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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第十章 ラフレスタの乱
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第六話 忍び寄る赤い影

 ラフレスタ解放同盟の最初にして最大の議題はラフレスタ解放に向けた作戦の立案である。

 これに関してはグリーナが真っ先に口を開く。

 

「みなさん、作戦を協議する前に、先ずは『敵』について私たちが情報をまとめましたので、それを聞いてください」

 

 全員が彼女に注目する。


「今回の『敵』とは果たして誰かしら? 独立を宣言したジョージオ・ラフレスタ公? それとも彼の後ろ盾として就いたジュリオ・ファデリン・エストリア第三皇子?・・・いいえ、違います。彼らは傀儡。本当の敵は獅子の尾傭兵団の団長ヴィシュミネです」

「グリーナ殿。貴方がそう言い切るには何か証拠があるのですね」

 

 プロメウスはそう問いかける。

 

「ええ。我々は先日に襲撃を受けた獅子の尾傭兵団の兵を捕虜にしております。そこからの調査結果です」

 

 グリーナは光の魔法で虜囚にした傭兵達の映像を映し出す。

 牢屋に捕らわれていた彼らは落ち着いており、一見して素直に虜囚という立場を受け入れているように思われた。

 しかし、その後、事態は一転する。

 突然に彼らは苦しみの声を挙げて暴れ出した。

 それまでの整然としていた牢屋内の様子が一変して、阿鼻叫喚の地獄絵図となる。

 ある者は大声を出してうずくまり。

 ある者は狂ったように石の壁に自分の頭を打ち付ける。

 ある者は石の牢をこじ開けようと、拳を打ち付けておびただしい流血を晒していた。

 まさに、突然狂った、と思えるような光景であったが、彼らに共通している事は口々に「飲ませろ」「飲ませろ」と何かを要求する言葉が発せられていた。

 

「こ、これは・・・」

 

 プロメウスを初めとしたこの場に居合せた代表者達は今まで見たこともない恐ろしい光景に唖然となる。

 プロメウスの統括している神学校は宗教団体でもあったが、その主な役割は神聖魔法の使い手である『癒し手』の養成である。

 彼らが癒すのは外傷的な傷もあるのだが、人間の内面の生じた心の傷を癒すこともある。

 その中には狂人となってしまった人の心を治療する事もあるのだが、その専門家でもあるプロメウスでさえもこんな症状など見た事が無かったからである。

 

「この傭兵達は『ある期間』を経て急に苦しみ始めました。それも全員一斉にですね。そして、口々にあるモノを要求したのです」

「あるモノ?」

「ええ。それは『美女の流血』とよばれる飲料です。興奮状態にあった彼らに幻術をかける事で聞き出すことができました」

「美女の流血?・・・聞いたことのない名前だ」

「そうですね。私も初耳です。どうやらこの『美女の流血』と呼ばれるモノは高い催幻効果のある薬品であると推測しています」

「催幻・・・幻覚を観せる薬か」

 

 プロメウスは巷に出回っている麻薬の類を連想する。

 

「そうです。本人から自我を奪い、他人の意で好きなように操られてしまうクスリです。しかも、高い依存性と禁断症状を持ちます。麻薬と同じ類の薬品だと思われますが、即効性もあるため、魔法的に何か工夫もされているようで、この薬によって支配を受けている人間は外観からはなかなか判別できない。それ故に普通の麻薬よりもたちが悪いと言えるでしょう」

「そんな恐ろしいクスリが出回っているとは・・・」

「そうですね。本心の意思を奪い、言動・行動を思いのままに操る。そう考えれば、突然に為人が変わってしまったジュリオ殿下やジョージオ・ラフレスタ公の説明もつきます」

「・・・なるほど。グリーナ殿はそのクスリを用いて彼らを裏で操っているヤツこそが真の敵である。つまり敵とは『獅子の尾傭兵団』だと思っているのだな」

 

 グリーナはそんなプロメウスを肯定する。

 

