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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第十章 ラフレスタの乱
107/134

第八話 戦場へ

 

「それでは行きます」

 

 白魔女となったハルは日の暮れたラフレスタの夜空へ魔法で飛び上がる。

 彼女を初めとした解放同盟の獅子の尾傭兵団攻略部隊はラフレスタ第二地区の東側に存在する獅子の尾傭兵団の本拠地近くの場所に布陣していた。

 この部隊は同盟に加わった学校関係者が主として構成されており、今回の事件の黒幕と評される獅子の尾傭兵団と対決する部隊である。

 数日前より一万人以上に増員が成された傭兵団は暴力の象徴であり、学校に大挙して押し寄せて、適当な容疑をかけて魔術師素養のある人材を拉致し、そのときの騒乱で多数の人間を死傷させている。

 当然だが、学校関係者は彼らを深く恨んでおり、やっと仕返しの機会が巡ってきたと熱気に溢れていた。

 しかし、相手は大群である。

 何割かがラフレスタ居城と外部の警備に出向いていると事前の情報を得ていたが、それでも残りが守るこの本拠地を目にすると、どうしても尻込んでしまうのは仕方の無い話である。

 そこに現れたのが白魔女。

 この場で初めてその姿を見た者もいて、部隊は再び熱気に包まれていた。

 特に数多くの敵兵を捕える大活躍したアストロ魔法女学院の関係者には受けがよく、白魔女を称える声もチラホラと聞こえていたりする。

 ハルからの希望もあったが、グリーナやゲンプも無用な混乱を避けるために白魔女の正体については戒厳令が布かれており、未だに彼女の正体を知る者はごく限られた一部の人間のみだ。

 正体は不明だが凄腕の魔術師として彼女は有名であるし、先日にアストロ魔法女学院を救った事実も、この学校関係者を中心とした部隊では大きな話題になっている存在である。

 そんな凄腕の魔術師が自分達に協力してくれる事実は非常に心強い事でもあるし、彼らの気持ちは昂る。

 ただ存在しているだけで部隊の士気を上げることに成功した白魔女。

 そんな彼女はある程度の高さまで魔法で浮かび上がると、眼下の敵を見据える。

 闇夜においても白いローブで目立つ白魔女を視認したのか、敵側も慌ただしく怒号が飛び交い、布陣が蠢く姿が見て取れた。

 

「あちらも私に気付いたみたいね。良いかしら?」

 

 白魔女は行動開始の最終確認をした。

 

「よし、行け!」

 

 その白魔女に行動許可したのは、この部隊の責任者となっているロッテル・アクライトだ。

 以前の戦いで敵同士だったのに・・・不思議な因果であると白魔女のハルは少しだけ思う。

 そんな心情を持ちつつも、白魔女のハルはロッテルの号令を合図に一気に加速して、敵部隊の真っただ中へ突っ込む。

 

「何っ!」

 

 敵部隊の誰かがそう叫んだが、その直後に大爆発が起きる。


ドカーーン

 

 大音響とともに五十人程の敵兵が吹っ飛んだ。

 白魔女が着地と同時に地面へ魔法の火の玉を叩きつけたからである。

 当の白魔女は既に飛び退いて、再び空高く舞い上がる。

 そして、また次の標的へ向かい同じような攻撃を繰り返す。

 

ドカーーン、ドカーーン、ドカーーン、ドカーーン、ドカーーン


 立て続けに五回同じ攻撃を繰り出して、敵は負傷者を量産していった。

 

「ぐぁーっ」

「足がぁー」

「目が、目が見えないぞ」

 

 様々な苦痛の言葉を吐きジタバタとする敵兵。

 その姿を冷静に観察している白魔女。

 

(・・・よかった。何とか殺していないわ)

 

 今の彼らは魔法薬で洗脳された敵ではあるが、元はクリステの善良な住民である可能性も高い。

 状況が状況とは言え、そんな彼らを傷付けるのは忍びないと思っている。

 ハルは相手の被害を最小限にして戦闘不能に留めようと思っていたし、それが今のところは上手くできており、なんとか自分の信条である『殺さず』を体現していることを確認して、次の行動に移る。

 

ピーーーッ

 

 白魔女が短い指笛を吹くと、それを合図に何処ともなく黒装束の男達が現れた。

 彼らは、月光の狼・・・の傘下に入っているアレックス解放団。

 彼らはラフレスタの異変を知り、急いでこの地へと駆け付け、厳戒な入門制限を掻い潜り侵入を果たした助人だ。

 白魔女から与えられた魔道具で武装した彼らには容易い事でもあった。

 

