第三話 アクトとハル
「まったくあなた達は!あんなに早く倒してしまうなんて。人工精霊だって無料じゃないのよ。それなりにコストかかるのに、まったく、どうしてくれようかしら!」
そこにはいつも冷静沈着なグリーナ学長が憤慨している姿があった。
その前で縮こまっているのはハルとアクトの二人である。
「だって、倒していいって言ってたし・・・」
伏し目がちに言い訳するハル。
「ええ言いましたよ。でも本当に倒せるなんて思ってなかったし、あれは本来、全員で協力して一ヶ月ほどの時間かけて倒す予定だったのよ。本当に私の授業が台無しになったじゃない」
「だってぇ。弱点わかっちゃったし。実際本体は弱かったしー」
いろいろと言い訳を続けるハル。
アクトも自分が調子に乗っていた事を詫びる。
「グリーナ学長。その・・・申し訳ありませんでした。敵を倒すことに専念し過ぎて、グリーナ学長のお考えを失念していました」
そんなふたりの姿に、ため息を漏らすグリーナ学長。
グリーナ学長の授業の目的は情報の少ない敵と戦うときの心構え、情報を収集する事の大切さを知る事、仲間と協力して困難に立ち向かう重要性を知る事、そして、無敵に近い人工精霊を最終的に攻略できた事で自分の技量に自信を持たせる事だった。
その授業はアクトとハルを除いた八名の生徒で現在進行中である。
グリーナ学長がかなり無理をして二体目の人工精霊を召喚し、倒された生徒達を叩き起こして再戦させている最中だ。
眠らされていた生徒達は、何故こんなにグリーナ学長の機嫌が悪いのか解らないまま授業が再開され、人工精霊と戦うはめになっている。
あと一時間ぐらい戦えば本日の授業は終了となるが彼らの今の実力では今日中に人工精霊を倒す事はできないだろう。
「アクトさん、ハルさん、貴方達は人工精霊を倒してしまったのだけど、お願いだから『今すぐ卒業したい』なんて言わないでくださいね」
自分としては冗談で言ったつもりだった。
もちろん、アクトやハルも急いで卒業する理由は無いし、突然卒業していいと言われても困ってしまう。
そのため、グリーナからの申し出に了承の意思を示すふたりであった。
「まっあく、あんなにあっさり倒してしまうなんて、貴方達は規格外だわ・・・ちなみに、どうして人工精霊の弱点が解ったのかしら、ハルさん」
「だって、魔力の流れを見ると、すぐにあの核から指令が出て、人工精霊の全身を動かしているのは簡単に解るじゃありませんか?そこに損傷を与えれば全体の機能が停止するかな~?て思うのは一目瞭然じゃないですか?」
「え? そんなに簡単に解るのか? 僕は全然わからなかったぞ」
ハルはグリーナに対して答えたつもりだったが、そこに横槍を入れたのはアクトだった。
「解るわよ。だって魔道具を作るのと同じで魔力の流れを解析するのは魔道具師にとって基礎中の基礎よ。あの程度の隠蔽なら私の眼にかかれば朝飯前だわ」
「凄いヤツだ・・・俺は何も解らなかったのだが・・・」
単純にハルの解析眼に感心するアクトだが、ハルもアクトを規格外の存在だと思っていた。
「そんな事を言わないでよ。アナタは私以上の滅茶苦茶をしていると思うわ。魔力の塊を手で殴るなんて聞いた事ないわよ」
「あれは最近編み出した俺の必殺技で、気合を入れて殴ると魔法を壊す事ができるようになったんだ。どういう仕組みで壊せているのかは自分でも良く解らないけど、何となくできそうだと思ってやってみたらできるようになった」
「・・・やっぱり、滅茶苦茶な人よね」
呆れ顔のハルだが、実はアクトの魔法破りを目にするのはこれで二度目だ。
白魔女として彼と対峙したときも、自分の仕掛けた魔法を叩き壊された経験がある。
彼の厄介さは身に沁みて解っていたつもりだったが、それでも今回は改めて彼の力を目にして驚くばかりだ。
「アクトさんは、あの『魔力抵抗体質保有者』で有名なブレッタ家ですからね。彼はある意味、対魔法戦では特殊な存在なのでしょう」
グリーナも何人か魔力抵抗体質者を知っているが、総じて彼らがどういう理屈で魔法を防ぐのかはよく解らない存在であった。
