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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第十章 ラフレスタの乱
119/134

第二十話 獅子の悪魔


「な、何だ! アレは」

 

 最初にその姿に気が付いたのは外で戦っている獅子の尾傭兵団の傭兵の一人だった。

 青の月、赤の月、ふたつの月が浮かぶ夜空にひとつの大きな飛行体を見つけたのだ。

 大きな躯体で翼を持つことから、それは人でないと容易に解ったが、魔物にしてはこんな都会に現れる事など稀である。

 何だろうと更に目を凝らして確認しようとしたとき、不意に目が合う。

 闇夜に光る金色の瞳が、今宵の最初の獲物を見定めた瞬間であった。

 

「へ? ぐわっ!」

 

 勢いよく滑空してきたその飛行体は右手に持つ剣で人間の傭兵兵士をひと突き。

 串刺しとなった憐れな人間は、次の瞬間、干からびた魚のようになる。

 魔剣ベルリーヌの力により生命力の全てが吸い取られた結果だ。

 

「ひっ! 悪魔だ!」

 

 ここで、近くにいた別の人間が空から飛来した悪魔の存在にようやく気付き、そして、驚きと恐怖の言葉を口にする。

 獅子の尾傭兵団は『美女の流血』という強力な魔法薬で精神支配されている。

 そんな人間は当然ながら恐怖と言う感情も大きく制約を受けているのだが、そんな強固に支配を受けている人間でさえも大きな恐怖を感じさせる程に、このときの悪魔の姿は衝撃的であった。

 身体の右半身は人の男で、左半身は人の女の恰好をしていたが、背丈は通常の人間の倍ぐらいあり、頭からは三本の角が生えている。

 そして、背中から翼を持つ生物・・・こんな姿など誰が見ても人間ではない。

 

「悪魔だ。悪魔だ!!」

 

 周囲の複数の人間が悪魔の存在に気付いて、口々にそう叫びながら我先に逃げようとする。

 しかし、当の悪魔にあるのは強烈な殺意の欲求と人に対する復讐心しかない。

 

「グォォォォォ」

 

 悪魔は低い雄叫びを挙げ、烏合の衆へ襲いかかる。

 そして、ここからこの戦場は敵味方の区別が無くなり、一匹の悪魔による殺戮の現場へとなってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 その頃、ラフレスタ城では取り乱していたユヨーが幾分落ち着きを取り戻していた。

 背中に不意打ちを受けたカントは多くの血を吐き、正に生命の危機であったが、その場に帝国一の癒し手がいたのが幸いした。

 マジョーレ司祭による癒しの神聖魔法が施され、カントの命はつなぎ留められて、死に至るまではいかなかった。

 しかし、それでもカントの受けた傷は大きい。

 身体の神経が束になっている脊髄を損傷している可能性もあり、神聖魔法による治療にも限界があった。

 マジョーレは「もしかしたら後遺症は残るかも知れない」とすまなそうにしてユヨーに告げたが、それでも彼女は気丈に、「もしもの場合は、私が彼のことを一生面倒見ますから」と答えて、自分の大切な人の命を救ってくれた恩人に頭を垂れることを忘れない。

 そして、ユヨーはまだ目を覚まさぬカントを静かに抱き続ける。

 彼女の中では、カントの事が、もう、大切な友達のひとりという存在ではなく、かけがえのない男性となっていたからだ。

 そんな健気な姪の姿を尻目にライオネルは現場の収集に動いている。

 最大の敵だったラフレスタ家の者達は厳重に束縛されて、現在は別の場所に護送されている。

 最後までジョージオの部下であった文官達も全員が降伏した。

 ラフレスタ城の外で戦っている解放同盟の同志達も、こちらが有利であり時間の問題だろうと思う。

 あとは最後の本丸であるジョージオ・ラフレスタを束縛すれば、こちらの部隊は勝利となるのだが、このジョージオだけが忽然と姿を消してしまっていた。

 

「・・・つまり、戦闘中、ジョージオ兄者がこの部屋から逃げ出した形跡は無いと言う事ですね」

 

 ライオネルの問いかけにグリーナは頭を縦に振る。

 彼女が対決していた敵のエトワールは最後までジョージオの傍らに居たから、ジョージオの動向も一番解っている。

 

「そうです。エトワール様が倒される直後まで、ジョージオ様はこの玉座に座っていました。ですが、エトワール様が最後にカントを攻撃した際、一瞬そちら側に目を離した隙に忽然と居なくなってしまったのです」

「そうか。となると・・・アレだな」

 

 ライオネルには思い当たる節があった。

 

「ラフレスタ家には代々伝わる秘密の部屋があって、万が一の場合、そこへ逃げられるような仕掛けが城にはいくつもあるのですよ」

 

 ライオネルはそう言うと、玉座のひじ掛け部分を調べて、そこに魔力の籠った宝石の仕掛けがあるのを見つけた。

 

「これだな・・・それでは、ちょっと行ってきます」

 

 ライオネルはグリーナにそう告げると魔力を込めた。


「えっ!? ライオネルさん、もしかして!?」

 

