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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第二章 魔女の学院
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第七話 ハルの秘密

 自分の研究室にて本日予定していた作業を終えたハル。

 今日は午後に魔法貴族派の連中から絡まれた以外は予定されていた内容。

 あの事件の後、ハルは自分の研究室をエリーに見学させ、それが終わった後は懐中時計の来月納品分の製作を行っている。

 エリーがあまりにも手伝うと言ったので、少し手伝って貰うことにした。

 それで解ったことだが、エリーの腕は口だけではなかったようで、本当に魔道具製作に適正があった事だ。

 簡単な作業を彼女にお願いしたか、彼女はコツを覚えるとだんだん作業が早くなり、それなりの戦力となっていた。

 まだ粗削りだが、一年もすると良い作り手に育つのかも知れないとハルは思う。

 それから二人は食堂で夕食を取り、その後はハルひとりで研究室に戻る。

 エリーには自分の研究をするためと言っていたが、微妙に違っており、それ以外の作業も計画にある。

 手早く自らの研究に関する作業を終わらせると、そこからは秘密の魔道具を作るための作業に入るハル。

 普段から厳重に警備されているアストロ魔法女学院の研究棟ではあるが、万が一もあるため更に自らの魔法で結界を築き、外部からの侵入や盗聴・透視をされないようにして、部屋の中より魔力が漏れないよう厳重な魔術的仕掛けの結界を施す。

 準備が整った事を確認したハルは奥の部屋に厳重保管していた棚より製作途中の魔道具を出す。

 それは高度な素材を惜しげなく使った銀色の腕輪が二百個。

 これらは『魔女の腕輪』と呼ばれる月光の狼の装備品である。

 そう、ハルには幾つかの秘密があった。

 そのひとつが義賊団『月光の狼』に武器供与しているこの仕事である。


「まずはこの二百個は魔力チャージをしないとね」


 手早く腕輪ひとつひとつに魔力を充填していく。

 ひとつの腕輪でかなりの量の魔力を注ぐが、それでも彼女は疲れた様子を全く見せず、次々と作業を熟す。

 普通の魔術師が見れば卒倒してしまいそうな魔力を消費する光景であったが、彼女の保有する魔力からすれば、これでもまだ余裕の作業であった。

 ものの二十分ぐらいでこの作業を済ませたハルは「終わり」と口にして、完成品を次々と専用の魔法袋に収納していく。

 この魔法袋もハルの特別製であり、重量にして約二百キログラムの収納が可能な上に、内部からの魔力漏れを完全遮断できる逸品だ。

 もし、これと同じ性能の魔法袋が市場売っていたとすれば、二千万クロル以上の値がする代物である。

 家が二軒建てられるほどの高価な魔道具だが、これをまったく惜しげなく使うハル。

 ハルにとってこの程度の魔道具ならば素材にチャッチャッと仕掛けを施す程度でできてしまうので、素材に至っても他の研究で使った余り物を使用していたため、無料同然であった。

