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第三話 ハルの異世界料理簿(其の三) 悪魔の実編

 帝国歴一〇二二年六月三十日。

 ハルとアクトがエレイナ達と共に廃坑探索へ赴き、その帰路の話となる。

 

「そろそろ最後の野営にしましょう」


 そんなエレイナの声が周囲に響くが、それが無くても馬車の旅団の旅程は予め定められており、予定されていた林の中で停止した。

 もう何度も往来している旅程なので、野営地は決まっているのだ。

 

「ここはこの旅の一泊目の場所か・・・とても懐かく感じるなあ」

「そうだねぇ。いろいろ(・・・)あったからねぇー」


 馬車を降りてそんな事を言い、身体を(ほぐ)しているのはセリウスとクラリスだ。

 クラリスの示すいろいろ(・・・・)の意味は本当にいろいろ。

 セリウスとクラリス自身の関係(・・)が深まったことも彼らの中では大きな出来事であったが、それ以外にも、廃坑を根城にしていた盗賊団が居た事、不覚にもその盗賊団に捕まってしまった事、ハルが上手く脱出して助けを呼べた事、アクトが機転を効かせて盗賊団を成敗した事・・・本当に濃密な七日間であった。

 そして、そのいろいろ(・・・・)の新たなひとつが、今、始まろうとしていた。

 

「それにしても、アイツらは凄いなぁ」

「セリウスもそう思う? アタシは、もう、あのふたりは夫婦でいいんじゃないかと思っているよ」


 クラリスより多少呆れの混ざる言葉の先にはアクトとハルの姿があった。

 彼らは馬車を降りるなり今晩の食事の準備を始めた。

 アクトは石を集めて竈作りをし、ハルは水の魔法を行使して調理器具を念入りに洗っている。

 ふたりのそんな動きは洗練されており、手際が非常に良かった。

 既に馬車の中で、ああしようこうしようと打ち合わせしていたのだから、手はずが整っているのは解るが、ふたりとも成績優秀な生徒である。

 その無駄に高い能力を『調理』のスキルに振り分けているのではないかと思えるような奇妙な印象がここにあった。

 不幸な事に、この旅の序盤で魔物の襲撃に合い、アクト達に割り当てられていた食糧が被害を受けてしまったが、それを補ったのがハルの活躍である。

 ハルは偶々に大量の食料を魔法袋に常備していたので、これを用いて調理するのは、もうこの旅ではお馴染みの風景である。

 しかも、その腕前は恐ろしく高く、短時間のうちに豪華な食事を調理できてしまう始末。

 お陰でこの旅の間、ハルの馬車組は豊かな食生活を得られたが、それは些か豊に過ぎた。

 この時代に旅人の食糧事情とは、乾燥肉や乾燥パンが主。

 当然だが、それほど美味しい訳ではない。

 しかし、携帯性や利便性を優先させて、それを我慢して食べているのだ。

 そんな横で、豪勢な(ハルはそう思っていないが)挽肉のシチューとかを食べられると、注目の視線が集まってまうのも無理はない。

 そして、ハルはこの手の料理を本当に手早く提供できるのだ。

 手際の良い作業と、彼女の持つ不思議な魔法袋の中からは、あれよあれよと豊富な食材が次々と出てくる・・・

 不思議に思ったエレイナがハルにその事を問うてみれば・・・

 

「え? この魔法袋にどれほどの食材が入っているかって? それはしっかりと一箇月分入っていますよ。この世の中で常識じゃないですか」

 

 ハルからするこの斜め上の回答に、エレイナは口をアングリとさせた。

 いつもクールで美人なエレイナがそんな貴重な姿を人前で晒す結果へとつながったが、それほどに非常識なことを平気でやる魔女・・・それがハルなのだ。

 そして、その豊かな食材をまだ残っている。

 その情報が一部の食いしん坊者達に伝わると、自分達も作って欲しいとハルに懇願する。

 遂に、その要望(脅しに近い)に負けて、旅の最終日である今晩に披露する羽目となってしまったのだ。

 全員へ平等に、と言う訳で、五十名近い人数の夕食を提供することになったハル。

 流石にこの量はハルだけでは、と、手伝いに名乗りを挙げた数名――とは言ってもアクトとエレイナぐらいだが――を従えての調理が始まった。

 

