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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第十章 ラフレスタの乱
101/134

第二話 魔術師への悪意

 ユヨーは泣いていた。

 アストロ魔法女学院の研究棟にある一室で悲嘆にくれる彼女。

 ラフレスタ居城前の広場で実の母親から罵倒され、そして、最後に母からは『白魔女』を差し出せという要求。

 それを快く『お断り』をしたユヨー。

 その結果、母から絶縁を言い渡され、絶望へと染まる。

 そうなる事は自分でも解っていた筈なのに・・・どうしてあんな事を言ってしまったのだろうか。

 ユヨーの心では『そう答えることが正義』だと解っていたが、身体はそれを否定していた。

 自分の心が勝手に仕出かしてしまった事を許容できなかった。

 身体と心が協調できなくなると人間はどうなるのだろうか。

 それは至極簡単であり、否定された身体は心からの支配を拒絶し、そして、意識を保てなくなる。

 ユヨーは得体の知れない恐怖を感じた直後に、心の遮断機が働き、気絶してしまった。

 そうして、気が付けば、ここ、アストロ魔法女学院の研究室だ。

 あの場でユヨーは気絶してしまい、領主にも会うことも叶わない。

 群衆は殺気立っており、夜も更けてくる。

 埒の上がらなくなった生徒達は体勢を立て直すため、ひとまず学院に戻る事にした。

 そして、帰りの道中、獅子の尾傭兵団の大軍の行進を目にしてしまう。

 その数は驚異であり、数千を遥かに超える大軍だ。

 同じ意匠の赤い鎧を着た傭兵団は、もはや軍隊・・・いや、侵略者のようにラフレスタの街を闊歩している。

 それを目にした学生達は恐れ慄き、既に近くまで来ていたアストロ魔法女学院内に全員が雪崩むように逃げ込んだのだ。

 別に傭兵団から追い立てられた訳ではなかったが、それでもこの異様な光景を目にした全員が等しく悪い予感を感じての行動である。

 グリーナ学長は彼らのために休める部屋を心置きなく提供したが、そこで手配したのは女子寮ではなく、研究棟に設けられた寝所の方であった。

 選抜生徒達に男性がいた事に加えて、こちらの方が何かあった時の守りは堅牢なのも理由のひとつである。

 あと、ハルが既にお尋ね者として手配されている事も加味されている。

 気を失ったユヨーも普段からあまり使っていない女子寮の自分の部屋ではなく、彼らの近くの研究棟の一室にて一夜を過ごして貰った。

 こうして、ユヨーは意識を覚醒する。

 自分がどれだけ気を失っていたのかは解らなかったが、それでも窓から太陽の光が差し込んでいることから、もう、次の日の朝になってしまったのが理解できたし、昨日の出来事が悪い夢でない事もすぐに理解できてしまった。

 自分が目覚めた事はグリーナ学長へ直ぐに伝わり、容体を確認するためにグリーナ学長自ら看てくれた。

 そして、学院内に駐在している医療専門の職員にも容体を看てもらったが、精神的な疲労以外に別段問題は無いと診断された。

 その『精神的な疲労』が一番の問題なのであるが・・・これを治す術は医療専門の魔術師にも持たない。

 とりあえずグリーナ学長はまだ気分の悪そうなユヨーを気遣い、学生達の集まる部屋の隣で休ませる事にしていた。

 そうしてひとりになると、ユヨーの涙が止まらない。

 どうして・・・自分はあの時、あんな事を言ってしまったのだろう。

 後悔が止まない。

 何故、母の命令に従わなかったのだろうか。

 それを行うのは簡単なことだった。

 

「このハルが『白魔女』です」

 

 そう一言えば良かったのに・・・

 そうすれば、自分はラフレスタ家へ戻る事ができ、何不自由の無い生活を送ることができた。

 気に入らない事はやらなくていいし、時間だって自分の好きなように使うことができる。

 好きなものに囲まれて、人生を楽しく謳歌できる・・・筈だった。

 そのために必要なのは、ハルを・・・友達を差し出すこと。

 しかし・・・それは『悪』だと思った。

 少なくとも『正義ではない』と思った。

 だからあの時、自分の口からは「できません」と拒絶の言葉を洩らしてしまったのだ。

 それを言った瞬間、とても気持ちが良かった。

 正しい事ができたと思う。

 しかし・・・・・・現在のユヨーが感じている不安は途轍もない。

 彼女は生まれて初めて独りになってしまったからである。

 母から絶縁を言い渡されて、暗い闇にひとりでポツンと存在するだけになってしまったのだ。

 不安は徐々に暗い波となり、ユヨーの心を押し潰そうとしていた。

 そのとき・・・

 

