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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第十章 ラフレスタの乱
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第五話 同盟契約

 ここはラフレスタの北にある商会の地下室。

 かつては景気の良い豪商として有名だった『エリオス商会』の敷地だが、盗賊容疑で警備隊の捜査が入り、その時、夜逃げに近い状態で放棄された館である。

 一時的には警備隊により厳しい取り調べと捜査が行われた場所でもあったが、治安維持活動が獅子の尾傭兵団の管轄に移った現在は捜査の興味が失われた場所でもある。

 こうして空き家に等しい状態になった事をこれ幸いとし、月光の狼達はこの本拠地に戻ってきていた。

 特に地下に設けられた大きな秘密施設までは捜査の手が及んでおらず、そのまま機能していた事も彼等がここに帰依する動機となっている。

 そんな秘密の地下施設には、現在、そうそうたる面々が秘密裏に顔を会していた。

 

 ラフレスタ高等騎士学校のゲンプ校長とその関係者数名。

 アストロ魔法女学院のグリーナ学長。

 神学校ラフレスタ支部の代表。

 加えて、今回、被害を受けた他学校の関係者。

 魔術師協会の残された幹部。

 元警備隊の総隊長アドラント・スクレイパーとその腹心達。

 第二警備隊のロイ隊長とフィーロ副隊長。

 ジュリオ第三皇子の護衛長であり、帝国中央の第二騎士隊長官であるロッテル・アクライト。

 そして、元エリオス商会の会長であり、この地下施設の持ち主である月光の狼の統領ライオネル・エリオス。

 

「うむ。全員が来てくれたようだな。それでは始めるとしよう」

 

 今回の会議の発起人であるゲンプにより会議開催の宣言が成される。

 

「ゲンプ殿、その前に私から二点ほど意見を言わせて貰いたい」

 

 横から水を差したのは神学校ラフレスタ支部の代表であるプロメウス・ヒュッテルトと言う人物。

 彼は老齢ながらも敬虔な神官職という立場から規則正しい生活を送っており、背筋が伸びて姿勢も良く、実年齢より若々しく見える男性だ。

 

「まずひとつ目だが。この場は各校の代表者が交わす会議の場であり、今後の我々の命運を左右しかねん重要な議題について協議をする。それに不適切・・・とまでは言わんが、まだ年端も行かぬ学生身分の者を参加させるのは・・・酷ではないのか?」

 

 プロメウスは地下室の隅でひと固まりになっている選抜生徒達の姿に目をやった。

 そこにはアストロと騎士学校の生徒に加えてプロメウスが統べる神学校に所属しているキリアの姿もあった。

 これは明らかに彼の指示によるものではない。

 

「貴殿からそのような苦言が出るのも同じ教育者として解らぬ訳ではないが・・・彼らは既に今回の事件の重要な当事者の一角でもある。彼らの学友でもあるジュリオ殿下が今回の騒乱の中心人物のひとりでもあるし、それに彼らは力もあって頭も良い。この会議で見聞きした事を不用意に他人に漏らすような真似はせぬよ」

 

 ゲンプはそう言って太鼓判を推す。

 その言動からプロメウスはこの場にこの学生達を呼んだのは、ゲンプの判断であることが解った。

 

「・・・なるほど・・・貴殿がそう保証してくれるのであれば、この件についてはこれ以上私から言う事は無い」

 

 プロメウスはゲンプの為人をある程度信頼していたので、選抜生徒達の事に関してはひとまず納得することにした。

 

「だが、ふたつ目の件、盗賊の頭目がここにいる事だ。しかも、今回、彼奴の力を借りるというのは、どう言うつもりなのか。私は大いに反対だ!」

 

 プロメウスは神学校の代表たる人物に恥じず、『正義』と言う名の対面を気にした。

 彼が重んじている『正義』とは、表面的なものを特に重んじる傾向にある。

 聖職者であるが故に、『表面的な正義』と言う名の体面は彼の中でも無視できない事項であったりするのだ。

 

「確かに我々が窮地に陥っているのは事実として認められるが・・・こんな卑しい身分の犯罪者の助けまでを借りようとは思っておらんぞ!」

 

 彼は声を大にしてそう抗議するが、その『卑しい』という言葉の表現に反応する二名がすぐさま反論する。

 元警備隊総隊長のアドラントとラフレスタ家の実子であるユヨーだ。

 

「プロメウス殿。口が過ぎるぞ! このお方を誰だと思っているのだ」

「そうです。このお人は・・・」

 

「ふたりとも、止めなさい」

 

 二人の反発をすぐに制したのはライオネル本人。


「あなた達の言わんとするその名前は既に捨てています。ですから私は私。ライオネル・エリオス。それ以上の存在ではありませんよ」

「・・・叔父様」

 

