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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第三章 交流授業
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第九話 アクトとエミラルダ再び

 ローリアンの脅しがあってから数週間が経過する。

 ハルの魔道具研究活動は順調に進み、完成の目途が立ってきた。

 発案者のハルはそもそも実現不可能な計画を立案したつもりはなかったが、念密な彼女の計画を以ってしても想定外の問題が発生するのは研究という行為にはつきもののイベントである。

 単体では上手く動作する魔法陣でも組合せることで予想外の挙動を示したり、寿命が極端に短くなったりと、様々な問題が起きる度に、それに対処するため、想定していなかった仕事が発生する。

 そういったところにアクトとエリーは思った以上の援軍となっていた。

 魔道具の根幹部分はハルでないと進められない部分だが、それ以外の周辺部分はエリーが担当している。

 根幹部分よりは技術レベルが数段階落ちる周辺部分ではあるが、それでも魔道具師として高い技能が要求され仕事である。

 素人には難しい処であったが、エリーには才能があり(彼女自身は四苦八苦していたが・・・)、結果的に上手く対処する事ができていた。

 これより作業の分業化が成立し、製作に要する時間は大幅に短縮できていた。

 そして意外だったのはアクトの働きである。

 当初、彼の役割は素材の切り出しや組み立てなど『力仕事』担当だった。

 しかし、作業を進めると彼の興味と関心は魔法技術を伴わない『科学』に向いていく。

 アクトの『ラフレスタ高等騎士学校筆頭』というタイトルは伊達ではなく、それが彼の剣の腕によるものだけではないことを証明する結果となっていた。

 彼は魔力抵抗体質者として魔法を全く使えない人間であったが、そんな彼でも学校の授業では魔法理論を学ばなくてはならない。

 世間で知られる魔力抵抗体質者は一般的に魔法理論を理解するのが難しいと言われているが、そんなもの彼には関係なく、アクトは優秀な成績を収めている。

 それは彼が感覚で魔法を理解していたのではなく、知識と理論で魔法を理解しようと努力した結果であり、このときに培われた論理的な思考方法が『科学』という新しい学問に理解を広げるための大きな下地となっていたのだ。

 ハルから聞く科学の話は全てが新鮮で、論理的であり、冷静に考えれば考えるほど納得の行く完成した学問である事にアクトは気が付く。

 そうするとアクトの中で科学というものを一旦認めてしまえば、その先の成長は著しく、乾いた地面が水を吸込むように、ハルの持つ科学の知識をどんどんと自分のものにしていく。

 そして、魔道具作りが始まって数週間が経過した今となっては、アクトの科学に対する理解は大幅に進展し、この世界で住む人間の中では科学の理解が一番進んでいると言っても過言ではないほど科学の知識を習得できていたのだ。

 結果的に当初はハル自身が作らなくてはならないと考えていた魔道具に関する技術的な説明資料や論文などのまとめ作業をアクトも手伝う事が可能になっていた。

 このアクトの意外な成長ぶりは嬉しい誤算であり、ハルは素直にアクトの秀才ぶりを称賛した。

 そして何より、この世界で孤独な科学者であったハルは自分の同志たる人物を得たような喜びを感じてしまうのであった。

 しかし、それと同時にハルはこのアクトという人物に大いなる危険性も感じていた。

 こちらの世界で穏便に過ごす事を信条とする彼女にとって、心のどこかでアクトと必要以上に仲良くなることに警鐘を挙げていた。

 先日、ローリアンが脅しをかけてきたように、アクトのことは魔法貴族派の長たるエリザベスが意中の人であり、この件に関してハルは特に思うことも無く、「どうぞご自由に」という気持ちを未だ貫いている。

 それため、彼と自分が必要以上に仲良くなるのは不味いことであるとハルは意識していた。

 この時点でハルは気付いてはいなかったが、ハルの心の奥底には何故か「アクトの心はエリザベスには靡かない」という根拠のない自信もあったりしたが・・・

 「それにしても・・・」と思わずハルの口から小さく呟きが漏れる。

 ローリアン達の者によると思われる嫌がらせが日々エスカレートしているのだ。

 あの日の脅しがあって以来、何かにつけてハルにつっかかってくるローリアン。

 最近は増々と陰湿になり、先日は寮の寝室に大量の虫を入れられる悪戯があったばかりだ。

 ハルは寮の寝室をほとんど利用していなかったため、実害は無かったが、そのとき、ひとりで寝床に帰ってきたエリーが運悪く被害に遭ってしまい、夜中大騒ぎになったものだ。

 今は室内を清掃して、害虫は完璧に駆除して貰ったし、ハルにしか解けない複雑な魔法鍵を使った施錠を行ったので、再発はないだろうと考えているが、それでも不愉快極まりない話だった。

