表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第十章 ラフレスタの乱
114/134

第十五話 守護者との戦い(其の二)

 

「キリア、早く治療を!」

 

 アクトはどんどん容態が悪くなる白魔女を助けるため、この場で唯一の解毒の専門家である彼女の名前を叫ぶ。

 キリアも自分が必要な場面であることは承知しており、いつものような少し鍵の掛け違えた言葉のやり取りをする事もなく、すぐに白魔女の解毒を始めた。

 

「これは・・・新種の毒です」

 

 キリアが一見してすぐに解ったのだが、白魔女の受けた『美女の流血』と呼ばれる毒は、彼女の豊富な毒の知識のどれとも特徴が一致しなかった。

 しかし、ここで根を上げるようでは一流ではない。

 キリアは何かの手掛かりは無いかと、可能性に賭けて様々な施術を彼女に試し始める。

 心配そうに白魔女ハルの手を取り、見つめるアクトだが、そこに警告が飛び込んでくる。

 

「アクト! 危ない!!」

 

 直後に、ガキーーンという金属同士がぶつかる音が聞こえて、アクトは条件反射的に飛び上がった。

 数刻前までアクトの身体があった場所を短剣が通り過ぎる。

 近くにいたフィーロが防がなければ、後れを取るところだ。

 その短剣を振りかざした相手がアクトを睨む。

 

「アクト、そんなにその女が大切?!」

「サラ、止めろ!」

 

 倒れている白魔女のハルに更に斬りかかろうとするサラを、アクトは体当たりでけん制する。

 単純に身体の軽いサラは力負けして飛ばされる。

 それを機にキリアが神聖魔法の呪文を唱えた。

 

「神よ。我らを守り給え」

 

 彼女の祈りは正しく神に伝わり、白銀の半透明の膜がキリアを中心として広がる。


 これは『神の箱舟』と呼ばれる神聖魔法。

 これはアクトが教科書で観るほどに有名な神聖魔法であり、しかも上位魔法に分類される防御魔法だった。

 物理的、魔法的な攻撃から身を守る防壁として最上位に属する魔法であり、キリアの才能がいかんなく発揮された結果である。

 

(あれならば、しばらくは大丈夫だろう)

 

 アクトはそう思うようにして、一旦はハルの事をキリアに任せる。

 今の目前に迫るのは、そうしなければならない程の強敵になってしまったサラである。

 かつての自分の幼馴染は無慈悲な暴力を手に入れて、そして、その意思を大きく歪ませてしまっている。

 自分でも相手を殺さずに無力化する方法は一体どうしたらいいのかが解らない程であった。

 脇を見ると、ロッテルはカーサと呼ばれる三人目の魔女と対峙しており、向こう側では他の学生達がエリザベスと対峙していた。

 一時はアクトを守ったフィーロも現在はローリアンが居る学生達に加勢へ向かっている。

 ここは自分で抑えないと。

 アクトは目前のサラを目にしてそう決意する。

 

「サラ、止めるんだ。今すぐその仮面を外してくれ」

 

 アクトの心から懇願もサラは暴風の魔法で返してくる。

 当然、アクトの魔力抵抗体質の力で無力化されてしまうため、アクトに害はない。

 しかし、あからさまに拒絶の意思で示された事による心の痛みは消える事が無い。

 

「アクト、アナタは私が殺してあげるわ。そうすれば、アクトは永遠に私のモノ。もう二度とあの女の手には渡らない」

 

 サラは深い愛情故による狂気の論理でアクトにそう述べると、自ら魔法の風を纏い、アクトに襲いかかってくるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? ここは何処?」

 

 ハルは急に浮揚感を感じて目を開ける。

 先程までカーサの毒に犯されていたはずなのに、今は妙に身体が軽いと思った。

 カーサの毒『美女の流血』は支配系の魔法が練り込まれた魔法薬なのは、それを受けてすぐに解った。

 マクスウェルの記憶を見たときに得た情報にもあった事だからだ。

 詳細な成分については目下のところ不明だが、マクスウェルの記憶から読み解くと、カーサが今まで他人の支配で失敗事例は無い事から、かなり強力な支配手段だと言えるだろう。

