第十二話 夜のデート・ハル編
エリオス商会に向かうハルとアクト。
ハルとアクトの両名が揃って来訪してきたことに会長であるライオネルと秘書の女性は驚きつつも歓迎をした。
ハルは緑色鉱石の購入に加えて『月光の狼』関連の件もあったため、アクトには適当な言い訳して別れてハルとライオネルは別室で取引商談をする事にする。
ハルと別れて手持無沙汰となるアクトであったが、その間は美人の秘書が彼の応対をする事で気を紛らわせる。
そんなアクトを置き去りにして、ハルはライオネルと個室でいつもの取引を進めるが、主要な取引に関しては円滑に終了し、現在は互いの情報交換と言う名の座談会を行っていた。
「・・・なるほど、そんな事があったのですか。世の中は狭いものですな」
ハルはラフレスタ高等騎士学校との交流授業の件を説明し、妙な因縁でアクトと再会してしまった事、そして、何の因果か、彼と共同で魔道具の研究開発を進めなくてはならなくなった事を、半分愚痴交じりでライオネルに話していた。
「そうなんですよ。まったく、どうしてこんな事になってしまったのかなぁ。はぁ~」
面倒事が増えたとため息を口にするハルであったが、ライオネルはそんなハルを微笑ましくフォローする。
「まあまあ、そう言わずに。騎士学校と魔法女学院の共催授業ですし、自分たちの力ではどうこうなるものではありません。ここは致し方なしと割り切りましょう。人生には自分がコントロールできない事など山ほどあります。ハルさんはまだ若いので、ここは焦らず、成り行きに身を任せるのも悪くないと思いますよ。しかし、アクト君は我々や白魔女さんとも少々因縁のある人物ですからねぇ・・・困りもんですなぁ、ハハハ」
その実、あまり困っていないような飄々とした態度で笑うライオネル。
「彼には私とエミラルダの関係を話すつもりはありませんし、ライオネルさんの正体も絶対に話しません」
「ハルさんのその言葉を聞いて安心しましたよ。でも、私が言うのも何ですが・・・彼は本当に戦いの才能がありますなぁ。魔法抵抗体質という稀有の能力を持ちますし、その上、彼はとても善良な心の持ち主のようです。本音を言うと、私としてはそんな逸材を仲間に迎えたいんですがねぇ」
「ええ!?アクトを月光の狼にですか?」
「はい、そうです」
「駄目です。反対です! 絶対駄目!!」
ハルが急に跳ねるように立ち上がってしまったため、座っていた椅子を後ろに倒してしまった。
「あっ」とハルは自分の仕出かした行動に気付き、慌てて倒れた椅子を元に戻す。
その様子を見たライオネルはいつも冷静沈着なハルがこんな風に取り乱す姿を見て、貴重なものが見たれたと少しだけ笑みを浮かべる。
「ハルさんが取り乱すとは、いい物を見させていただきましたよ」
「うーーっ、すいませんでした」
ハルは恥ずかしさのあまり顔を赤く染める。
その姿は年相応であり、微笑ましいものだ。
「それにしても、ハルさんは反対のようですね。もしよろしければ、理由を聞かせてもらってもいいでしょうか?」
「だって、アクトは騎士学校のエリートですよ。立派な家の生まれだし、成績も優秀。彼の将来は約束されているようなものだし。もっともっと彼は国の中枢に上がれる可能性を持っている人なんです。それを何と言うのか・・・私の直感というか。アクトをこんな事に巻き込んではいけないと言うか、彼にはもっと全うに生きて欲しいと言うか・・・あれ、私って変な事を言っていますか?」
ハルは自分の考えが上手くまとまらず、支離滅裂な事を言っているのに今更気付く。
言いようによっては「アクトは『月光の狼』には勿体ない」と捉えかねない、ライオネルに対して非常に失礼な物言いだったが、当の統領はこれを全く気にする事はない。
「ふ~む、なるほど・・・まぁ、女性の勘はバカになりませんからね・・・・ひとまず、彼を仲間に勧誘する案は置いておくとしますか」
ライオネルは直感的にハルが嫌がっているのを感じ取って、今回は彼女の意見を汲み取る形でアクトの勧誘を止めることにする。
「しかし、私としては彼とは仲良くしておいた方が良いのだろうと思っています。人生はどう転ぶか解らないですし、これは私の商人としての勘なのですが、彼と友好的な関係を築いておいて損はないだろうと・・・これは男の勘とも言うのでしょうかね?」
