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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第三章 交流授業
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第十四話 研究発表

 今日、アストロ魔法女学院の重厚で広い会議室には多数の人が集まっていた。

 この会議室は学院の研究棟のほぼ中央に位置しており、物理的・魔法的な意味で可能な限り外界と情報が遮断できる部屋でもある。

 アストロが誇る機密性の高いこの会議室で一体何が行われるかと言うと、月に一度の魔法研究発表会が開催されるのだ。

 今回の発表の題目はハルとアクトが共同で開発した魔道具に関する成果発表なのである。

 通常の学生が行う研究発表会では、これほど厳重な場所で発表されることはまず無いのだが、ハルはいろいろな意味でとんでもない物を作る存在であり、学院側も様々な可能性を考察した結果、この会議室を使うことを決意したのだ。

 この研究発表の聞き手には四つの集団がいた。

 まず、はじめはグリーナ学長やヘレラ教頭を始めとしたアストロの首脳陣。

 この研究施設で日夜研究に励む生徒達や研究員達を評価する立場にある彼女達は、この学院で行われる研究発表会として常連の存在である。

 これに加えて、今回に限り参加が許されたのは普段招かれることはない三つの集団である。

 ひとつ目の集団はゲンプ校長やアクトの担任であるリンクナット教諭を初めとしたラフレスタ高等騎士学校の教師陣である。

 今回の研究発表がアロスト魔法女学院生とラスレスタ高等騎士学校生の共同である事がその理由であり、今年から新しく始まった交流授業としても、その成果を検証する材料として、この研究発表というものは成果として解りやすいのだ。

