第九話 ロイ隊長の日記2
帝国歴一○二二年 五月五日
今日、非番の時、ラフレスタ北部地域を警ら中に不思議な女子学生を見た。
遠目に見たが、それは何やら男性と言い争い・・・と言うか一方的に怒っている。
女子生徒は凄まじい剣幕で何かを叫んでいたが、余りに興奮しているようで何を言っているかさっぱり解らん。
どうしたものか? 止めるべきかと考えていたが、やがて勝手に興奮が収まったようで、女子生徒は去っていった。
まぁ、当事者同士が納得して解決したならば、それで問題なしとするか。
我々も暇ではないしな。
そう思っていたが・・・ん? よく見れば罵倒されていた相手の男はアクトじゃないか?
何があったのか話を聞こうかと近付いたが、それよりも早くアクトはエリオス商会の中に入ってしまったため、会話する機会を失ってしまった。
まあいい、気になるならば後日で詰所に顔を出した時に本人から聞くとしよう。
追伸:
後日、アクトからこの時の愚痴話を聞いた。
どうやら散々な一日だったらしい。
ただし、女性とぶつかったのはアクトの不注意が原因らしく、自分が百パーセント悪いと言っていた。
アクトよ、人と人の出会いなんてそんなものだ。
もしかしたら、それがきっかけでその人と仲良くなるかも知れないぞ。
いつも前向きな彼にとっては珍しく相当落ち込んでいたため、俺はそう励ましの声をかけてやる。
しかし、アクトは「そんな物語のような話は現実にはありえません」とドライに返しやがった。
くっそう、俺だってそう思うけどな・・・少しは夢を見ろよ。
遠目に見ていたけど、相手は可愛らしい女性だったじゃないか。
アクトはホントに真面目すぎる奴だ。
五月八日
最近、実習生のアクト青年がぐったりしてことが多い。
どこか調子が悪いのかと聞けば、どうやら白魔女対策と称して何か特訓を始めたようだ。
なんだか良く解らんけど、若いうちは何でもがむしゃらにやるべきだ。
うちの若い者にも見習わせてやりたいぜ。
奴らは自分では白魔女にはもう敵わないと決めつけているし、美人という噂が独り歩きして、また会いたいなんてバカな事を言う奴もいるらしい。
白魔女は盗賊集団に加担している犯罪者であり、つまり逮捕しろって事だ!阿呆う共がっ!!
五月十一日
娘のライラは十二歳だ。
早いものでもう初等学校の年長だし、来年に卒業だと思うと月日の経つのは早いものだ。
ライラは嫁のシエクタに似て可愛らしく、いつも俺を癒してくれる存在だ。
今日も仕事で帰りが遅くなったが、「おとーさん、お帰りー」と優しく出迎えてくれる。
なんて可愛い娘だ。
この娘の為なら、たとえ火の中や水の中、魔獣の巣だって突込んで行けるってもんだぜ。
よし、明日は休みなので久々に親子三人で出かけるか・・・と思ったが、シエクタとライラ二人だけで買い物に行くので「おとーさんは留守番していて」と娘に言われてしまった。
俺も一緒に行きたいと言ったが、女同士でどうしても行きたいところがあるのだと・・・・
なんだか俺だけ仲間外れにされているようで少し落ち込んでいる。
おとーさんは寂しいよ。
ライラにも反抗期が来たのだろうか?
同僚のガッツに聞いた話だが、あいつの所の娘は反抗期真っ只中らしく、碌に話も聞いてくれないらしいし、自分の服と娘の服を一緒に洗うと、悪鬼の様に怒ると嘆いていた。
嗚呼ライラよ、お前もそうなってしまうのか・・・
五月十六日
先日、母娘の女同士で出かけていた原因が解った。
何と! 俺のためにこっそりとプレゼントを買いに行っていたのだ。
そう、今日は何を隠そう俺の三十二歳の誕生日。
自分でも忘れていたが、嫁と娘は覚えていて、俺を脅かそうと誕生日プレゼントを渡してくれた。
とてもびっくりしたし、感動もしている。
本当に俺にはもったいない家族だ。
ちなみにプレゼントは巷で人気の『懐中時計』だった。
性能も良く、価格も手頃なので最近よく売れているらしい。
俺も噂は聞いている。
明日はこれをつけて皆に自慢してやるぜ。
「愛娘からもらったんだぜ」ってな!
