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・ギア/セカンド 魂葬者と終わるべきモノ・参――魂葬者VS破戒僧

 『魂葬霊具』の所持者……所謂『霊具』使い同士の戦闘は、いかに相手の『霊具』の性質や特性、技を見抜き、より的確な対処が出来るかどうかに掛かっていると言っても過言ではない。

 仮に霊術師としての能力では実力が上だったとしても、霊具の性能差によっては格下に敗れてしまう事だってあり得る。

 こと戦闘における『霊具』の存在はそれほどまでに大きいのだ。


 故に、霊具使い同士の戦闘は序盤は静かな立ち上がりを見せる事が多い。

 相手の『霊具』の能力を見極める所から始まり、これが最も基本的なパターンであると言えよう。

 しかし中には例外も存在する。


 『霊具』が厄介だと言うのなら、相手が『霊具』を使用する前に倒してしまえばいい、という序盤からアクセル全開の速攻で勝負を決めに掛かるパターンである。


 喜逸は当然のように後者を選択。

 霊術すら使わず、甲高い声で嘶く『伽羅俱利腕(カラクリカイナ)』の噴流噴射(ジェットエンジン)。その超加速による相手の虚を突く奇襲速攻。

 喜逸のトップスピードに初見で対応できる者など、それこそ怪異の主『千年妖狐』くらいのモノ。

 大抵の敵は喜逸の初手で叩き潰され、その後も圧倒的な速度に翻弄され常に防戦一方に回らざるを得なくなるのだ。 


 いかに坐武羅が強敵とはいえ、規格外の喜逸の速度に初見で対応する事はほぼ不可能と言っても過言ではない。

 それほどまでに、喜逸の加速は異常の領域へ踏み込んでいる。


 実際、間合いを刹那に塗り潰すような斑輝喜逸の超急加速に、坐武羅はその糸のように細めている瞳を驚嘆に見開いていた。

 時間跳躍でもしたかのように、気づけば敵が己の懐へと侵入している。

 それがどれ程の脅威であるか。瞬きのうちに首元に死神の刃が添えられているなど、悪夢のようなモノだ。


 既に坐武羅の得物である斧を満足に振るう事すら出来ない距離。

 弓矢のように引き絞り十全な力を溜め込んだ斑輝喜逸の右拳は、加速と共に撃ち出された後。

 回避は不可能。

 坐武羅に許されたのは僅かに右手を持ち上げる程度の動作だった。


「な……っ!?」


 そしてそんな僅かな動作で、超速で撃ち出された喜逸の拳を斧の柄で受けてみせたのだ。


 勿論、噴流噴射による加速を上乗せした喜逸の拳を、それで完全に防げるはずもない。

 坐武羅の長躯は一瞬の拮抗の直後、超大な斥力でも生じたかのように霞すら残して吹き飛び、民家三つを瓦礫へ変えてようやくその勢いを止めた。


「……僥倖、僥倖 実に僥倖! 実に良い拳だぁ! 防いでなお、あばらが二、三本逝ってしまいましたか……ククク、嗚呼滾る、滾るのです! 貴殿は良い、実に良い! 貴殿ならば拙僧が求め続ける強者足り得るかも知れない!! 拙僧、少々、貴殿を侮っておりました。まさか此処まで期待以上の強者とは思わなんだ……ッ! 嗚呼、南無阿弥陀仏……ッ!」


 瓦礫を跳ねのけ立ち上がった坐武羅が、口元の血を拭いながら狂喜の笑みを浮かべる。

 頭からも血を流すその立ち姿は確かなダメージを感じさせるが、本来であれば致命打であった一撃をうまくいなされてしまったのだ。

 派手に吹き飛んだとはいえ、おそらく衝撃を殺す為に坐武羅は自ら後方へと跳躍している。見た目程のダメージは期待できない。


 これで、互いに必殺となり得る初手の奇襲を巧みに躱され痛み分け。


 しかし霊具の性能を一つ明かしてしまった喜逸と未だにその一切が不明な坐武羅とでは、明確な差がある。


『……巧いですね。斧の先が地面を向いた先の構え、防御主体の構えだったのでしょうけど、普通なら御手サマの速度に反応出来たとして、あそこまで的確な動作を実行出来るとは思えません。明らかに動きが戦闘に最適化されてますよ、あのお坊サマ』