「白魔女様、ここに参上しました」

 

 白魔女の周囲には五十人名程度の黒装束の男達が集まり、ひれ伏す。

 彼らはアレックス解放団の中でも精鋭中の精鋭部隊である。

 そして、リーダーであるサルマンは自ら主人と認める白魔女に絶対の服従の礼をとる。

 

「それでは、お願いしていた事を実行して貰おうかしら。獅子の尾傭兵団の兵と戦い、乱戦へと持ち込みなさい。あと、彼らは薬で操られているだけよ。だからできるだけ殺さないように。ただし、自分や味方の生命が危うい時はその限りではないわ」

「御意に!」

 

 サルルンは素直に白魔女の命令を聞いて、すぐにそれを実行すべく、素早い行動で示した。

 老齢の彼からは想像できないが、これも魔法の腕輪を初めとした魔道具の力のお陰でもある。

 彼の部下もそれに続くが、そこで白魔女がとある二名を呼び止めた。

 

「クラインとナブール、ちょっと待って!」

 

 白魔女に呼び止められたふたりは立ち止まる。

 

「あなた達は、他からも指令を貰っているのだろうけど・・・今回の作戦、いえ、今日だけは自粛してくれるかしら」

 

 クラインとナブールは互いに顔を見合わせる・・・「一体、何の事か?」そんな演技を続けたようだが、白魔女の方は全てを御見通しとばかりに無駄に素敵に笑って魅せた。

 

「・・・まったく、貴方様には敵いませんね」

 

 優男のクラインは完全に観念したらしく、かぶりを振って諸手を挙げる。

 

「おい・・・いいのかよ」

 

 ナブールは本当にいいのかとクラインに説いたが、クラインはとうに諦めていた。

 

「ま、白魔女様は初めから全て御見通しだったって訳さ。まあ、構わないだろう。我々の役割はもうほとんど終わっている。今日ぐらいはあちらの仕事を休みにしてもいいだろう」

「ありがとう。感謝するわ」

 

 無駄に素敵な笑顔でクラインの申し出に感謝の意を示す白魔女。

 彼女のわざとらしい笑顔を見たナブールはまだ本当に良いのかと悩んでいる。

 彼らは帝国中央政府に所属している間諜者であり、アレックス解放団に潜り込んで内部調査する事が真の仕事だったからである。

 そんなナブールを見て、クラインは諦めるように説得する。

 

「この解放運動を成功させるようにと上からも言われている。どうせやるならば、派手にやって恩を売っておいた方がいいだろうさ」

「ち・・・知らねーぞ!」

 

 こうして、ナブールも渋々納得する。

 

「ナブールとクライン。本当の貴方達の上司に伝えておきなさい。これで白魔女に貸しをひとつ作った、とね」

「ふん・・・しゃあねぇーな」

 

 そう言い残して、ナブールはクラインと共に他のアレックス解放団と同じ仕事をするため、混乱の続く喧騒の中へ消えていった。

 

(これでよし。まさかこの局面で裏切られるとは思っていないけども、あのふたりの間者の後ろにいる存在は私にとっても結構脅威なのよね・・・)

 

 心の中でそう嘆息する白魔女は気持ちを切り替えて、次の登場人物を呼ぶ。

 

「さて。エレイナ、居るかしら?・・・こちらの準備は整ったわよ・・・ええ、今すぐ来て」

 

 魔法の念話でエレイナと会話を行い、程なくして同じ白魔女の格好をした女性が現れた。

 

「ハルさん、来たわ」

 

 自分と同じ声なので、とても違和感あるが、今の彼女は白魔女に扮したエレイナである。

 ハルが以前製作したエレイナ用の白魔女の仮面は敵に鹵獲されたままなので、今は急造の魔法で姿形だけを白魔女に化けさせた、こけ脅しである。

 だが、エレイナにはハル特性の魔法の杖を持たせてある。

 高効率で魔力変換をしてくれるので、エレイナの魔力でも相当に強化される事になる筈だ。

 それに加えて、月光の狼の時と同じ魔女の腕輪と首飾りを装備する彼女。

 エレイナは月光の狼の中で一番の使い手だった存在。

 これで早々に後れをとる事は無いだろう。

 

「念のために護衛を付けましょう。サルマン、来て」

 