 そして、次の作業に入るハル。


「今日は難しい魔法陣回路を作らなきゃね」


 そう言うと、銀縁の眼鏡を外して、長い髪を後ろに縛り邪魔にならないようにした。

 この姿はハルの本気モードを示しており、凛とした姿はとどこか異国情緒溢れる姿だ。

 そして、その眼鏡は伊達であって、度は入っていない。

 彼女なりに自分がネクラな印象に見えるようにと考えた衣装道具だったりする。

 ハルは切れ長の黒目の持ち主であり、キリっとした目付きの顔立ちである。

 自分で言うのも可笑しいが、少し生意気そうに見えるその眼が人から注意を引き易い印象を持つと思っている。

 ハルがこのラフレスタに来て間もない頃、ひとりで外を歩いているとき、同性にも、異性にも、よく声をかけられたものだった。

 人と接するのを嫌っている彼女はこれをどうにかできないものかと考えて、そして、眼鏡をかけるようにしたのだ。

 人の印象とはちょっとした事で変わるものであり、眼鏡をかけてからは声をかけられる機会がかなり減った。

 きっと狙いどおりの効果が出たのだろう・・・我ながら良いアイデアだ、と自我自賛するハル。

 そんな訳で結構気に入ってかけていた眼鏡だが、最近、間抜けな男と出会ったおかげで、ひとつ踏み潰されてしまった。

 予備を持っていたため直ぐには困らないものの、自分の大切な衣装道具を壊された男の顔を思い出してしまい、不意にまた腹が立ってきた。

 もちろん鉄拳制裁してやったので、もう済んだ話だが、何故かあの男の顔が鮮明な記憶として残っている。


(どこかで会ったのかな??? そんな気もするけど・・・まぁ、気のせいでしょう)


 間抜けな人だったけど、顔だけは良かったので印象に残っているのかな?と考えるハル。


(学校の制服らしきものを着ていたので、どこかの学生なのかな?)

(名前はなんて言うのだろうか?・・・とりあえず「変態君」にしとくかな)

(わざとじゃないとはいえ、私の胸を触った奴だし・・・)