「……チッ、くそ厄介だな。最小の動きで最大の戦果を捻り出してきやがった。当然だが、同じ手はもう通用しねぇだろうな……」


 噴流噴射を用いた攻撃の効果は今後半減するだろう。

 手札の存在を知られてしまえば、いかに対応不能の高速とていくらでもやりようがあるからだ。

 それに、喜逸の噴流噴射には弱点も存在する。目の前の男がそれを看破できないはずがない。


『なら、どうします? ちなみにちなみとしては今からでも逃げの一手がオススメですよ!』

「決まってんだろ。いつも通りだ、三秒で畳む。逃げるなんざあり得ねえ……!」

『ぶー、御主サマのいじっぱり。妖狐の時は尻尾巻いて逃げたじゃないですかー』

「づっ、あん時とは状況が別だ。どっちにしろ今は逃げても意味がねえ、追撃されるだけだ」


 長期戦になれば霊力のスタミナに不安のある喜逸が不利。ならば速攻で勝負をかける他ない。

 勝てる見込みすらない妖狐ならともかく、同じ魂葬者に対して背中を向けるなど論外だ。


「おや、立ち止まっていていいのですかな? 常にあの速度で動かれれば、拙僧とて対処は困難。貴殿の優位は一目瞭然なのですが……」


 ならば、己の勝ち筋を探せ。

 使える手札を確認しろ。

 斑輝喜逸にあるものは『伽羅俱利腕カラクリカイナ』と、それに搭載された超小型ハイブリッド・ジェットエンジン。さらに回転式五段歯車機構(リボルバー・ギア)による五行変換と、自己完結的な五行相生を行い加速度的に強くなる『五行相生・加(ギア/アクセラレ)速円環輪廻(ート・システム)』。

 そして手甲内部の術符は『隠形符』が二枚、『結界符』が一枚、『護符』が一枚、『治癒符』が二枚、『人形符』が二枚、そして喜逸の虎の子を封じ込めた『封印符』が一枚――


「――よし、アレで行くぞ、ちなみ。プランAだ」

『いつもの現地でおまかせアドリブコースのAですね、ちなみ了解です』

「……なるほど、何らかの要因、制限で連続もしくは持続使用は不可能という訳ですか」


 思考は定まった。

 鬱陶しい無駄口を黙らせるべく、喜逸は相生を重ね全身の五行を火気へと移行していく。


「――五行変換・赤。『火行符』烈火、急急如律令!」


 五行の変化の関係には相手の働きを活性化させる『五行相生』の他に、相手の働きを不活性化させる『五行相克』という関係性がある。

 五行の状態を持つ『気』が万物を形作る以上、各々の霊具にも対応する五行があるのは必然。

 そして刃物である坐武羅の斧は『金気』であると喜逸は予想していた。


 喜逸が『火気』を坐武羅にぶつけようとするのは、この二つが『火克金』と言う相克関係――『火』は『金』属を熱し溶かす――にあり、すなわち『火気』は『金気』を不活性化させる優位な関係にある為だ。

 これら、五行の関係を知る者は今の時代そう多くはない。

 だが、坐武羅ほどの使い手になれば相手も陰陽・五行説を理解している事を前提に動くべきだ。であれば当然、馬鹿正直に『火気』で攻めた所でうまく対応されるのがオチだろう。


 故にこれは餌だ。

 馬鹿正直に弱点を突こうとする喜逸を見て内心ほくそ笑んでくれれば完璧。

 何か仕掛けてくると疑心を抱かせれば充分、それだけで判断に迷いが生じ反応が遅れるだろう。


 拳の間合いで戦いたい喜逸は、右拳に炎を纏ったまま再び坐武羅の懐へ飛び込まんと距離を詰めようとする。

 対する坐武羅は斧を右腕一本で振り回し、再び斧頭を地面に向け下段へ。

 しかし今度は手首を返さず、自然体な構えで刃は坐武羅から見て斜め右下を向いている。


 噴流噴射による加速はせずに距離を縮め、先に斧の間合いへ踏み込む。

 しかし坐武羅は不動。極限まで喜逸を引き付け狙う後の先――カウンターの一撃か。


(待ち伏せとか小賢しいんだよっ、それならテメェの予測をここで超えるまでだ……ッ!)