 アクトとハルが共同研究を始めたのは半ば偶然だったが、結果として、ある意味今回の交流授業の目玉のようなイベントになっていた。

 そんな背景からラフレスタ高等騎士学校教師陣の参加は当然の計らいである。

 次に参加を許された集団はインディ、セリウス、フィッシャー、カント、クラリス、ユヨーの六名の選抜学生達。

 交流授業の当事者であり、一見して参加は当たり前のようにも思えるが、実はこれも異例な事である。

 アストロ魔法女学院の研究発表は発表の公平性や機密を守る観点から非公開が原則だ。

 魔法は未だに創意工夫・独創性の余地が大いにある学問であり、新たに発明された技術は、その後に大きな利益を生む場合もある。

 その時、誰が、その元になるアイデアを考案したかで係争になる事が多々あり、新規性のある研究発表は原則非公開で行われるのが通例であった。

 しかし、今回の発表に関してはハルとアクトがその権利を既に放棄している事と、交流授業という特殊性から公開する運びとなった。

 そんな同級生の中にエリザベスとローリアンの顔はない。

 彼女達はまだ学業を休んでおり、彼女達がいないおかげで、ハルを批判しようとする雰囲気があまり生まれなかったのもある意味で幸運あったりする。

 余談になるが、発表当事者のハルとアクトよりも、この発表を聞く側である同級生達の方が雰囲気にのまれて緊張していたりする。

 そして、最後に参加を認められた集団と言うか、個人として、ライオネル・エリオスことエリオス商会の会長が招かれていた。

 彼は既にハルと個人的な専属契約を結んでいる商人であり、彼女が開発した魔道具を商用化するにあたって優先的な交渉権を持っていた。

 その上、ハルの魔道具で莫大の利益を得たライオネルはハルの所属するアストロ魔法女学院に対しても決して安くない額の寄付を行っていた。

 彼の寄付のお陰で、学院生の実習授業で使う魔法素材はほぼ無償に近い形で提供されるなど、学院への貢献度も大きいのだ。

 そして、今回はハルが発表すると言う事もあり、グリーナ学長の計らいで特別に参加する運びとなっていた。


「今日はどんな発表があるのか楽しみですよ」と彼が語るように、ハルの研究発表は常に興味津々である。


 そして、そんな大勢の人の期待と注目を集めていた発表者は、機は熟したとして会場へと入ってくる。

 先頭からハル、アクト、エリーの順で入場し、特にハルとアクトは緊張した様子もなく普段どおりの表情。

 これを見たゲンプ校長は「良い面構えだ」と賞賛する。

 ゲンプ校長は「人間は平常心でいる時が最も能力を発揮できる状態にある」と言うことを身を以って経験していた。

 言うのは簡単な事だが、人間はいつどんな時でも平常心を保てる訳はなく、特にこのように全員から異様な注目が集まる中で平常心を保つことは大変な事なのだ。

 そして、アクトとハルはこれを熟している。

 若くしては成せるのは大変な胆力が必要であることをゲンプ校長は正しく理解していた。

 ゲンプ自身も若かれし或る日、帝国の内覧会で緊張のあまり大失敗してしまった事を思い出す。

 その時の自分よりも今日のアクトとハルの方がまだ若い。

 若いのにたいした者だと彼らを素直に評していた。

 そんな注目の集まる主役が自分の席に着いたところで研究発表会が始まりとなる。


「それでは、ハルさんとアクトさん。そして、補助のエリーさんによって研究開発を進めている新しい魔道具に関する研究発表会を行います」


 グリーナ学長から研究発表開始が告げられる。

 それを合図に、まず、ハルが口を開く。


「それでは、研究成果を発表させて頂きます。講演は私ハルが行い、実演はアクト同志。補助はエリー同志が行います」


 ハルは普段滅多に使わない『同志』という呼称を使って相手を紹介した。

 これは魔法技術会の古くからの習わしであり、同じ研究に携わる者は同格として扱う事を是としていることに由来している。

 今回のハルもその風習に従った形だ。

 そんな約束された口調のハルから、今回の研究テーマが告げられた。


「我々の研究テーマですが、それは『洗濯』です」


 はぁ?っと、ハルの研究テーマを予め知らされていなかった人にざわつきが起る。

 衣類を洗濯する魔法は発明されて以来数百年が経ち、既に完成された魔法という認識が皆にあり、何をいまさらと思ったからだ。

 その様子を予想してか、ハルは補足説明を行った。


「皆さんがお分かりのように『洗濯』という魔法は既に存在しています」


 ハルのその台詞が合図とばかりにアクトは汚れたハンカチを取り出して空中に放り投げる。

 ハルが小さい声で魔法を唱えると、魔法の水の塊が現れて、空中でハンカチを包みこみ、回転が始まった。

 やがてしばらくすると水の塊が霧散し、汚れの無くなった白いハンカチだけが残る。

 ハンカチはゆっくりと空中を漂い、そして、アクトの手へと戻った。


「この『洗濯』の魔法は、汚れを落とす事には有効ですが、皆さんご存知のように洗濯の力の加減が利かないため、このように生地を傷めてしまいます」


 ハルの解説に合わせて、アクトはハンカチの上の部分を掴んで、表、裏と人々に見せた。

 上品な白いハンカチは所々で糸の解れが目立ち、傷んでいるのが解る。

 このような結果になるのはこの世界で当前の事である。

 『洗濯』の魔法は汚れを落とすことはできてもその力が強力過ぎて、生地を傷めてしまうため、緊急時以外は使えない魔法として有名だった。


「こうならないために、急に迫られていない限り、洗濯には魔法を使わないのが今までの通例です」


 その言葉に何人かの傍聴者が頷く。

 この人達は急に迫られて、洗濯の魔法を使った事があったのだろう。


「しかし、魔法を使わないとなると、人力で洗濯する必要があり、ご存知のように大変な労力が必要です。特に一般家庭の女性は食事と洗濯が大きな仕事であり、これに費やす時間は多大なものがあります」


