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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第四章 廃坑探索
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第五話 月夜の晩に(其の一) ※

 調査団の旅程は途中に村など存在しないため、全て野営で夜を過ごすことになっている。

 昼間も魔物の襲撃があったように、魔物が闊歩しているこの世界では夜も襲撃に備える必要があるため、何人もが交代で見張りを行い、残りの人間がテントで眠りにつくのが一般的な旅だ。

 今回も学生達は夜の見張りに参加する事になっているが、初日と言う事もあり今晩だけは免除されていた。

 そして、一旦寝床に着くアクトだが、すぐに寝る事ができず、ひとりテントから抜け出し、少し離れた所にある高台を見つけて、その岩に腰かけて月を眺めながら今日あったいろいろな事を思い出していた。

 調査隊の旅程一日目にしていろいろな出来事があった。

 朝にあったエレイナ女史とハルの論争は些細な事であったが、その日の午後にはワルターエイプの襲撃。

 そして、ハルの行使した強力な攻撃魔法。

 アクトはそれまでハルの事を天才魔道具師、科学論者として見ており、彼女からは攻撃魔法が苦手だと聞いていた。

 しかし、本日の結果を見れば、それが正しくない評価である事が解る。

 彼女の意外な素質を知る事もできたが、同時に今回の魔法はハルが自分の身に迫った危険を回避するため、急ごしらえで行使した魔法でもある。


「あの時と一緒だった・・・寸でのところで、俺はまた大切なものを失うところだった」


 そう呟くアクトはハルの境地を救う事が叶わなかった自分への不甲斐なさを痛感するとともに過去の過ちを思い出していたのだ。

 今回はハル自身の力で魔物を退けることができたから良かったものの、それでも最悪の結果を想像してしまうと心中穏やかではない。

 今日の一件はアクトがかつて『強くなろう』と決意するに至った過去の出来事を鮮明に思い出させてくれる。

 それは過去の彼に起こった最悪の事件であり、アクトとしては絶対に忘れられない事で、忘れてはいけない事であった。

 勿論、忘れたつもりはないが、あまり強く意識し過ぎるのも精神的に良くないと自覚していたのだろう、でも・・・


(意外にまだ忘れていない。忘れる訳がない)