 白魔女からの念話の呼び出しにすぐ反応したサルマンは颯爽と戻ってきた。

 そして、「わわっ、白魔女様がふたり!」と驚く当たりが彼の純粋さを印象深くする。

 

「彼女は・・・私の姉とでも言っておきましょうか」


 白魔女に扮したエレイナの事をどう説明するか全く考えていなかったハルだが、取り急ぎそう紹介して彼女の護衛を頼む。


「ハッ。私の命に代えましても!」

 

 直立不動でサルマンは白魔女からの願いを果たすと約束をしてくれた。

 

「それでは、お姉さま。存分に暴れてくださいな」

「ええ、解ったわ。私も恨みが少々彼らにはあるし、本当に容赦しないわ!」


 獰猛に笑うエレイナだが、彼女にしても手加減する事は解っている。

 ただ、先の捕虜の時に受けた屈辱のある彼女としては、機嫌が少々良くないのだろう。

 そう思うことして、ハルはこの場をエレイナに預けた。

 こうして、ハル本人は隠蔽の魔法を用いて気配を消し、アクト達が残る本隊へ戻ってくる。


「首尾よく、うまく行ったわ」


 ハルはアクト達にそう報告する。


「解った。無事で何より、と言いたいところだけど、これからが山場だな」


 アクトはハルを労いつつ、ようやく自分達の出番が近い事を知る。


「そうだな。それでは別動隊、出撃だ」

 

 ロッテルは自分も含めた『別動隊』と呼ばれるメンバーに出撃の檄を飛ばす。

 

「「おう!」」

 

 それに応じた別動隊の全員から鬨の声が漏れた。

 彼らの作戦はこうだ。

 現在、暴れている本隊をおとりにして、大勢の獅子の尾傭兵団達の注意を引く。

 その間、少数精鋭で構成された別動隊が屋敷に侵入を果たし、敵の幹部を叩く事にしていたのだ。

 この別動隊はロッテル、アクト、ハル、セリウス、クラリス、キリア、ローリアン、フィーロの八人のみで構成される。

 作戦立案時には「こんな少人数で大丈夫か」という声もあったが、部隊の機動力を考えるとこの人数が限界だった。

 そして、ここにハルが参加している意味も大きい。

 白魔女の彼女はこの部隊で最強の人物でもあるし、ある種、ジュリオ皇子に対しても切り札的な存在でもある。

 ハル自らの希望もあり、自分の事は自分でケジメをつけたい事案だったりするのだ。

 他にゲンプ校長やグリーナ学長をこのメンバーに入れるという案も挙がっていたが、彼らは別の重要な仕事もあるので今回は除外である。

 そんな別動隊は白魔女のハルから隠密の魔法をかけられて、静かに息を殺し、敵陣の中を突破していた。

 そして、魔法の効かないアクトは白魔女に抱かれている。

 別に愛しいからそうしている訳ではなく、彼の魔力抵抗体質の力が発揮してしまわぬように白魔女がアクトへ身体を接触させて、常に魔力を流し込む必要があったから、そうしている訳だ。

 それを見たローリアンからは「そんな、見え透いた言い訳を・・・ふたりで身体を密着させて・・・う、羨ましいなんて・・・思いませんわよ」などと・・・

 そんな小さな妬みの声が聞こえたような気もしたが、アクトとハルは敢えてそれを空耳だと思う事にした。

 混乱している戦場の中でそんな微妙な空気を漂わせながら、別動隊は獅子の尾傭兵団の屋敷に向かい静かに進軍して行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 一方、こちらはラフレスタ居城近くのとある貴族の屋敷。

 この屋敷を瞬く間に占拠した解放同盟のもうひとつの部隊であるライオネル隊は、おびただしい数の傭兵団を見て嘆息する。

 

「ふぅ、ざっと見て千人ほどの守り。やはり我々の行動を察知していたのか。街中の警備をすべてここに集結させた訳だな」

 

 解放同盟の盟主であるライオネルはそう短く評する。

 

「そのようですね。どうされます? 叔父様」

 

 ユヨーは今後の進め方をどうするか問いかける。

 

「別の部隊が傭兵団の本拠地を襲撃している今が最大のチャンスなのは間違いない。引き返す事はもうできない・・・それに叔父様というは止めて欲しいものだが・・・」

「誰が何を言おうと、私には貴方が叔父様という事実に変わりはありません。姿は変わっても、過去は変えようが無いのですから」

 

