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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第三章 交流授業
34/134

第十三話 夜のデート・エミラルダ編 ※

 アクトより贈られた懐中時計の裏にはアクトとハルの互いの名前が刻まれていた。

 まるでふたりは恋人同士のようだ。

 ハルがアクトにこの真意を問いただすと、どうやらこの暴挙(?)も美人秘書エレイナさんの入れ知恵だと判明した。


「こうした方が絶対にハルさんが喜ぶから」とゴリ押しされたようである。


 頭を抱えるハル。

 あの人は自分とアクトをどうしたいのだろうか?

 それともアクトに対する、かなり解り難い嫌がらせなのだろうか?


『強引に事を運ぼうとしてハルに振られてしまえ!ケケッケッ』と独り部屋の片隅で邪悪に笑うエレイナ女史の姿を想像してしまうハル。


 仕事もできて、容姿端麗、普段からもさり気なく気配りもできる完璧な美人秘書のエレイナさん。

 その正体は腹黒女子だった・・・話の種としては面白いのかも知れないが・・・

 やはり今度彼女と会ったとき、ゆっくり彼女と話合ってみようと密かに心に刻むハルであった。

 そんな懐中時計の件で微妙な気持ちになるハルであったが、それでも仲良くしている異性からの贈り物は素直に嬉しくなる。


「ありがとう、アクト。大切に使わせて貰うわ」


 ハルは円らな笑顔の花を咲かせてアクトへ感謝の言葉を伝える。

 その自然で偽りのない笑顔はなんとも可愛らしく、アクトの心をドキリとさせた。

 もし、彼女の同級生がこの姿を見たら非常に驚く場面だっただろう。

 ハルはあまり周囲と関わりを持たないよう努めていたから、同級生からは「人間嫌い、人付き合いのできない娘」と認識されている。

 そんなハルがアクトにだけは心を開いている、と噂になった筈だ。

 しかし、ここはアストロ魔法女学院内ではなく、アクトとハルしか居ない場所だ。

 他人の目が無い事でハルはいつも纏っている警戒の仮面を脱ぎ捨て、本来の自分、元の世界にいた頃の自分に戻っていた。

 次の瞬間が来るまでは・・・

 自分の懐中時計をポケットにしまったアクトはこのポケットに入っていた別の物に気付く。


「ああそう言えば。これなんだけど・・・」


 ポケットに入っていた先客をアクトが取り出して見せた時、ハルの心に戦慄が走った。


「これって、どんな物か解るかな?」


 それは銀色の腕輪だった。

 金属製のリストバンドに留め金が取り付けられており、腕に付ける装飾品だが、この世界には本来存在しないもの、白魔女が、いや、ハルが付けていた万能情報端末XA88。


「・・・何だろう? ちょっと解らないわ・・・」


 心の動揺を隠し、努めて解らないと答えるハル。

 先の戦闘でアクトの不意打ちを防いだ際、彼の攻撃によって自分の手から離れたXA88だった。

 ローリアンとエリザベスを倒していい気になっていた自分の不注意が原因であり、アクトに恨みはないが、今の自分にとっては掛け替えのない大切な品物である。

 あの時はローリアンの幻術によって大怪我したサリアの出血が酷かったため、彼女の命を優先して退却した。

 サリアに止血と治癒の魔法をかけて、月光の狼のアジトへと彼女を送り届けた後、すぐに現場に戻ってきたが、既にそこには何も残ってはおらず、彼女のXA88は見当たらなかったのだ。

 XA88は単なる彼女のお気に入りの装飾品のひとつではなく、あの小さな本体の中に彼女の住んでいた元の世界の英知が詰まっている。

 ハルはここよりも遥かに科学技術の進んだ世界で育ったが、その知識のすべてを自身の頭脳に有している訳ではない。

 当たり前のことだが、自分の知らない事など山程あり、その都度、必要に応じて勉強しなくてはならない。

 その手助けと言うか、現在唯一の手段がXA88から情報を引き出す事だった。

 XA88はあらゆる事でハルを手助けしてくれる。

 彼女の開発する魔道具は科学と魔法の融合であり、これには勿論XA88の手助けが欠かせない。

 それ以外に、料理のレシピを調べたり、何かの計算をしたり、自動翻訳機能を使ったこの世界の言語の解析など、彼女がこの世界に落とされた時から常に寄り添って助けてくれたがこのXA88だ。

