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・ギア/フォース 贋作木偶人形・弐――VS時和極夜/あすを取り戻さんと少年は吠える

 莫大な陰気で満ちたそのうす暗い空間で、男は少年の到来を熱望していた。


「――ああ、喜逸君。やはり来たか、待ったぞ待っていたとも待ちわびた。しかし……なんというか拍子抜けだな。先の様子では、もっとなりふり構わない物だと思っていた。我が息子よ」


 昔馴染みの訪問を歓待するかのような親しげな笑みを浮かべ、白衣を墨汁に浸したが如き黒衣を身に纏い、肩にかかる長さの紫色の髪をオールバック風に纏めた五百年の時を過ごすその男は、剣のように垂れさがる前髪の一房の隙間から赤く淀んだ泥沼のような瞳で、長年待ち望んだ来訪者を歓迎した。


 対する来訪者――秘密の地下へと至る階段を、己の存在を主張するように足音を響かせながら一段ずつ降りてきたのは、小柄な身体に見合わぬ右腕を持った目つきの悪い少年。


 狼と呼ぶには些か上背の小さなその少年は、目つきの鋭さを狐に揶揄される事もあった。

 少し前までは言われる度に相手をぶん殴る程にムカつく単語だったが、今はそれほど嫌じゃない。


 絡繰り技師兼人形技師として名をはせた天才、斑輝機三郎。

 彼がその生涯を懸けて作り上げた最後の最高傑作、斑輝喜逸の生き人形を『永魂体』とし現世に留まる機械仕掛けの『永久人』は、しかして終わらない終わりを終わらせるべく同胞たる『永久人』を屠り続けてきた。


 その少年の名は、『魂葬者』斑輝喜逸。


「安心しやがれクソ野郎。正々堂々なんざたった今ドブに投げ入れたところだ。恥もプライドも信念も何もかもを投げ捨てて、なりふり構わず殺しに来てやったとも。『永久人』時和極夜」


 伽羅俱利腕。

 喜逸の強さの象徴たる右腕の魂葬霊具から、昂る霊力が炎となって迸る。


「親に向かってその口の利き方は感心しないが……いい気迫だ。悪くない。一応確認しておこう。喜逸君。君は僕の元へ何をしに来たのだね? まさかとは思うがこの父と久闊を叙する為とか? まあ、僕としては勿論それでも全くもって構わない。むしろ嬉しいくらいだが――」

「――お前と俺の間に温めるようなナニカはねえよ。あったとしてもそんなモンは今ここで焼き尽くす。お前が俺の父親かどうかも興味がねえ。俺はただ、奪われたモン取り返すだけだ」


 彼我の距離は三十メートル。

 噴流噴射を用いれば、瞬きのうちに消滅する距離。


 自然昂る甲高い右腕の嘶きに、しかし極夜は警戒も構えもしない自然体。


「なるほど。奪われたもの、か。僕が君から奪ったものとは……はて、一体何だったか?」


 見透かしたような笑みを浮かべ、喜逸を試すように言葉を投げかけてくる。


「そんなモノ決まってる」


 対する喜逸は右腕を前に、左足を半歩後ろに引いて、極夜に対して半身の姿勢で一言。


「未来だ」


 直後、爆散する床。

 高まる嘶きから一転、弾けるように爆発音を上げたハイブリッド・ジェットエンジン。

 肘部の排気口から解き放たれた噴流噴射に喜逸の身体が弾丸となって射出される。

 右拳の手甲装甲がスライドし、山札より術符をドロー。那由那の所で新たに仕入れた新術符のうち一枚を左手に構えながら、地を這う獣のような低空飛行で一直線に極夜へ肉薄する。


 接触の直前に術符を発動。

 濃い鼠色の煙がコミカルな爆発音を立ててあがる――『煙幕符』。

 『隠形符』が気配や霊力を隠し、存在を静謐に隠匿するのに対して、こちらは派手な音と視覚効果、さらに濃い霊力の煙で敵をかく乱。隙や不意を生み出す事に長けた術符だ。


 自ら生み出した煙を切り裂くように左で大地を蹴って極夜の右側面へ回り込む。

 そのまま身体をぐいと捻り、腰の回転に合わせて噴流噴射の勢いを増大。挨拶代わりと呼ぶには些か過剰な殺意が籠められた旋風の如き回し蹴りが男のこめかみを打ち抜かんとする――