「彼と仲良くなるのはいいですけど、気が変わって『月光の狼』に勧誘しないでくださいね」
「これは手厳しいですな。ハルさんはそれほどに彼と秘密を共有するのが嫌なのでしょうか?」
「嫌ですよ!」
即答であった。
ハルは『月光の狼』の正式な構成員ではなかったが、彼女の存在は白魔女と伴に組織の存続に関わるほど大きな影響力がある。
組織が白魔女に何かを頼むときには必ずハルを連絡窓口にしていたし、白魔女に報酬を支払うときは必ずハルを介すように指示されていた。
この事を踏まえて、ライオネルはハルに自分の裏家業である革命組織の正体を明かし、ハルにも納得して貰った上で今の付き合いが続いている。
非公式ながら組織内でハルは仲間であると紹介されており、構成員のうちの数人かとは既にハルとは顔見知りでもあるのだ。
加えて、ハルは天才的な魔道具開発の技術者であり、『月光の狼』の支持母体であるエリオス商会でも最上級に近い取引先として対応がなされている。
ちなみにその実、ライオネル商会の社員はその半数以上が『月光の狼』構成員であったりするため、必然的に『月光の狼』でもハルの存在価値や知名度はかなり高く、一部の構成員からは暗黙の了解で幹部クラスの存在だと認識されていたりもするのだ。
尤もハルは『月光の狼』の会合に出席した事はないため、自分が幹部的な扱いを受けているとは露とも知らなかったが・・・
「嫌ですかぁ。いゃあ~、嫌われているなぁ。アクト君は、本当に」
ハハハと愉快に笑うライオネル。
ライオネルはアクトの事を好青年の優良物件のように思っており、ハルと良き仲になればいいなと期待していたが、何故か彼はハルに嫌われているらしい。
そもそもこのハルという女性は一匹狼的な処もあり、自分の懐になかなか人を引き入れない人物だったとライオネルは思い直す。
「まぁ、アクト君には今後も我が商会を贔屓に使っていただくよう門戸は開いておこうと思っています。ハルさんが彼を好きか嫌いかは別にしてね」
そう言うとアクトに関する話題は終わり、その後は取り留めもない世間話が続き、暫くしてこの会合はお開きとなる。
その後、ハルは店内で秘書女性と時間つぶしをしていたアクトに合流して、帰る事にする。
帰り際には恒例のエリオス商会総出による見送りがあったが、前月と違うのはアクトがハルの傍にいる事だ。
一ヶ月前、この場所でアクトと奇遇な出会いがあり、このように一緒に行動するとは・・・あの時の誰が想像できただろうか。
あと、いつもと違いがある事とすれば、アクトの話し相手をしていた秘書女性の様子が少し変だともハルは思った。
彼女はずっと笑いを堪えている様子で終始ニタニタしている。
美人で冷静な、できる女を体現している彼女にしては珍しい。
その様子が気になったハルは彼女に理由を問い正すが、「たいした事ではありません。ただ、少しだけ愉快な気持ちになっているだけです。理由?直ぐに解りますよ」と応えるに留める美人の秘書女性。
ハルは一体何の事だかさっぱり解らなかったが、商会一同からは別れの挨拶を告げられたため、この場を後にするより他なかった。
その後、秘書女性の最後言葉が少し気になったが、深く考えても良く解らないとして、しばらくするとその事は忘れてしまう。
そして、アクトと世間話をしながら、街の通りを歩くふたり。
エリオス商会で思いのほか長い時間を過ごしてしまったため、外はもう夕暮れを過ぎる時刻になる。
茜色から夕闇に近付く空に鳥が数羽飛んでいるのが見えて、彼らも平穏な一日が終わって寝床に帰るのだろう。
家路に就くのは街の人々も同じであり、行き来する人はエリオス商会に来た時よりも増えていた。
混雑と言う程では無いにしても、幾分増えた人とすれ違い様にぶつからないようにして街路を進むアクトとハル。
そして、ある通りに差し掛かった時、アクトは不意に通りを指さした。
「すっかり遅くなってしまったね。もうすぐ夜になるから、この先に穴場のレストランがあるんだ。そこで一緒にご飯を食べて帰ろう」
もし、エリザベスが聞けば、喜んで承諾するようなアクトからの食事の誘いだったが、ハルはそうならない。
「えー、面倒だわ。私は自分で料理作れるから遠慮するわよ」