 彼女はライオネルがこれから実行しようとしていることに勘付き、それを止めようとするが、間に合わなかった。

 ライオネルが本格的に魔力を注ぐと、その姿が揺らぎ始める。


「大丈夫です。あの秘密の部屋は外からは簡単に入られない。それに、転移するもラフレスタ家の者しかできない仕組みですから・・・」

 

 それだけを言い残すと、ライオネルの姿は完全に消えて居なくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・そうか、それほどにか・・・・」

「そうなのよん。早く増援をお願いしたいのよねん」

 

 ジョージオは薄暗い部屋で、鏡に映る人物に救援を申し出ていた。

 

「貴様には一万二千の軍勢を派遣しただろう。それで何もできなかったということならば、貴様が無能だったという事だ」

 

 鏡に映る屈強な男性はそう処断して、ジョージオからの救援要請を拒否する。

 

「そんな! 酷いじゃない。私達は同志なのよ。見捨てるの?」

 

 ジョージオは己の虚勢を張るのも忘れて、いつもの女言葉に戻ってしまっていたが、それすら気付かない程に切羽詰まっていた。

 

「俺は冷静に物事を言っているだけだ。今から救援部隊を送っても一ヶ月以上はかかる・・・それにお前の敵は、もうすぐ後ろに立っているぞ」

「え? ヒッ!」

 

 後ろを振り返ったジョージオは悲鳴を挙げた。

 そこには、現在、ライオネル・エリオスと名乗っているヴェルディ・ラフレスタが立っていたからだ。

 

「このぉ~!」

 

 ジョージオはやけくそになり、ヴェルディに殴り掛かろうとしたが、武芸に全く秀でない兄など、現在のライオネルにとって敵にすらならない。

 彼はジョージオの子供のようなパンチを受け流し、そして、胸倉を両手で掴み、締め上げた。

 

「ちょっと、降ろしなさいよ。う・・う・・・ヒッ・・・ウブブブ!」

 

 ジョージオは空中に吊り上げられたまま、呻き声を上げてジタバタとしていたが、やがて大人しくなる。

 絞められて息が継続できず、失神してしまったためだ。

 こうしてライオネルは呆気なく実兄のジョージオを無力化する事ができたが、そんな事よりも鏡に映る人物の方が気になる。

 

「お前が兄を誑かしたのだな。クリステの領主・・・ルバイア・デン・クリステ!」

「ふん、盗賊風情が。俺の名を気安く呼ぶではないぞ!」

 

 鏡の向こう側に映るルバイアは鋭い眼光でライオネルを睨み返す。

 ふたりはそのまましばらく無言で睨み続けたが、外から大きな轟音が響き、ライオネルの注意が削がれた。

 はめ殺しになっている窓から夜の街を確認してみると、街の東部で火の手が上がっている。

 獅子の尾傭兵団の屋敷の方で何かあったのだろうか。

 ライオネルはそんな事を考えつつ、再び注意を鏡に戻すが、ここでルバイアの姿が薄くなり始めていた。

 向こう側が魔法の通信を切られた兆候であった。

 まだ薄く残っているその姿で、ルバイアはライオネルにこう告げる。

 

「悔しければ、挑んで来るがいい・・・俺は逃げも隠れもせん・・・返り討ちにして・・・やるわ」

 

 そして、その姿は完全に消えた。

 

「獅子の尾傭兵団に・・・いや。ボルトロールの間者に操られた戦いの亡者め!」

 

 ライオネルはそう吐き捨てると、気絶したジョージオを回収し、早々にこの部屋より転移するのであった。

 

 

 

 

 

 

「ひぃ・・・やめてくれ・・・ギャーーーッッッ!!!」

 

 男の悲鳴が木霊する。

 悪魔の突き出した剣で切られた男はあっと言う間に魔力と生命力の全てが吸い取られて、乾し魚のようにされてしまう。

 もう何度目になるか解らない殺戮の光景がそこでは繰り返されていた。

 男の生命を全て吸い取った悪魔はたいした感慨も示さず、次の獲物を探す。

 

「お、俺は見た事あるぞ、あの剣。確か、団長が使っていた魔剣ベルリーヌとかいう魔剣じゃないか!?」

「そう言えば、悪魔の姿は団長のヴィシュミネ様にも見えなくもねぇ」

「そうだ。それに身体の半分の女のような姿は副団長のカーサ様だぜ」

「一体、どうなって・・・ギャーーーッ!!!」

 

 疑問符を持った男が悪魔の次の餌食となった。

 もう百人以上が犠牲となっていたが、彼らはこの悪魔に対して有効な手立てを持たなかったし、悪魔の姿が自分達のボスに似ている事で混乱を増していた。

 そんな無敵の悪魔だったが、ここで遂に攻撃が加えられることになる。

 

ドカーーーーーーン

 

 極大の炎の玉の魔法の直撃を受ける悪魔。

 そして、悪魔を成敗するように可憐な女の声が響く。

 

「どこから来たのかは解らないけど、魔物はこの街から去りなさい!」

 