しかも、最強の魔力抵抗体質を有しているブレッタ家の者とは今回が初めての出会いである。
魔力抵抗体という特殊体質は自分を含めた魔術師にとって天敵のような存在だ。
エストリア中の賢者がこの魔力抵抗体質の力を研究しているが、未だによく解らない力でもある。
(魔力抵抗体質者の中には、まだまだ未知の力があるのでしょう・・・)
と、アクトの技に関しては勝手に納得するグリーナであったが、ハルがあの人工精霊に施した行為については同じ魔術師として無視できなかった。
「それにしてもハルさん。あの人工精霊は簡単に魔法攻撃を受け入れない構造だったはずですよ。よく攻撃を通すことができましたね」
幾分か冷静さを取り戻したグリーナ学長は再びハルに問いかける。
グリーナがあの人工精霊に施した魔法反射の技術はそれなりに高度なものであり、そう易々と突破できるものではないと自負していたからだ。
勿論、ある一定以上の魔法力を加えられると耐えきれず、体内に魔法の侵入を許してしまうが、少なくともそんなレベルの魔法は行使されていないと解っていた。
「ああ、あれは・・・・半分魔法であり、半分は魔法ではありません」
「魔法ではない?」
「ええそうです。人工精霊という存在で実態を持っていたのは『あの核のみ』だと思いました。言い換えればあの核には物理的な攻撃が効くはず。そこで、核に直接効く攻撃を加えることにしました」
「なるほど、そこに気付きましたか。しかし、直接攻撃するにも魔法を反射する壁があったでしょう?」
「ええ。しかし、反射できるのは魔力のみですよね? そして、物理的な外力を加えた場合は『転移の術式』を使って攻撃物を逃がしていたようですし」
「ええ正解よ、ハルさん」
ハルの解析能力を認めるグリーナ。
やはり、ハルの解析眼は本物だったようで、あの短期間でよく正解までたどり着けたものだとグリーナは感心した。
「そこで魔法では無く、自然の雷を使ってあの核を攻撃すれば良いと思いつきました」
「自然の雷」
「そうです。・・・私は電気と呼びますが・・・魔法で作った雷は魔素と魔力で構成されているので、人工精霊に付与されている魔法反射壁によって跳ね返されてしまう。でも、純粋な電気だけならば阻む事は難しいし、核自体も電気のエネルギーを一部利用しているようでしたので、同じ属性なら無力化できるかな? と思っただけです」
「・・・まったくハルさん。あなたって子は・・・」
どこからその知識を・・・と、この場では口にできなかったが、ハルの知識の深さに驚くグリーナ。
確かに人工精霊の核は雷鳴の術式を使っている。
詳しい仕組みは現在も研究中だがグリーナの長年の研究で偶然に雷属性の術式が人工生命体の制御に適している事を発見したのだ。
グリーナは見る人が見れば解るこの人工精霊の弱点の露呈を恐れ、魔法的に何重にも隠ぺいしていたのだが、ハルには初見であっさりと看破されてしまった。
ハルは核に同じ雷属性の攻撃を仕掛ける事で核を暴走させたのだろうと、グリーナは結論に達する。
人工精霊を倒すにはいろいろな方法あるが、これは自分も考えつかなかった方法であり、盲点を突かれた格好である。
「なるほど。ハルさんの解析眼には驚かされるわね。しかし、魔法を使わない雷ってどうすればそんな事ができるの?」
「・・・説明するのは難しいですが・・・やれるかな?と思ってやったらできました」
少し悩んでアクトと同じような事を述べるハル。
実は科学的な手法を利用しており、ハルにとっては簡単な理屈だったのだが、科学技術が発展していないこの世界でこれを説明しても相手が理解してくれることは難しいし、何故自分がそんなことを知っているのか?と逆に問い正される可能性も考えたからだ。
「・・・そう。まぁいいわ」
ハルから何かを感じ取ったグリーナは彼女に深く追及する事を止め、なんとなく納得して次に話を先に進めることとした。
「そして、アクトさんは魔力破壊と・・・本当に繰り返すようだけど貴方達は規格外よね」
再びため息をつくグリーナ学長。
