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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第三章 交流授業
31/134

第十話 お仕置き

 アクトとエミラルダの突発的な出会いから時間は少し遡る。

 ハルとの魔道具開発の授業を終えたアクトはいつものように己の鍛錬のため、第二警備隊の鍛錬場へと足を運ぶ。

 今日はエリザベスやローリアンも一緒に鍛錬をする日だった。

 当初はアクトと供に毎日鍛錬に参加しようとしていた彼女達だったが、あまりの訓練の厳しさに毎日続ける事はできず、こうして一週間に一度だけの参加になったのだ。

 アクトとしては別に自分に付き合う必要は無いと言っていたのだが、しつこく懇願されたため、彼女たちの好きにさせている。

 そして、今日は珍しく訓練が終わった後に彼女達と食事をとる約束になっていた。

 彼女達―――特にエリザベスから只ならぬ執着を感じていたアクトは何らかの理由をつけて毎回彼女から誘いを断っていたが、今日に限っては彼女達を指導している女性警備隊員の誕生日と重なり、それを理由に是非祝おうと言う事になり、断り切れなかったのだ。

 アクト、エリザベス、ローリアンの三人、そして、女性警備隊員と警備隊副隊長フィーロの五名で、それなりに格式の高いレストランで会食する運びとなった。

 ちなみにこの会合にインディは参加していない。

 彼は同郷のサラが本日、風邪で学校を休んでいるらしく、そのお見舞いのため先に帰った。

 アクトもサラを気遣ってお見舞いに行こうとしたが、インディに「任せとけ」と言われてしまい、こちらの会食に参加する羽目となってしまったのだ。

 遅い時間から始まった会食は当然、終了の時刻も遅くなり、普段より遅い時間の帰りとなる。

 そろそろ門限の時刻が心配になってきたアクトは近道として普段からあまり通らない街路を通り、そして、この事件に遭遇する。

 ドンと、暗い脇道から相当の勢いで飛び出してきた人物が自分の背中にぶつかり、突き飛ばされて宙を舞うアクト。

 鍛錬をしていたお陰なのか、身体はすぐに反応して受け身を取ることに成功し、そして、素早く立ち上がった。

 ぶつかった相手に抗議を挙げようとして・・・果たして、驚きの人物がそこに立っていたのだ。


「危ないな。何をするんだ・・・ってお前は白魔女っ!」


 ぶつかった黒尽くめの人物の後ろに立っていたのは、白いローブを纏った美女だった。

 そして、彼女が小さい声で溜息混じりに呟いた声をアクトは聞き逃さなかった。


「アクトね・・・」


 互いに突然のことで、状況について行けなかった周りの人達はようやくハッとなり、一瞬にして場に緊張が走る。


「白魔女・・・と言う事は『月光の狼』か!」


 警備隊の副隊長であるフィーロが素早く剣を抜いて構え、女性警備隊員もそれに続く。

 そんな緊張した相手の様子を全く気にせず、白魔女エミラルダは路地の暗がりからゆっくりと進んで、大通りの明るみのある場所へと姿を晒した。

 今宵、月は出ていなかったが、街灯の魔法照明に照らされた彼女はどこか優美であり、仮面に隠された彼女の顔の一部が淡い魔法光に照らされて、神秘的な美しさを醸し出している。

 この場の空気が白魔女の存在感によってどんどん支配されていく中、それに抗ったのはアクトだ。


「どうして俺の名を知っているんだ」

「あら、魔女はなんでも知っているのよ。アクト・ブレッタさん。それとも『女性に乱暴する変態坊や』とでも呼んだ方が良くて?」


 挑発的な笑みを浮かべ、フフフと笑う白魔女。

 反対にアクトの顔はどんどん赤くなって羞恥に染まる。

 前回、自分が白魔女に行った行為を思い出してしまったからだ。


「あれは・・・あれは事故だ! 間違いだ! そんなことよりも、お前がなぜここに居る!!」


 こうやって見事に話を逸らされた事に気が付かないアクト。

 白魔女エミラルダがアクトの名前を知っているのは彼女の正体がハルだったからであり、半日前は共同作業をしている本人であったから当然である。

 彼女がうっかりアクトの名を呼んでしまい、内心、しまった、と思いながらも「魔女だから」とやや強引な理由で上手く誤魔化し、その上、過去のアクトの失敗を晒した事で話題転嫁に成功していたりする。

