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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第二章 魔女の学院
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第二話 特待生ハル

 ハルはアストロ魔法女学院の四年生であり特待生の生徒である。

 同窓生にはあまり知られていない事だが、公の書類ではハルはリリアリアの長女とされている。

 このリリアリアという女性は帝国で魔術師を志す者にとって知らない者がいないほどの高名な魔術師だ。

 史上最年少の三十代前半で宮廷魔術師長に就任した人物として有名である。

 宮廷魔術師とは帝皇直属の機関であり、名実ともにエストリア帝国魔術師トップの集団。

 その集団の長を務めるという事実は魔術師を志す者にとって人生の最終目標とも言える。

 リリアリアはその名に恥じない高い実力を有していたし、彼女が天才だった事は就任期間中に数多く残る伝説的とも言える実績が物語っていた。

 そして、周囲から惜しまれつつも「宮廷魔術師長の就任期間は最長十年」という規則があるため、リリアリアは十年で退任し、その後いろいろな要職を任されていた。

 そのひとつがアストロ魔法女学院の学長であり、現在のグリーナ学長の前任者だったのだ。

 リリアリアがアストロ魔法女学院の学長に就任していた期間は五年ほどだったが、その時の功績として、貴族籍や有名家督が優遇されていた成績評価を見直し、元々アストロで行われていた実力主義の評価に戻した事は、実力があっても不当に低評価されていた魔術師達の卵に希望を与えることになった。

 これ以外にも様々な功績があり、信頼を勝ち取ったリリアリアはアストロ魔法女学院内に数多くのシンパを持つことができた。

 そして、リリアリアがアストロを退任するときも、自分と思想の近いグリーナへスムーズに学長の職を引き継ぐ事ができたのだ。

 リリアリアはアストロを退任すると、後にすべての職から引退し、彼女の故郷である港町クレソンに戻り余生を過ごしていたが、そこで出会ったのがハルという女性だった。

 このハルという女性は帝国の記録に出生はおろか初等学校、中等学校の在学記録もない謎の女性であった。

 どこの誰だか、そもそも誰の子かも解らない人物だったが、戸籍管理の発達していない現在の帝国社会では特に珍しい話でもなく、孤児や難民など同じ境遇の人はある一定割合存在していた。

 こう言った身寄りのない子供の末路としては社会の底辺として暮らす事を余儀なくされるが、リリアリアはハルと出会い、彼女の魔法資質をすぐに見抜かられて、自分の弟子としたのだ。

 こうしてハルはリリアリアの元で一年半ほど師従し、そこでメキメキと自身の魔法の才能を開花させる事になった。

 そして、ハルとリリアリアの別れは突然やってくる。

 帝国首都からリリアリアに向けて送られた一通の手紙が運命の歯車を回すことになった。

 手紙の詳しい内容はハルには伝えられなかったが、それはリリアリアに対する帝都への召喚命令だった。

 これにハルを一緒に連れていけないと判断したリリアリアはハルをアストロ魔法女学院に預ける事にした。

 入学の条件として戸籍の取得が必要だったため、リリアリアは自分と養子縁組を行い、これで戸籍上ハルはリリアリアの子となった。

 それは成り行き上の事だったとしても、リリアリアには子供がいなかったため、「自分の子供を持てて嬉しい」とハルに言ったものであった。

 こうしてハルはリリアリアに感謝しきれないほどの恩を貰い、この学院にやって来た。

 それが今より三年前のことである。

 ハルが学院に入学した時はグリーナ学長を含む教師陣によって入学試験が行われた。

 このときのハルの評価結果は「並の魔法使いよりも多少優れる程度」、「言語を含む基礎学力が初等学校並」であった事から入学資格すら危ぶまれる内容だった。

 しかし、最終的にはグリーナ学長の采配で入学が許可され、しかも彼女は第二種特待生として承認した。

 第二種特待生とは入学金を含む学費全般の免除である。

 この厚遇に異を唱える者も当然いたが、グリーナはハルがまだ成長過程にあるものの全属性の魔法を使える素質がある事と、無詠唱魔法が使える事を理由に自分の意見を押し切ったのであった。