「――すまないが、喜逸君。その程度の技量では、全て見えてしまうんだ」



 煙幕の意味など無い。まるで蹴りが来る事を事前に知っていたかのような動作で、ほんの数センチ極夜が横に動く。

 ただそれだけで凶悪な回し蹴りは極夜の髪を掠めるに留まって――否。振り抜かれる蹴り足が、此処に来てもう一段階爆発的に加速し寸断される時を切り裂いた。


「――なっ」


 見開かれる淀み切った赤い瞳。

 全てを見通す予知じみた回避を追い越すように喜逸の爪先がそのこめかみを捉え――蹴り抜く。

 痛烈、確かな手応えに吹き飛ぶ黒衣の男。

 喜逸は独楽のように回転し、振り抜いた右足を軸に床に円を描いて着地を決める。


 翻るマント、残心を取る喜逸は、驚嘆を浮かべながらこめかみの血を拭っている極夜を煽るように口端を吊り上げる。


「俺程度の技量なら何が見えるって? なあ、お父様。お前にこの結果が見えたかよ」

「まさかお友達の力を借りるとは……確かになりふり構わず来たようだな」


 いつの間にか地下空間に鳴り響く心が澄み渡るような軽やかで清廉な音色。

 開け放たれた地上と繋がる扉から入り込むソレは、坐武羅が土蜘蛛喇叭で奏でる霊術『早喇叭――飛天叫喚』。


 本来であれば自身のみを強化するその音色の対象範囲を喜逸にまで広げる事で、喜逸の敏捷を一段階上昇させ、超常的な反応を誇る極夜の予測と回避動作を瞬間的に上回ったのだ。


 地上で土蜘蛛喇叭を吹く坐武羅と地下で戦う喜逸による挟撃連携。

 それこそが、斑輝喜逸がなりふり構わず時和極夜を打ち倒す為に持ち出した策の一つだった。


「坐武羅、助かった。そのままピンポイントで援護頼む。出番来る前にガス欠にはなるなよ」

『――拙僧とて本懐を果たさねば此処へ来た意味がありませぬからなぁ。無駄な心配ですぞ』

「ちなみ、引き続きタイミング頼む。ヤツから例のアレを引き摺り出す」

『――ちなみ了解です。御主サマ、お気を付けて……!』


 耳にセットした無線機を用いて小声で坐武羅達とやり取りしつつ、喜逸は改めて前を向く。


 勝負はここから。

 持てる力の全てを駆使して時和極夜を攻略しなければ、斑輝喜逸の望む未来はない。


 奪われたものを取り返す。

 それは過去に奪われた己という人間の真っ当な死という未来(けつまつ)であり、今、妖狐と共に生きたいと思った未来(あした)

 命無き身で明日を願う己の矛盾、度し難く傲慢な棚上げを目にしながらも、斑輝喜逸は己の愚行に苦笑はすれど辞めようとは思わない。


 この胸に燃える衝動の炎がある限り。彼女への想いがある限り、斑輝喜逸はきっと戦える。


「しかし、少し見ない間に成長したんだな、喜逸君。いいや、喜逸。君が此処まで逞しくなっているとは思わなかった。一人の父親として君の事を誇りに思うよ」

「その父親ぶるのを三秒で辞めろ。ひたすらに不愉快だ。そしてアレは友達なんかじゃねえ」

「おっと、未だに反抗期か? それとも極度の照れ屋かツンデレか。ともあれそんな事ではまだまだ一人前とは呼べないな、喜逸。ここは是非、僕に親孝行の一つでもして貰いたい所だが」

「ああ、そんな事なら叶えてやるよ。息子が親父を超えるってのは最高の親孝行なんだろ? 俺がテメェに引導を渡してやる。嬉死泣きしながら感謝してろや」

「確かに、息子の成長は嬉しいものだが……どうせならこの父の手伝いをしてくれると非常に助かる。今とても佳境でな、君の手でも借りたいくらいなんだ。……というか、そもそも僕の目的が何なのか、何故君の玩具を借りたのか。いい加減気になって来たんじゃないか?」

「世界を滅ぼすんだろ? お前なんざに聞くまでもねえ、この前俺の仲間(妖狐)が教えてくれたわ。それに、今から潰れる目的になんざ興味ねえよ。全部終わらせて俺の独り勝ちだからな」

