第十八話 兄弟達
2019年11月17日、改変しました。
「くっ、こいつら!」
ライオネルは思わず悪態をつく。
それもその筈、兄ジョージオを守る最後の敵として現れたのは、ジョージオの家族達であったからだ。
ラフレスタ解放という使命を帯びるライオネルだが、この戦いはただ勝てばいいのではない。
ライオネルには勝利した後のラフレスタの統治と自分の夢―――自由で平等な社会の実現―――そのために民衆を導く事が求められる。
つまり、今回の戦では綺麗に勝つことも要求さていれる。
双方の陣営にはそれなりの死人が出ている現状で、未来に多少の禍根は残るだろうが、だからこそ、真の敵が「獅子の尾傭兵団だった」という事にして、「それ以外の人間は操られていただけ」という結論にしなくてはならない。
事実そうであろうとライオネルは思っていたし、それならば、この戦いの犠牲者はできるだけ最小限に留めたいという思いが彼にはあった。
そう言う意味でライオネルにはジョージオを含めた今のラフレスタ一族全てを抹殺するつもりはなく、政権から失脚させればそれでいい。
魔法や剣などの武才を持たないジョージオだからこそと、側近さえ無力化すれば勝ちだと思っていたが・・・現実は違うようだ。
ジョージオの最後の砦として立ち塞がったのは、彼の妻であったし、彼の子供達だった。
彼らはジョージオよりも魔法や剣を使えるが、それでもジョージオより若干ましというレベルだった筈だ。
しかし、現状は獅子の尾傭兵団の恐ろしい魔法薬により洗脳されて、聞く耳など持たなくなり、実力も底上げされて未知数である。
それに加えて、魔法の仮面によって桁違いに能力が増強されている事も明白である。
ガキーーーン
ジョージオの長男ニルガリアより放たれた重い剣の一撃を受けるライオネル。
自身も魔道具の腕輪で腕力を使い、その上に魔法付与のある小剣で受けているが、それでも強化されていることが嘘のように、受けた時のあまりの衝撃によって思わず後退りしてしまう。
ニルガリアはその細身からは信じられないぐらい腕力を発揮し、人間離れした動きでライオネルに次の一撃を叩き込むが、そうはさせまいとゲンプが横から助けに入った。
「ふん!」
奮気と共にゲンプの豪剣が放たれる。
ガキーーン、ガキーーン、ガキーーン
金属と金属の激しくぶつかる音を響かせて、ゲンプの一撃一撃は必殺の強さを帯びている。
それに対するニルガリアはそんなゲンプの力強い剣戟など関係ないようにその細腕で軽く往なしてくる。
それはどこか非現実的な描写であり、明らかに不自然な攻防であったが、それでもニルガリアがゲンプの攻撃を軽く防いでいるのは事実だ。
それ程に現在のニルガリアはゲンプの豪剣程度を脅威に感じていない。
そして、ニルガリアはそんな余裕の防御をしながら、ぶつぶつと呪文を唱えている。
この状況で魔法を行使するためだ。
「させるか!」
近くにいた警備隊隊長ロイが槍でニルガリアを激しく叩く。
ゲンプの豪剣とロイの槍技に、さすがにこれ以上は無理だと感じたニルガリアは呪文の詠唱を中断し、飛び退く。
軽く飛ぶような所作だが、それでもニルガリアは高い天井まで飛び上がり、そして、どんな魔法の効果なのか、天井に足を吸い付けて逆向きに立ってみせた。
「ふぅ、恐ろしい実力だ・・・束縛は無理であろう」
ゲンプは重く息を吐いて、ライオネルに手加減は無理だと進言する。
「そのようです」
ライオネルはゲンプの意図を正確に理解し、周辺を見回すと、状況はすでに乱戦となっていた。
ラフレスタ婦人のエトワールはグリーナに襲いかかり、次男のトゥールはアドラントとマジョーレに戦いを挑んでいた。
長女フランチェスカと五女ヘレーナは、ユヨー、カント、フィッシャーと対峙している。
(まさか姉妹で戦うことになろうとは・・・)
心優しきユヨーが抱く心の痛みを察するライオネルだが、だからこそ、と最後には自分が全て責任を持つべきだと改めて思い直す。
「相手の束縛は無理・・・ならば、死傷させることも厭わない。すべての責任はこの私、ヴェルディ・・・いや、ライオネル・エリオスが持つ!・・・だから、この場で全員が勝つのだ!!」
自ら鼓舞するため、ライオネルは敢えて大きな声で自分の決断を叫ぶ。
その自信に溢れた言葉は多くの味方を勇気づけた。
しかし、その言葉が癪に障るのは敵側の人間。