 これには少し裏があり、リリアリアとグリーナは学生時代に同じ学舎で同窓として過ごした仲であり、更に、お互いの性格や考え方も近い事から親友と言ってもよい関係だった。

 そのリリアリアからハルを特待生で入学させて欲しいと言われれば、彼女としても断り辛い。

 それに、グリーナはリリアリアという人物が、単なる自分の縁故という理由だけで「ハルを特待生にして欲しい」などと願い出るとは思えなかった。

 こうしてリリアリアの願いを聞き入れたのだが、それ以上にグリーナはこのときのハルという女生徒に興味を持っていた。

 確かに無詠唱や全魔法特性を使えるという人材は希少であったが、グリーナがハルに注目したのはそこだけではない。

 それは、ハルと口頭試験していたとき、彼女の能力に少し異質な物を感じられたからである。

 言語・コミュニケーション能力・帝国歴史についてはかなり未熟だったが、それ以外の能力については高い能力を持つ事に気が付いたのだ。

 特に計算能力が高かった。

 一般的な高等学校卒業生が回答を要するのに二十分程度必要な複雑な問題も僅か一分とかからず回答するし、正解であった。

 計算という能力は魔法よりも商人に必要な能力と思われがちだが、グリーナはそう思わない。

 魔法においても触媒の調合や魔法陣の設計に計算能力がどれだけ重要なのかを、身をもって理解している。

 計算が早くて正確という事は、複雑で大規模な魔法を素早く行使できる可能性があり、現場ではこれができるかできないかで人の生死を分ける場合もありうる。

 面談の際にハルはこの計算能力だけではなく、自然や理学に関しても異質な能力を示す片鱗を見せたが、こちらは少し荒唐無稽で個性的な解釈を持つ事もグリーナにとっては印象的であった。

 ハルは模範的な解答から外れたことを答えていたため、試験としては駄目だったが・・・何と言ったらいいのだろうか、グリーナにはハルの答えている事がとても理にかなっているように思え、ひょっとしたら従来の学説の方が間違っているのかと思えるほどの説得力に富む解答だったのだ。

 とくにかく、ハルという女性は異質な才能の持ち主であるというのがグリーナのこの時の総合評価だった。

 そして、グリーナが驚いたのは―――これはハルが就学してから解った事であるが―――彼女は超が付くほどの綺麗好きであった。

 ハルはほぼ毎日湯浴みをしようとするし、朝晩は必ず歯を磨いたりと、王侯貴族もびっくりするほどの潔癖症である。

 アストロ魔法女学院の寮は二人部屋だが、彼女と同室の先輩学生がハルの異常なほど潔癖感に驚き、担任の教師に相談していたことからグリーナの知るところになった。

 この噂を聞いたグリーナは、ハルの正体がこのエストリア帝国出身者ではなく、ゴルト大陸南方から流れて来た良家の子女ではないかと予想している。

 ここ数年、南方諸国は急速に国土を拡大しているボルトロール王国により侵攻を受けており、いくつもの小国家が滅亡したとも聞いていた。

 そういった小国家のひとつにハルの生まれ育った国があったのではないか?

