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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第十一章 ラフレスタ解放
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第三話 来訪者

 

「さすがは異世界からの『来訪者』だけの事はあろうな」

 

 帝皇デュランのそんな一言が会談の参加者達に大きな衝撃を与えた。

 解放同盟の中でもハルの出生の秘密を知る者はライオネルとエレイナ、ゲンプ、グリーナ、ロッテル、マジョーレ、そして、学生達だけの筈である。


「ええっ!?」


 帝国中央政府側の人間も当のデュランとリリアリア以外この事実を知らなかったようで、素で驚いた顔を晒している。

 

「まさか・・・そんな。七賢人の伝説ではあるまいし・・・」

 

 常に冷静を崩さないことで有名な宮廷魔術師長ジルジオでさえも、口をパクパクさせていた。

 

「デュラン。あんた、知っていたんだね!」

 

 リリアリアは思わず帝皇陛下に素で喋ってしまったが、この時のリリアリアの不敬を正す者は誰も現れなかった。

 それほどに全員が驚いている瞬間であったからだ。

 

「フフフ、予の情報網を侮るではないわ。入ってきてよいぞ」

 

 デュランは久しぶりに悪戯が成功した悪餓鬼のように愉快な顔を覗かせ、そして、誰かを呼ぶ。

 その求めに応じて入ってきた人物とは・・・

 

「エリー、あなた!」

 

 ハルは部屋に入ってきた人物の顔に、嫌と言うほど見覚えがあった。

 今年、アストロ魔法女学院に入学してきた一年生で、寮で自分と同室で生活しているエリーだったからである。

 エリーはハルに対してとてもバツの悪そうな表情を浮かべていたが、それでもゆっくりと帝皇の元へと歩み寄る。

 そして、帝皇デュランはそんなエリーを自分の子供を愛でるように優しく抱きかかえた。

 

「改めて紹介しよう。予の遠戚であるエリーじゃ」

「そんな! エリーには隠している素振は全く見えなかったのに・・・」

 

 驚くハル。

 ハルは心を観る魔法が使える。

 その魔法は相手の心の中を正確に読む事もできるが、その行為を連発する事は実社会ではタブーとなる。

 普通の人間社会において円滑な人間関係を営むにためには、互いに表面上は隠しておきたい事があって当然であり、他人がそれを無制限に解ってしまう事など、裸で街を歩くようなものである。

 だから、ハルは自分に相手の心を簡単に観る能力があっても、その事を相手には絶対に漏らさないよう細心の注意を払っていたが、帝皇デュランはこのハルの能力を既に知っているようであった。

 

「ハルには『何故? 自分は人の心が読めるのに・・・』 そう思っているのじゃろうが、この娘には、ほら」

 

 エリーの髪をかき上げると、そこには真珠のような小さく目立たないイヤリングがふたつあった。

 そして、同じようなものを帝皇であるデュランも装着している。

 

「それは・・・もしかして、心を偽る魔道具!」

 

 この時、ハルはその可能性について初めて気付く。

 心を観る魔法が実存している以上、それに対抗する術があって然るべき・・・そう気付くべきであった。

 そうでなくては、心を観る魔法が一般化しているのがおかしいと思うべき。

 尤も、普通の魔術師が相手の心を読もうとすると、それに長い詠唱が必要であるし、無詠唱の達人がいたとしても、普通の人間の魔力保有量ならば一日に三分程度が限界。

 この魔法を無詠唱で、ほぼ無制限に、しかも魔力行使の気配を相手に悟らせないようにするハルの能力の方が非常識で規格外なのだが・・・

 

「ハルお姉さま・・・ごめんなさい」

 

 エリーは真珠のイヤリング(心の透視を妨害する魔道具)を外して、涙目になる。

 ハルはここで初めてエリーの本心を読むことができたが、確かに帝皇デュランとは遠い親戚関係であるのは事実のようだ。

 

「なるほどね。見事にやられたわ。身内に間者がいたなんて・・・道理でこの王様はいろいろと知っていると思ったのよ・・・例のクラインとナブールだけじゃなかったようね」

 