その敵が真っ先に襲い掛かったのはユヨー達に対してである。
「シャーーーーッ」
蛇のような奇声を挙げて飛びかかってきたのはヘレーナ・ラフレスタという十七歳の少女で、ユヨーの妹に当たる存在である。
ユヨーとよく似た華奢な少女の彼女だが、今は魔仮面の力により高い敏捷性を得た敵。
普段の彼女から考えられない素早い動きまわり、その鋭い爪でユヨーを切り裂こうと縦横無尽の攻撃を繰り広げる。
「ヘレーナ! 止めて」
ユヨーはそう叫ぶものの、それに耳を貸す現在のヘレーナではない。
魔法により硬質化させた爪を振るい、それがユヨーのアストロ魔法女学院のローブを切り、傷が刻まれる。
ユヨーの守りを受け持っていたフィッシャーがあまり得意ではない剣でヘレーナを迎え撃とうとする。
「この、お転婆の娘め!」
しかし、現在のヘレーナは、か弱く頼りないラフレスタ家の末娘ではない。
不慣れなフィッシャーの剣など自身の硬質の爪で絡め取ると、あっと言う間にフィッシャーの手から剣を奪い取り、空中へと放り投げた。
「わっ!」
フィッシャーが驚きの声を挙げるが、その直後、彼は衝撃に襲われる。
ヘレーナの蹴りが彼の側頭部に炸裂したからだ。
身長が低いヘレーナは自分が淑女である事も忘れて、スカートの中身を盛大に晒す派手な蹴り技を放つが、フィッシャーはその中を鑑賞する余裕などもなく、首ごと身体を盛大に曲げて空中を一回転した。
「フィッシャー!」
自分の学友が盛大に吹っ飛ばされたのを目にしたカントは彼の身を案じて叫ぶ。
そのフィッシャーは派手に回転した後に、床へと激しく叩き付けられたが、即死するほどのダメージではなかったらしい。
「うーーーっ、痛てぇなぁ! まったく。首が折れたらどうするんだよ」
こんな時でも口だけは達者なフィッシャーから抗議の声が聞こえる。
「無駄に頑丈な奴。殺してあげる」
ヘレーナはフィッシャーにとどめをするために、硬質の爪を突き出そうとする。
このときのフィッシャーはふらふらの隙だらけであり、このままならば凶器と化したヘレーナの硬質の爪によって貫かれてしまう。
ドスッ!
ここでフィッシャーに迫るヘレーナの爪の攻撃を防いだのは、意外にもカントである。
カントはいつも持ち歩くぶ厚い魔導書を投げて、ヘレーナの爪がフィッシャーを貫く前に、その長い爪に突き刺ささる。
ヘレーナは忌々しく顔を歪めるが、力押しですぐに決着がつかないこと感覚的に悟ると、大きく後ろへと飛び退いた。
そして、次の攻撃として矢面に出てきたのは長女であるフランチェスカ・ラフレスタ。
「光よ、貫け!」
魔法の呪文の結びの部分を唱えると、フランチェスカの求めに応じて魔法の光線による攻撃が炸裂した。
この光線は純粋に光のエネルギーだけではなく、収束した高熱も帯びている。
触れた者を焼き尽くす必殺の光線であり、普通の人間が接触すれば、只では済まない。
しかし、対するユヨーも、こと、防御魔法に関しては比較的に得意分野である。
「光を遮る闇の壁よ、我を守りたまえ」
魔法はユヨーの詠唱どおり発動し、光の魔法攻撃から味方三人を守る暗黒魔法の壁が現れて、フランチェスカの行使した魔法の光線を遮る。
「チッ! そう言えば、この妹、昔から防御魔法だけは得意だったことを忘れていましたわ」
フランチェスカはその秀麗な容姿に似合わず、忌々しく舌打ちする。
そんな実の姉妹に向かいユヨーは説得を行った。
「フランチェスカ姉様、お気を確かにしてください。ヘレーナもよ! どうして家族同士で戦わなくてはならないのですか!」
自分の姉妹をなんとか諭そうとするユヨーだが、その程度で相手の敵意が削がれるほど『美女の流血』の支配力は甘くない。
フランチェスカは「裏切者には死あるのみよ」と短くユヨーに吐き捨てると、攻守が入れ替わり、再びヘレーナが前に出てきた。
彼女は自分の爪に深々と刺さったカントの魔導書を投げ捨てるように振り抜き、再び切れ味鋭い硬質の爪を輝かせる。
ヘレーナの硬質の爪による攻撃は、光の魔法防御に特化した『闇の壁』では防御できない。
ヘレーナはいとも簡単に『闇の壁』を切り裂き、術者であるユヨーに危害を加えようとする。
「キャッ」
ユヨーはその爪が自分に突き刺さる事をイメージしてしまい、短い悲鳴を挙げてしまう。
しかし、それはまたしても未然に防がれる。
ガキーーン!