 そんなことを露ほど知らないアクトは自分の汚点を周囲に知られたく無いと思う気持ちもあり、矢継ぎ早に白魔女に迫る。


「答えろ!白魔女」

「答えろと言われてもね。ここがラフレスタである以上、私がどこに現れて、どこに行こうと、個人の自由じゃないかしら?」


 いつもどおり飄々と答えるエミラルダは余裕の表情でアクト達を見据えた。

 この隙を利用してサリアは白魔女の近くに控え、どうとでも動けるように準備を進める。

 自分たちが値踏まれていると感じたアクトは相手に妙な時間稼ぎをさせたくなかったため、すぐに行動へ移るようにした。


「うるさい。お前達のやっている事は犯罪行為だ! 今日こそ捕まえてやる!」


 そう言うと自ら抜刀し、白魔女に剣先を向ける。

 それが合図となり、白魔女達と警備隊達が互いに距離をとって散会した。

 こうして、アクトとエミラルダの第三戦が始まった。

 戦いの局面は白魔女対アクト、月光の狼サリア対フィーロと女性警備隊隊員になる。

 前者は白魔女が放つ牽制の魔法弾をアクトが拳で打ち消す派手な魔法戦が行われており、後者は二人の警備隊隊員が織りなす攻撃をサリアひとりが魔法剣で迎え撃ち、こちらも派手なつば競り合いとなっていた。

 互いに派手な戦闘を繰り成していたが、それはどこか優美であり、まるで演劇のいち場面を切取ったように見えるから不思議だった。

 その戦いをしばらく傍観していたエリザベスとローリアンだったが、やがて我に返って自分達がどうするべきかを考え始めた。


「あ奴が白魔女なのですわね。初めて見ましたわ、ローリアンさん」

「本当に驚きです。噂に違いない魔力を持っているようにも思われますが・・・」

「そうですね。でも、些か攻撃魔法が単調ですわ。もしかしたら早打ちが得意なだけの魔術師ではないかしら」

「確かに簡単な魔法しか放っていません」


 白魔女の実力を値踏む彼女達。

 学院でも成績の良い彼女達は複雑で高度な魔法を『良い魔法』として評価している。

 そんな彼女達の基準で見ると、目の前で行われている戦闘は手数こそ圧倒的に多いものの、ひとつひとつの魔法の威力はたいしたことないように見えた。

 その実、アクトと戦うエミラルダが随分と手加減していたのだったが、これに気付けるほど彼女達の経験値は高くない。

 とどのつまり、彼女達はこれが白魔女の実力だと誤認し、「意外とたいした事が無い」と見誤る事になる。

 そして、彼女達はこれならば自分達の力でも通用すると判断し、戦に加わる決意をする。


「あの白魔女は現在のアクト様の大きな障害になっている人物ですわ。ここで我々も助太刀をして、アクト様の勝利に貢献します。いいですね、ローリアン」

「解りました、エリザベス様。我らの高度な魔法で白魔女を倒し、あの奇妙な仮面を剥いでやりましょう。あの仮面の下には、きっと醜悪で卑しい素顔を隠しているに違いありませんわ」


 獲物を見つけた獣のように舌舐め擦りするローリアン。

 彼女にはエリザベスに対する忠誠心もあったが、それ以外にハルの事でいろいろとストレスが溜まっており、都合の良い捌け口を見つけた格好だった。


「では、行きます」


 ローリアンの本気を確認したエリザベスはアクトの覚えを良くする機会に恵まれた事を神に感謝しつつ、全力で白魔女を倒すべく気合を入れるのだった。

 

 

 

 アクトは次々と迫り来る光の魔法弾を拳で叩き落す。

 普通の魔力抵抗体質者でこんな芸当をできる者などいないのだが、彼は鍛錬と努力によって、このように超絶的な技を実現可能なレベルに育て上げることができていた。

 光弾魔法の攻撃は、魔法による光と熱で相手にダメージを負わせる攻撃方法である。

 純粋な魔法による攻撃では、アクトの身体に当たったとしても、自身の持つ魔力抵抗能力によってダメージを受ける事はないのだが、この白魔女の光弾には細工があり、消滅する際に小さく爆発する術が組み込まれていて、この衝撃によるダメージも加わるようになっていた。

 どういう仕組みかは解らないが、どうやらこの衝撃は魔力抵抗の防壁では防ぐ事ができないようだ。

 拳で無力化した場合は問題ないのだが、これが魔力抵抗体質の本来の防御の形である身体を使って無力化しようとするとダメージを受けてしまう。

 それが解ったのは、白魔女の攻撃を一発撃ち損じ、自分の身体で魔法を無力化しようしたときに感じていた。

 ひとつひとつはたいしたダメージではないが、数発、いや、少なくとも十発ほど喰らえば、自分は戦闘不能になるとアクトは予想する。


(仕組みは解らないけど、上手い攻撃方法を考えたものだな・・・)