 そう考えると辻褄が合うのだ。

 別の言語体制で、高度な教育を受けた貴族の子女。

 南方国家では帝国とは違う言語を使う国もあると聞く。

 教育制度も異なるため、我々の常識とは違う学問が存在しているのかも知れない。

 ハルの容姿も特徴的だ。

 黒くて青い色の混ざる長い髪に、黒い瞳。

 エストリア帝国ではまず見ない組み合わせである。

 しかもハルは普段からそれほど着飾っていないものの、端麗な女性で、グリーナが評しても美人の素質があると見抜いていた。

 特に、髪の艶や肌のキメはすごく綺麗であり、どうやって手入れをしているか教えて貰いたいぐらいだ。

 教養・容姿・身嗜み、ともに一介の孤児が易々と得られるものではない、とグリーナは考えていた。

 しかし、そんなハルにも欠点はあった。

 それは他人との関わりを極端に避けている事である。

 初めに同居した寮の先輩女生徒とはそれなりに上手くやっていたが、彼女が卒業した後にやってきた別の同居人とはそりが合わなかったようだ。

 その女生徒とは、会話がほとんど無く、苦痛を感じた相手側の女生徒の申し出を学院が受理して、別の部屋へと変わっていた。

 まぁ、その女生徒はグリーナから見てもあまり素行の良くない女生徒であり、問題ある人物であったが・・・

 その後も似たような事が二、三回続き、現在では相棒おらずハルの一人部屋と化している。

 それ以外にもハルは学院の集団活動には必要最低限しか参加していない。

 友人と呼べる存在が全くない訳でもないようだが、それでも希薄な関係であり、最低限の付き合いで済ます印象をグリーナは受けていた。

 ハルの社交性を心配したグリーナは彼女に注意を促した事もあったが、今のところ効果は現れていない。

 初めは言語の問題もあったが、現在では一般学生と遜色のないレベルにまで成長している。

 会話や受け答えもしっかりしており、グリーナとも何度か会話しているが、他人がどう思っているかも考えながらハルが受け答えをしている事も見ているし、ハルの性格も悪くはないと思う。

 このことから『人と関わりを持ちたくない』というのはハルが元々そういう性格をしている訳では無く、ハルが自覚して『人との関わりを避けている』行動であるとグリーナは結論づけている。