「アクト、お湯沸いた? エレイナさん、野菜切ってくれた?」


 ハルは次々と指示を飛ばしながらも、魔法袋から次々と食材を出す。

 その姿に興味津々な人々。

 中でも、彼女の同窓生の女子達は特に注目している。

 魔法陣学に知識のあるユヨーはハルの使う魔法陣の描かれた布より炎が出るのを見て感嘆を溢している。

 そんな調理器具を興味深いと思っていたし、ローリアンとクラリス、エリザベスはハルの使う包丁に注目していた。

 その包丁からは時折青白い光が漏れているのを看破。

 「料理如きに、どうして魔剣を使っているの!」と嘆いていた。

 ハルからは、この方が切れ味増すし、掃除も簡単だと答えたが、この世界の常識ではありえない回答だ。

 『魔剣』とは繊細で高価なもの。

 包丁一本に一千万クロル――ハルの世界で一千万円相当――かけるか?と問われれば普通の人ならば「そんな莫迦な!」となるのである。

 しかし、この頃のハルは魔剣を自分で錬成できる技術を持っていた。

 元手がほぼ掛からないので、コストが掛からないならば何故やらない・・・的な発想に至っていただけである。

 それが他人には解らない――教えていない――ので、ハルの変人指数は上昇の一途を辿っていた。

 

 そんな調子で、食材の下準備は滞りなく進む。

 とある食材を取り出すまでは・・・


 ハルが魔法袋から取り出した赤い野菜を見た瞬間、ユヨーが驚き眼に変化した。

 

「え? 悪魔の実っ!」


 その驚いた声に周囲も注目が集まる。

 

「本当だ。悪魔の実だ!」

「の、呪われるぞ!」

「キャーー!」


 周囲がハッとなり、隣のエレイナやアクトさえも驚いて飛び退いた。

 

「ハルさん! それって・・・」


 エレイナは危険物を見る視線で、ハルの持つ野菜を指さす。

 しかし、当のハルはキョトンとしていて、何が悪いのかを解っていない。

 それにはアクトが説明した。

 

「ハル、その実は駄目だ・・・悪魔の実だぞ!」

「え? 悪魔の実? それって何??」

「悪魔の実は悪魔の実だよ! それに触ると身が(ただれ)れるって言うし、食べると内臓から出血して死んでしまうんだ」

「何よ、それ?」


 ハルはアクトから注意されたのを解ったが、これには本当に驚くだけ。

 その後に彼女は大笑いする。

 

「アハハ。何を言っているの? これは普通のトマトよ」


 そう言って、掌の上でポンポンとトマトを跳ねさせてみる。

 それを見たアクトが顔面蒼白になり、ハルのその行為を止めさせようとした。

 

「わー、ヤメロ、ハル!! 爆発するぞ!」


 必死でそう叫ぶその姿に、ハルはここでアクトが本気で警戒しているのが解った。

 ハルはポンポンと跳ねさせていたトマトをまな板に置き、ようやく周囲からホッとした雰囲気が出る。

 

「エレイナさんも驚いているようだけど、説明して欲しいです。どうしてこの野菜がここまで恐れられているのかを」


 ハルの質問にエレイナが答える。

 

「その実は『悪魔の実』ですよ。知らないのですか? 大昔、魔族により栽培されていた実と言われ、忌み嫌われているんです」

「ええっ? 本当に??」


 そんな事初めて聞いたハル。

 この反応を見て、エレイナは『悪魔の実』をハルは本当に知らないのだと思った。

 

「ハルさんは聞いた事が無いようですね・・・エストリア帝国では子供でも知っている話なのに・・・まぁいいでしょう。ハルさんが知らないならば、説明してあげます」


 そして、エレイナからは『悪魔の実』の逸話を聞かされる。

 