 悲壮な表情になるユヨーだったが、ライオネルはそんなことなどあまり気にした様子は見せない。

 このふたりとライオネルのやりとりを目にしたプロメウスはこの盗賊の統領が只者ではないと感じ取るが、自分も振り上げた拳をそう簡単に収める訳にもいかない。

 そこで助け舟を出してきたのはグリーナであった。

 

「まあ、まあ、鎮まって下さい、プロメウス殿。こちらのライオネル殿の為人に関しては私とゲンプ殿が保証しますわ」

 

 もの優しそうにグリーナはそう述べるが、そこには有無を言わせぬ迫力もあった。

 年の功がそう成せる技なのだろう。

 結局、「ふん」と強い鼻息を吐き、自分の席に座り直すプロメウス。

 ラフレスタ、いや、エストリア帝国の教育界の重鎮にまでこうまで言わせては、まだこのラフレスタに赴任して経験の浅い彼としては矛を収めるしかない。

 プロメウスには不本意な気持ちも残っていたし、彼の意見に同調する他校の関係者も少なからず居たのだが・・・

 

「ふむ。序盤から雰囲気が悪くなってしまいましたな。あの話はもう少し会議の場が温まってからと考えていましたが、こうなっては先に済ませた方が良さそうです」

 

 ライオネルは自分に向けられる不信の視線を感じ取って、早々にそのような判断をする。

 ライオネルがパチンと指を鳴らすと、それまで彼の傍らに直立不動で控えていた美人秘書のエレイナが颯爽と会議出席者の間を歩き、とある書類を配っていく。

 それは『ラフレスタ解放同盟に関わる契約』と題目の書かれていた契約書であり、その書類を受け取った各人は書かれている内容に目を走らせていく。

 そして・・・

 

「な、なんだ。この契約内容は!」

 

 契約書を読み終えたプロメウスは、この内容に驚きを禁じ得ず、思わずそう叫んでしまう。

 そんな契約書類には大凡次のような事が書かれていたからである。

 

 ひとつ、下記に示す組織はラフレスタ解放という目的を達成するために同盟を結ぶ。

 ひとつ、ラフレスタ解放とは、現在、街を支配しているジュリオ第三皇子を盟主とする支配組織・・・(中略)・・・から我々が支配権を奪還し、行動の自由が確保された状態のことを定義する。

 ひとつ、解放に至るまでは、ライオネル・エリオスを解放同盟の盟主とし、各組織は彼の指揮下に入ること。

 ひとつ、ラフレスタの解放が成された後の統治については、ライオネル・エリオスが行い、彼の掲げる『平等な社会』の理念を実現させる。そのために各組織はライオネル・エリオスに協力を惜しまぬこと。

 

 契約書を要約するとこのような内容となる。

 プロメウスを含めてこの契約書を初めて見た各々は困惑するしかない。

 この契約書にはふたつの問題点がある。

 ひとつ目は、盗賊風情である『月光の狼』の統領であるライオネル・エリオスがこの解放同盟の盟主とされている点。

 ふたつ目は、無事に解放が完了した後も、ライオネル・エリオスの思想を実現するために片棒を担がされてしまう点だ。

 普通ならば到底承服できない内容だが、驚くべきことにこの契約書の署名欄には既に数名のサインが入っていたのである。

 ラフレスタ高等騎士学校校長クロイッツ・ゲンプ伯爵、アストロ魔法女学院学長グリーナ、元ラフレスタ警備隊総隊長アドラント・スクレイパー、ラフレスタ家の三女ユヨー・ラフレスタ、エストリア帝国帝都中央第二騎士隊長官ロッテル・アクライト。

 層々たる面々が既にライオネルの傘下に入ることを承服していた。

 

「こ、これは、どういうことのですか!」

 

 プロメウスは既に署名した面々に「気でも狂ったのか?」と問いたかったが、その言葉だけは何とか己の忍耐力で踏み留める事ができた。

 

「プロメウス殿が驚かれるのも無理はございません。実は皆さんに先立ち我々はライオネル殿と会談を済ませております。その中で彼の掲げる『平等な社会』の思想については倫理上何ら問題が無い事を確認しました。今は状況が状況でもあり、急を要します。ライオネル殿は少数精鋭の義賊団を率いてきた戦術家・戦略家としての高い実績がありますので指揮官としても申し分ない存在であると判断しております。ですから、我々はこの書類に署名した次第です」

 

 グリーナは淡々と自らの判断を説明する。

 

「そうだな。それに先程本人は、はぐらかしていたようだが、ライオネル殿の生い立ちはラフレスタ家に名を連ねる者であり、そこのユヨー殿の叔父にあたる人物でもある。そういう意味で、ラフレスタを解放する者としては血筋的に好都合。尤も、当の本人はそんな血筋など糞喰らえと思っているようだがな。カーカッカッカ!」

 

