第一話 アストロ魔法女学院
学園都市ラフレスタはエストリア帝国の西部に位置する広大な平原に築かれた城壁都市。
もし、上空から見ることができれば、ラフレスタの城壁はほぼ正方形の形で三重に敷かれているのが解るだろう。
中心の第一地区にはラフレスタを治める領主の居城をはじめとした行政機関、貴族街など、上流階級の生活区域であり、また、最外の第三地区は農耕地や点在するスラム街など低所得層が集まった生活区域である。
そして、人の往来が最も激しく、活動的なのが両地区の中間の第二地区。
ここには数多くの学校や商会がひしめいている。
この第二地区こそがラフレスタらしい街の特徴を有していると言っても過言ではないだろう。
第二地区の北西地域は特に多くの学校が集まっており、教職員と生徒数が最大規模のラフレスタ高等騎士学校も然りだが、他にも商業系の学校、魔法系の学校、教会系などの学校が数多く存在している。
この魔法系の学校の中で、少し異質なのが『アストロ魔法女学院』である。
その名が示すように、この高等学校は魔法教育に特化した教育機関であるが、ここは帝国でも珍しい女性専用の学院であった。
女学院である理由は、過去より伝わる『魔女伝説』が少なからず関係しており、この世の人間は先天的に魔法を使う事ができたが、一般的に男性よりも女性の方が魔法の使い手として素質が高いと信じられていた。
この『魔女伝説』の信ぴょう性については、あまりに古くから続く伝承であり、学術的な裏付けはないが、今まで偉大な魔術師に女性が多かったことから、既成事実として人々に受け入れられていた。
か弱き女性が強大な魔法を使う姿を見た人々は、憧れを抱く者もいれば、その逆に恐怖や嫉妬を持つ者もいる。
そして、それらは強い印象として人々の記憶に残る事になる。
いつしか人々は彼女たちのような強力な魔法を使う女性の事を『魔女』と呼ぶようになり、時には英雄して称えられ、時には稀代の悪女として人々から恐れられるようになる。
もちろん男性でも偉大な魔法の使い手は存在したが、女性のみが特別に『魔女』と呼ばれるのは、やはり人々の中に持つか弱き女性とのイメージとのギャップによるものだと思われる。
そして、過去のある時、これら魔女をひとつにまとめて国で管理するべきと考えた帝国の重鎮の意見より『アストロ魔法女学院』の歴史が始まる。
設立当初は軍事的、かつ、政治的な収容所の色合いの強い学院であったが、帝国にとって有能な宮廷魔術師を数多く輩出した実績と、彼女らが社会的に有用な地位を得る事で発言力が増した結果、ある種の差別的な扱いが見直されるようになった。
そして、設立から三百年程を経て、現在ではその役割を『有能な女性魔術師を輩出するための専門の教育機関』として、その地位を確立していた。
また、現在では少数派ではあるが、ごく一部に『魔女は悪だ』と言う迷信を信じる人間もいて、こういった極右的な思想を持つ者から女性魔術師を保護するというのも学院の役割のひとつである。
更に、強力な魔術師ほど社会との関わりを希薄にする傾向があり、結婚して娘を成さない事例も多いらしい。
これを学院の教育で矯正するという役割もあったりする。
魔法資質というのは親から娘へ遺伝する要素が大きい。
強力な魔術師は国にとって資源であり、軍事力でもあるのだ。
その強力な魔術師である『魔女』の娘孫を絶やしたくない、と言う帝国の本音も見え隠れしていたりするのだ。
そのような背景を持つアストロ魔法女学院は四方を高い塀に囲まれており、一種の要塞のような佇まいをしている。
これは過去の歴史より学院が収容所的な側面を持つところにもよるが、それ以上に学院の中にいるのは高い資質を持つ魔術師達であり、彼女らが行使する魔法によって敷地外の人に迷惑をかけないようにしないため、防壁という意味でこの壁が築かれている意味合いも強い。
よって、この壁は物理的・魔法的に高い防御性能を持っており、ラフレスタの第一地区を守る城壁よりも堅牢だという噂である。
このように要塞のようなアストロ魔法女学院に所属している生徒は十六歳から十九歳までの女娘。
