第十五話 ロイ隊長の日記3(ロイ隊長、男はつらい)
帝国歴一○二二年 六月十二日
俺はこの街の第二警備隊隊長ロイだ。
今日の事を忘れないよう日記に書き残しておく。
それは午後の出来事だ。
俺の上司たる警備総隊長アドラント様から出頭命令が下った。
きっと先日のアクト達の件だろう。
俺の処分が決まったと言うことだ。
アクトには恨みごとを言ってもしようがないが、遂に俺はクビを言い渡されるかも知れねえ。
参ったな・・・と思う。
それにしてもあのアドラント様のところに行くのは気が進まねえ。
俺は正直、アドラント様が苦手だ。
彼は俺をランガス村から拾てくれた恩人でもあるが、貴族のいろいろなしきたりにも煩く、俺はできるだけ奴の前には顔を出したくねぇと思っていたのは常日頃だ。
奴は俺の顔を見るたびに「品がない」とか、「不真面目だ」とか嫌味しか言わねえ。
これだから、貴族育ちの坊ちゃんは嫌いなんだ。
そう心に思いながらも口には一切出さないようにして警備隊の本部へ出頭する俺。
アドラント様は俺を見つけるなり、血相変えてやってきやがった。
「ロイ隊長! 何をやっている。遅いぞ! 領主様に呼ばれているんだ。すぐ行くぞ!」
「えっ!? 俺がですか?」
「そうだ。ラフレスタ伯爵様がお呼びだ。いいか。お前は何言われても平謝りするんだ。それしかお前を庇いきれん」
アドラント様は綺麗に揃えた髪をかき上げて俺にそう告げた。
何なんだよ!? 俺は領主様自ら裁かれるのか!?
終わったな、俺・・・
そう落胆して、アドラント総隊長に伴ってもらい、俺は領主様の城にやって来た。
初めて入る領主様の城の中は豪華絢爛だったが、それを楽しむ心の余裕は俺に無い。
俺にどんな罰が下されるのか。
減給ぐらいならまだいいが、職をはく奪されてランガス村に帰されるのか。
そうなれば、妻や娘になんて言えばいいんだ。
そんな不安が頭の中をグルグル回っていたが、気が付けば領主の間へ通され、俺とアドラント様は跪いていた。
「こ、この度は大変な失態をしてしまい、誠に申し訳ございません。ロイ隊長の失敗は私の責任です。私に免じてどうか彼の罪を軽くして頂きたく、拙に、拙にお願いいたします」
そう懇願するアドラント警備隊総隊長に俺は一体何を言ってんだと困惑する。
アドラント様が必死に俺の事を守ろうとしていたのが意外だった。
きっと、貴族だから、いろいろ言い訳して、全部俺のせいにすると思っていたのに・・・俺も人を見る目が無かったようだぜ。
そんな困惑した俺の事を全く気にすること無く、必死に頭を下げるアドラント総隊長。
その姿に困惑したのは俺だけじゃなく、ラフレスタ伯もキョトンとしていた。
「ちょっと、アドラントちゃん、何をやってんの? バカじゃない? 私が君と第二部隊の隊長を呼んだのは、謝って欲しいからじゃないわよ」
な!なんだ? この領主!? 顔や身体つきは滅茶苦茶オッサン臭いのに、言葉使いが・・・女言葉・・・気持ち悪う。
「ハ、それでは今回のロイの件はお咎めされるのではないと」
ガバッとバネ仕掛けの人形のように立ち上がったアドラント総隊長。
「違うわよ。私はそんな細かい事を気にしていないわよ。領主たるものもっと大きな視点で物事を考えないといけないわん」
「ハッ、流石は誉れ高き我が領主様です。このアドラント・スクレイパー、感服いたしました」
忠義を見せるアドラント総隊長だった。
「ふふ、そんなに褒めても何もでないわよん」
正直助かったと思うが、それと同時に、この領主について行ってもいいんだろうか?と俺は激しい不安を抱く。
「私が貴方達を呼んだのは別の理由よ、別の」
「別のと言われますと?」
「アドラントちゃんと、第二部隊の・・・えっと、貴方誰だったっけ・・・思い出せないけど、まあいいわ。私が言いたいのは『月光の狼』の事よ」
「彼奴ら!」
「そうよ。アドラントちゃん。このまま『月光の狼』や『白魔女』に、このラフレスタを良いようにのさばらせておいては、私のプライドが許さないのよねん」
そう言うと自慢の髭に手をやるラスレスタ伯。
彼の薄くなりはじめた頭頂部や白髪の混じる髭を見ると滅茶苦茶オッサンなのだが、口調が・・・特徴的過ぎる。
「そこで私は決断したの。この件は、それ専門の傭兵を雇う事にしたわ」
「傭兵ですか?」
アドラントは驚きを顔に浮かべる。
街の警備や治安維持は警備隊の仕事。
それを傭兵に頼るなんて警備隊の矜持が失墜したのも必至。
こんな情けない事があってたまるものか。
「まぁ、そんな顔しないでよ、アドラントちゃん。今回は私の友達から凄腕のエースを紹介してもらったのよ。『獅子の尾傭兵団』って聞いた事あるでしょ」
「っ!! 獅子の尾!」
アドラント総隊長も驚くが、その時、たぶん俺も同じ顔をしていたのだろう。
そのパクパクした顔が、ラフレスタ伯にはうけたみたいだ。
「アハハ、なんて顔しているのよ。面白すぎでしょ。でも驚いたみたいね」
「はい、驚きました。最近よく噂に聞く傭兵団。ウチの件をよく引き受けてもらえましたね」
「そうなのよ。彼らは帝国の東部で大きな活躍を見せているわよね。でも、私の友達の伝手で上手く仕事を引き受けて貰えたわ」
そう『獅子の尾』は最近エストリア帝国の東部で活躍が目立つ傭兵団だった。
実力のある傭兵団は金銭的な話もそうだが、依頼する事自体が大変であり、特に帝国の東部に本拠地を持つ彼らを、帝国の西部にあるラフレスタまで来てもらうのは、地理的にもひと苦労なのだ。
彼らは現在、帝国でも一二を争う実力との噂もあるため、報酬金も相当なものだろうと予想がつく。
まぁ、それを払うのもこの口調が女のような領主だがな。
「来月には先行部隊が来てくれるわよん。情報交換として、彼ら先行部隊をうちの警備隊の第二部隊に従属させるからよろしくね。えーっと、なんて言ったっけ・・・う~ん、そうそう思い出したわ、ロイ隊長だったわよねん。話はそれだけなの。解ったのなら、じゃあもう帰っていいわよん」
領主様はそうして自分の言いたい事だけを伝えると、目的は果たしたと俺達は領主の間から手早く追い出されてしまった。
まあ、俺としてもこんなオカマのような人間と同室にいるのも嫌だったから、ちょうど良かったが・・・
解雇を言い渡されるのかと不安を抱いていた俺だったが、なんだかちょっと調子が狂う結果になっちまった。
そうして俺は帰路につき、今に至るわけだ。
結果的に俺やアドラント総隊長に処分は無きに等しかったので、嬉しい限りなのだが、なんだろうこの釈然としない不安な気持ちは・・・
獅子の尾傭兵団は確かに最近多くの実績を残しているらしいが、素行の悪い連中だとの噂もある。
何か嫌な事が起りそうな気がするが、未来の事は誰にも解らねえな。
とりあえず俺の思い過ごしならいいが、この直観的に感じた不安を忘れないよう、この日記に書き残しておこうと思う。
未来の俺よ、いつか必ずこれを読み返してくれ。
俺の勘が当たらない事を願っているぞ。