コンコン

 

 ドアをノックする音が聞こえたが、それに構う心の余裕が今のユヨーにはない。

 

コンコン

 

 再びドアの音が・・・

 

「入るよ」

 

 許可なく入ってきたのは小柄で中肉中背の男子学生・・・カントだった。

 彼の手にはトレーがあり、そこには二人分の朝食が用意されていた。

 カントはユヨーと目が合ったことを認識すると、黙ってユヨーのソファーの横に座った。

 

「ほら。食べると少しは楽になるよ」

 

 カントが持ってきたのは二人分の温かいスープとパン、そして、ミルクだった。

 ユヨーは黙ってそれらを手に取り、口に運んでみた。

 とても美味しそうに見えたのに・・・味は何も感じられなかった。

 ただ無機質に食べる。

 生きるためだけに食べるというのは、なんと空しいのだろうかと、この時のユヨーは思ってしまう。

 カントも食事を取り、二人の無言の朝食が只過ぎて行く。

 そして、半分ほど食べたとき、カントは独りごとのように語りはじめた。

 

「ハルさんは格好いい」

「・・・」

「この料理を作ったのはハルさんだよ。あんな状況で、追い詰められて、傷ついて、大変で、死にそうになって、独りになって、もがいて、いろいろと押し潰されそうになっているのに・・・それでも皆の事を考えて朝ご飯を作ってくれたんだ」

「・・・」

「昨日、ジュリオ様から聞いた話は・・・とても信じられる訳ではないのだけど・・・それでもハルさんはやはり特別な人なんだと思う」

「・・・」

「独りになっても希望を捨てず、どうしてあんなに輝けるのだろうかって思ってしまうよ・・・だから素直に格好いい人だと思う」

「・・・そうですか」

 

 ユヨーの口から短い言葉が漏れた。

 それはカントがハルを称える事を肯定するでも否定する訳でも無かったが、それでもユヨーは何かの言葉を口から出してみいと願ったからだ。

 心が命じて、久しぶりに身体が言う事を利いてくれたような気がした。

 そう考えることにする・・・

 そんなユヨーの横でカントは言葉を続ける。

 

「そのハルさんを全力で信頼し、守ろうとするアクトも、格好いい、と思う」

「・・・そうですね・・・」

「そして、そんな友達を守ろうとしたユヨーさん。貴女も格好いいと思うよ」

「・・・いえ、私なんか・・・」

 

 ユヨーは謙遜した・・・と言うよりも、今でも善悪・損得の感情で揺れる自分の内面に不当な評価して欲しくなかった。

 

「いいや、貴女は『格好いい』よ。誰が何と言おうとも、僕はユヨーさんの事を認めるよ」

 

 ユヨーの心の奥底に熱さが感じられた。

 

「いや、ユヨーさんだけじゃない・・・サラさんを救おうとしたインディだって、アクトとハルさんを助けようとしたセリウスやクラリスさんだって、エリザベスさんをなんとか助ける手段はないかと今でも考えているローリアンさんだって、獅子の尾傭兵団に食って掛かったフィッシャーだって・・・みんな、みんな、格好いいよ」

「・・・格好いい」

 

 ユヨーはカントの言葉に続いてみた。

 そうすると不思議なことに味覚が戻ってきた。

 スープがとても美味しく、温かい。

 その温もりが身体に・・・心の奥底に染みていくのが感じられた。

 

「僕も、格好よく成りたい・・・そう思う」

「カントさんは・・・・カントは格好いいよ」

 

 ユヨーは、嘘偽りなく、そう思う。

 今のカントの優しさが、格好いい、と思った。

 

「ユヨーさんは、優しいね」

 

 カントは穏やかに笑う。

 その顔がとても印象的で、ユヨーは何故か、自分が救われたような気がした。

 

「いつか、ユヨーさんからも本当にそう思われるように僕も努力しなきゃ・・・」

 

 カントはそう言うと食べ終わった食器をトレーにまとめる。

 ここでユヨーは自分が完食していたことに気付き、そして・・・。

 

「あ・・・」

 