全員が魔術師の素質を持つが、ここに在籍している生徒は大きく三つに分類される。
ひとつ目は単純に高い魔力適正を持つ女娘。
高い魔力適正の資質を持つ女性であれば、それ以外の入学資格はあまり多く問われない。
彼女達は高い魔力を有していることで出身中等学校もしくは領主の推薦を受け、その上、入学試験で合格を認められた実力本位の学生であり、この学園の存在理由に一番合致した生徒である。
ふたつ目は帝国で魔法貴族と呼ばれる貴族籍を持つ女娘達だ。
彼女達は社会的地位が高く、自分の魔法に対するプライドも高い。
そして、親がこの学院出身者である者も多く、娘供達にも自分と同じ学校に通わせたいとの要望でこの学院にやってくる。
各家は元々優秀な魔術師の家系である事に加えて、魔法に関して既に高度な教育を受けている事もあって、入学試験は免除されているが、実力もほぼ問題ないため、この学院に在籍しての不適合はあまりない。
そして、第三のグループは裕福な貴族の女娘であって、一般的な人よりも多少魔法が得意な程度の娘供だ。
アストロ魔法女学院とは帝国に数少なく存在する女娘高である。
しかも完全な全寮制で運営されるため、女娘の貞操や行儀作法の教育、もしくは、『アストロ魔法女学院卒』というブランド欲しさに多額の寄付金とともに入学してくるのだ。
もちろん最低限の入学試験は科されるため、魔法の全く使えない女娘が入学することはありえないが、それでも前者二つのグループと比べるとかなり目劣りする生徒達である。
だが、最近はこの第三のグループの入学者が一番多い傾向にあり、人数構成は一番大きい。
そして、学院は一学年が三十名から四十名程度で構成され、他校と同じく四年制となるので、全校生徒は約百五十名規模となる。
広大な学園の敷地からすると随分余裕のある人数であるが、過去から少数精鋭集団の育成を目的とした学院であるため、このようになっている。
そして、この学院の敷地内には大きく分けて四棟の建物が存在している。
一般的な教室や教職員室・食堂など学校機能の中心となる本棟と、女学生達が生活する女娘寮棟、屋内活動や集会が行われる講堂棟、そして、魔法の実習教育や研究にも使われる魔法研究棟である。
今は昼過ぎで午後の授業が始まっているため、外を出歩く生徒は疎らだが、このうちのひとり女生徒が魔法研究棟へと入っていく。
寝起きしたばかり様娘で、白色のブラウスの上からアストロの制服である灰色ローブをボタンも閉めずに羽織り、午後出勤という身分で登校する女生徒。
彼女の名前はハル。
このアストロ魔法女学院の四年生である。
彼女は素行が悪く・・・というのは逆で、あまり目立つ存在ではないが、この学院でも屈指の実力を持つ人物である。
アストロ魔法女学院には成績優秀で研究意欲のある学生に研究室を貸し与える制度があった。
彼女もそのうちの一人で、特に秘匿性の高い区域の研究室一室を貸し与えられていた。
昨日も遅くまで研究していたのだろう、教職員の間では有名な話なので、彼女が昼まで寝ていた事を咎めるような者は存在しない。
ハルの得意分野は魔法補助道具―――通称、魔道具―――の開発であり、十九歳という若輩でありながら既に数多くの研究実績を上げており、特に昨年に発表した『懐中時計』は時間を知る道具として画期的な発明品であった。
しかも、これは既に研究というレベルを超えて、実用可能なレベルに達した成果を示しており、ラフレスタのエリオス商会を通して一般販売も進められている商品のため、最近は一般人の間でも知名度が浸透しつつある発明品である。
この画期的な発明品『懐中時計』に関しては、発明者であるハル本人が目立つ事を非常に嫌っていたため、学長の配慮により発明者の個人名を非公開にしており、『アストロ魔法女学院の研究組合全体の成果』として公表していた。
そのため、一般の生徒には発明者の具体的な名前は解らないが、学院の教職員達にはハルが発明した事が当然の如く知れ渡っているため、彼女の功績を称えて、学生に似合わない高度な設備の整った研究室、いや、既に工房と呼んだ方が良いかも知れない施設を使う事に対して異議を挟む職員は存在しないのである。