「捕虜にした傭兵達に魔法による尋問を行った結果、美女の流血を飲まされたのは獅子の尾傭兵団の副団長でカーサという女性魔術師である事は判明しています。もはや疑う余地はないかと」

「なるほどな」


 プロメウスの中で、今まで不可解だった出来事が全てつながるような気がした。

 突然の独立宣言や街の閉鎖、普通の傭兵団としては考えられない程の人数の獅子の尾傭兵団の動員。

 それら理由がうまく説明できたのである。

 

「捕虜にしている傭兵達に尋問すると、彼らの多くはクリステから来ています。クリステは少し前から獅子の尾傭兵団の本拠地だった場所です。そこも恐らくは・・・」

 

 そんなグリーナの推測にアドラントが付け加える。

 

「以前、私が諸用でジョージオ様の元に赴いたときも、クリステの領主様と頻繁に連絡を取っているご様子でした。もうその時、クリステは既に獅子の尾傭兵団の手に落ちていたのかも知れません」

「そうでしたか。そうなるとクリステはここよりもひどい状況になっている可能性が高いですね」

 

 グリーナは悲痛な表情になる。

 

「『美女の流血』というクスリは厄介です。我々も聞いた事の無い魔法薬で、目下のところ詳細は不明ですが、このクスリを飲まされた彼らの様子を見る限り、一度飲んでしまえば魔法薬の支配から逃れる事は不可能だと思った方が良いです。現在、ラフレスタに襲来している傭兵達も元はクリステの善良な民だった可能性も高いでしょう」

「解毒や支配の抑制はできないのですか?」

 

 プロメウスの問いかけに対してグリーナは首を横に振る。

 

「無理でした。少なくとも我々の技術では・・・もしかすれば、プロメウス殿を初めとした神学校の癒し手には可能かも知れませんが、今は時間がありません。敵に時間を与えれば与えるほど、今度はラフレスタの住民がクスリの被害者になるかも知れません。いえ、もうすでにその被害は広がっているのでしょう・・・」

 

 グリーナが示す言葉の意味は全員が察していた。

 今朝方に発生した暴動事件は傭兵団に攫われた魔術師達の何人かが関与していた事は解っている。

 これも不可解な事件だが、今となればクスリによって操られていたのだろうと理解はできた。

 

「全く以って忌々しい。獅子の尾傭兵団の目的は何なのだ!」

 

 そう苛立つプロメウスにゲンプは答える。

 

「ふむ。彼奴等がする事はこのエストリア帝国を苦しめる事ばかりだ。我が帝国に混乱を及ぼし弱体化させて喜ぶ存在・・・そんな事を考えると、もうあの国しかあるまい。隣国のボルトロール・・・きな臭い話ばかりが聞こえてくるあの国は今回の・・・むっ!」

 

 突然にゲンプの顔に緊張が走る。

 それは、脇にいた人物が初動なしに銀色の光るナイフを振りかざしたからである。

 

「何をする、リンクナット!」

 

 誰がそう叫んだのかは解らなかったが、当の本心はナイフを振り上げて、今もにゲンプの首元へ落そうとしていた。

 

「危ない!」

 

 この行動にいち早く対抗でき、魔法を放てたのは無詠唱魔法が得意なハルだ。

 彼女は指を鳴らして息を吹きかける。

 小さな音を増幅して衝撃波を飛ばす魔法。

 ハルのオリジナル魔法だが、この魔法は小さい的を狙うのに効果的だった。

 狙いを定めて、リンクナットの持つナイフに衝撃が当たり、それを飛ばす事に成功していた。

 

「チッ!」

 

 リンクナットは短く苛立ちの声を挙げるが、飛ばされたナイフを見切り、新たなナイフを懐から出そうとしている。

 しかし、そうはさせまいと、誰かが近くにあった椅子をリンクナットに向かって投げる。

 ここでリンクナットは恐ろしいほどの俊敏さを見せて、投げられた椅子を躱すと、飛び上がって天井の梁に張り付いた。

 腕力だけで梁に取り付いており、華奢なリンクナットからは想像のできない所作。

 ここでリンクナットは仕返しとばかり素早く呪文の詠唱を始める。

 魔術師素養のあった彼にしても、普段からそんな事ができるほどの技量を持ってはいない。

 だが、ハルはその詠唱と心を透視した結果、彼が行使しようとしている魔法を正確に看破する。

 

(毒の霧の魔法! こんなところで!)