 機械に心は無いと理屈では解っているハルだが、それでもこのXA88は唯一無二の相棒であり、ハルの心の助けとなっていた。

 それ故に、これを失くした時の彼女の心の動揺と落胆はとても大きなものだったのだ。

 現場には残っていなかったのできっと警備隊が証拠物件として持ち帰ったのだろうと思っていた。

 ハルは今日にでも警備隊の詰所を襲撃して、奪還する事を考えていたが、それが今、自分の目の前にある。


「あの・・・アクト。ものは相談なんだけど、その腕輪を私に譲ってくれない?」

「え?」


 ハルの突然の申し出に驚くアクト。


「そ、その・・・それって白魔女の持ち物よね」

「ああ、そうだよ」

「ならば、きっとすごい魔道具じゃないかな?」

「俺には解らないけど、その可能性は高いかもね」

「じゃあ、じゃあ、私が解析してあげるよ」


 そう言って腕輪に手を伸ばすハルだったが、アクトはそれをひょいと躱し、腕輪を高く上げてハルに取られないようにする。


「あっ」


 ハルの手は宙を切り、どうして?とアクトを睨む。


「駄目だ。こればっかりはハルにも譲れない」

「どうしてよ? アクトが持っていても何も解らないわよ」

「これが何だかは解らないけど、白魔女にとっては大切な物だと俺は確信している。だから白魔女は絶対これを取り返しに来るだろう。つまり、これを持っていると白魔女に狙われるんだ。そんな物をハルには渡せない」

「そんな危ないものだったら、さっさと警備隊に渡した方がいいよ。私が渡してあげるから。さあ」

「それもできない。いや、したくない。警備隊に渡したらこの腕輪がどこで保管されるか解らなくなる。もしかしたら白魔女の重要な手がかりとしてラフレスタから帝都に輸送されてしまうかも知れない。そうなると白魔女がラフレスタから離れてしまう可能性だってあるし」


 アクトとしては白魔女と出会える可能性を持つこの品を他人に渡したくなかったのだ。

 あの場でも警備隊にバレないようにこっそりと自分のポケットに忍ばせていた理由はそこにある。


「つまり、アクトはこの腕輪を誰にも渡すつもりはないって事ね」

「すまない、ハル。そのとおりだ」


 ハルの縋るような表情に少し心が痛むアクトだったが、彼もこればかりは譲れない。


「・・・・・解ったわ」


 少しの沈黙の後、ハルはそう結論づけるとローブを叩いて立ち上がる。


「帰る」


 そう短く答えるとそっけない態度でその場から去ろうとする。

 アクトはハルに「送って行く」と申し出たが、ハルは「自分で帰れるから」とそれを断り、半ば強引に別れた。

 ハルは少し前まで自分の心に感じていた温かい部分が既に感じられず、その代わりに冷たくて暗い感情が心に流れてくるのを感じた。

 彼ならば、アクトならば、ひょっとして・・・こんな自分を受け入れてくれるのではないか・・・一瞬、そう思ってしまった。

 この世界の人ではない自分の受け入れてくれて、自分の理解してくれて・・・そして・・・と・・・万にも満たない可能性を一瞬でも信じてしまった自分が情けない、と今は思っている。

 所詮、自分は白魔女なのだ。

 やはり、アクトとは相いれない関係。


「・・・わかったわ、アクト。貴方がそんなに会いたいのならば、会ってあげますよ。今すぐに、ね・・・」


 ハルはそう呟くと、街の暗がりに姿を消す。

 

 

 

 

 

 

