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・ギア/フォース 贋作木偶人形・参――VS崩界・泰山王/子は親を超えて往くものであると彼は望んだ

 絶大な力を誇る極夜に、喜逸たちの勝算は極めて少なかった。


 ちなみスカウターによる時和極夜の能力地総合は推定S~SS。

 A-の喜逸では逆立ちしたって敵わない程の実力差がある。

 さらに厄介なのが極夜の有する崩界、『泰山王/冥途顕現六道輪廻六つ鳥居』の持つ絶対的なまでの能力だった。


『泰山王。人が死後向かうとされる異界――すなわち冥途にて四十九日に及ぶ七回の裁判をおこなったのち、次なる転生先となる六道に対応する鳥居を示す者。薬師如来と同一視される超大物ですね。おそらく、その逸話や伝承になぞらえた力でしょう』


 人は死ぬと冥途へ行く。そこで生前の行いを七度裁かれ、生前の行いに応じた境遇。すなわち六道のいずれかに転生させられる。

 これが六道輪廻であり、この円環輪廻の輪から抜け出る事が解脱――すなわち悟りを開き仏になるという事でもある。

 逆説的に言えば、人は六道輪廻を繰り返す事で間接的に仏に近づいていくとも言える訳だ。


 崩界発動中、顕現する冥途において極夜は泰山王。すなわち罪を裁く裁判長として存在する。

 「裁きを与える」という言葉一つで喜逸の右腕をいとも簡単に奪ってみせた極夜の『崩界』の能力は、おそらく対象の犯した罪に応じた罰を七度与える力。

 極夜が裁判長である以上、裁量は全て極夜に依存し彼が下す判決は絶対となる。

 罰の程度の上限や制限が存在するかも定かではなく、最悪、命を奪われる可能性だって否定できない。


 故に、崩界を使われた場合敗北は必至だ。だが、通常の霊術戦で極夜を上回る事も難しい。

 なにせ蹴りの一撃で喜逸の半身を砕く程の圧倒的な攻撃力だ。

 一撃を貰うだけで致命的。まともな勝負になる気がまるでしない。

 

 坐武羅との共闘が決まり、ゴーグルで喜逸の視界を共有した状態で地上と地下からの挟撃と土蜘蛛喇叭によるピンポイント強化。

 他にもいくつか策が出るには出たが、決め手に欠ける。


 そこで一つ、話し合いの中で発想の転換ともいえるとあるアイデアが出た。


「――『崩界』を崩すだと?」

「ええ、崩界は何もメリットばかりではございませぬ。アレは己の『心の根源』の顕在化により世界の真理を己の真理で破壊する奥義。であれば、己の真理そのものである崩界を崩されれば、本体に影響が出るのは当然至極。崩界が破られた覚者は、廃人状態になってしまうのです」