 拳を振りかぶりながら踏み込み、坐武羅が動くその一手前、喜逸が先に動く。


「――五行相生・火生土(ギア/ドヴェーチャ)。『土行符』隆起、急急如律令(アクセラレート)!」


 蹴りつけた喜逸の足元の地面が杭のように隆起し、喜逸の身体を上空へと押し上げたのだ。


「――っ!?」


 予期せぬ跳躍。完全に裏を突かれ頭上を取られた坐武羅が半歩下がりながら振り上げた斧は、喜逸に僅かに届かず空を切る。

 それだけではない。

 地面より飛び出した杭は頭上へ喜逸を押し上げると同時、枝分かれして坐武羅の鳩尾に痛烈な打撃を与えていた。


 火気に対してぶつけるなら水気で相克、次点で土気で相生を狙うのが一般的だ。

 故に喜逸は、坐武羅がそのどちらか二つで対応してくるだろうと踏んで咄嗟に己の五行を水気へ対して有利な土気へ変換。

 しかも坐武羅にとって喜逸の『伽羅俱利腕』の五行相生は初見の技。術符も詠唱もなしに五行を切り替え自在に操り、相生を重ねる喜逸の一撃には流石に対応しきれまい。


 衝撃に揺らぐ坐武羅の上体。振り上げた斧と共に大きな隙が生じたのを、喜逸は見逃さない。


「――五行相生・土生金(ギア/パンチャトゥル)。『金行符』斬閃改め――」


 空中でさらに相生を重ね、背中合わせで背後へ着地。振り向きざま、金行符による金剛の鉄鎚を齎さんとする斑輝喜逸は、


「――五行二連生(ギア・セカンド)・『金剛鉄・鉄鎚慙愧ゴルド・デッド・ディスグレイ』――づうッ!?」


 耳朶を劈き脳髄を犯す金切り声に、霊術の発動を阻まれた。


「ぐああああああああああああっっ! ……んだっ、この音はァ……ッ!?」


 魂を掻き毟られるような音色に五行相生を強制的に中断させられ、思わず両手で耳を塞ぐ喜逸。

 頭蓋を砕くような頭痛に苦しむ無防備な喜逸の身体に、直後痛烈な前蹴りが炸裂する。


 地面をもんどりうって転がる喜逸が見たのは、喜逸を狙って頭上へ振り上げられた斧の柄。

 その末端である石突に唇を当て、楽器か何かであるように空気を吹き込む坐武羅の姿だった。


「――『嘶鬼一喝(いななきいっかつ)』。どれだけ俊敏に動く獣であろうと、どんなに強靭な牙や鉄壁の防御を有する強者であろうとも、拙僧の『(つち)蜘蛛(ぐも)喇叭(らっぱ)』が奏でる音色から逃れる事は不可能也……!」


 ――喇叭。花弁のような奇怪な形の刃は、坐武羅の『魂葬霊具』が斧であると同時に管楽器でもあるという性質によるものだったのだ。

 再び石突から息を吹き込み、新たな音色を奏でる坐武羅。

 先の不快で歪な音とは異なる、心が澄み切るような軽やかで清廉な音色が響き渡って、


「早喇叭――飛天叫喚」

『――【警告】――ちなみにちなみは緊急回避をご推奨ッ!』 


 直後、咳き込みながらも膝立ちとなって態勢の立て直しを図る喜逸に一瞬で肉薄した坐武羅が、土蜘蛛喇叭を上段から勢いよく振り下ろしていた。


「な……ッ!」


 明らかに速度が上昇している坐武羅の斬り降ろしに対し、ちなみの声と斬撃軌道予測に咄嗟に右腕を上に両腕を頭上で交差、斧の一閃を義手で受け止める。

 甲高く響く金属音。

 鈍重な衝撃が電流のように肉体を駆け巡って伝播し内臓を蹂躙。

 膝立ちのまま踏ん張る足元の大地がブロック状に砕け陥没。

 血反吐を吐きながら何とか堪え、力で押し切られる事だけは防ぐ。


「ぐ、ぁ……がぁあああああああああッ!」

「これまた僥倖! 敏捷を強化した拙僧の一撃を防ぐとは……実に良い反応ですぞ喜逸殿ッ。さあ、このままどこまで力を掛ければ貴殿の義腕が壊れるか、耐久実験と行きますか!?」