「そうか、それは困ったな。是が非にでも興味を引きたくなってしまうじゃないか……!」


 今度は立ち上がった極夜が動く――速い。

 坐武羅以上、喜逸に負けずとも劣らぬその速度に、喜逸は迷わず後方へ退避。

 何処から取り出したか極夜の右手には神々しい錫杖が握られている。坐武羅の情報を信じるのであれば、あれが時和極夜の魂葬霊具『饒慈愍心(にょうじんみんしん)』か。


 極夜の左手、術符を三枚一挙に投擲。

 喜逸の回避軌道上にばら撒かれたのは――『爆撃符』。

 爆発音が三連続、重なって続くそれは一つの音の塊となって、地上の坐武羅が奏でる音色を掻き乱しながら衝撃波を生み出し喜逸を襲う。


 しかし間髪入れずに爆炎の中から飛び出す喜逸は、叩き付けられた炎熱でもって己の『土気』を相生――五行変換・黄。『土行符』隆起、装填待機――からの五行相生・火生土『土行符』再隆起、急急如律令。


 『爆撃符』により発生する炎熱は当然『火気』にあたる。

 身体を叩く衝撃波のダメージを無視すれば、炎熱で『土気』を相生する事が可能。

 そうして強化した『土気』を纏った拳を床に叩き付けようとして――足元、駆ける喜逸の軌道上に仕掛けられた四つ目の罠が作動する。


 すなわち。

 爆炎で塞がれた視界に乗じワンテンポ遅れて投擲された錫杖。

 それに貼り付けられた木行符が起動し、ビックバンの如き膨張成長を見せる樹木の咢が喜逸の足元から牙を剥く。


 ――誘導された。思考が追いつくも既に遅い。

 極夜は『爆撃符』の炎熱で『土気』を相生する喜逸の行動を読み、あらかじめ木行符による罠を仕掛けていたのだ。

 回避は――不能。

 伽羅俱利腕の回転機構を用いて、咄嗟に土気から金気への相生を行うが――間に合わない。


 『木克土』。

 喜逸の身体が新緑の暴力に呑み込まれる――その寸前、喜逸の足元の大地が破断し、喜逸だけを押し出すように足場が杭状に隆起した。


 喜逸の霊術ではない。

 地上の坐武羅による『土行』でのサポートだ。

 坐武羅の力を借りて樹木の咢を掻い潜り、宙を舞う喜逸は五行相生・土生金を完遂させ、さらにそこに自己流のアレンジを加えて――


「――五行相生・土生金。『金行符』斬風、鎌鼬。急急如律令!」


 ――陰陽・五行説。五行照応。この世の全て、万物は五行のいずれかに必ず対応する。

 鎌鼬と呼ばれる金属の刃を名に冠する怪異の伝承を用いる事で、喜逸は金気でもって風を操る。

 空中から喜逸を中心に放射状に繰り出される風の刃が、地下空間を薄らと照らす蝋燭を全て芯から叩き斬り、闇の落ちた光無き世界を作り上げた。


「なるほど、視界を奪おうという魂胆か? しかし生憎だが、僕は闇の中のほうが強いぞ?」


 そのまま三百六十度より殺到する鎌鼬を、極夜は手元に呼び戻した錫杖で全て叩き落とし迎撃する。

 激しい霊力の衝突に火花が散って、暗闇に包まれた地下世界に閃光が瞬く。


 その間に地面に着地すると同時、地を蹴り喜逸が疾駆。

 噴流噴射は用いず、隠形符を使用。闇に紛れながら極夜を中心に弧を描くように駆ける喜逸を、しかし莫大な霊力の発露が襲った。


「ぐああああああーっ!」


 自身を中心に純粋な霊力を放射状に拡散。

 術の呈を成さぬ力技で喜逸の隠形を強引に破った極夜が、隙を晒した喜逸に一気に詰め寄らんとする。


 それを阻害するように、天井から凄まじい勢いで土杭が伸び落ちる。

 まるで恐竜の咥内にでも迷い込んでしまったかのように、頭上より降り注ぐ土の牙。


「先からやけにお友達の援護が的確だと思ったが……なるほど。地上のお友達にゴーグルを預け自身の視界を共有しているな? ははは、僕から視界を奪おうとした件と言い、自分が生き人形である事を昨日の今日で此処まで利用してくるとは! いい強かさだ、嫌いじゃない」