「とりあえず、この授業の目的は魔法に対する創意工夫と、敵を観察する重要性、そして、仲間との信頼関係の構築と協力体制の大切さを学ぶことだったのよ。魔法に対する創意工夫と観察という観点では貴方達ふたりには完全に合格点をあげられるわ」
グリーナは素直に自分の評価をふたりの生徒に伝えた。
「しかし、信頼関係と協力についてはどうしようかしら。貴方たち二人だけなら、そんなものがなくても、食い破って進んで行くだけの力がありそうだけどね・・・う~ん、どうしましょう」
大いに悩むグリーナだったが、しばらく考えて結論を出す。
「もう、しょうがないわね。アクトさん、ハルさんの研究を手伝いなさい。もう、それしかないわ」
「「えっ!?」」
アクトとハルの声が重なる。
「だってこれしかないじゃない。アクトさん、貴方は魔法が苦手。ハルさん、貴方は人との協調が苦手。ふたりの短所を互いに補い合いなさい。そうすれば。ハルさんは信頼関係と協力する事の大切さが学べるはずだし、アクトさんは魔法への理解が進んで、貴方の持つ長所でもあり、短所でもある魔力抵抗体質の力も一段高みに行けるのではないかしら?」
これぞ名案と言わんばかりのグリーナの提案であったが、すぐにハルは拒絶の意思を示した。
「えー、グリーナ学長。私、こんな奴と一緒に研究って絶対に嫌です! 私、この変態君に絶対襲われます。変態君やだ! 変態君やだ!!」
変質者を扱う様にアクトを掌で追い払おうとするハル。
ハルは頑固に拒絶していたが、グリーナ学長に諭される。
「ハルさん、そんな子供のような言い訳をしないで」
「グリーナ学長。僕もちょっと。あ、いやハルさんと一緒に作業できるのは・・・とても光栄なのですが・・・男女二人きりというのは何かと不味いのではないかと・・・」
アクトもハルが自分に対して悪い感情を持つことは薄々勘付いていたし、男女が密室にいる事で不穏な噂を立てられるのも御免を被りたかった。
自分はどうでも良いが、ハルにこれ以上の迷惑はかけられないと思ったからだ。
アクトはそう思いハルの顔を見たが、そこにはアクトを見て不敵に笑みを浮かべているハルの姿があった。
「珍しく意見が合ったわね。私もこんな男と一緒に・・・」
ハルがさらに捲し立てようとしたが、グリーナがそれを遮った。
「ハルさん、黙ってください。しかし、アクトさんが言う事も一理あるわね。そうするとハルさんの助手にエリーさんもつけましょう。三人ならば悪い噂は立たないと思うわ。我ながら良い案ですね」
グリーナは自分の思いつきに満足して二人を見る。
アクトとハルは頭を抱えている。
「まったくあなた達、少しは仲良くしなさい。特にハルさん、アクトさんは悪い人ではありませんし、あのブレッタ家の次男ですよ。一流の家系でもあるし、このとおり紳士の好青年じゃない。さらに魔力抵抗体質者としても有名な一家です。貴方も研究者を自覚しているならば、魔力抵抗体質を研究対象としても興味が出る存在だと思うわ。貴方にとって十分にメリットのある提案なのよ、これは」
グリーナに変な風に諭されたが、渋々と頭を上げるハル。
ギロリとした目でアクトを見るハル。
アクトもハルと目が合う。
ハルの真っ黒な瞳に吸い寄せられるように魅入ったアクトは、このとき(自分に魔法を使っているのかな?)と変な誤解を覚えていたりするが、それは違う。
それはハルがグリーナからの説得文句にあった「魔力抵抗体質者は研究対象として面白いのではないか?」という提案から彼女なりにアクトを値踏んでいたのだ。
しばらくいろいろな事を考えるハルだったが、やがて自分がいくら拒絶したとしても、グリーナからこうも提案されては覆らないと諦める。
「しょうがない。受けます。ただし、私やエリーに変な事したら即刻クビにするからね」
顔をプイと反らしながらもハルは嫌々ながらに承諾する。
「変な事? 僕がそんな事をする訳がない。だけど、よろしくお願いします」
アクトも酷い言われ様に抗議の声を挙げるが、直後に、自分もお世話になる身だと思い直し、頭を下げて手を差し出す。
これを見たハルは渋々彼の手を取り握手をする。
「・・・」
「・・・」