 諦めムードのハル。

 いろいろと聞かれても、当初は隠し通そうと考えていたが相手にはもうかなりの事を知られているらしい。

 第三皇子であるジュリオでさえもハルの事を相当調べていたのだ。

 帝皇デュランがその権威と力を使えば、それ以上の事を調べるのは造作もないだろうと思う。

 ハルはどうやらここまでのようだ・・・と悟った瞬間でもある。

 

「赦せ、ハルよ。そして、エリーは悪くないぞ。恨むならば、それを命じた予を恨むがよい」

「ええ、そうするわ、王様。確かに今でもエリーは私を尊敬してくれている。どうやらそれだけは本物のようだしね」

 

 その直後に、「デュラン様は王の中の王であり、帝皇であるぞ!」と、誰かから指摘するような声が聞こえたような気もしたが、ハルはその程度のことなど気を留めず、デュランに対してさっさと要求を聞く事にする。

 

「それで、私をどうする気? ジュリオ殿下のように囲うの?」

 

 ハルの口からそんな言葉が出た直後に、彼女を守るようにアクトかハルの前に出る。

 そんな勇敢な姿を目にしたデュランは余計にこの若者達に好感が持てた。

 

「フフフ、予はそんな事をせんよ。白魔女の怒りを買いたくはないからな」

 

 帝皇デュランが飄々とそう言ってのける姿はどこかライオネルを彷彿させた。

 

「ただし」

「ただし?」

「ハルがこの帝国に多少の愛着と恩義を感じてくれるのであれば・・・其方の持つ魔法の仮面と同じものを三つ、予のために作ってくれんか?」

「それを一体何のために使うの?」

「・・・・秘密じゃ」

「・・・・」

「・・・・」

 

 沈黙と少しの緊迫感が漂うが・・・結局、ハルはすぐに折れた。

 この場で抵抗したところで、もう、どうにもならないし、帝皇相手に恩を売るのも悪くないと考えたからだ。

 

「・・・・解ったわ。そのかわり、私に対してこの先『不干渉』を通して貰えるのであれば、ね」

「勿論だとも。約束しよう。それに仮面を製作してくれるのであれば、必要ものは全て準備するし、それ相応の報酬も与えようぞ」

 

 デュランはハルからの条件を快諾し、報酬も約束した。

 

「契約成立だな。しかし、書記官よ、この事は議事に残すではないぞ。帝国の最高機密扱いじゃ。他の者もこのハルが異邦人であること。それから、これから話す事も門外不出じゃ。墓場まで持っていくが良い。それがハルから申し出ている『不干渉』という約束を守る事であるからな」

 

 デュランの指示どおり、会談の内容を記録していた書記官はペンを置き、今、記録したノートの頁を破って捨て、それを別の者が魔法の炎で燃やして炭にした。

 これで、デュランから会談再開の申し出がない限り、ここから先はごくごく私的な非公式の場となる。

 

「それでは、予にも見せて貰おうかのぉ。このラフレスタの乱を収めた真の功労者である魔女の姿を」

 

 その言葉はデュランが白魔女の正体を既に把握している事を知らしめていた。

 観念したハルは「まったく、しょうがないわね・・・」と、ローブの懐に忍ばせた特製の魔法袋よりひとつの白い仮面を取り出す。

 ゆっくりとした所作でその仮面を装着した直後に、大きな変化が起きた。

 あまりにも多くの魔素がハルに向かって収斂し、生じた魔法により強く光り輝く。

 そして、その光り輝く中から現れたのは・・・・絶世の美女。

 

「おおお!」

 

 突然に白魔女が現れた事による驚きよりも、彼女の美しさと神々しさに感嘆の言葉を発した人が続出した。

 美しい白魔女の姿に目が眩んだのもあったが、これが白魔女から常時発動させている魅惑の魔法にやられた者が殆どであったからだ。

 しかし、ここには色々な意味でエストリア帝国最高峰の人物が集まっている。

 この魔女の罠に対抗できる者もいたのだ。

 

「う・・・何たる・・・魔力の波動!」

 