 ハルと別れたアクトはラフレスタ高等騎士学校の寮へと戻って来た。

 寮に入ると伝言板にサラから「今すぐ出頭するように」と書いてある事に気付く。

 どうせ、いつもの様に「どこに行っていた? 何をしていた?」と聞かれるだけだ。

 彼女は自分の母親にでもなったつもりだろうか・・・

 時間も遅いため、明日でいいだろうと判断し、アクトは彼女からの伝言を棚上げして自室に戻る。

 自室で制服を脱ぎ、楽な格好になると、椅子に座って机に突っ伏すアクト。


「はぁ~」


 彼のため息の原因は最後にハルの態度が急変した事だった。

 何が原因だったのか解らないが、最後にハルはとても不機嫌になってしまった。

 自分の物言いが悪かったのか、それとも、白魔女の腕輪がそんなに欲しかったのか。

 アクトはハルの事を、意思が強くて、頭の良い女性として尊敬していた。

 この先、彼女は魔道具ひとつで自分の生計を立てられるだろうし、帝国屈指の造り手になるのも間違いないと思っている。

 どんな苦境にあっても彼女は強く、ひとりで生き抜くことができるだろう。

 形こそ違えど、その生き方はアクトの憧れでもあり、孤高の存在となることは、今の自分が追い求めている道の最終目標でもあった。

 ハルは魔道具の世界でそれを現在進行形で体現しているようにも思えた。

 もう少し補足するなら、アクトはハルのそれに『正義』というものを加えたものが追い求める最終目標となるのだが、今は、それはいいだろう。

 そんなハルに自分は惹かれているのだろうか。

 彼女と一緒にいる時間はとても充実しているし、自分も素直な気持ちになれる。

 かつては、強さを求めて何かの鍛錬をしている時、完全にそのことに集中できていたし、何も疑問を持たなかった。

 それが最近の自分は、どんな事をしていても、心の片隅でハルの事を考えてしまう。

 白魔女も同じように気になる存在だが、これはどちらかと言えば『好敵手』的な存在だからそうなのだろうと思う。

 白魔女は別に憎くはなく、勝ちたいと思う相手であり、もし、彼女から「裏の世界から足を洗いたい」と懇願されれば、自分は惜しげなく協力もしよう。

 白魔女はそんな相手であり、やはりハルとは違う意味で気になる女性だった。

 そして、ハルはどうなのだろうかと、再び想いを巡らせる。

 先のほどのハルとのやりとりで、彼女から「白魔女の腕輪が欲しい」と可愛く言われた時、思わず「いいよ」と言ってしまいそうになった。

 彼女から優しく懇願されて、それを結果的には拒否した形になったが、これがアクトの理性を大きく消費していたりするのだ。

 彼が下した決断の理由は「ハルが白魔女に襲撃される可能性があった」の一言に尽きる。

 彼女の身の安全からそう判断したが、結果的にハルは自分の願いを聞き入れてもらえなかったため、やはり気分を害してしまったのだろうか。


「はぁ、上手くいかないものだなぁ~」


 独り言を続けて呟くアクト。

 本来ならその言葉はただの呟きで終わるはずだったが・・・これに応える者がいた。


「あら!?君にしては珍しく落ち込む事もあるのね」


 あるはずのない受け応えに驚き、振り返るアクト。


「誰だ!」


 そこには誰も存在しなかった筈だが、今は女性がベッドの上に腰かけていたのだ。

 その女性は全身を白いローブを纏い、妖艶な笑みを仮面越しに浮かべ、アクトを見据えていた。


「し、白魔女!!!」


 そう言うが早く、アクトは椅子から飛び上がり、扉へと駆け出す。

 白魔女はそれよりも早く指をパチンと鳴らすと、それまで確かにあった扉が姿を消し、そして何か白い靄のようなものによって部屋の壁は余す事無く覆われしまった。


「ぐっ」


 思わずうめき声をあげたアクトは白魔女に向き直った。


「今、この空間は私の展開した結界によって閉塞したわ。物理的にも魔法的にもね。私が解除しない限りここから外に出る事は叶わないし、物音は絶対に外には聞こえないわよ。もし、君が私を押し倒して大きな声を出したとしても大丈夫よ。外にはバレないから、ね」