 まあ、彼女の境遇を考えれば、それは妥当な行動かも知れないとグリーナは勘付けていた。

 亡国の想いに課せられ、将来に良家復興を考えるハルは、他国の人間を自分の事情に巻き込む事に恐れを抱いているのかも知れない、とグリーナはそんな勝手な予想もしていた。

 もしこれを、ハルの事情をすべて知るリリアリアが見たら、呆れてグリーナにこう言っただろう・・・


「グリーナ。貴方の悪い癖は妄想に妄想を重ね過ぎる事じゃよ」と・・・


 しかし、ここにリリアリアはおらず、グリーナが勝手に妄想して勝手に自己納得してしまったため、ハルの人間関係が良くなる事もなく時は流れるのであった。

 学年が進むとハルはどんどん頭角を現す事になる。

 まずは言語。

 これは数ヶ月程度で日常会話程度なら問題無く熟せるようになった。

 寮で最初の同室先輩女学生と関係が良好だった事が良い方向へと影響したのだろう。

 年齢は多少離れていても面倒見の良い先輩女性だったため、会話も弾み、一緒に街へ出かけたりと、ハルにとって、この学院で唯一仲良くしていた存在だった。

 次に魔法だ。

 全属性使える素質をグリーナ学長は見抜いたが、果たしてそのとおりになった。

 一年ほどの訓練で火・水・土・風・氷・光・闇・精霊系・幻惑系・空関系をそつなくオールマイティーに使えるようになった。

 ただし、器用貧乏的なところもあり、威力は全てにおいて中程度で、何かに特化する事はない。

 だが、無詠唱ですべてを行使できる魔術師は学院内に居らず、これができるだけでも特別な存在となる。

 魔法とは人が人外な力を発揮できる強力な手段だが、それは魔法を無事に成立・具現化させてはじめて有効な力となる。

 この具現化させる儀式として詠唱という行為が一般的には必要なのである。

 魔術師の最大の弱点は魔法を行使するまでにこの詠唱の時間が必要であり、呪文詠唱の長さが戦闘などを生業にする魔術師にとっては致命的な隙となるのだ。

 ハルはこれを克服できる無詠唱という芸当が可能であり、また、消費する魔力も少なく、効率的な魔法運用ができる貴重な魔術師となっていた。

 無詠唱という技術は魔術師が己の一生をかけて魔法の鍛錬を行い、それでもできるかどうかと言われている高等技術だ。

 これができただけでもハルは希代の優秀な魔術師になったと言っても差しさわりの無い存在。

 しかし、彼女がこの学院に来て一番興味を持ち、成果を発揮できたのは魔道具の製作だ。

 今の世では、魔道具作りという仕事は一流魔術師を目指す生徒にとっては、不人気な職業だったりする。

 魔道具製作は魔術師と錬金術師の中間のような職業であり、あまり派手さも無く、第一線を退いた魔術師が日々の糧を稼ぐ地味な職業として認識されていたのだ。

 しかも調合や錬成・加工と言った男性の領分とされる力仕事もあるため、女生徒には尚更に不人気であったりする。

 アストロの女学生達は魔道具を利用する事はあっても、それを自分で作るのはあまり好まない。

 自分たちはエリート魔術師であると認識する彼女達であったから、そのような仕事は自分達がするべきではないと考えている者も多かったのだろう。

 しかし、ハルはこの魔道具製作に興味を惹かれていた。

 彼女は自身の持つオリジナリティー溢れる自然や数学の知識と魔法を融合して、新しい形と成していく事に喜びを見出したのであった。

 魔道具作製の実習で何らかの手ごたえを感じたハルは、研究室の使用を学校に申請した。

 アストロ魔女学院では優秀な生徒や教職員の育成のため、自身の研究をサポートする制度がある。

 一定以上の成績の生徒から研究室の申請があった場合、それが危険な研究でない限り研究室の使用は許可される。

 ハルの場合も特待生という待遇上、問題なく許可された。

 この研究室の使用には条件があり、一年に一回以上、自身の研究成果を発表する義務が生じる。

 取り組む研究テーマにもよるが、研究者にとってはこれが結構大変な作業であり、研究と勉学に勤しむ生徒は睡眠時間を削っての生活となる。

 このため、年頃の女性である生徒から研究室を申請されることは珍しく、学年筆頭級の優秀な生徒であっても簡単な研究で済ます場合がほとんどだった。

 しかし、ハルは違っていた。

 もともと他人との接触を嫌っていた彼女の事情もあったが、孤独に研究に打込むのが好きなようで、二、三日の徹夜など彼女は当たり前のように熟していく。

 あまりの打ち込み様に指導教官はハルを心配したものだったが、本人はケロっとしており健康状態も全く問題が無い。

 普通ならば研究室にこれほど入り浸っていれば、肌はボロボロ、髪もボサボサ、服装は着の身着のままで、体臭も目立ち、女性としては残念な姿となっていくのだが、ハルは逆に英気を吸収しているかの如く活き活きとしており、肌も艶々としている。

 そうして、女性としての輝きも増すハルであった。

 指導する女性教員からは「若いって羨ましい」と称賛半分・嫌味半分で問題なしと判断し、グリーナ学長に報告される。

 あとは特記すべき事項としては、ハルはこの頃から眼鏡をかけるようになっていたのである。

 ハルは、他人へは「眼が悪くなった」と言い訳していたが、彼女がかけていたのは度の入っていない伊達メガネである。

 元々、切れ長の目で少しキツイ印象があった自分の容姿を、眼鏡をかける事で見た目を柔らかくし、あまり人の印象に残らないようにするのが彼女の本当の目的だ。

 これが功を発したのか、眼鏡をかけるようになって以来、あまり人から絡まれ難くなり、こうして彼女が研究活動により勤しむ環境が整っていく。

 そうして全ての環境の整ったハルは、水を得た魚の様に次々との研究成果を出し、いろいろな魔道具を開発するに至る。

 初めは簡単な付与系の魔道具から始まったが、次々と高度になり、指導教官が段々とついて行けなくなる。

 魔法に関しては女学院の教官達に知識はあったが、魔道具に用いられる付与の『技術』についてはハルのオリジナリティーが強過ぎた。

 ハルの荒唐無稽な理論に「そんな馬鹿な」と怒る教員もいれば、「なるほど、そんな手があったか」と共感するも教員もいた。

 他人からいろいろな事を言われても、ハルは結局自分のアイデアで「成功」という成果を積み上げていく。

 彼女のアイデアを否定していた教員も、その成功を目の前にするとそれ以上何も言えなくなってしまう。

 こうして、遂に指導できる教官は皆無となってしまう。

 ハルの存在をあまり快く思わない魔法貴族派の指導教員からも「私の手に負えません」と言われるほど成果を積み上げたハルは、やがてグリーナ学長の直属となる。

 エストリア帝国の現役魔術師で最強と言われるグリーナ学長の門弟になる事は、女学生の身分では通常あり得ないことだが、ハルはそれだけの成果を積み上げてきたのだ。

 グリーナ自身もハルの技術を半分ぐらいしか理解できなかったが、自分が解らない事に対しては特に何も言う事も無く、失敗したときや自身の得意分野で相談に乗るぐらいで、それ以外はハルの好きなようにやらせていた。