 先程自分の口から出た言葉に驚き、慌てて自分の口を手で塞いでしまうユヨー。

 

「どうしたの?」

「いや・・・ありがとう、カント・・・さん」

 

 先程ユヨーが思わず口にしてしまったこと・・・それはカントのことを呼び捨てにしてしまったことだった。

 自分と同年齢の異性に今までそんな呼び方をした経験など無い・・・

 彼女の心はさらに熱くなり、身体も熱を帯びてくる。

 顔も真っ赤になってしまった。

 

「どういたしまして」

 

 そんなユヨーの変化にカントは気付くこともなく、優しく返礼した。

 

「さて、と」

 

 ユヨーの食べ終わった食器も持って部屋を出ようとするカントだが、それをユヨーは引き止めた。

 

「カント・・・さん・・・あの・・・お礼ついでに、ひとつ提案があるのですが」

「ん?」

「私達・・・同年齢ですので・・・その・・・敬称抜きで・・・呼び合っても・・・いいのではないでしょうか」

「そ、それは・・・だって、ユヨーさんは大貴族で領主様の・・・あ」

 

 カントはユヨーからの提案を狼狽して遠慮し、中流貴族の自分とユヨーの身分の違いを説明しようとするが、ここで彼女の悲痛な現実を思い出させるような失敗発言をしてしまった事に気付く。

 しかし、ユヨーはここで引かなかった。


「もういいんです。今の私はただのユヨーです。・・・だから、私は貴方の事をカントと呼びます。・・・だから、貴方は私の事をユヨーと呼んでください!」

 

 何かが吹切れたようにそう叫ぶユヨー。

 ここで自分自身が生まれ変わらないと・・・また、あの絶望の奈落に沈んでしまう・・・ユヨーはそう思ってしまったからである。

 

「ああ・・・解りました・・・ユヨーさん」

「・・・」


 ユヨーはカントの事をじっと見据える。

 カントに無言の圧力をかけるユヨー。

 

「・・・解ったよ、ユヨー」

 

 カントは何かに観念するようにただそう答えるだけであった・・・

 

 

 

 

 

 

「あら? ユヨーさん。もう、いいのですか?」

 

 カントと共に部屋から出てきたユヨーを見たグリーナは彼女の事を心配し、そう声をかけた。

 

「グリーナ学長。もう大丈夫です。いろいろとご心配をおかけしました」

 

 いろいろと迷惑をかけたことに深々と謝罪するユヨー。

 その所作を見たグリーナは少し安心できた。

 今朝方、彼女を看たときはもっと深刻な表情をしていたが、今は多少に心の余裕が感じられたからである。

 彼女の中で何かを乗り越えたのだろう。


「少しは良くなったようですね。しかし、まだ、顔は赤いようです。あまり無理しないでくださいね」

 

 その言葉に変な狼狽を見せてしまうユヨーだが、グリーナはそれを「さて」と置き、今後の方針について話合う事にした。

 現在、この場には選抜生徒達とゲンプ校長、そして、ロッテルと警備隊総隊長アドラントとロイ、フィーロ・・・つまり、昨日の現場に居合せていた人間が再び集まっていたのだ。

 

「皆さんもお解りのとおり、昨日からとんでもない事になっています」

 

 この場に集まる全員に目をやると、ある一部を除くほとんどの人は疲労と不安の色を隠せていない。

 それは当然だ。

 デルテ渓谷の深い谷に落ちて死んだと思っていたアクトが生還し、そのアクトは失踪したハルを伴っていた。

 これだけならば良いニュースであり、彼らは諸手を上げて喜んだことだろう。

 しかし、事態はそんな良い結末ではない。

 ハルが白魔女の正体だった事。

 そして、この世界の人間ではないという事実。

 それを暴露したジュリオ皇子とその後の急変。

 そこで、誘拐されて消息不明だったエリザベスとサラが、ジュリオ皇子の守護者と名乗り、現れた事。

 彼女らは自分たちに本当の殺意を向け、完全に人格が変わっていた事。

 そして、その後に皇子を伴い逃亡してしまった。

 ロッテルが放った追手も、ほとんどの人間が帰ってこなかったらしい。

 そして、残された現場には今まで身を隠していたライオネルとエレイナが姿を現す。

 彼の口から、自分達こそが月光の狼の統領だと明かされ、その生い立ちにも驚くことになる。

 なんと、ライオネルは領主であるジョージオ・ラフレスタの実弟だったりする。

 そして、最後にはそのジョージオの口より『ラフレスタの独立宣言』が出る始末。

 あまりの状況の激変に、この先どうしたらいいか解らなくなるもの仕方の無いことであった。

 