 坐武羅は崩界発動寸前に極夜に胸を貫かれている。

 あの時、坐武羅が自分は幸運だったと語ったのは、崩界発動後に胸を穿たれていれば廃人になっていた可能性もあったからなのだ。


「……なるほどな。崩界を崩せれば、極夜を倒さずとも勝てるって事か。理屈は分かった。だが……肝心の方法はどうする。崩界ってのはそう簡単に崩せるものなのか?」


 問題はそこに集約する。

 坐武羅が言うには、崩界は『心の根源』と密接な関りがあり、その『根源』を揺るがす事が出来れば、その心の在り方に応じて崩界も崩れやすくなるらしい。


 しかし、己の父親を名乗る極夜の事を喜逸は何も知らない。ヤツの根源など知る訳もない。

 それは坐武羅も同じ筈――だと思っていたのだが、ここ一年間ほど坐武羅は極夜からの仕事を受ける関係にあり、いくつか情報を持っていた。

 ……そもそも坐武羅が極夜に近付いた理由が、極夜と戦ってみたいという理由だったらしい。

 全くもって呆れた僧侶がいたものだ。


「拙僧が調べた文献によりますと……」

「……文献に乗ってるレベルなのか。まあ有名人だし五百歳超えてるしな、あのクソ野郎……」


 複数あった文献にも極夜の崩界について詳細が乗っているような物は流石になかったらしい。

 坐武羅が指摘したのは、極夜が極度の夜行性であり、光や明かりを嫌うという記述について。


『……そういえば、坐武羅サマが極夜サマに指定され、私達を誘き出した城山ダム。あそこも太陽の光の届かない地下深くでした』

「ええ、そして極夜殿の現在の多摩方面の拠点も、普濟寺という寺院の跡地地下にあります。さらに言うなれば、拙僧は陽の光の下にいる極夜殿を見たことがありません」

『あ……! ちなみ思い出しました! ログを再確認――やっぱり! 極夜サマが崩界を発動する直前、城山ダム内部の光源全てが一斉に消灯するという怪現象が確認されています!」

「日光が嫌いな引きこもり……ってだけにしちゃあやけに徹底してるな。崩界が心の在り方に関係する以上、奴が拒む光がそのまま弱点である可能性も高い、か。……だが、いくら弱点を突くっつっても、あれだけのチートが日光程度で何とかなる物なのか?」

『うーん、ぶちゃけ、それ単体じゃどうにもならないでしょうねー。いくら太陽光が苦手とはいえ、崩界を弱体させる程度の効果しかないでしょう。決め手にするのはナンセンスです』

「おい、思わせぶりに期待値上げといてダメじゃねえか」

『ふっふっふっー、甘いですよ御主サマ。落として上げてもう一度落としてさらに上げるのがちなみ流会話術なのです。ちなみにちなみは、決め手に坐武羅サマの崩界を推していきたいと思います……! 理由は……坐武羅サマの崩界は極夜サマの崩界と相性がいいから!』


 坐武羅と極夜。二つの実例からデータを得て『崩界』を解析したちなみ曰く、崩界には分類と呼ばれるタイプがあり、それもやはり五行に対応しているらしい。


 要するに、崩界にも五行相生や五行相克の考え方を当てはめる事が出来る、という訳だ。


『ちなみスカウターによると極夜サマの崩界は具現型。そして坐武羅サマの崩界は干渉、強化の複合型。具現型は干渉型によって相克――つまりは不活性化が狙える分類です。弱点の日光でうまく弱体化する事が出来れば、あるいは――』

「……結局、最後まで希望的観測ありきなのは気に入らねえが、突破口らしい突破口は他にはなし、か。……なら、限られた手札に掛けるしかねえわな」


 この時点で、大まかな作戦方針と戦闘の流れが決まった。

 まず、こちらの戦力が削がれる前に極夜になるべく早い段階で崩界を発動させること。これを第一とし、喜逸たちは動いていた。

 夜や闇を好み得意とするであろうという推測から、蝋燭を消し視界を奪うと見せかけて極夜にとって崩界を発動しやすいフィールド、光からほど遠い闇の世界を演出。

 さらに喜逸に対して父親ぶる極夜の言動を利用しうまく発破を掛ける。

 そして今、崩界を発動させるに至る――

 


☆ ☆ ☆ ☆



 極夜の崩界が発動するその寸前。喜逸のアイカメラからの映像を受け、ちなみは叫んでいた。


『坐武羅サマ! 今です!』

「――《霊刻起因》――《嗚呼、御仏よ。欲深き私をどうか、どうか救い給え。許し給え。南無阿弥陀仏、一即一切融通無碍》――」


 この作戦は極夜に崩界を発動させることが大前提にあるものの、その極夜に発動した崩界の力を使われれる前に勝負を決する必要がある実にシビアなタイミングが要求される作戦だった。