 それは、魔力に対して鋭い感覚を持つ現役宮廷魔術師長のジルジオ・レイクランド。

 

「また、この娘は・・・とんでもない物を造ったね」

 

 ハルの魔術師の師匠であり、エストリア帝国で戸籍上の母親である大魔導士のリリアリア。

 

「やはり、この力・・・ジュリオがハルに目が眩んだのは、この娘の持つ麗しさだけではない!」

 

 帝国で最強の魔法防御能力の魔道具を身に着けていたデュラン。

 ちなみに、このときのエリーは封魔の耳飾りを外していたし、彼女がハルに懐いている親愛の感情は本物なので、白魔女の魅惑魔法を大いに受け入れて、ハルに対する信頼を益々上げることになっていたのは余談だ。

 

「本当に、とてつもない力を感じるわい・・・ハルが『懐中時計』を初めとする高性能な魔道具を作っていた事はグリーナより聞かれておったが・・・これは報告が無かったのう」

「私だって知ったのはごく最近ですよ。もしも、ハルさんがこんなのを作っていたと知っていたら即退学を考えるか、それとも、即卒業させていたわよ。この魔道具を没収して・・・」

 

 グリーナはリリアリアにそんな言い訳をする。

 それ程までにこの『白仮面』は魔法の専門家であるふたりが慌てるほどの力を秘めており、その魔法の仮面を三つ所望しているデュランが、それを一体何に使うのかと考えると、少しだけ不安になるグリーナとリリアリアであった。

 当のデュランはそんな事はどうでも良いと、話を先に進める。

 

「さぁ、これで其方も予も、自由に話せようぞ。なんせ、リリアリアはハルの事について一言も教えてくれんかったからな」

「言える訳なかろうがっ!」

「ムハハハ」

 

 非公式の場であり、砕けたリリアリアの言葉遣いと、それを何も気にしないデュランの姿を見ると、このふたりの関係はこれが自然なのだろうか。

 ハルはそんな事を察しながらもデュランに問う。

 

「それで、王様は私に何を聞きたいのかしら?」

「そうであるな。まずはハルが生まれた世界、そして、国の事を話して欲しい。其方の知識からして我々の世界よりも遥かに進んでいるのだろう? その事を私を含めて、皆に聞かせてくれるだけで利益があるというもの」

「いいわ」

 

 ハルはそう言い光の魔法で映像を作る。

 青と白でできた球体が宙に浮かぶ。

 紛れもなく、それは地球を模した映像であり、ハルの記憶の中にあるイメージを光の魔法で投影した。

 

「これが私の生まれた星『地球』よ。この星には海があって陸もある。そう、ここのゴルトの世界と同じようなものね」

 

 意外な事であるが、この世界では『ゴルト』が丸い星である、という事実については、少数派であるが既に知られていたりする。

 魔法文明により地上や海上の移動手段が地球よりも早くから発展していたため、世界を一周したら元の場所に戻ってきたという経験則によるものだ。

 そんなゴルトと同じ惑星である地球がグルグルと回りながら映像は次第に拡大されていく。

 

「私が生まれて、そして、所属していた国家は『サガミノクニ』と言われる小国よ。尤もこの世界は三度の世界的な大戦を経験していて、その教訓から大国はすべて解体されて存在しないわ。小国だけになっているのよ。世界中どの国も経済的な尺度によって均等となるよう分割されているわ」

「ほう、それは興味深い。しかし、全てか小国となると軍事的な活動は難しいであろう。それでいてよく秩序と治安が保たれるものだ」

「私も詳しい説明ができるほど政治や軍事に関する知識は無いけれども、私達『サガミノクニ』は世界的にも治安が良く、恵まれた国と言われているのは確かよ」

 

 ハルはそう言いながら映像を動かす。

 地球で一番大きな大陸の東海洋部付近にある南北に細長い島へと映像が移り、その島の東側のひとつの地区がさらに拡大された。

 そして、映像がその国の街の風景へと切り替わる。

 アスファルトで舗装された広い道と高層のビル群。

 そして、街を行き交う車両と多くの人々。

 全員が黒い髪で黒い瞳、色の薄い肌はハルの特徴と合致する民族であることがよく解る。

 尤も今のハルの髪は黒に青味がかかっているが・・・

 