「・・・気になるのは、これらの不可解な事象が全て獅子の尾傭兵団とつながっていることですね」

 

 グリーナは昨日の事をそうまとめた。

 

「そうだ。昨日の夜にラフレスタに入った傭兵団の大集団。我々の者が調べた結果、その数は約一万人。これはもう、傭兵という数ではなく国家規模の軍隊に等しい人数だ」


 ロッテルは調査結果を説明する。

 彼は昨夜、いったん屋敷に戻り、部下を使い逃走したジュリオ皇子の捜索や情報収集を行っていた。

 ほとんど寝ていなかったが疲れは見せていない。

 彼としてはそれどころではないのだ。

 

「まったく・・・ラフレスタの人口が約七万人と言われていますが、これだと八人に一人は獅子の尾傭兵団になります。明らかに異常な状態ですね」

 

 グリーナの指摘するとおり、街の全人口の一割が戦闘員で構成されるのは平和なこの帝国において異常な事態である。

 そもそも一万人を擁する傭兵団など、現在でも過去の歴史においても聞いたことがない。

 

「俺ら警備隊も、獅子の尾傭兵団の指揮に入れとジョージオ・ラフレスタ公の名で命令書が出ていた」


 そう報告してきたのはロイだ。

 その直後に悔しそうな顔をするはアドラント・スクレイパー。


 「勿論、私はその命令書を却下したがな・・・その直後に私は警備隊総隊長を解任された・・・今の私はなんの力もない男だ」

「アドラント総隊長! 俺はアナタについてきますよ。俺はあんなクソ野郎の指揮下に入るなんて絶対にない!」

 

 ロイはそう言い、後任の総隊長の顔を思い出して唾を吐きかけたくなるような気持ちになる。

 それほどに屈辱的な言葉を浴びせられたのだ。

 ロイが現在この場に居るという意味は新しい総隊長に見切りをつけた事に他ならない。

 職を解かれた訳ではないようだが、新しい上司から見て職務放棄している状態であり、ロイがクビになるのも時間の問題だろう。

 ロイにそれ程の覚悟をさせるほど、事態は悪化していた。

 

「ロイの率いていた警備隊第二部隊以外は獅子の尾傭兵団から派遣された新しい総隊長の軍門に下ったようだ。今、私に味方してくれるのは昔なじみの管理局の数名ぐらいだ・・・本当に情けない話だ」

 

 アドラントは自分の力の無さを嘆く。

 そんな諸悪の根源となっている獅子の尾傭兵団。

 当然、ロッテルはここにも斥候を放ち情報収集をしようとしていた。

 

「獅子の尾傭兵団の本部は街の東地区にある古びた屋敷。当然ここにも斥候を放ったが、誰一人として帰ってきていない。ジュリオ殿下もここに入ったとの情報もある。益々にしてこの傭兵団は怪しい・・・が、何故こんなバカなことをするのかが理解できない」

 

 ロッテルの言葉にグリーナが応えた。

 

「街の有力者を何らかの方法で取込み、人格を壊して、自分の思いどおりに操る・・・そんな魔法があると聞いた事もあります」

「グリーナ学長、その魔法とはこの帝国の技術だろうか?」

「いいえ・・・と言いたいところですが、禁術指定されている魔法を使う悪の魔術師が帝国内には確実に存在ないと言い切れないのが苦しいところです・・・ゲンプ校長は何かの可能性に気付かれたようですね」

 

 ゲンプの気付いた可能性・・・それはグリーナも同じ事を思っていたからである。

 

「そうだな。これは消去法でしかなく、確たる証拠はない。それを前置きして、今、我ら帝国を弱体化して今一番喜ぶ国家など・・・あそこしかあるまい」

「それは・・・」

 

 グリーナがその答えを口にしようとしていた時、アストロ魔法女学院に爆音が轟いた。

 

ドカーーーーーン!!

