第五話 魔法理論
エリーは魔法理論初級の授業を受けている。
一年生の授業は三ヶ月周期で繰り返される基礎的な授業内容を選択式で選べるようになっているのは、このエストリア帝国で一般的な高等学校と同じ授業方式である。
このようになっている理由は帝国の教育制度が「入学・卒業は自分の誕生日を基準にする」というルールから由来している。
帝国の高等学校一年生の授業は三ヶ月周期で繰り返される選択制の基礎授業を受けることになっており、二年生、三年生は一月より始まる全クラス生徒揃えての画一的な授業、そして、四年生は選択制で先進的な事を学ぶ授業と研究講座が一般的となっている。
ちなみに、このような制度では十一月から十二月生まれの生徒が他の月に生まれた生徒よりも三ヶ月周期の基礎授業が一コマ分少なく不公平になってしまう。
そのため、彼らへの救済策として基礎講座受講一コマ分の三ヶ月分を准一年生として特別に早く入学する制度があったりする。
このようなややこしい制度にするのではなく、入学時期をすべて年初めの一月に定めて、全ての生徒を全て画一的な教育にした方が効率的ではないか?という意見が過去にもあったようだが、エストリア帝国では『人の発育、特に魔法力の発育はその人の純年齢に応じる』という考え方が現在でも主流であり、この方針が主流となり続いていた。
そして、本日も新入生向けの基礎授業がこの学院で行われている。
教壇に就く新人の若い女性講師はマニュアルどおりの授業を行う。
少し面白みに欠ける授業ではあったが、内容は魔法理論の基礎に忠実であり、模範的な授業と言えなくもない。
「・・・皆さん、ご存知のように『魔法』というのは神がこの世界に与えた奇跡の力です。これを行使する事により普通で出せないような現象を作り出せることになります。この事を魔法理論上では『事象の改変』と呼びます・・・」
講義内容は基本に忠実、と言うか理想的過ぎで教科書丸読みに近い授業。
エリーも講義は聞いているが、これは中等学校で既に習った内容であり、早くも消化試合状態となっていた。
知識として吸収する必要は既になく、この後実施される確認テストのために手早くこの授業内容の要点をノートにまとめていく。
優秀な生徒であるエリーにとって、それは授業ではなく、既に作業であった。
・魔法は『事象改変』を行う手段である
・『事象改変』には魔素と魔力を以って可能となる
・魔素とは『事象改変』するための根源であり、この世界中にほぼ等しい密度で分布しているエネルギーだが、普段はただ存在しているだけで害にも益にもならない(魔素の正体が何であるかは現在の学問をもってしても解っていないらしい)
・魔力とは人間の精神力が源になっており、何かをこうしたいと強くイメージする事により発生する(これも本当のところどういう力なのかは現在の学問をもってしても解っていない)
・魔力を使って魔素に働きかける事で魔法が発動する
・魔法が発動し『事象改変』が完了すると魔素は元の状態に戻るために魔素は枯渇しない
・魔法力の基本式:魔法の力=(集める事ができた魔素)×(投入した魔力)
・つまり、魔素をいっぱい集めるか、強い魔力を投入する事で強い魔法を発現できる
・魔力を強くするには:
一)日常の精神力をイメージトレーニングする事によって魔力を強くできる
二)詠唱は鮮明な明確なイメージを持つのに有効であり、この行為が魔力を強くする。
三)先天的に強い魔力(強いイマジネーション)を持つ人が存在する
四)男性よりも女性の方が、魔力が強いと言われている(諸説あり)
五)上記三よりも二の方が強い。つまり、詠唱が上手い人ほど強力な魔術師に成れる可能性が高い(無詠唱で魔法を行使できる人もいるので、例外あり)
六)魔力強化の補助となる魔道具を利用する(とても高価!)