更新な金属同士のぶつかる音が響き、ユヨーを守ったのはマジョーレの戦槌だ。
「ふぃーー、間に合ったわい」
マジョーレは少し遠いところにいたが、ユヨー達が不利だと見抜き、駆けつけてきた。
老練の司祭は自身の持つ聖なる力の宿が戦槌を盾にして、ヘレーナの魔力の籠った硬質の爪に対抗する。
このマジョーレの戦槌を貫くには、いかに魔仮面と魔法薬で強化されていたとしても、ヘレーナの魔力では力不足だ。
そう感じるとヘレーナはまた下がり、そして、後ろで詠唱により魔法を溜めていたフランチェスカが前に出て、光の魔法を再び放つ。
その魔法攻撃をユヨーが魔法防壁を新たに行使して防ぎ、そして、また、次にヘレーナが前に出て、その魔法防壁を壊す。
そうするとマジョーレの戦槌が防ぎ、再びヘレーナが下がる・・・
こうして、千日手のような消耗戦が続けられるのであった。
同じような消耗戦はライオネル側でも起っていた。
「ゲンプ殿、助けてくれ」
その求めに応じてゲンプはライオネルに迫る必殺の複数の剣技を防ぐ。
ガン、ガン、ガン
複数の剣はすべて残像を残すほどの素早い剣劇であり、元をたどれば、その攻撃はひとりの男から繰り出されたものだ。
ひとりの男がひとつの剣をただひたすら早く振った結果がこれなのだ。
魔仮面と美女の流血という魔法薬によって強化されたニルガリア・ラフレスタは、現在、達人級の魔法戦士として君臨していた。
ゲンプはそんな達人級の攻撃を何とか防ぐ。
元々に大した剣技を持っていなかったニルガリアでさえも魔仮面を装着すれば、この場で強敵になっている。
そんなニルガリアのような存在が、他に四名も存在していた。
ラフレスタ婦人であるエトワールは、元々それなりに使えていた水の魔法が、魔仮面の力で達人級の魔術師になり、大魔導士であるグリーナと互角以上に渡り合っていた。
超高速の呪文の詠唱と複数魔法の重ね掛けという高等技を駆使して、当代のラフレスタで一番の存在だと言われた大魔導士グリーナとも互角以上の力で対峙している。
対する側のグリーナは顔色が良くない。
グリーナはエトワールからの魔法を自らの対抗魔法で対応する傍ら、人工精霊を数体使役していたからである。
人工精霊との魔力的なつながりを切ることもできるのだが、そうすると、制御が効かなくなり、表で戦う解放同盟の同志に攻撃をしかねないからである。
グリーナは自分が魔力行使の過多でオーバーヒートになりそうな頭を何とか酷使して、エトワールと対決していた。
そんな魔術師同士の戦いの傍らで、アドラントとロイはトゥール・ラフレスタの奇襲を受けていた。
トゥールの戦法は神出鬼没の速度重視だ。
風の魔法を纏った彼は予測不能の高速攻撃を繰り出しており、遊撃手としても一級だった。
それなりに剣の腕を持つアドラントや、頑丈な戦士ロイ、このふたりを相手にしても全く引けを取らない。
むしろ、魔法的な強化の無いアドラントやロイがトゥールに対応できている事の方が奇跡のような状況であった。
ライオネルが別の方向へ視線を移すと、ユヨー達と対決しているフランチェスカとヘレーナの姿が映る。
このふたりはエトワール、ニルガリア、トゥールと比較すると戦闘力は一段階低いように見えたが、それでもふたりで連携し、恐ろしい力を持つことに違いは無い。
ユヨーとマジョーレが善戦しているものの、既に持久戦のような戦いになっている。
相手の魔力枯渇を狙う戦法であることは明白なのだが、それを防ぐ手段が無い今、悔しくも有効な戦法である事をライオネルは否めない。
そして、そのライオネルは現在対峙しているニルガリアと目が合う。
相手はゲンプと一度距離を取り、ひと呼吸置いたところだったが、それでも全く疲れを見せていなかった。
「逆賊の叔父には、地獄の業火で罪を償ってもらうとしよう」
ニルガリアからその言葉が漏れた直後に彼の魔力の気配が高まる。
「不味い。散開!」
ライオネルの直感にゲンプは素直に従い、後ろへと飛び退く。