 ハルはそう言うと、水晶に魔力を流して映像を投影する。

 映像には汗水垂らして洗濯する女性の姿と、洗濯作業が一日に占める割合の円グラフが示されており、この労働がどれほど時間を費やしているかを如実に示していた。


「この作業から世の女性を解放する手段はないか?そのような観点から、今回の研究を始めました」


 そう言うとハルは腕を振って、予め仕込んでいた転移魔法を起動する。

 そうするとアクトとハルの間の空間が光に包まれ、やがて人の高さ半分程度の大きさの箱が現れた。

 外観が赤色に着色された金属製の箱のような物体だが、上部には蓋があり、さらに操作をする為か、様々な釦の様な物が見える。


「先に結論からお話しますが、これが我々の開発した衣類専用洗濯魔法機械式の魔道具。長いので略して『洗濯機』と呼びます」


 一同は無反応である。

 いや、正確に言うと、この『洗濯機』がどれほどの価値があるかを解らなかったため、どう反応してよいのか困惑状態であったのだ。

 冷ややかとも捉われかねない雰囲気になったが、こうなる事は半ば予想していたハル。

 次につながる言葉も既に彼女の中で用意されていた。


「まぁ、これがどういうものかを説明するよりも、実際に動かしてみましょう。その方が解りやすいですから」


 そう言うとアクトに合図を送る。

 アクトは懐から別のハンカチを一枚出すと、インクのたっぷり入った瓶の中身をぶちまけて、たちまちハンカチを汚した。

 黒いインクをたっぷりと吸い込んだハンカチは真黒に汚れ、こうなると洗濯の魔法を使っても元どおりに戻らない程だ。

 これを見ていた傍聴者達は「あーあ」と思わず口にしてしまう。

 そんな落胆の声などまるで聞こえなかったように、アクトは汚れたハンカチを躊躇なく洗濯機の蓋を開けて放り込む。

 そして、蓋を閉めて釦を押すと、洗濯機から軽快な音楽が流れて周囲に起動を知らせる。

 やがて洗濯機から水の音や何かが回転する音が聞こえるが、蓋が閉まっているために中でどのような動きをしているか傍聴者には解らない。

 回転速度が何段階か変化する音だけが会場に響いた。

 この部屋にいる大半の傍聴者は魔術師であり、それも一流のエリート、もしくは、その卵である。

 そんな魔術師の彼女(彼)達は、この『洗濯機』と呼ばれる箱の内側から様々な種類の魔力の気配が感じられ、高度な魔法が行使されていることを感じていた。

 ただし、それはただ「魔法が行使された」という事実だけが解るものであり、果たしてこの機械の中で何が行われているかを正確に把握できている者は皆無だった。

 彼女(彼)達は固唾を飲み込んで事態の推移を見守っていたが、やがてそれは終焉の時を迎える。

 洗濯開始から三分ほど経つと洗濯機から漏れていた魔力の気配が停止し、軽快な音楽が流れるとともに蓋が自動的に開いた。

 これが洗濯の終わった合図なのだと全員が認識する。

 全員の注目が集まる中、アクトは洗濯機の中からハンカチを取り出して全員にそれを見せた。

 そのハンカチは汚れが完全に取れて、清潔な元の白いハンカチに戻っており、それでいて、先ほどの『洗濯』の魔法のように糸の解れは全く見られない。

 あれだけ激しい汚れを受けたハンカチが、まるで新品のように戻ったことで傍聴者一同は驚きに息を飲む。


「なぜ? どうやって? 生地が傷んでない?」


 様々な疑問が会議室内に木霊するが、その驚きに満ちた相手の反応に満足するハルだった。

「このように衣類に全くダメージを与えず、それでいて、キレイに洗濯できる魔道具が開発できた事をお解りになったと思います。加えて、今回の操作はアクト同志のみの力で行っています。私やエリー同志は一切魔法を使っていません。それがどういう意味か、お判りでしょうか?」


 ハルの問いかけで一部の魔術師達が驚愕の事実に気付く。

 そう、彼女達は気がついてしまったのだ。

 この魔道具は起動・動作中・終了するのに一切の魔力を必要としない事を。


「ご存知の方もいると思いますが、このアクト・ブレッタ同志は魔力抵抗体質者であるが故に、一切の魔法を使う事ができません。つまり、この『洗濯機』という魔道具は、魔法が使えない人でも使えると言う事を証明しております」