 アクトは内心で白魔女を称賛しつつも、次々と自分に迫る光弾を拳で防いだり、回避したりする。

 白魔女の放つ光弾の攻撃はアクトと距離を取りつつ、彼を専守防衛させる事に特化した攻撃方法だった。

 攻撃の手数の多さにアクトは防戦一方となるが、彼が数回ミスをすればそれだけで戦闘不能に陥るのだ。

 対する白魔女はそれほど魔力を消耗しておらず、この程度攻撃ならば無限に近い時間継続する事ができるとアクトは感じていた。

 確実にアクトを消耗させ、最終的に彼を戦闘不能にすることが目的であり、それでいてアクトが死傷するほどのダメージを負わせない戦術だった。

 その事が解るアクトは白魔女が自分に対して手加減する程度の相手であるという事実を悔しい気持ちで受け取りながらも、以前、彼女が言う「私の信条は殺さず」が本当なのだとも考えていた。

 そういう思いを内面に持ちつつも白魔女とアクトの攻防は続き、このまま永遠に続くような戦いであったが、その均衡は突然破られる事になる。


ブォーン、ドカーーーン!


 空気を揺るがすほどの大型の火球魔法が白魔女に迫るが、その速度は遅く、それに気付いた白魔女は素早く回避し、そして、白魔女が数刻前までいた場所に火球が着弾して大炎上した。