 

 大きな爆音と地響きが研究室内にも届く。

 グリーナは慌てて連絡用の魔道具を取り、職員に何事かと誰何する。

 

「が、学長。たいへんです。赤い鎧を着た傭兵達に包囲されて、上級魔法の攻撃を受けました!」

 

 女性職員が慌てて報告した。

 グリーナは「解りました」と短く応えて、研究棟から外へと素早く出ていく。

 正門を確認すると職員の報告どおり赤い鎧を着た獅子の尾傭兵団に包囲されており、数名の魔術師から魔法が放たれた後であることも解った。

 やがて、傭兵団の中からひとりの男が前に出てくる。

 

「これは軽い挨拶だ。魔女の諸君はご健在かな。我らは獅子の尾傭兵団。この街の治安維持をラフレスタ公より任されている」

 

 拡声魔法を使っているのか、よく通る声でこの部隊の隊長から不遜な挨拶が成された。

 

「今、我々がここに集結しているのは、この学園内に犯罪者が匿われていると情報が入ったからだ。おとなしく我々の臨検を受け入れろ。これは命令だ」

 

 男は尊大に自らの要求を突き付ける。

 

「どんな理由であれ、失礼な兵ですね」

 

 グリーナも男に負けず大きな声で応答する。

 彼女も一瞬のうちに短縮詠唱を使い、拡声魔法を発動させて対抗した。

 

「む! お前がこの学院の代表だな」

 

 グリーナの堂々とした態度から傭兵団の部隊長は彼女がこの学院の代表であると理解した。

 

「この学院内に犯罪者が居るのだ。我々はそいつらを連行しにきた。おとなしく指示に従うのだ」

「犯罪者ね。どのような罪を犯した人なのかしら? その犯罪者の名前や容姿の特徴を教えて欲しいものですわね」

「名前は解らぬ。容姿については上から直々に聞いているから、私が直に判断する」

 

 傭兵部隊の部隊長からそんな言葉を聞き、グリーナは意外に思う。

 傭兵団の探す『犯罪者』とは、てっきりハルやアクトの名前が挙がるものだと思っていたからだ。

 もしかすれば、ライオネルの名前だったかも知れないし、自分の名前が挙がってもおかしくはなかった。

 しかし、意外にもこの部隊長の探している人物はそうではないようで、さらに具体的な名前も出されなかった。

 グリーナは違和感からさらに揺さぶってみる事にした。

 

「残念ながら、この学院には誉れ高く優秀な生徒と教師しか採用していません。犯罪者を擁護する理由もありません」

「その『魔術師』自体が怪しいのだ! 魔術師はひとりひとりが強大な力を持つ。そして、何を考えているか解らん。厳しく管理する必要があるのだ」

「あら、困りましたわね。そのような基準だとすると我ら魔術師のすべてが犯罪者という事になってしまいますわね」

「そういうことだ。だから我々が臨検してやるのだ。入らせてもらうぞ!」

 

 男はそう言うと、大股で学院の門をくぐる。

 しかし、彼の左右から三重の風の魔法が襲う。

 グリーナが風の魔法を放ったからである。

 男はさっと身構えて耐えようとしたが、帝国内で有数の大魔導師であるグリーナの魔法に敵う筈もない。

 彼は呆気なく飛ばされて大きく宙を舞い、遥か後方に落下して「ぐげっ!」と潰されたカエルのような呻き声を挙げる。

 

「これが我々の答えです。ここは男子禁制の女学院。許可なく敷地を跨ぐのは許しません!」

 

 グリーナはそう厳しく言い放つ。

 その返礼とばかりに傭兵団からは大量の弓矢が彼女に迫る。

 しかし、この弓矢はグリーナの前に飛び出たロッテルとゲンプによって全て叩き落されてしまう。

 迫り来る高速の弓矢を卓越した剣裁きだけで落とす彼らの技量は凄まじく、傭兵団も思わず攻撃の手を止めてしまう程だ。

 

「グリーナ学長、貴女がこれ程に導火線の短い方だとは思いませんでしたよ」

 

 激しく動いたにも関わらず、ロッテルは落ち着いた口調でそう呟く。

 学長はこの学院は男子禁制だと言っていたのに既にアベコベな状況だが、今、この瞬間にそんな事を気にする人物はいない。

 それほどに両者は敵意を漲らせていた。

 

「ふふん。儂は昔にリリアリア隊長より噂だけは聞いていたがな。普段はおっとりしているように見えて、その内には激しいものがあると・・・そして、一度、怒りだすと手が付けられん女らしいぞ!」