 そう言って妖艶な表情でウインクを送る白魔女。

 白魔女の着る白いローブは彼女の身体に密着しており、彼女の豊かな乳房がプルンと揺れた。

 不意に彼女の裸体と、それを押し倒す自分を想像してしまい、顔が赤くなってしまうアクト。


「な、なにを言っているんだ!」


 思わず視線を背けて、頭の中から不純な気持ちを振り払うアクト。

 その様子が可笑しかったのか白魔女は上機嫌に笑った。


「うふふふ、勿論、冗談よ。それに君は初心なのね、アクト・ブレッタ君は」

「な! 何故? 俺の名前を知っている!!」


 前回もそう思ったが、何故、自分の名を知っているのか?と驚愕するアクト。

 それをあざ笑うかのように白魔女は続けた。


「あら、この前も言ってなかったかしら?大魔女の私なのよ。君の事なら私は何でも知っているわ。まず、君はブレッタ家の次男だわね。そして、ここラフレスタ高等騎士学校に通っている。しかも四年生の筆頭でしょ。すごいエリートじゃない! 将来は有望株ね」


 次々と言い当てる白魔女にアクトは戦慄した。

 自分の事は敵にかなり調べられているようだった。


「しかもサラちゃんて言うの? この時間に自分の所へ来いって知らせが張ってあったわね。う~ん、なかなか大胆な子だわ」

「サラはこの事に関係ない。ただの幼馴染だ」

「はいはい、解りました。アクト君はサラちゃんだけじゃないわよね。さっき川沿いで可愛い魔女っ娘ちゃんとも腕を組んでいたじゃない。相当モテる子ね、アクト君は」

「ハルは・・・ハルはもっと関係がない。白魔女! お前と争っているのは俺だけの問題だ。彼女達を絶対に巻き込むな!」


 アクトは昨日の件で警備隊の人達に迷惑をかけたばかりだった。

 昨日の今日で更に迷惑をかける人を増やしたくはなかった。


「はいはいはい、こちらも解りましたよ。私も彼女達にちょっかいを出すほど暇じゃないから安心してよ」

「お前は信用できない」

「全く信用されてないのね、私」

「当たり前だ。誰がお前なんかを」


 アクトは若干興奮気味だが、それに対する白魔女は余裕の様相を見せていた。

 これは名実ともに実力差があるが故の行動であるが、それがアクトにも解っていたため、彼は緊張の色をより濃くする。


「まぁ、信用されていないのは別にいいとして、私の事を『お前』『お前』って言うのが気に入らないわね」

「『お前』が嫌なら『白魔女様』って呼ぶのがいいのか!」


 アクトは緊張のあまり喧嘩腰になってきたが、白魔女はそれをあざ笑う。


「アクト君、君には私の名前を教えて・あ・げ・る。私の名前はエミラルダよ。そう呼んでくれると嬉しいわ」


 勿論、エミラルダは偽名だが、彼女が白魔女を演じているときに名乗っている正式な呼び名である。


「エミラルダ・・・」

「そうよ。エミラルダさんよ」

「お前に・・・いや、エミラルダに敬称の『さん』は付けられない」

「どっちでも良いわ、好きにしなさい。でも私は君の事をアクト君と呼ぶからね」

「お前と慣れあいになる気はない!」

「お前?」


 エミラルダの細い眉の片方がピクリと上がる。

 その様子に、何時ぞやのビンタを喰らった時の恐怖を思い出したアクトは、慌てて言い直した。


「ああっエミ、エミラルダと慣れあいになる気はない」


 おーと手を叩いて、よくできましたとエミラルダは喝采を送る。


「ふざけているのか? どうしてそんなに『お前』が嫌なんだよ」


 エミラルダの緊張感の無さに、アクトの毒気が抜かれていく。


「どうしてって? あれじゃない。男性から『お前、お前』って呼ばれるのは嫌なの。『お前』は自分より格下の存在に対して使う言葉よ。旧時代の夫婦じゃあるまいし。私は対等な関係がいいのよ」