 それはエリザベスの放つ火球魔法だ。

 少し離れていたアクトにもその熱波と爆風の余波が感じられ、この火炎魔法の威力がとても大きいことが解る。


「ちっ。外しましたわ」


 悔しさに眉をしかめ、白魔女を睨むエリザベス。


「ローリアン。白魔女の動きを止めなさい」


 エリザベスの意図を理解したローリアンは頷くとローブの内側から小瓶を取り出し、中に入っていた液体を空中に散布した。

 辺りはたちまち鼻を突く甲高いニオイが充満したが、間髪入れずにローリアンから複雑な呪文の詠唱が響いた。


「~~~地の底より卑しき魂に捕らわれし蛇よ、この地に出でよ。魔蛇降臨!」


 長い呪文をそう締め括ると白魔女を中心とした空間の魔素が一気に活性化して地鳴りが始まった。

 何らかの異変を感じたアクトやフィーロ達は月光の狼から距離を取る。

 それと同時に白魔女とサリアの周辺一帯の地面が隆起し、おびただしい数の何かが地面から姿を現した。


「へ、蛇!」


 サリアはその光景を見て一瞬で恐慌に陥る。

 それは無数の白い蛇の群れ・・・と言うよりも『壁』と言った方が良いかも知れない。

 大小様々な白い蛇が地面より湧き出して、白魔女とサリアを囲むよう周辺一帯に突如として現れたのだ。

 その数は十や百どころではなく、数千、いや数万匹に相当し、全ての赤い目が獲物と見定めた白魔女とサリアを凝視していた。

 サリアは生理的な恐怖心から小さな悲鳴を挙げてしまったが、それが合図になったのか、白蛇の群れが一気に彼女達へ飛びかかる。

 蛇の群れの中でも特に巨大な全長十メートル程の大蛇が狙いを定めたのは白魔女だった。

 その動きは素早く、力強さは他の蛇よりも抜きん出ており、真っ先に白魔女へと襲いかかる。

 大蛇の攻撃に成す術もなく蹂躙される白魔女。

 その手や足、胴、顔とあらゆるところが大蛇に絡みつかれて身体の自由を奪われ、一瞬の間で五支すべてに大蛇が巻き付いた肉の塊にされてしまった。

 一方、サリアにはそれ以外の無数の白蛇が襲いかかった。

 彼女は魔法の短剣を振り回して健闘するものの、多勢に無勢のこの状況を覆すことはできず、やがて一匹の白蛇が左手に巻き付いて、手首を噛まれた。


「いっ、嫌!」


 牙が食い込んでチクリとする痛みと、その後に毒液を体内に注入されるおぞましい感覚に思わず悲鳴を挙げてしまう。

 彼女はそれを振り払おうと、右手に握った短剣で蛇を滅多刺しにするものの、蛇が自分の手から離れる事は無く、やがて毒が回り出したのか、全身に痺れが現れた。

 思わず、その場にへたり込んでしまうサリアは、意識が朦朧としてくるのを感じながら、自分の最期を自覚した。

 その光景を少し離れたところで黙って見ていたエリザベスはニヤリとする。


「ローリアン、よくやりました。次は私の出番ですわね」


 優雅そうに述べると魔法の呪文の詠唱が始まった。

 それなりに長い呪文の詠唱であったが、その間、白蛇によってサリアと白魔女は蹂躙され続けており、あまりにもおぞましい光景に誰もが動けずにいる。

 蛇の粘液と肉の掠れる不愉快な音以外はエリザベスの魔法の詠唱が鳴り響くのみ。

 そして、彼女の詠唱は完結する。


「~~~巨大な炎の波よ。彼の地に集いして全てを焼き尽くせ。火炎旋風!」


 エリザベスがそう唱えると、四方のどこからともなく炎が現れる。

 それはひとつひとつが巨大な炎の壁であり、大きな波が打ち寄せるように、それぞれが中心の白魔女に向かって収束したのだ。

 そして、四つの炎が中心に集まると互いに絡み合い巨大な火柱となり、凄まじい光と熱が発生して大爆発を起こした。

 これは全くの慈悲を感じられない炎の蹂躙であり、即死級の攻撃である。

 二十メートル近い炎の竜巻はそこに居た白魔女だけではなく無数の白蛇も焼き、それだけでは飽き足らず、街路に植えられていた樹木や周辺の建物にも燃え移った。

 凄まじい熱量を伴う魔法攻撃であり、とてもこのような街中で放ってよい魔法では無い。

 我に返ったフィーロは青ざめた顔でエリザベスに詰め寄る。


「おい、これはやり過ぎだろ! 延焼しているじゃないか。こんな街の真ん中で戦略級の魔法を使いやがって!」

「あら? 少しやり過ぎたようですわ。私は力の加減があまり上手じゃなくて、ちょっと本気になり過ぎましたわ。オホホホホ」


 全く悪びれる様子もなく応えるエリザベス。


「それでも、白魔女は見事に退治しましてよ。これでラフレスタを騒がしていた一件が解決できたのですから、少しの延焼ぐらい安いものじゃありませんこと?」


 自分の成果を強調し、少しの犠牲ぐらいは気に掛けるものでないと、悪い意味で貴族らしい発言をするエリザベス。


「いや、エリザベスさん。これはやり過ぎだ!」


 戦略級の魔法を強攻したエリザベスにアクトからも抗議の声が挙げる。

 彼としてもこの衝撃的な出来事を受け入れられずにいたのだ。


「白魔女にはまだ聞きたい事がいろいろとあったんだ! どうして殺した!?」


 ひどく怒るアクトだったが、何故、彼がそんなに怒っているのか本気で解らないエリザベス。


「何故って?犯罪者だからでしょう。捕えるのに労力がかかるならば、犯罪者を処断するのも悪い方法ではありませんわ。アクト様は白魔女に何を聞きたかったのですか?」


 エリザベスは自分の正当性を主張し、加えて、相手に質問を返すことで自分への訴追を躱す。

 これがエリザベスの常套句であり、彼女が自分を守るために常日頃からほぼ無意識で実行していることだ。

 それがアクトの目には不愉快に映ったが・・・「何って・・・それは・・・いろいろなんだよ!」と咄嗟にエリザベスの質問に答えられないアクトだった。

 アクトはこのとき、何故、自分がこんなに怒っているのか、自分でも解らなかった・・・

 解らなかったが、この時に彼に解っていたのは白魔女が死んでしまったのを非常に残念に思う気持ちと、彼女を無慈悲に殺害したエリザベス達に対する憎しみの感情であった。

 白魔女は『殺さず』を信条に、手を抜き自分達と戦っていた。

 対して、確実に殺す手段を選択したのはこちら側だ。

 それがあまりにもフェアーではない。

 その事は恥ずべき行為、だと思う・・・

 それが今の自分の感じている怒り正体だろう・・・

 アクトはそう思うことにした。

 そんなアクトの心の内など知らず、エリザベスは自己正当化の言葉を出して、更に追い打ちをかけようとする。


「アクト様、いいですか。白魔女は犯罪者なのですよ! 彼女の仕業で何人もの貴族仲間が泣いているのをお判りですか? 如何に容姿の優れた女性であっても、それに騙されてはいけません。犯罪者は処断されるべきです。だから私は・・・」


 貴族の論理としてエリザベスの言葉に一理はあるものの、それはこの場、この時に、言ってよい言葉では無い。

 アクトは自分の中の燻っていた得体の知れない黒い気持ちが膨れ上がり、抑えられなくなりそうだった。

 不快な事を言うこの女性の口を今すぐ塞ぐべく、拳を振り上げるべきかどうか・・・

 本気でそんな誘惑にかられたアクトだったが・・・

 実際にそれが実行される事は無かった。

 