 それが自分の身体内に侵入して、驚異的な支配力を有していると改めて思う。

 内なる声が、支配に屈せよ、心を開けよ、身を預けよ、そうすれば楽になるぞ、と囁いてくる。

 抵抗すればするほど底なし沼に沈んでいくような感覚を覚え、ハルには経験がないが、きっと麻薬の常習者も似たような状態になるのだろうと思った。

 しかし、今はどうだろう。

 身体は軽くなり、あれ程に自分を悪の道へ引きずり込もうとしていた声はピタリと止む。

 

「私・・・死んだのかな?」

 

 呑気にそんな声を出してみても、何故か実感は無い。

 まるで自分の魂だけがここに存在しているような感覚。

 白い世界にひとりだけポツンと存在していた。

 本当に死んでしまったのかと思い始めた矢先、白い世界が晴れてくる。

 そして、自分は空中にいた。

 眼下に広がっているのは人の世界。

 いろんな人が争い、笑い、そして、愛し合い、憎しみ合い・・・

 世界の縮図がそこに広がっていた。

 その上に自分が立つ。

 そして、自分の足元には道があった。

 後方を振り返ると、アストロ魔法女学院の学生生活が見えて、更にその後ろにはリリアリア師匠と過ごした数年間があった。

 

「これは・・・わたしの歴史・・・かな?」

 

 疑問符を頭に浮かべながらも、改めて自分の正面に向く。

 そう、後ろが過去ならば、前は『未来』だからだ。

 道は足元からふたつに分かれ、そして、その先は幾枝に分かれながらも、最後にはひとつにつながっていた。

 そして、そこには生き別れた父と母、そして、弟の姿が見えたりする。

 

「ああっ、父さん、母さん!」

 

 ハルは懐かしさのあまり、涙が出そうになった。

 しかし、彼女が感傷に浸るよりも先に、自分の肩に誰かの手が触れられる。

 それは突然の事であったが、ハルは不安に感じる事もなく、また、逆に希望も感じず、不自然なほど自然な感覚・・・

 振り返ると、その女が存在していた。

 後から、顔はどうだったかと問われれば、全く特徴を覚えられなかったが、今の瞬間には彼女の顔が鮮明に解った。

 白銀の流れるような長い髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ女性。

 鼻はすらっと高く、顔立ちの整った美人。

 もし、ここに白魔女の正体を知る以前のアクトがいたのならば、これが仮面を着けていない白魔女と言う女性の素顔だと思っただろう。

 本物と少し違いがあるとすれば、左の目元に泣きボクロがひとつある事。

 そして、次にハルが思った事は彼女とは一度会ったことがある、と言う事実・・・

 父の研究室での事件の際に現れた謎の美女だと・・・しかし、ハルはその事をすぐに忘れた。

 気にならなくなったと言った方がいいのかも知れない。

 そんな彼女はハルに向けて言葉をかけてくる。

 それは友好的に、違和感なく、相手から疑う心を許さないように・・・

 

「よく来たわね、ハル。今回は特別よ。貴女はここで道を選ぶ権利を与えましょう」

 

 彼女がそう優しく囁くと、ハルの目前に広がる道のうち、ふたつが目立つようにして現れた。

 

 足元からふたつに分かれた大きな道はそれぞれ別々の経路だったが、最後にはひとつのところにつながっていた。

 それは生き別れた父、母、そして、弟が待つところである。

 ひとつの道は、ほぼ直線的にそこへ通じる道。

 目的地まで最も近く、効率的な経路だと言える。

 しかし、その道は多くの血に溢れ、屍を超えて行く道だ。

 他人を蹴落としてでも進まなくてはならない覇道でもある。

 そして、もうひとつの示された道は・・・まるで険しい山を越えていくように曲がりくねった道である。

 そこには、多くの出会いや別れがあり、物語もあった。

 最後の目的地に一度近付けたかと思えば、また離れるし、その先も多くの分岐点が存在している。

 まどろっこしくて非効率的な経路。

 効率重視のハルならば絶対に通りたくない道だった。

 

「このふたつから、ひとつを選べと言うのね」

 

 ハルは振り返らなかったが、後ろ女性が肯定したことは何となく解った。

 

「私はこちらを選ぶ・・・」

 

