表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
132/134

第一話 ハルの異世界料理簿(其の一) クレソン編

皆様、いつも『フラレスタの魔女』をお楽しみ頂きありがとうございます。

第一部が完結してほぼ一年経過がしておりますが、その後も次々とブックマークを登録いただき、なんと現在600ポイント越えの11万PVと驚きの数字に!(『オリジナル版』2020年12月31日調べです。こちらの『改訂版』はそこまでではありませんが(笑))

読んで頂いた方に何か感謝をお伝えせねば・・・と思い、今回は『おまけ』を書いてみました。三夜連続でお送りいたします。異世界の『食』に関わる短編集となりますが、お楽しみ頂ければ幸いです。


 時は帝国歴一〇一八年十月。

 ハルがこのゴルトに飛ばされ、リリアリアと出会い、港町クレソンでの生活が始まってから四箇月ほど経過した頃である。

 ハルはリリアリアに弟子入りし、ここで魔術とゴルト語、エストリア帝国の常識を学ぶ。

 そんな日々のとある出来事である。

 

「おお、ハルは魔法よりも料理の方が腕前良いのう!」


 リリアリアがそんな絶賛をするのは、ハルの作ったスープを飲んだ時である。

 

「だって、このスープ、教えられたレシピどおり作ったら、全然おいしくないのだもの」


 少し反抗的な態度でそう応えたはハル。

 彼女は言われたとおりの調理方法(レシピ)でスープを作っていたのだが・・・それは、それは、美味しくなかった。

 それでも言われたとおりに今までずっとその調理方法(レシピ)を守ってきたが、今日は遂に我慢できなくなり、自分なりに調味料の配合割合を変えてみたのだ。

 なんとなくの彼女の勘で、塩と魚介系の出汁の割合を変え、更に足らないモノを追加して・・・そのように味見をしながらの試行錯誤で作ると、それなりに美味しいものができた。

 サガミノクニで食べていた西洋のスープ『ブイヤベース』の味に似ている。

 ただし、トマトは手に入らなかったので、レモンを使って酸味をつけていたりした。

 これは好みの問題だと思い、自分の分だけを作り、リリアリアには今までのものを作ったが・・・

 リリアリアの持つ高度な嗅覚により一瞬でハルがオリジナル料理を作っていたことがバレてしまう。

 無許可で食材を使った事は怒らず、それよりも上手そうな匂いに釣られてリリアリアが味見をし、そして、冒頭へと戻る。

 

「この酸味と塩加減が良いのう。サガミノクニの料理かや?」

「いいえ、外国の料理です。本当の味はもっと美味しいのだけど、今ここにある食材だけではこれが限界かな?」


 ハルは直感でそう答えた。

 

「うーむ。それでも、これはこれで美味しいわい。どうしてこの組み合わせに今まで誰も気付かなかったのじゃろうか?」


 元々は港町クレソンで一般的な家庭料理の海鮮スープだが、ハルが調味料の調合を少し変えただけで、これほどの劇的な変化が得られたのはリリアリアとしても盲点だったようだ。

 

「よし! このレシピを儂にも教えてくれ。ハルも無料でここに居候さてやっているのじゃ。少しばかり儂に技術供与しても良いじゃろう?」

「ええ!? まぁ別に構わないけど・・・」

「よし。決まりじゃ。儂もこれを覚えて皆に広めてみさせよう。もしかすれば、街の名物になるかも知れん。フフフ、金の匂いがするのう」


 邪悪に笑うリリアリアの姿が少々気になるハルであったが、それでも、この調理方法(レシピ)をリリアリアに教えることにした。

 ハルとしても、たいした苦労で得られた調理方法では無かったし、この屋敷に無料(ただ)で暮らしているため、これぐらいは構わないと思った。

 その後、リリアリアも覚えは良く、ハルが何となく辿り着いた味にしっかりと調味料の分量を量り、完全な調理方法(レシピ)として確立させる。


 こうして、新開発の海鮮スープとその作り方(レシピ)は誕生したのである。

 

 

 

 

 

 

 次の日、リリアリアはクレソンの友人(と言っても、リリアリアの友人はすべて要職に就いている)を集めて、新開発した海鮮スープを披露する。

 

「んん! これは旨いぞ!?」

「そうじゃろう、そうじゃろう、村長よ。これは儂が帝国中を旅して編み出したんじゃ!」

 

 ここでリリアリアは嘘をつき、この海鮮スープはリリアリアが発明したことにしている。

 ハルも自分が目立つのは嫌だったので、別に構わないとリリアリアに発明権を譲っていた。

 

「すごく深みのある味だ。この酸味がいいのか、何杯でもいけるぞ!」


 筋肉隆々で胸毛が濃い男性は港の管理を司る男性である。

 その妻のリーアンもこの新しい海鮮スープを食して絶賛する。

 

「とても美味しいわ。リリアリアのお婆さん。このスープの作り方を教えて欲しい」

「リーアンは昔から素直じゃのう。良いとも。ほらハルよ、調理方法(レシピ)を渡してやれ」

「はい、解りました」


 ここでは、リリアリアの忠実な弟子と化したハルが調理方法(レシピ)の書かれた紙を全員に配る。

 その紙にはこの新開発の海鮮スープの調理方法(レシピ)が丁寧に書かれており、食材もすべてクレソンで手に入る物ばかりであった。

 それを見て、今日集まった中で唯一女性のリーアンは・・・

 

「意外に簡単に作れるものなのね」

 

