第六話 地獄極楽巡り⑥
留子は少女にデコピンをした。
「大人をからかわないの!ませてるわね!」
「だって留子さんの目、恋する乙女って感じで、可愛いから…」
留子は頬を赤くして顔を袖で隠した。そこへ別の女がやってくる。腰まである茶髪の女性だ。
「あら、留子姉さん。シシャモさんは?」
「留子は、留子は知りません‼︎」
「あら?顔真っ赤じゃない!可愛いわねー!」
「もぉー!からかうな!減給にされたいの?」
「すみません!」
少女は茶髪の方を見て首をかしげる。
「あ、私は華子。源氏名は華。留子姉さんの店で働いてるキャバ嬢だよ。」
「キャバ嬢…」
「あら?そういう仕事を汚いとか思うタイプ?」
「あ、いえ。そういうわけでは。」
留子が袖から覗くようにして華子を見る。
「シシャモが連れてきたってことは…そういうことだろ?」
「あ、この子、シシャモさんが!?そりゃいけねー。失礼します。」
華子はそそくさと退散した。
「あの、留子さん。なんで華子さん逃げ出したんですか?」
留子は少し考えると、笑顔で言った。
「シシャモの仕事の邪魔しちゃいけないって思ったのよ。」
少女は聞きつつ、改めて留子を見る。先程は大きな胸にばかり気を取られたが、顔もとても綺麗だ。髪は首の見えるくらいのショートカットで、口紅は綺麗なピンク。化粧はほとんどしていないように見えるが、とすると余りに美人で悔しくなる。
「留子さん、シシャモとはどういう仲なんですか?彼女?」
本気で言ったのだが、留子は笑い飛ばした。
「まさかぁ!アイツは私なんか見ちゃいないわよ。アイツはね、江戸時代頃に生まれた神様で、まぁ、先代がいたんだけど…江戸中期ごろに世襲して死者門天になったの。そんで私はアイツの仕事相手第一号。」
「仕事相手?」
「貴女と似たような感じよ。」
この言葉の意味を少女が理解するのは、少し先のことだ。
「そうそう、貴女名前は?」
名前。そうだ、名前。なんだっけ。
少女は必死で思い返す。兄が私をなんと呼んだか。警察は私をなんと呼んだか。思い出せない。少女は頭を抱えしゃがみこむ。
「わかんない!私の名前。私の名前が思い出せないの!私は誰!?」
少女は混乱する。留子は優しく抱きしめ、囁いた。
「落ち着いて。きっと思い出せるわ。大丈夫。無理に思い出さなくても、直にシシャモがなんとかしてくれる。安心して。」
「留子…さん…」
少女は急に気を失った。弟の罪をまだ受け止め切れていないのだ。そこに来て自身の名前が思い出せなくなるという、記憶喪失。不安が凝り固まっていたのが、一気に安心してしまったのだろう。
留子は少女を抱き上げると、自身の店に向かった。