「これは大昔に住む魔族が栽培していたと言われる魔力の籠った植物です。言い伝えによると、その実の汁が掛かると身が(ただ)れて、投げれば炸裂し、食べれば内臓が溶けると言われています。大昔に魔族を成敗しようとした勇者が、一度この『悪魔の実』で負けています」


 エレイナはそう言ってハルのトマトを指した。

 

「その後、回復した勇者が再び魔族に挑み、見事に魔族を成敗しました。こうして、ゴルト大陸に平和が訪れたとされています。そして、魔族が栽培していた『悪魔の実』は、全人類が協力してこの世から駆逐したと聞いていたのですが・・・ハルさん、その実を何処で手に入れたのですか!」


 ハルの答えようによっては容赦しないと雰囲気を出すエレイナ。

 彼女が月光の狼で見せる気迫と同じもの放っており、ハルはエレイナが本気で警戒していることが解った。

 しかし、彼女は慌てない。

 

「何処って。ラフレスタの郊外で自生していたのを数年前に発見しましたよ。それを持ち帰り、アストロの一角の農地を借りて栽培していますけど、何か?」


「ええ!? ハルさん、それって駄目ですよ! 『悪魔の実』は禁制植物に指定されていて栽培は禁じられています」

「ユヨーさんまで・・・って、このトマトって、本当に嫌われているのねぇ~」

「ハルさん。呑気の事を」


 先程までは和やかな雰囲気だったのに、急に剣呑になったこの調理場。

 ハルからしてみれば、突然謂れも無い罪で違法植物所持者にでっち上げられた気分である。

 ここで、それを払拭してみようと試みた。

 

「だいたい、トマトひとつで大騒ぎし過ぎなのよ。昔の魔族が栽培していたのはどうだか解らないけど、この私のトマトは安全だから」


 ハルはそう言って、トマトにかぶりついた。

 

「わわっ! ハルこの莫迦。何をやっているんだ!」


 アクトは焦ってハルに組み付き、その腕を押さえる。

 そして、食べてしまったものを吐き出させようと胸を叩いた。


「きゃっ、何するの! 止めて!!」


 ハルが抵抗した際、持っていたトマトが地面に落ちて、それをアクトが踏んでしまう。

 

グシャッ


「わわーーっ!」


 アクトが焦り、靴の裏にこびり付いたそれを地面で擦って、トマトの果汁を拭った。

 そこにハルのビンタが、バチンと炸裂する。

 

「ぐわーーっ!」


 ここで、アクトは大げさにクルクルと回転して飛ばされる。

 いつぞやの白魔女にやられた事(ハルの方はやった事)を思い出したが、ここでのハルは白魔女ではないため、その力は加減されている。

 ちょっとした条件反射的に吹っ飛んでしまったアクトであったが、ここでハルが怒る理由もあった。

 

「ドサクサに紛れて胸を触るな! この助平野郎の莫迦っ!」

「いやいや、悪魔の実を食う方が莫迦だろう!」


 アクトも自分の正当性を主張したが、ハルには認めて貰えなかった。

 そんなふたりの茶番だが、彼ら以外の人間は呆気に捉われたままだ。

 それはこのトマトのことを本当に『悪魔の実』として信じているのだとハルは心を読んで理解する。

 

「あー、勿体ない。アクトが足で踏んずけちゃったから、ひとつ駄目にしちゃったじゃない」

「何を言ってんだハル。正気か?」

「正気よ。ほら、見てよ。溶けている? (ただ)れている?」


 ハルはそう言って自分の口腔を大きく開けて、アクトに見せた。

 そこはピンク色の口の内側と綺麗な舌、白い歯が見える。

 正常な人間の様子と変わりない。

 

「で、でも、あとで悪い事に・・・」

「そんなのなる訳ないわよ。だって貴方だって既に食べているでしょ?」

「へ?」


 本気でそんなの知らないと顔で示すアクト。

 アクトが解っていないのはハルも解っており、それを説明するために魔法袋からひとつの食材を取り出した。

 

