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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第十章 ラフレスタの乱
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第四話 暴動 ※

 ローリアン・トリスタは集合住宅の門を前にして、本当にこのドアをノックすべきかどうか迷っていた。

 街の第二地区の西部はさほど治安は悪くないものの、それでも名門貴族の四男が住まうにはどうかと思われる集合住宅が建ち並ぶ地域だ。

 ここに住むフィーロ・アラガテという男性は第二警備隊の詰所に近いという理由だけでここを選んだのだろう。

 実利優先の彼らしい。

 そう思うも、ローリアンは再び気を引き締める。

 これから彼に進言すること、いや、彼に対してこれから行おうとしていることは彼の性格からして到底認めて貰えるとは思えない。

 しかし、それでも彼や自分は貴族なのだ。

 家督を守り生き永らえる事も重要な使命のひとつなのである。

 ローリアンはそう自分に言い聞かせて、いつもどおりに・・・いや、いつも以上に傲慢な女の仮面を被った。

 

コン、コン

 

「フィーロ、居るのでしょう。入るわよ!」

 

 ローリアンは相手からの返答を待たずに鍵の閉まっていないドアを強引に開ける。

 予想に違わず、部屋の中にはフィーロが居て、不機嫌を顔に浮かべながらベッドに横へとなっていた。

 別に眠っている訳ではなく、ただやる事が無くて横なっている、そういう状況である。

 

「まったく、行儀の悪い女だな、お前は。他人の部屋へ入るときは入室の許可を貰ってからと家では教えて貰わなかったのか?」

 

 フィーロは苛立ちを隠そうとせず、ローリアンに嫌味を言うが、当の彼女は「ノックはしたわよ」と不遜に返答するだけである。

 

ニャー

 

 彼女が部屋に入ってくるなり、愛猫のニケが歓迎の態度を示す。

 ローリアンもすぐにニケを抱いて、愛猫をあやす姿はいつもの警備隊での詰所で見られる光景。

 十分にニケを愛でてひとまず満足したローリアンは空いていた椅子に腰かけて、ニケを自分の膝の上に乗せて撫でながらフィーロに語りかけた。

 

「まだ、自宅待機は解けないのね」

「ああ・・・まぁ、俺達、第二警備隊の全員は自宅待機・・・と言うよりもクビに近い状態だな」

 

 そっぽを向き、そう答えるフィーロ。

 彼がそう答えるのも無理のない話であった。

 領主の独立宣言以降、新たな警備隊総隊長が上司に就いた。

 その男は今まで聞いたことのない貴族の男らしく、しかも能力は並以下であった。

 正義の志がある訳でもなく、ただ、上からの命令を下に伝えるだけの存在に、ロイやフィーロは従属する気になれなかったのだ。

 ロイが信奉している前警備隊総隊長アトランド・スクレイパーが解任された事に対する反発もあった。

 反抗的なロイとフィーロの態度は、すぐにこの新しい総隊長の目に止まる事となり、隊長・副隊長の任を解かれて謹慎になる。

 彼らに加えて大多数の第二警備隊員達も同じ制裁の対象となった。

 彼らは等しく、こじつけに近い『職務怠慢』を理由に自宅謹慎を言い渡されて、現在へと至っている。

 フィーロのように口は悪いが街の治安維持と正義のために日夜努力していた第二警備隊の面々。

 彼らが不貞腐れてしまうのも正当な権利であるかのように思えるローリアンだが、それでも彼女は心を鬼にして敢えて強い同情を見せない。

 

「そう・・・」

 

 ローリアンはフィーロにそう短く答え、ニケをあやす静かな時間だけが過ぎていく。

 そして、どれ程の時間が経ったのだろうか、ローリアンはフィーロにようやく本題を切り出した。

 

「それで・・・これからどうするの?」

「どうすも、こうするも、ねぇ!」

 

 そっぽを向いたフィーロが今どんな表情をしているか、ローリアンからうかがい知る事はできなかったが、ローリアンはその方がいいと思う。

 そんな顔の彼を見れば、今の自分決意が揺らいでしまうと思ったからである。

 

「つまり・・・今の貴方は暇という事ね・・・」

「・・・そうなるな」

「だったら・・・この街から、逃げない?」

「はぁ?」

 