アクトからの誘いは不快では無かったが、ハルはラフレスタのレストランにあまり期待が持てなかったのだ。
彼女の味覚はこの世界の一般的な味覚とはかけ離れており、遥かに進んだ文明社会に住んでいた時に既に形成されている。
一部には美味しいレストランが存在している事を知ってはいるものの、それはあくまでほんの極一部であり、その他大勢のレストランは食材や味付け、そして、衛生面でハルはあまり行きたいとは思えなかったのである。
「そんな事言うなよ。俺だってひとりで食べるのはつまらないし。近くだから行こう。いつもお世話になっているから俺が払うし」
「そんなのいいよ」
「まぁ、そう言わずに、店はすぐそこだからさ」と半ば強引にアクトに誘われる。
アクトに手を引かれたハルは、やがて大通りから一筋入った細い路地にひっそりと建つレストラン『フリント』へ入った。
ハルの予想違わず、お世辞にも洒落たレストランではなかったが、入ってみてハルに分かった事は、まだ早い時間であるにもかかわらず店内はそれなりに客で賑わっており、活気のある店だった。
ふたりは壁際の席を確保し、テーブルに着くと直ぐに給仕の女性がやってきた。
「あらアクト君、また来たのね。それに女性連れとは珍しいこともあるのね」
長い茶色の髪を後ろにまとめた若い給仕の女性は微笑ましくアクトに話しかけると「今日は何にする?」と手慣れた様子で注文をとる。
「いつものフラガモをふたり分下さい。それと葡萄の果実汁。ハルもそれでいい?」
「う~ん。私は何も解らないから任せるわ。同じものをお願い」
「じゃあ、それもふたつ」
そう言って懐から銀貨を二枚出す。
「毎度あり。しばらく待っていて」
そう言うと給仕の女性は銀貨を受け取り、店の奥へと消えて行った。
女性給仕と手慣れたやり取りをするアクトを見たハルは、アクトがこの店の常連だとすぐに推測できた。
「アクトはよくここに来るの?」
「ああ、最近ね。見た目はちょっとアレだけど・・・ココはとても気に入っているんだ」
「意外だわ」
アクトは気さくな性格をしているが、ブレッタ家という名門貴族の出身である。
ブレッタ家は爵位こそ低いものの、英雄の末裔であり、長い歴史を持つ事から一流の貴族と言っても過言ではない。
そんな貴族が、こんな、ある意味正しく街の食堂とも呼べるような小汚いレストランに足を運ぶのはとても意外であり、本人が良くても、彼の周辺がとても許してはくれないだろうとハルは思えた。
「だろうね。貴族がこんな店に足を運ぶのはどうかと思っている? 確かにあまり清潔ではないけど・・・」
そう言って床や調度品を見渡すと、それなりに掃除はしているものの、所々に老朽化が目立つ内装だった。
「失礼かもしれないけど。正直、女性を初めて誘うにはどうかな? と思うお店ね」
ジト目になるハル。
アクトはほんの少しだけ「仕舞った」とバツが悪くなる仕草をしつつ、持ち前の涼しい顔で乗り切ろうとする。
「まぁそう言わないでくれよ。店内の造りに関してはアレだけど・・・あまり流行り過ぎないように偽装しているんだ、と思えばいいさ。ここは本当に穴場なレストランなんだよ。特にこの店のフラガモはラフレスタで一番だと思う」と豪語するアクト。
その様子にホントかしら?と少し呆れつつ、しばらくすると注文した料理が出てくる。
フラガモとは鴨の肉と野菜を甘みのある特徴的なスープで煮込んだラフレスタの郷土料理である。
ラフレスタでは有名な料理なので、街中どこでも売っている料理だ。
当然ハルも過去に食べた事はあったが、この癖のある甘いスープが苦手で、あまり好きになれない味のため、それほど好んで食べていなかった。
「さぁ、温かいうちに食べよう」
ハルは過去の記憶から正直あまり食欲が進まないが、今日はアクトとの付き合いもあるため、仕方なくスプーンを取ってフラガモを口に運ぶ。
「!!!」
口に運んだ瞬間、ハルの口の中で旨さが一気に広がった。
それまで自分の食べたフラガモは一体何だったのかと思えるぐらいの美味しさだ。
「お、おいしい!」
それまでは苦手だと思っていた癖のある甘いスープがまず違っていた。
甘いながらも嫌味がまったく無く、鴨肉や野菜にとてもよく合う味だ。