 一寸先すら見通せぬ闇の中、地上からの坐武羅の攻撃を極夜は手にした錫杖で全て打ち払い、まるきり意に介さずようやく態勢を立て直した喜逸へ肉薄する。


 しかしそれは、喜逸が態勢を整えるだけの時間を坐武羅が稼いだという事でもあって――


「――ごちゃごちゃ上からうるせえんだよ。無神経野郎。死人は黙って死んでいろ――」


 伽羅俱利腕の『五行相生・加(ギア/アクセラレート)速円環輪廻(・システム)』は、喜逸の伽羅俱利腕への霊力供給が乱れない限りその効果を維持・持続する事が出来る。

 隠形によって闇に紛れて気配を隠し、人形符で身代わりを生み出す黄金パターンは失敗。

 しかし極夜が行った霊術を用いず純粋な霊力を叩きつける方法は、速攻性がある分霊力消費の無駄が多い。

 坐武羅との初戦の内容が報告されている以上、喜逸の隠形により発生する想定外の事態を警戒している事は明らかだ。


 時和極夜にとって斑輝喜逸は警戒する価値もないただの雑魚ではない。

 敵意をもって倒すべき脅威として認定されている。ただ、まだ向こうに幾ばくかの余裕があるというだけ。


 ならばあともうひと押し。極夜を本気にさせるだけの特大の一発がいる。


 そして、隠形は失敗しても伽羅俱利腕への霊力の供給は乱されていない。故に――


 ――がごんッ、がぢっ。歯車が廻り、鋼と鋼が噛み合う音が響いて、


五行相生(ギア/チャト)・金生水(ゥルエーガ)。『水行符』流麗、改め――五行三連生(ギア/サード)水龍恵雨・海神演戯(ワダツミノマイ)』、急急如律令(アクセラレート)!」


 喜逸に肉薄する極夜の眼前に巨大な水柱が立ち昇る。

 下から上へと間欠泉の如く落ちる怒涛の瀑布に、しかし極夜は咄嗟に錫杖の戦端を竜の頭へ突き刺し固定し、波乗りでもするかのように上昇水流へ乗ってしまう。

 上昇の勢いを得た極夜は、空中で瀑布の頭に突き刺した錫杖に力を籠め、弾かれるように宙返り。

 トンボを切って上昇水流から離脱した極夜が懐から多量の術符を取り出すと、盗んだ紙幣をばら撒く義賊のように空中で盛大にばら撒いた。


 ひらひらと雪のように舞い落ちる白い術符の紙吹雪。

 何の効果を持つか分からないソレを警戒しながら、落下してくる極夜に意識を割く喜逸は、


「――なっ、ごぁ……っ!?」


 掻き消えるようにして背後に現れた極夜の錫杖の横一閃に、肺から空気の塊を吐き出した。


 速い、否。そんな次元はとうに超えている。

 瞬間移動や空間転移でなければ説明がつかない。

 神速の現出を繰り返し、極夜が閃光となって全方位から喜逸の身体を打ち据える。


「僕の『饒慈愍心(にょうじんみんしん)』には霊術が刻まれていない、何故ならこの霊具自体が超高性能な一つの霊術でもあるからだ」


 防戦一方の展開に坐武羅が防御を高める音色を奏でるが、攻撃の密度が桁違い過ぎる。


 軋む身体。

 弾ける部品。

 鋼鉄の肌が砕け、剥離していく。

 極夜にとっては軽い牽制のような一撃でも、その桁違いな攻撃力はあっさりと致命的なダメージを喜逸に刻み込んでいく。


 ご丁寧に全身に組み込まれた疑似痛覚が断末魔の如き悲鳴を上げる。

 堪らず追加で『護符』を切るが、怒涛の如く繰り出される連撃連打の雨霰の前には焼け石に水でしかない。


『御主サマ! 時和極夜の反応が凄い速度で消えては現れてを繰り返しています!』

「霊力に物理的な干渉を行えるこの錫杖の一打は魂を削り喰らい内側から滅ぼす。反魂呪を消すことなく『永久人』を屠る事が出来る唯一無二の霊具だ。躱さねば死んでしまうぞ、息子よ」


 乱閃乱舞する極夜の打突は一撃一撃が致命的に重く、さらに『饒慈愍心』は単なる打撃以上のダメージを喜逸の身体に蓄積させていく。

 極夜の言葉通り、その一打を受ける度に魂がすり減り削げ落とされていくのが分かる。

 激痛に視界が歪み、疑似脳髄にノイズが走る。

 思考が正常に機能しない。


『――時和極夜の反応消失の前後に強い霊力反応を感知、やはり何らかのタネがあるかと!』


 脳裏に響いたそれは、当たり前の言葉だった。

 ……そうだ、タネのない霊術なんてない。

 少し冷静になれば簡単に見える事をちなみの言葉が思い出させてくれた。


 極夜の動きがあからさまに変わったのはヤツが術符をばら撒いてから。

 故に、極夜の神速移動を支えているであろう術符を全て焼き払う!