 ここでフィーロは起き上がってローリアンの方を向く。

 彼の眼の奥から、今のローリアンの言葉に対する微かな憤りの色が覗き見えてしまったが、ローリアンはそれに気付いても敢えて無表情に徹する。

 

「この街から私を連れて逃げてくれない?」

「お前、それを本気で言っているのか?」

「・・・そうよ。私たちは貴族だわ。それも簡単に死ぬことが許されない名門中の名門と自負している・・・こんなところで非業の死を受けるのは・・・赦される事ではないのよ」

「ローリアン。お前、自分の言っている意味が解っているのか? それはお前が仲間を見捨てるという選択だぞ。お前の敬愛するエリザベス嬢も含めてだ!」

 

 その『エリザベス』の言葉に一瞬ビクッとしてしまうローリアンだが、それでも彼女は心を鬼にした。

 

「あの方は・・・あの方はもうダメ・・・変わってしまったのよ。ジュリオ殿下を敬愛するあまり、私達さえ殺そうとした・・・それは・・・救えるものだったら私もそうしたいのだけど・・・」

「・・・」

 

 再び沈黙が続く。

 重苦しい雰囲気がふたりに厚く圧し掛かったが、その雰囲気を察したのかニケも現在はふたりの会話の推移を見守るように静かにしていた。

 

「それではこうしましょう。貴方は私に雇われた事にします。そうすれば貴方の『名誉』は傷付かない。それは己の保身と考えた私の責任になるのですから」

「・・・」

「それならば、貴方は私に従っただけ。魔女の甘言に乗ったのよ。貴方への報酬は・・・前払いしておきましょう」

 

 ローリアンは一方的にそう言うと、スルスルとローブを脱きはじめる。

 彼女は灰色ローブの下に上等なブラウスを着ていたが、身体にぴたりと張り付くそれは彼女の豊満な肉体を強調する衣装のようでもあり、彼女が好んで使う甲高い香り香水の効果も相まり、妖艶な雰囲気を醸し出す。

 フィーロはその姿を、只、黙って見ている。

 大きな乳房とくびれた腰つき、肉付きの良い臀部。

 健全な男性の欲望を掻き立てるのに十分な役割を果たしている女の武器。

 そうしてローリアンの白い手はフィーロの頭を引き寄せ、自慢の胸を彼の顔に押し当てた。

 

「さぁ、私に買われなさい」

 

 ローリアンはまるで熟練の娼婦のように淫靡な言葉でフィーロを挑発する。

 彼と愛の契約を果たすために相手の唇を求め、そこに自分の唇を重ねようとするローリアン。

 そこで・・・

 

パチン

 

「痛ぁ!」

 

 フィーロは指でローリアンの額を軽く弾く。

 フィーロから受けた不意打ちに思わず間抜けな声を挙げてしまうローリアン。

 その事により、彼女がそれまで周囲にまき散らしていた妖艶な雰囲気の全てが台無しになり、ローリアンは予想外のフィーロの攻撃により涙目となってしまう。

 

「私の・・・何が、気に入らないというのです!」

 

 女のプライドにかけて激しく抗議する彼女であったが、フィーロは冷静だった。

 

「何をやろうとしているんだ、この莫迦女!・・・乙女が背伸びをしているんじゃねえーよ!」

 

 フィーロはローリアンが無理やりの演技でこのような行為に至っているのを、とっくに看破していた。

 

「そ、そんな・・・私の女の魅力が足らなかったと言うの?」


 ワナワナと、いろんな意味で自信を無くすローリアンだが、そこだけはフィーロは否定をした。

 

「い、いや。そんな事を言っているじゃねぇ・・・ただ、お前、絶対に無理やりでこんな事をやっているだろう?」

「え!?」

「お前は自分を悪者にして、この俺をラフレスタから脱出させようとしているんじゃないのか?」

 

 フィーロはローリアンの意図を正確に見抜いていた。

 まったくそのとおりだったのである。

 ローリアンはフィーロの持つ正義の心が、この先の彼にとって仇になる可能性を危惧していたのだ。

 現在、この街が陥っている大いなる危機。

 『獅子の尾傭兵団』と言う得体の知れない悪により支配されてしまったこのラフレスタ。

 彼は、いずれ、この悪に立ち向かい、そして、勝ち目のない戦に巻き込まれていくのではないか?

