第二話 次の課題へ
魔法の飛び交う一室で緊張感漂う声が響き渡る。
「フィッシャー、カント、ユヨーさん、今だ!」
インディの呼びかけに応じた三人は予め申し合わせていたとおり、結界の魔法を起動した。
三人がかりの複雑な魔法陣を展開して魔力を注入し、そして数刻後には白い半透明の壁が彼ら三人の前に現れる。
無事に結界が起動できた事を確認したインディは早々に次の行動へと移った。
あの結界は彼ら施術者三人にとっては過酷な代物であり、維持するのも一分間が限界だったらだ。
エリザベスやローリアンといった大出力型の魔術師が居ない今となってはとにかく速攻あるのみ。
インディは己にそう鼓舞して、渾身代の雷魔法を敵である人工精霊に叩き込む。
素早い呪文の詠唱で彼の左手から放たれた魔法の雷は人工精霊を直撃した。
魔法の雷を受けた人工精霊はいつものようにその魔法を吸収し、インディ目掛けて反射しようとするが、インディは素早く移動して、先に展開されていた結界の後ろに回り込む。
人工精霊から放たれた魔法はインディに向かい一直線で伸びるが、その前方に位置する結界の白い壁に阻まれて、雷魔法は結界障壁に激突する。
「ここが正念場だ。頑張れ!」
インディの鼓舞が結界を維持する三人にも伝わり、更なる魔力を結界に注ぐ。
この様子を少し離れたところで見ていたグリーナ学長は「そろそろ結果が出せそうね」とその後を予想し、幾つかある人工精霊の倒し方のひとつに生徒達がたどり着こうしていることに微笑みを浮かべる。
グリーナの予想どおり、生徒達の展開した魔法反射の結界は無事に機能を果たし、人工精霊から放たれた雷魔法を反射し、再び人工精霊に向かって雷が飛んでいく。
人工精霊はその雷魔法を避けようともせず、初めにインディが放った場所とほぼ同じポイントに命中した。
白く半透明だった人工精霊の表面が今度は赤色に変わるものの、機械的に再び吸収した雷魔法を反射して、再度インディ達に撃ち返してくる。
それを見たインディは「もう一度だ」と大きな声で叫び、その意図を理解したフィッシャー、カント、ユヨーはさらに気合を入れて相手の魔法が自分たちの結界に接触するタイミングを待つ。
彼らの予想に違わず魔法の雷は白い結界に再び直撃し、その衝撃に耐えるために強力な魔力を注ぐ三人の顔に歪みが浮かぶ。
魔力をギリギリまで使っていたユヨーの疲労が最も大きかったが、彼女もここが踏ん張り所として負けじと堪えた。
もし、ここで諦めてしまえば、負けてしまう。
負けてしまうと、また初めからやり直しになる。
そうすると、また苦痛に耐えなくてはならない。
それだけは避けたかった。
もう終わりにしたかったのだ。
その一心で彼女がこれまでの人生で見せたことない踏ん張りを、この瞬間に発揮させていた。
そんなユヨーの願いが通じたのか、結界と雷魔法の拮抗が破れて結界のパワーが勝り、魔法の雷を再び跳ね返す事に成功する。
そして、その跳ね返った先には三度同じ場所に魔法の雷が当たる人工精霊。
その表面は既に赤かったが、雷魔法をくらった直後、赤から茶色へと変わり、その数舜後は遂に人工精霊の反射壁の自己修復が間に合わず、表面が出力に耐えきれなくなる。
パキーーーーーンと、ガラスの割れるような甲高い音が周囲に響き渡る。
それが魔法反射防御壁の崩壊した音だと認識したインディは続けざまに指示を出す。
「今だ! セリウス、クラリスさん!」
「応」
それまで、人工精霊の左右にひっそりと息を潜めていたふたりが気合と伴に飛び出した。
魔法を発動させたクラリスの手から飛び出した白銀の魔法がセリウスの剣に纏わりつき、剣が白銀の輝きを増す。
こうする事で彼の長剣に魔力が付与され、物理攻撃の通じない相手にもダメージを与える事ができるし、魔法を反射する防壁も今は無いので、力は通る筈だ。
セリウスはその力を信じて、飛び上がって人工精霊の胸の部分にある白い核に向かい剣を突き立てた。
「ハアーーーッ!」
豪快な剣が核を突き刺し、その直後に人工精霊の内部に神経の様に張り巡らされていた白い網目状の模様が全て赤く染まった。
「とどめよ!!」
そう言うとクラリスは魔力の宿った拳が無防備となった人工精霊を叩きつける。
彼女の拳から放たれた魔力の波動は人工精霊の中を駆け巡り、その内部をズタズタにしていった。
人工精霊には感情が無いために苦悶の表情を見せる事は無かったが、それでも内部崩壊していく様子が半透明の身体が故に良く観察できた。
やがて、魔法的にも自分の存在を維持する事が叶わなくなり、人工精霊は大きく仰向けに倒れ、そして、身体は霧散し、やがて空間に身体が溶けるように消えて無くなってしまった・・・
「やったか?」
セリウスは事実確認を誰かに求め、インディがそれに答えた。