一瞬間を置き、ニルガリアの剣が燃え上がり、そして、そこから火の玉が打ち出される。
ド―――ン
ライオネル達が数舜前まで居た場所には火の玉の魔法が着弾して、大きく燃え上がる。
「魔法まで自由自在に使えるようになっているとは!」
ライオネルは忌々しく呟く。
元々、ニルガリアは魔法が得意ではなかった筈・・・しかし、これも魔仮面と魔法薬の力によるものに加えて、ニルガリアに与えられた魔剣の力による強化もあるのだろうと分析した。
ライオネルはこの厄介な敵をどうやって対処するか。
いや、どうやって自分達が生き残るかを必死に模索するのであった・・・
強大な剣と剣、魔法と魔法が交差しているこの現場で、自分の無力さに押し潰されそうになっていたのはカントだ。
彼はラフレスタから北にあるアトルという街に住む平凡な貴族の長男だった。
可もなく不可もない平凡なベテリックス家の長男として生まれ、今まで大人しく生きてきた。
カントの性格としては、派手なものを好まず、大人しく生きる事が彼の信条。
今までだって性欲よりも食欲、年頃の貴族のように派手に遊ぶ事もなく、ひとり部屋に閉じ籠り読書三昧の方が心の安らぎを感じていた。
ラフレスタ高等騎士学校に進学する事も、大した野心があった訳でもなく、親から進学を勧められたからだ。
自分が魔法陣関係の学問に興味があったのも幸いして、学業も成績は良かったため、入学の基本条件を満たしていた。
名門と呼ばれているラフレスタ高等騎士学校に入ってからも、カントの生活ペースは変わる事が無かった。
いつもながら、ゆっくりとした時間の中を生きる事に辛さはなく、むしろ、いろんな意味で狭い空間で生きる事を由としていた。
そんな彼の生活が変わったのはいつ頃からだろう。
そう、彼の中で生活のペースを乱され、様々な価値観を魅せられたのは、ここ三ヶ月間の交流授業の経験でもあった。
彼にもそれなりに自信あった魔法陣の知識だが、世の中、上には上がいる事をまじまじと見せつけられた。
まずはアストロ魔法女学院のハルという存在だ。
彼女は魔法陣に対して恐ろしい程の知識と経験を持ち、それに規格外の魔力も有している学者肌の女生徒。
しかも、彼女は自分の事を『魔道具師』と称しており、魔法陣を初めとする紋章学は自らの魔道具を具現化させるためのひとつの手段でしかないのだろう。
そんな片手間の彼女ですら、カントの持つ知識を遥かに凌駕している化け物だった。
驚いたのはハルだけではない、不屈の闘志と頭脳を併せ持つ剣術士アクトと言う存在。
彼はどんな困難な状況でも諦めないし、その時に自分ができる最善を尽くそうとしていた。
先日も、もしかしたら人外の存在ではないかと疑われていた白魔女に遠慮なく対決をしていて、そして、彼女と対等に渡り合える場所まで上り詰めたアクトの努力。(それでも相手の白魔女ハルは随分と手加減していたのだが・・・)
そんな実績は、おっとりとした性格であった筈のカントの中に、熱いものを感じさせるのに十分な刺激であった。
そして、アクトは白魔女の正体であったハルの心を射止め、そして、今のふたりは互いに肩を並べて共に同じ道を歩もうとしている。
まるで物語の主人公のような話だが、それだけに、目の前で起きている事が果たして現実なのかと思えるほど熱狂できるものだ。
カントの心情に影響を与えたのは彼らだけではない。
同じ学友であるインディ、セリウス、フィッシャーとはこの交流授業が切掛けとなり、多くの事を話すような仲になった。
彼らの価値観は様々だか、それでも、女好きのフィッシャーの話でさえ、愚かだ、と思う事はなく、自分の中にもストンと入ってきた。
カントは自分の中で視野が広がっていくのを感じていた。
カントは元々、友達が多い方ではなかったが、それでも、彼らとの付き合いを長く続けていきたいと思えるほどに友情が芽生えているのを感じていた。
そして、アストロ魔法女学院の女生徒も、彼に大きな刺激を与えていた。
特に、ユヨー・ラフレスタという女性。