 それは白魔女の恰好をしたエレイナだった。

 彼女はこの戦場で獅子の尾傭兵団の傭兵達を混乱させるために戦っていたが、その傭兵達は魔法薬『美女の流血』で支配されたクリステの善良な民である可能性も解っていた。

 そんな傭兵に、空から突然悪魔が現れて襲われる。

 もうかなりの人数がこの悪魔の餌食になっていた。

 正義の心を持つエレイナにとって、敵とは言え、その事を黙って観ている訳にはいかなかったらしい。

 今のエレイナが持つ最大級の魔法を放つ。

 ハルより授かったこの魔法の杖は高効率で魔力変換ができる逸品であり、エレイナ渾身の炎の魔法攻撃であった。

 地獄の業火で焼かれる悪魔・・・の筈だったが、ここで魔法の炎が一瞬でかき消される。

 悪魔の持つ魔剣ベルリーヌにより魔法がすべて吸われてしまったからだ。

 

 悪魔はニヤッと口角を上げる。

 

 それを見たエレイナも嫌な予感がして、思わず後ろに飛び退くが、今回はその勘が正解であった。

 悪魔が大きく魔剣ベルリーヌを突き出すと、その魔剣がまるで鞭のように細長く伸びた。

 

「なっ!? グァーーーーーーッ!」

「うぐッ!!」

「ぎゃ!!」

 

 ドス、ドス、ドスと音が三回連続して、複数の男が細長く伸びた魔剣で串刺しにされた。

 防御力が優れて、魔法付与のある鎧を着た獅子の尾傭兵団の二名・・・そして、エレイナの近くにいた解放同盟の若者。

 そして、次の瞬間、魔剣ベルリーヌの忌まわしい力により彼らの生命力が全て吸い取られて、皺だらけの草臥れた老人のようになってしまう。

 正に一瞬の出来事であり、それを見せられたエレイナは震撼してしまった。

 身の固まるような恐怖だが、そんな現場の上空より別の女性の声が響く。

 

「エレイナ、下がって!」

 

 それは白魔女ハルの緊迫した声だ。

 エレイナはハッとなり、今度はより後ろへ大きく飛び退く。

 途中にエレイナの護衛となっているアレックス解放団のサルマンも居たが、彼の首根っこを遠慮なく引っ張った。

 

「ぐひーーーッ」

 

 突然に後ろへ引っ張られてしまったため、サルマンが変な呻き声を挙げてしまうが、そんな事を気にするほどエレイナに余裕は無い。

 そして、それは適切な判断であった。

 その一瞬後に悪魔が突っ込んで来たのだ。

 

ドカーーーーーーン

 

「「「ぐわーーー!!」」」

 

 轟音と共に、エレイナが先程まで居た地面は、まるで金属の砲弾が撃ち込まれたように大きく抉られて穴が開く。

 悪魔は吸収した生命力と魔力をすべて使った突撃。

 その結果、大きな破壊がもたらされた。

 そして、その爆心地にはこの突撃によって発生した衝撃の巻添えを食らった傭兵達が多数倒れている。

 

「シャーーーッ」

 

 歓喜の奇声を挙げた悪魔は倒れた傭兵達に襲い掛かる。

 

「や、止めーーーっ」

 

 傭兵達は自分に死が迫っていることを感じて悲鳴を挙げるが・・・結果的に彼らは助かる。

 

「グギッ!?」

 

 悪魔は何かが自分に迫って来るのを感じたが、その直後に背中で何回も爆発が起きた。

 

ドン、ドン、ドン、ドン!

 

 悪魔の無防備な背中に命中したのは白魔女のハルから放たれた魔法『ホーミングアロー』である。

 彼女が白魔女ではない時、平原で魔物に襲われた際に、咄嗟に編み出した魔法の矢による攻撃。

 ひとつひとつの爆発は少ないが、光の魔法を矢のようにして連続で何発も、しかも、自在にコントロールできる小型ミサイルのような攻撃。

 しかも、今のハルは強化(ブースト)能力のある白仮面を装着する白魔女なのだ。

 空を飛び、脇にアクトを抱えながらでも、片手で一度に百発以上の魔法の矢を召喚して、途切れることなく悪魔に攻撃を浴びせる事ができていた。

 

ドドドドドドドドッ!

 

「す、すげえ」

 

 それまで無敵だった悪魔を一方的に蹂躙している白魔女の姿は、敵味方を越えて獅子の尾傭兵団ですらも羨望の眼差を向ける事になる。

 

「ゴ、ゴ、ゴ、ゴろすーーっ」

 

 悪魔は堪らず、意味不明な呻き声を挙げるが、傷付いた背中はまるで皮膚が生え変わるように瞬く間に再生される。

 これも魔剣ベルリーヌの力によるものであり、蓄積された魔力を使い即時に治癒をしたのだ。

 しかし、このままではいずれ魔力切れになる・・・

 そんな事を悪魔は直感で感じとり、近くに餌となる大きな魔力は無いものかと探す。

 

(いた!)

