第十話 白魔女対策
立ち上がった拍子に椅子を跳ね飛ばすという、子供じみた行動で皆の注目を浴びたアクト達だったが、その後、跳ね飛ばした椅子を回収して着席すると、大人しく別の会話をして、皆からの注目を躱し、やがて食堂はいつもの喧騒へと戻った。
皆の注目が無くなったのを確認したところで、サラは小さい声でアクトを叱る。
「まったく、何やってんのよ!」
「すまない。つい興奮してやってしまった」
アクトも謝りつつ、インディに言葉を促す。
「それでインディ。良い方法ってどういう事なんだ? 教えてほしい」
インディは頷きながらアクトに説明する。
「それはアクト。お前がやった事にヒントがあったんだよ」
「ヒントだって!?」
「ああ、昼前の授業でお前、俺の魔法を切っただろ。白魔女にあれを使えばいいんだよ」
「いや、あれはサラの助けなしにはできないし。そもそも、白魔女が火とか氷とか実態のある魔法を使ってくるのだったらまだしも、この前みたいに眠りの魔法とか使われたら、手も足も出ないで終わってしまうぞ」
このアクトの指摘に対して、インディは、そうじゃない、と言う。
「アクトは魔法が得意じゃないから説明が難しいんだけど、眠りの魔法や暗闇の魔法とか広域に作用する魔法は無暗矢鱈と仕掛ける事はできないんだ。例えば、このテーブルとか、あのテーブルとか、ある程度領域を絞り込んで空間に魔法を撃ちこんで行くのさ」
インディは指でいろんなところを示して魔法を流し込むイメージを説明する。
「インディの言うとおりよ。どう言えばいいのかしら、まず魔力で魔法の道を作ってから、そこに魔法を流し込んで行くような感じかしら」
サラも同じ魔術師であるため、インディの言わんとしている事を良く理解しており、なんとかアクトに解ってもらうためにその事例を説明する。
「自分から離れたところに、いきなり魔法を発現させるって、とても大変なことなの。できなくはないけど、とても魔力を消費するし、効果も弱くなるわ。だから普通は自分の近くで魔法の元を作って、その後に魔法が進む道を作って、そこに魔法を流し込むような感じかしら?」
「それじゃあ、白魔女が使った睡眠の魔法も・・・」
アクトの問いにサラとインディは頷いた。
「そう。魔法による空間への干渉があったな。もっとも、狙われたと思った瞬間、眠りの魔法がきて抵抗空しくやられてしまったけどね」
「私も感じたわ。同じく抵抗しようとしたけど、圧倒的な魔力に押し切られちゃった。あれを躱したり、中和したりって無理よね」
実際にやられた二人は魔術師だから自らの持つ感覚で白魔女から魔法の干渉があったことをよく理解していた。
多量の水が押し寄せる川の流れを小さな盾一枚で防ごうとしても全く無駄であるように、押し寄せる強大で多量な魔力に抗えなかったのだ。
「白魔女はアクトにも狙いを定めていたはずだ。アクト、白魔女に何か言われなかったか?」
インディの問いにアクトはその時の情景を思い返す。
「そういえば『あなたには効かない』的な事を言われたような」
「やっぱり、そうか」
「アクト、お前の一族は『魔力抵抗』を持っているよな。あの時、それが作用して白魔女の魔法を防いだんだよ」
「でも俺、最後には魔法にやられちまったぜ?」
「ああ、でも『最後には』だろ。その時、何をやられた?」
「えっと・・・そうだな・・・。身動きを止められて、最後に頭を指でツンとされて終わりだった」
アクトは自分の指で額をツンツンとする仕草を見てインディはやっぱりと思う。
インディは自らの仮説を説明し始めた。
「つまり、白魔女は他の奴らと同じようにアクトを眠りの魔法で仕留めようとした。しかし、アクトは魔力抵抗体質者だ。遠隔の魔法では効かない。そこで白魔女は作戦を変えてきた。まず拘束の魔法をどうやってかけたのかは解らないけど、アクトの身体に直接作用しない何らかの方法でアクトの自由を奪う。身体の自由が奪えた事を確認すると、自ら接近して、アクトの体内に魔法を直接注入した。まだ完全に証明されている訳ではないけど、魔力抵抗体質者は身体の表面に魔力を中和する結界が常時展開されているのではないかと言われているらしい。つまり、それを突破できば魔法は成立する。白魔女はアクトの額に指を押し当てる事でそれを実行したのだと思う。そうじゃないとアクトに魔法がかかるとは思えないしね」
「そういえばあの時、白魔女は『俺みたいのが稀にいる』とか言っていた・・・」
徐々にアクトはあの時の白魔女とのやり取りを思い出していた。
「つまり俺は、初めに身体の自由を奪った術と、最後に貰った一撃され凌げれば、あの白魔女にも勝てる可能性がある!?」
