第八話 地獄極楽巡り⑧
「シシャモ⁉︎あんたいつからそこに!」
「おぼこがどうこうとかいってる時から。会話に夢中で気付かねーたぁ、歳か?」
「煩い!」
留子の紫煙が勢いよくシシャモの顔にぶつかる。シシャモはむせかえった。
「この…ブッホ、ゴッホ、エッホ。留子、テメェ…」
「あんたの方が年上だろ!」
「喧しい!この若作り‼︎」
少女はカップルの痴話喧嘩を見るような気持ちで、2人睨み合いを眺めていた。2人は暫くギャーギャー言い合ったが、ひと段落ついたらしい。
「おい。許可が下りた。刑場に行くぞ。」
「うん?なんで刑場なんかに行くの?見るもんなんてないだろ?」
「こいつの親父がここで刑罰を受けてる。面会に行くんだ。」
留子はつまらなそうに紫煙をヒラヒラさせた。
「いってらっしゃい。」
「何言ってんだ?留子も来るんだよ。俺はここの刑場の道はよくわからんからな。」
「真っ赤なお鼻のトナカイさん、だね。いいわよ。サンタさん。」
かれこれ歩くこと十数分。門についた。門番の鬼は女だった。左の袖には腕を通さず、その左手には刺股を握っている。胸にはサラシが巻いてある、美人なガテン系という感じだ。
「おぅ!シシャモの旦那!かみさんと…そっちはお子さんかい?いつのまに拵えたんでぇ!社会科見学でもするんですかい?」
「違う。嫁でもなければ娘でもない。このガキの親父に面会だ。夜叉の旦那にゃ、話を通してる。開けてくれ。」
「ガッテンでい!」
門番は思い扉を蹴り飛ばす。勢いよく開いたその門は、また次第に閉まろうとしている。
「出るときは、一声下せぇ!すぐにあけまさぁ!」
開かれた門の向こうには、濃い桃色の煙がどんよりと溜まっている。その中にポツポツと木が生えていて、その木の上には美女がいる。男たちは馬鹿みたいに血塗れで登り、降り、登り、降り、登り、降り…。
「まるでバカなサルね。」
少女の眼に映る男たちは、それこそさらに見えたのだろう。というか、猿も同然だろう。人間の中で最も猿に近い部類なのだから。
少女の軽蔑を横目に見た留子は、シシャモに嘲るような視線を送る。
「なんだよ。俺も猿だった言いてーのかよ。」
「あら?そんなこと言ってないわよ。」
「眼があってんだよ。」
「私の目がいってんのは鶏よ。」
「はぁ?」
少女はそれを後ろから見て、溜息を一つ。
「また痴話喧嘩?私は結構気分重いんだけど?呑気ですねぇ。」
シシャモは猿共を一瞥すると、少女の方を見る。
「お前の親父が受けてる刑罰は別のだ。」
「そ?安心した。」
少女が胸を撫で下ろす。
「やめときな。」
留子の眼が鋭い。
「ここから先、向かう地獄は…罪状としてはここよりも下劣なもの。刑罰は残酷を極めるもの。勿論面会の時は、刑罰は一時中断。生前と変わらない姿のお父さんに会える。でも、侵した罪は、聞かない方が良いものよ。」
「留子、あんまり話すな。先入観なんかできちまったら、ちゃんと向き合うのが難しくなる。」
「でも、貴女ならきっと大丈夫ね。弟の件、聞いたわ。貴女ほど強い子を、私は知らない。」
言葉は褒めている。だが、顔は慰めている。父は一体、何をしたのだろうか。