 

 ハルは焦った。

 本来、その魔法はこんな閉鎖された空間で使ってよい魔法ではない。

 確実に複数の敵を葬るには効率の良い魔法かも知れないが、それは術者自らをも巻き込む可能性が高く、自殺行為に近いからだ。

 

「アクト! 止めて」

 

 ハルの叫びに行動で応えるアクト。

 彼は集団から一気に飛び出して、黒い刀身の魔剣『エクリプス』を抜く。

 それと同時にリンクナットの魔法が完成し、紫色の霧がまき散らされる。

 その毒の霧が周辺にまき散らされる前にアクトは魔剣で毒の霧に斬りかかった。

 黒い刀身の魔剣エクリプスはアクトの思念を受け取り、それに呼応して剣の中心の赤色に光る模様がより一層強い輝きを見せた。

 そうすると、剣に触れた魔法の毒の霧は次々と魔法が無力化されて、無害な黒い霞へ分解される。

 

「小癪な教え子めが!」

 

 リンクナットは自分の魔法が妨害されてしまったことを理解して、アクトに悪態をつく。

 しかし、アクトは自分の担任だった教師に対しても冷静な対処をする。

 

「リンクナット先生。今の貴方は奴らに操れています。先生には申し訳ありませんが、自由を奪わせて貰います」

 

 アクトは躊躇せずリンクナットを捕えるために剣の峰で身体を叩こうとする。

 しかし、ここでもリンクナットは驚異の身体能力を見せて身体を不規則に捻じり、アクトの剣から逃れた。

 その後、大きく後ろ方向に跳躍して別の天井の梁へと張り付く。

 人間離れした技を見せた彼だが、さらに梁伝いに逃れようとしたが、ここでリンクナットを捕まえる別の腕が伸びてきた。

 近くにいたロッテルが飛び上がり、逃れようとしているリンクナットの胸倉を掴んだのだ。

 ロッテルはその外見からは想像できない怪力でリンクナットを梁から引き摺り落とし、地面へ叩き付ける。

 

「ぐわッ!」

 

 短い悲鳴を挙げるリンクナットだが、ここでもロッテルの腕から逃れようとジタバタする。

 ロッテルもそうはさせまいとリンクナットに組み付き、首から頭に腕を回して自由を奪った。

 

「は、離せーーーっ」

 

 華奢な魔術師の高校教諭という印象からは想像のできない力を発揮して暴れ回るリンクナットだが、戦いのプロであり、現役騎士でもあるロッテルの力に敵うものではない。

 やがて彼は目を剥きフラッとなり気絶する寸前になるが、その間際、自らの口より光の塊をひとつ吐き出した。

 その光の塊はリンクナットの口から吐き出されると、ゆらゆら宙を蠢き、やがて、浮かび上がり、地下室の天井へ吸い込まれるように消えた。

 それが一体何なのか周囲の人間も理解できなかったが、ハルがとある事実に気付く。

 

「まずい!」

 

 ハルがそう発すると、焦ってこの秘密の地下室より飛び出す。

 残された人々は一体何が起こったのか理解できなかったが、リンクナットはその様子に満足して不気味に笑い始めた。

 

「ケッケッケッケッ。これでお前たちの企みは、全て団長様に報告できる。皆、みーーんな、捕まって殺されてしまえばいいのだ!」

「あ、あなた。先程の光の塊は思念と記憶の塊ね。ここで見聞きした事を獅子の尾傭兵団に伝えるつもりなの!」

 