ハルは自分の細長い指と掌に精一杯の力を籠める。
女性の力なのでたいした事はないが、それでもあまり友好的な握手でないのはアクトにも伝わった。
アクトも多少の抗議の意思を込めて少し力を籠めた。
「フフフ・・・」
「ククク・・・」
不敵な笑みを浮かべる二人に呆れ顔のグリーナが「あなた達は本当にどうしようもないわね・・・」と呟くまで、その静かな戦いが続く。
そうした冷戦の間、ハルは心の中で面倒な事になったと思った。
この青年アクトは自分と相性は最悪だ。
理由は解らないが、アクトは学生の分際で警備隊の手先として働いているらしく、自分とは裏の仕事で数回ぶつかっている相手だったし、魔力抵抗体質という特異体質を発揮して目下のところエミラルダとしての活動の最大の障害となっている。
エミラルダとして彼に負けてやるつもりは無いが、それであっても、その相手と表の世界で毎日行動を共にするというのはあまり気分の良いものではない。
紳士のように振る舞うアクトは、周りからも尊敬を集める人徳の高そうな人柄だと思うが、ハルは彼に二回も自分の胸を触られるという被害を受けている。
彼は本性を隠しているかも知れないし、ちょっと自分が気を許せば襲いかかってくる獣なのかも知れない。
アクトに心を読む魔法を使ってみたが、彼には魔力抵抗体質者の力があり、自分の魔法ではそれを突破する事はできなかった。
つまり、彼の本心が全く分からないのだ。
『人は見かけによらない』というがハルが人の心を読む魔法を得らてれからの経験であり、ハルはこの『心を読む魔法』を十分に活用する事で、ラフレスタでは大きなトラブルに巻き込まれずに生きてきた。
心の底が全く分からない人を、自分の近くに置きたくなかったのである。
そして、なにより面倒なのはアクトの事をエリザベスが割と本気で狙っている事だった。
今回の件で自分の恋路を邪魔する敵としてエリザベスに逆恨みされかねないとも思った。
面倒だ。
本当に面倒だ。
(エリザベスさん、自分は興味まったくないので、アクトの事をどうぞ煮るなり焼くなり、勝手に召し上がって下さい)
そう言いたい気分だった。
そういう考えを察してか、アクトがハルに話しかける。
「そんな顔をして、何を考えているのか大体察しがつくよ。確かに、ハルさん。貴方とは良いとは言えない出会いだったし、僕に対して悪い印象を持っているのも理解できる。勿論、僕だって悪かったと今でも反省しているんだ。だけど、それと今回の件は別だと思うよ。今回の交流授業は我々個人の問題では済まない大きな成果が周りからも求められている。だから、自分からこんなお願いするもの変な話しなのだけど、今までの事は一度忘れて、新しく友達としてお付き合いをさせて貰えないだろうか?」
アクトもいろいろと思うところはあったが、とりあえず、わだかまりは棚に上げて、ハルとの関係改善を優先した形だ。
しかし、それを聞いたハルは冷めた気持ちになる。
「何それ? もしかして私を口説いているの?」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「解っているわよ、そんな事。それに私が、今、考えているのは、アナタを邪険にするなんて低レベルな事を考えているんじゃなくて、アナタが私の研究の何の役に立つのかを考えていたのよ。私は魔道具の開発を行っているの。魔法の補助具よ。解る?アナタ。しかし、アナタは魔力抵抗体質者なんでしょ。魔法使えないんでしょ。そうなると魔法の研究では役立たずじゃない!」
「う、そうだけど・・・」
実はハルは咄嗟に嘘をついた。
アクトの事を邪険に考えていたのは正解だったが、それが顔に出ていたのをアクトに簡単に見抜かれたのが悔しかったのだ。
何故か自分が負けた気がして、つい失礼な事を言い返してしまったのだ。
自分でも失礼な物言いにすぐ気付いたが、一度口から出た発言は取り消せない。
そして、それはグリーナ学長によって叱られることになる。
「ハルさん。アクトさんに失礼な事を言っては駄目です。アクトさんだって好きで魔力抵抗体質になったのではありませんからね」
