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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第十章 ラフレスタの乱
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第十九話 戦狂い

2019年11月17日

ようやくリリースできました。

お待たせして、申し訳ございませんでした。


尚、下記の部話も改変しております。


 第十四話 守護者との戦い(其の一)

 第十八話 兄弟達


 

「参る」

 

 短くそう声を発して、駆け出すヴィシュミネ。

 彼は獅子の尾傭兵団の団長であり、今回の事件の首謀者とも言える存在。

 そんなボス的な存在に恥じず、卓越した剣術を披露してくるヴィシュミネ。

 

ガンッ!

 

 そんな彼と真っ先に剣を結ぶのはロッテル・アクライト。

 かつてはヴィシュミネと共闘したジュリオ陣営の武官トップ。

 知謀にも長け、剣の実力も高く、部下からの信頼も厚いロッテルとヴィシュミネという存在。

 このふたりはある意味で似た者同士であった。

 唯一違うとすれば、その生い立ちと、『戦い』という行為をどれ程に好むかである。

 ロッテルとヴィシュミネは何合か打ち合い、そして、互いに離れる。

 

「重いな」

 

 ロッテルはヴィシュミネの剣をそう評価し、自分の剣が既に刃こぼれ始めているのを視認した。

 ロッテルの扱う片手持ちの長剣は魔剣ではないものの、それなりの逸品であり、数合の打ち合い程度で駄目になるものではない。

 つまり、それほどまでにヴィシュミネの使う魔剣の切れ味は鋭いのだ。

 以前、デルテ渓谷の戦いで彼が魔剣―――確か、銘をベルリーヌと言っていた―――を使っていたのをロッテルは思い出す。

 

(あの魔剣はただ切れ味鋭いだけではない。あの戦いの場で『何か』を吸収していた)

 

 突然に刀身が巨大化して、岸壁の地盤を砕く光景を思い出し、ロッテルは警戒をひと段階高くする。

 

「やぁーっ!」

 

 今度はロッテルの脇からアクトが駆け出し、不敵な笑みを浮かべるヴィシュミネに斬りかかった。

 

 キーン、キーン、キーン

 

 硬質の金属同士がぶつかる独特の甲高い音が部屋に響き、ヴィシュミネとアクトは何合も打ち合う。

 今のアクトが使うは、腰に差した二つの剣の内、黒い刀身の剣・・・つまり、魔剣エクリプス。

 切れ味抜群で頑丈な魔剣エクリプスは魔剣ベルリーヌにも打ち負ける事もない。

 時折火花を散らし互角の打ち合いをみせた。

 さらに数合打ち合い、ふたりは距離を取る。

 

「ほう、このベルリーヌにも打ち負けないとは中々に名剣だ。腕も悪くない」

 

 ヴィシュミネはニヤっと口角を歪ませて、アクトの持つ魔剣とその魔剣に負けない腕を持つことを正しく賞賛した。

 

「この魔剣はハルの特製だ。それよりも余裕だな。この状況で貴様の勝利はゼロに等しい。例えここで勝てたとしても、もう逃げられない。投降するならば命だけは助ける」

「ふん。何故、命乞いなどせねばならぬのだ。こんな良い舞台などなかなか得れない、ぞっ!」

 

 ヴィシュミネは戦いこそが全てと言わんばかりに再びアクトへと打ちかかる。

 ふたりはまた数合打ち合うが、それに加勢しようとロッテルが進み出る。

 しかし、それはハルによって止められた。

 

「何故、止める」

「冷静になりなさい。その剣ではベルリーヌには敵わないわ」

「その指摘は尤もだが、それでも今は行かねばならない時だ」

「だから、待って」

 

 ヴィシュミネに挑もうとしていたロッテルをハルは止める。

 そんなハルは素早く懐から魔法の布を取り出すと、ロッテルの持つ剣を軽く拭いた。

 するとどうだろう、刀身に青白く光る魔法の残滓が現れて、刃こぼれも直っていた。

 

「何っ!! 魔剣に!」

 

 ロッテルは驚きに目を見開いた。

 それは自分の剣が魔剣に生まれ変わってしまった瞬間だからだ。

 

「これで少しはマシになるわ。少なくとも数合打ちあったぐらいでは刃こぼれはしない筈よ」

「まったく、君達は規格外だな」

 