 

 そんなことを感じた悪魔の行動は早かった。

 自分の背中が焼かれ続けているのも構わず、悪魔は空中へ飛び上がり、そして、次の瞬間、一気に加速してこの戦場より離脱してしまった。

 悪魔はあっと言う間に白魔女のホーミングアローの射程外へ離れてしまう。

 ホーミングアローによる爆発音もようやく収まった。

 こうして、この戦場は一気に静寂が訪れた。

 殺戮の真只中だったこの戦場は、ここで緊張が解けて、残された人々は自分が生き残ったことを実感して、安堵の表情を浮べる。

 

「おお! 白魔女様は女神様だ。白魔女様が悪魔を撃退してくれたぞ!」

 

 誰かがそう叫ぶ。

 それに釣られて、別の誰かも白魔女を称えた。

 

「うぉーーーーっ!! 俺達は助かったんだぁ!」

「白魔女様ぁぁ!」

 

 そして、彼女を称える声が次々と広がる。

 その声は解放同盟の同志達はもとより、獅子路の傭兵団の兵達も同じ気持ちになっていた。

 

 助かった。

 殺される事が無くて良かったと思う。

 人間としての、いや、動物として持ち合わせている単純な生存本能。

 理不尽に、無慈悲に、価値も無く、生命を散らすことが無くて本当に良かったと思う。

 

 そんな安堵の気持ちが、彼らの心をひとつにした。

 

「「うおーーっ、白魔女、白魔女、白魔女、白魔女!」」

 

 白魔女を称える声が重なり、それが鳴り止むこともない。

 その声の輪は広がる一方だった。

 

「ち、ちくしょう! こんなもん、被ってられるかよ!」

 

 傭兵団のひとりが自分の被っていた兜をかなぐり捨てる。

 恐怖、混乱、理不尽な死、そして、大いなる安堵・・・激しく移り変わる感情の波に耐えられず、これが魔法薬『美女の流血』の敗れた瞬間であった。

 

「そうだ。俺達は何のために戦っていたんだ」

「ああ。故郷に帰りたい。俺には愛する嫁と家族がいるんだ」

「くっそう、もう止めだ。こんな事!」

 

 傭兵達は次々と兜を脱ぎ、両手を地面につける。

 完全降伏の意を示す姿だ。

 そして、それは一気に他の傭兵達に伝染していく。

 こうして、大多数の傭兵が降伏する事を選び、この戦場で組織的な戦闘はこれで終結を迎える事となった。

 そんな姿を見たエレイナや解放同盟の同志達はようやく訪れた自分達の勝利を実感し、大きな歓声に沸くが、当の白魔女ハルと彼女に抱えられたアクトは、まだ、気を抜いていない。

 ふたりの厳しい視線は悪魔の逃げた先・・・ラフレスタ城へ向いていたからである。

 

 

 

 

 

 

「うぐっ!」

 

 突然呻き声を挙げたのはグリーナである。

 彼女はいきなり顔面蒼白となり、顔から脂汗をだらだらと垂らす。

 

「ど、どうされた!? グリーナ殿! 大丈夫ですか!」

 

 近くに居たライオネルは、突然に具合の悪くなったグリーナを見て、その身を案じる。

 しかし、グリーナはもう大丈夫と手で合図を返した。

 

「うぅ・・だ、大丈夫です。突然に魔力的なつながりが破棄され、何かをごっそりと持っていかれたのです・・・何? この感覚は??」

 

 いろいろ経験のある彼女でも、この状況に訳が解らず、ラフレスタ城の一室の窓から外の様子を確認して唖然となる。

 

「そ、そんな! 人工精霊達が・・・悪魔に喰われている!!」

 

 グリーナが目にしたのは自分の召喚した人工精霊が悪魔に襲われている図であった。

 四体召喚した筈だが、既に二体が無くなっていた。

 倒された・・・という簡単な話ではない。

 その瞬間をグリーナは見ていなかったが、人工精霊が何者かに吸収されてしまった・・・そんな感覚であった。

 そして、今は残るうちの一体の人工精霊が悪魔の持つ禍々しい巨大な剣によって貫かれているところだった。

 その直後、人工精霊の姿は大きく歪み、悪魔の剣に全てが飲み込まれてしまう衝撃的な一幕を見せられる。

 

「いゃゃゃゃゃっっっっ!」

 

 こめかみを抑え、叫び声を挙げて、辛い表情となるグリーナ。

 気が遠くなり、倒れそうになったところを何とかライオネルが支えた。

 

「魔力が吸い取られた・・・これは・・・悪魔の仕業・・・」

 

 全く力が入らなくなったグリーナは自分の目にした事実を信じられないと呟く。

 それを見たライオネルは、朧気ながらグリーナが苦しむ理由について予想ができた。

 今回は人工精霊を使役するためにグリーナは膨大な魔力を注いでいたのを知っている。

 普通ならば、すぐにでも魔力切れとなってしまう程の膨大な魔力の投入だが、そうならない技が存在しているとライオネルは聞いた事があった。

 それは使役対象と魔法的な繋がりを保ち、魔力を共有する方法だ。

 互いの魔力を融通することで、使役している魔力消費を最小限に抑える技であり、召喚士の技術らしいが、詳しい事はライオネルにも解らない。

 解らないなりにも、グリーナは似たような方法で人工精霊を使役していたのだろうと思っていた。

 幼少期より一流の教育を受けて来たライオネルの知識が、そんな正解を導き出していたのだ。

 そして、今回、悪魔がやった事は人工精霊の魔力をなんらかの方法で吸収したのだ。

 その直後にグリーナが苦しみ始めたのも、グリーナが人工精霊に預けていた魔力を悪魔に持っていかれたためであると推測できる。

 つまり、今のグリーナは魔力欠乏症に陥っているのだろうと。

 彼女の目元は弱々しくなり、顔色が白から赤へと変化しているのはその症状と合致している。

 