「……付き合って、られねえんだよッ……変態坊主!」


 脂汗を流しながらも不敵に吐き捨て、噴流噴射(ジェットエンジン)で一気に推進力を得た喜逸が強引に立ち上がり押し込まれる斧の重量を強引に跳ね返す。


 凄まじい力で斧を跳ね上げられ態勢を崩す坐武羅。

 生じた隙に喜逸はすかさず破戒僧のドテっ腹に掌底をぶち込んで、そのまま猛るように発声。


「――五行変換・赤。『火行符』烈火、急急如律令!」

 がごんッ、がちっ。歯車が回り、鋼と鋼が噛み合う。そして――ボッ!! 至近で爆炎が炸裂。


 爆発の反動で地面に擦過痕を残しながら後退する喜逸と、爆炎の直撃に三メートル以上吹き飛ばされる坐武羅。

 両者の距離が一旦離れ、強制的に仕切り直しとなる。


「――はぁ、はぁっ、はーぁっ……ハッ、うぜぇ霊具だな、ソレ」


 弾ける火の粉の音を耳に黒煙の向こうへ声を投げる。すると当然のように返事があった。


「……拙僧の『土蜘蛛喇叭』は土蜘蛛の声帯と喉を柄に、牙を刃に加工し作られたと言い伝えられている一品。凡百の『魂葬者』が持つ量産品とは格が異なるのは当然と言えるでしょうな」


 ……なるほど、土蜘蛛由来の曰く付きの霊具と言う訳か。土蜘蛛と言えば、地方に土着し、天皇や朝廷に恭順しなかった土豪たちを示す単語であり、時を経て彼らが伝承の中で怪異化された存在が巨大な蜘蛛の妖怪である土蜘蛛であるとの説もある。

 土蜘蛛の名が示す通り、彼の霊具が対応する五行は『土気』。『火気』とは相生関係にある五行だ。

 どうりで喜逸渾身の爆炎があまり効いていない訳だ。


「しかし――貴殿のその腕もまた、拙僧の『土蜘蛛喇叭』に劣らぬ一品と見えるが如何に?」

「……はッ、当たり前だ。お前の陰気臭そうな斧と一緒にするんじゃねえよ。こちとらご先祖様の創り上げた最高傑作。史上最強の『魂葬霊具』だ」

「なるほど、それは僥倖。ならば最強の『霊具』を有する貴殿に打ち勝つ拙僧こそが、最強の『魂葬者』という事になりますな?」


 ここまでの戦い、喜逸は最後まで坐武羅の想定を上回る事が出来ず、完全に裏を掻いたという確信のあった一撃さえ対応され、坐武羅に対して常に後手に回り続ける羽目になっている。

 一見、いい勝負をしているように見えて、その実両者の優劣は明らかだ。


 坐武羅は強い、認めよう。


 斑輝喜逸はまだ弱い、認めよう。


 だが、それでも――


「眠てぇ目で寝ぼけた事言ってんじゃねえよ糸目野郎。俺は全ての終わりなき終わりを終わらせる。最強になる男が最強の霊具を持ってるって言ってんだ――負けるのはお前だ、坐武羅」


 ――そして勝つのは俺だ。

 斑輝喜逸は、挑発にすらなっていない虚勢を張って、ボロボロな顔に不敵な笑みを張り付けその拳を眼前の強敵へ突きつけた。


 その強がりを、坐武羅は嬉しそうに、楽しそうに、幸せそうに、気持ちよさそうに、狂ったような哄笑を上げて受け止めて。


「――よろしい、認めましょう、斑輝喜逸殿。貴殿こそが、拙僧が宿望せし強者であるという事を……ッ!」


 嬉々として糸目を見開き、再度、『土蜘蛛喇叭』を下段に構え直す。

 一合目と同じ、斧頭を地面へ向けて手首を返し、左手を柄に沿えるように突き出す待ちの構え。


 対して喜逸は、右の拳をぎゅっと握り締めて腰だめに構えて、


「……ぶっ殺す前に一つ聞かせろ。どうしてお前は村人を殺した? お前だって『永久人』を滅ぼし尽す『魂葬者』の癖に、どうして?」


 この男が人を殺した事、最早それは疑いようのない事実だ。

 

