第一話 出会い
アストロ魔法女学院の教室にてハルは席についていた。
この教室には自分を含めて五名の女学生がいる。
ここの五名の生徒達は今日から始まるラフレスタ高等騎士学校と特別に行われる『交流授業』のために集められたアストロ側の『選抜生徒』だ。
エリザベスがハルに漏らしたとおり、ラフレスタで名門と称される騎士学校と合同で行われる特別な授業であり、本日から三ヶ月間の期間で行われる。
事前情報からラフレスタ高等騎士学校の選抜生徒達は、皆、優秀な男子学生と伝えられているため、どんな人が来るのかと姦がしく女子生徒の中でソワソワとした話題が現在進行中である。
しかし、その輪の中にハルはいない。
彼女は黙して自分の席に座し、早くこの無意味な時間が終わらないものかと考えていた。
ハルに交流授業の事が伝えられたのは一週間前になる。
エリザベス達の件で事前にこうなる事を知っていたので、驚きはしなかったが、面倒な事になったと思う。
ハルには他人に知られたくはない自分の生い立ちの秘密があるため、この世界で他の人間との接触をできるだけ避けている。
そんな自分が交流授業など一体何の冗談なのだろうか。
ハルは無駄とは思いながらもグリーナ学長に辞退の申し出をしたが、結果は予想どおり却下された。
相手側から学校を代表するような生徒を出してきている以上、アストロ側からも中途半端な生徒を出す事はできないらしい。
尤もそれは半分建前であり、ラフレスタ高等学校側がハルに興味を持っている事も正直にグリーナから事前に教えてもらっていた。
「必要以上に深く関係を持たなくてもいいが、アストロ魔女学院の今後の事も考えて参加して欲しい」
とグリーナから要請されてしまえば、ハルとしての退路は無いに等しい。
渋々承諾するハルにグリーナからは「三ヶ月の辛抱だから仲良くしてあげて」と念を押されていたりする。
ハルとて人と話すのは嫌いな訳ではない。
むしろ、ハルの本質はどちらかと言うと喋り好きに属する人物であり、現在の境遇さえなければ、皆と楽しく喋り・仲良く・面白おかしく人生を過ごしたいのだ。
だが、今の自分にはそれが許されないと思っている。
自分はこの世界の人間と仲良くなってはいけないのだ。
それは、いずれ自分がこの世界から旅立つ身なのだから・・・
この世界の人間と仲良くなればなるほど別れが辛くなる。
その上、もし、自分が別の世界の人間だと知られれば、どんな騒動に巻き込まれるか予想もつかない。
不可抗力とは言え、今でも魔道具の開発で悪目立ちしている。
これ以上、必要以上に仲良くならないようにしようと心に刻むハルであった。
そんな事を独りで考えながら、僅かばかりの時間が過ぎて、グリーナ学長とヘレラ教頭が教室に入ってくる。
「皆さん、おはようございます」
グリーナ学長の挨拶に全員が起立で応えた。
「皆さんへ事前にお伝えしていたとおり、本日からラフレスタ高等騎士学校と共同の交流授業が始まります。皆さんはアストロ魔法女学院の代表です。決して恥ずかしくないよう自覚し、行動して下さいね」
生徒達はその言葉に全員が頷く。
「それでは。早速、騎士学校の皆さんに入って貰おうかしら」
グリーナ学長の言葉が合図となり、扉が開いて次々とラフレスタ高等騎士学校の男子生徒が教室に入ってくる。
そして、最後のひとりが入ってきたとき、アストロ魔法女学院のひとりが突然驚きの声を挙げて立ち上がってしまった。
「あ!!!」
その声の主は今まで教室の隅で気配を潜めていたハルだ。
その声に何故かビクッと子供が怒られるときに首を竦める様子を見せる反応してしまうアクトだったが、それ以外の者もハルの突然の行動に驚いて、場の注目が全てハルに集まった。
アクトの顔を見た驚きで一瞬固まっていたハルだが、直ぐに皆の視線が自分に集まっている事に気づき、縮こまっていく。
「・・・す、すいません。なんでも・・・ないです」
最後は蚊の鳴くような小さな声となり、自分の席に着き、恥ずかしさのあまり机に顔を埋めてしまった。
彼女の耳元を見れば真赤に染まっており、自分の思いがけない行動によって羞恥の海に沈んだのだ。
「あらあらハルさん、お知り合いがいたのね。アクトさんや皆さんも驚かせたようでごめんなさいね。うちには元気な娘が揃っていますので、時々こうやって羽目を外してしまうのよ。でもいい娘達だから仲良くしてあげてね」
グリーナが助け舟を出して、騎士学校の男子学生達も笑顔でこれに応じた。
アストロの女学生達も笑顔で応えて、初対面の雰囲気としては柔らかいものになる。
こうしての互いの生徒達は初めての出会いの時にありがちな、互いの距離感を探るようなギクシャクとした感じにはならず、温かい雰囲気で始まる。
このように両者の壁を取り払う多大な貢献をしたハルであったが、当の本人は混乱の極みにある。
(あいつだ!)