「私がこの街で生まれて、西暦二一〇四年の十五歳になるまで、いたわ」

 

 そこで映像が切り替わる。

 例の研究室での事故の映像だ。

 

「そして、とある日、私は事故に遭遇して・・・気が付いたら、こちらの世界へ飛ばされていた。もう四年も前の話になるわね」

 

 映像はクレソンの郊外に始まり、港町、リリアリアとの日々、そして、ラフレスタへ・・・と、現在につながる映像が走馬灯のように次々と現れては消えていった。

 

「私は故郷に帰りたい・・・だけど、その方法がまるで解らない・・・だけと諦める訳にもいかない・・・いつかきっとその方法を見つけてみせる。そのために魔法を学んでいる。魔道具の研究をしているのも、それが目的よ」

 

 ハルは遠い目をする。

 そして、周囲へと視線を移すとアクトと視線が合った。

 アクトはハルに「うん」と頷きを見せる。

 ふたりの間には既に言葉はいらない。

 『心の共有』という魔法でつながっているふたりにとって、相手の考えている事はだいだい解るのだ。

 そして、今は例えその能力が無かったとしても、ハルにはアクトが「自分がそれを手伝う」と目で語っているのが伝わってきた。

 アクトは無償の愛でハルを支えようとしてくれるのだ。

 そんなアクトの事を想うと、ハルの胸は締め付けられる。

 果たして自分が元の世界に帰るという事は、アクトと別れる事になってしまうのだろうか・・・

 そうなったときに、自分は耐える事ができるのだろうか・・・

 それとも、アクトとは別れず、それでいて、自分の望みを叶える方法があるのかも知れない・・・

 いろいろな想いや可能性が彼女の心の中を駆け巡るが、答えはすぐに出せなかった。

 そんな葛藤を胸に秘めていたが、デュランからの問いかけにはしっかりと答える。

 

「ふむ。貴女の境遇には大いに同情はできるが、元に世界へと帰る方法、こればかりは帝国一の権威を持つ予でも、どうにもならん」

「そのようね。もし既にその技術があったのならば、ジュリオ殿下もこんな無茶はせずに異邦人を獲得できていただろうし、例の七賢人も遂に元の世界へは戻れなかったと記録にあるらしいから、こればかりは自分で探すしかないわ・・・」

「力になれなくて、すまんな・・・」

 

 重い空気になった場の雰囲気を入れ替えるため、デュランは敢えて話題を変える。

 

「しかし、ハルの居た世界の政治・経済・軍事、そして、優れた文明については個人的に関心がある。もう少しこの老人の世間話に付き合ってもらえぬかな?」

「ええ、私が答えられることならば」

 

 ここでハルは、デュランからの願いを請けることにした。

 こうなってしまえば、いろいろと秘密にすることに大きな意味はない。

 ならば、この機会に異世界の文明に多少の関心を持ってもらい、知識と恩を売るのも悪くない。

 尤も、強すぎる歓心を与えて、今後もしつこく干渉されてしまうような事になれば、本末転倒なのだが・・・

 そんなジレンマに多少に留意しながらも、ハルはデュランからの質問に対してひとつひとつ丁寧に答えていく。

 世界の人口に始まり、国家の政治体制がどうなっているのか、国軍はどれほどの規模なのか、治安をどうやって維持しているのか、経済の話や税の話、国民の娯楽や教育制度など多岐の話題となった。

 ハルとしても科学技術以外の知識は人並みであり、それほど詳しくはないと思っていたが、それでも、ゴルト世界の一般市民の知識からすると、遥かに博学者である。

 簡潔に物事を説明して、ときおり、魔法を用いてイメージを映像と音で表現する技術は、ハルがいつも研究発表で高評価されているプレゼンテーションの技術である。

 それは聞き手の興味と感心を強く刺激して、どんどんとハルのペースに引き込まれていく。

 デュランも、少しだけ、と言っていながら、かなり長い時間をハルとの問答に使っているのに気付いたのは、このやりとりが始まってから二時間も経過した頃であった。

 