「ふ、夫婦って・・・」

「あら、脈あり? お姉さん魅力的でしょ」


 そう言ってお尻をふりふりするエミラルダ。

 その姿に見惚れ、思わず生唾を飲み込むアクト。

 しかし、その直後に、これは拙いと思った。


「さっきから何だよ。俺を誘惑しているのか!? それには乗らないぞ」

「えー、この魅力が解らないのかしら??」


 そう言って自身の魅力的な身体を見せつける白魔女。

 もう、彼女と何を話しているのか解らなくなってきたアクトだったが、頭を抱えながらエミラルダに語り掛ける。


「話を戻そうエミラルダ。お前は一体、俺に何の用だ」

「ホントに冗談が通じない子ね。嫌になっちゃうわ。それにまた『お前』使っているしー」


 お道化て、いじけるその姿は可愛らしさ抜群であり、言葉では怒るアクトだったが、こう言う彼女の姿を見ると何故かエミラルダを許してしまいそうになる。

 彼女は正に魔女だと思う。

 そんな苦悩しているアクトを横目に、エミラルダはようやく本題に入った。


「っと、冗談はここまでにしてと。はい」


 エミラルダは表情を引き締め直し、そして、手を出した。

 それが何の意味を示すのか解らなかったアクト。


「出しなさい、私の腕輪」


 ここでアクトはようやく合点がいった。

 エミラルダは早々に自分の腕輪を取り返しに来たのだ。


「そう簡単に渡すわけ・・・あっ」


 アクトが拒絶するよりも早く、彼のポケットに入っていた白魔女の腕輪が勝手に宙を舞い、一瞬にしてエミラルダの手の内に収まった。

 言わずと知れた白魔女の魔法による効果だ。


「はい、ありがとう。確かに返してもらったわ。アクト君は素直でいい子ね。この性格は将来得をするわよ」


 あっさりと自分の腕輪を取り戻したエミラルダはアクトに対してまたふざけた事を言う。


「・・・ぐぬぬぬ」


 圧倒的な力量差を感じつつも、悔しそうにするアクト。

 それを見たエミラルダはおちょくるのを止め、真剣な顔つきでアクトに語り掛ける。


「この腕輪は私にとってすごく大切な物なの。貴方が持っていても何にもならないわ。アクト君はこれを持ってどうするつもりだったの?」

「・・・会いたかったんだ。エミラルダに会いたかったんだ」


 アクトは少し沈黙した後に自分の本心をエミラルダに伝える。

 アクトの意外な答えに目を丸くするエミラルダ。


「あら? そうなの。今日それが叶ったわよ。よかったわね」

「・・・一回だけじゃダメなんだ。何回も何回も遭わなきゃダメなんだ。俺が白魔女エミラルダに勝てるまで何回も何回も会って挑戦できなきゃダメなんだよ」


 彼の告白(?)に唖然とするエミラルダ。


「お前、いや、エミラルダは俺の今の目標なんだ。頼む、手合わせして欲しい」


 縋るようにエミラルダを見るアクト。

 エミラルダにはアクトその目を見て、何故か雨の中で捨てられた子犬が自分に向けているような姿を連想してしまった。


「・・・・」

「・・・・」


 沈黙が時を支配する。

 そして、息の詰まるような沈黙の後、エミラルダはアクトに応えた。


「・・・・わかったわ。アクト君が望むなら好きなだけ手合わせしてあげる」

「本当か!?」


 アクトの顔が一気に喜々とする。

 自分の願いを聞き入れてくれた子供のようだった。


「だけど、ふたつ条件があるわ」