「だって、今日作るのはコレって言っていたじゃない!」


 ハルが取り出したのは、乾燥させたパスタ麺の塊だった。

 過去に彼女が大量生産したモノを瓶詰にして魔法袋に保管していたものだ。

 それを見てアクトがハッとなる。

 

「まさか、アレって『悪魔の実』を使っていた? なんと・・・」


 アクトは過去にハルの研究室で食べたパスタのことを思い出した。

 それは本気で旨いと思ったし、独特の赤いソースとその酸味は、それまでのアクトの記憶には無い味付けだった。

 その赤いソースが『悪魔の実』であったと、明晰な頭脳を持つ彼がその答えを導き出していた。

 その呟きにて、ハルもアクトにようやく真の情報が伝わったと理解する。

 

「そうよ。美味しかったでしょう? それに『悪魔の実』じゃなくて『トマト』よ。赤いのはリコピンと言って・・・そうね。人間が健康になる栄養のひとつと言えば解り良いかしら? 少し酸味もあるけど、これは生で食べても美味しんだから」


 ハルはそう言い、魔法袋からもうひとつのトマトを取り出した。

 保存の魔法が掛けられており、収穫された状態の新鮮さを保っている。

 それをハルが包丁で綺麗に四等分して、塩を少しかけた。

 

「ほら」


 アクトに差し出す。

 この図はまるで悪い魔女が騎士に毒リンゴを差し出すような構図。

 少なくとも他人からはそう見えてしまったが、アクトは少し違っていた。

 彼は過去のハルの研究室でトマトソースのパスタを既に食している。

 その時の記憶があり、これは美味しくて安全なモノなのは頭でもう解っていた。

 しかし、それでも『悪魔の実』である。

 彼が幾ら鍛えられた剣術士で、最強の魔力抵抗体質であっても、毒を食べれば死んでしまうのだ。

 知識としては大丈夫と解ってしまったが、それでも・・・

 

「ええーい」


 彼は勇気を振り絞ってハルのトマトを食べる。

 自分の信頼するハルがそんな邪悪な事をする訳がないと信じたからだ。

 そして・・・

 

「う・・・旨いっ!」


 トマトの果汁が口腔内で潰れて独特の酸味が漂うが、その後に甘みと塩味が広がる。

 そして、トマトの果実が喉の奥へと落ちたとき、口の中に残る旨味。

 加えて、鼻腔に抜ける清涼感は、良質の野菜を食べときに感じられる匂いもあった。

 形容しがたい清涼感を覚えて、その感触をもう一度確かめようと、ふた切れ目に手を伸ばす。

 友人たちが心配する中、アクトのそのふたつ目を今度は躊躇なく食べた。

 

「うん、旨い、旨い。これだったのか!」


 アクトは過去のハルの研究室で食べたパスタソースの正体をここで理解した。

 彼がようやく納得してくれたことに、ハルもようやく安心する。


「解ってくれたようね」


 しかし、ここで納得しているのはハルとアクトだけであり、周りからはまだ懐疑的な視線が注がれている。


「お、おい。アクト・・・それって、大丈夫なのか?」


 ここでアクトのことを心配したのは友人インディ・ソウルだったが、アクトはケロッとしていて、先程の必死の様子はもう存在しなかった。

 

「大丈夫だ、インディ。よく考えればこの野菜、俺は食べていたよ。ほら、このとおりピンピンしているし、体調も問題ないから、この『悪魔の実』・・・いや、『トマト』だったか。無害だし、美味しいし、健康にも良いらしい。インディも食べてみろよ」


 そう言ってアクトはハルからトマトの切れ端をひとつ掴み、インディに差し出した。

 当然だが、インディは後退する。

 しかし、それが面白かったのか、アクトは「ほらほら」と半ば強引に食べさせようと迫った。

 嫌がるインディだったが、結局はアクトに食べさせられた。

 そして・・・

 