 しかし、それでも喜逸は理由を尋ねずにはいられなかった。


 どうして自分と同じ『魂葬者』であるはずのこの男が、生者を殺すような真似をしたのかと。

 その答えを聞かなければ、胸のうちに気持の悪い靄が残る。

 それが我慢ならなかったのだ。


「理由、ですか……ふむ、そうですな。では、逆に貴殿に一つ問いましょう。喜逸殿。貴殿は、人は修行を積めば仏になれると思いますか?」

「……おい。説教なら余所でやれ、生憎俺は無宗教だ」


 問いに問いで返され、あからさまに不機嫌になる喜逸を無視して坐武羅は言葉を続ける。


「――拙僧は、仏になりたかった。この身を焦がす煩悩を、制御できない衝動を、己を突き動かす際限なき欲望を戒め抑える事の出来る立派な者になりたかったのです。しかしこの身より湧き上がる欲を止める事は誰にも出来なんだ。拙僧などよりよほど仏の教えに近かった師ですら拙僧を真っ当な人にする事は出来なんだ。……いつしか拙僧は気づいてしまったのです――人間は弱い生き物であるが故に、仏の赦しなしには永遠に救われぬ罪深き生き物である、と」


 坐武羅の語る言葉には生暖かい諦観があった。ぬるま湯の如き絶望が、堕落した理性が、楽観的な正義が、死力を尽くした妥協が、死滅した理想の残骸があった。

 その狂った声色は蜘蛛の遅効性の毒のように、じわじわと喜逸の精神を侵食し、昏い呪を植え付けていく。


「拙僧は人の煩悩を拒みませぬ。何故なら人は弱く愚かで、救い難い。欲を捨て去る事など不可能。人を救えるのは仏のみ。故に己は己を救えず、我欲を捨て去る事もまた不可能故に――」


 そうしてどこか退廃的な微笑みから一転、坐武羅は救いのない現実を嘆き、悲しみ、あまつさえ怒りに震えるような曼荼羅めいた複雑怪奇な激情をその顔に浮かべて、己の殺人、人の命を奪った理由を叫ぶように語った。


「――嗚呼、死んで欲しい訳がない。人の命は儚く尊いモノ。それは拙僧とて理解しているつもりです。しかし……拙僧は殺したいッ、命を壊したいと、胸中から湧き上がる暴力的な衝動が吠え猛ってどうにもならない。人を殺したくて殺したくて溜まらないのです! 死んで欲しくはないが人は殺すと死んでしまう!! だから真っ当な人間になろうとした、仏の教えの道に縋った。しかし仏の教えも、それを説くのが人間では意味がない救えない価値がないッ!」


 つまりは、坐武羅を支配する暴力的な殺人衝動。

 当人の力ではどうにもならないそれこそが、坐武羅が人殺しの道へと走った理由。

 魂葬者である彼が生者の命を奪う訳。


 滂沱と涙を流し唾を飛ばして吠える坐武羅は、仏の慈悲を証明するように両手を目一杯に広げ、今度は透き通った没我の声音で己が信念を声高々に告げた。


「――故に拙僧は、この身より湧き上がる衝動に従い、煩悩に従い、欲望に従い、思うがままに人を殺し、犯し、盗み、惰眠を貪り暴食を尽くす。それが、己が衝動のままに生きる事こそが拙僧にとって最大の悦楽ッ、救済ッ、最も心地良い己の在り方であるが故にィ……ッ!」


 人はどうしようもなく愚かで弱いから。

 欲を、罪を、ありとあらゆる人の世の煩悩を肯定し許容する。それが坐武羅の在り方。


 そうしてなお仏に許しと救済を求め南無阿弥陀仏を唱え縋り、悲嘆の涙を狂喜へ、狂熱の炎を瞳に灯し口元から快楽の涎を垂れ流す破戒僧は、致命的なまでに壊れていた。


「なるほどな、改めて理解した。クソ以下のクソだな、お前」


 対して喜逸は、長々と説法を垂れた坐武羅の言葉を一言で切って捨てる。




「事を成すには理由がいる。強くなる為、誰かを守る為、そして誰かを殺す為――合格だよ生グソ坊主。お前の理由に同情できなくはねぇが……俺はお前をぶち殺す為に本気で戦えそうだ」



「左様ですか、それは僥倖。拙僧にとって実に喜ばしい判断だ。喜逸殿。是より拙僧は貴殿を壊したいが故に壊しに参る。……が、努々壊れてしまわれるな。我が宿願足りうる強者よ……!」