「条件!?」

「ひとつ目は、そうね、貴方が強さを求める理由、それを私に教えて欲しいわ。私が納得できる理由ならひとつ目の条件はクリアーね」

「俺が強さを求める理由か・・・それは」

「待って。語らなくてもいいわ。目を瞑ってその想いを強くイメージしなさい」


 アクトは自身が強さを求める理由を説明しようとしたが、エミラルダはそれを遮り、考えるだけでいいと言う。

 少し迷ったが、結局アクトはエミラルダの言われるままに従い、目を瞑ってそれを考える。

 その姿を確認したエミラルダは両手をそっとアクトの顔に添えた。

 それにアクトが驚き、目を開いてしまった。

 そうすると目の前にはエミラルダの顔があり、彼女との距離が近い。

 エミラルダは仮面をつけているが、それでも凄まじい美人だと思えるアクト。

 彼女のエメラルドグリーンの瞳は真っ直ぐとアクトを見据えていたが、まるでキスする一歩前のような状況で、ドキドキとするアクトだった。

 永遠に続くかと思えたその状態だったが、やがてエミラルダの手がアクトの顔の拘束を手放し、二人の距離は離れる。


「なるほど、アクト君。強さを求める君の理由が何となく解ったわ。君の理由は正当ね。私は君を認める」


 アクトは何の事かと思ったが、彼女は白魔女、大が付くほどの超絶な魔法の使い手だ。

 きっと自分の心を直接見たのだろう・・・

 アクトは彼女がどういった基準で判定したのかは解らなかったが、それでもエミラルダが認めると言えば、それで終わりの事だった。


「それとね。最後の方には変な事も考えていたでしょ。そんなに私の事が気になる?」


 アクトはしまったと思う。

 しかし、ここで彼女の挑発(?)に乗れば、先ほどのやり取りに逆戻りするだけだ。


「俺も正常な男性だから、女性とあの距離になれば気になる方が普通だろ。それに今はどうだっていいさ。もうひとつ条件を早く言って欲しい」

「アクト君も可愛いわね。そんなところがお姉さんも大好きよ」


 アクトが強がっているのを知りながら、エメラルダは次の条件へと話を進める。


「さて、ふたつ目の条件。それはアクト君・・・貴方、月光の狼の味方になりなさい」


 エミラルダの条件に驚くアクト。

 それはそうだろ、月光の狼は今、ラフレスタを騒がしている賊の一味だ。

 言うなればアクトが月光の狼の一員となる事は、反政府的な人間に成れと言うのと同義である。

 それは、今までの騎士学校で学んだ『正義』に対して、相反する思想に染まる事であり、お世話になった警備隊を裏切る事にもなる。


「・・・それは・・・できない。俺には皆を裏切る事はできない」


 苦しい表情で応えるアクト。


「そう、それは残念ね。でもアクト君、貴方は優しいから仲間を裏切れない男だし、これは初めから無理な相談だったわね」


 エミラルダはアクトがこう答える事は解っていた、だから次の案を出す。


「それじゃあこういうのはどうかしら。『月光の狼』ではなく、『私だけ』に協力しなさい」


 エミラルダは二番目条件の妥協案としてアクトに示した。


「信じられないかも知れないけど、私は別に月光の狼の構成員じゃないのよ。今は互いに協力し合っている関係ってところかしらね。いつかは解らないけど、私も彼らと袂を分かち、別の道に進む予定よ。そのときに君が私の傍にいてくれれば、それでいいわ」