(拙いな・・・最後の一体が悪魔に吸収されてしまえば、恐らくグリーナ殿の命は・・・)

 

 そんな最悪な事を考えてしまうライオネル。

 しかし、ここで助けが現れる。

 闇夜の中、東の空より流れ星のような速度で迫る一筋の白い塊。

 

ドーーーン

 

 その白い塊は悪魔に命中して、互いに弾かれるように空中で距離をとった。

 

「あれは! 白魔女のハルさん!」

 

 ライオネルは突然に現れた救世主の存在をようやく認識できた。

 それは純白のローブを(なび)かせた白魔女ハルであり、彼女の脇に抱えられたアクトの姿もあった。

 そんな白魔女は悪魔を挑発するようにその周囲をグルグルと飛び回る。

 まるで自分の身体に(たか)る蠅のように、叩き落としてやろう剣で牽制をする悪魔。

 そんな悪魔にハルの声が届く。

 

「悔しかったら、追いかけて来なさい!」

 

 白魔女はそう叫ぶと、北の空に向けて飛ぶ。

 それを逃がすまいと、鼠を追い駆ける猫のように、悪魔は白魔女の後を追い、そして、彼らは闇夜の奥へ消えて行った。

 

「た、助かったか・・・しかし、あの悪魔のような魔物は一体?」

 

 そんな言葉がライオネルより漏れる。

 窓から外を見渡すと、ラフレスタ城外の戦場も突然現れた悪魔の姿に混乱しているのが解った。

 禍々しい悪魔が人工精霊を食べる姿がショッキングだったのか、特に獅子の尾傭兵団の傭兵達は口をあんぐりと開けて固まってしまっている。

 明らかにこれは隙であり、これに機に次々と打ち負かし、拘束が進んでいるようであった。

 これまでの戦局は解放同盟側が有利に傾いていたが、これで決定的となる。

 少しは安堵できるライオネルだが、ここでグリーナの口が開く。

 

「本当に助かりました・・・まさか、教え子に助けられるとは・・・」

 

 魔力欠乏症に陥ったグリーナの顔はまだ弱々しかったが、それでも先程よりは幾分と楽になっていた。

 そして、その火照った顔をしているグリーナは自分がライオネルに抱かれている状況に今更ながらに気付いてしまう。

 彼女としては身を支えて貰っているだけとは言え、異性に抱かれるのは久しぶりの事である。

 それに今回は自分の教え子であるハルやユヨー、ローリアン、そして、恐らくはクラリスまでもが幸せになっているのが、少々羨ましい彼女でもあった。

 なので、ほんの少しだけ悪戯心に火が付き、この男性に甘えてみる元にする。

 

「私・・・恋に落ちそうですわよ」

 

 その言葉に何故かライオネルの顔は引き攣ってしまう。

 

「じ、冗談ですよね・・・もし、本当ならば・・・エ、エレイナに殺されてしまう」

 

 グリーナの甘えた声に、ちょっとだけそれを真に受けてしまったライオネルは焦り、情けない言葉を吐いてしまう。

 自称プレイボーイである彼にしてみれば、とてもかっこ悪い姿を晒した瞬間でもある。

 そんなライオネルを見られて、グリーナは「ふふふ」と愉快な表情を溢していた。

 

 

 

 

 

 

 ラフレスタの東にあった獅子の尾傭兵団の屋敷近くの戦場から逃げ出した悪魔を追いかける白魔女ハルとアクト。

 この悪魔が目指した先は街の中心地ラフレスタ城である。

 その場へ急行するハルとアクト。

 そして、そこで目にしたのは人工精霊の魔力を吸収している悪魔の姿であった。

 人工精霊三体分の魔力を吸収して、次は四体目に襲い掛かろうとしている悪魔。

 これ以上魔力を吸収すると、何を仕出かすか解らないと思ったハルは即座に悪魔へ突撃し、人工精霊から悪魔を飛ばし、距離を置く事に成功する。

 食事を中断された悪魔は明らかにイラつく様子を見せていた。

 それをさらに増長させるようにハルは悪魔の周りを高速で飛び回り、悪魔の注意を完全に自分達へ向かわせた。

 

「悔しかったら、追いかけて来なさい!」

 

 ハルはそう言い、この場より高速で離脱。

 悪魔はそんな彼らを逃がすまいと、餌に釣られた猫のようにふたりを追いかけてくる。

 こうして、悪魔と白魔女は空中を凄まじい速さで追い駆けっこするが、城壁の外まで飛んだ白魔女ハルはもうそろそろ頃合いだと思い地面へと着地した。

 

「うまく追って来たみたいね」

「ああ。ここならば被害は少ない筈だ」

 

 ハルとアクトは自分達の狙いどおり、元ヴィシュミネだった悪魔に自分達を追わせて、この場まで上手く誘き出したのだ。

 彼は脳を強化してしまったことで魔法が暴走し、運動神経、反射神経を強化できた半面、知能は逆に動物並に退化したらしい。

 本能に忠実に生きるその姿は、もう、魔物に近い存在である。

 

「戦闘狂だったヴィシュミネの行き着いた先が、戦闘機械のような生物になるなんて・・・皮肉なものね」

 