身分も違い、ラフレスタの頂点に君臨している貴族の四女という格式高い彼女でありながら、人に対しては謙虚であり、優しい女性だった。
あまり会話上手でないカントに対しても、分け隔てなく話かけてくれる存在でもあり、自分と同じく読書や魔法陣学に興味のある彼女は、カントに対しても優しかった。
カントは自分でも気付かないぐらいに、ユヨーに対して淡い恋心を抱いていた。
貴族としても身分の違う恋。
決して実らない恋だと、心のどこかで気付いていた事だから、そっと見守ろうと・・・そう思っていた恋心。
せめて自分は彼女の為に何かしようと、いつも思っていた。
それが今なのかも知れない。
しかし、強大な魔法と凶悪な爪の攻撃が入り乱れる現場で攻撃魔法にも荒事にも苦手なカントができる事など、殆ど無かった。
ユヨーの顔を見ると、彼女が疲労困憊しているのは嫌でも解る。
あと数回、フランチェスカからの光の魔法を防げば、ユヨーは魔力切れで気絶してしまう事は明白だった。
それは彼女の敗北を意味し、そして、彼女が自分の肉親によって殺されてしまう事も意味していた。
それだけは何とかできないか・・・
(考えろよ、考えるんだよ!)
いつものカントは事の成り行きに身を任せる性格であったが、この時だけは自分にできることが何か無いかと必死に考える。
これほど必死なったのはカントにとって生まれて初めての経験であり、彼の頭の中で必死にあらゆる可能性を検討する。
そして、やがて、閃きがひとつ見えた。
(強力な魔法・・・単調な攻撃・・・そうだ。あの時と一緒。人工精霊との戦いと!!)
「フィッシャー! 人工精霊の時と一緒だ。やれるかい?」
カントは思いついた事をいろいろとすっ飛ばし、近くで同じく歯痒い思いをしていたフィッシャーに叫ぶ。
初めは何のことか訳の解らない顔をしていたフィッシャーだが、それでもカントが言わんとしている事をしばらくして理解する事ができたのは、同じ戦場で経験した事によるものであろう。
フィッシャーは頷くと、手で印を結び、魔法の呪文の詠唱を始める。
カントも自分の意図がフィッシャーに伝わったことを確信し、自分の分担である魔法の詠唱を始める。
ふたりが突然に詠唱を始めたが、そんなことをいちいち気にするフランチェスカでは無い。
彼女の中でカントとフィッシャーは雑魚扱いであり、目前で対処しなくてはならないのはユヨーとマジョーレなのだ。
彼らが一体何をしてくるか解らないが、それでも魔仮面の力を得た今、その攻撃を視認してから対応をしても十分に対応可能だと判断した。
フランチェスカはそう考えて、目前のユヨーを倒す事に専念する。
「もう、そろそろ駄目なのでしょ。諦めなさい」
フランチェスカの予想どおり、ユヨーはもう何度目になるか解らない光の攻撃魔法を防いだが、身体はふらついていた。
魔法行使過多による魔力枯渇の初期症状である。
もう、こうなると魔術師は隙だらけとなり、負けの状態なのだ。
「さあ、最期はさめてもの情けよ。苦しまないで逝かせて差し上げるわ」
フランチェスカは獰猛に舌舐めずりをすると、今まで以上に強い魔力で詠唱を始める。
そして、素早い詠唱はすぐに印を結び、このときのフランチェスカの最大級の魔法の光状が失神寸前のユヨーを襲おうとしていた。
「それは、させない!」
そこに立ち塞がったのはカントとフィッシャーの魔法。
彼らの魔法が完成し、二人の手と手から出た魔力が結ばれると、半透明の魔法の壁が現れる。
「行けーっ! 魔法反射」
カントの叫びに応じるように半透明の壁は光を増し、そして、フランチェスカの光の魔法を跳ね返した。
「なっ!? ギャーーーー!!!」
女の悲鳴が獣のように木霊する。
跳ね返された光の魔法はフランチェスカの魔仮面の左半分に直撃していた。
凶悪な熱線を帯びた光の魔法はフランチェスカの魔仮面に深刻なダメージを与え、無数のヒビが入り、やがて粉々に吹き飛ぶ。
まるで光線に質量があるように、フランチェスカは後ろに仰け反り倒されて、その射線は次の攻撃を控えていたヘレーナの腕にも偶然命中する。