 速すぎても遅すぎてもいけない。

 そのタイミングを合わせる為にも、生き人形である喜逸の視界を同期し共有できるちなみとゴーグルは地上の坐武羅が装備する必要性があったのだ。


「――崩界――『一道無為心煩悩救済』!」


 即身成仏を遂げた坐武羅の体躯が一回り大きく変質する。

 黄金の肌に、絢爛豪華な五色の後光を発し、額の曼荼羅は脈動し各部のピアスは光の輪へと変貌。

 下半身に紫の布を巻いた装いで来迎印を結ぶ覚者は、そのまま長大な槍と化した土蜘蛛喇叭を力の限り地面へと振り下ろす。


 鼓膜が圧壊するような轟音と共に、仏の御業で足元の大地が木端微塵に砕け散った――


『――御主サマ!』


 伽羅俱利腕を悪龍悪鬼が如く禍々しい黒炎を象った剛腕へと変貌させた喜逸は、噴流噴射による加速を経て飛翔もかくやという勢いで疾駆していた。


 その拳を極夜へ叩きつけるその寸前。

 ちなみからの合図を受けた喜逸は地を蹴り方向転換。

 極夜から遠ざかる軌道へ入った瞬間に、坐武羅の一撃によって天井が崩落する。


 七月中旬、夏真っ盛りの直射日光が闇に満たされた地下空間を侵食。

 さらに多量の閃光符が降り注ぎ、闇夜に慣れた極夜の目を焼く。


 同時、坐武羅の崩界『一道無為心煩悩救済』の効果圏内に入っている極夜の能力値が凄まじい勢いで低下を始めてさらなる弱体化を誘い、そのまま地上より落ちてきた坐武羅の振り下ろす土蜘蛛喇叭が、白い靄めいた幻霧の世界の天井に衝突――拮抗。


 ぶつかる霊力が火花を散らし、坐武羅の頬に切創が走る。

 白靄の世界と仏の一撃の激突に、唸るような轟音が轟き、心の根源同士、真理と真理の衝突に世界が軋みをあげていた。


「ぬ、ぐ……っ、ぬぅおおおおおおおおおおおおおお……ッ!!」


 『崩界』同士の相性では坐武羅が有利。


 だが、崩界の強度は極夜の方が上だろうというのがちなみの見解だ。

 そしてそれを裏付けるかのように、弱体化している筈の極夜の崩界は仏と化した坐武羅の一撃と拮抗している。


 あともうひと押しで釣り合った天秤を崩せそうな予感はある。

 だが、これではまだ足りない。


「ははは! 考えたものだな喜逸! 君の……いや、君達の創意工夫には驚かされるよ、後で花丸満点をあげたいくらだ! だが少しばかりおイタが過ぎるぞ。僕を本気で殺そうだなんて、悪い息子には裁きを与えなければなぁ……っ!」


 ――不味い。ここで極夜に『崩界』の力を使われればその瞬間に喜逸は敗北する。


 坐武羅一人では極夜には敵わず、それはすなわち全滅を意味している。

 だが現状、喜逸の身体は極夜から遠ざかる軌道にあり、此処でもう一度方向転換をする時間的余裕はない。

 勝利の条件はただ一つ、この『崩界』を破壊する事であり、それは必ずしも極夜を倒す事とイコールではなく――その時、喜逸の視界に白靄の世界を囲う鳥居の存在が飛び込んできた。


 刹那、喜逸の反応は劇的だった。


「――伽羅俱利腕ァァアアアアアアアアアアアアアアアーーッ!!」


 ボッッ! 右腕から響くは再点火の爆音。

 取り込んだ酸素を燃料と霊力で燃焼させ、タービンを回す。

 回転率を上げる、上げる、上げる! 爆発的な再加速。白靄を切り裂き時間を置き去りにする超感覚に、過剰な負荷にエンジンの熱暴走の可能性を告げる警告音が脳内に鳴り響き、ダメージを受けた機体が軋み、一部パーツが剥落していく。


 それらを全て無視してさらに速度を上昇させる斑輝喜逸は、そのまま一筋の龍星と化して六つある鳥居の一つへと突き進み、黒炎纏う右拳を槍のように撃ち出して――


 ――圧倒的な加速と地獄の業火の生み出す破壊が、六道を司りこの異界の根幹を成す鳥居の一つを甲高い破砕音と共に木端微塵に打ち砕いていた。


 直後、極夜の『崩界』が著しく揺らぎ天秤の崩れた覚者同士の拮抗が崩れて、


「――時和極夜殿! この坐武羅、貴殿へのお礼参りに参った! お覚悟ォオ!」


 眩い白靄の闇を打ち破り、勢いそのままに振り下ろされた土蜘蛛喇叭の一撃が極夜の右肩から左わき腹までを両断。心臓があった位置に刻まれていた反魂呪を真っ二つに裁断した。