 醜悪な化け物と化したヴィシュミネの姿を見たハルはそんな言葉を漏らす。

 彼女としても、もうこんな存在になってしまえば、彼は人ではなく魔物と同じ扱いをすると心に決めた。

 それはつまり、彼女が自分に課している『殺さず』ルールの適用外となる事を意味している。

 

「さぁ、来なさい。こうなってしまったアナタに私ができることは、あの世へ楽に送ってあげる事しか無いのだから」

 

 悪魔にとって、そんなハルの言葉が挑発になったのか、咆哮をひとつあげて襲いかかってきた。

 

「ギェェェー」

 

 悪魔は耳障りな鳴き声とともに、かぎ爪の生えた足で空中からハル達を襲う。

 しかし、アクトとハルは悪魔が着弾する寸前で左右に分かれて回避。

 誰も居なくなった地面に悪魔の足が突き刺さるが、その隙をハルは逃がさない。

 

「光よ!」

 

 呪文の詠唱と言うよりも、短い掛け声ひとつで光の攻撃魔法を発動させた。

 彼女にとって魔法は無詠唱でも可能だが、それでも言葉を発した方が効率良いのは確かである。

 ハルの求めに応じて、掲げた魔法の杖より一筋の光が発せられる。

 

「ハル! 奴には魔法は効かないぞ」

 

 アクトはハルに注意を促すが、それにハルはニコッと悪戯っぽく笑みを浮かべて応えるだけである。

 光の魔法は一直線に悪魔へと進むが、悪魔も自分に向けられた魔法攻撃を認識して、魔剣ベルリーヌを構えて魔法を吸収しよう試みる。

 しかし、魔法が悪魔に到達する寸前、光の魔法は軌道を九十度変えて、悪魔の足元に着弾した。

 

ドカーーーン

 

 光の魔法は先程の悪魔の攻撃によって脆くなった地面で爆発して、大量の土砂が悪魔に降りかかる。

 細かい土砂に混ざる大きな岩石が、悪魔の身体を無数に撃ちつけられた。

 こうして、派手ではないものの、地味なダメージを与える。

 尤も、これはダメージというよりも嫌がらせに近い攻撃だったが・・・

 

「私を誰だと思っているの? 現在は世界一の魔力抵抗体質の研究者だと自負しているわよ」

 

 魔剣エクリプスを製造する際、アクトの身体を散々に調べた結果がここで役に立った形だ。

 魔法攻撃であっても間接的に物理攻撃をするのであれば、魔力抵抗体質者の力でもこれを防ぐ事はできない。

 先刻、ロッテルもこれに似た戦法を取り、アクトから勝利をもぎ取っていたし、魔法の効かない相手に対してこれが有効な攻撃手段である事は間違いなかった。

 魔力抵抗体質者のアクトは、この攻撃を見て少しだけ複雑な気持ちになるが、今は自分の弱点について考える場合ではないと気持ちを切り替える。

 そんな状況でも悪魔は石礫の攻撃から逃れるため、今、正に空中へ離脱しようとしていた。

 

「そうはさせない!」

 

 アクトは魔剣エクリプスに力を込めて、一気に投擲する。

 渾身の力で投げられた魔剣は飛び立とうしている悪魔の背中に生えた翼のひとつに命中し、翼を大きく切り裂く。

 

「グギャーーー」

 

 まるで空気を切り裂くような不快な叫び声を挙げ、上昇し始めていた悪魔が墜落する。

 翼の膜が切れてしまったため、浮揚力を維持できなくなったのだ。

 これで空中に逃れる手段は封じられた。

 

「戻れ」

 

 アクトがそう命じると、勢いそのままに闇夜の虚空に飛んで消えようとしていた魔剣エクリプスは転移してアクトの手に戻ってきた。

 これが魔剣エクリプスの機能のひとつであり、デルテ渓谷で川に墜落した際も、彼の手にエクリプスが戻ってきた理由でもある。

 そして、墜落した悪魔に更にダメージを与えようとアクトは鬨の声を挙げて突進する。

 

「うおーーー!」

 

 しかし、対する悪魔も元々は天才的な剣術士のヴィシュミネだ。

 魔剣ベルリーヌを巧みに操り、アクトからの追撃を難なく防ぐ。

 

キィーーン

キィーーン

キィーーン

 

「早くて、重いかっ!」

 

 アクトは悪魔の剣裁(けんさば)きに圧倒されてしまい、ひとまず後退を余儀なくされる。

 以前のヴィシュミネの腕も相当なものだったが、この悪魔になってからは強化魔法によって腕力も増幅(ブースト)されている。

 あと数合撃ち合えば、確実に打ち負けていた・・・そんな事を冷静に分析するアクト。

 

「・・・さて、どうする」

 

 アクトは次の一手を考えるが、悪魔の方が先に動いた。

 悪魔が魔剣ベルリーヌを宙に掲げて、そして、魔力が収束する。

 

「まずいわ!」

 