「・・・」

「勿論、何も報酬が無いと言うのは難しいよね。そうしたら報酬は、わ・た・し。この身体を貴方の好きにしてもいいわ」


 エミラルダは両手を上に挙げて、身体を反らし、自分の魅力的な姿をアクトに見せつける。

 その拍子に頭部を覆っていたローブのフードがはだけて彼女の銀糸が宙に舞う。

 そして、長くて細い足を組み替えるが、ローブの裾にあるスリットからはエミラルダの白い太ももが見え隠れする。

 その姿を観たアクトは思わず鼻息が荒くなってしまうが、それでも持ち合わせた理性を総動員して何とか抑えつけた。

 悶々とするアクトだが、エミラルダの方はそんなアクトの反応を半ば予想しており、多少残念目にこう応える。


「なんちゃってね。やっぱりダメか。アクト君は真面目だからねぇ~」


 そう言うと悩殺のポーズを収め、何もなかったようにアクトへ向き直るエミラルダ。

 アクトは心の中では(もう少しで陥落するところでした・・・)と自分がエミラルダからの誘惑を阻止できた事を、他の誰かに褒めて欲しいぐらいの心境だったのは余談である。


「まあいいわ。完全にいつでも相手というのは無理だけど、おまけして、偶になら相手してあげるわ。ひとつめの条件はクリアーしていることだしね」

「本当か?」


 まだ心の平然を取り戻せていないアクトだったが、それでも、自分の願いが白魔女の目に叶った事が奇跡だと思ってしまった。


「女に二言はないわ。だけど私は忙しいの・・・そうね、私に会いたいときは、あのハルとか言う魔女っ娘ちゃんにでも相談しなさい」

「ハルに!?」

「ええそうよ」


 何故ハルに?と理由の解らないアクトだったが、エミラルダはさらりと肯定した。


「ちなみに彼女の名誉のために言っておくけど、あの子と私は現時点で何の関係も無いわ。だけど、あの子は魔術師よね」


 エミラルダはそう言うと、少し楽しそうに自分の顎へ手をやり、考える仕草をする。


「あの子には私と連絡する手段を教えておく事にするわ。同じ魔術師同士だから何とかなるでしょう」


 そう一方的に告げられた。


「ハルは・・・彼女は巻き込まないでくれ」

「もう決めた話よ。諦めなさい」


 彼女はもう済んだ話として、アクトの要望を完全に無視した。


「それじゃ、私はそろそろ帰るわよ。夜が遅いとお肌に悪いのよね」


 そう言うと指をもう一回鳴らし、壁には何事も無かったように元のドアが現れた。

 エミラルダが結界を解除したのだ。


「あ、そうそう。今日の事と私の名前は二人だけの秘密にしておいてね。それでは、ご機嫌よう」


 そう言うが早くエミラルダは現れたドアを開けて軽快に部屋から出ていった。

 結局、彼女がドアを閉めるまで何も反応できなかったアクトだが、慌ててエミラルダの後を追うため、ドアを開ける。

 寸分と時間が経っていないはずなのに、ドアを開けた先にエミラルダの気配は既に無かった。


「エミラルダ・・・」


 アクトがその名を呟くが、それを聞く者は誰もおらず、時間が止まったように夜の静寂が続く中、いつもと同じく暗がりの廊下の風景だけがそこに残っていた。

 

 

 

 

 

 