☆ ☆ ☆ ☆



 大量の血を噴き出し倒れた極夜は致命傷を受けてはいたが、まだ死んではいなかった。

 大の字になってぼんやりと虚空を見つめる男の喉元に俱利伽羅剣の刃を突きつけ、喜逸は激情を抑えた静かな声で問いかける。


「……言え、クソ親父。妖狐はどこにいる」


 崩界を破られ本当に廃人になってしまったのか、目を剥いたまま極夜は何も答えない。

 三秒待ったが反応らしい反応を得られず、苛立ちが限界に達した喜逸は舌打ちを残して自分で探したほうが早いと早々に見切りを付け、親を名乗る男に背を向ける。

 その時だった。


「はは、あははっははは! あぁ……き、いつ。愚かで、可愛い……我が、息子。強く、なったな。戦いは、君の勝ち、だ。だが、……君は一つ、盛大な勘違いを、している……」


 瞳孔を見開いたままけたたましい哄笑をあげる極夜の様子は尋常ではない。

 だが、廃人と化したのとも、狂乱したのとも違う異質さ、その不穏さに、喜逸も坐武羅も動くことができない。


「息子が、父を超えるのは当たり前。いわば、これは……最後の試練。だ、から。僕ではない。君が倒すべき、宿命は。殺し愛うべき約束の星は……僕じゃない……」


 口の端から血の線を引き、満足げに笑う極夜の赤く淀んだ瞳がどんどん力を失っていく。

 崩界を破られ廃人化が進んでいるのは間違いない。

 だが、その口から告げられる言葉を妄言だと切り捨てる事も喜逸には出来ない。

 魂の脈動が消えかけたその瞳は、けれどもいっそ狂気じみた強度でもって確かに未来を見据えていたのだ。その瞳に映る未来の裏に、男の五百年の過去があった――



☆ ☆ ☆ ☆



 ――平呈二十九年。

 幸せの絶頂にあった斑輝極夜は最愛の妻、斑輝喜乃(まだらぎきいの)を交通事故で失った。

 生まれた息子が二歳になり、かねてから病弱だった喜乃の病の特効薬を凄腕の医者である極夜自ら開発し治療に目途が立った希望に満ちた穏やかな春先。

 久しぶりの退院に家族と過ごせるとはしゃぐ妻は飲酒運転をしていた老人に跳ねられて死んだ。自分と同じ、身体の弱い息子を残して。

 享年、二十七歳だった。


 妻の死後、医師免許の他に宗教学者でもあった極夜は、仕事もせずオカルトじみた妖しい研究に没頭するようになる。

 陰陽術における泰山府君や死霊術。エジプトのミイラなど、彼が人の生死や魂に関する分野にのめり込む姿を見て、彼の最愛の人の死を知る周囲の人々は何も言い出す事が出来なかった。


 この時、喜乃の父斑輝機三郎だけが極夜の異様な態度に言及し、研究を辞めるように説得。しかし極夜が応じず関係が拗れ、斑輝性を名乗る事を許されなくなったと言われている。