 調理方法(レシピ)を観た感想をそう述べる。

 このリーアンの料理の腕前が『並み』であるとはここに集まる人達が認知しており、彼女が『簡単』と言うならば、本当に簡単なのだろうと思う。

 リーアンに作れるならば、自分のところの妻にも作れるだろうと安心した。

 そんな満足する彼らの顔を観て、リリアリアはニャとする。

 全てがリリアリアの筋書きどおりに進んでいたからだ。

 こうして、ここでリリアリアは自分の思惑を切り出す。

 

「そこで相談なのじゃが、この料理をクレソン中に広めてみんか?」

「それは構わない・・・いや、こんな美味しいものは是非に広めたいですな」


 村長のその言葉に全員も同意する。

 

「よし。お願いしよう・・・しかし、この調理方法(レシピ)はクレソンより外に出してはいかんぞ」

「どうして? こんな美味いもの・・・ハッ!? もしかして、リリアリアさんは・・・」


 村長はあることに気付いた。

 その続きはリリアリアの口より出される。

 

「うむ。この料理を港町クレソンの密かな名物とするのじゃ。題して『クレソンスープ』じゃな」

「そうか。クレソンにはこれと言って名物が無かったからな」

「なるほど、いい案ですね。これは隣町が悔しがる事でしょう。ウフフ」


 ここに集まる全員はリリアリアの企みに気付いた。

 何故なら、ここに集まるのは港町クレソン村の重鎮ばかり。

 彼らは最近、隣の港町から嫌がらせを受けて困っていたからだ。

 その嫌がらせとは、漁場の権利に関する争いであり、結果的にクレソンの割り当てが減らされてしまったのだ。

 隣町にはこの一帯を支配している領主に顔が利く存在が居て、その政治力をチラつかせて、最近、漁場の権利が及ぶ範囲を強引に拡げたのである。

 それは大幅な拡張ではなかったが、それでも現状の変更は気にいらないこと。

 少なからずしもクレソンの漁獲量も減少しており、収入にも影響が出ると思っていた彼ら。

 そこに、この新しいスープは面白いと思った。

 これが港町の名物として広まれば、このクレソンに訪れる人が増えるのではないかと閃いた。

 クレソンの有力者達がそんなことを考えるのはリリアリアも解った。

 と言うか、そう考えるように仕向けていたから、当然である。

 

「まっ、上手く行けばじゃな・・・もし、首尾よく行けば、儂にも少しばかりのお礼が欲しいものじゃ」

「ハハハ、そうですな。もし、上手く行って大きな収益へとつながれば、リリアリアさんに儲けの何割かを渡しましょう」

「うむ。村長、期待しておるぞ! 広める事(プロデュース)は任せたからのう。儂も老後の金が少し入れば、それで満足じゃから」

 

 そう揚々に述べて、リリアリアと村の有力者との会合は終わった。

 

 

 

 その後、この『クレソンスープ』は約束どおりクレソン中に広まる。

 会合では少々がめつい事を言ったリリアリアであったが、実は本当に利益を追及するほどでは無かった。

 あの会合では、少し流行る程度かと思っていたリリアリアと有力者達だったが・・・

 その結果は、いい方向に裏切られることとなる。

 

 

 


「なんだ、これ。美味い! しかも、新しい味だ」


 そんな感動と共に港町クレソンでこの新しいスープが一気に広がった。

 食材もクレソンで手に入る魚介類とレモン、そして、塩が少し多めである。

 作るのが簡単だったことも一気に広まった理由でもある。

 一箇月後にはどこの家庭でも食べられるようになり、子供から大人まで好物料理となる。

 そんな『クレソンスープ』は宿でも出されるようになり、やがて、この港町に魚を仕入れに来た商人達の口へ入ることになった。

 それが「美味い」と噂になり、この名物の噂が周辺の地域に広がるのも、それほどの時間は掛からなかった。

 こうして、『クレソンスープ』は港町クレソンの名物になっていく。

 そのスープを目当てに観光客が徐々に増え、数年後にはこれが港町クレソンの商業活動の結構な収入の増加の要因につながったりする。

 結局、リリアリアがこのスープの発明料を受け取るときには、港町クレソンを離れており、受け取れてはいない。

 「発明料を留保としているので、受け取りに来て欲しい」と村長より手紙を受け取ったリリアリアだったが、「そんな暇はない」と返す日々が何年と続いた。

 この話題は晩年のリリアリアとハルの笑い話になったのは余談である。

 

 ちなみに、隣町もこの『クレソンスープ』を真似しようとしたが、それはできなかったらしい。

 ほんのちょっとした配合の違いが味に影響して、バランスが崩れてしまうものであった。

 クレソンの住民が作り方は簡単だったと言うのは、そこに調理方法(レシピ)の存在があったからである。

 そして、隣町に対して心象が悪かった当時のクレソンの住民は、決して調理方法(レシピ)を明かさなかったとされている。

 それでも、美味しいものを求める人間の欲とは深いものがある。

 港町クレソンの幹部にいろいろと圧力をかけ、最終的に十年後、この調理方法(レシピ)を帝国が買い取る事により一般公開された。

 こうして、『クレソンスープ』は港町クレソンの名物料理からエストリア帝国の名物料理のひとつになるが、それでも、このクレソンで食べるのが一番美味しいとされている。

 何故ならば、その調理方法(レシピ)は、クレソンの食材で作る事を前提に設計されたものであるからだ。

 



2021年1月1日


皆様、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。


さて、異世界の『食』に関わる小話はいかがだったでしょうか? ハルが持つ重要な才覚のひとつに『料理スキル』があります。単純に彼女が食いしん坊というのもありますが(笑)、彼女は魔道具の開発以外に実は料理でも帝国文化にいろいろと足跡を残していたりします。そんな小話を三夜連続でお送りいたします。

次の更新は 1/2 19:00 を予定しています。お楽しみに~


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