「ああ。俺たちは、勝ったんだ!」
インディの言葉でようやくその事実を認識できた生徒達全員は歓喜の声を挙げる。
「やったぁーー!! 勝てたぞ!」
「わーーっ!!!!」
歓声を上げる生徒もいたが、ホッとする生徒もいた。
クタクタのユヨーは緊張の糸が切れて、ヘナヘナと地面に座り込んでしまったが、それでも魔力切れで気絶する事は無く、何とか勝利の余韻に浸る事ができた。
こうして、選抜生徒達の一ヶ月に及ぶ激闘が終了し、人工精霊攻略の授業が終わりを迎えた瞬間であった。
生徒達に拍手で賛辞を贈るグリーナ学長。
よく頑張った、という思いが半分と、自分が当初考えていた見積りどおりの期間で倒してくれたという安心感、両方の感情が彼女の心の中には存在していた。
今日、もしくは、明日までに人工精霊を倒すことができないようなら、この授業を中断しようとグリーナは考えていたからだ。
中断の判断をする前に生徒達が自分達の力で倒す事ができて、本当によかったと思っていた。
ここで得られた創意工夫や仲間意識、成功体験はこの次の課題、そして、その先の生徒達の人生へ大きな力になってくれると考えていたからだ。
「はい。皆さんご苦労様でした。無事に人工精霊を倒せましたね」
生徒達に労いの言葉をかけるグリーナ。
「グリーナ学長、ありがとうございます。そして、今回は貴重な経験をさせて貰った事に感謝します」
真っ先に応えたのはインディだった。
「インディさん、貴方も良く頑張ったわ。皆をまとめる役割はとても得難い経験よ。この経験を活かしてくださいね」
そう微笑みかける。
「他のみなさんも今回の授業で何を学べたかしら?」
そう生徒達に問いかけるグリーナ学長。
「皆と協力する事の大切さを学びました」
「相手の弱点を皆で相談する。これは重要だったわね」
「魔法しか通じない相手への戦い方だな。魔法付与の重要性を改めて認識できた」
「協力魔法もすごく可能性を感じたさ。ひとりじゃ五秒と持続できないのも協力すれば三人で六十秒ぐらい維持できちゃうんだもんなぁ」
「はじめは、エリザベスさんとローリアンさんが参加できなくなって、どうなってしまうのか心配しましたけど、私も諦めずに最後まで戦う事ができました、これでひとつ成長できた気がします」
順にカント、クラリス、セリウス、フィッシャー、ユヨーの言葉である。
「私の言うとおり、エリザベスさんとローリアンさんが居なくても関係なかったでしょ。勿論、あのふたりが居た方が幾分と楽になったことも否めませんが、それでもあの時、私は『この課題を克服するには必ずしも強力な魔法は必要ない』と言いましたよね。今ならその意味が皆さんも解ったと思うわ」
グリーナの言葉に皆も納得する。
「そう。まずは相手の観察。弱点を見つける事。皆で協力する事。創意工夫で困難に立ち向かう事。これが今回の授業の目的でした。そして、今回の人工精霊の弱点は皆さんも既に解っているとおり、魔法反射防壁の能力が有限な事です。これに気がついて『再反射』という手法で立ち向かった皆さんの行動は正解でしたね。よって、この授業は全員、合格となります。おめでとう」
グリーナ学長に改めて褒められた事で生徒たちの顔も綻ぶ。
この場で敢えて口にすることは無かったが、このときのグリーナ学長はアクトとハルの事を思い出していた。
彼と彼女はほぼ力技でこの人工精霊を倒してしまったのだ。
勿論、それはいけないと言う訳ではなく、むしろ賛辞してもしきれないぐらいの快挙である。
あの時、ハルは一目見てこの人工精霊の弱点を看破していたし、ハルの魔法一撃で人工精霊を沈められなかったとき、アクトが直ぐにフォローに回った判断力も素晴らしかった。
結局、ハルとアクトは観察力・判断力・ふたりで協力する事・即断力・創意工夫(ハルが放った原理不明の秘密の魔法、アクトの魔力抵抗体質など・・・)は全て満点に近かったのだ。
既にあのふたりはこの授業の必要がなく、また、この授業に無理やり参加させたとしても、他の生徒の成長の妨げになる事が明白であった。
故に、ふたりを早々に分離し、残された子達でこの課題に臨んだが、それが実を結ぶ結果となった事は教育者として誇らしげに思うグリーナ学長だった。
それにハルとアクトは研究発表という形で多大な成果を出せているし、合同授業の成果としては良い事尽くめだ。
グリーナ学長はそんな感傷に浸っていることを顔の一分にも出さず、淡々と次の課題授業を生徒達に伝える。
「それでは皆さん、次の授業を連絡します。突然ですが、明後日から一週間ほど街を出て貰いますので準備をよろしくお願いしますね」
突然の発表に固まる生徒達・・・
「へ?」
と言うユヨーの素っ頓狂な言葉だけが空しく人工精霊が居なくなったこの広い空間に響くのであった・・・