 ロッテルの口頭は複数形であり、一体ハルと誰の事を言おうとしたのか気になるが、今はそれどころではない。

 

「恩にきる」

 

 ハルはロッテルの短い感謝の言葉を受けとり、彼を戦いの場へ送り出す。

 ロッテルが戦いに加わり、アクトとロッテルのふたりによる激しい剣の技が続くが、ヴィシュミネは芸術的な体裁きと己の剣術でこれを迎え撃ち、こんな状況でも互角な戦いを演じている。

 高い能力を持つふたりの攻めを防ぐヴィシュミネの腕前も、卓越した領域にいるのだろう。

 ハルはそう評価して、アクトとロッテルを支援するための魔法を準備する。

 

「粘着の糸よ。彼の自由を奪いたまえ」

 

 短い詠唱と共に魔法を行使したのは蜘蛛の糸。

 かつて、街の警備隊に囲まれたとき、彼らを束縛するのに使った魔法である。

 もがけば、もがくほど粘着する魔法の糸でヴィシュミネの動きを封じようとした。

 

「むっ」

 

 自分に向けられた魔法の糸の攻撃を察知したヴィシュミネは、自分へと迫る糸の塊をベルリーヌで横薙ぎに払う。

 するとどうだろう、魔法の糸は魔剣ベルリーヌに接触すると淡く光り、やがて、黒い霞となって空中に消えてしまった。

 

「魔法の分解! まさか、魔力抵抗体質者!?」

 

 ハルはアクトと同じような、見慣れた魔法の無力化の現象を目にして、驚く。

 よもや、このヴィシュミネという人物も、アクトと同じ魔力対抗体質者だったとは・・・とハルは思うが、ヴィシュミネは直後にそれを否定した。

 

「魔法の攻撃が防いだからと言っても、私が魔力抵抗体質者とは限らない。この魔剣にはこういう使い方もあるのだ」

 

 そう言うとヴィシュミネは魔剣ベルリーヌを大きく振りかぶって地面に叩き付けた。

 するとどうだろう、大理石の床が大きく爆発し、衝撃がロッテルとアクトを襲う。


「うわっ!」

「ぐっ!!」


 ふたりは予想外の攻撃により吹っ飛ばされて、膝をついてしまう。

 そんな光景を目にして白魔女のハルは眉をひそめた。

 

「・・・魔力の吸収と発散ね」

 

 ハルはヴィシュミネの持つ魔剣エクリプスの能力をすぐに理解した。

 彼女が第一級の魔道具師だからこその鑑識眼によるものだが、この魔剣にはさらに予想の上回る効果が秘められていた。

 

「半分正解だが、こういうこともできる」

 

 ヴィシュミネは吹き飛ばされて態勢が整っていないロッテルに向けて魔剣エクリプスを伸ばした。

 そうすると、剣がまるで鞭のように伸びた。

 

「何っ!」

 

 ロッテルは急いで飛び退くが、それでも間に合わず、頬を軽く斬られた。

 

「う・・・何だ!?」

 

 斬られた瞬間、ロッテルの顔が青くなる。

 斬られた傷の痛みに加えて、自分の中から何かが奪われたのを感じてしまう。

 脱力感に見舞われて倒れそうになるロッテルだが、近くのアクトがすぐに助けに入った。

 

「ロッテルさん、大丈夫ですか? 立って・・・毒ですか!」

 

 アクトは斬られた直後にロッテルの様子が悪化した事から、そんな予測をするが、ヴィシュミネは首を横に振る。

 

「不正解だな」

 

 ヴィシュミネは魔剣ベルリーヌを元に形に戻して、再び地面を叩く。

 今度は前よりも大きい爆発が起こり、それなりに距離を取っているはずのアクトとロッテルを更に吹き飛ばす威力もあった。

 

「ぐわっ!」

「うっ!?」

 

 ふたりは地面に転ばされて、ハルの居た所まで吹き飛ばされる。

 派手に吹き飛ばされたふたりだが、大したダメージを負っていない事を確認すると、ハルはヴィシュミネに向き直る。

 

「その剣・・・魔力だけではなく、人の生命力も吸収するようね。そして、それを魔法に変換して発散もできる・・・」

「ご名答だ。流石はマクスウェルが大絶賛した天才魔道具師と言ったところか」

 

