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奇神大明神•シシャモ  作者: 黄色い泉
第一幕 スウィートダークナイトメア
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第一話 地獄極楽巡り①

「兄ちゃん…どうして死んじまったんだよ…そんなことってあるかよ…兄ちゃん…兄ちゃん…」


少女は部屋で泣く。母が病気で死に、父が事故で死に、弟がイジメにより自殺して、残った1人の肉親。たった一人の家族である兄が、二週間前に行方不明になり、二日後に川下で溺死体として見つかった。それから一週間、何も喉を通らない。


少女は一人部屋で泣く。近所では有名な不幸な家だ。近所の奥様方は口々に言う。

「まだお若いのにねぇ」

「可哀想にねぇ」


(だったら助けてよ。お兄ちゃんを、弟を、お父さんを、お母さんを…私を、助けてよ。)


暗い部屋の中、窓から一筋の光が差している。今夜は満月だ。窓から覗くと、通行人がこっちを指差し何か言っていく。


「これがあの不幸な女の子の家?」


ゆるふわガールが、モテそうな男の腕にしっかりと胸の感触を与えながら、内股で喋る。


「この辺じゃ有名なんだろ?」


モテそうな男が、胸の感触を楽しみながら答える。


「そうだよ。」


モテなそうな男が自慢げにメガネをいじりながら答える。


(帰れ。お前らみたいな、人の不幸を楽しむ奴らが私は嫌いだ。兄ちゃん、私どうしたらいいんだろう。)


そんなある日、この家に男が来た。インターホンも鳴らさず、ノックもせず失礼なやつだ。と思いきや、土足でリビングに来やがった。


「どうもこんにちは。俺は近所の毘沙門天の神社の裏に祀られてる死者門天(ししゃもんてん)って神様だ。」


「もしもし警察ですか?家に不審者が来ました。」


「待て待て待て‼︎神様だ!俺はれっきとした神様。姉貴に頼まれたんだよ。最近、可哀想な少女がいるから、何か手助けしてやれってさ。俺のことは気軽にシシャモって呼んでくれ。」


「シシャモさん。帰れ。」


少女は部屋に戻ろうとする。シシャモはその腕を掴み、「待て」と腕を引く。


「私は嫌いなの。私の家族の不幸を面白おかしく話す奴らが。だから帰って、土足でリビングに来るような神様に用はないわ。」


「あ、これはこれは失礼。いや、お兄さん死んでからこの家、随分と掃除してないでしょ?汚くてさ、ちょっと下駄は脱ぎたくないな〜って。でも脱いだほうがいいなら脱ぐよ?」


「私はこのリビングに裸足で来たわよ。それが十分な答えじゃないの?」


「脱ぎます。」


下駄の鼻緒を指先に引っ掛け、シシャモは少女にむきなおる。


「お茶とかいる?」


言いつつ少女はシシャモを見る。失礼だと思ったすぐ後、シシャモの格好にも目を奪われていたのだ。黒い髪を後ろでまとめて流し、鼠色の古い和服に色褪せた赤と緑の帯を適当に締めている。その上から古ぼけた黒い羽織を纏うその姿。おおよそ現代人ではない。江戸か明治のホームレスだ。


「態度がだいぶ違う!?」


「帰ってくれたら塩もあげるわ。」


少女が笑った。


「いや、笑顔には騙されんぞ?帰ったら二度と来るなっつって塩をまくってことだろ?」


「バレた?」


「態度がだいぶ変わったのはなんでだよ?下駄くらいでそんな変わるのか?」


「さあね。」


シシャモは溜息を一つ。そして寝ぼけたような目で話し始める。


「お茶はいらねー。それより本題だ。俺は死者門天、黄泉への道を自由に行き来できる。お兄さん達に合わせてやろうかと思ってな。」


「そんなことできるの‼︎」


少女の目の色が変わった。おおよそ生気のない少女の顔に、パッと光が差した。


「あぁ。この脇差[六道丸(りくどうまる)]を使えば、天国にいる母さんと兄さん、地獄にいるお父さんと弟にも会える。来るか?来るなら、今すぐ家を出るぞ。」


黒羽織の所為で気づかなかったが、腰には脇差だけがさされている。太刀はないのだろうか。


二人は家を出た。

カランコロンカランコロン…シシャモの下駄の音が新月の真っ暗な夜空に響いては消え、響いては消える。時たまある電灯の所為で、星は殆ど見えない。


少女は裸足でついて行く。


「靴とかいいの?俺の下駄履く?」


「いい。なんだか裸足の方がいいのよ。軽い。」


「そ?ならいいや。」


[毘沙門天]と言う旗が立った広い神社。その神社の大きな社の裏に回ると、小さな小さな御社があり、ミニチュアみたいな賽銭箱がある。


シシャモは社の扉を開くと、中にある御神体であろう丸鏡に脇差を突き立てる。水面に石を放ったような波紋が鏡面に現れた。挿した脇差を時計回りに捻る。ガチャリ…鍵が開いた。シシャモと少女は光に包まれる。


光が消えると、戸も閉まる。そして残ったのは、元の静かな夜闇だけ。


ゴツゴツとした岩肌、所々から悪臭が吹き出す。硫黄の匂い。シシャモと少女はひたすら歩く。


「ねぇシシャモ、まだなの?」


しばらく歩いてから、シシャモは前を指差した。


「あそこに川が見えるだろ?あれが有名な三途の川だ。この川を渡る。あそこにジジイがいるだろ?あれは懸衣翁(けんえおう)。あのジジイから着物を貰って着替えるんだ。」


「いやよ!まるで死んだみたいじゃない!」


シシャモは溜息を一つ。


「生者だってばれたら、それこそ鬼にキレられる。」


「…わかったわよ。」


着替えを終えた少女に懸衣翁は語り掛ける。


「大変だろうけどね、この川を渡ってもらうよ。シシャモちゃんがいるってことは、あんたは多分罪人じゃない。けど、人並みに生きてきた人間は、その川の、腰くらいの深さのところを渡ってもらうよ。罪人は溺れる深さの所、善人は橋の上だ。」


「わかりました。」


少女は真っ直ぐ進む。半分ほど渡った所で、大きく地が揺れる。ハッとして少女は足場を見る。岩だと思っていた足場は二つのハサミを大きく広げ、飛び出した目で少女を睨む。少女は逃げるようにして、走り、渡りきった。


そこで懸衣翁と同じくらいの年の老婆が来て服を強引に剥ぎ取った。素っ裸にされた少女は途方に暮れた。


「どうしよう。」


カランカン カランカン カランカン…橋を余裕綽々と渡ってきたシシャモが、少女の服を返した。そして後ろを指差し言う。


「まずは弟ちゃんだ。」

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