ハルは学生服姿のアクトを見て全てを思い出した。
そう、彼と会うのがこれで三回目だと言う事実を・・・
初めの一回目は白魔女としてアクトと初の対峙した時。
次の二回目がエリオス商会の店先での出会い。
そして、三回目がこの前の白魔女の時に対決した青年。
エリオス商会では出会いと言うよりも、出会い頭に自分とぶつかった失礼な男だ。
ぶつかった際に私の胸を触っていたし・・・
白魔女として出会ったときは学生服ではなく、軽装の鎧を着ていたので彼とは気が付かなかったが、今、ようやく解った。
そして、アイツは一度ならずと二度も私の胸を触られている。
三度目に会った時は暴挙と言っても良いほど胸を揉まれた。
そして、何食わぬ善人ぶりの顔で今日、私の目の前へやって来たのだ。
そう思うとハルは無性に腹が立ってきた。
朱に染まったハルの顔は羞恥が理由ではなく、その実は怒り心頭だったりするが、傍からはそう見えないらしい。
一方、アクトは突然ハルに指をさされた事で、エリオス商会で出会った彼女の事を完全に思い出していた。
エリオス商会でぶつかり、挙句の果てに不注意で眼鏡を踏み潰す迷惑をかけたあの女学生である。
今日、見てみると、彼女は新しい眼鏡をかけているようだ。
どうやら、あの時の話どおり予備の眼鏡は持っているようで、日常生活に困ることは無いようだ。
しかし、それでも・・・と、アクトはしっかりと彼女に謝罪をしておくべきだろうとの考えに至る。
彼女にどうやって謝ろうか?と考えていたが、そのアクトの脇腹を親友のインディに小突かれる。
そこでアクトは自分がグリーナ学長から挨拶を求められている状況を思い出す。
アクトは小さく咳払いして、壇上へと上がった。
周りの注目が彼に集まるとともに、アクトは気持ちを切り替えて自分達の自己紹介を始める。
「アスロト魔法女学院のみなさん、私の名前はアクト・ブレッタと言います。ラフレスタ高等騎士学校四年生の筆頭として今回行われる交流授業に参加する運びとなりました。魔法には疎い私ではありますが、みなさんと楽しく学生生活を送らせて頂きますよう、宜しくお願いいたします」
アクトは、全員と目を合わせるようにして、ゆっくりと挨拶を行う。
それは誠実な姿であり、アストロの女生徒達は彼に対して好印象を受け、特にエリザベスは蕩けるような顔でアクトに見惚れていた。
ちなみに、ハルだけは机に突っ伏したままである。
そんな彼女の姿をチラリと見たアクトは参ったなという表情で頭を掻く。
アクトはハルが無反応であることに多少の狼狽を見せたが、それをまったく気にする事なく、エリザベスが立ち上がりアクトへの返礼を始めてきた。
「アクト・ブレッタ様。そして、ラフレスタ高等騎士学校の皆さま、歓迎しますわ。私はエリザベス・ケルト。このアストロ魔法女学院の筆頭を任されております。解らない事がありましたら、何でもお聞きになってください」
蕩けるような笑顔を特にアクトに向かって投げかける。
まさに恋する女性の姿であったが、アクトはこれに何も反応すること無く、小さく「よろしく」と応えるのみであった。
今のアクトには豪華絢爛な乙女を演じているエリザベスよりも、教室の隅で突伏しているハルの方に意識が向いていたためだ。
そんな胸中の彼の心を周りの学生達に気付かれる事はない。
こうして、自己紹介は進んでいく。
「他の皆さんも自己紹介をしていただきましょう」
グリーナに促さる形で、ラフレスタ高等騎士学校側の生徒が順に挨拶を始める事になる。
まずは、アクトの隣に立っていた赤髪短髪のがっちりした体格の生徒からだ。
「セリウス・アイデントと言う。ラフレスタ高等騎士学校四年生の次席で、得意なのは剣と身体を鍛える事だ。むさ苦しい奴だと思われるかも知らんがよろしく」
日に焼けた褐色の肌に白い歯をキラッと光らせ、屈託のない挨拶するセリウス。
彼の身体は逞しく、制服の上からでも筋骨隆々なのがわかる。
強い男性が好きな女性からは結構人気あるのだが、ここは魔女の館であり、強い男性よりも知的な男性の方が好まれる傾向にある。
複数の女生徒がヒソヒソと話し合う姿はアクトの時と変わらないが、その内容は微妙に黄色い声が少なかったのは致し方ないだろう。