 改めてそう思うことで、アクトはあの時の心が闇に浸食されるような感覚も思い出していた。

 アクトの焦燥感が掻き毟られる。

 この心の闇をなんとか紛らわすために、先ほどから人知れずこの場所へと身を移し、身体を動かすことに専念する。

 そうして短くない時間を使い、ようやく、いつもの落ち着きを取り戻せたと感じていた。

 現在のアクトは小休止して、身体から汗が引くのを待つ。

 過去の過ちの事はさておき、アクトは本日のハルの活躍について改めて整理することにした。

 彼女の第二の活躍はこの野営地に着いてからだ。

 ワルターエイプ襲撃でハル達の乗っていた馬車の荷物が大きな被害を受けていた。

 特に食料はほとんどがやられており、今日も含めて六日分の食材が駄目になってしまった。

 エレイナさんの計らいで他の馬車から分ける事も提案されたが、何故かハルはそれを断り、自分でなんとかすると言ったのだ。

 それからの彼女は周りの制止も無視して、自分の持つ魔法袋から道具や食材を次々と出して、手早く調理をはじめてしまう。

 驚いたことにハルは一ヶ月分の食料を常に持ち運んでいるのだと言う。

 「何故そんな事を?」と問うと「だって、突然何があるか解らないんだし」とハルは答えた。

 確かに理解できない訳では無いが、それでも魔法袋の容量は有限だし、保持するのも魔力が必要だ。

 一ヶ月分の食材と調理器具を魔法袋に収納するだけでも一般的な魔術師の魔力は枯渇してしまうだろう。

 それを、何ともないような感覚で実行している彼女は賞賛を通り越して、変人の領域なのではないかと思ってしまうぐらい。

 彼女には全く自覚が無いようだが、やはり凄い才能の持ち主なのだろう。

 しかし、嬉しい誤算もあった。

 ハルの作る美味しいご飯を食べられたことだ。

 馬車一台ごとに食料が割り当てられていたため、今回、我ら六名全員がハルの作ったご飯にありつける幸運を得たのだ。

 今日は「煮込みハンバーグ」なる料理であり、肉を細切れにした塊を固めて焼き、それにスープをかけた食べ物だ。

 初めて食べる物だったが、細切れ肉とスープが深く絡んで、とても美味しかった。

 そもそも通常の旅でこんな凝ったものを食べる事なんてできない。

 当然だが、かさばる物は荷物となるため、手早く調理できて、保存が利き、軽量で小型なものが必然的に旅中の食料となる。

 そうすると、どうしても乾し肉や乾燥パンなどの粗末な食べ物になってしまうのは致し方ないだろう。

 皆はそれを当然だと思い、我慢して食べるのだ。

 そうした状況下で今回の我々の贅沢な食事。

 それを見た他の馬車の人間が大層羨ましがっていた・・・

 結局、いろいろな人に懇願されて、今回の旅程の最終日にハルが全員分の食事を作ることになってしまった。

 彼女曰く「その日なら次の日にはラフレスタに帰るため、食料備蓄の必要性が無くなるから」とのことだ。

 そうは言っても五十人分の食事をどうやって作るのだろうか。

 あの娘は将来食堂でも始めるつもりなのか?

 勿論、その方面の才能はあると思うし、本当に食堂を始めたのならば、俺も彼女の手料理を食べるために毎日でも通いたいなぁ・・・

 そんな、どうでも良い方向へ思考が移ったことに気付けないアクトであったりする。

 さて、そろそろ休憩を終えて鍛錬に戻ろうと考え、何気なく後ろの森を振り返った。

 それはほぼ偶然に近い所作であったが、何気なく視線を向けた先に森の間をゆっくりと進む人影が目に入ったのだ。

 その人物は灰色のローブに身を包み、足音を立てないように慎重に木々の中を進んでいた。

 月の光の関係で、相手がこちら側に気付く様子はなかったがアクトからはそれが誰だかすぐに解った。


(あれ? ハル? 何をやっているんだ?)


 アクトはそう思うものの、口にすることは無く彼女の行き先をじっと見守る。

 ハルは辺りを気にしながら更に森の深い所へと入って行くようであった。


(本当にひとりで何やっている? 危ないぞ)


 そう思ったアクトは腰を上げて彼女の後を追うことにした。

 ここでアクトがハルに声を掛ければ良かったものだが、夜中のこともあり、他の者を起こす可能性もあったため、彼女の無事だけを確認するためにゆっくりと慎重に彼女の後を追って森へと入ってしまう。




 森の中を十五分ほど進むと木々が少し開けた場所へ出る。

 ハルは周辺を確認し、そこで立ち止まりローブの懐より四本の小さい木片を取り出す。

 その木片には複雑な文様が刻まれており、魔法発動用の道具であることが解る。

 それを三メートル四方の地面へ挿してハルが魔力を注入と、すぐに魔法が発動した。

 木片から青白い光が一瞬漏れたかと思えば、四辺の木片同士が光の壁で結ばれ、四角い結界魔法が姿を現す。

 これは簡易式の視認阻害の結界であり、ハルを含めた四辺の領域が周辺の木々と同化して解らなくするためのものである。

 しかし、これを少し離れたところで彼女を観察しているアクトの眼には一般人のように視認を阻害されるような効果も無かった。

 魔力抵抗体質であるアクトには視認阻害の魔法が十分に発揮せず、少し霞かかったぐらいの感じで彼の眼にはまだハルの姿が映っていたのだ。

 そんな事を露とも知らないハルは視認阻害の結界が発動したことに安心したためか、フードを上げて自分の髪をブルンと振るう。

 その姿は月の光と魔法の霞がかかった光景とが相まり、青黒くて艶のある彼女の髪は芸術のように美しく宙を舞う。

 そのあまりの美しさに息を飲むアクト。

 その場に縫い付けられたように身動できなくなってしまう。

 いつもローブを深手に被っていたハルの髪を、アクトがまじまじと見たのは今回が初めてなのかも知れない。

 普段から彼女は美しいと思うアクトだが、改めて彼女の美しさに心が揺さぶられていた。

 そのように見られているとは露とも知らないハルは次の行動へ移る。

 ローブの中から新たな魔法袋を取り出し、そこから絨毯のような大きさの布を出す。

 それを地面に布き魔力を流すと、そこから箱のような物体がせり上がってきた。

 アクトはかつて洗濯機を作ったときの同じようなギミックを思い出して、あれが何かの魔道具であるとすぐに理解する。

 一体、彼女はここで何をしようとしているのだろうか。

 まさか、このような場所で新しい魔道具の実地試験でもやろうとしているのだろうか?