五月二十日
最近は『月光の狼』の活動が活発化しているようで毎晩のように出没している。
俺らも手を抜いている訳ではないが、連絡を受けて現場に急行するも、既に彼らの犯行後であり、なかなか逮捕には至っていない。
今日も上司である警備総隊長から小言も貰った。
我々の第二部隊だけが賊を取り逃がしている訳ではないので、ラフレスタ警備隊全体の責任になっているが、それはそれで面目丸潰れだ。
しかも総隊長から聞いた情報では賊が活発に活動しているのはこのラフレスタに限った事ではないらしい。
帝都や南方地域でも賊の活動が活発傾向にあるらしいのだ。
特に南方ではアレックス解放団という武闘派の組織が有名だ。
この組織は最近態度が軟化していると聞くが、それでも組織の規模が大きいので警戒は必要だ。
なんだか嫌な予感がする。
全ての賊の活動が『月光の狼』とつながっているような気がするんだ。
これはあくまで俺の直感だ。
しかし、こう言っては何だが最近悪い予感ほどよく当たるってもんだ。
とりあえず、まずは一人でも奴らを逮捕して組織の全容解明をしなければならない。
警らの人員配置を見直すとしよう。
五月二十三日
どうやら人員配置の見直しが当たようで、見事に『月光の狼』が引っかかった。
しかも白魔女付きだ。
第四隊と共同で包囲網を敷き、今日こそは逮捕!と行きたかったが、敵も凄まじい抵抗だった。
白魔女が攻撃的な魔法を使ったのは今回が初めてかも知れないが、とにかく凄まじい氷礫の魔法を連射してきやがった。
普通の魔術師なら数発で魔力切れになるような威力だったが、白魔女はまだまだ余裕の様相。
奴にはいったいどれぐらいの魔力があるのだろうか。
早速、我々では対処が難しいと思っていたが、そこでアクトの奴が飛び出した。
本当は実習生なので戦闘への参加は認めていないが、突出してしまったものはしょうがない。
そして、今回のアイツの活躍は素晴らしかった。
どういう仕組みかわからんが白魔女の魔法をどんどん叩き落として対抗している。
確か、アクトの奴は魔力抵抗体質と言っていたから、それを応用した技なのだろうか?
詳しい理屈は俺も解らんが、アクトが白魔女との距離を詰めたのを見て、今回はいけると誰もが思う。
しかし、白魔女の方が一枚上手だった。
距離を詰めたところで白魔女が馬鹿力を発揮して、アクトを投げ飛ばしやがった。
まったくなんて酷いことしやがる。
ありゃあ、人間じゃないぜ!
それでも俺はアクトの働きを褒めてやりたいと思う。
何せ、我々では全く歯の立たなかった白魔女に一杯食わせる事もできたからな。
だが、最後に白魔女と伴にアクトが消えちまったのには焦った。
白魔女が投げ込んだ謎の魔道具、それに対処するため、アクトの奴が無我夢中で魔道具を破壊しようとした。
その事で予定外の転移魔法が発動してしまったらしい。
アクトが死んじまったのかと焦ったが、数十分後にはひょっこりと帰ってきやがった。
左頬に大きくて真赤な痣と鼻血を流していたから、理由を聞けば、ここから少し離れた丘へと強制転移されて、それで白魔女と第二戦を行ったのだと言う。
アクトの顔がニヤけていたのは少し気になるが・・・無事に帰ってきたので俺もとりあえずは安心したものだ。
白魔女を取り逃がしてしまったのをアクトは残念がっていたが、それは重要ではない。
もし、実習生が死なれたりしたら、俺や俺の部隊の責任も計り知れないからな。
おっと、俺とした事が己の保身を考えているような書き方になってしまった。
俺の事はどうでもよいが、妻や娘、そして、隊員達の生活もある、と言い訳しておこう。
そういうことを考えると俺も安易に自分の事だけを考える昔のままじゃいけないって事よ。
それに、命がけで市民を守るのが我々警備隊本職の仕事だ。
半人前である実習生が怪我でもしたら、それだけでも我々の面子が無くなるってもんだよ。
それにしても白魔女の置き土産の閃光魔法がまだ効いてやがる。
あの事件の後、小一時間ほどで全員の視力は回復したが、それでもまだ目がシュパシュパする。
畜生、白魔女め、おぼえていろ!
五月二十四日
今日、警備隊の詰所にガタイの良い体格をした初老の貴族の男が訪ねてきた。
訪ねてきた貴族は高等騎士学校の関係者で「ゲンプ」と名乗り、俺との面談を希望していた。
俺はガチガチに緊張した自分の上司の総隊長と伴に、この貴族様と会合する羽目になった。
てっきり先日のアクトの件でお咎めでも受けるのかと覚悟して臨んだが、話題はどうやらそれでは無く、俺よりも上司の総隊長の方が安堵したのを見られたのは面白かったな。
いつも俺らには偉そうにしているのに、これだから貴族って奴は・・・おっと話が逸れた。
どうやらこの老貴族様の話によると、アクト達が特別な授業を受ける事になったので、実習をしばらく中断させて欲しいという願いだった。
上司はふたつ返事で快諾し、ものの数分で会談は終了となった。
老貴族様は去り際に俺に向かって「いつもアクト達が大変世話になっていると聞く。少ないが、これで隊の英気を養ってくれ」と言い、懐から出した数枚の金貨を貰った。
俺達はありがたく受け取ると、その実直さを気に入ったのか貴族様は「カッカッカッカ」と笑って去っていた。
その夜、早速、部下達を集めて酒場に繰り出して、この出来事を肴に部下たちと大いに飲んだのだ。
俺はこの豪快で羽振りの良い貴族の爺さんの事を気に入り、「カッカッカの爺さん」と呼ぶ事にした。
部下達もそれが面白かったらしく、「カッカの閣下」と訳の解らん事を言っていた。
まぁ楽しい仲間に恵まれた俺は幸せ者だ。
アクト達がしばらく来ないのは寂しくなるが、彼らは学生の身でもあるしな。
勉学に励んでほしいものだ。
追伸:
後日、「カッカの閣下」の馬鹿話が上司の耳に入って、俺は大目玉を喰らった。
どうやらカッカッカの爺さんはゲンプ伯爵という超大物の貴族であり、ラフレスタ高等騎士学校の校長らしい。
「不敬に当たるので、今後、この話を外では絶対にするなよ!」と上司から厳命を受け、部下達にも徹底させる羽目・・・
どうやら俺の出世の道は遠くなりそうだ・・・