続いて、その隣にいた美丈夫が挨拶を行った。
「僕はインディ・ソウルです。そこのアクトとは小さい頃からの知り合いで、トリア出身です。得意科目というか・・・魔法戦士をやっていますので、魔法では皆様とお話の合う部分がありそうです」
セリウスと違い華奢な身体つきのインディ・ソウル。
彼がブラウンの髪をかき上げる姿は絵になっており、女子からは黄色い声援が溢れ出していた。
これを見たセリウスは小さい声で「これだから優男は・・・」と自分とは違う扱いを受けている同窓を恨めしがるのだが、それはいつものやり取りであった。
その声援が収まる頃を見計らって次の生徒が挨拶を行う。
「皆さんこんにちは。僕はフィッシャー・クレスタさ。『男女平等に優しくする』を信条に生きています。皆様とも楽しい思い出を作りたいと思っているんだ。専攻と言うか前の二人と違って戦い事に関してちゃ、あまり得意じゃないけど、それ以外の社会の事についてはいろいろと学内で一番知っているつもりさ。困ったら何でも聞いてね」
ウインク付きで挨拶する彼はくりくりと撒いた茶髪の癖毛が目立つ男子学生である。
彼の軽々しい言動も相まり、かなりの女垂らしである要素が見え隠れする。
これに早くも警戒色を強めた女生徒が何人かいたが、それを知ったところで自分の態度を改めるフィッシャーでは無い。
「お前が作りたいのは思い出じゃない。子作りだろうが・・・」
そうやって聞こえないよう小さい声で呟くセリウスはいつもの彼のお約束の行動である。
最後に挨拶をしたのは少し小太り体形の男子学生。
「僕はカント・ベテリックスで魔術師を目指しています・・・得意と言うか・・・、好きなのは詠唱学と結界学で・・・学校の皆さんから・・・自分の事をよくマイペースだと言われていますが・・・あまり細かい事をあまり気にする性格ではないので・・・よろしくお願いします」
カントは相手がいても欠伸の出そうなぐらいにゆっくりと喋る男子学生だった。
こんなのんびりした性格の彼だが、選抜生徒として抜擢されるぐらいなのでラフレスタ高等騎士学校内でもそれ相応の実力を持っていたりする。
今後の授業で、彼が結界使いとして大活躍する事を予想できた女性はこの時点で誰もいない。
そんな男子生徒達の挨拶は終わり、次は女生徒達の挨拶が始まった。
「最初は私ですわね。先程も挨拶させて頂きましたが、私はケルト家の長女、エリザベス・ケルトです。この学年の筆頭を務めさせて頂いております。別名が『炎のエリザベス』で通るほど火の魔法が得意ですわ。皆さまよろしくお願いいたしますわね」
ケルト家は帝国でも有名な貴族であり、その名も通っている。
彼女の家系が使う火炎魔法が派手で威力は凄まじい事がその理由であり、エリザベスもその血に恥じぬ使い手であった。
このように自信のみなぎっているエリザベスを見てセリウスが「おい、アクト。彼女をあまり怒らせないようにしろよ」と小さく声をかけた。
アクトはセリウスが何か余計な事を想像しているなと思いながらも「ああ」と答えるに留まる。
エリザベスからはアクトの事に興味津々なのが漏れなく伝わってきたが、アクトは自分とエリザベスがセリウスの想像しているような関係にはならないと直感していたからだ。
「ふふん」とセリウスの解っているんだか、解らないのか判別のつかない鼻笑いが聞こえたが、アクトは無視する事に努めた。
そんな短いやり取りを他所にエリザベスの次に背丈の小さい華奢な女性が挨拶のために立ち上がる。
「私はユヨー・ラフレスタと申します。ご存じのとおり、わたくしはこの街の領主であるラフレスタ伯爵の娘で四女ですね。今は学院生の立場であり、皆さんと違いはありませんので、気兼ねなくユヨーと呼んで頂いて結構です。趣味は読書・・・ではないですね・・・魔導書の解析です。皆様よろしくお願いします」
肩口まで伸びた黄金色の巻き髪は高貴な彼女によく似合っており、それでいて可愛いらしさを持つ女性であった。
人によっては保護欲を掻き立てられる存在だろう。
そして、ユヨー・ラフレスタのその名に示されているようにラスレスタの領主と言う超一流家系の生まれであり、自然と気品に溢れているが、彼女が控え目な性格をしている事もあり、普段からはあまり目立たない存在でもあった。