 ユヨーはライオネルから呼び方の訂正を拒む。

 

「まったく、頑固な姪だ。一体誰に似たのか・・・まぁ、この期に及べば、もう好きに呼んでいいだろう・・・さて、それよりもこの状況をどうするのかが先決だな・・・」

 

 ライオネルは姪の少女と不毛な議論に発展する事をさっさと諦めて、目先の課題に頭脳を巡らす。

 そして、彼が悩む間に街の東側より大きな火の手が何本も上がったのが窓から確認できた。

 

「あちらでは始まったか」

 

 ロッテル達の部隊が作戦行動を開始した事を知る。

 戦乱の様子はラフレスタ居城で警備をしていた獅子の尾傭兵達にも伝わったようで、彼らは口々に騒ぎはじめ、やがて守りを固めていた敵の半数の兵が本隊の応援に駆けつける様子が見て取れた。

 

「おお、少しはチャンスとなったか!」

 

 それでも、ざっと見て五百人ほど残っているが・・・でも、それならば、なんとかなるかも知れない。

 そう思ったライオネルは攻撃の狼煙を上げることにした。

 

「今しかないと思いますが、皆さんどうですかな?」

「いいですよ。それでは。私が役に立つところをお見せしましょう」

 

 グリーナはそう言い、それまで座っていた椅子からゆっくりと立ち上がり、複雑な長い呪文の詠唱を始める。

 

「~~~遥かな時を旅する精霊よ。紛いの生命に宿りしたまえ」

 

 そう呪文を締めくくると、傭兵達の詰めている近くの空間が歪んで、やがて巨大な人の形をした半透明の塊が姿を現した。

 

「なっ、なんだ。こいつは!」

「ひっ、こっちにも、もう一体出た!」

 

 すぐに大騒ぎとなるが、それはグリーナ学長の召喚した人工精霊である。

 

「先程から観察していれば、敵の中にも魔術師の姿が何人かいますね・・・それは、ここが重要な施設なので、守りを固めるための魔術師の布陣が必要だと思いますが、果たして彼らがどれ程の実力なのでしょうか?」

 

 グリーナは相手を値踏むように貴族の館の窓から敵の傭兵達の中に居た魔術師をひとりひとりを観察する。

 

「魔物でも召喚したのか? こんなもの、俺の魔法で焼き払ってやる!」


 血気盛んなひとりの魔術師が自分の得意な魔法を行使する。

 

「炎よ、焼き尽くせ!」

 

 彼の短い詠唱と共に炎の魔法が具現化されて人工精霊へ放たれた。

 

「魔法詠唱の速さと攻撃力は・・・まぁまぁの中程度ですが・・・」

 

 グリーナは彼の魔法をそう評価した。

 その間に炎の魔法は人工精霊に迫り・・・そして、命中するが、表面の防護結界に阻まれて、その内部まで攻撃力は届かない。

 

「何だと!」


 事象の異常さに今更気付く敵の魔術師だが、時既に遅しである。

 人工精霊はその魔法を反射して、結果、魔法を放った本人とその周囲が道連れになる結末となる。

 

「ギァアーーーー!」

 

 自分の放った魔法の炎に焼かれて、悲鳴を挙げる魔術師と傭兵達。

 

「彼の頭は並以下でしたね。己の技を過信しすぎです。正体不明の敵に全力の魔法を放ってはいけません。尤も、彼が中程度の魔術師だったので、致命傷だけは避けられたようですが・・・」

 

 最後まで先生口調のグリーナは現実の残酷さを言葉の仮面で隠し、ライオネルにはそっと微笑む。

 

「こんなものでしょうね。私はハルさん程に器用ではありません。向かってくる敵を多少殺してしまう事になりそうですが、それでも構いませんよね」

 

 ライオネルはこの偉大な魔女の恐ろしさの一端に触れたような気もしたが、それでも彼女が言う事に共感できる部分もあった。

 

「うむ、上出来です。きれい事だけで物事は回りません。そうならば、遠慮なく思いっ切りやってください。悪名はこの同盟の盟主である私が全て責任を持ちましょう」

 

 ライオネルの決意を込めた言葉にグリーナは満足する。

 彼には覚悟ができているのだと。

 

「解りました。それでは、私は貴方の駒となりましょう。さぁ、参りますわ!」

 

 ラフレスタの大魔女はライオネルの回答に満足して、そう応えると、颯爽と貴族の屋敷から戦場へ出陣して行くのであった。

 

 

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