 ヴィシュミネはハルの明晰な分析能力を賞賛する。

 地面に転がされていたアクトとロッテルも立ち上がって、再び身構える。

 

「厄介な魔剣ですね」

「ああ、そのようだ」

 

 互いに相手の厄介さを認識するふたり。

 ヴィシュミネに魔法攻撃は通じない。

 魔剣ベルリーヌによって吸収されてしまう。

 となると剣術で攻略するより他なくなるが、彼は卓越した剣術士でもある。

 アクトとロッテルふたりがかりの攻撃を難なく凌げるほどの腕前だ。

 しかも、彼の魔剣で攻撃を受けて傷を負うと、生命力まで奪われてしまう。

 もし、その時に脱力でもして隙を晒せば、それを見逃してくれるほどヴィシュミネは甘くないだろう。

 その上に、奪った生命力を魔法攻撃に換えられるとなると、厄介さは更に増す。

 アクトは静かに辺りを見渡した。

 自分達の仲間は傷を負い、そもそもヴィシュミネという卓越した剣術士の前では対応できない者ばかり。

 ハルは・・・いや、駄目だ。

 魔術師にとって、魔力を吸収して跳ね返す魔剣を持つ敵と戦うなど、悪手という他ならない。

 

「それでも・・・今は俺が立ち向かうしか、無い!」

 

 アクトはそう自分に言い聞かせて、ヴィシュミネに挑んだ。

 

「その心意気や、心地良し!」

 

 ヴィシュミネはアクトの勇敢な行動に剣で応える。

 彼にとって戦闘は楽しい以外の何者でもない。

 

キーン

キーン

ガン、ガン

 

 様々な剣技同士による打ち合いが響き、何十合も体勢を入れ替えながら、ふたりの剣が振われる。

 攻守が激しく入れ替わる度にヴィシュミネの剣は鋭さを増す。

 それをアクトは寸でのところで躱し、次の攻撃につなげる。

 こうして、ふたりの攻防は恐ろしいほどの速さと、ミリ単位の見切りが続き、まるで魔法で強化しているのではないかと疑うぐらいの凄まじい速度での戦いとなる。

 あまりにも早いふたりの打ち合いは、周囲の人間を寄せ付ける事もできなかった。

 高い実力と分別を持ち合わせているロッテルでさえも、今のふたりの戦いに割り込むことは何かを冒涜するような気持となる。

 それ程に、この瞬間のふたり戦いは互いに憎しみ合う戦いではなく、何か剣の演劇でも見ているような不思議な芸術性があったりもした。

 

(もっと早く、もっと早く)

 

 ヴィシュミネと必殺の剣を交え、アクトの頭の中でそんな言葉が静かに響く。

 その瞬間にもヴィシュミネからの次の剣の動きを観察して、予想し、対処する。

 そして、開けた空間に自分の剣を押し込むが、ヴィシュミネの素早い対応で撃ち落とされてしまう。

 互いに制空権を争うような剣の戦いは、卓越した剣術士である本人達にしか解らない感覚。

 そのアクトがヴィシュミネに勝つには・・・

 

(もっと早く、もっと早く、しなやかに、不規則に、それでも力強く、、、動けーーーーっ)

 

 気迫の籠ったアクトの剣が、遂にヴィシュミネに届く。

 ヴィシュミネが攻めた剣を弾いたアクトが、くるりとエクリプスを一回転させ、下から上にとヴィシュミネの顔に迫る。


 斬る。


 アクトがそう確信した咄嗟のところでヴィシュミネは身体を不自然は程にくねらせ、アクトの剣の直撃を避けた。

 慌てて後ろへ宙返りして、去り際、器用にアクト身体へ蹴りを入れ、距離を取るヴィシュミネ。

 二回ほど地面を転がり、颯爽と立ち上がるヴィシュミネだったが、その頬には縦に一線の傷が走っていた。

 そこから血が滴り、床を赤へと染めていく。

 

「く・・・くくく、ハハハハ、アハハハハ」

 

 ヴィシュミネは突然笑い出した。

 

「この歳になって、初めて人に斬られたよ・・・なぁ、おい。凄いな、お前!」

 