 それは突然に起こる。

 火炎旋風の爆心地から青白い光が漏れたかと思うと、束の間に光の爆発が起り、周囲に青い光が漏れた。

 途端に、それまでこの場を支配していた火炎魔法の存在は全て消え去り、それと異なる青白い光の玉が五つ、地面を這ってアクトやエリザベス達に向う。

 その魔法の光の玉は凄い速さで迫り、誰もが回避する事を敵わず、全員に着弾してしまう。

 しまった、と思うが、それも後のまつりで、光の玉の正体は『氷結の魔法』だった。

 魔法はすぐに効力を発揮し、足が凍結して地面へと縫い付けられてしまう。

 どういう仕組みかわからないが、本来魔法が効かないはずのアクトにもこの魔法が正しく作用した。

 結果的に全員の身体の自由が確実に奪われてしまったのだ。

 身動きの取れない中、光の中からゆっくりと白魔女が姿を現し、そして、アクト達に近付いてきた。

 白魔女の姿は戦闘が始まったときと寸分に変化なく、彼女がまったくダメージを受けていないのが見て取れた。

 健全な彼女を見たアクトは何故だか少しホッとして、顔が緩む。


「まったく。味な真似をしてくれるわね」


 白魔女の声は多少の怒気が混ざっていた。

 それはそうだろう。

 自分を本気で殺そうとした相手に只ならぬ思いを持つのは人間として正しい感情なのだ。

 白魔女はローリアンの前まで接近すると彼女を睨む。


「私相手に幻術をかけるなんて、舐めた真似をしてくれるじゃない? その上、触媒効果のある薬品まで使って仕掛けるなんて、周到な事だわ」


 ローリアンが魔法を行使する直前に放った液体の正体は揮発性の高い薬品であり、人間の精神に作用して幻惑を誘導し易くするものであり、所謂、麻薬に近いものだ。

 魔法の防御力強化と耐薬品性のある白仮面を装着していたエミラルダだったからこそ良かったものの、もし、ハルの状態でこの薬品を使われていたら、彼女の術中に嵌っていた可能性も高かった。

 以前、ローリアンから脅しを受けたときに感じたニオイと同じである。

 あのニオイこそ、この薬品の正体であり、このニオイが漂う空間に入る事はローリアンの支配する領域に入る事を意味していたのだ。

 しかし、エミラルダにこの薬品は効かない。

 白魔女の仮面によって強化されている能力のうち、身体に危害を与える毒の中和や幻惑に代表される状態異常に抵抗する機能があった。

 この程度の麻薬などは全く影響を及ぼさないのだ。


「く・・」


 悔しそうに顔を歪ませるローリアン。

 以前、ハルを脅したときのあの陰湿な顔が見え隠れしたが、これは幸いなことに今の彼女の表情は対峙している白魔女エミラルダにしか解らない状態であった。


「貴方の幻惑の魔法は無駄が多いわ。本当に恐怖を与えるのだったらこうする事ね」


 そう言うと白魔女エミラルダの目が怪しく金色に光る。

 目を合わせていたローリアンは自分に魔力が流れ込むのを自覚して、同じ幻術魔法の使い手として「不味い」と感じたが、時既に遅く、白魔女から目を離せない状態に陥る。

 互いに沈黙し、何も無い時間が過ぎたが・・・

 数刻後にローリアンから獣染みた悲鳴が発させられて、その沈黙は破られた。


「ひっ、ひぎゃぁぁぁーーーーーーーっ!!!」


 ローリアンは後退ろうとしたが、両足が氷結で地面に縫い付けられていたため、膝から後ろに崩れ落ちて仰向けに倒れる恰好になる。

 彼女が一体どんな恐怖を見たのか・・・それは他人には解らないが、ローリアンが顔面蒼白状態で目の焦点が合っておらず、手や身体が小気味に震えていた事から、相当な恐怖を味わったことは確実だった。

 そして、彼女の下腹部からは透明の温かい液体が染み出していた。

 不浄なその液体は彼女の衣服を濡らし、地面に不愉快極まりない水溜まりを作っていた。

 失禁・・・公衆の面前で乙女として最大級の失態を晒してしまう彼女だが、今の彼女はこれを気にするほど心の余裕は無く、時折意味不明の嗚咽が漏れて身体が小刻みに痙攣していた。