 とはいえ、極夜はこの時、妻の亡くなったショックからこのような行動に及んでいた訳ではなかった。

 生と死、もっと言えば人の魂に関する研究を彼が始めたのは第三次世界大戦真っ只中の平呈十二年。

 大災害時代と呼ばれる人類絶滅の最盛期とも言える時期にまで遡るのだ。


 前述した通り、極夜は宗教学者でもありあらゆる神話宗教に通じていた。

 極夜は大災害時代の度重なる災害と戦争の流れが不自然な程に人類にとって都合の悪い方へ進んでいる事を疑問に思い、この惑星が神に見放された事を既に突き止めていたのだ。


 ――『僕らの惑星は……この世界の世界樹は落ちた。神に見放された人類は、近いうちに絶滅する』。

 そんな言葉を平呈十三年の時点で極夜は残している。


 その後も極夜は地道な研究を積み重ね、平呈三十七年。

 ついに極夜は霊力エネルギーの実用化、霊魂革命を成し遂げ、その三年後には鎖縛魂法の実用化にも漕ぎ付ける。

 それが世界の歴史年表にものっている表の歴史。


 だが、極夜の目的は霊魂革命で人類を滅びの定めから救う事などではなかった。


 ――人類の滅びは回避できない。なら、神なんて無粋なものに滅ぼされる前に、自分の手で滅ぼしてみたい。


 現実への執着が薄く、根が研究者だった極夜の魂の研究のスタートは、自分が世界を滅ぼす魔王になりたいという純粋な興味、好奇心からくるもの。

 断じて人類を救う為の研究ではなく、また霊魂革命は人類を生物的に破壊し、破滅へと追い込む最悪の一手でしかなかった。

 当然だ。生殖機能を失った生命体など、生命として破綻している。


 だが、そんな極夜にとっても、喜乃の存在とその喪失は大きかった。


 故に、ある意味では彼が妻の喪失から魂の研究に没頭し始めたとする説は正しいとも言える。


「……なあ、喜乃。お前を失って思い知らされたよ。お前と一緒にいると安らぐ自分がいた。何気ない退屈な日々が苦痛ではなかった。だから、改めて思うんだ」


 妻が事故で死んだ後、既に『鎖縛魂法』の完成図が頭にあった極夜は息子の喜逸の食事に毒を混ぜるようになった。

 その治療と称し、喜逸を使った人間の魂の人体実験もスタートする。

 そうして喜逸を原因不明の不治の病に見せかけると、それを嘆いた祖父、斑輝機三郎が喜逸の『生き人形』の制作に取り掛かるようになる。

 ――そこまで全てが彼の想定通りだった。


「もし、この世界が冥府になったなら、もしかするとまたお前に会えるんじゃないかって」


 だが、喜逸を実験体として扱っていた彼は決して喜逸を愛していなかった訳ではない。

 どうせ滅ぶ世界ならばと、自分の息子を真っ先に『永久人』に仕立て上げようとしたのも彼なりの愛情だったのだろう。

 そして極夜の夢はさらにその先にあった。


「そしたら今度は決して終わらない家族の絆を作りたいんだ。喜逸君とお前と三人で、決して滅びない強固な家族になろう。その為にも今度こそ終わらない世界を――」


 ――自分の手で人類を滅ぼしてみたい。

 ただそれだけの好奇心から始まった極夜の研究は、霊魂革命の達成を経て次の段階へと突入する。

 それは、世界の冥界化。

 陰の存在である永久人で世界を満たし世界の陰陽のバランスを崩壊させ、生死の観念を反転させる。

 人類の暮らす地上世界――贍部州を冥界化し陰の世界へ、冥界を陽の世界へリバーシのようにひっくり返し、死んだ妻を冥界となった地上へと呼び戻す。


 人類は地獄に死に産まれ、必ず極楽浄土へ至る為に生きる前に八つの地獄の中で悟りを得るまで永久を過ごす。

 その果てに生を得て極楽浄土へと逝く事が出来る。

 そんな本末転倒の狂った救済世界を、時和極夜はこの地上へ産み落とそうとしていたのだ。


 しかし、地道に永久人を増やすだけでは莫大な時間が掛かってしまう。

 そこで極夜は、計画を早める為に莫大な陰気の塊ともいえる存在に目を付けた。

 そして――


 ――五百年の時を経て、血の滾るような殺し合いの果てに最愛の息子の手によって時和極夜は引導を渡された。


 だが、これは決して終わりではない。


「――さあ、喜逸。『円環輪廻の五百年』を、今こそ……君の手で、彼女を、殺し。世界を終わらせ……――あぁ、久しぶりに君と遊べて、嬉しかったよ。喜、逸。今度は……、キャッチボール。とやらを、やってみよう。……ごめん、待たせた喜乃。君を、……仲間はずれになんか、しないさ……今、僕も行く。こんど……こそ、三人、一緒に。いつ、までも………………」