 ヴィシュミネは高揚した顔でアクトに話かける。

 

「楽しいぞ。戦いはこうではなくてはならん。お前もそうなのだろう。心の中から熱い血の(たぎ)る声が聞こえるだろう?」

 

 ヴィシュミネはアクトを自分と同類の輩と見て話かける。

 しかし、当のアクトはこれに応える事はなかった。

 

「・・・・」

「ん?」

 

 何か聞こえない声でブツブツ言うアクトを怪訝に思うヴィシュミネ。

 そして、アクトは静かな声でこう呟いていた。

 

「鎮まれ。冷静になれ。熱くなるな。剣の声に魅入られるな。剣は道具。所詮、自分の道具だ。自分は剣の道具にはならない。自分は自ら望んで戦ってはならない。剣の声に魅入られるな。剣に支配されるな・・・・」

 

 そんな事をブツブツ言うアクト。

 

「何だ、それは!」

「これはブレッタ家の教えだ。自分達は決して剣に支配されてはならない。暴力に身を置いてはならない。我らが剣を振るうときは、悪を成敗するときだけ。それ以外に暴力を使ってはならない。暴力に己を支配されてはならない。その事の戒めだ!」

 

 ガチャっと魔剣エクリプスを構えるアクト。

 熱くなっているヴィシュミネはアクトからのそんな言葉がとても鼻につき、何故か自分が見下されたように感じてしまう。


「生意気な、餓鬼め!」

 

 怒りの言葉と共にヴィシュミネは再びアクトに襲い掛かる。

 しかし、アクトは冷静にヴィシュミネの剣を躱すと、今まで以上の速さで身体を半回転させて、そして、エクリプスを振った。

 

「ハァァァァァァッ!!!」

 

 気合の声と共に振うアクトの渾身の一撃は、冷静さを僅かばかり失ったヴィシュミネの左腕を肩から綺麗に斬り飛ばす。

 

サバーーッ!


「ぐぁぁぁぁッッッッ!!」

 

 苦痛の声と大量の出血を伴ったヴィシュミネは、勢い余り吹き飛ばされて、地面を何回転して、そして、先に倒されていたカーサと重なるようにしてようやく止まる。

 左肩から先の腕は綺麗に切断され、出血が現在も続いている。

 これで勝負あった。

 

「ぐ・・・ここまでか・・・さっさと殺すがいい」

 

 ヴィシュミネは自分の最期を予感し、己の負けを認めた。

 しかし、彼に愛を注ぐ存在が、それを許さない。

 激痛を我慢するため小刻みに震えていたヴィシュミネの右腕を掴んだのは先の戦いで敗れたカーサ。

 瀕死の彼女がヴィシュミネを捕まえて囁いた。

 

「あなた・・・愛しのあなた・・・あなたはまだ死なない、殺させない。そのためには・・・・」

 

 カーサが自分に何をさせようとしているのか、ヴィシュミネは一瞬で分かった。

 

「そうです。私の命・・・最後の命をあなたに捧げます。もうどうせ、私は助からない・・・ならば、あなただけでも・・・」

「いや、しかし・・・・」


 即断即決のヴィシュミネにしては珍しく悩む。

 カーサが提案している事は人としてやってはいけない事だったからだ。

 しかし、結局、彼はその提案に乗る事にする。

 カーサの提案はこの状況をひっくり返し、唯一相手に勝利することのできる可能性を持つ唯一の手段。

 それに、もう少しだけ戦いを続けられる・・・このときのヴィシュミネは自分の欲に屈する事を選んでしまう。

 最後の瞬間に悪魔へ魂を売る事を選択してしまったのだ。

 

「解った、カーサよ。その命を貰うぞ!」

 

 ヴィシュミネはそう宣言すると、魔剣ベルリーヌでカーサを貫く。

 

「嗚呼ああああ。貫かれる・・・私のヴィシュミネ様に・・・ああ、なんて快感・・・そして、ヴィシュミネ様とひとつに・・・アアアアァァァァ」

 

 カーサは光惚な表情を浮かべ、それは情事のあとを連想させたが、しかし、現実には魔剣ベルリーヌで貫かれていた。

 そして、その魔剣ベルリーヌは恐ろしい生命吸収能力を持つのだ。

 主人であるヴィシュミネはベルリーヌにカーサの生命力と魔力を全て吸い取るよう命じ、魔剣はそれを忠実に実行する。

 