 ハルがこの事実を改めて説明したことで、すべての人がこの魔道具の一番の価値を理解し、そして、驚きのあまり絶句した。

 『魔法を使える人が魔道具を使う』というのは、当たり前過ぎて、その事に疑問を持つ者などいなかった。

 いや、もしかしたら、この帝国でも少数派だが、魔法の使えない人は存在しており、そういった人達からは、「自分たちも魔道具を使えるようになったらいいのに」と思ったことはあるかもしれない。

 しかし、魔道具を製作する魔道具師に、魔法の使えない人などいない。

 そんな人から「魔法を使わなくても発動できる魔道具を作ろう」という発想が出ること自体が全くの盲点であったのだ。

 魔道具は「起動」と「作動」、「終了」の動作を行うのに、切掛けとして魔力が必要であり、それ故に『魔道具』=”魔法を補助する道具”と呼ばれている所以である。

 起動するのに魔力を必要としない魔道具も一部例外的に存在するが、それは火炎爆弾など魔力鉱石を単純に暴走させるようなやり方であり、今回の様に複雑な行程が必要な魔道具は無理だと思われていた。

 それができている。

 どういう仕組みかは解らないが、目の前で起こっている事はまぎれもない事実であり、魔力抵抗体の保有者として有名なブレッタ家の者が操作している事が何よりの証明だった。


「この技術の核心部分とも言えるのが、これです」


 ハルは洗濯機の背面にある蓋を外して、銀色に輝く円筒状の部品を取り出した。

 それは彼女の上腕ほどの大きさであり、小剣の鞘ほどの金属でできていた。


「これは魔力を一時的に蓄積できる部品で、私は『魔力バッテリー』と呼んでいます。これに予め私の魔力を充填しており、洗濯機上部に配置された釦を押す事でこの魔力バッテリーから魔力を抽出して魔法陣に注ぎます。あとは決められた魔法が発動し洗濯が実行されます。この一連の行程を実行するに当たって、使用者は一切の魔力を必要としません。ですので、魔法が使えない人でもこの魔道具『洗濯機』を動かすことができたのです」


 ハルの説明にアクトが頷いた。

 彼とて、初めはハルの言う事を信じることはできなかったから、今の傍聴者が唖然としている気持ちが痛いほど良く解った。

 静まり返った会場だったが、やがてひとりの男がこの発明の価値を正しく理解して立ち上がり、拍手をする。


「す、素晴らしい! この技術は本当に素晴らしい。幾らですか? すぐにでも我が商会に欲しい商品だ。う、売れるぞ! これは大発明ですぞ」


 興奮気味の男はエリオス商会会長その人だった。

 彼はハルが発明したこの技術的価値を人一倍早く理解し、そして、その価値を認めたのだ。

 彼女の発明した魔力バッテリーという技術は、魔道具の歴史、いや、魔法の歴史に革命をもたらす技術だと思った。

 この技術があればどんな人間でも魔法を行使できる。

 それこそ、子供だって大魔導士級の魔法を発動する事ができるかも知れない代物である。

 商会の長として・・・いや、革命家の長としてもこの技術を無視することはできなかったのである。

 この技術はどれだけ大金を積んでも有り余る価値があると見抜いたのだ。

 しかし、ハルは冷静だった。


「ライオネルさんには悪いですが、この『魔力バッテリー』という技術はまだまだ試作研究段階のものであり、売り物にはできません。今回はコスト度外視で作ったのですから」

「しかし・・・」

「その上、いろいろな課題もまだありますよ。例えば、安全性の証明とか、倫理面とか。これは兵器にも流用されかねない技術です。そういう悪意に満ちた人にこの技術を渡さないための仕掛けも準備する必要があると思っています」