「んん? これ美味しい!」


 初めは嫌がって涙を流すインディであったが、結論としてはそんな高評価をした。

 アクトもこれでようやく理解してくる仲間が増えたと笑顔になる。

 

「だろ!」


 そして、ここでライバル意識のあるセリウス・アイデントが「俺も食べてやる」と勇気の言葉を発した。

 結局、それを食べたセリウスも「旨い」と認める。

 こうなると、セリウスに続いてクラリスが挑戦し、それにフィッシャー、カント、ユヨー、ローリアン、エリザベスと学生達全員が続いた。


 結果は言うまでもなく、その味に全員が絶賛した。

 もうこれで美味くて安全なモノであると解れば、俺も、俺もとこの旅団の男達が続いたのである。


 こうして『悪魔の実』が邪悪で危険な食べ物である迷信は払拭された。


 因みに、一番最後にトマトを試食したのはエレイナ・セレステアである。

 もう、皆の反応でトマトが美味しいものであると解っていた彼女だか、それでも万が一のリスク回避で、試食を最後まで我慢していたのは賢明な彼女らしい判断である。

 そして、トマトを食べた今、彼女の口からこんな感想が述べられる。

 

「今までの私達は莫迦でしたね。こんな美味しいモノを『悪魔の実』とか言って遠ざけていたなんて・・・」

「結局は何でもそうです。先入観と今まで前例が、新しい可能性を潰していると思いますよ」


 偉そうな事を言うハルであったが、彼女もトマトが食べられる野菜と認識していたからできたことでもあった。

 本当にゼロから人間の食べられるかどうか解らない野菜に挑戦するのは、勇気とリスクがあって然りなのは言うまでもない。

 何はともあれ、こうして一時は騒然となった調理現場だったが、今は軌道修正して、急ピッチに夕食の準備が進められている。

 ハルが魔法袋に保管していた乾燥パスタはこの旅団全員の五十人以上の分量はあった。

 それを大鍋に沸かしたお湯に次々と入れるのはアクトの役目。

 

「アクト、茹でる時間を間違わないでね。きっちりと一〇分よ。塩加減も間違うと駄目」

「解った」

「エレイナさん、切った野菜と水で戻した干し肉はここに置いてください。私はそれを次々に炒めてトマトソースと絡めるから」

「ハルさん。スピードが凄い。ついて行けない・・・」

「エレイナさん遅いよ。解ったわ、私が切るからエレイナさんはこちらのフライパンで食材を炒めるのを。ああ、アクト! 茹で時間を守りなさいよ!!」


 次々と檄を飛ばして調理に奔走するハル。

 彼女は料理に不慣れなふたりの間を行き来しながら、自分の仕事も並行して進めている。

 傍から見て、まるでハルが三人いるような錯覚を覚えた・・・

 こうして電光石火で進む調理現場。

 やがて美味しそうな匂いが立ち込める。

 『悪魔の実』を使っていようが、いまいが、この美味しい匂いの魔力に、人間の本能は抗い難かった。

 「俺が先」と言う者も出る始末。

 旅団の全員に行き渡るようにそれをエレイナが統制して並ばせる。

 こうして、五十人近くの胃袋にハルの作ったトマトソースパスタが振る舞われた。

 

「うーーん。美味いぞ」

「こんなの初めて食べました」

「美味い・・・悔しいけど」

「そうですね。ハルさんの腕は認めるしかありませんわ。魔術師として仕事か無ければ、私の家の調理師として雇っても良くてよ」


 いろいろな言葉が出てくるが、一貫しているのはハルの料理を絶賛していること。

 匂いから来る期待を裏切らないその味に舌鼓を打つ彼、彼女達であった。

 

「お代わりはいっぱいあるから、遠慮なく言ってね」


 ハルのその言葉に、彼女を女神と崇める者も出てくる始末だ。

 一時は彼女の事を『悪魔の実』を所持する犯罪者だと糾弾しそうな雰囲気であったのに、現金なモノである。

 