このハルにあてがわれた研究室は研究に必要な施設であることに加えて、簡易的な寝食を済ますことのできる居住空間も併設されていた。
研究好きであり、人と接する事を嫌うハルは、これ見よがしにここを気に入り、最近はほぼこの部屋に籠りっきりの生活が続いていた。
今回は、たまたま、寮の自分の部屋へ物を取りに戻っていたのだ。
今日も何重かのセキュリティを通り自分の研究室の扉を開けるハルだが、ここで先客がいる事に気付く。
「こんにちはハル。それとも、おはようかしら」
そう優雅に笑い喋りかけてくる女性は、白髪と顔のしわの似合う妙齢の女性であり、この学校の学長だった。
「おはようございます、グリーナ学長。ご連絡頂ければこちらからお伺いしましたのに」
ハルは改まってそう挨拶する。
グリーナ学長はアストロ魔法女学院を統べる立場にある女性だが、彼女はそれに留まらず、世間から大魔女と畏怖を込めて尊敬されるほどの魔術師だ。
筆頭でもない普通の学生が、そうそう易々と接することのできる存在ではない筈だが、このハルという女生徒は何も気負いすることも無く普通に接していた。
相手のグリーナ学長もそんなことにいちいち構わず、普通の先生が生徒に接するような感覚で話かけてくる。
「そんなことを気にしないでいいわよ。アナタが学長室に来ると色々勘繰る人も多いしね。それに、ここの方がとても気楽に話せるのよ」
グリーナはいろんな研究物が転がる室内を見渡して微笑んだ。
室内は一見すると乱雑なようにも見えるが、様々な素材が系統だって置かれている事に気付かされる。
これを見て、自分の若い頃と重ねるグリーナ。
自分もそうだった。
充実した研究施設でいろいろな研究に勤しむ日々。
毎日新しい発見と失敗があり、そのひとつひとつが自分の糧となり、自分の成長が実感できた記憶だった。
しかし、自分の若かれし頃の研究室の記憶と、今のハルの研究室を見比べると、自分の時とはかなり違い、その素材の多さに改めて気付かされる。
「面白いものが沢山あるわね。こちらはアミュレット魔鉱石かしら。そしてこれはツィングースカの羽根ね。どちらもかなり高価な素材だわ。とても学生の研究室とは思えないぐらいの充実ぶりよね」
「自分にも多少の収入がありますので」
「そうね。アナタの発明は本校の中でも飛び抜けています。いや、現在の教職員も含めて、我が学院への利益としての貢献度で見れば、アナタが一番と言っても過言ではないでしょうからね。リリアリアがアナタの事を『特待生として推薦しなさい』と私に強く要望していたのを、今ではよく理解できるわ」
「私の場合は様々な幸運が重なっただけですよ」
ハルは短く謙虚に応えたが、グリーナはフフフと優雅に笑うだけだ。
そこに妬みや嫌味などの感情は無く、純粋にハルの功績を認めている。
ハルはアストロ魔法女学院に入学してから数々の有益な魔道具を発明していた。
初めは簡素な発明品だったが、ハルが二年、三年と進むごとに彼女の魔法に対する理解が急速に進み、より高度で、より複雑な魔道具の開発に成功していた。
どこの馬の骨とも知らないハルを入学早々に特待生待遇することを決めたグリーナ学長に対して、初めは周辺からの批判や風当たりも強かったが、ハルが次々と新しい魔道具を開発する度にその声は小さくなっていく。
そして、ハルが三年生のときに発明した魔法仕掛けの『懐中時計』は正にセンセーショナルな発明品だったのだ。
正確な時刻を知る魔道具。
それは今まで帝国に存在しない技術だった。
一応、似たような技術を帝都大学で研究していることを知るグリーナだが、この『懐中時計』とはまったく異なる設計思想であり、大規模で、複雑で、しかも、性能的も不安定なものであり、実用化にはまだまだ歳月を必要とするものだった。
これに対して、ハルの発明した『懐中時計』は正確で安定した時間を刻み、堅牢で、小型で、その上、シンプルで安価だったのだ。