 発明好きのハルならば、あり得るかも知れない・・・

 そう思ってしまうアクトであったが、彼の予想は彼女の次の行動ですぐに否定された。

 それは、おもむろにハルが服を脱ぎ始めたからだ。

 灰色のローブをスルスルと脱いで、小さく畳むと魔法袋へ収納する。

 彼女は短衣と半ズボンの姿となり、細い手足が露わになる。

 アクトは眼を大きく見開きながらも、この時点で彼女がここで何をするかを、ようやく理解した。

 湯浴みである。

 昔、サラに聞いた事がある。

 女性は、皆、こっそりと夜に身体を洗うのだ。

 都市には女性専用の湯浴み場があり、そこで順番を決めて洗うらしいが、そんなものが整備されていない田舎や村では、誰も入ってこない森の奥で身体を洗う事もあると聞く。

 現在の状況がそれなのだろう。


 今すぐ立ち去るべき。


 アクトはそう思うものの、今動くとハルに気配を感じられてしまうのではと考えてしまう。

 彼女の尊厳を守るため、見ないようするには瞼を閉じれば良いのだが、それも後で思ったことであり、結局、このときのアクトはどうする事もできないまま、ただ状況だけが進んでいく。

 ハルは短衣を手早く脱ぎ、そして、下着だけの彼女の身体が露わになる。

 ほとんど日光に晒さない彼女の肌はきめ細かく、どこまでも白い肌だった。

 ふたつの豊かに育った彼女の双丘・・・普段のダボッとした彼女のローブ姿からは想像できない見事なスタイルを目にして、アクトは思わず息を呑んでしまう。

 そして、アクトはどこまでも彼女が美しいと思ってしまい・・・


「妖精か・・・女神・・・」


 無意識でそう小さく呟いてしまう。

 直後に自分でそれに気付いて、アクトは自分の口を手で蓋した。


(しまった!)


 そう思うも、その声がハルにも伝わり、彼女もハッして手で身体を隠し、周囲を警戒する。

 何度かアクトの居る方向にも視線を送るハルだが、結局、彼女の方から見ると暗闇になってしまうため、アクトに気付く事はできなかったようだ。

 そうして、何も発見できなかったハルの方が諦める形で終わる。

 ハルはもう一度結界を布いた木片に魔力を流すと、視認阻害の結界の魔力が高くなり、ついにアクトの魔力抵抗の力を以ってしても破ることができないぐらいの強力な結界になる。

 そうなるとハルの姿はもう視認できず、余程注意して見ないとその空間が少し歪んでいるようにしか見えない。

 こうして、ハルの下着姿はアクトの目の前から姿を完全に消してしまった。

 アクトは少し残念な気持ちと、多くの助かったという気持ちで硬直状態から解放されて、木を背にして肩の力を抜く。

 そして、十分に時間が経ち、ハルが湯浴み場へ入ったことを確信してから、アクトはゆっくりとこの場を去る事にした。

 

 

 