そして、柔らかい肉と食感のある大口の野菜が蕩けて、それらをひとつに包み込むように絶妙なスープが絡んでおり、お互いの味を押し殺す事なくひとつの料理として完成している逸品だったのだ。
「とても美味しいわ!」
素直に称賛の言葉を口にしたハルを「だろ」とアクトはしてやったりの満面の笑みが浮ぶ。
「実は今まで、俺はフラガモがあまり好きじゃなかったのだけど、この店のフラガモを食べてから考え方が変わったんだ」
「そうね、まったく同意するわ。こんなに美味しいなんて、今まで食べたフラガモとは別の料理のように思えてくる」
アクトの意見に同調するハル。
一口、一口と食べるほどに味わい深くなるフラガモに舌鼓を打つふたりだった。
そして、大半を食べ終え、落ち着いてきたところでハルがアクトに話しかけた。
「あーおいしかった。それにしてもよくこんな店を見つけたわね」
「ああ、実は警備隊の人に教えてもらったんだ。さすがに、うちの高等学校の連中にこんな場所をうろつく輩はいないから」
アクトの話でハルは合点した。
スラム街とまでは言わないが、この地区もそれほど治安が良い所ではない。
学生、特にアクトが通っているような一流名門学校の生徒が一人で来るのは、あまり薦められるところではない。
尤も、暴力でアクトをどうこうできる人物がそう易々といるとは思えないが、それでも数の力というのはバカにできないため、警戒する必要もあるだろう。
「やはり意外ね。私はアクトがこんなに冒険家志望な人だったとは思わなかったわよ」
「揶揄わないでくれよ。そもそもここに来たのは三ヶ月前ぐらいからだし。警備隊の人達と付き合うようになってからこういう雑多な雰囲気が嫌いじゃなくなったというのもあるんだろうなあ。だけど、ここに来る一番の理由は、ここのフラガモの味が気を入っていたからさ」
「あらら、冒険家志望ではなく単純な食いしん坊さんだったのね。ラフレスタ高等騎士学校の寮で夕食が出るんじゃないの?」
「ああ、でも実習授業で警備隊のところにお世話になってからは、寮ではあまり食べなくなった」
アクトが実習授業で選択した警備隊の補佐という科目は騎士学校でもあまり人気のない選択肢であった。
人気が出ない理由はいろいろとあったが、その中でも日によっては夜警の番があったため、寮の食事の時間に間に合わなくなるのもその不人気の理由ひとつである。
その反面、寮の門限などの制約が無くなるため、これを目的にこの授業を選択する者が極少数存在していたが、アクトはそのような役得には興味がなかったりする。
「まぁ当初は寮の夕食にありつけなくなるのは痛いと思ったけども、そのおかげでこのフラガモの味を知ることができたから、良かったと思っているさ。それにここだけの話だけど・・・」
他人聞えないように少し声のトーンを落とすアクト。
「この店は全体的に安くて美味しいメニューが多いけども、それでも、フラガモ以外の料理はハルの作った料理の方が美味いよ」
「まあ。褒めても何も出ないわよ」
思わず顔が綻ぶハル。
「本当さ。俺が今まで食べてきた中ではハルの作った料理が一番さ。きっとここのフラガモだってハルがその気になれば、それ以上のものを作ってくれるんじゃないかって思っているし」
「ありがとう。そんなに褒めてもらって嬉しいわね。今まで料理を出してきた甲斐があったのかも」
「今日の昼もそうだけどハルは毎日美味しい料理を作ってくれるし、魔法だって上手い。凄い魔道具だって作れる。科学と言う新しい知識も余すこと無く教えてくれる。そんなハルに俺はとても感謝しているんだ。だから・・・」
いつになく真剣に語るアクトが、改まってハルに対して感謝の気持ちを伝える。
それが少し気恥ずかしくなるハル。
アクトはハルの手を取り、更に大切な話を続けようとしたが・・・
ここでそれを遮る者が現れた。
「お! アクトじゃないか」
突然のその声にアクトとハルはビクつき、思わず、つながっていた手を互いに離し、テーブルの下に手を隠すようにしてから声の主へと振り返った。
「あら? 良いところだったか。すまない。邪魔したな」
そう言うのは警備隊の制服を来た集団で、その先頭にいた副隊長のフィーロだった。
「え゛・・・あ、いや、違うんです」
何かを慌てて否定しようとするアクト。