優しい口調だったが、ハルにはそれが堪えた。
明らかに自分の失言であり、言わなくてもいい事を言ってしまったからだ。
だからハルは素直に謝る。
「・・・すみません」
「謝る相手が違うわよ」
グリーナ学長はハルからアクトへと視線を移すよう促された。
その視線を追う形でハルはアクトと目が合う。
きっと怒りに顔を真っ赤にしていると想像したハルだったが、彼女が見たのは申し訳なさそうにする男の姿だった。
「確かに自分は、魔法に関しては役に立てる事が・・・ないかも知れませんね」
そう語るアクトはその目に怒るでもなく悲しむでもなかったが、少し伏し目がちで、自分の魔法に対する力の無さを素直に認め、自分はハルの願いにどうやっても役立てない事を悔やむ姿であった。
そこには先ほどまでの皆のリーダとして気丈に振る舞い、気遣いのできる紳士という姿ではなく、役立たずと言われ反論できない男の姿だった。
この姿を見たハルは一気に目の覚めるような感覚になる。
自分は知らず知らずに彼を見下して、蔑み、差別していたのだと悟った。
何故、彼に対してこんなに苛ついていたのかその理由は解らなかったが、それ故に必要以上に彼を攻撃していた自分に、今、気が付いた瞬間であったのだ。
「・・・アクトさん、本当にごめんなさい。不躾な発言を撤回させてください」
今まで態度を一転させて、しゅんとなり、頭を垂れるハル。
その態度の急変に少し驚くアクトだったが、彼女の謝罪はすぐに受け入れる事にした。
「いや、いいのです、ハルさん。自分が魔法を使えないのは事実ですし、それに魔力抵抗体質は我が家の誇りのようなものです。悪い事よりも良い事の方が多いですから。ハルさんの謝罪も受け入れます。どうか頭を上げてください」
そう言い彼女の手を取るアクト。
その様子に少し安心したグリーナはふたりに語り掛ける。
「アクトさん、ありがとう。ハルさんも彼の寛大な心に感謝しなさい。この学院内では許されるかもしれないけど、実社会で今回のような事は許されないわ」
グリーナ学長はハルに釘を刺した。
確かに貴族に対する口の利き方としては問題のある行動だった。
公の場で平民が貴族に恥をかかせるような行為は、不敬罪として告発されてもおかしくない話しである。
尤もアクト・ブレッタの人柄をなんとなく解ってきたグリーナ学長は、この程度の事で彼が問題視することは絶対ないだろうと予想してのハルへの叱責だったが・・・
これを機に、二人の関係が改善するのに期待をするグリーナ学長だった。
「申し訳ありませんでしたアクト様、グリーナ学長。以降、肝に銘じます」
正式に謝るハル。
「ハルさん、貴方の謝罪は受け入れました。私も悪かったのでこの話しはこれで終わりにしましょう。それと自分の事は『アクト』と呼び捨ててもらっていいです。我々は同じ年の学生なのですから」
「そうね。二人ともまだ学生の身なのですよ。いろいろと失敗する事もあるでしょう。これからいい関係を築いて下さい」
アクトの言葉にグリーナ学長も同意する。
「はい」
ハルもそう短く答え反省する。
そうしている間にも、少し離れた場所で人工精霊と戦っていた生徒達にも勝敗の結果が訪れていた。
生徒達は本日何回目になるかわからない全滅を味わい、身体的に怪我は負わないものの精神的にはかなりの疲弊を受けていた。
そろそろ頃合いとグリーナ学長は演習の終了を宣言し、人工精霊を解放して、生徒達を集合させる。
「皆さんお疲れ様でした。本日の演習授業はここまでとします」
戦っていた生徒たちは息も上がっておりグリーナ学長の終了宣言にほっと一息。
「みなさんかなり参っているようですけど、明日も人工精霊と戦って貰いますから攻略目指して頑張ってくださいね」
『げっ』という顔つきになる一同。
特に戦闘能力の低いユヨーはかなり嫌そうな顔になっていたが、あえて気にせずグリーナは話しを更に進めた。
「人工精霊との戦闘の特別授業は、貴方達が勝てるまで続けますので、みなさん創意工夫で乗り切って下さい」
涼しい顔でサラッと酷い事を言うグリーナ。