「ヒッ!!」
ヘレーナは予想外の攻撃に驚き、声を短く発したが、彼女の意識はそこまでだった。
光線は無情にも彼女の細腕を焼き切り、その右手が吹き飛ぶ。
右腕が切断される痛みに耐えられるほどヘレーナの脳は我慢できない。
そして、魔法の光線はまだ勢いを失っておらず、カントとフィッシャーが施した魔法反射の結界内に蓄えられていた。
結界を微妙に動かし、射線を変更するカントとフィッシャー。
「ぐわ!」
「どうして!!」
「いやっ!」
こうして、不意打ちに近い形で、その光線はニルガリア、トゥール、エトワールの順に命中する。
元々、戦いが拮抗していた三人。
この隙を見逃すライオネル達ではない。
「うおおおぉぉぉ!!!」
ライオネルとゲンプ、アドラント、ロイの四人は雄叫びと共に倒れた敵の三人に襲い掛かり、武器を蹴り飛ばし、相手に馬乗りになって魔仮面を両手で顔から引き剥がした。
敵の三人は魔仮面が外れると、それまで纏っていた強大な魔力の気配が一気に霧散する。
そうなると、形勢が一気逆転。
彼、彼女達の魔力は途端に低下し、一般人並みの攻撃力しかできない。
ここでグリーナの土魔法が炸裂し、彼らの腰に戒めが掛けられて、拘束が成功する。
これで勝負あった。
その光景から目を離さないようにしていたカントであったが、緊張していた彼の自分の顔に誰かの手が触れたのを感じて、ようやく息を抜く。
その手をかざした相手に目を移すと、そこにはやや疲れた表情をした美姫がいた。
「カント・・・勝ちましたね」
短くそう告げてくるのはカントが守りたかった女性だ。
「ええ、そうです。何とかなって良かった。ユヨーさん、僕は格好良かったですか?」
「『さん』付けはダメっ言いましたよね」
ユヨーはそう優しく囁き、そして、カントの問い掛けに口付けで返す。
このとき、カントは彼女の大胆な行動に驚くが、やがて、彼も少し力を込めてユヨーの接吻を受け入れた。
彼女を愛したいと思えた。
それはカントの素直な気持ちであり、言葉など無粋のように思える。
ユヨーも同じ気持ちである。
こうしてようやく生きる実感が、熱い想いが、ふたりを支配していく。
周囲も、これで戦いに勝てたと言う雰囲気に溢れ、気が緩んでしまった。
ここで、後にラフレスタ領の守備を総括する立場に就任するアドラントが、この時の事を生涯後悔するような事件が起きてしまう。
魔仮面を剥がされて弱っている筈のエトワールが、最後の力を振り絞り魔法の攻撃をしてきたのだ。
「私達がただ負ける訳にはいかないの・・・せめてもの道連れよ!」
ここで彼女の標的に選んだのは、自分達に最も深刻な危害を加えたラフレスタ高等騎士学校の青年カントである。
エトワールの放った水撃の柱は、魔仮面を剥がされて威力は大幅に低下していたが、それでも無防備なカントに危害を与えるに十分な威力であった。
ドンッ!
鈍い音ともに無防備なカントの背中に当たった水撃の柱で、彼の内臓は強い衝撃を受ける。
「ぐはッ!」
強い衝撃とともに激しい痛みが彼を襲い、そして、大量の血が口より溢れた。
それを見て、エトワールが満悦になる。
「ふふふ、あなた・・・私達は負けてしまいましたけれども・・・少しは道連れを連れていきますわ」
そんな恍惚な表情を浮かべて、敵のひとりを倒せた事に満足するエトワール。
これを見たアドラントは地面に寝そべり、腰を拘束されながらも魔法を放ったエトワールに対して憎しみが芽生えた。
そして、怒りのあまり彼女を激しく蹴り上げる。
「この悪党めっ!」
「うぐっ!」
脇腹を蹴り上げられたエトワールは、堪らずに胃の内容物を吐き出して、気絶してしまう。
その後は同じ不意打ちが行われないよう、残された三人の敵を厳重に拘束するため、現場は騒然となったが、ユヨーだけは時間が止まってしまった。
「・・・そんな、カント! カントーーーーっっっ!」
彼女は涙が止まらず、自分の腕の中で血を吐き続ける最愛の男の名を必死に叫ぶのであった。