「何が違うんだよ、アクト。エリザの嬢ちゃんといい、まったくモテる奴だな、お前は!」
そう茶化すのはフィーロの後ろにいた若手の警備隊員で、若干お酒がまわっていた。
警備隊は交代制勤務制なので、早番は午後で仕事終了となる。
この若手隊員ディヨントも仕事が早く終わり、少し酒を飲んだ状態で、ここは二軒目だったのだ。
「ディヨントさん、誤解ですよ。彼女は自分のお世話になっている人というか、友人です」
「ああん? 何を言ってんだアクト!お前なぁ、解ってんのか?」
若干、呂律の回らない彼の物言いから、このディヨントと呼ばれる若手警備隊員は既に酒に酔っている事がハルにも解った。
「おい。ディヨントやめておけ」
「いいんすよ、フィーロ副長!この際、この世間知らずのお坊ちゃんにガツンと言ってやりたいんっすよ」
そう言うとフィーロの静止を振り切りアクトの席の前までやってくる。
「アクトよぉ、お前自分のしでかした事を本当に解ってんのかよ。自分の事ばっかり考えて行動しやがって、ホントに胸糞悪いぜ。勝手に押しかけて、無理やり訓練に参加させろって言うし。白魔女と勝手に喧嘩始めやがって、そして、挙句の果てには自分の事を追っかけてきた女も守れねえし、怪我もさせちまう。そのとばっちりで、ロイ隊長やフィーロ副長まで街のエライさんから大目玉喰らうし、我ら警備隊の信用もがた落ちだぜぇ。そして、大人しく謹慎しているのかと思いきや、今度は別の可愛い子ちゃんとデートだと。ホントに何様なんだよ!この貴族様はよぉ!!」
「・・・」
「オラァ、何とか言えよ!」
酒で多少気持ちが大きくなったのか、日ごろ溜まっている鬱憤を晴らすディヨント。
これは所詮酔っ払いの戯言であり、全ての彼の言い分が事実では無かったが、ディヨントの主張には一部に正論もあったため、何も言い返せないアクト。
特に今回の件でロイ隊長に大きな迷惑をかけたのは事実であり、アクトに自責の念を思い出させていた。
それでも何かを言うべきだとアクトが口を開きかけたが、それよりも早く、目の前にいたハルが立ち上がってディヨントとアクトの間に入る。
「言いたい事はそれだけかしら、酔っ払いさん?」
毅然とそう言い放ったのはハルだった。
「ああん? 何だよ、嬢ちゃん」
「言いたい事はそれだけか?って聞いたのよ。聞こえているの?それとも言葉が通じないほど酔っ払っているの?」
「何だよ!煩せぇ。おまえには聞いてねぇんだよ。関係ないやつは黙ってろや」
ディヨントは凄む。
若手といえ警備隊として日頃から荒事に対処している彼は、なかなかの迫力を持っていたが、ハルはそれに全く臆する事はなく、男を真っすぐに睨み返して対峙した。
「関係は大ありよ。私とアクトは共同研究者なの。互いに協力してひとつの物を作るのよ。つまり、彼とは一蓮托生の関係であり、彼にもしもの事があると私だって困るのよ。勿論、その逆もしかりで、私にもしもの事があると彼だって黙っちゃいないわ。今は彼が困っている。だから、私がこうして発言しているのよ。文句ある!?」
「う!」
ハルの迫力に押されるディヨント。
先程までは饒舌にアクトを捲し上げていたはずだったのだが、ハルの一言で一気に酔いが覚めてしまった。
「アクトは純粋に強くなりたかったのよ。白魔女という好敵手に勝つためにね。彼は強くなるためにあなた達、警備隊を頼った。それは今のアクトにとって警備隊しか頼れるところがなかったからなの。今回は結果的にそれに付いていったエリザベスさん達が怪我する事になったけど、彼女達の行動にも問題があったと聞いているわ。それはその・・・これは私達アストロ魔法女学院の恥にもなるからあまり言い難いんだけど・・・彼女達が怪我したのは自己の力への慢心と、敵を殺しても気にしないやり方で、結果として白魔女に反撃されただけ。つまり自己責任の範囲だと思うわ。まぁ、命を取られなかっただけ良かったと思うべきね」
矢継ぎ早に反論するハルに、今度はディヨントが何も言えなくなる。
「それにアクトが『自分の事しか考えない』なんて聞き捨てならないわね。私の知っているアクトはそんな卑怯者じゃないわよ。貴方達は一体彼の何を見てきたの?白魔女や月光の狼を連日とり逃がしている癖に、彼以上の働きを誰だってしていないじゃないの?しっかりと自分の仕事をしてから文句を言いなさいよ!」