 エミラルダ、もとい、ハルは自身の研究室に戻ってきて白仮面を外した。

 白い光が彼女の全身を覆い、そして、その光が白仮面に収束すると、彼女の髪は銀から青黒へと戻り、服装もいつものダボっとしたブカブカの灰色ローブ姿に戻っていた。

 「ふぅー」と息を吐き、懐から眼鏡をかけていつものハルの姿に戻る。

 そして、アクトから取り上げたXA88を出して、自身の右腕に装着した。


「XA起動」


 彼女がそう命令すると、滞り無くいつもの起動シーケンスが発動する。


「・・・ローカルモードデ、キドウシマス」という起動シーケンスが完了した事を確認すると、安堵の表情になるハル。

「よかった。何も壊れていないわね」


 自身の相棒たるXA88がこの手に戻り、動作に異常も見られない事で、ハルはようやく落ち着きを取り戻せていた。


「これからもよろしく。XA88」


ピーン


「ワカリマシタ」


 XA88のプログラムによる自動応答メッセージだったが、苦難を乗り越えて、今、自分の手に戻ってきたそれは、なんとなく人間らしく聞こえるから不思議だった。

 思わず笑みが漏れたが、今日は本当にいろんな事があった一日だった。

 アクトといろんな意味で距離が縮まり、そして、離れた事を予感させる一日だった。

 彼は優しくて理知的な男性だ。

 気さくに何でも話してくれるし、科学への興味と理解もある。

 そして、アクト自身は高貴な貴族出身であるが、私のような正体不明の女性に対しても差別をすることはない。

 その上、強くて、恰好良くて、頭も良くて、と、彼の長所ならいくらでも挙げられる。

 彼とならば、もしかして・・・と思ってしまった。

 それは一瞬で燃え上がり、そして冷めてしまった気持。

 彼ならば、私を理解して、守ってくれるのではないか。

 自分にとって敵ばかりのこの世界から助け出してくれる正義の騎士ではないのか。

 しかし、実際の彼はハルに対して『敵』側の人物であり、彼女の望みが叶うことは初めから極僅かだった。

 何度も言うようだが、自分はこの世界の人ではない。

 自分は異質な者、この世では本来は存在しない者、してはいけない者だと思っている。

 だからハルは、この世界の人々と交じる事を極端に警戒していた。

 それが故に、彼女の『敵』とは、自分以外のすべての人間なのだ。

 その警戒が時々緩む時もあった。

 日付が変わる前の川沿いでアクトと過ごした瞬間もそのひとつだった。

 あの時はアクトが私のことを守ってくれるのではないかと、半ば確信めいた気持ちを信じてしまった。

 この人について行こう。

 ついて来てもらおう。

 煩わしい学園のゴタゴタやラフレスタの生活なんて、もうどうでもいい。

 自分の幸せだけを追求すればいいと・・・

 そう思えた。

 刹那の時間だったが、本当にそう思ってしまった。

 しかし、その熱くなった心が急激に覚めたのは彼がポケットから出したXA88を見た瞬間である。

 これを見た瞬間、自分が白魔女エミラルダである事を思い出したのだ。

 まるで氷結の魔法にかかったように、それまで僅かに熱を帯びていた身体が・・・心が・・・急転直下の絶対零度まで冷やされてしまったのだ。


「そう、私は白魔女よ・・・アクト、君とは相いれない立場の人間なのよ・・・」


 ハルは白魔女の仮面に向かってそう語りかける。

 それに自分は反政府を掲げる月光の狼を支援している立場の人間でもある。

 月光の狼に協力している理由は別に彼らの崇高な思想や行動に共感している訳ではなく、リーダたるライオネルの人柄が気に入っただけに過ぎない。

 加えて、最近は彼らの掲げる反政府という考え方が『この世界が敵』と思うハルにとって、世界の仕組みに幾らばかりの抵抗をしたようにも思えて、シンパシーを感じている事も否めない。

 結局、自分は都合のいい女。

 自分の利益のことしか考えられない、つまらない女なのだ。

 そんな自分とアクトが付き合って上手く行く筈がない。

 そんな未来は最悪の結果を生むだけだと思う。

 白魔女としてアクトと会った時も一部の望みをかけて自分の仲間になるようにも言ってはみたが、結果は予想どおり、彼からの拒絶だった。

 初めからあまり期待もしていなかったし、自分の弱い気持ちに決別するためにも、これで良かったと思っている。

 所詮、彼と自分は進む道や住む世界が違うのだ。


「あれ?・・・なんで・・・」


 一筋の涙が彼女の頬を伝い、そして、机に置いた白仮面の上へと落ちた。

 自分が泣いている事に驚くハル。


「私ってバカね。こんな状況で自分の事を悲劇のヒロインとか、何かだと思っているの?」


 そう言いながらも彼女の涙は止まらない。

 自分の気持ちが解らない、解ろうとしないハル。


「私って・・・本当に救いようのない・・・バカだわ・・・」


 それに応える者は・・・涙で濡れる白い仮面しかいなかった。

 

 

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