「――五行変換・赤。『火行符』烈火、急急如律令!」


 霊力を流し続け待機状態にあった『五行相生・加速円環輪廻』をあえなく断念。

 すぐさま喜逸の周囲の術符全てを焼き尽くす。

 同時、極夜の懐の術符にもいくつか着火し、極夜は使い物にならなくなった二枚で一組の『転移符』を複数枚破棄、神速の連打もここで打ち止めとなる。

 極夜の怒涛のラッシュを何とか凌いだ。そう思った直後だった。


「残念、こちらが本命だ」


 焼き払った二十九枚の術符のうち一枚がドス黒い火炎を上げ始めた。


 否。それは火炎ですらない。

 不定形でオーラのように揺らめく黒い靄じみたそれは、祟りを齎す怨霊そのものだった。


「――くっ、なんだッ、この気味の悪いのはァ!?」


 『呪怨符』。術符の破壊を殺害行為に見立て、己を害した者へ祟りと呪いを撒き散らす凶悪な術符。

 扱い方を誤れば誤爆もあり得る危険な符だ。

 先ほど空からばら撒いた『転移符』の中に、極夜は一枚だけこの鬼符を混ぜていた。喜逸が『火気』で対処する事まで見越しての鬼の一手。


 襲い来る呪怨に対して喜逸は咄嗟に『護符』を切る。

 だが『呪怨符』は形のない呪い、性質としては陰気を多大に含んだ霊力そのものに近い。

 内と外の霊力の流れを遮断する『結界符』ならともかく、防御力を上げるだけの『護符』では籠められた呪に対応できない。


「がぁあああああああああああああ――ッ!?」


 黒い靄が絡みついた瞬間、焼け付くような痛みが身体中を、脳髄を、その霊魂を侵食した。

 溶ける溶ける溶ける溶けるッ! 死が苦悶が怨念が僻みが呪いが悲劇が絶望が嫌悪が嫉妬が裏切りが愛憎が殺意が諦観が――ありとあらゆる負の想念が、斑輝喜逸の身体を駆け巡る。


 視界が赤と黒に明滅し、機械の身体に吐き気が込み上げる。

 苦しい辛い、痛い。嫌だ、もう痛いのは嫌だ。何故こんなにも生きる事は辛くて苦しいのか、息を吸うのが苦しい食べ物を食べるのが苦しい夜になると眠らなければならないのが苦しい人と喋るのが苦しい手足を動かすのが苦しい現実を見るのが苦しい夢を見るのが苦しい何をしていても苦しいのだ生きているだけで苦しい生きているのがこんなにも辛くて苦しいのならば生きている必要なんてないのではないだろうかそもそも自分は永久人だ生きてすらいない欠陥品で単なる出来損ないの人形なのだから斑輝喜逸の抱いた信念に理由はなく故に価値もなくこれまで己が永久人を滅ぼしてきたことに意味なんてなかったのだだから勝手に壊れて勝手にいなくなっても誰も困りやしないだろうそうだその通りなのだそうするべきなのだ斑輝喜逸というガラクタは今すぐ致命的に破壊されてスクラップとなり無価値無意味で苦しいだけのこの終わらない終わりの続く世界から一足先に消え去って終わりを迎え無になり虚無となる事が世界での一番の幸せなのだから――「――んな、訳ッ。あるかぁああああああああああああああああああああああ!!」


 赫赫と燃え上がる瞋恚の灼熱が、狂乱齎す闇の饗宴の中で高らかに咆哮をあげた。


 そうだ。確かにこの世界を生きていくのは辛く苦しい。

 斑輝喜逸の行いに意味なんてなかったのかもしれない。

 永久人を滅ぼし尽す機械仕掛けの永久人は、まず真っ先に己に終わりを齎すべきなのだろう。


 だけど決めたのだ。


 自分とその大切な者だけを棚に上げた酷く矛盾した厚顔無恥な行いだろうと、筋の通らない話だろうと、このガラクタの身にに唯一残った我だけは貫き通すと、そう決めたのだ。

 だから――――術符速攻(ドローイング)急急如律令(アクセラレート)――『封印符』腕解放――実体化(アクティベート)/俱利伽羅剣……ッ!