 いろいろと思考を巡らせるハルだが「いかんいかん、集中力が乱れているな」と自覚して、止まっていた手を動かし、作業へと戻る。

 彼女は右腕にはめていた銀色の腕輪を袖から引き出し、その腕輪にこう語りかける。


『XA88再起動』


 数舜の後、銀色の腕輪の一部が輝いて音声が流れる。


『ディープスリープモード『カイジョ』ノメイレイヲカクニン。XA88サイキドウカイシ』

『ゲンザイノ、ナイブトケイノ、ジコクハ、セイレキ2106ネン5ガツ28ニチ』

『ガイブサーバー、ツウシンチュウ・・・・・エラー、ツウシン、デキマセンデシタ』

『ローカルモードデ、キドウシマス』

『キドウ、カンリョウ。メイレイヲ、ドウゾ』


 もしこの場にエリーが残っていれば、驚愕しただろう。

 喋る腕輪はまだ良い。

 希少だがそれに似た使い魔を使役するような魔道具はこの世に存在していた。

 しかし、この腕輪から発せられる言葉はこの世界のどの国の言葉でもなかったりする。

 腕輪もそうだが、この時のハルも同じくこの不思議な言葉を使い、流暢に腕輪と会話していた。


「ファイルナンバー278のPCBパターンを出して」

『リョウカイ』


 そう応えると、空中に幾何学的な模様が投影される。

 その模様を確認したハルは予め親指ぐらいの大きさに切り出した黄金色の魔力鉱石に、投影した模様の縮尺が合うようにして腕輪の位置を調整する。

 ぴったりと合ったところでハルが「写像」と魔法を唱えると、左手から発せられた光が魔力鉱石を貫く。

 「パシッ」と衝撃音の後に、投影していた模様が魔力鉱石の表面に転写される。

 正しく転写されている事を確認したハルは「次のファイルナンバー133を」とXA88に語り掛ける。

 腕輪はハルの命令を忠実に実行して、別の幾何学模様が投影された。

 これを先ほど同じように魔力鉱石の表面に上書きするよう転写する。


「写像」

『パシッ』


 これと同じような操作をあと三回繰り返して作業は完了。

 そして、「光の刃」と短く呪文を唱えると、ハルの指先より放たれた光の帯が魔力鉱石を鋭く裂いて、最後には薄い長方形体として切り出された。

 切り落とされた魔力鉱石には先ほど写像された複雑な模様が正確に刻まれており、薄い板のようになっている。

 それを拾い上げて、別の袋から同じようにものを三枚取り出して重ねる。

 それぞれ別々種類の魔力鉱石に複雑な模様が描かれている板のようなものを両手で包み込んで、ハルが「えい」と可愛らしい掛け声とともに魔力を流す。

 そうすると、これらは眩い発光を伴ってひとつなり、空中に浮かぶ。

 彼女がゆっくりと手を放して「錬成」と魔法を唱えると、更に発光が強まり、燃えるような黄金の輝きを放つ。

 しばらくすれば、その輝きは収まり、正方形の青い板が現れた。

 中心に金色の細かい線が複雑に張りめぐらされ、魔力による残滓が煌きとなって見える。

 もし、魔法に詳しい者がこれを見ると「魔法陣」だと直ぐわかる代物であった。

 魔法陣とは人為的に作った魔力の保持装置であり、魔力の流れを記号や文字に乗せて定着させたものである。

 『事象の改変』と言われる魔法を具現化する際、このプロセスを補助する道具のようなものである。

 ある意味『呪文の詠唱』と同じ効果を持つが、魔法陣が便利なのは魔力を保存しておけることにある。

 複雑な詠唱や魔力充填をすること無く、簡単なきっかけで魔法が発動できる装置と言えば解り易いのかもしれない。

 このように便利な魔法陣ではあるが、そもそも魔法陣を作るには高い技術と経験が必要であり、これを魔術師としては若輩と言っていい十九歳の女性が簡単にできるものではない。

 今回ハルの作った魔法陣は魔力が内包している事を示す輝きを見せている事から、この世界にうまく定着させることに成功できていた。

 もし、ここに魔方陣の専門家がいた場合、この魔力の気配から「これは確かに魔法陣だ」と理解できただろうし、高度で精密な造りに舌を巻いただろう。

 しかし、そんな魔法陣の専門家であっても、これが『魔法陣』だと理解できるだけであり、『何の』魔法陣かまでは理解できないはずだ。

 これほどに複雑な構造を持つ魔法陣を見た者はこの世にはいない。

 それもその筈、この魔法陣はハルのオリジナルであり、懐中時計で使用したものとは次元の異なる高度な技術によって生み出されている。

 「この技術は絶対に公表ではないわね」とハルは呟く。

 確かにそのとおりであった。

 この魔法陣の技術―――ハルは『多層式精密魔法陣』と呼ぶ―――は現在の技術が数百年レベルで発展しないと到達できない技なのである。

 これを製作するには魔法の技術や知識だけでは不可能なのだ。

 魔法に加えて物理や数学、電子、そして、生産技術などの複数の技術が複合して初めて達成できる技であったりする。

 この世界で物理現象を学ぶ学問は存在しており、それは『自然科学』と呼ばれている。

 ただし、現在の『自然科学』の学問は例えばリンゴが木から地面に落ちる理由について説明を求められると、それはリンゴ自体が地面へ戻ろうとする『記憶があるから』とされていた。

 勿論、これは大きな誤解であり、リンゴか木から地面に落ちる理由は『万有引力』の法則に基づくとハルは正しく理解している。

 もう少し詳しく言うと、物質には質量というパラメータがあり、惑星という巨大質量とリンゴが互いに引き合う力を有しているのだ。

 さらに詳しく言うと、原子レベルよりもさらに細かい素粒子レベルで見ると、ゲージ粒子に分類される中にグラビトンと言う粒子概念があり、それが重力を・・・云々。

 ハルはとある理由から、それほどまでに物理学に精通している人物なのである。

 しかし、この世界では魔法という強大な理があったため、物理学というものから視線を外していたのだ。

 この世界でも魔法が働かない普通の状態では物理の法則が正しく作用している。

 その事を正しく理解するハルだからこそ、新しい技術の可能性に気付くことができ、魔法と物理現象を複合する事で様々な大発見をしているのだ。

 彼女にとって魔法陣の構成について学べば学ぶ程、これが電子回路の構造に見えて仕方なかった。

 魔力を電荷に置き換えて、魔法が作用して発生する熱や光を発する部分にその属性の由来する魔力鉱石に置き換える事で、様々な現象を設計書どおりにコントロールできる事に気が付いたのだ。