 そんな不安がローリアンには耐えられなかった。

 

「そ、そうよ!」

 

 この期に及んでローリアンはあっさりと自分の負けを認めた。

 どうやっても自分はフィーロには敵わないと悟ったからだ。

 

「私は・・・私は貴方がこの先、不遇の戦いで死んでしまう・・・そんな予感しかしないの・・・それが・・・私には耐えられないのよ!」

 

 ローリアンの眼には涙が浮かんでいた。

 

「どうしてだろう・・・こんなにも不遜だった貴方が居なくなってしまう・・・そう考えると、とても切ない気持ちになってしまうのよ・・・・・・不思議よね。あんなにも失礼な人だったのに・・・あんなに嫌いな人だったのに・・・」

「ローリアン・・・」

「そう、認めたくない・・・本当に認めたくないのだけど・・・私は貴方に・・・生き残って欲しい・・・私と共に生き残るのよ・・・だって私は・・・私は貴方の事が、好きだから!」

 

 ローリアンは堰を切ったように、それまで自分の心に溜まった想いを相手にぶちまけ、そして、相手の唇を自分の唇で塞ぐ。

 それは愛のある接吻と言うよりも、相手からの返答の機会を奪うに等しい行為だが、今度のフィーロは抵抗しなかった。

 このときのフィーロはローリアンの頭に手を回して彼女の想いを優しく受け入れる。

 ふたりはあまりにも長く息を止めて接吻をしていたため、息の続かないローリアンは苦しさのあまり呻いてしまう。

 

「ふわッ」

 

 ローリアンはそんな自分のせいで雰囲気が大無しになってしまったと後悔するが、フィーロはそんな健気な彼女を優しく抱く。

 彼の優しさが伝わり、心に幸せが満たされていくローリアン。

 

「わ、わたし・・・てっきり、貴方には嫌われているものと思っていて・・・」

 

 ローリアンがそう自認してしまうことは多々にある。

 傲慢で口うるさい、こんな女をどうして好きになってくれるのだろうか。

 だがら・・・この想いは、日に日に彼の事を好きになるこの想いは・・・自分だけの片想いだと思っていた。

 

「お前を本当に嫌いならば・・・俺はこんな事をしない」

 

 フィーロは豊満なローリアンの乳房に手を回して、再び、彼女の唇にキスをした。

 そして、フィーロはさらに彼女の・・・・・・

 

ドーーーン!

 

 しかし、残念ながら、ふたりの甘い時間は爆音により切り裂かれてしまう。

 

「何だ!!!」

 

 フィーロはローリアンとの逢瀬を中断し、窓から外へと目をやると、少し離れたところで火の手が上がる様子を視認した。

 魔法による攻撃だ!

 ある種の専門家であるふたりは、一目でこれが事件であることをすぐに理解する。

 フィーロは着衣を手早く整えると、音に驚いて逃げたニケを捕まえてローリアンに押し付けた。

 

「ニケを守っていろ!」

 

 フィーロはそう言い放ち、戸口に立て掛けてあった剣を持って部屋から素早く飛び出していった。

 残されたローリアンは押し付けられたニケを強く抱き、そして、逢瀬を中断して飛び出していった彼に向かい、思わずこう叫んでしまう。

 

「この・・・莫迦野郎!」

 

 急に逢瀬を解かれたローリアンは反射的に癇癪を起こして、それによって投げつけられた枕が閉じられた扉にぶつかって、ひと跳ねした。

 いつもの彼女ならば、ここから恨み節の言葉が漏れるが、今日のローリアンは一味違う。

 彼女顔が怒りに染まる事はなく、先程までフィーロが寝ていたベッドに潜り込み、そして、彼の残した温もりに心が擽られるのであった。

 

 

 

 

 

 

 少し時間を巻き戻す。

 今日の昼下がりのラフレスタの街の広場は街の雰囲気が良くないためか人通りも疎らだ。

 そんな広場の日陰の目立たないベンチに老人がひとりで座っていることに男性が気付いたのは随分と時間が経ってからのことである。

 

「あれ? あなたは魔術師協会のデビスさんではないですか?」

 

 中年の男性がこの老人の素性を解ったのは、彼がこのデビスという人物と以前から仕事上の付き合いがあったためである。

 