 ニタニタと笑いそう応えるのは大剣を担ぐゲンプ校長。

 歳に似合わず、先程見せた俊敏な動きとパワーは明らかに一線を越えた実力を持つ存在だった。

 

「リリアリアが一体何年前の私の事を言っているのかは解りかねますが、今日の私はすこぶる機嫌が悪いのは事実ですわ」

「ふむ・・・そうだな。その意見に儂も同感だ。久しぶりに大暴れしたい気分である。この木偶の坊達に帝国の特務部隊で鍛えた腕を披露してやろうじゃないか!」

「私も同感です。先輩達だけに仕事はさせられませんよ!」


 ロッテルとゲンプの剣が獅子の尾傭兵団に向けて高々と掲げられる。

 彼らは大勢で包囲して有利な筈なのに何故か怯んでしまう。

 それほどのこの三人の覇気は強かったようだ。

 

「・・・ぐ・・・何をしている、お前達。これで奴らは犯罪者確定だ!」

 

 飛ばされた部隊長がノロノロと起き上がり、浮足立った傭兵団全員に鼓舞する。

 

「総員、突撃せよ!」

 

 隊長の号令に傭兵団達は自分の仕事を思い出した。

 

「うおーーーー!!!」

 

 傭兵達は剣を抜き、アストロの敷地内へ一気に雪崩込んてくる。

 そこに魔法が降ってきた。

 炎や水、風、土、光と多種多様な魔法はグリーナのものではなく、この学園に所属する職員による総攻撃の魔法だ。

 魔法女学院という事もあり、職員達も全てが女性で構成されているが、帝国最高峰の学院だけあって彼女達も一流の魔術師である。

 グリーナに絶対の信頼を寄せる彼女達は、グリーナが敵とみなした者は彼女達の敵であることを疑わなかった。

 彼女達の行使する魔法が傭兵団に降りかかるが、傭兵団も盾で魔法を防ごうとする。

 

「ぐわーっ」

 

 魔法によって何人かの兵は負傷するが、逆に言えばその程度。

 思ったほどの魔法の戦果は挙げられなかった。

 

「む。耐魔法用の装備か!」

 

 獅子の尾傭兵団の装備を初見で看破したのは最前列で攻撃に加わっていたナローブだった。

 魔法の効果を大きく減衰させる盾を装備していたのである。

 彼女の目前に魔法を耐えた傭兵の男が迫ってきた。

 

「接近戦に持ち込めば、魔術師なんて怖くねぇんだよ!」

 

 傭兵団の彼は剣を振り上げて、ナローブを叩き斬ろうとする。

 だが、その前に、左右から大きくカーブしてきた光の矢が彼に命中した。

 

「ぐわっ!!」

 

 視界外から不意打ちに近い攻撃であり、傭兵は耐魔法用の盾の防御が間に合わず、負傷して地面へと倒れ込む。

 

「助かった」

 

 ナローブは光の矢の魔法を放った相棒のノムンに礼を述べる。

 

「どういたしまして。それよりもこの傭兵達は魔術師対策として耐魔法の盾の装備しているようだ。金に糸目をつけていない奴らは厄介な存在だな」

 

 ノムンの指摘にナローブは同意する。

 正規の騎士でも耐魔法の盾は一部の精鋭部隊にしか許されていない装備である。

 その理由は簡単で、ひたすらに高価だからだ。

 

「しかし、耐魔法の盾とて絶対ではあるまい。正面からの魔法攻撃は威力を大きく減衰させられるが左右からの攻撃はどうかな・・・我らを舐めるなよ!」

 

 ナローブはそう言うと短い呪文を唱える。

 彼女の詠唱により発現した小さい炎の玉は、複雑な軌道を描き傭兵達へ襲いかかる。

 右に左にと不規則に進む火球は傭兵の盾を掻い潜り、そして、そのうちの一人に命中した。

 

ドーーーン!