 ゲンプは豪快に特徴的な笑い声を挙げて、ライオネルの肩をバンバンと叩く。

 ライオネルが多少迷惑そうな顔をしていたのは、肩を叩く力が強かったのか、それとも、血筋の話を出してしまったからなのか・・・

 

「し、しかし・・・」

 

 信頼できて徳の高い人物と称されるゲンプ校長やグリーナ学長が太鼓判で推しているとは言え、ここまで拘束力のある契約を結んでしまって本当にいいのだろうかと悩むプロメウス。

 周囲に目をやると、他の皆も判断を迷っており、彼らを横目で見るとプロメウスの判断に一任すると目で言っているようにも感じられた。

 

「こ、これほどの判断になると・・・本来ならば、本国に確認しなければなりませぬ・・・」

 

 彼が悩むのも無理はない。

 彼は神学校ラフレスタ支部の代表だが、その実は全権委任された彼の本国である神聖ノマージュ公国より派遣された司祭長のひとりでしかないからである。

 プロメウスは優秀で有能な人物ではあるが、政治的な判断は本国の指示を仰がなくてはならない。

 それほどに現時点でのプロメウスはまだ権威を得ている人物ではなかった。

 しかし、現在のラフレスタは街への出入口が全て封鎖されて孤立状態である。

 当然、外と連絡を取る手段は簡単ではない。

 その上、狂ったとしか思えない領主と皇子により支配されてしまったラフレスタの街は、とても正常な状態ではない。

 先日も獅子の尾傭兵団の襲撃を受けて多数の死傷者が出ていたし、不当な理由で生徒や司教や司祭達が何人も拉致されてしまっている。

 今朝方も街で暴動が起きて大勢の人が死傷したと聞く。

 状況は悪化の一途をたどっており、何とかしなければ、益々酷くなるのは予想に違わない。

 そんな悩んでいるプロメウスにライオネルが語りかける。

 

「プロメウス殿、貴方が悩まれるのは至極まともだと思う。貴方は貴方の組織や秩序を守らなくてはならない立場だ。それは私も一緒であり、守らなくてはならない組織と果たさなくてはならない使命もある。最近は特に組織だな。我々の組織が大きくなり過ぎてしまったのかも知れないが・・・ここまで話が大きくなってしまった以上、我々も生き残れる場所がどうしても必要なのだ。この機会をどうしても逃したくはない」

 

 無粋な発言のようにも聞こえるが、これはライオネルの本音でもあった。

 プロメウスはそんな発言に幻滅してしまうほどに若くはなかった。

 彼は聖職者という立場であり、表面上は潔癖を装っていたが、それでも政治の話は理解している男なのだ。

 そうでなければ、外国の・・・しかも世界有数の学問の都であるこのラフレスタの神学校の代表には選ばれない。

 

「貴殿の要求は理解した。ゲンプ殿やグリーナ殿が推すのも理解した。しかし、私はライオネル殿の為人が解らない。まだ信頼できるほどの時間を得ていないとも言えよう。そのような状況下でこれほどの約束は・・・」


 この期に及んでもまだ悩むプロメウス。

 それを見てライオネルは、ふっ、と笑う。

 彼との落としどころが見えたからだ。

 

「解りました、プロメウス殿。それでは契約をこうしましょう」

 

 ライオネルは自分の契約書を手に取り、一部の文章を二重線で取り消し、加筆した。


「最後の項をこのように変更しました。ラフレスタ解放後、私の活動に協力する期間を一年限定としましょう。その間に私の為人を評価してください。そうして、私の判断が間違っていないと貴方が評価すれば、一年毎に協力期間を延長更新できる。そうすれば、どうだろうか?」

 

 プロメウスはこのライオネルの妥協案にも少しだけ悩んで見せるが、それでも最終的には頷く事となる。

 

「それならば・・・」

 

 渋々と納得する様子を見せるプロメウスだが、内心、自分の働きかけで交渉相手から妥協を引き出せた結果には満足していた。

 自分の能力により相手からほんの少しだけでも有利な条件を譲歩させた実績は、後々に本国からこの時の判断の責任を追及されたとき、プラス側への評価として働くと思ったからだ。

 プロメウスは正義を重んじる心を持つが、それ以上に強かに生きる知恵も持つ男であった。

 そんな彼に対してライオネルの方は更に上を行っている。

 彼は初めから契約内容の落としどころをココと決めており、わざと妥協したように見せかけて初めから吹っ掛けてきたのだ。

 ライオネルが商会の長としての才能をいかんなく発揮した瞬間でもある。

 そんな解り難い攻防もあったりしたが、結果的にプロメウスは契約書に署名をする事となる。

 それが皮切りとなり、他の関係者も続々とこの契約書に署名をした。

 これにて『ラフレスタ解放同盟』の契約が無事に締結されるのであった。

 

 

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