 どんな悪夢を見せられたかは解らないが、これにより彼女の精神が多大なダメージを負ったことは誰の目にも明らかであった。

 こうして、ローリアンに復讐できたことに、多少満足したエミラルダは、彼女を後にして、次はエリザベスに向かって歩き出す。

 途中、アクトとも目が合ったが、彼を見たエミラルダは少し薄笑いした以外に何も言葉を交わさず、エリザベスの前にまで進む。

 エリザベスの前で立ち止まったエミラルダは相手を睨んだ。


「な、何・・・ですか?」


 エリザベスは白魔女の沈黙に耐えられず、思わず口を開いてみたが相手の怒気は変わらない。


「さて次は、貴方にお仕置きをしましょうか。私を殺そうとしたし、果たしてどんなお仕置きが望みかしら?」


 鬼気迫る状況であったが、エリザベスも負けてはおらず、自分とあまり背丈の変わらない白魔女を睨み返す。

 両足の自由は奪われて、形勢は圧倒的に不利なエリザベスであったが、それでも彼女は自分が魔法で負けたのを認められない。


「何を言うのですか、犯罪者のくせに! 私を誰だと思っているの? ケルト家の長女よ! もし、私に何かあったらこの街はおろか、この帝国で全うに暮らせなくなるのを・・・」


 自分が負けたのを認められないエリザベスは家名という別のもので抗う。

 その強がりは彼女の常套手段となっている話題のすり替えなのだが、それをいちいち相手にするエミラルダではない。


「黙りなさい、エリザベス・ケルト。貴方はアストロ魔法女学院で幅を利かせているようだけど、現在は私の支配下にあるのを理解しなさい。貴方の口の利き方や態度によっては一生魔法を使えないようにもできるのよ!」

「ど、どうして私の名前を知っているの?」

「ウフフフ、内緒っと言いたいところだけど・・・貴方の心の守りはとても手薄なようね。魔女ならばもう少し何とかしなさい。同業者として注意したくなるわ」


 エリザベスはハッとして自分の胸に手を当てる。

 この目の前にいる白魔女は今、自分の心を魔法で読んだのだと理解した。

 卓越した魔術師となると、魔素や魔力の流れで人の心を読む事も可能になる『らしい』。

 『らしい』と言うのはエリザベスを以ってしても、まだその域には達してはおらず、それがどのような技によるものなのかを全く理解できていない。

 この技は才能ある者が何十年の修行を経て辿り着ける境地とされており、現在のエリザベスではどう転んでもできる技ではない。

 そんな相手から心を読まれないようにする対処法は学校の授業で習ったが、心の周りに防壁を張る魔力を常時展開するのは彼女でも難しかった。

 それでも、と、その術を思い出して、魔力を展開して自分の心をガードするエリザベス。


「あら、やればできるじゃない。それでも、まだまだ未熟なようだけどね」


 フフフと笑う白魔女。

 少しは心のガードを固めたエリザベスだったが、仮面の力によって強化された白魔女エミラルダの前には意識の読み取りに多少霧がかかった程度の効果しかなく、まだまだ甘いものだった。


「貴方はそこの青年、アクト・ブレッタに気に入られたいという利己的な理由だけで、我々に攻撃を行った。つまり貴方の完全な私的な欲望のために私達を殺そうとした訳だわね」

「ぐっ」


 エリザベスも魔術師の端くれ、今の白魔女には嘘が通じない事を悟っており、顔を顰める。

 確かにそのとおりで、アクトが気にするこの白魔女だからこそ、戦いを挑んだのであって、全く関係のない犯罪者ならば、こんな面倒な事に自分は関わらず捨てておいた筈だった。


「まぁ、自分の欲に素直な事は非難しないわ。それでもね・・・あの青年は貴方に興味が無さそうよ」


 そう言って、アクトを指さした。


「うっ、煩い!! 黙れっ!」


 エリザベスはそれまで表面上に装っていた気品の仮面を外し、白魔女に怒鳴る。

 彼女とて成績優秀の聡明な女生徒だ。

 アクトの興味が自分に向いていないのは多少なりとも自覚していた。

 ただ、それは認めたくなかった事実でもある。

 一旦認めてしまえば・・・自分の判断や今までの行いを・・・過ちを自分で認めてしまう事になる。

 そうなると、彼女の持ち合わせていた自分なりの矜持や貴族の誇りはどうなってしまうのだろうか。

 自分の存在意義を自分で否定するような事はそう簡単にできないし、自分の過ちを素直に認める事もできない。

 その程度に、エリザベスは若かったのだ。

 白魔女に怒りをぶつけるため、再び炎の攻撃魔法を唱えるエリザベス。


「荒ぶる炎の風よ。私の・・・・」

「沈黙しなさい」


 エリザベスの呪文を遮るようにエミラルダは沈黙の魔法を放つ。

 白魔女より放たれた魔法により、黒い雲が彼女の口を覆い、その結果、エリザベスの口から紡ぎ出した詠唱の言葉はそれ以上続かず、空しく口をパクパクするだけで終わり、魔法は発動しない。