 

「ギャーーーッ」

 

 小さい火柱と共に絶叫が起こり、傭兵が飛ばされた。

 

「そう。接近戦では大技よりも短縮詠唱で、手数を多く、だ」

「言われなくても!」

 

 ノムンから指摘を受けるまでもなく、魔術師に接近戦を挑んできた相手に対する反撃方法を基本に忠実に実行するナローブ。

 彼女達の息の合った魔法が放たれ、他の魔術師もこれに続く。

 こうして、この場は乱戦になった。

 戦場に木霊する短縮詠唱と、それによって発現する多数の魔法攻撃が飛び交い、ある者は焼かれ、ある者は溺れ、ある者は風に切られ、ある者は土に捕まって叩かれる。

 アストロの魔術師は多くの敵を倒すが、対する傭兵も人数は多く、物量では有利である。

 事態は僅かに獅子の尾傭兵団の方が優勢であり、グリーナは戦局を見誤ったかと少し後悔し始めていた。

 彼女が一時撤退を考え始めたとき、それが起きる。

 晴天だった空が一瞬にして曇り、彼らの頭上に暗雲が広がった。

 

「な、なんだ!」

 

 傭兵達は一瞬にして広がった暗雲に気付き、それが魔法によるものだと直感した。

 それはこの雲が灰色だけではなく、場所によっては桃色、黄土色、青色だったりするからだ。

 そして、気が付けば、グリーナの脇に白いローブを着た絶世の美女が佇んでいたのだ。

 

「白魔女!」

 

 傭兵団の誰が予め聞き及んでいた人相から彼女の正体を看破する。

 一体いつからそこに居たのかは解らないが、隊長はこの大規模な暗雲の魔法は彼女の魔法によるものだとすぐに解った。

 

「総員、白魔女からの魔法攻撃に備えよ。頭上を守るのだ」

 

 隊長はそう叫び、傭兵達は素直にその命令に従う。

 一斉に魔法防御の盾を頭上に掲げる兵達。

 その様子が滑稽だったのか、白魔女は「ふっ」と一瞬笑う。

 そんな彼女だが、その直後、無慈悲に魔法実行の言葉を心の中で囁く。

 白魔女の魔法は正しく実行され、発現した魔法の雲は一気に高度を下げて傭兵たちに襲いかかった。

 

バリバリ!

ドーン!

ヒューー!

ブクブク!


 七色の雲から様々な音が挙がり、魔法が発動する。

 ある領域では雷が発生して傭兵達へと降り注ぎ、別の場所では竜巻よって吸い上げられる。

 桃色の眠りの雲に包まれた者もいれば、氷漬けにされた者、水に溺れた者、強烈な光に晒される者、石の雨に打たれる者と多彩な魔法が発現する。

 しかし、傭兵達の末路は全て同じである。

 彼ら自慢の耐魔法の盾は全く役に立たず、白魔女の魔力を前に防ぐ事はできなかったようだ。

 それは白魔女の魔力があまりにも強大だったからである。

 傭兵達は全て倒されて、あれほど喧騒に満ちていた戦いの場は一瞬のうちに静寂へと包まれる。

 この圧倒的な力に、先程まで必死の覚悟で戦っていたアストロ魔法女学院の職員までもが唖然とさせられてしまった。

 

「グリーナ学長、あそこの運動場を少し借ります」

「ええ、許可しましょう。確か、白魔女さんの信条は『殺さず』でしたからね」

 

 落ち着いて返答するグリーナは白魔女の意図が解っていた。

 彼女はこの傭兵達を一切殺していないのだ。

 

「感謝します」

 

 白魔女のハルは場所を提供してもらった事に軽く感謝を返す。

 このふたりの短い遣り取りを目にしたアストロの職員達はグリーナとこの白魔女の間には既に高い信頼関係がある事と思った。

 それ故に、犯罪者の烙印を押されていた白魔女が敵ではない、と、このときのアストロの職員達は認識する。

 中には、彼女の持つ高い魔力と高度な魔術に魅せられて、羨望の眼差しを向ける者もいたりしたが・・・

 いろいろと自分に向けられる視線を無視して、白魔女は短い呪文を唱える。

 そうすると運動場の一部の土が盛り上がり、大きな山が姿を現した。

 内部が空洞になっており、柱のような物が多数存在していて、最後は石のように固まった。

 

「現状を永続せよ!」

 

 白魔女がそう唱えると、その構造物の纏っていた魔力がすべて霧散して固定化する。

 こうして巨大な石の建造物が誕生した。

 白魔女が急造した巨大な石の牢屋が完成した瞬間であった。

 入口は一箇所であり、今は新たな囚人を向かい入れるべく大きく口を開けていた。

 ここで白魔女の意図をようやく理解できたアストロの職員達。

 彼女達は白魔女の意思を実行すべく、様々な魔法で行動不能に陥っている傭兵達を拘束して、この牢屋に運び込むのであった。

 

 

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