 そして、彼女の持つ知識を総動員して、今まで存在しなかった魔道具を生み出す事に成功していた。

 ハルは頭脳明晰であり工学、特に物理に関しては人並み外れた理解力を持つが、それはこの世界から得られた知識ではない。

 彼女はとある事故に巻き込まれて、本人の意思とは関係なくこの世界にやってきた人間。

 つまり―――異世界に迷い込んだ人物なのだ。

 そして、そのとき身に着けていた『XA88』が彼女にとっては幸運であった。

 この『XA88』というは彼女の故郷の言葉で『スマートハンズ』と呼ばれる電子機器である。

 その『スマートハンズ』とは、時刻を知るという古来からの機能に加えて、電話や通信などをはじめとする情報端末としての機能、そして、防犯機能が盛り込まれている。

 彼女がいた元の世界で『スマートハンズ』は個人で持つ事が当たり前のように普及していた電子機器であった。

 彼女は不幸な事故に巻き込まれて、四年ほど前に単身でこの世界へとやって来た。

 一時は自分の不幸を呪い、押し潰されそうになる不安な日々を過ごしてきた彼女であったが、様々な幸運が重なる事で今はここに至っている。

 言葉や魔法に馴染み、ある程度心に余裕のできたハルが元の世界に帰ることを最終目的に魔道具の開発を行っているのだ。

 とある事情により、年齢に似合わない高度な物理学の知識を持つハルだが、それでも全知全能という訳ではない。

 こちらの世界に来て、ハルは自分の持つ知識など上辺だけである事にすぐ気付かされる。

 例え、ガラス一枚であっても、それをどうすれば製造できるのか?という事を考えたときに思考が止まってしまう。

 二酸化ケイ素がガラスの主材料というのは知識で知っていたが、それをどうやって精製して、どういう工程を経るとガラスになるのかは専門家でない限り解るはずもない。

 なんとか故郷の知識を引き出せないものかと考えを巡らせていたとき、自身の持つ『XA88』に元の世界の英知が詰まっている事に気が付いた。

 『XA88』には様々な付加機能があるが、その中でも学習支援というものがある。

 これには科学技術だけではなく社会や歴史、政治など幅広い知識を学ぶための情報が入っており、内容に関しても小中学生が学べるレベルのものから高校・大学レベル、更にその上の研究者レベルにも対応できる情報にアクセルする事もできた。