 ハルは悩まずに即答する。

 彼女が選択したのは曲がりくねった複雑で非効率な道だった。

 何故なら、何故ならば・・・

 

「この道にはアクトが必ず居るから」

 

 彼女が選択したその理由を言葉にする。

 たとえ長い道でも、彼がいれば、彼さえいれば、それで良い・・・そう思った・・・心から。

 

「解ったわ。やはり貴女はこちらを選んだのね」

 

 隣の女性の声もハルの選択結果に何処か安心している様子。

 

「良かったわ。貴女を選んで・・・」

 

 その声を聴いたハルは、どうして良かったのかと思われた理由は解らなかったが、自分が振り返るよりも早く後ろ女性の姿は周囲の白い風景と一体化してしまい、瞬く間に淡く消えてしまう。

 こうして、また、ひとりの世界に戻ったハルだが、心に不安な気持ちは既に無い。

 

「さあ、進みなさい・・・それが貴女の選んだ道よ・・・」

 

 空間の何処となくから女性の声が響き、ハルの視界はどんどんと狭まり、やがて・・・暗闇に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハルが再び眼を開けた時、そこに飛び込んできたのは必死に叫ぶキリアの姿だった。

 

「ハ、ハルさん! ああ、よかった。気が付いた! 心臓が止まってしまった時はもう駄目かと思ったのですが、奇跡が起きました! 嗚呼、敬愛する女神様、ありがとうございます」

 

 大袈裟に叫ぶ彼女をぼんやりと他人事のように見ながらも、ハルはまだ回らない頭で意識を覚醒しようとする。


(女神・・・女の声・・・・誰・・・だったかしら・・・道・・・遠い道)

 

 ハルは自分で自分の脳が混乱している事を客観的に捉えつつあった。

 

(私・・・戦って・・・傷・・・毒・・・アクト)

 

「アクト!」

 

 その名を口にしたとき、ハルはガバッと起き上がる。

 現在の状況を即座に思い出したからだ。

 自分は影の魔法陣に潜んでいたカーサと名乗る三人目の魔仮面の女が、毒の短剣をアクトに突き立てようとしていたのをいち早く察知して、アクトを庇った。

 その結果、不覚にもそこでカーサの毒の短剣を受けてしまい、濃縮された『美女の流血』毒の影響を受けて瀕死の重傷を負ってしまったこと。

 どうして自分が助かったのかが、いまいちよく理解できていなかったが、現在は毒の影響が何も残らない事を直感的に理解していた。

 一瞬だが意識を失っていた時に・・・何か重要な・・・何かとてつもない存在と会っていたような気もする。

 しかし、それが何だったかを思い出す事もできない。

 何か重要な選択をしたような気もするが、それが何だったのかも解らない。

 とても引掛かりを覚えたが、しかし、今はそれどころではない。

 半透明に光る神聖魔法防壁の先で、守護者と呼ばれる三人の魔女がそれぞれと戦っている光景が目に入ってきたのだ。

 今、自分がここでやらなければならない事はただひとつだと思う。

 

「アクト。今、助けるからね!」

 

 

 

 

 

 