 廃人と化し、反魂呪を破壊された極夜の魂は昇天する。

 極夜は死んで喜乃に会いに行く。


 そして最後に世界が裏返り、再び親子三人で再会を果たすのだ。


 斑輝喜逸は闘争には勝利した。


 だが、勝負に勝ったのは時和極夜の方だった。


 狂った父親の正義と愛は、世界を破壊する。

 そうして、斑輝喜逸に終わりを齎す者もまた、喜逸の事を愛する者が掲げた正義に違いないのだから――



☆ ☆ ☆ ☆



 ――『円環輪廻の五百年』を今こそ君の手で。彼女を殺し世界を終わらせろ。


 時和極夜はその魂が消滅する寸前、満足そうな顔で確かにそう言い残した。


 聞いたこともない意味の分からない言葉だ。

 その筈だ。

 それなのに、胸騒ぎが止まらない。


 『円環輪廻の五百年』。

 そのフレーズが心に大きな引っ搔き傷を残し、傷口から侵入した毒が喜逸の不安を加速度的に育てていく。

 だが、喜逸はもっと早くに気付くべきだった。


 この空間全体に満ちた陰気。

 膨大すぎるが故に、空気と一体化して感じとりにくくなっているこの陰の気の発生原因。

 そして、あまりにも弱かった(・・・・・・・・・)時和極夜の弱体化(・・・・・・・・)の原因について――


 ――ずるり、空間がズレるような違和感が生じる。

 眼前、つい先ほどまで極夜が立っていた地点のさらに背後の空間。

 そこに、高さ三メートルほどの聖観音菩薩像が鎮座していた。


「な、に……?」

「極夜殿が倒れ、彼が掛けていた隠形が今解けたという事でしょうな。しかしこれは……」


 隠形とは、何も馬鹿正直に霊力を隠すだけが能ではない。

 隠すべき物を風景にとけ込ませ、違和感を消失させる。

 最も高度な隠形は、姿は見えど霊力は感じれど気にならない、気にする事が出来ない。

 認知の境界線、その隙間に滑り込むようなそんな一手の事を指すのである。


 台座とその上に乗る黄金に輝く仏像に今ままで気付かなかったという事実が、喜逸の背筋を凍らせる。

 そして、その事実に気が付いた時には、致命的なまでに何かが進行していた。


 ……そう。

 それは至極当然でいて簡単な話。時和極夜によって巧妙に隠匿されていたのは、台座の上にある仏像のレプリカなどではない。


 ……焦燥感が加速する。胸の奥の衝動の炎が、苦しむように喘いでいる。


 思い出さねばならないナニカを今すぐに思い出さねば致命的な破滅が訪れる。

 そんな確信が浮上する。

 だが、分からない。

 何も思い出せず、焦りと気持ち悪さばかりが胸に残る。



 そうして、この地下空間を満たす悍ましき陰気の発生源が、極夜の掛けた隠形が取り払われた事によって正しい輪郭を得て台座の上、仏像の足元に設けられた儀式場の中心に顕現する。



 それは齢十二、三の少女だった。

 狐耳と尻尾が特徴的な可憐な少女は、淡い桃色がかった乳白色の長髪を腰のあたりの位置で赤い髪紐で結わい纏め、その身に纏う貫頭衣のようなゆったりとした臙脂色を基調とする青海波文様の浴衣は下半身部分がばっさり切断されており、下半身を覆い隠すように巻き付いているのは、少女の臀部から伸びる大きくふさふさな尻尾。


 己に掛けられていた隠形が解けた事に今気付いたのか、少女は余裕ある緩慢な動作で顔を上げる。

 仏も鎮座する台座の上、描かれた陰陽太極図の中心に立つ少女は、脳ミソの蕩けるような甘ったるい嫣然とした笑みを浮かべ、正気を逸した瞳で真正面の斑輝喜逸を射抜いて、


「……嗚呼、ぼくに逢いに来てくれたんだね、きーつ」


 骨の髄までむしゃぶり犯すような陶然とした声音で、悦楽に尻尾をぶるりと震わせた。

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