 アクトがハルの下着を目撃してから三十分後、アクトは前の居た岩場まで戻り、ボーッと月を眺めていた。

 今まではそれほど異性としてあまり意識せず接していたハルであったが、急に彼女の事を女性として意識するようになる。

 先程の彼女の半裸の姿がアクトの脳裏から離れない。

 アクトは過去のある事件を境に女性を本気で愛する事はない。

 これまで、多少親しい程度の付き合いは無くもなかったが、その程度であり深く愛するまでには発展していない。

 今回もそうなのかも知れない。

 彼女の姿に刺激されて、一時的に彼女に女性としての興味を覚えただけなのかも知れない。

 アクトの中でハルは尊敬すべき人物であり、美しく、聡明な人間だ。

 彼女は偉大な魔道具師として大成するだろうし、科学者としても大きな成功を収めるに違いない。

 彼女は帝国の宝となる人材だと思う。

 そんな麗人を俺なんかの戦闘バカが独占して言い訳が無い。

 今の俺は強くなることしか取柄がない。

 この先だってそうだろう。

 他のモノになんて・・・興味もない。

 そう自分に言い聞かせると、情欲が収まってくる。


(俺は戦いに生きる身だ・・・今は、まずあの白魔女に勝つ事だけを考えろ・・・そうだ・・・白魔女だったら、アイツだったら、俺と釣り合うかも知れないな・・・もし、彼女に勝てたのならアイツの面倒を見てやるものいいか・・・まあ、相手にも選ぶ権利があるし、普通自分を負かした相手なんて拒絶されるだけだと思うが・・・)


 アクトはそんな勝手な事を想像し、白魔女の事を考えていると、ハルに対する興味が抜けていくように感じられた。


「はぁ~、白魔女か・・・」


 そう思わず口に出すアクトだったが、それに応える人がいた。


「それで、白魔女がどうしたの?」


 アクトは慌てて声の方を振り返り、そして、そこにハルがいた。


「うわーーーッ!!!」


 思わず絶叫をあげてしまうアクト。

 

 

 

「本当に驚いた!」

「こっちこそ驚くわよ。あまりにも大きな声を挙げるから」

「急に暗がりから声を掛けられれば、誰だって驚くだろう」

「暗がりからって・・・アクトっていろいろブツブツ言っているんだもの。何か悩み事があるのかな? と思って声掛けただけじゃない。それに私だから良かったものの、もし、魔物だったらアナタ、終わりよ。こんな所で注意力散漫過ぎるわよ。ホントに・・・」


 ハル曰く、アクトは他にもいろいろと独り言を喋っていたらしい。

 一方、ハルはなかなか寝付けなかったので散歩をしていた、と言い訳していた。

 この件ついてアクトは深く詮索はせず、「そうか」と受け流している。

 ハルはその散歩の途中にブツブツと話声に気付き、近付いて見るとアクトが岩の上で月と会話しているのが目に入ったので、声を掛けただけのようであった。


「ほら、何か悩み事があるなら私に話してみなさいよ。私、こう見えてもそれなりに人生経験は豊富よ」


 そう言いアクトの隣に腰かけるハル。

 彼女から微かな香りがアクトに伝わり、先ほどの沐浴を連想してしまったが、頭を振ってそれを払拭する。


「べっ、別に悩みなんてないさ。それに人生経験豊富な人が馬車酔いなんてならないだろう」


 アクトは照れ隠しで彼女を茶化した。


「馬車酔いは特別なの。あれはノーカンよ」

「ノーカン?」

「考えるなって意味よ」

「どこの言葉なんだよ。まぁ・・・どうでもいいけど」

「そんな事よりも、悩み、悩み。早くおねーさんに吐いちゃいなさい。楽になるわよ」

「ハルってさぁ、楽しんでないか?それに俺と同じ年でおねーさんじゃないだろ」

「いいじゃない別に。悩み事は何かな?将来の事。それとも金銭面。あと恋愛かな?」


 やたらニヤニヤしてアクトの隣から突いて来る。

 ハルから漂う微かないい香りがアクトの鼻腔を擽った。

 アクトは三度頭を振り、脳裏に浮かんだ邪な考えを隅へと追いやる。

 そんなアクトの内面の苦悩を知ってか知らずか、何も構わずにハルはアクトに話かける。


「この交流授業が終わる頃って、私達は卒業の頃だよね。アクトはこの先どうするの?」


 人知れず煩悩を頭の隅に追いやることに成功したアクトは、彼女の問いかけを少し考えて、次のように答えた。


「そうだなあ・・・はっきりと決めている訳じゃないけど・・・このラフレスタに残ろうかな?って思ってもいるんだ」

「え? ラフレスタに残るの?」


 アクトは頷く。


「ああそうだ。俺、ラフレスタ警備隊の入隊試験を受けてみようかと思っているんだ」

「何で? 勿体ないわね。ラフレスタ高等騎士学校の筆頭で卒業すればアクトはエリート中のエリートじゃない。それこそ、帝都にある正規の騎士団にも楽々と入団できるんじゃないの。その方がお給金も良いし、貴族だったらいろんな意味で役に立つんじゃないのかな?」