生徒達はこのときグリーナ学長の恐ろしい側面を見たような気になる。
「大丈夫ですよ。皆さんが協力して創意工夫すれば絶対に人工精霊を倒す事ができると私は確信しています」
気落ちする生徒達を励ますためにグリーナは更なる飴を彼らに与える。
「もし、皆さんが見事に人工精霊を倒すことができれば、その後の私の授業は自習にしますし、褒美として学内の特別食を全員にご馳走しましょう。職員でもなかなか食べる事が出来ない逸品ですよ」
褒美を仄めかすグリーナ学長に何人かの生徒が反応した。
こうして少しは生徒のやる気を出させることに成功するグリーナ学長。
「それと、人工精霊を倒してしまったアクトさんとハルさんは今日から別の授業をすることにしました」
「別の・・・授業ですか?」
それまでぐったりしていたエリザベスだったが、アクトの名前が聞こえた瞬間、息を吹き返しグリーナの話しに反応する。
「そうです。ハルさんがひとりで進めている研究にアクトさんも参加してもらいます」
「ええ? そんな! 私も参加させてください。ハルさんとふたりっきりなんて・・・駄目です」
エリザベスが抗議の声を挙げて食い下がる。
「ええ構いませんよ。ただし、人工精霊を倒してからですが」
グリーナはエリザベスの意見を即時否定する事はしなかったが、それには人工精霊を倒せという条件を示す。
エリザベスの解り易いアクトへの好意はグリーナ学長も当然の様に解っていた。
別にグリーナとしてはアクトが誰とくっついても構わなかったが、今回はエリザベスの欲を利用して人工精霊への戦闘を刺激するため、策に利用したのだ。
この策が功を発し、エリザベスの闘志に再び火が灯る。
「解りましたわ、学長。さあ、あなた達、明日にでも人工精霊を倒しますわよ」
エリザベスがリーダ風を発揮して生徒達を鼓舞する。
グリーナ学長は彼女の発奮にニコニコとしていたが、エリザベス以外の選抜生徒達はグリーナ学長の周到さに慄いている。
そんな事を露とも解らないエリザベスはアクトに向き直り、猛々と宣言する。
「アクトさん、待っていて下さいね。このエリザベスはすぐにでも貴方の元に向かいますので」
エリザベスの瞳に闘志が漲り、アクト、そして、ハルを見据えている。
ハルに対しては「私の考えをわかっているよね。彼に手を出したら駄目」と目で語っていたが、ハルは自分もその気が全く無かったため、エリザベスの心の声に軽く頷いて同意を伝えた。
そして、それを見たアクトも意味が解らずに頷いてしまう。
(彼が私の事を待っている。私の心の声に頷いてくれたわ!)
それをエリザベスは勝手に解釈して、心の中で狂喜乱舞しましう。
「ああ、なんて素晴らしいの。愛には障害がつきものよ。そして私はこの試練に勝ちますわよ」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
勝手に盛り上がるエリザベスだが、彼女の演劇のような仕草にこの場にいた誰もが引いていた。
「と、とりあえず今日の授業は終了します。ハルさんとアクトさんは来週から個別に研究室で授業となりますので演習場には来なくていいわ」
グリーナは必要以上にエリザベスのやる気を引き出してしまった事を少し後悔しつつ、授業の終了を宣言した。
「皆さん、早速明日の対策を進めますわ。この後、私の行きつけのお店に集合して打ち合わせしますわよ」
自身に漲ったやる気で残された選抜生徒達を鼓舞し、その後の予定を勝手に決めてしまうエリザベス。
その結果、ハルとアクトを除く生徒達はその後の打合せと言う名のお茶会に付き合わされてしまうのだった。
余談だが、毎回、この演習授業とその後に催される打合せが契機としなり、選抜生徒たちの親睦が深まって仲間意識が向上していたりする。
「さん」付けが少なくなり、気安く呼べるような関係になっていくのであった。
そして、仲間意識が微妙な形で報われて、最終的に人工精霊を倒す事はできるのだが、それは期限一杯の一ヶ月ほどの時間を有してしまったため、エリザベスの悲願であったアクトと同じ部屋で授業する事は叶う事が無かったのは喜劇とも言えよう。