 キリアが神聖魔法による防壁を張った直後、サラはアクトに襲い掛かった。

 彼は自分の幼馴染であり、できることならば手に入れて独占したい相手である。

 誰にも邪魔されずに、彼を持ち続けること。

 その最善の方法とは、自分が相手の命を奪うしかない、そう思った。

 そのためには戦い勝たなくてはならない。

 幼い頃から知る彼は、戦闘に関して天才的な才能があった。

 特に魔法防御に関しては無敵であり、彼は魔力抵抗体質者の超一流の家系として生まれているのだ。

 魔法で彼を屈服させるのは早速無理な事だと早々に諦めた。

 そうなれば、魔法以外の方法で彼を倒すしかない。

 そのためにサラは自分で自分の風の魔法を纏うことにした。

 そうする事で俊敏性が瞬く間に上昇する。

 今の彼女は人の感覚でついてくることができない程の速度で移動する事ができ、アクトを翻弄する事ができると思った。

 身体の節々が耐え難い苦痛を発しているが、それは魔法で無理やり身体を動かしているからだ。

 気にする程の事ではない。

 そして、自分は幸運にも強力で逸品な魔剣を持っている。

 ただの魔法を付与しただけの魔剣ならば、おそらく相手の魔力抵抗体質により、文字どおり刃が立たなかっただろう。

 しかし、自分が持つこの魔剣は魔法が無くても切れ味抜群の名剣だ。

 斬れば、当然、肉を裂くし、血も流れる。

 素早い動きで彼に近付いて、一太刀浴びせては、また、遠くに離れる。

 それを高速に、人の感覚で追いつかない程の攻撃を繰り返せばいい。

 ほらね。

 アクトはどんなに素晴らしくても、所詮は人間なのよ。

 私の早業に全然対応ができていないわ。

 ほぼ勘のような動きで剣を振い、私の短剣を巧みに防いでいるようだけど、私の方が若干早い。

 少しずつだけど貴方を斬り刻んでいるわ。

 このまま続けていれば、いずれ私が勝つ。

 ああ、なんて! なんて素晴らしいの!

 これでアクトは私のモノ、すべて私のモノになるのよ。

 そうやって自分の勝利を確信していたサラだが、ここで予想外の事が起こる。

 

「アーーークーーートーーーーッ!!!!」

 

 女性の大きな叫び声が聞こえたかと思うと、突然に爆発が起こった。

 いや、正確に言うと、敵の修道僧が張った神聖魔法の防壁の中より光が放たれたのだ。

 そして、文字どおり光の速さで飛び出してきたのは白魔女のハル。

 

「えっ!?」

 

 短い疑問符のような声を反射的に漏らしてしまうサラだが、それがこの場で発した彼女の最後の言葉となる。

 飛び出してきた白魔女の手には長くて白い魔法の杖を持っており、これがサラの装着している魔仮面の中央へ突き立てられた。

 

バーーーーン!!

 

 凄まじい打撃音と共に、サラの首は大きく後ろへ跳ね飛ばされる。

 ハルの『突き』は一撃でサラの意識を奪うのに十分な威力だったが、その衝撃力はそれだけに留まらず、魔仮面がサラの顔から剥がれ、そして、粉々に砕け散る。

 『心の共有』という魔法の儀式のお陰で、アクトがハルの全ての記憶を知るのと同じく、ハルもアクトの記憶をすべて共有している。

 その結果、アクトが伝承するブレッタ流の剣術の心得をハルも理解できていた。

 そして、今、放ったのはブレッタ流剣術の『突き』の技なのである。

 魔法の杖を武器代わりに即席で実行した技であったが、元々は先端の一点にのみ衝撃力を集中させて、相手の強固な防具を破壊する技である。

 今回は鎧代わりに銀色の魔仮面がその対象となったが、その技が功をきたす結果となった。

 相手の顔や脳など重要な器官に一切危害は加えず、衝撃だけで脳を揺さ振る事で相手の意識を確実に奪う技となった。

 そして、外套部の魔仮面を破壊する事で、サラ自身に与えられていた強化魔法も無効化する。

 その突きの技は複雑で緻密な技量が必要とされていたが、アクトの経験と技をハルがトレースする事で成功させている。

 この技がうまく決まったのを確信した白魔女ハルはもうひとつの目的を果たすため、空中で華麗に後ろ向きに一回転し、アクトの傍に降りると、アクトの顔を手に捕えて、そして、熱烈な口付けを行う。

 

「え!? な、何を・・・・」


 突然の彼女の行動に驚くアクトだが、それでも彼女の好きなようにさせた。

 薄い接吻だったが、アクトにはハルの温かい何かが流れ込んでくるような気がして、深い愛を感じる事ができた。

 ふたりが口付けを許したのは一秒にも満たない短い時間だったが、それでもハルは十分。

 彼女はアクトを解放して、ただ一言だけ述べる。

 

「補充よ。アクトの補充」

 

 魅力的なウインクをする白魔女ハルの姿に、アクトも笑みで返す。

 詳しい理由は解らなかったが、ハルがアクトを欲していたのだ。

 それに応えてやるのが自分の務めだとアクトは思う。

 そして、そんな彼の行動は敵のサラの目前に見せつける事となる。

 ほとんど意識を失っているはずの彼女なのに、何故か一筋の涙が彼女の頬より流れ落ちてしまう。

 まるで恋に破れた女子の如く・・・

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