「そうだな。損得だけで考えるのだったら、それが最も良い選択だろうし、元々そうするのが俺の夢の一部のつもりだった・・・だけど・・・」

「だけど?」

「俺はアイツに負けるのが嫌なんだ。このままだったら俺は一度も勝てない。このままでこの街を去りたくないんだ」


 アクトはそう言って強く手を握る。


「アイツって・・・」

「・・・白魔女さ」


 ハルをじっと見て答えるアクト。

 その瞳には力強さが宿っており、先ほどの、心ここに在らずのような雰囲気から一遍し、真剣に考えて答えている事がハルにも伝わる。


「白魔女さん・・・ねぇ」


 アクトの拘りに溜息交じりで応えるハル。


「ああ。アイツは凄いんだ。今まで出会った中で最強の魔術師だと断言できるが、単に魔法が強いだけの人間じゃない」

「・・・」

「奴はどんな屈強に陥っても諦めないし、最終的には何でもひとりでやって、すべてを解決しようとする強い意志もあるし、それに高潔なんだよ」

「高潔?」

「そうだんだ。アイツは『自分の信条は殺さず』と言っていた。そして、アイツはそれを実践しているのを俺はよく知っている。殺人を全くしない活動家なんて夢物語だと思っていたけど、アイツはそれを有言実行しているんだぜ。これは凄い事だと思わないか?」

「凄い事・・・ねぇ・・・」


 少し呆れた感じで受け答えするハル。


「アクトってさぁ。実はその白魔女って娘に恋しているんじゃないの? 異常なほどに執着しているわよ」

「えっ!?」


 ハルの指摘が意外だったのか、変な声を上げてしまうアクト。

 そんなアクトを後目にハルは矢継ぎ早に言葉を続ける。


「それにさぁ。そんなアクトが夢中になっている『白魔女さん』って、本当にずーっとラフレスタに居てくれるのかな? 彼女は何処の誰だか解らない正体不明の存在なんでしょ? 今はいいけど、しばらくして自分の立場が悪くなったら、どこかに雲隠れしてしまうんじゃないの? ラフレスタから出ている事だってあるかも知れないし」