「そうだアクト。でも、最後の一撃はおそらく今のアクトがどう鍛えても耐える事はできないと思う。むしろ、最後の一撃を貰う前にケリをつけるべきだ。そうなると、初めの身体の自由を奪う魔法を対処すべきだ。そこでさっきの話に戻るが、なんて言おうか?『魔力切り』とでも呼ぼうかな? あれを使って白魔女からやって来る魔法をドンドン撃ち落とすんだ」
「それって、白魔女が放つ『睡眠』とか『威圧』の魔法をアクトに無効化させるって事?でもアクトって魔力感知が苦手よね?」
サラが疑問を投げかける。
「そうだね。でもアクトだって魔力の存在が全く解らない訳じゃないだろ?」
アクトは頷く。
確かに解り辛いが、魔術師が自分に魔法を仕掛ける際にムズムズした感覚を感じない訳でもない。
「ならばできる。少なくともできる可能性はあると思う」
インディの言葉にアクトの目がキリっとなった。
それを見たサラは「あ~あ。この人、本気になっちゃったわよ」とため息交じりに愚痴を口にする。
そう、こうなったときのアクトは実に面倒くさい。
おそらく、寝食を忘れて特訓するだろう。
「やる気になったみたいだな」
サラとは対象的にインディはニコっと笑顔になる。
インディは友人たるアクトが困難を乗り越えてまたひとつ大きくなるのが嬉しいのだ。
アクトは周囲から「無理だ」と言われているのを、自分の努力で次々覆してきた実績があった。
もちろん、論理的に無理な事を実現できる訳はいないが、インディはこの友人が「自分にはできる」と解った時、それを本当に努力して乗り越えるのを知っていた。
そして、必ず成果をものにしてきた天才でもある。
アクトがどこまで高みに行いるのかを見てみたいし、アクトが頑張る事で自分達も良い刺激を受けているのも事実であった。
「白魔女から来る魔法をドンドンと撃ち落とすんだ。アクトなら防御と言われている魔力抵抗体質の力を攻撃に使えんじゃないか?」
「攻撃する魔力抵抗体質の力・・・か・・・」
インディの言葉に何かの閃きを感じるアクト。
「そうだ。そうするとヤツは焦りだす。きっと遠隔魔法では無理だと思いはじめて、接近して魔法を打ち込もうとするはずだ。そうすれば好機。接近戦こそアクトに有利な戦場だ。彼女の魔力の込められた指による攻撃さえ防げば、あとは非力な女魔術師に過ぎないさ。捕まえて張り倒すのもいいし、押し倒すもよしさ。いい女らしいからな」
フフフと少しだけお道化るインディだが、彼は根っからの優男であり、そこに厭らしさは無い。
巷の女性ならば、彼の爽やかな印象に心がときめいただろう。
しかし、幼馴染のサラという女性にはインディの爽やかな笑顔に何の効果もない。
「まったく、あんたは何を考えてんのよ!!」
サラはムスっとしてインディを睨みつける。
女子がいても言動に全く気を使わないこの優男に鉄拳制裁を加えてやるべきかと・・・
しかし、当のアクトはインディの冗談に応えず、真っすぐ真面目にこう言い放つ。
「俺は女性にそんな事はしない。ただし、白魔女には罪を償ってもらう。魔力封じの腕輪を付けてお縄について貰うだけだ」
アクトは真っすぐ真面目に答えた。
「やっぱりアクトね。インディとは違い男の中の男だわ。白魔女が惚れないか? 心配だけどね・・・」
サラは何故か偉そうな態度になり、インディにアッカンベーする。
インディは「真面目に答えられると、自分の立場が~」とショックを受けた振りをする。
貴族と言っても気心知れた歳相応の男女であり、これがいつもの三人のやり取りなのだ。
アクトはこのやり取りを経て自身の心が少しだけ明るくなるのを感じた。
白魔女のお陰で今まで自分は随分と気を張っていたのだろうか。
いつもの調子を思い出させてくれたこの二人の幼馴染に感謝の言葉を忘れない。
「インディ、サラ、ありがとう。さて、先生に放課後の演習場の使用許可をもらってくるか」
「言うと思った!」
「えー、やっぱり!? 私、今日は早く帰りたかったのに・・・でも、私の特訓は厳しいわよ」
インディもサラもこの先アクトがどういう行動するかは幼馴染みだけに既に解っていた。
彼らはいろいろと口から文句を言うが、アクトの求めを拒否したりはしない。
何故ならば彼らは親友だからだ。
アクトはこんな自分に付き合ってくれる彼らに感謝しきれない。
いつものように彼らに礼を述べると、食堂から出て教職員のいる校舎を目指す。
(この関係がいつまでも続くと良いな・・・)
アクトはふとしたそんな想いが、初夏の霞がかかった青白いラフレスタ空へと消えていくのであった。