「『トマト』がこれほど美味しいものだったなんて、これは禁制植物指定から外してもらわないといけませんね」

「エレイナさん、その時は私も協力します。お父様にこれを食べさせれば、絶対に納得してくれると思いますから」


 興奮気味にそう話すのはエレイナとユヨーである。

 後日、エレイナはこの事をライオネルに相談するが、結局それは実現できなかった。

 何故なら、それよりも前にラフレスタの乱が始まってしまい、そこまで進められなかったからだ。

 しかし、ラフレスタの乱が収まった以降、この地の支配者となったユヨーが『悪魔の実』を禁制植物指定から解除し、『トマト』として栽培を奨励する。

 その後、ハルからトマトパスタの調理方法(レシピ)を聞き出し、これをラフレスタ中に広めた。

 こうして、トマト栽培とパスタがラフレスタの新たな食文化として産業に発展するのだが、それは少し先の未来の話である。

 

 そして、その最大の功労者のハルは、ここで全員が食べている場所から少し離れたところにいた。


 閉じられた馬車の鍵をアクトに開けて貰い、そこに閉じ込められている十人ばかりの男性にトマトパスタを渡す。

 

「へっ? 俺達に??」


 ここで応えた歯の欠けた汚らわしい姿の男達。

 彼らは廃坑に潜んていだ盗賊達である。

 

「これ、余ったから貴方達にもあげる。食べて良いわよ」


 アツアツのトマトパスタソースの掛かったパスタ料理を人数分持って来ていた。

 

「え・・本当にいいのか?」

「勘違いしないでね。貴方達は罪人よ・・・でも、人間だから食べずには生きて行けないし、これも作り過ぎたので、捨てるよりはいいから」


 そう言いながらもハルは彼らが牢屋となっている馬車の窓の隙間から物欲しそうな視線をこちらに送っていたのを解っていた。

 だから、本当にこの旅団の全員分(・・・)に行き渡る量を初めから作っていたのだ。

 

「ありがてぇ!」


 男達は奪うように数日ぶりの食事にありつけた。

 こうして、がっつくようにトマトパスタを食べる。

 ここで食べたトマトパスタは容姿しがたいほど美味しかった。

 その感動に思わず涙を流していたりする。

 そんな必死に食べる盗賊達に向かって、ハルはひとつの言葉を掛ける。

 

「貴方達は罪人よ。これからその罪を償う必要があるわ・・・しかし、罪は永遠じゃない。貴方達が犯した罪を償って許して貰った暁には、真面目に生きてね。そうすれば、こんな風に美味しい料理をお金で買って、自由に食べられるじゃない」


 そんなハルの言葉に、男達はまた泣いた。

 今まで、人のモノを奪うことしか能の無かったこの盗賊達は、ここで真面目に暮らす事の意味を知る事になる。

 この盗賊達がラフレスタで刑期を終えて社会に出てくるのは少し先の未来ではあるが、この時代にしては珍しくこの者達は更生に成功するのである。

 そして、未来、この中のひとりが料理人として大成し、トマトパスタを作る名人に成った。

 先のユヨーの政策と相まって、ラフレスタの発展に貢献する人物となるのだが、そんな未来などこの時点では誰も解らない。

 

 

 

 こうして、この世界に新しい食文化が次々と花開く。

 しかし、ここに青黒い髪の女性が関わっていた事など、歴史の中では埋もれてしまうのであった・・・

 

 

 

 おまけ、終話。


おまけ話は以上となります。

如何だったでしょうか? お楽しみ頂ければ幸いです。

そして、2021年1月現在、『ラフレスタの魔女』続編の第二部『白い魔女と漆黒の騎士』を投稿中です。この物語を見て面白いと思われた方は、是非にそちらも覗いて頂ければ嬉しいです。ブックマークや評価も頂けば、更に更に嬉しいです(笑)

それでは、2021年こそ良き年になることを願って・・・


2021年1月3日 龍泉 武

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