「口数の多い女はしばらく黙っていなさい!」


 『沈黙』の魔法により、口から音を発せなくなったため、詠唱はおろか声さえも響かない。

 つまり、無詠唱魔法の使えないエリザベスはこの時点ですべての戦力を封じられてしまった。

 負けが確定した瞬間であったのだが、怒りに支配された彼女の頭はそれを理解できなかった。

 その結果、エリザベスは自分が魔術師だと言う事も忘れて、白魔女に掴みかかろうとする。

 しかし、大振りな所作は白魔女に全て見切られ、余裕をもって躱された。

 お返しとばかりに白魔女の指から発した青白い光の玉がエリザベスの両腕に命中し、後ろに弾き飛ばされて、両足と同じように両手も氷漬けされて地面と一体になるよう氷結してしまう。

 結果、エリザベスは両腕両足が地面に固定され、身体が仰向けの弓状になった形で自由を奪われる。


「う・・・・う・・」


 大股を広げ、地面に弓場に固定されてしまった淑女の図は非常に情けない恰好であり、羞恥と怒りに耐えかねていろいろと叫ぼうとしたが、沈黙の魔法の効果が続くため、エリザベスの抗議の声は周囲に響かない。


「これで、やっと静かになったわ。腹を見せる姿で氷漬けね。名付けて『降参のポーズ』と言うのはどうかしら。フフフ」


 エリザベスの恰好悪い姿を見て、笑う白魔女のエミラルダ。

 彼女とて普段から人を嘲るような事を進んで行う性格ではなかったが、自分がハルのときに受けた散々の嫌がらせでストレスが溜まっており、このとき、少し仕返しをしてやろうという思いもあった。


「さて、どうしてくれようか・・・あ、これがあったわね」


 白魔女は思いついたように懐にしまっていた魔法袋からふたつのガラスの瓶を取り出した。

 大きな瓶の中には無色透明の液体が入っている。

 それぞれを開栓して、謎の液体を迷いなくエリザベスが無防備に晒している腹部へと、衣服の上から全てかけた。

 透明で冷んやりとした液体がかかり、ビクッと身体を振るわせるエリザベス。

 その液体はエリザベスのローブの上から重力に引かれて下へと流れる。

 身体が弓状に固定されていたので、一番高い位置にある腹部から顔の方にも流れていくが、ここは彼女の持つ大きな胸がダムのようになり堰き止められた。

 上半身への行き場を失った液体は下半身の方へと流れ、彼女の腰やお尻の周りを伝い、背中や足にゆっくりと流れて行く。

 その微妙な粘質性と少し冷やりとした感触が何とも気持ちが悪く、正体不明の液体の恐怖感もあり、苦悶の声を上げてしまうエリザベスだったが、声は沈黙の魔法故に発する事も叶わず、口をパクパクさせて、身を捩る事しか抵抗する術がなかった。


「安心しなさい。この液体は身体に害を及ぼす物ではないわ。でも、衣服にはダメージあるけどね」


 少し意地悪な口調で白魔女はエリザベスに語り掛ける。


「これはエポキシ樹脂・・・と言っても貴方には解らないわね。本来はこういう事に使うものではなくて物と物を接着するための材料なのだけど」


 そう言って空になった瓶を左右に振る。


「貴方のローブはとても高そうね・・・そう、アストロ魔法女学院の正式なローブからいろいろと改造していることは解っているわ」


 通常のアストロ魔法女学院生の制服である灰色のローブは、防刃・耐魔法・清潔・温度調整などの魔法が付与されていて、それなりに高級品なのだが、このエリザベスが装備しているローブは更にそれに加えて様々な改造が施されていた特別製であることをエミラルダは見抜いていた。

 付与魔法により彼女の持つ魔力強化(特に炎属性)や魔法防御力の強化など、できる範囲でほぼすべての強化が施された特別製のローブだ。

 それに加えて着心地や重量低減など、外観が目立たない範囲で改造を施されている一品であり、これを着るだけで魔法も本来の実力から二割り増しの底上げ効果があるのだろうとエミラルダは見ていた。

 どれほどの価格になるのかは解らないが、魔道具的な価値だけでも一着ざらに三百万クロルするとエミラルダは値踏んでいる。


(通常の百倍もする価格の服を着せてもらえるなんて、親の七光りも大概にして欲しいわ)


 と、自分が付けている白仮面の価値も忘れて、エリザベスを非難するエミラルダ。

 彼女の選んだ罰はこのエリザベスの『高価な装備品』を破壊する事であった。

 一着がひと財産に値する魔法のローブに回復不能なダメージを与えるために、接着薬剤でガチガチに固める事を制裁に選んだ白魔女エミラルダだが、もし、このローブを作った者がこの行為を見れば、それは悪夢に映っただろう。