 ハルは素早くアクトに向けて飛び、そして、彼を抱えて空中へと逃れた。

 その直後に、大量の液体がアクトのいた足元の地面より湧き出てくる。

 鼻を突き指すような強烈な刺激臭を伴った紫色の液体は『溶解』と呼ばれる魔法だった。

 毒属性の上級魔法であり、人や金属、あらゆる物を溶かす凶悪な魔法でもある。

 禁忌指定させており、学ぶ事はおろか、滅多なところで使う事も許されない魔法。

 溶解の魔法が展開された地面は、草木を含めてあらゆるものが溶かされ、これがもしあの市街地で実行されていたかと思うと、ふたりは犠牲者の事を考えて、ゾッとした。

 

「恐ろしい魔法を使う・・・まさに悪魔だな」

 

 理性を無くした元ヴィシュミネだった悪魔の姿を眼下に見下ろし、アクトは心の底から嫌悪感を露わにした。

 

「そうね。特にカーサの魔力と生命力を吸収してしまったことで、魔法にも秀でてしまったようだわ。それにさっき、殺した人達の生命力や人工精霊の魔力もあの魔剣に蓄えられている。この規模の魔法をあと何発も打てる・・・そう見ていいわ」

 

 ハルは状況分析結果をアクトに伝える。

 

「本来ならば大規模な魔法一発で終わらせたいところだけど・・・あの魔剣にとって魔法は餌に他ならない」

 「となると・・・奴の魔剣をどうにかするしかない・・・そう言う事か」

 

 アクトからの確認に近い問い掛けにハルは頷く。

 

 『心の共有』という契約を果たしたふたりだからこそ、自分の考えを詳しく言葉に出さなくても、互いの理解は進んでいるためである。

 それだから、この短いやり取りでふたりの作戦会議は終了した。

 直後、ハルはアクトを空中へ放り投げる。

 約十メートルの高さから人を投げる行為は、相手を殺すような行為だが、それも作戦のうちだ。

 アクトのその後ろで、ドン、という音がする・・・そして、次に強烈な加速。

 アクトの後ろの空間に『空気爆発』魔法がハルによってかけられたからである。

 この魔法は空気を膨張爆発させる魔法であり、本来は爆発の衝撃波により相手を吹っ飛ばしたり、鼓膜を破り戦闘不能にする魔法であった。

 風属性の初級魔法であるが、これを卓越者である白魔女のハルが使えば、凄まじい威力になる。

 そして、初めの爆発は魔法で起きるが、その爆発によって生じた衝撃波は自然現象・・・つまり、魔力抵抗体質者であるアクトにも正しく作用する力なのだ。

 その力を能動的に利用することで、アクトはまるで矢のような速度を得ることができた。

 こうして一直線の風のような速度で悪魔へ迫るアクト。

 

「うりゃああああああああ!」

 

 魔剣エクリプスを突き出して、狙う箇所はただひとつ、悪魔となってしまった元ヴィシュミネの右腕だ。

 直後に、ドバッ、と鈍い音がして、魔剣ベルリーヌが宙を舞う。

 矢のような勢いで迫るアクトが魔剣エクリプスを突き出し、悪魔の右腕を切断した。

 

ドン!

 

 再び大きな音がして、アクトの前の空間が爆発したのは、ハルが再び『空気爆発』の魔法を行使したことによる。

 その衝撃波によりそれまでアクトの速度が相殺されて、今度は悪魔とは逆の方向へ緩やかに飛ばされる。

 アクトは直後に空中で二回転し、華麗に地面へ着地を果たす。

 そして、彼の足元にあったのは悪魔の右腕ごと切断した魔剣ベルリーヌである。

 

「グギャーーーー」

 

 悪魔は切られた右腕の痛みから強烈な叫び声を挙げていたが、アクトはそれに一切構う事はない。

 

「アクト、今よ!」

 

 ハルの求めに応じて、アクトは迷いなく魔剣ベルリーヌの刃の中心に魔剣エクリプスの刃を力一杯叩き込む。

 

バチ、バチ、バチ!

 

 互いに魔力吸収能力を持つ魔剣同士の反応なのか、黒い霞が火花のように弾け飛び、まるで魔剣同士が虚空で戦っているような姿だ。

 互いの反力を見せて、空間で鍔迫り合いをしていたが、それは長い時間続かず、最終的には持ち手の力と心、そして、ハルの想いが詰まる魔剣エクリプスの方が勝者となった。

 魔法的な反発力が無くなると、魔剣エクリプスの刃がすっと通り、魔剣ベルリーヌの刃の中心を簡単に貫く。

 しばらくして、魔剣ベルリーヌのどす黒い刃全体にヒビが走り、やがて、木っ端微塵に弾け飛んでしまう。

 

ガシャーーーーーーーン

 

 これが、魔力だけではなく、人の生命力も吸い取ってしまう業深き魔剣ベルリーヌの最期の瞬間であった。

 

「グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ」

 

 魔剣ベルリーヌの崩壊と共に悪魔の苦しみが増した。

 それは魔剣からの魔力供給が止まったことによるためであり、強化魔法が解けてきた事を意味していた。

 悪魔の姿は崩れ始め、肌はよりどす黒く染まり、皮膚の下からはいろんなものが泡立ち始めた。

 醜悪を通り越して、(あわれ)みさえ感じられる悪魔の姿であったが、アクトとハルはこの姿から視線を背けることは無い。

 

(あわ)れね・・・でも同情はしないわ。これはアナタ達が選択した結果だからよ。せめて最期はこれ以上苦しまずに逝かせてあげるわ」

 