「昨日、大勢の傭兵が協会に押し入られ、デビスさんも連行されたと聞いていましたから心配していたのですよ」

「・・・儂が・・・か?」

 

 この男性はデビス老人からギロリと睨まれた事で少々たじろいでしまうが、それでもこの老人が気難し屋なのは昔からであり、今回もそうだと思ってしまう。

 

「と、とりあえず。ここは何ですから協会に戻りましょう」

 

 彼はデビスを気遣い、手を差し伸べるが、デビスはそれを激しく叩いて拒否した。

 

「儂に触るんじゃない・・・そうか、お前も奴らと同じ仲間か! このラフレスタを混乱に陥れようとしている悪魔め。許さんぞ!」

 

 突然向けられた敵意に目を白黒させる男性。

 そして、この男性は気付いた。

 この老人の目の焦点が合っていないことを・・・

 彼が目にしているのは・・・虚空の何かであり、そして、一瞬のうちに彼の魔力が収束する。

 

ドーーーーン

 

 デビスはなりふり構わず火球の魔法を放った。

 近くで直撃を受けてまったこの男性は即死であり、一瞬にして消し炭になってしまったのはある種の幸運だったのかも知れない。

 何故ならば、この時、周囲に居た人間、幼い子供を含む無実の住民達が長い時間魔法の炎で焼かれて苦悶の表情の中で死んでいく姿を目にしなかったからである。

 

 

 

 

 

 フィーロが急いでこの現場に来たとき、騒然となっていた。

 ひとりの老魔術師が暴れており、そこらかしこに攻撃魔法を放っている状況。

 暴れている老魔術師の周囲には数十人が倒れており、既に事切れている者、苦痛にのたうち回っている者が複数確認できた。

 

「ギャーーー、やめて、やめて、やめ・・・わぁーっ!!」

 

 子供を守ろうとして母親が生きながらに焼かれる姿に胸糞が悪くなり、そして、物言わぬ骸にすがる幼子をこの老人は蹴り飛ばした。

 この老人は人間とは思えなかった。

 

「ギャハハハ。ラフレスタに巣食う悪魔め! これで思い知ったかぁー」

 

 涎を垂らしたその口からは自分こそがラフレスタの正義だと主張していた。

 正に狂気を宿した悪魔である。

 フィーロは躊躇する事なく、逃げまとう群衆の隙間を抜けて、この老魔術師の前に飛び出すと、手にした剣で貫く。

 

「グヘーッ!」

 

 気持ちの悪い擬音を吐く御老体は心臓に刺さった剣が致命傷となり、数刻の内に動かぬ骸へ姿を変える。

 接近戦には弱いと言う対魔術師戦の見本のような戦い方であった。

 こうしてみると簡単に始末したように思えるが、それはこのフィーロに技量があっての事である。

 そんなフィーロに見知った声が掛けられる。

 

「フィーロさん!」

「む、ディヨントか!」

 

 この若い部下も広場の騒ぎを耳にして駆けつけたのだろうか、額から汗を流していた。

 ディヨントはフィーロがこの騒ぎを起こしていた犯人を仕留めた事にひと安心する。

 しかし、それも束の間。

 今度は少し離れた南側で同様の魔法攻撃による爆音が伝わってきた。

 ふたりは顔を見渡して、同じ事が別の場所でも起きているのを予感した。

 

「ディヨント、次の現場に行くぞ!」

「でも、我々は・・・その・・・解任された立場ですし・・・」

 

 この期に及んでそう言うディヨントにフィーロは叱責する。

 

「この莫迦野郎! そんな事を言っていられるか。お前だってさっき飛び出してきただろう。その気持ちが何故芽生えたかを考えてみろ!」

 

 その言葉にディヨントはハッとする。

 そんな彼にフィーロの叱責が続く。

 

「そうだ! 困っている人がいる。それが俺達の手を差し伸べる理由だ。俺達がこの街の正義を守るんだ! 自宅待機を言い渡されていたが、そんなものは糞喰らえ! この気持ちがお前もあるならばついて来い!」

 

 フィーロは激しくそれだけを言い残すと次の現場へと急行する。

 そんなフィーロの言葉に、ディヨントはもう迷わず、自分の上司の後を追い駆けるのであった。

 

 

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