 普段は通信回線を経て外部サーバーから最新情報を得ているが、通信状況が悪い時でも使用できるよう内部記憶領域に最新情報を常にバックアップしていたのである。

 『XA88』は太陽光発電システムを採用していて、こちらの世界でもエネルギー切れになる事なく使用できた。

 ハルの元の世界のバッテリー技術から考えると、エネルギー元である太陽光さえあれば、ほぼ半永久的に使用可能であろう。

 『XA88』は知識情報だけでなく、先程のように映像出力や技術計算などの設計支援にも役立ってくれる。

 こちらの世界に来た当初は翻訳支援もしてくれたし、防犯設備としても機能してくれた。

 ハルにとっては掛け替えのない相棒であり、片時も離さないようにしている。

 普段は起動させていないので、傍から見れば何の変哲もない銀色の腕輪にしか見えない。

 これがハルのふたつ目の秘密である。

 彼女は元々この世界の人間ではなく、科学技術の発達した別の世界からやってきた異世界人だったのである。

 そんなハルだが、彼女は完成した魔法陣を浮かせた状態で、近くの魔法炉から取り出した高温の液体を魔法で操り、この魔法陣を包むように操作を行う。

 そして、円形になったところで「加工」の魔法を唱える。

 すると、どこからとなく複数の光の刃が現れて、対象物を次々と切断していく。

 しばらくすると高温の液体が冷えて固まり、赤い輝きが失せて、そして、綺麗な正八面体にカットされたクリスタルの魔道具が姿を現した。

 新しい魔道具がまたひとつ完成した瞬間であった。

 これを手に取り、出来栄えを確認したハルは完成体に満足し、額から出ていた汗を拭う。

 ハルとしても膨大な魔力を行使していたため、集中力が必要だった。

 その苦労の甲斐もあり、失敗せずに済んだ事に安堵する。


「なんとか完成ね」


 そう言うとできあがった魔道具を光にかざした。

 光がクリスタルに反射してキラキラと眩い輝きを放つ。

 装飾品としてもそれなりに良さそうな物だが、ハルにとってこれは単なる実験のための使い捨ての魔道具のひとつに過ぎない。

 これは転移魔法発動中にその内部からエネルギー加えられた時の反応を観察するために製作した実験装置のひとつであった。

 最近、彼女の作る物は一歩間違えば危険物と称されるものも多い。

 勿論、安全に配慮して作っているため、今まで事故などは一切起こしていないが、この手の魔道具は暴走すれば、辺り一面を吹き飛ばすぐらいの威力はあった。

 これだけのエネルギーを持つ魔道具を学院の施設で実験する事はまず許されないだろうし、こんな物を持つ事さえも知られるのはまずい代物であった。

 作った事がバレれば、危険人物扱いされてしまい、最悪、研究室を取り上げられかねない。

 それは世話になっているグリーナ学長やリリアリア師匠にも迷惑をかけかねない危険な行為である。

 そのため、学院内でこの手の魔道具の実験をする事はできなかったが、最近の彼女には良い手段を手に入れていた。


「さて、準備も整ったし。行きますか」


 ハルはひとまとめにしていた自分の髪留を解く。

 パサリと青黒く艶やかな長い髪が宙を舞う姿は美しく、妙に色っぽかったが、ここには彼女しかいないため、残念ながらこの姿に喜ぶ人は誰もいない。

 そして、ハルは月光の狼に渡すための『魔女の腕輪』が入った魔法袋と、完成したばかりの実験用魔道具を自分のローブの内側に仕舞い込み、代わりに懐から別の魔法袋を取り出す。

 この魔法袋は他の物よりもさらに厳重な魔力漏れの防止を施されているため、表面に禍々しい魔法陣が描かれている。

 この特別製の魔法袋の中よりひとつの白い仮面を取り出した。

 白銀の仮面だった。

 目元に開けられたふたつ穴と、それ以外に濃い朱色の模様が仮面の淵に施されている。

 貴族が舞踏会で粋がってかけそうな顔を半面だけ覆う意匠の仮面。

 ハルがそれを装着した瞬間、強烈な光と魔力の奔流が研究室内に迸る。

 周辺の魔素から変換された魔力が彼女を包み込み、強く発光した後、装着したハルに劇的変化が現れた。

 まず、青と黒が混じった艶やかな髪色がすべて銀色へと変わる。

 若干黄色を帯びていた彼女の肌の色も、大理石のような白さに変化した。

 シミひとつない白さだ。

 そして、仮面の穴より覗く瞳は黒色からエメラルドグリーンへ変わり、神秘的な美しさを醸し出す。

 朱赤を増した唇が色っぽくもあり、仮面に施していた朱色の紋様と相まり、元のハルよりも数倍印象深い大人の女性に変身した。

 これは絶世の美女と言っても過言ではない。

 服装も元々のぶかぶかだった灰色のローブが収縮して、今はタイトな白いローブの姿に変わる。

 身体に張り付くような際どいローブ姿は彼女の女性としての身体の線をより強調し、魅せることとなり、胸の膨らみや腰のくびれがスタイルの良さを強烈に主張している衣装だ。

 当初、こんな格好は恥ずかしかな?と思うハルだが、仮面をつけたときの彼女は気分が高揚するようで、この姿が全く気にならず、むしろ、自分がスターダムになったような爽快感もあったりする。