 人の煩悩を肯定し、快楽のままに殺人を行う破戒僧。


 終わらない終わりを終わらせる者。


 互いに、ある程度己の魂葬霊具の手の内を晒した。次の交錯が決着に繋がると喜逸の本能が告げている。両者の殺気が、闘気が、霊力が、極限まで高まっていく――


 ――そして。


「――術符速攻(ドローイング)急急如律令(アクセラレート)ッ!」


 右手の手甲をスライドさせ術符の早打ちを実行した喜逸が、坐武羅の認識より消失した。

 一瞬、光より速く掻き消えたのか思ったがそうではない。


「……隠形? 無駄な事を――『嘶鬼一喝』!」


 すぐさま石突に霊力を含んだ息を吹き込み、耳朶を劈き脳髄を犯す金切り声が響き渡る。

 途端、霊術を阻害する音波に隠形が解け、喜逸が坐武羅の左側面から現れる。

 そのまま腰を回転させ繰り出される回し蹴りに、坐武羅は土蜘蛛喇叭を左手に持ち替えバトンのように回転。

 蹴撃ごと喜逸を死の回転に巻き込み撃退――千切れた喜逸の肉体が、破れた術符へと戻った。


「形代? そうか、隠形中に身代わり人形を……ッ!」


 ――がごんッ、がぢっ。頭上、歯車の廻る音に坐武羅が視線を上げれば――


「――五行変換・赤。『火行符』烈火、急急如律令!」


 身代わりを陽動に坐武羅の頭上を取った斑輝喜逸が、そのまま拳を振り下ろさんとしていて、


「単純な手だが悪くはない! しかし音で居場所を知らせてしまったのは失策でしたなァ! 喜逸殿ッ!」


 称賛の声を上げながら空中で身動きの取れない喜逸目掛け土蜘蛛喇叭を突き上げ、落下してくる斑輝喜逸を串刺しにして――胸を貫かれた喜逸が穴の開いた符術へと戻った。


「なんと――?」


 ――かこん、穴の開いた術符とは別に落下音を響かせる斑輝喜逸のゴーグル、そしてその中から陽動役の手の中で歯車の廻る音を再生していたちなみが、勝利を確信したように叫ぶ。


『――今です御手サマ! ぶちかましちゃってくださいッ!』


 敵影を求め彷徨う坐武羅の視線が――収束。

 坐武羅の正面、十メートル前方。斑輝喜逸は隠形符を切った瞬間から一歩も動くことなく、そこに立っていた。


 『隠形符』、『人形符』と共に切った『結界符』で自分一人だけを『嘶鬼一喝』の効果から一度だけ守り、隠形を継続しながら回転率を上げひたすらに五行相生を重ね続け、そして――


「――五行相生・水生木。『木行符』爆誕改め――」――『水』は『木』を育み育てる――。


 がごんッ、がぢっ。歯車が回り、鋼と鋼が噛み合う音が響いた。


「――五行四連生(ギア/フォース)・『木縛楼・樹海顕現フォーレスト・キングダム』、急急如律令(アクセラレート)――ッ!!」


 発声同時に加速。肘部の排気口から噴流噴射が甲高い音色で嘶き、斑輝喜逸と坐武羅の間に横たわる距離が消失。

 そのまま勢いよく振り抜いた右拳に、強い霊力が迸り、呼応するように大地から芽吹く新緑樹木の爆発が眼前の坐武羅に樹縛楼となって波濤の如く襲い掛かる。


『土気』を相克する『木気』の一撃。

 

 それで、決着が着く。そのはずだった。




「――《霊刻起因(ニルヴァータ)》――《嗚呼、御仏よ。欲深き我が身をどうか、どうか救い給え。許し給え。極楽浄土聖衆来迎の楽。南無阿弥陀仏、一即一切融通無碍》――」




 確かに拳で捉えたはずの坐武羅の唄うような声が、背後から聞こえた気がした。


「――あ?」

『――【警告】――坐武羅の全能力値、急上昇を確認ッ、御主サマ危険です逃げて……ッ!!』


 ちなみの警告すら耳に入らない。そのくらい、有り得ない事が、起きた。










「――崩界(ダーマ・ダートゥ)――『一道無為心煩悩救済』」










 世界に、極楽浄土が顕現した。

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