ラフレスタで最も魔法技術に精通しているグリーナだからこそ解るハルの編み出した技術の高さ。
帝都で時計を開発している研究者達はさぞ悔しがっているに違いない。
自分達が長年追い求めていたものが、自分の年齢の半分にも満たない若輩によって既に開発に成功した。
この事実に嫉妬を覚えない筈はないだろう、と密かに笑う。
また、この『懐中時計』には開発発表時点で既に買い手が付いていた事にも教職員達が驚くことになった。
例え、学生の研究室で優れた魔道具が発明できたとしても、それは所詮、発明者個人が考察した新たな魔法理論の実証のひとつに過ぎず、その成果物がそのまま商用として成り立つ事は今まで無い。
ところが『懐中時計』は時間を知る魔道具として既に技術的には完成しており、商用としての使用にも十分耐えうる魔道具であった。
こんなことはアストロ魔法女学院三百年の歴史の中でも初めての事だ。
前例が無いだけに、商会や発明者、その発明者の所属たる学院で利益をどう分配するか悩むグリーナだったが、思いのほかハルは金銭に関して無欲だった事と、取引先のエリオス商会の会長も良識を持った人物であったことも幸いし、円満に契約を締結する事ができた。
こうして、グリーナ学長をはじめとした商才に疎い教育陣達は、契約で大きく揉めることなく、ひと安心と思っていたが、彼女達はハルの謳う「薄利多売」という思想を舐めていた。
契約では『懐中時計』の基盤部分の製造を、ハルを含むアストロ魔法女学院で請け負う事にしていたが、この『懐中時計』は作れば作るほど飛ぶように売れる商品になった。
魔法の技術的な側面としてこの『懐中時計』の素晴らしさを理解していた筈の女学院側の職員達であったが、商品としての価値は甘く見積もっていたと言えよう。
しかも、この増産に次ぐ増産をハルが対応できていたのも驚きだった。
『懐中時計』の心臓部分である精密魔法陣を驚愕の速さで作り出すハル。
通常、これほど精巧な魔法陣を製作するとなると、ひと月ほどかかってもおかしくないのだが、ハルはこのために『多層魔法回路の複製』という独自の理論と魔法を既に生み出していた。
この技術は魔法陣を多層化する事で、複雑な魔法陣を簡略化することができる技術であり、ひとつひとつの層の魔法陣は簡単な構造にできたので転写の技術で複製する事も容易になったらしい。
尤も、その技術は概要だけが公開されていて、秘匿性の観点から実作業はハルのみで対応していたが・・・それでも、懐中時計の心臓部である精密魔法陣を、ひと月に数千個単位で生産可能になっているという事実は驚きに値する。
この技術を開発しただけでも十分先進的な成果なのだが、ハル自身にはまだ余裕があるようで、これ以外にも新しい魔道具開発を勤しんでいる様娘である。
そして、その結果、商会に納める懐中時計の数量は日に日に増大し、気が付いてみれば、低利率に設定していたはずの商会から学院側に支払われる利益も莫大なものとなり、学院の運営資金に多大な貢献をしていたのであった。
このように工房化していたハルの研究室であったが、現在はハルだけに負荷をかける事を気にする教師陣も製造工程の一部を手伝う形に収まっており、教育機関としての体裁をなんとか保つ状況であった。
「アナタの研究室に来ると退屈しないわね。リリアリアの養娘と言う事になっているけど、本当にアナタは何者なのかしらね。ふふふ」
「・・・」
グリーナは興味本位から出た何気ない言葉であったが、それに対して強張る反応を見せるハル。
その事に気付いたグリーナはすぐに自分の質問に失言があったことを反省する。
「あらあら冗談、冗談。私の独り言よ。アナタが何者かを詮索しないとリリアリアには約束しているし、訳ありのようだから何も答えなくていいわ」
「・・・」
「いろいろ思うところもあるかも知れないけど、これだけは信じて頂戴。私はアナタの味方ですよ。別に利益とか、学院内のパワーバランスとかは関係ない。アナタがリリアリアの見込んだ人ならば、私はそれを信じている。例え、アナタがリリアリアや私を裏切ったとしてもリリアリアがアナタを見放さない限り、私は無条件でアナタの味方よ。尤も、あのリリアリアに見込まれたアナタが、そんな事をするとは思えないですけどね」