「それは・・・」


 ハルの問いかけに答えを窮すアクト。


「私が言いたいのは、そんな一過性の想いだけでアクトの人生を棒に振るな、って事よ」

「・・・」

「アクトはさぁ・・・」

「いや、違う!」


 ハルの言葉をアクト遮る。


「アイツは・・・白魔女は『俺とまた勝負してくれる』と言ってくれたんだ。絶対に次こそ俺はアイツに勝たなければならないんだ」


 アクトは強い口調で自分の願望を口にするが、ハルはこの駄々をこねる大きな子供を、どうしたものかと考えてしまう。


「まったく。アクトは頑固な子供みたいね・・・」


 ため息交じりに愚痴をこぼす。


「それじゃあ聞くけど、アクトが『白魔女さん』に勝ったとしましょう。その先はどうするの?」

「それは・・・」


 再び答えに窮すアクト。

 アクトは白魔女に勝つ事と、その手段については普段からいろいろと考えを巡らせていたが、自分が勝った後の事まで全く考えが及んでいなかったからだ。

 この時、ハルに指摘が適確だったのを後になって認めるアクトであったが、今は「自分が何も考えていなかった」のを相手に暴露されるのがとても悔しかった。

 悔しかったので、思わずこんな事を答えてしまうのだった。


「俺は・・・彼女を更生させる」

「は? はぁ? 更生!?」


 アクトの意外な答えに素っ頓狂な声を上げるハル。


「そう、そうだ。更生だよ、更生」


 しかし、アクトは自分が苦し紛れに出した答えが名案だと思い、自信満々になった。


「白魔女は『殺さず』と言っても、いろいろな人や社会秩序に迷惑をかけているのは間違いない事実だ。それを償わせるんだ」

「償わせるってどうやって? 白魔女を裸にして、市中ひき回しの刑にでもするつもり?」


 ハルが想像したのは時々罪人がやられるような、全身に荒縄を巻かれた状態で馬につながれて市中をひき回される刑だった。

 それも裸で・・・

 自分だったら絶対にやられたくない。

 すごく嫌そうな顔になるが、その様子を見たアクトもハルが何を想像したのかを大凡検討がつく。


「おいおい、ハル。誰がそんなひどい仕打ちを白魔女に・・・と言うか、俺は女性にそんな酷い事を強要しないぞ」


 アクトは慌てて否定する。


「私だったらそんな晒し者になるのなんて絶対に嫌よ。舌噛んで死ぬわ!」

「だから、そんな事はしないって言っているだろ。白魔女には暴力だけで現状を打開するような手段は駄目だって事を悟らせたいんだ」

「悟らせるって、どうやって?」


 アクトのあまりに壮大な言動について行けず、思わず突っ込みを入れるハル。


「どうやってって・・・今は・・・解らない」


 真顔で応えるアクトにハルは更に呆れる。


「解らないって、呆れた物言いね。なんのつもりなのよ!」

「どうやれば正解になるかって、そんなの俺だってすぐに解る訳がないだろう。どうすれば白魔女の罪を償えるか。アイツに正しい心を持ってもらうのかは白魔女と一緒に考えるさ。実際に彼女が何を思い、何を信じて戦っているのかも謎だし。ホントに謎だらけのなんだよ、アイツは。だから、先ずは俺が彼女を理解しなきゃならないと思うんだ」


 そう清々しく答えるアクト。

 そんなアクトをハルは、なんて自分勝手な考え方をしているんだろうと思う。

 この人は自分の考えだけが正しいと思い込んでいるのだろうか?

 白魔女が何に悩み、何を目的に月光の狼に協力しているかなんて、何も解らないくせに・・・

 そう考えると、呆れを通り越して、急に腹が立ってくるハル。

 内心で怒りを溜めているハルに構うこと無く、アクトは自分の考えを更に述べた。


「アイツを理解するため第一歩は・・・そうだなぁ・・・先ずは俺の前であの仮面を外してもらう事だ。互いに隠し事を無しにするのが信頼の第一歩だし」


 なんて自分勝手な言い分。

 この人はストーカー気質なんじゃないとか思うハル。


「そんなこと・・・・」


 ・・・できる訳ないじゃない!と怒りのあまり答えそうになったハルだが、それは寸でのところで未遂に終わる。

 

バキッ!

 

 唐突に何者かの枯れ木を踏む音が聞こえて、アクトとハルは突然の物音にびっくりして、完全に虚を突かれた。

 今の時間に人なんて来る筈がないと思い込んでいたふたりだったので、いろいろと遠慮のない話をしていたからだ。

 いい意味でも悪い意味でも彼らだけだった世界に、今、侵入者が現れた。

 慌てふためき、思わず互いに身を寄せ合ってしまうが、その所作に気付かないアクトとハル。

 彼らはそれよりも音のした方へ振り返る方が先決であった。

 それに対する侵入者は・・・とてもバツの悪そうな顔で立ち竦んでいた。

 

「あ・・・いや、悪かった。驚かしちまったな」

 