 何故ならば、このローブを作った魔道具師は『史上最強』を売り文句にして、白魔女エミラルダが鑑定した額の十倍以上の価格でケルト家に売り込んでいたからだ。

 ローブを売り込んだ魔道具師にしてみれば、この接着剤という薬剤は未知の薬品であり、対策は何も行っていない。

 この顛末を後で聞いたケルト家の当主はこのことにひどく立腹し、このローブを造った魔道具師と係争になるが、それはまた後の話である。


「この『エポキシ樹脂』という薬品はふたつの液体を混ぜて五分の時間が経過するとガチガチに固まるわ。それこそ木のようになってしまうけど、身体には害を与えない。多量の温水でゆっくりと洗えば皮膚からは剥がせるようになるわ。あと急激な熱はできるだけ加えない事ね。それは・・・」


 さも医者が患者に言うが如くアドバイスする白魔女。

 白魔女のエミラルダにとって既に勝負は決していたのだ。

 それが彼女の余裕であり、一瞬の油断でもあった。

 エミラルダは警戒すべきであった。

 ここには規格外の青年、アクトが居たことを。

 

ボン、バキン!

 

「白魔女ーーーっ!!!!」


 小さな爆発と金属が折れた音が聞こえた後に、そちら側へと振り向けば、そこに剣を振り上げたアクトの姿があった。


「何故!?」


 白魔女エミラルダは驚きの声を挙げる。

 それは魔力抵抗体質者である彼の対策として事前に準備していた『氷柱凍土』というオリジナルの魔法が破られたことを示していた。

 『氷柱凍土』という術は魔法の力で氷漬けにするのではなく、足元の土の水分に作用して氷結させて、できた氷による物理的な冷却力を利用して、確実にアクトの自由を奪うはずだった。


(どうして??)


 そう思うエミラルダだが、実際問題としてアクトは彼女の理解を上回り、氷の束縛を脱して、油断していた彼女に襲い掛かってきた。

 アクトの剣は訓練用の歯を潰した鈍らである。

 そのため、この剣で相手を切る事はできず、致命的なダメージを与える事はできない。

 逆に言うと力一杯ふるったとしても相手を即死させる事はないため、アクトは全力で白魔女に襲いかかった。

 両手で振りかぶったアクト全力の剣は白魔女が事前に展開していた物理攻撃の防御壁に当たって跳ね返ったが、アクトは例の『魔法殴り』を使って白魔女の魔法による防壁を霧散させて、彼女に二撃目が迫る。

 白魔女は咄嗟に自分を庇うため右腕で彼の剣を受けようとし、その結果・・・

 ガキーンと金属同士がぶつかる甲高い音と、小さな火花、そして、金属片が飛び散った。


「XA!」


 白魔女が叫んだ声の先には彼女の持つ銀色の腕輪があった。

 留め金の一部がアクトの剣撃によって破壊されて空中に飛び散ったのだ。

 それはハルの半身とも言える相棒のXA88であった。

 白魔女エミラルダはひどく動揺し、集中力が切れて、それまで使役していた魔法が一気に効力を失った。


どすん。


 「キャッ」とそれまで強制的に人前でブリッジを晒していたエリザベスが解放され、地面に落とされる。

 アクトは構わず追撃するが、白魔女はそれを躱し、一旦体制を整えるために宙返りして後退する。

 そこで彼女は同志であるサリアの様子を初めて視認し、自分が今まで彼女に気を配らなかったことを後悔した。

 このときのサリアはおびただしい出血を伴う負傷をしていて、痛みのあまり気絶していたことを今更ながらに気付いたからである。

 幻影の白蛇に襲われたとき、自分の腕に巻き付いた白蛇に抵抗するため彼女は刃物で刺していたが、それは幻であり、実際は自分の腕を刺していたのだ。

 滅多刺しにされた腕からは今も多量の出血が続いており、このままでは命に関わる状態だ。


(まだ、生きている!)


 そう確認した白魔女エミラルダの行動は早い。

 白魔女はサリアを抱きかかえて大きく跳躍すると、壁から家の屋根へと上がり、そして、一気に街の暗がりへと消えて行った。

 その退避行動があっと言う間だったため、結局、アクト達は何もできなかった。

 文字どおり「あっ」と思う間に白魔女と月光の狼の手の者はこの場から居なくなってしまった。

 そして、残された五人と静寂。


「逃げられたか・・・」


 アクトはそう小さく呟き、それまでの戦いの緊張感が一気に無くなり、夜の静寂が周辺を再び支配するのだった。

 


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