「ァァァァ・・・・・」

 

 カーサの声が失せて、やがて魔力のすべて無くなった彼女の身体は皺の多い老婆へとその正体を晒す。

 これが彼女の本来の年齢の姿であり、自らの美容を保つために常に魔力を使っていたのだ。

 そういう意味でカーサは魔力保有力が多い天性の大魔導士だが、今はもう亡き者である。

 そして、彼女の膨大な魔力と生命力は魔剣ベルリーヌを介してヴィシュミネに流れる。

 彼がベルリーヌに命じたのは、その魔力を自分の身体強化と治癒に使うことだ。

 それを忠実に実行するベルリーヌはヴィシュミネにひたすら膨大な魔力と生命力を与えた。

 

「おお、これは!」

 

 切られた傷口が塞がり、痛みが消えた。

 失った筈の左腕が斬られた肩口からにょきにょきと生えてくる。

 傍から見るとそれは気持ち悪い光景であったが、当の本人には爽快感があり、不思議と笑みが零れた。

 

(これをもっとやりたい)

 

 爽快なヴィシュミネはそう思ってしまう・・・

 

「まだまだ生命力と魔力は余っているな。ベルリーヌよ。余す所無く(・・・・・)、私の全身を強化せよ!」

 

 その求めに応じて、ベルリーヌはヴィシュミネの身体に力を与えた。

 元々に鍛えられた彼の身体だったが、その筋肉がさらに盛り上がり、着ていた服を破るぐらい身体は大きくなる。

 

「な、何よ、あれ!!」

 

 黙って事態を傍観していたローリアンから思わずそんな驚きの声が漏れた。

 それぐらいにヴィシュミネの身体は大きく変化をしていた。

 服を食い破るぐらい大きく育った彼の身体は、半身が女性、半身が男性となっていた。

 変化はそれだけに留まらない。

 頭には大きな角が三本生えて、身体の背中には大きな翼がふたつ生えた。

 

「ゴ、ゴゴゴ・・・」

 

 眼は金色に光り、口からはだらしなく唾液を漏らして、意味不明の呻き声を漏らす。

 その姿を黙って観ているしかないアクト達であったが、ハルはこの様子を見て、ある結論に達する。

 

「ヴィシュミネは禁忌を犯したようね。やってはいけない強化(ブースト)・・・それは人の脳を強化する事」

「脳を?」

 

 アクトの問いかけにハルは頷く。

 

「もっと強く。それは彼が強く望んでいたのでしょう。『自分の人体の全てを強化しろ』とベルリーヌに命じたんだと思うわ。しかし、ベルリーヌは魔道具と言う意味では欠陥品だったようね。あれは人としてやってはいけないところまで強化(ブースト)してしまった。人間の脳を際限なく強化(ブースト)してしまうと、『強くなりたい、変化したい』という思いが止まらなくなり、暴走するのよ。そんな事をさせないように安全装置を設けるのが魔道具師として常識なのに・・・あのベルリーヌという魔剣は常識知らずの魔道具技師が作った欠陥品だわ」

 

 魔剣の製作者に対して強い憤りを感じるハルだが、今はそれどころではない。

 元ヴィシュミネだった人間の巨大化はようやく止まったが、その姿はもう三メートルを超えている。

 口からはシューシューと声なのか、息なのか解らない擬音が漏れるが、既に人間としての理性を感じる事もなかった。

 この姿は例えるならば・・・そう、悪魔である。

 

「ゴロズ、ゴロス・・・コロスーーーッ!!!」

 

 悪魔は殺意の籠った雄叫びを上げると、アクト達に向かって突進してくる。

 

「魔法、そして、物理防壁!」

 

 ハルは白魔女の力をいかんなく発揮させて、周囲に耐魔法と耐衝撃の防壁を二重掛けする。

 突進してきた悪魔はその防壁に弾かれて上部に逸れるが、悪魔は勢いそのままにアクト達を大きく飛び越えると、木製の窓を突き破り、建物の外へと飛び出した。


 それが、悪魔がこの世に解き放たれた瞬間であった。

 

 

この部話のリリースが遅れて申し訳ございませんでした。

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