魔法の実力は可もなく不可もなくといった程度であり、本来はこの学院に入れるような猛者では無いが、親である領主の力で入学が許されている。
そう言う意味で縁故な立場の学生なのだが、ユヨーはこの学内で害でもなければ無害でもない独特の存在感で過ごしている。
そのことから誰からも悪く言われる事も無く、この学園生活を謳歌していたりするのであった。
そんなユヨーの挨拶が終わり、次に立ち上がったのが魔法貴族派ナンバーツーの女生徒だ。
「私はローリアン・トリスタ。エリザベス様に憧れてこのアストロにやってきましたの。大好きな魔法は幻惑系ですわ。皆様よろしくお願いしますわ。オホホ」
妖艶な雰囲気を醸し出し、男達を誘うように微笑む彼女は妙に大人っぽい身体付きから何人かの男達をゾクッとさせる事に成功する。
「おい、アクト。あの女、いいなぁ」
そう小さく話しかけるセリウスにアクトは「お前、あんなのが好みなのか・・・」と他には聞こえないように返す。
アクトにしてみれば、ローリアンのこの行動は男という異性を揶揄っているようにも思えた。
自分は妖艶な演技には騙せれないぞ、と心に強く言い聞かせるアクト。
そんな妖艶な魔女の次は、背が高く引き締まった体格の女性が挨拶に就く。
「あー、オレはクラリス。このとおり言葉使いはアレだけど、この学院では気丈な姐御肌で通っている。男のみんな、よろしくなあ。ちなみに『魔法は唱えるより殴る』が信条の自分で、格闘魔術が得意な私さ。そこんところ、よろしく」
体育会系の挨拶をする褐色系スレンダー女子のクラリス。
格闘魔術師とは珍しい存在である。
その文字どおり魔法を身体に纏い、素手で格闘する魔術師の事を言う。
分類上は魔術師の一派とされるが、直感的かつ短い呪文で魔力を纏うその姿から格闘士のような出で達なのである。
実はクラリス、スレンダーな見た目と反して、凄まじい格闘魔術師の使い手であり、学内からは恐れられる存在であった。
クラリスの拳は岩を割り、人を蹴っては何メートルも飛ばしたりと・・・
その事を現時点では知らない男子学生達であったが、その中でも彼女を見てニヤリとするセリウス。
彼女の雰囲気から強者のニオイを感じたのだろう。
「是非手合わせ願いてぇな、アクト」
「ああ、俺もだ」
冷静に返答してくるアクトに少々驚くセリウス。
まさか今の今まで自分言う事に対していちいち否定してきたアクトと意見が合うとは・・・
何故か、とても負けた気がして「チッ」と舌打ちしてしまうセリウスだったりする。
そして、その悔しそうにしているセリウスに何も気付かないアクト・・・ある意味、彼らの平常運転とも言えるやり取りであった。
そんな気付く者がほぼ居ない小芝居を他所に、最後の挨拶として残った女生徒がハルだ。
それまで机に突っ伏したままだった彼女であったが、やがて意を決したように立ち上がり、挨拶を始める。
「私の名はハルです。私が得意なのは魔道具の開発。それと・・・」
ハルはアクトを方へ向き直り、ズバッと指を指してこう告げる。
「それと変態の発見と、変態の駆逐です。くれぐれも女子に変態行為をしないように。私が直ぐに発見します。そして、すぐに鉄拳制裁を下します。社会的に殺しますので・・・」
そう言い怒りの目でアクトを睨んだ。
「いげッ!?」
そのハルの黒い眼に直視されたアクトは蛇に睨まれた蛙の如く硬直して、そして、嫌な汗が噴き出し、口から得体のしれない擬音を発してしまった。
それを目の当たりにした生徒一同は何故にハルがこれほどまで怒りを露わにしているのかまったく理解できなかったが、それ以上に狼狽するアクトの姿にも驚いた。
アクトは高等騎士学校の中でも誠実な紳士であり、また、高潔な精神を持つ事で有名であった。
彼からは邪なものは一切感じられず、常に動じない冷静沈着な青年というイメージの筆頭生徒である。
しかし、そんなアクトが今となり明らかにハルの指摘で狼狽を露わにしている。
セリウスは勇気を振り絞り、今度は皆に聞こえるような声で代表して質問せずにはいられなかった。
「アクト・・・お前、この娘と何があったんだよ?」
これに対してアクトは小さい声でこう答える。
「思い当たる節は・・・・・・多々ある」