「・・・うむ、民衆の代表が政治の長となり、協議で物事を決める。国家規模も小さいとなれば、何も決まらぬのではないかな?」

「逆にそれが良いと言われているわ。物事を決めたり、組織の動きは遅いかも知れないけど、重要な事案ほど慎重に考えて動くべきなのよ。間違った決定をして愚かな戦争をするよりも、それは何倍も良い事。私達の住んでいた世界の価値観はそういうところなの」

「なるほどな。世界を全て滅ぼせるほどの兵器を持つ文明というものは力を持つ側も賢くならなければ、自滅する・・・そういうことなのだろう」

 

 デュランはここで何かを閃く。

 

「・・・ふむ・・・・なるほど・・・・面白いかも知れん」

 

 突然、独り言を言い始めたデュランはライオネルの方を向く。

 

「ライオネル・エリオスよ。この民主主義という思想をどう思う?」

 

 突然、意見を求められたライオネルはどう答えていいものか少し迷い、少しの間をおいて次のように答える。

 

「正直、どういうものかは経験してみない事には正しい評価ができないと思いますが・・・それを前提として答えるならば、ある側面では理想の社会のひとつかと思われます」

「どういうところが卿の思う理想の社会なのだ? 続けよ」

「法の元に平等。貴族も平民も無い身分制度。兵役も重税も無く、教育や文化水準が高い、経済活動も発展している。・・・誰もが自由であることを許される社会である、そう思いました」

「この帝国よりも・・・でろう?」

「・・・恐縮ながら」

 

 ライオネルは平身低頭しながら、正直にそう答えた。

 帝皇デュランから怒りを買う可能性も考えたが・・・このときは自分が感じた事をどうしても言っておきたかった。

 今回はそれが正解だった。

 デュランは口角を上げて愉快そうな顔を覗かせると、書記官に議事記録の再開を命じる。

 

「ライオネル・エリオスよ。其方は危機に瀕したラフレスタを救うために解放同盟を発足し、そのリーダーとして勇敢に戦い、見事にラフレスタ解放という目的を遂げた。その功績を高く評価して、もうひと働きして貰おうか」

「はい?」

 

 突然の帝皇からの依頼に目を丸くするライオネル。

 

「明日よりロッテルと共に東へ向かうが良い。今尚、不当な占拠を受けているクリステも見事に解放してみせよ。さすれば、彼の地の統治を卿に任してやろう」

「?!」

「この地ラフレスタは帝都ザルツとあまりにも近いのだ。我が帝国と様相が異なる政治体制を認め事は難しい。しかし、クリステならば、それこそ国境の街である。そこに我が帝国と少々価値観の違う国ができたとしても、たいした問題にはならないだろう」

「そ、それは!」

 

 ライオネルの肩が震え、デュランは、うむ、と頷く。

 

「ライオネルがクリステの乱を平定できた後、その地方一帯を卿の治める国として『独立』を認めよう。卿が民主主義を理想と思うならば、それを見事に実現させてみるのも良い」

 

 ライオネルは目の前で起っている事実が信じられなかった。

 それほどにこの帝皇デュランが宣言している事はあり得ない事実だったからだ。

 エストリア帝国が自らその領地を割譲する話など、有史以来千年続くこの帝国の歴史では前例が無い。

 しかし、デュランの目を見れば、ライオネルを揶揄っている訳ではない。

 書記官も冷静に帝皇の言葉を一語一語記載し、今の発言を公式なものとして記録している。

 

「本気・・・なのですか」

「嘘を言ってどうする。平等な社会を実現するのが卿の望みなのだろう? いつぞやに言っていたではないか、『自分は新しい国を興して、その国のリーダーとなる。その国の名は、古代語で自由を意味するエクセリアにしたい』と」

「な、何故それを!?」

 

 ライオネルは敬語を忘れるぐらいに驚き、飛び上がった。

 確かに、いつか自分の理想が実現した暁には『エクセリア』という国の名をつけようと思っていた事もあった。

 しかし、それは誰にも話したことが無い・・・いや、一度だけ話した事がある。

 あれは、一年ほど前、帝都ザルツへ赴いたとき、商いの取引が終わった後の夜、酒場で意気投合した老商人に、この事を勢いで話してしまった事があったのだが・・・まさか・・・まさか!