 グリーナはハッとなってリンクナットのした事に気付く。

 

「グリーナ大魔女とも言われるほどの方が、今更お気付きになられたようですね。クククク、愉快だ。この同盟の存在がこうも早く知られてしまっては奇襲攻撃もできませんなぁ。クハハハハーッ」

 

 愉快過ぎて狂ったように笑うリンクナットの声は非常に耳障りであった。

 不快に顔を歪めたロッテルは怒りを込めた拳でリンクナットの顔面を殴る。

 

「グハッ!」

 

 こうして、彼を一発で昏倒させた。

 ぐったりとなったリンクナットを脇へと放り、「早く、ハルさんを追おう」と全員に声をかける。

 

 

 

 

 

 

 ハルを追うようにして地下の部屋から出てきた全員は一階の踊り場でハルに追いつく。

 そのハルは部屋の中央で踊る少女を黙って観ていた。

 少女は独りで蝶が舞うように踊り、そして、仄かに光っていた。

 その姿は優雅でもあり、妖艶でもあり、儚くもあった。


「ハル、何をやって・・・」

「アクト、黙っていて。今、彼女は生命を魔力に変換して誰かに情報を送っているわ。今、介入すると彼女の生命が終わってしまうかも知れない」

 

 ハルは歯痒く思いながらも、現在進行中のこの行動を的確に述べるだけだ。

 リンクナットの記憶が詰まった光の塊を追い、ここに来たハルはこの少女―――確か、リンクナットと一緒に(さら)われて逃げて帰ってきたリリスとか言う名前の中等学生―――を見つけた。

 リリスはリンクナットの光の塊を自分の身体の中に取り込むと結界魔法を発動。

 そして、踊るようにして光の情報を魔力の波に乗せてどこかに飛ばす魔法を使う。

 これはとても高度な魔法であり、明らかに今のリリスでは技量不足の魔法である。

 それでも彼女に魔法が行使できたのは、生命力を削り出してこの魔法を発動させていることに他ならなかった。

 これは非常に巧みな技法であり、もし、強制的に彼女の魔法を中断してしまった場合、彼女の生命力が一気に空間に流れ出て、死んでしまう可能性も大きかった。

 こうして、今、リリスがこの情報を送っている先は、十中八九、獅子の尾傭兵団の幹部宛てなのだろう。

 全体の事を考えると、今すぐにこの魔法を中断させるべきなのだが、それはリリスを殺すことにもつながる。

 ハルには・・・それができなかった。

 リンクナットもそうだが、このリリスも獅子の尾傭兵団に利用されているだけの一般人だ。

 悔しいが、この魔法を発動されられてしまった段階でもう負けなのである。

 成す術が無く、こうして事態を傍観するだけハルだが、やがて、リリスの魔法の情報送信の儀式は終わりを迎える。

 全ての情報の送信が終了したリリスは気力を失い倒れ込む。

 ハルは倒れたリリスを抱き上げて安否を確認した。

 

「なんとか保てる! まだ死んではいない」

 

 ギリギリの線で死者に仲間入りしなかったリリス。

 しかし、あまりにも消耗している。

 魔術師の自分の力では彼女を救えないと悟る。

 

「誰か。治癒の魔法を使える人。急いで!」

 

 ハルの求めにいち早く応えたのはマジョーレ司祭だった。

 

「ハルさん、あとは私が何とかしましょうぞ」

 

 彼は神学校、いや、このエストリア帝国で最高の癒し手である。

 マジョーレ司祭で助けられなかったら、他の誰でも助けられないだろう。

 ハルはマジョーレ司祭にリリスの事を全て任せ、アクトの元に戻る。

 

「まったく、あのリリスという娘もリンクナット先生も獅子の尾傭兵団に操られていたようね。そして・・・」

「ああ。もうこの『解放同盟』の事は敵に知られてしまったという事か・・・」

 

 アクトはハルの言葉を引き継ぎ、そんな事実を口にするだけであった。

 


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