 ハルは自分自身に対する悪戯や嫌がらせ行為は耐えられるが、それが自分の親しい人に及ぶと、これに耐えられるほど彼女の精神は穏やかではない。

 犯人は証拠を残さず上手く活動しているため、なかなか追及できずにいる。

 明らかにローリアン達の犯行だと思うのだが・・・

 このズル賢さが魔法貴族派のやり方なのだろうか。

 どうすればやり返せるか、と考えるハルだったが、結局のところ学園内で穏便に対処する方法が思いつかない。

 そんな事を考えながらも、授業としての魔道具研究の時間は終わりを迎え、アクトやエリーと別れる。

 このペースならばあと数日で『魔道洗濯機』は完成できる順当な仕上がりだったので、今日は自分一人の追加作業は無い。

 独りの時間ではそれまでの作業を一段落させて、こっそりと裏の仕事の方の魔道具作りを始めるハル。

 本日の夜は予め約束していた『魔女の腕輪』を月光の狼に納入するつもり計画である。

 気持ちを切り替えて、孤独な作業に入るハルであった。

 

 

 

 夜半にしては少し早い時間だったが、エリオス商会の地下で取引をする男達がいた。

 魔法による照明だけでは光量が足らず、燭台に灯されたロウソクの光が揺らめく中、三人の男と一人の女性が魔道具の詰まった箱を挟み取引している。


「確かに、『魔女の腕輪』五十個を受け取りました。これをアレックス解放団の本隊に届けます」


 優男の風貌を持つクラインはそう言うと、それまで品定めをしていた『魔女の腕輪』を箱に戻し、自分の仲間であるナブールにその腕輪の入った箱を渡す。


「それてしても、いつもながら素晴らしい品質と製造能力に感嘆しております。白魔女様はひとりでこれを作られているのでしょうか?」

「気になるかな?」


 クラインの問いかけに月光の狼の統領たるライオネルが応じた。


「ええそりゃもう。我が指導者であるサルマン様は常日頃から白魔女様を称えられる言葉を我々にも仰っています。『我らアレックス解放団が活躍できるのも白魔女様の加護があるお陰だ』と」