 そこには頭をポリポリと掻いたセリウスと、それにピタリと寄り添う細身な女性の姿があった。


「セリウス! こんなところで何をやっているんだ?」


 それは恥ずかしさからか、怒りからか解らない感覚であったが、アクトは強い口調で抗議の声を挙げる。


「何をやっているんだ、って言われもなあぁ。お前たちと同じ事だろうよ。野暮なことを聞くなよ」


 月明かりが差し込み、セリウスに寄り添う女性の姿が露わになる。

 それはハルと同じように灰色のローブに身を包んだ女性・・・クラリスであった。

 彼女はその華奢な半身をセリウスに密着させ、その表情は今まで誰にも見せたことがないぐらいに蕩けていた。

 艶姿とも言えるその姿に絶句してしまうハルとアクト。


「いや、俺達は別に・・・」

「ああいいって事よ。別にお前達の事は誰にも喋らないから続けていろよ。俺達は別のところに行くから」

「あ・・・」


 今のセリウスの言葉で、今更ながら自分がハルに抱きついている事実に気付くアクト。

 人の気配に驚いたとき、思わず彼女を引き寄せてしまったのか、それとも彼女の方から抱き着いて来たのか。

 ハルを見ると薄暗い月明かりの中、彼女の顔が真赤に染まっているのが解った。

 これは違う・・・事故なんだ、とセリウスに言い訳をしようとしたが、既に彼らはアクト達から背を向け、去って行くところであり、弁明する機会を失ってしまった。

 そして、アクトとハルのふたりだけが残されてしまうが、ここで、アクトの脳裏には先程まで静まっていたハルへの熱い感情が呼び戻されて支配されていく。

 ハルに触れたい・・・その唇が欲しい。

 その心の衝動に従って顔を近付けるアクト。

 アクトはハルを、ハルはアクトをじっと直視し・・・互いの距離が近付いていく。

 互いの鼓動が高まり合う中、アクトは唐突にデジャビュを感じた。

 前もあったこの感覚・・・そうだ、白魔女とも抱き合った事があった。

 ハルと抱き合いながらも別の女性の事を考えるなんて、本来の彼であれは最も嫌うべき背信行為だったが、何故かアクト中では、今回の事と白魔女を抱いた事が重なっていた。

 それが何を意味するのかは今の彼に解らなかったが、そんな事を脳裏から追いやり、この状況のハルだけに集中しようとする。

 そして、あと唇まで数センチとなったところで・・・アクトは気付いてしまった。

 ハルが小刻みに震えていた事を。


 ・・・

 ・・・

 ・・・


 アクトの頭が急に冷えていく。

 現在の行動は本当に正しい事なのか?

 本当にふたりが望んでやっている事なのだろうか?

 一時的な感情に支配されているだけじゃないか?

 ハルは・・・ハルは本当に自分の事を受け入れてくれるのだろうか?

 納得した上での行為なのか?

 短い沈黙の後、目を閉じて小刻みに震えている彼女を見たアクトは・・・


「・・・ハル。ごめんな」


 そう言って抱擁を解く。

 それはこの場の行為を彼女の本心が望んでいる訳ではない、と結論に至ったが故のアクトの行動であった。

 ハルはこのときアクトが何故、自分に謝ったのか、何故、キスしてくれなかったのか、初めは理解ができなかった。

 しかし、彼の抱擁が解かれて初めて、自分が震えていた事に気が付く。

 心の表面ではアクトの求めに応じ、そして、心の奥底ではアクトを拒絶していた事実を・・・

 そのことを、ようやくハルも自認してしまったのだ。

 それはハルにも今、解ったことだったが、アクトはハルのその深いところに、正しく気付いてくれたのだ。

 そう思うとハルは、アクトに・・・自分を受け入れようとしてくれて、そして、優しく接してくれた彼に対して、心の奥底で拒絶していた自分が・・・本当に申し訳ないという気持ちになってしまう。

 先程は白魔女関係のやり取りですごく腹を立てた筈なのに、こうして彼に求められるとそれに甘えようとしてしまう自分の心。

 その上で、心の深い部分では彼を拒絶した自分に・・・とても、とても嫌気が指した。


「アクト・・・アクトは悪くないよ。でも・・・ごめんね」


 そう言いハルは気丈に少し笑うが、アクトにはその笑顔がかわいそうに映った。

 情に流されてアクトは再び彼女を抱きたくなったが、それをぐっと堪える。

 ふたりは無言のまま、並んで座り、夜空に浮かんだ月を静かに見上げた。

 どれほど時間が経ったのかは解らなかったが・・・

 やがてハルが立ち上がり、「もう寝ましょう」とアクトに微笑みかけた。

 その笑顔を見たアクトはハルとの信頼関係はまだ崩れていないと悟る。

 一過性の想いで彼女と一線を越えなくてよかった。

 彼女は友達、とても信頼できる友人。

 これが、ふたりにとって最も良い選択なのだろう。

 そう自分に言い聞かせる事で、アクトは今の状況を、自分の気持ちを、納得させようとした。

 アクトはそう考えて、微笑みでハルに応えて、「ああ」と短く返事する。

 こうしてふたりは月光の降り注ぐ岩場を後にし、自分たちの宿営地に戻るが、ふたりの手は・・・・・・決して繋がれる事は無かった。

 


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