 そう、これがハルの三つ目の秘密。

 彼女こそが、今、世間を密かに騒がせている白魔女エミラルダ本人だったのだ。

 エミラルダに変身したハルは自ら魔力の放出を抑制する。

 いかに魔力漏れ防壁を施した研究室とは言え、これだけの膨大な魔力を長時間防ぐことは難しいだろう。

 魔力検知能力の鋭い者が異変に気付く可能性だってあるのだ。

 ハルがこの仮面を作ったのはエリオス商会に懐中時計の納入が始まってから日が浅い時、暴漢に襲われた事に端を発していた。

 暴漢は魔法時計の功績を妬む別の商会の手によるものであり、ハルの誘拐と懐中時計の製造技術を強奪する事が目的だったらしい。

 このときは運が良く、暴漢をなんとか撃破できたハルであったが、これが腕利きの複数の人間だったらとハルは心配になった。

 ハルは無詠唱で全属性の魔法を扱う事ができる。

 これは戦闘においては詠唱によるタイムラグがほとんど無いため、戦闘向けの魔術師としては圧倒的に有利だが、それだけで舞い上がるほどハルは幸せ者ではない。

 例え、素晴らしい力を持つとしても、それは個対個の場で有利であって、数の力や策謀の前に自分はか弱きひとりの女性でしかないのだ。

 彼女がこの世界に頼れる人間などほとんどいなかったため、結局は自分の身は自分で守るしかないと判断するハル。

 当時持てる技術のすべてを使い、人に可能な全ての強化効果が発動できる魔道具を開発する事にした。

 そうして、その完成形がこの『白仮面』となる。

 効果は魔法力強化、集中力強化、精神力強化、体力強化、腕力強化、俊敏性強化、魅力強化、威圧強化、物理的防御力強化、魔法的防御力強化、外観変化だった。

 彼女が最高の物をと頑張って開発した結果が、恐ろしいほどの効果を発揮する魔道具になってしまった。

 本気で走れば馬よりも早く走れるし、全力で飛べば鳥よりも高く飛べる。

 壁を軽く叩けば穴が開くし、魔法を放ってみれば地面にクレーターができる。

 威圧をすれば人間はおろか野生動物の熊でさえも動けなくなるし、魅惑を放てば男性だけではなく女性も骨抜きにできた。

 それでいて魔法効率も良いため、魔力の消費はほとんど気にならない。

 ハルが一日中仮面を付けていたとしても問題なく活動できる持続時間を有していた。

 本当に恐ろしい物を作り上げてしまったと自覚するハル。

 早速これは封印かと思っていた矢先に『月光の狼、ライオネル』との出会いがあった。

 彼の組織に協力する事を約束してしまったハルだが、ハル自体にも実はメリットがあったりする。

 組織の長たるライオネルが運営する表の仕事がエリオス商会だったというはハルにとって幸運だった。

 公にできないような希少な魔法素材を融通してもらうメリットもあったし、ライオネルの義賊団の活動に紛れて、強力な魔道具の実験ができてしまう事もメリットのひとつにある。

 合法的(?)に実験できる意味合いは強く、これまでこれらの実験活動により多大な成果が得られていた。

 こうしてハルは白魔女エミラルダという偽名を使い、ライオネルとともに活動する事を決意する。

 今夜もこの後、月光の狼に『魔女の腕輪』を納品して、そのついでに彼らの活動に協力するふりをして、自らの実験を行う予定であった。


「それでは参りましょうか。隠ぺい!」


 彼女がそう唱えると、途端に白魔女の存在は希薄になる。

 もし、人が彼女を見ていたら、急に彼女が消えたように思うかも知れないほど白魔女の存在が消えていく。

 彼女の隠ぺい魔法の効果は凄まじく、人間やそれよりも鋭い感覚を持つ野生動物や魔物、加えて、魔法仕掛けのセキュリティー装置さえも無効化できる効果を発揮するのだ。

 目の前にいるはずなのに誰も気が付かない彼女の存在。

 彼女は静かに自分の研究室を出て、夜のラフレスタに繰り出す。

 白い服を着て顔の半分を隠す仮面を被った妖しい絶世の美女が街の大通りを歩くが、誰もその姿を気に留める者はいないし、解らない。

 まるで闇夜に梟が羽ばたくように、その存在は完全に夜のラフレスタの闇へと溶け込むのであった。

 


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