「そこは、『我ら月光の狼との同盟のお陰』と言って欲しかったがなぁ」


 ライオネルはかぶりを振ってこの男達に応えたが、勿論それは彼なりの冗談である。


「首領様、申し訳ありませぬ。勿論、その気持ちはありますが、サルマン様があまりにも白魔女様を信奉しているもので・・・」

「ああ解っているさ。構わないよ。別にそんなに気を悪くはしていないさ」


 ライオネルが気にするなと伝えると、俄かにはにかんで人懐っこい笑顔を見せるクライン。

 その姿は不屈の闘志で数々の修羅場を潜り抜けてきた革命家と言うよりも、未来に希望を持つ普通の青年が見せるような笑顔だった。


「ただ、白魔女様に感謝の意があるのは私も同じです。もしよければ、次回の取引の際に、是非とも直接お会いさせてお礼を伝えさせていただきたいですね」

「ああ解った、解った。彼女には伝えておこう。ただし、彼女も忙しい身でなぁ。どうなるかは約束できないがね」

「無論、それは承知しております。よろしくお願いいたします。それでは失礼させて頂きます」


 そう言うとクラインとナブールは席を立つ。

 今回の彼らの仕事は月光の狼から『魔女の腕輪』を受け取り、それをアレックス解放団の本隊に移送するのが役割だったからだ。

 移送する仕事が次に控えている以上、ここで長居する訳にもいかない。

 二人は早々に月光の狼のアジトを後にするのであった。

 彼らが退室して、個室にはライオネルとその配下の女性が残っていたが、この状況はあまり長い時間続かない。

 数刻後に来客者が帰った事を確信したライオネルは「もういいぞ」と声をかける。

 すると部屋の片隅の景色が歪み、やがてひとりの女性の姿が露わになった。

 全身白いローブを纏って仮面をつけた美女、白魔女エミラルダが姿を現したのだ。


「ようやく帰ったようね、お疲れさま」


 ライオネル達の交渉事を労うエミラルダだったが「大した労力では無かったよ」とライオネルは普通に応える。

 事実、今回の取引自体は前々から決まっていた内容であり、駆引きを必要とするものではなかった。

 『魔女の腕輪』を納める仕事のほかに、多少の情報交換と次の共同作業の確認ぐらいであり、安易なものだ。


「そうね。ただ・・・あの二人には気を付けておいた方が良さそうよ」


 意味深な事を言うエミラルダにライオネルは頷く。


「解っていたか」


 ライオネルはエミラルダの判断に同意をする。

 月光の狼とアレックス解放団の同盟が結ばれるタイミングで連絡役を交代した事が気になったライオネルは彼ら二人を調べていた。

 その正体はいまだ不明だが、調べれば調べるほど彼らの素性は不明であり、絶妙なタイミングでアレックス解放団の中で現在の地位に登りつめたことも気になる。

 総じてライオネルは彼ら二人を注意すべき人物として認識していたのだ。


「どこの者かは不明だがね。今、言えるのはアレックス解放団に真の忠誠を誓う者ではなさそうだ、ということだね」


 そう言うとライオネルの両手を竦め「困った」というアピールをする。

 しかしそれでも、実際はそれほど困っておらず、今の状況を楽しんでいるように見えるのは彼の持ち合わせた資質によるものなのだろうとエミラルダは思った。


「君は何かを知っているかな?」

「私は・・・そうね。今は女の勘とでも言っておきましょうか。あの二人から注意を逸らさない事が、あなたの身のためよ」


 あえて言葉を濁すエミラルダ。

 実はエミラルダには他人の表層意識を読取る力があり、この時点で彼らが何者であるか凡そ見当がついていた。

 彼らはエリトリア帝国の放った間者であり、帝国に仇成す反抗勢力を内部から調査する密偵であった。

 ライオネルやサルマンに報告して排除する事も考えたが、結局そうしても一時的に排除はできるが、次の間者が送り込まれてくるだけだ。

 そして何よりも、あの二人は現状で破壊活動や暗殺の任務を帯びてない事と、情報収集に特化している事が先ほど確認できたため、そのまま泳がしておく事にしたのだった。

 誰が間者だか解らない状態よりも今の方が良いとエミラルダは判断し、現状維持を選択した結果である。


「その先方がお前に会いたがっていたが、会うかい?」

「まさか。私が彼らに会う用事は無いわよ。適当にあしらっておいて頂戴」

「わかった。わかった」


 ライオネルとしてもエミラルダが断るのを解りきっていたが、一応確認したまでだった。

 エミラルダもライオネルがあまり慌てていない態度からして、間者の正体をある程度予想しているのだろうと思う。

 エミラルダが事実のまま全てをライオネルに伝えないのと一緒で、彼は彼なりの理由で自分の持つすべての情報をエミラルダに伝えられないのだろう。

 そう思ってこの話しはこれで終わりにする。


「さてと、この後はサリア達と一緒にロリアッテル男爵の調査に向かうことにするわ」


 エミラルダはライオネルの後ろにずっと立っていた女性とアイコンタクトを取る。

 彼女―――サリアは了解したと頷く。

 サリアがライオネルと供に交渉の場に出席した理由は、半分はライオネルの護衛であり、もう半分はその後にエミラルダと供に行う活動任務のためだった。


「ああそうだったな。よろしく頼むよ」


 ライオネルはそう応えて、彼も次の仕事が控えているので部屋を後にした。

 夜は早いのだ。

 エミラルダとサリアは早速行動を開始する。

 

 

 

 ライオネル達、月光の狼の秘密のアジトがあるエリオス商会は、ラフレスタ第二城壁の北門の近くにあり、白魔女達がこれから目指すロリアッテル男爵の住居は、ラフレスタの中心に近い第一区間の城壁内部の南側にある。

 第一区間の内部に入るには衛士が駐在する城門を通らなくてはならない。

 当然だが、賊である月光の狼が城門を通ってその区間の内部に入るのは無理であり、城門近くの城壁を突破して第一区間の内部に侵入を果たす予定である。

 エミラルダとサリアは他の仲間が待機している場所へと向かうべく、夜のラフレスタの街道を闇に紛れて疾走していた。

 アレックス解放団の使者との交渉で多少の時間ロスをしていたため、案内役であるサリアは近道を選択する。


「白魔女様、こちらの通りから抜けましょう」


 サリアは人通りの少ない道を選び、白魔女を誘導する。

 彼女達は非合法の集団であり、一般の市民にそう易々と姿を見られる訳にはいかない。

 それ故に普段からあまり人が通らない路地を選択し、隠密を図っているのだが、運が悪い時は何をやっていても誰かに遭遇してしまう。

 端的に言えば、今日はそういう運の悪い日だった。

 それは細い路地を抜けて大通りに面したところで、出会い頭に若い男女の集団とサリアが接触してしまったのだ。


「キャッ」

「のわっ!」


 サリアが人と接触し、短い悲鳴を挙げるのと、ぶつかった相手の男が突き飛ばされて転んだのが、同時だった。

 男は飛ばされつつも上手く受け身を取り、地面で一回転して直ぐに立ち上がった。


「危ないな。何をするんだ・・・ってお前は白魔女っ!」


 男はサリアの後ろにいた白いローブの女性を見て驚きの声を上げた。


「また、アクト・・・貴方ね」


 エミラルダは誰にも聞えないような小さな声で嘆息し、また面倒な事になったと思うのであった。

 

 

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