少々興奮気味になってきたハルだったが、自分の声が店中に響き渡っており、注目が集まっている事を今更気が付いた。
一方的にアクトが言われている事に我慢ならず、思わず言い返してしまったハルだったが、こう注目が集まるのは非常に居心地が悪い。
「雰囲気が悪くなってしまったわね。アクト、行こ!」
そう言ってアクトを引張り、店をするりと出るハル。
去り際に給仕女性がハルに向かって「あなたやるわね。アクト君が彼女に選ぶだけあるわ」と賛辞を贈ったが、「ありがとうございます。でも私はアクトの彼女ではないです。あくまで仕事上のパートナーですから」と律儀に訂正する事を忘れなかった。
(また、間違って「パートナー」という単語を使ってしまったが・・・)
残されたディヨント達を始めとした警備隊は突然反撃したハルの迫力と、そして、颯爽と去るその姿に唖然としていたが、やがて我に返る。
「あの女、かわいい顔して凄ぇ迫力だなぁ~って、あっ、痛てぇ!」
ディヨントの頭を小突くフィーロ。
「お前の言い過ぎが原因だ」
「フィーロ副長。すみませんつい。でも、アクトがあんな可愛い子とイチャついているのを見て、腹が立ってしまって・・・」
「お前なあ。アクトはそんな奴じゃないぞ。しかも、あの子は恐らくアクトの彼女ではないだろう。以前、アクトから聞いていたが、あの娘はアストロの才女らしく、今は一緒に授業受けている学友だろうな」
「え、フィーロさん、あの子を知っているんすか?」
「アクトから話だけは聞いていたが、実際に顔を見たのは今日が初めてだ。それにお前はさっきの物言いはアクトに嫉妬して絡んだろう」
「だってアクトは次から次へと新しい女を連れてくるし、ひと事、ふた事と言いたくなるのもありますよ」
「まぁ、お前の気持ちも解らんでもないが、あれでもアクトはいろいろと苦労しているんだ。今日も解ったろ? あんなに可愛らしい顔していてもあの気の強さは筋鐘入りだったじゃないか。女ってのはなぁ、顔とスタイルだけに騙されちゃいかんのだ」
「まったく同感っす」
私生活でディヨントは女性に振られ続けており、綺麗どころに次々と好かれるアクトを妬み、無理やり理由をつけて絡んだのだが・・・その結果、気性が激しい女性の一面を見てしまったのだ。
フィーロとディヨントは互いに顔を見合して少しだけ下品に笑っていたが、その直後に、給仕の女性にお盆で頭を叩かれたのはここだけの話しである。
レストラン『フリント』を飛び出したハルは、今更ながらに自分のしでかした行動で恥ずかしくなり、無我夢中でアクトの手を引き、ラフレスタの街路を歩く。
その間、ふたりに会話は無かったが、アクトの手を強く握りしめて腕を抱え込むようにして速足で歩くハル。
そうするとアクトの腕は彼女の身体に密着し、否が応でもハルの身体の柔らかさが伝わってきて、そして何とも言えない女性の香りが彼の鼻腔を刺激する。
アクトは密かに興奮を覚えながらも、ハルに遅れをとらないように少し早歩きになって彼女の後をついて行くのであった。
そして、ふたりが行きついたところ・・・それは小川の流れる公園だった。
この公園は市民の憩いの場であり、昼間は子供を連れた親子がこの場を賑わしているが、夜の帳が下りた今となっては、人は疎らで、所々に男女のペアが座って小声で何かを話し合っている。
所謂、若者の集うデートスポットという場所である。
彼、彼女達はおそらく現在進行形で互いに愛の言葉を紡いでいると思われるが、今のアクトとハルは、そういう事をしたいためにここへ来たのではなく、先ほどの店を飛び出して落ち着ける場所を探して、偶然ここに行きついただけだ。
適当な草むらに腰を下ろすふたり。
「ホントに嫌になっちゃうわ!」
ハルはため息交じりに先ほどのディヨントの事をまだ怒っていた。
その怒りの何パーセントかは、自分のしでかした事に対する恥ずかしさも混ざっていた彼女だったが、それはアクトに伝わっていない。
「ハル、さっきはありがとう。でも、ディヨントさんの言う事はもっともなのかも知れない」
アクトは元気なく落ち込んでいだ。
「何を言っているのよ。さっきもあの人に言ったけど、それが全てアクトのせいではないでしょ!」