 そして、生み出されたのが魔法動力による携帯型の時報機、所謂『懐中時計』だった。

 これは単なる発明品の枠を超えて、現在、ラフレスタで売れに売れている大ヒット商品となっている。

 これがもたらす利益と名声は莫大であり、この発明品をおかげでアストロ教職員の中にハルの成果を認められないものは一人もいなくなった。

 ちなみにこの発明品は公には「アストロ研究所が一丸となって開発した成果」として公表されている。

 それはハル自体が目立つ事を嫌い提案したものある。

 アストロ教職員や所属する研究者達は自分達のプライドも多少はあったが、この提案により学校としてのブランドや立場が保たれる形になったため、最終的には渡りに船と判断されて好意的に受け入れられた。

 グリーナも学生の身分であるハルが大金を稼いでいる事を他生徒に知られない方が良いだろう判断し、この公式発表を容認したのだった。

 その事でアストロの対面も保たれ、その立役者たるハルの報酬としては『第一種特待生への昇格』と『アストロの中で一番大きな研究室の使用許可』となる。

 第一種特待生になる事で学費の無料化に加え、生活費の補助、そして、毎月研究補助として幾らかの奨励金が貰える。

 毎月の生活費をリリアリアから渡された金銭を切り崩していたハルにとってはありがたかった。

 尤も、その奨励金を遥かに超える金額をエリオス商会から貰っていたハルであったが、もとより節約家である彼女にとって、貰える物は貰っておきたかったし、リリアリアの好意に甘えっぱなしだった自分からも脱したいと考えていた。

 また、四年生になったとき、学年筆頭生徒への打診もあったが、これに関しては丁重に断っているハル。

 ハルにとっては目立つのは嫌だったし、四年生筆頭になると帝国中央の宮廷魔術師の見習いとしての推薦が貰える事も嫌だった。

 宮廷魔術師は帝国の魔術師にとって目指すべき最高の栄誉職であり、その足掛かりとして筆頭生徒になる事はこのアストロ魔法学院在中の生徒の憧れであり、羨望のタイトルである。

 そのタイトルを手に入る競争レースに自分が参加するのは御免被りたかったし、打診を受けた時点で、ハルはエリザベスという女生徒が筆頭になるであろうと予想していた。

 ハルはこのエリザベスと自分は性格が合わない者として直感している。

 彼女は『魔法』への信仰が強すぎるのだ。

 彼女は魔法を何かの宗教と勘違いしているようで、異常なほど魔法と自分が所属している魔法貴族が尊い存在だと信じているようだ。

 こんな彼女を差し置いて自分が筆頭生徒にでも成ろうものなら、どんな騒動に巻き込まれるか・・・

 それを想像するだけでハルは面倒だと思う。

 そして、それは正解だった。

 結果的に筆頭に選出されたエリザベス本人は狂喜乱舞し、盛大なパーティを開いたのだ。

 ハルも形だけは誘われたが、もちろん参加しない。

 ハルの少しだけ仲の良い教員から聞いた話によると、とても豪勢なパーティで、本人もすこぶる上機嫌だったようだ。


(本当によかったわね。憧れの筆頭生徒に成れて。それを自分がぶち壊して逆恨みされるところだったわ。危ない、危ない)


 そう思うハル。

 ハルはこの学院でただ自由に靜かに研究して、そして、静かに卒業するのが今の望みなのだ。

 

「このまま自由に研究させてもらって卒業できたら、後はエリオス商会に専任魔道具製作職員として雇ってもらうかな」


 そう呑気に呟くハル。

 彼女にとって、学業面でこのままアストロを卒業するのはそう難しい話ではない。

 彼女が面倒に感じるのは対人関係だけだ。


「はぁ。寮に新しい人が来るのか・・・面倒だなぁ」


 独り事を呟きながら、ため息を溢すハルであったが、それでも淡々と次の課題である小型ゴーレムの魔法陣設計を進める姿はプロの魔道具職人と遜色はなかったりする。

 

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