 ハルは軽くそう言ってみせたが、彼女の言っている意味がライオネルにも解った。

 この技術は途方も無い価値と可能性を持っている反面、危険な技術でもあるのだ。

 一番簡単な事例で考えると、魔力バッテリーに蓄積された魔力を暴走させて、爆弾のようなものを作ることもできるのである。

 もし、そうなれば、街中に爆弾をばら撒くことも簡単にできてしまう。

 そうなれば、この『魔力バッテリー』という技術は、市民の生活が向上するよりも、逆に脅威となり得ないような技術だった。

 ライオネルは判断力の乏しい子供や悪党が大魔導士級の火炎魔法が発動可能な魔道具を持って街を闊歩している様子を想像し、顔が青くなった。

 それまで興奮していたライオネルの顔が青ざめて静かになったのを確認したハルは、自分の意図している事が正しく伝わったと確信し、自分の話を続ける。


「この魔力バッテリーに関しては未だ研究中なので、今回は概要のみの発表とさせて頂き、主題は魔道具『洗濯機』の仕組みや工夫点について述べさせていただきます」


 彼女はこう釘を指して、研究発表の講演を続けることにする。


「まず、この魔道洗濯機の主要機構は魔力モーターと精密魔法陣で構成され・・・・・・」


 ハルの詳細な技術的な講演内容は淡々と続けられたが、その概要をまとめると次のとおりである。

 懐中時計の原理を利用した魔力モーターが、回転して衣類と水と洗剤を攪拌する事で汚れを落とす。

 水と洗剤は魔法で作るので、外から供給する必要も無ければ排出する必要もない。

 繊維を優しく洗うために、洗濯槽の回転速度と内部の水の流れを工夫している。

 汚れ具合を検知する仕組みがあり、洗濯の行程を自動的に調節することが可能で、最適な洗濯を提供できる。

 乾燥には風と温度上昇の魔法が使われている。

 汚れや汚染物質はゴミとして分離され、別の容器に集めるようになっている。

 これらの操作が釦ひとつで自動的にできるよう精密魔法陣を使っている。


「最後になりますが、この魔道具『洗濯機』は現時点で実験機ですので、まだ世に出す事はできません」


 そう念を押して彼女の発表が終了した。

 その後、質疑応答の時間に移るが、何度もあの『魔力バッテリー』に関する質問が飛び交う事になった。

 その都度、「まだ話せる段階にありません」と彼女が回答拒否するやりとりが続く。

 本来の研究発表では、こういった質問をはぐらかすような行為は大きな減点対象となるのだが、今回に限ってこの『魔力バッテリー』という技術は悪用されかねない技術でもあるため、道義的責任から彼女が回答を拒否しているのは明確だった。

 その事を誰もがよく解っているため、彼女を咎める事はできなかった。

 それでも聞きたくなるのが魔法の研究者、いや、技術者というものだったが・・・

 そんなこんなで、驚きに満ちた魔道具研究発表は終了する。

 全ての発表を終えて清々しい顔になったハル。

 それを見たアクトも彼女を誇らしく思う。

 アクトはひとつの課題を完遂する事ができた充実感と、そしてその直後、今後、彼女と共に進めた研究活動は、どうなってしまうのだろうと考えた。

 そう考えると、心に大きな不安がアクトに芽生える。

 もうこの時、アクトには『ハルという存在が必要』になっていたからだ。

 しかし、彼がその事実に気付けたは随分と先の話しになるのだが・・・

 今は漠然と「一ヶ月共に過ごした彼女と離れたくない・・・」。

 アクトはそう感じていた。

 それを知ってか知らずか、グリーナ学長は彼らに近付いてこう述べる。


「ハルさん、エリーさん、そして、アクトさん。無事に発表が終わりましたね。とてもよかったですよ。この先の事はまだ考えていないから、アクトさんも引き続きハルの研究を助けてあげてくださいね。履修単位はあげますから、もう次は研究発表をしなくてもいいわ。それに、もうすぐあちらが片付けば、全員で最終の課題授業に移ります」


 そう言って他の交流授業生に視線を飛ばした。

 しかし、アクトはグリーナの話しの後半部分をほとんど聞いていなかった。

 今、彼にとって「ハルと伴に過ごせる時間ができた」という事実の方が重要だったからだ。

 グリーナ学長のその言葉に、アクトは「はい」と嬉しく答えるのだった。

 

 

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