「そうかも知れないけど・・・ディヨントさんが言っていたとおり、俺は自分の事しか考えていなかったのかな・・・と反省している」
「それこそ意趣返しよ。あのディヨントって人も自分の事しか考えていないわよ」
「え?」
「だってそうじゃない。警備隊は街の治安を維持する事、市民の安全を守る事が一番の仕事よ。それが失敗続きで立場が無くなってきて、たまたま目立つことやっているアクトのせいにしているだけじゃない」
ハルは単純に強気でそう言っているのでは無い。
実はあの瞬間にもハルは無詠唱の魔法で、一瞬にしてディヨントの心を捉えていたのだ。
彼はアクトを見つけて著しく苛立ったが、その理由は不純極まりない事であるのがハルには解っていたのだ。
ディヨントはまだ警備隊としては未熟で、白魔女や月光の狼には全く歯が立たない、そして、目立った成果を出せてない自分に対しても劣等感と苛立ちを覚えていたようだ。
それはそうだろう。
言うなれば、ディヨントは良くも悪くも凡人だった。
彼は一般的な人間の基準範囲内であり、剣や魔法の腕はそこそこ止まりだったのだ。
いや、魔法が少し使える事で一般的な警備兵と比較すると僅かに優秀な人材と言えるかも知れない。
しかしそれは『一般的な』という範疇の話であり、この中途半端な実力が彼の心に余計な自尊心を育む結果となっていたから皮肉である。
そんな凡人の範疇を脱しない彼が魔道具で強化した人間達に敵う訳もなく。
結果、月光の狼や白魔女に良いようにあしらわれる日々が続いていたのだ。
そこに颯爽と現れたアクト。
彼は特異体質として持つ魔力抵抗体質の力を活用して、月光の狼や白魔女と渡り合う激闘を繰り出していた。
それを見たディヨントは今まで自分が苦労して得た力が一体何だったのかと自問を始めるとともに、アクトの活躍を妬むようになったのである。
しかもアクトは女性にモテている。
訓練所には豪華絢爛で煌びやかな女性達を連れてくるし・・・
(これはエリザベスとローリアンの事ね)
前々の実習授業では同郷の可愛らしい女性と常に一緒にいたし・・・
(同郷の女性?ってアクトからは何も聞いてないわ。少し気になるけど、まあ今は置いておきましょう)
そして、今日は綺麗どころの魔女っ子ちゃんとデートだと!アクトお前だけ何故だ。
羨まし過ぎる!!!
(私を綺麗と言うのは・・・まあ、ケアしているからまぁ当然よね。それに私って他人から『魔女っ子』ってイメージで見られている・・・まぁ、確かに私は根暗でガリ勉風貌の眼鏡魔女を演じておりますが、何か?)
ディヨントの心を読んだハルだからこそ、彼がアクトを妬み、それをいろいろと別の理由を挙げて彼を責めたのが解っていた。
ディヨントの言葉責めが、ほとんど後付けなのをハルは看破していて、だからこそ、ハルは強気でアクトの正当性を訴えたのだ。
「あの店でも言ったけど、この問題はアクトが気にする事は無いとは思うけど、これ以上この話しを続けていても堂々巡りになるわね・・・」
「済まない、解ったよ。誰が悪かったかは別にして、今度、ロイ隊長とフィーロ副長、ディヨントさんに腹を割って話しをするよ。その結果がどうなるかは解らないけど・・・」
ハルの言うとおりとアクトはモヤモヤとした気持ちを切り替える努力をした。
彼の良いところは幾か有るが、このように前向きに生きる事ができるのは良いところだと思うハル。
「アクトがそうしたいと思うなら、それが良いと思うわ。それにもう数ヶ月すると卒業よね。その時に後悔が無いようにすればいいんじゃない?」
「ああ、そうするよ」
ハルの言うとおり、後悔をするぐらいなら行動する。
それがアクトの本質だ。
クヨクヨしていたアクトがようやく元気に戻りつつあり、少しホッとするハルだった。
「それにしてもハルは強いね。本当に尊敬するよ」
「そんな事もないわよ。私なんて言いたいときは言う。行動したいときは行動する。だけど、実はそれで後悔するときだってあるわ。よくお父さんに『口が悪いぞ』って怒られたからね」
へへへと頭に手をやって可愛く反省するハル。
「へぇ~。ハルを叱るお父さんかぁ。お父さんはどんな人だったの?」
それを聞いてハッとするハル。
自分の事はあまり他人に話さないようにしていたのを失念していたからだ。
「・・・えっと、そうね」