「・・・」
黙って聞いていたハルであったが、何かに耐えるように下を向いてブルブルと震えた。
少し沈黙が続いていたが、ハルの中で何かの葛藤に決着がついたのか、ゆっくり顔を上げるハル。
「グリーナ学長。信頼していただき、ありがとうごさます。でも、やっぱり私の過去の事はそう易々と他人へ語る事はできません」
目を瞑って何かに耐えるハル。
「でも、これだけは信じて下さい。私の本当の経歴は人前で軽々しく言えない事情もあります。こんなに良くして頂いて勝手な言い分なのは自分でもよく解っているのですが・・・本当に申し訳ありません」
再び頭を下げるハルだったが、グリーナは特に気にする事もなく、ハルの肩をポンポン軽く叩く。
「気にしなくていいわ、ハル。頭を上げなさい」
申し訳なさそうに顔を上げるハルにグリーナはそっと笑いかける。
老練の皺が目立つ顔だったが、その顔は何故かハルを安心させる顔だった。
「大丈夫よ、ハル。私はリリアリアも、アナタも信じているから。必要な時があればアナタから語ってくれていい。今はその時じゃない。ただ、それだけよ」
グリーナはハルの目から溢れそうになっていた涙に気付かないふりしてハルを抱き寄せた。
それは慈愛に満ちた姿であり、まるで自分の娘供をあやすような姿だった。
「もし、私に娘供が居たら、きっとこんな気持ちになるのかもね。私は未婚だけど、もし結婚して娘供がいれば、ハルぐらいの年齢の娘がいてもおかしくないわ。なんだか疑似的に娘を抱いたような気分になったわね。こちらこそありがとう、ハル」
「グリーナ学長」
「あらあら、変な事を言ったかしら。アナタと喋っていて本当に調娘が狂ってしまったわね。でもこれは私の本当の気持ちよ。リリアリアも良い娘を拾ったものね。リリアリアがアナタを養娘にしなかったら私がアナタのお母さんになっていてもよかったわね」
グリーナのその言葉を聞き、気恥ずかしくなって俯くハル。
そんな初心な姿を見られたグリーナはニッコリと微笑み、ハルの頭を撫でた。
「本当に可愛らしい娘ね。うふふ。この娘の本当の可愛らしい姿は他の職員達は知らないようだし、これは私の独り占めね」
若い娘を愛でて満足したグリーナは彼女の抱擁を解いて改まった。
「そうそう。私がここに来た理由を忘れかけていたけど、アナタに連絡する事があったわ」
「連絡ですか?」
ハルの表情が切り替わる。
学長自らこちらに来て伝える事と言うことは、きっと重要な事に違いない。
そして、現在の状況が変更される、という自分にとってはあまり嬉しくないことを聞かされるに違いないと予想した。
「ええ。実は、空いたままだったアナタの寮の相部屋の相手が決まったわ。アナタの本心はあまり他人と接触したくないのでしょうけど・・・これも規則なので学院内でもうるさく言う人もいるのよ。反対できなかったわ」
「そうですか」
ハルは少し落胆する。
確かにハルは他人と接するのは苦手だ。
いや、意図的に自分から他人を遠ざけていると言っても良い。
「この研究室で寝泊まりも良いけど。たまには寮の部屋に帰ってあげてね。相手については私も少し調べたけどそんなにおかしい娘じゃないからね」
「・・・わかりました」
ハルとしてはあまり気が進まない。
しかし、グリーナ学長の立場も理解していたため、渋々承諾するしかない。
それを見届けたグリーナは、嫌々ながらもハルから合意は得られたものと理解し、ひと安心する。
「もう少し話をしていたいし、この部屋にあるいろいろな素材についても見せて貰いたいけど、私も午後の予定が詰まっているのでこれで失礼するわ。新しい発明を楽しみにしているわね」
そう述べて、グリーナはハルの研究室から退出していった。
頭を下げて恭しく見送るハルだったが、グリーナの姿が見えなくなってから少し嘆息する。
「新しい同居人か・・・」
確かに面白くない話だ。
意図的に他人との関わりを避けている自分にとっては・・・