・魔素を多く集める方法:
一)詠唱の中に魔素を強く集めるような内容を織り込むこと
二)魔素密度には微妙なムラが存在し、これを利用して魔素密度の濃いところで魔力行使すること
三)魔素収集の魔道具の利用すること(とても高価!)
四)先天的に魔素収集に長けている人が存在する
・アストロ魔法女学院生は少なからず上記四)の才能を持っている(入学試験等で確認済)
・上記四)の才能を全く持っていない人は残念ながら魔法を行使する事はできない
・上記四)の才能を持っていない人の中には逆方向に才能を伸ばした人が存在する。これを「魔力抵抗体質」と呼ぶ(魔力抵抗体と称す場合もあり)
・「魔力抵抗体質」の者は魔法を行使できないばかりか、魔法を無力化する力も持つものもいる(別途「魔法抵抗体質者について」の授業で講義予定)
「だいたいこんなところですね」
講義内容を簡潔にまとめるエリー。
彼女は幼いながらも優秀な魔術師であったし、勉強も得意なために中等学校でも優等生だ。
入学の際には特待生の打診もあったが、これは丁重に辞退している。
彼女がアストロに来た目的はハルへ師従することであったし、彼女の親からもそうするよう言われていた。
特待生になると授業料の一部免除というメリットもあるが、デメリットとしては特別な課題が科せられ、成果物を提出する必要もあった。
そんなことに時間を取られるぐらいだったら、その時間をハルと伴に過ごしたかったのだ。
何せ、ハルは現在四年生であり、彼女の卒業が今年十月に控えている事を考えると、この学院でハルとエリーが伴に過ごせる時間はあと数ヶ月しかないのだ。
「あーあ、退屈ーっ。これなら、ハルお姉さまとお話していた方が勉強になるのに・・・」
エリーにとって魔法理論の基礎などは既に習っている内容であったし、昨日、ハルと会話した時の方がもっと興味深い内容だと思ってしまう。
自分が魔道具作製志望者と言うだけあり、元々それ関連の知識には造詣のあったエリーだが、ハルが持つ知識はその何倍も先を進んでいた。
初めは年下のエリーを鬱陶しそうに相手するハルであったが、話題が魔道具になると堰を切ったようにいろいろと話してくれる。
その結果、エリーの事を、ある程度技術の話が解る人、としてハルは認識してくれたし、気をよくしたハルから、今度研究室を見せてもらえる約束も取り付けることにも成功している。
それにしても、ハルから聞いた様々な魔道具のアイデアの中で、魔素の収集に指向性を持たせる技術や、魔法と自然現象を上手く結びつけて、効果を倍増させる技術など、今までエリーが聞いた事の無い技術ばかりであった。
もし、ハル以外の者から同じような話を聞いた場合、エリーは「そんな馬鹿な」、と一蹴したくなるような斬新なアイデア。
しかし、あれだけの実績を出しているハルなので、すべてが実現可能な技術、もしくは、既にハルの頭の中で完成している技術なのだろう。
一体、ハルの頭の中はどうなっているのか?と興奮冷めやらぬエリーであった。
ちなみに弟子入りの話はかなり長い押し問答の末にハルから拒否する形で落ち着いた。
しかし、妹分として付き合う事は認めてもらい、「ハルお姉さま」という呼び方の許可をちゃっかりと貰う事に成功しているエリー。
初めは「ハル姐さん」と職人風に呼びたかったエリーだが、「それは盗賊の親分みたいで嫌」と言われ、結局「ハルお姉さま」に落ち着いたが・・・
そんなこんなで、図々しくも自分の居場所を確保する事に成功するエリー。
ハルの前では自分の欲望を丸出しにするエリーだが、それ以外の人の前ではエリーが持つ可愛らしさと人懐っこさを武器に、着実に友達の数を増やす事に成功している。
これも彼女の生まれ持った才能なのだろう。
こうして、アストロ魔法女学院の日常の中に違和感なく溶け込んでいくエリーであった。