「あっすまない。辛いなら別に話さなくてもいいよ」
言い及んでいるハルの様子から、もしかして、うっかり辛い事を聞いてしまったと思うアクト。
アクトは、ゲンプ校長から「ハルは遠くの滅亡した国の末裔かも知れない」と聞かされていたので、両親とは死別したのだろうと勝手に思っていたからだ。
ハルは頭を振って、気にしないでと答えた。
「大丈夫よ、アクト。気遣いをありがとう」
こういう時のアクトの人を思う優しさがハルには本当にありがたかった。
「お父さんは厳しい人だったけど、それでも大好きだったわ。偉大な科学者でもあり、言うなれば私の科学者としての師匠だわ」
「そうか。ハルの師匠ならすごく偉大な人だね」
アクトはハルの父を称えた。
「本当にありがとう」
ハルは昔の事を思い出したのか、目頭が少し熱くなってきた。
それを見たアクトは彼女を泣かしてはいけないと思い、急遽話題を変える事にする。
「あっそうだ。さっきのお店で言いそびれた事があるんだ」
そう言い自分のポケットに手を忍ばせる。
「え? 何の話しだったっけ」
「あのさ。ハルにはいつも世話になっているし、ありがとうって話しだよ。それに初めて会った時に眼鏡を壊してしまっただろ。その罪滅ぼしもあって。はい」
そう言うとアクトの懐から手のひらに収まるぐらいの小さな袋がハルに差し出された。
「え?これって」
ハルがキョトンとして袋を見る。
「プレゼントだよ」
アクトはそう言うと袋をハルに手渡す。
「あ、ありがとうアクト」
こちらの世界に来て、初めて異性の人から貰うプレゼントに嬉しいやら、困るやら・・・複雑な気持ちになるハル。
「眼鏡の事は気にしないでいいのに。これって私の自作だからそんなにコストもかかってないよ」
そう言って、今かけている眼鏡を指さす。
こちらの世界で眼鏡は高級品であり、普通に売られている物でも眼鏡一脚が十万クロルはする。
魔法が付与されていたり、凝った装飾がされていたりすると、もっと高くなり、新米兵士の給与の数ヶ月に相当する高級品もあったりするのだ。
「まぁ俺の気持ちだよ。それにさっきエリオス商会のエレイナさんの勧めで買ったからあまり高いものでもないしね」
エレイナさんとはあの美人秘書の事である。
そう言えばアクトとずっと喋っていたし、商会を出る時に彼女が含み笑いをしていた事を思い出したハル。
アクトからプレゼントの相談受けたエレイナは「ハルは豪華な高級品を好まない」とアクトにアドバイスしていた。
「こう言っちゃなんだけど、俺は今まで女性にプレゼントを贈った事も無くてさ。それで、エリオス商会に行ったとき、これはいい機会だと思って、秘書のエレイナさんに相談してみたんだ。そうしたら彼女は今、ラフレスタで一番流行っているものを教えてくれたのさ」
アクトは笑顔だったが、ハルはなんとなく嫌な予感がしてきた。
「開けてみていい?」
「ああ、いいよ」
清々しく応えるアクトだったが、ハルは自分の考えている事が、どうかハズレて欲しいと切に願いながら、恐る恐るプレゼントの外装を解く。
そして、出てきたものが・・・
「懐中時計・・・・」
やはり、これか!
「そう。俺も噂に聞いていたけど、これって凄いんだぜ。ここをこうして・・・」
得意気に懐中時計の説明を始めるアクト。
全てエレイナの受け売りだったが、使い方、メンテナンスの方法、保管の方法を事細かにハルへ説明した。
ハルは微妙に脱力しながらも「あ、ありがとう」と造り笑顔でアクトへ感謝の言葉を伝えるのが精一杯だった。
(これは自分が作ったものです・・・)
と、アクトに伝える機会もなくなり、エリオス商会の去り際に笑いを堪えていたエレイナの意味が、今、ようやく解ったのだ。
これはエレイナの悪戯心なのか、それとも、彼女なりのアクトに対する、すごく解りにくい復讐なのか・・・
エレイナは以前の転移事件のときに、月光の狼の一員としてアクトと一回だけ対戦していたこともあるし・・・
いずれにしても、次回、彼女と会った時に、詳しい意図を問い正す必要がありそうだ。
そう心に強く刻むハルだった。
しかし、最後に、「俺もひとつ買ったんだよ。これでお揃いだな」とアクトが笑顔を交じりに自分の懐中時計を見せたとき、何故か心が弾む気持ちになってしまうハルだった。