 

「ふふふ。帝国の世の中は本当に狭いものよのう。ライオネルよ」

 

 思わせぶりの態度を示す帝皇デュランに、ライオネルはこのとき、とても敵わないと思った。

 あの時、老商人に扮していたのがこの帝皇だったと露知らず、ライオネルは自分の思想や夢の話を調子よく語り聞かせていたのだ。

 今、思うとそれは偶然ではない。

 既にあの時からライオネルはこの帝皇から目を付けられていたのだろう。

 ただし、帝皇デュラン自ら赴いてライオネルと接触を図っていたのは、あくまで帝皇の気まぐれだったのだが、運命などと言うものは、偶然にして必然だったりするものだ。

 

「はっ。このライオネル・エリオス。帝皇デュラン陛下の意向を遂行するために、謹んでその命をお受けいたします」

 

 ライオネルは位を正し、帝皇デュランからの勅命を受けた。

 そこにはいつもの彼の飄々とした姿は一切見せない。

 

「うむ。論功の話もこれでまとまったな」

 

 デュランも一入(ひとしお)に満足な表情を浮かべている。

 帝皇自身も実はこの帝国社会に蔓延る倦怠感に危機意識を持つひとりであった。

 民主主義という新たな可能性。

 これを実験するために、今回はいろいろな意味で好機(チャンス)だと思った。

 ライオネル・エリオスは非常に優秀でもあるし、行動力のある人物でもある。

 それに挫折も味わっており、分別もできる人物とデュランは評している。

 その上、その芯には正義の心と、正しくありたいという願いを持つ人物。

 

(予にはしがらみが多すぎる故、政治体制を大きく変えるのは難しい・・・ここはひとつライオネル・エリオスという男の可能性を、これから見てみようではないか)

 

 自分にはできないと思った事を人に託す。

 そんな事に嫉妬を覚えなくなったのは果たしていつからだろう。

 齢を重ねた帝皇は、ふと、そんな事を考えていた。

 そして、周りを見渡して、若い学生達を見て、もうひとつの名案が浮かぶ。

 

「さて、これで会談は終わりにしたいが、ラフレスタの乱では多くの者が死傷する悲惨な事件であった事に変わりはない。悲惨な記憶から民衆に希望を与えるのも為政者としての務めである。ハル以外の者は『英雄』として少しばかり働いてもらうぞ。我が宮廷魔術師長兼、宮廷吟遊詩人が格別の(ペン)で働きをしてくれようぞ!」

 

 その言葉を聞いた宮廷魔術師長ジルジオ・レイクランドはいつもの無表情な顔が少しだけ引き攣らせた。

 『宮廷吟遊詩人』と呼ばれる役職は帝国中央政府で聞いた事の無い役職である。

 そして、ジルジオ以外の全員は『?』という表情になる。

 実はこの堅物腹黒の宮廷魔術師長で有名なジルジオは小説の執筆が密かな趣味だったりする。

 本人も趣味で書いているだけで特に誰かに見せることもしなかったが、彼の作品をデュランは密かに入手して読んでいたのだ。

 帝皇は半分ユーモア、半分本気で、今回のラフレスタの事件を英雄譚としてまとめるよう彼に命じた。

 後にこのジルジオ・レイクランドと言う人物が魔術師や政治家としてよりも、作家として歴史に名を残すのだが、そんな事になるとは露知らず、ジルジオの密かな趣味を暴露できた・・・それが、この時の帝皇デュランには愉快だったらしい。

 

「わははは。これで会談は閉幕とする」

 

 帝皇デュランの笑い声が響く中、これで解放同盟と帝国中央政府の会談は終わりを迎えた。

 こうして、後世の歴史に名を残すラフレスタの乱はここで終止符を打つことになる。

 


次話は12/1(日)に更新します。


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