローリアンだが、その襲撃者は彼女の手を掻い潜り、ローブの上部から侵入して、彼女の身体とローブの間を駆け巡る。

 ローブの下で蠢く小さい奴は先程の悪夢の蟲を彷彿させ、恐怖に慄くローリアン。


「嫌ーっ、止めて!わ、私を穢さないでーーーっ!!」


 彼女が暴れる事で、その小さい侵入者はローブと一緒に揉みくちゃになるが、やがて彼女の手に捕まる事になる。

 そして・・・「にゃー」と声が・・・

 ローリアンが捕らえたのは・・・子猫だった。


「おいコラ! すまない・・・って、なぁぁぁっ!?」


 フィーロは自分の懐から逃げた子猫がローリアンの衣服に突撃した事を詫びようしたが、それを捕またローリアンの姿を見て絶句する。

 ローブは短い揉みくちゃの戦闘によって大きくはだけ、彼女の下着姿が露わになっていた。

 彼女の年齢に似合わない豊かな肉体をフィーロに晒していた。

 ローリアンの半裸の姿に一瞬目を奪われるフィーロであったが、それでも人生経験がアクトより豊かなフィーロは変な気を起こす前に目を瞑り一息「ふん」と吐く事で平常心を呼び戻す事に成功する。


「ああ、すまない。その子猫は先の魔物の襲撃の時に保護してな。きっと母猫はあの時のワルターエイプに殺られてしまったんだろう。草むらに隠れてブルブル震えていたので、それを見かねて保護しちまったんだ」


 努めてローリアンの半裸の姿を見ないように身体を背けて子猫の説明をするフィーロ。

 ローリアンはフィーロの説明を聞いているのか聞いていないのか、自分の捕まえた子猫を両手で抱えてじっと見つめている。

 子猫は離せとばかりに暴れ、「にゃーにゃー」と鳴き、手足をバタつかせていたが、今はローリアンの虜となっているため、無駄な努力に終わる。


「実は俺、子供の頃に猫を飼っていてな。その何ていうか、それを思い出しちまって・・・ってお前、人の話しを聞いてんのかよ!」


 フィーロが照れ隠しのため、身の上話を始めたが、それをまったく相手にしていないローリアン。

 ローリアンはそんなフィーロの事など全く無視をし、そして、こう口にする。


「ニケよ」


 何の脈絡もなく、ローリアンからそんな言葉が漏れた。


「は?」

「この子の名前よ」

「はぁ? お前、俺の猫に、勝手に名前付けてんじゃねえよ」


 唾を飛ばして抗議するフィーロだったが、それを無視するローリアン。


「ニケ。ニケ。可愛い子猫ちゃん」

「にゃー」


 自分の名前を呼ばれているが解るのか、この子猫も嫌がっている声を出してないように思えるから不思議だった。


「この白と黒の毛並みだし、この恰好からして絶対ニケであるべきですわ」

「にゃー」


 そう抱き上げてフィーロに見せる。

 子猫も、そうだそうだ、と言っているように見える。

 フィーロは参ったなと思い、一日にして飼い主の座から陥落する思いだった。


「ええい、もう、どうでも良い。ニケでもミケでも好きなように呼べばいいさ」

「いーえ、ニケですわ。間違わないでください。そうだわよねー、ニケちゃーん」


 そうやってニケを愛でるローリアンは歳相応の愛らしい姿だ。

 それを見たフィーロは、こいつもこんな顔ができるんだな、と思うが、また要らん事を言って、彼女の怒りを再発させるのは面倒だったので、とりあえず黙ることにする。

 その後もニケを散々愛でていたローリアンだが、自分の衣服が乱れた事を知ると、彼女はまたフィーロに怒り出す。

 面倒臭い女だなと思いつつもニケを取り上げて彼女をさっさと寝かすようにフィーロが説得すると、今度はニケの親権について抗議とも要望ともとれる論争へと発展するのであった。

 長い押し問答の末に、結局、この旅の間は昼間はフィーロが、夜間はローリアンがニケの面倒を見るという事で決着するのが夜明け前であったりする。

 こうして万事解決したふたりを祝福するように朝日が昇って来た。

 ニケの取り合いでどっと疲れるフィーロであったが、太陽が昇り、その光に照らされたローリアンを見たフィーロは、気付いた事がひとつあった。

 それはこれまでどこかに影や棘のあるローリアンの雰囲気が、幾分と和らいでいるようにも見えたからだ。

 元々、彼女の容姿は優れており、いつもこんな和む表情ができて、口さえ悪くなければ、モテるのだろうな、とフィーロは思う。

 そして、彼女ほどのエリート魔術師になると、ローブの下は下着のみだという事を知れたのも新鮮だった。

 このフィーロの『誤解』は、その後もしばらく続き、彼から部下に、そのまた部下にと伝わっていく事になる。

 伝わっていく過程でこの『誤解』は益々エスカレートし、『エリートな女魔術師はローブの下に何も着ない』事がある種の都市伝説に成っていくのだ。

 これは今よりも遥かの未来に、この『誤解』の起源を研究している歴史家にとって、大いなる悩みを提供していたりするのだから面白いものである。

 また別の話として、ローリアンはこの日を境に毎晩見ていた悪夢を見なくなる。

 それは後になってローリアンからフィーロに語られたことであったが、この時のニケとの出会いが、白魔女から植え付けられた恐怖を癒す切掛けになり、また、それ以前の彼女の心に楔となっていた悪しき記憶についても、これを機に乗り切る事ができたのだ。

 そして、この時の邂逅(?)が後のふたりの人生に大きな意味を持つ事になるのだが、それはまた別の機会に語るとしよう。

 

 

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