 ハルはそう言うと、彼女にしては珍しく長い魔法の呪文を詠唱した。

 

「・・・炎よ、浄化の八首の炎よ。業で呪われしこの者を全て焼き尽くし、そして、全てを昇華させたまえ・・・・」

「この呪文は!」

 

 アクトもハルが詠唱している呪文から、彼女が何をしようとしているのかが解り、ハッとなる。

 

「いでよ、ヤツクビノリュウ!」

 

 そして、結びの言葉を発して、ハルの魔法が具現化した。

 それは八つの炎の柱、『八首(やつくび)の龍』と呼ばれる魔法。

 先の戦いでエリザベスの放った最上級の炎の攻撃魔法である。

 

「洗脳されたエリザベスさんのオリジナル魔法だと思っていたけど・・・そうか、ハルはそれを真似て、アレンジしたのだな」

 

 相手から受けた必殺技を自分の物にしてしまうハルの天才性についても感服するが、そのエリザベスの技を用いて、首魁たるヴィシュミネと彼に吸収されてしまったカーサを葬るのは、ハルからひとつの矜持のようなものを感じてしまうアクト。

 自分達が支配していた者からの報いを受けよ、そんな思いもあったのだろうと・・・

 ただし、ハルの行使した『ヤツクビノリュウ』魔法は、エリザベスの『八首の龍』と違い青白い色を放つ炎だった。

 アクトは知っている。

 温度が上がれば上がる程に、発色は赤色から青色へ変化するのだ。

 純粋な魔力による炎は、燃料と空気が酸化燃焼反応をして燃えている訳ではない。

 炎のイメージを魔力で具現化させているだけであり、魔素が変質して炎になっているだけなのだ。

 エリザベスのイメージしていた炎は赤い輝炎であるのに対し、科学技術の進歩した文明で育ったハルの炎のイメージはこの青色なのだ。

 そして、自然現象に忠実なほど魔法の効率は高く、そして、その効果も高い。

 この炎も一千度以上の高温が維持されている。

 その結果、『ヤツクビノリュウ』に捕らわれた悪魔は、あまりの高温のため、一瞬のうちにその身体が焼けて表面からポロポロ零れて灰へ変わる。

 相手が即死となるのは勿論だが、三メートル近い巨大な体躯がそれほど時間を待たずに灰へと変わる姿は圧巻であった。

 こうして、ラフレスタを揺るがす大事件の首謀者の男女が、この世より放逐される瞬間となる。

 アクトとハルは青白い炎が燃え尽きる最後の瞬間まで目を逸らさなかったが、最期に人間の姿へと戻ったヴィシュミネとカーサが互いに抱き合って天に昇る・・・そんな姿が見えたような気もした。

 もしかしたら、このふたりも何らかの運命に弄ばれた被害者だったのかも知れない。

 

(もし、違う形で出会っていれば・・・)

 

 アクトとハルは別々に心のどこかでそんな事を思ってしまうのだが、ふたりは心の共有を果たしているので、結局、その考えが相手にも伝わる。

 しかし、この場でそれを言葉に出すのは、何か偉大なものを冒涜するような、そんな複雑な感覚になるふたり。

 結局、ふたりからは何の言葉も発する事なく、ただ黙りその炎が全てを燃やし尽すのを待った。

 そして、魔法の炎が消えて何もなくなる。

 こうして、静寂が周囲を支配するが、それは先程までここで激しい戦闘が行われていたことなど嘘のような感覚だ。

 その後にアクトとハルは何もなくなってしまった虚空を見つめて、やがて、どちらともなく言葉を発した。

 

「終わったな」

「ええ、そうね」

 

 ふたりは互いに相手の手を取り、そして、そこから伝わってくる温もりで、互いに生きているという実感を今日初めて気付けた。

 

「随分と・・・緊張していたみたいだわ」

 

 ハルはアクトの手を強く握り返す。

 普段の彼女は気丈に振舞っていたが、それが自分の本質ではない。

 強くならなければこの世界で生きていけない・・・だから、強くなった。

 自分が強い事を常に演じていた・・・

 ただそれだけなのだ。

 それが、今、実感できた。

 何故なら、隣には、自分の弱さを全て曝け出しても良い相手がいるのだから。

 まるでそんなふたりを祝福するかのように夜は明けてくる。

 時間の感覚が全く解らなかったふたりだが、どうやら自分達は夜通しで戦っていた事を、今、理解した。

 遥かな地平線の向こう側より明るい太陽が昇る。

 差し込む光条に目を細めるふたりだが、ここでハルが違和感に気付いた。


「アクト・・・何よ、あれ!」

 

 彼女は驚き地平線の向こう側を指差すが、それはハルが白仮面の強化能力によって視力が常人の数倍まで高められているから気付けたのだ。

 流石のアクトでもハルが示す先に何があるのかは視認できなかった。

 

「何だ。何が見える? 俺には解らない」

「軍隊よ! しかも、何万・・・いや、何十万と・・・・全方位からこのラフレスタを目指しているわ」

「なんだって!」

 

 アクトは新たな軍隊の出現に、驚きの声を挙げる事しかできなかった・・・

 


これで第十章は終わりです。登場人物を更新しました。

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