 解放された斑輝喜逸の〝虎の子〟。伽羅俱利腕(カラクリカイナ)に当てられた漢字の由来でもあり、あくまで義手だった伽羅俱利腕が霊具として在る為、その根幹を成す核として魂葬霊具の中に格納されたもう一つの魂葬霊具が、その刀身に秘める灼熱の炎によって喜逸を惑わす闇を切り裂いた。


 不動明王が右手に持つその剣は、三毒を破る智恵の利剣である。

 怪異は当然、ありとあらゆる不浄、呪いを断ち切る。強大な陰気を斬らせれば彼の炎剣に勝る刃などありはしない。


 右の義腕『伽羅俱利腕』に、左に握る『俱利伽羅剣』。


 一刀一拳、この二つで一つの魂葬霊具を武装として纏った姿こそが『魂葬者』斑輝喜逸の最終戦闘形態。


「……あれだけの負の想念を振り切ったか。凄まじい火気だな。並みの術師では水気で相克を狙った所でどうにもなるまい。なるほど。それが君のとっておきという訳だな、喜逸」

「……知ってる癖に白々しい野郎だ。俺を造ったのはお前なんだろ? 自称親父」

「正確には君の祖父が造った『生き人形』という器に、僕が喜逸の魂を『鎖縛魂法』で結び付けたというだけだ。だから兵装に関してはほとんど知らないのだよ。その刀も初めて見た」


 挑発するような喜逸の問いに極夜は肩を竦めて返答する。

 嘘を言っているようには思えない。だからと言って、彼が真実己の父親であることなど心の底からどうだって良かったが。


「そうかよ、良かったな。どの道これで見納めだ」


 脇差の形で喜逸の手に収まる俱利伽羅剣を逆手に持って手前へ翳し、右の拳を腰だめに引き絞る構え。

 ここまで、極夜はのらりくらりと喜逸達の攻撃に対応しながら、喜逸の力量を測るような搦め手寄りの攻撃ばかりを繰り返している。

 当然、極夜は本気でなど戦っていない。

 それでも喜逸の体の損傷率は既に六〇を上回っていた。

 これ以上時間を掛けてはいられない。


 一段階ギアを上げる――そんな感覚。

 迸る霊力が闘志の発露となって視覚化されるように燃えあがり、甲高い嘶きが右腕から響き始め鋼を鳴かせ歯車が廻る。


「……つれないじゃないか。もう勝負を決めようと?」

「終わらせてやるよ。だから全力で来いや時和極夜。息子との最後の一幕だ。景気よく行こうぜ、お父様よォ!」


 刹那、地を蹴りつけると同時に喜逸のハイブリッド・ジェットエンジンが唸りを上げた。

 低空飛行低のレーザービームじみた弾頭で射出される喜逸は低い姿勢で相手の懐に潜り込む軌道から一転、右拳を跳ね上げる。


 捻り上げるようなアッパーカットを極夜が一歩下がり回避した瞬間。再度肘部より噴流噴射。

 拳の勢いままに喜逸が反時計周りに回転――合わせ廻る歯車。重ねる相生、五行相生・火生土――逆手に握った左の俱利伽羅剣が、極夜の首を一刀のもとに刎ねんと閃き、そこへ錫杖が斬閃に割って入る――さらに相生、土生金。回転率が上昇――甲高い金属音、弾ける火花。


 衝突の勢いを利用し、ついで喜逸は腕を捻り逆回転に高速旋回――金生水、五行三連生。

 歯車はさらに廻る、廻る、廻る――再度、角度と高さを変えた斬閃にも錫杖が対応。


 弾かれ、今度は大きく飛び退き正面から対峙。

 一足一刀の間合い、一歩で踏み込み斬閃を放ち、二度三度と切り結び伝播する衝撃が左手をビリビリと震わせた――水生木・五行四連生――キンッ! 


 一際大きな金属音が鳴り響き、喜逸の下段からの切り上げと、極夜の上段からの振り下ろしが衝突、数瞬の拮抗を経た後、両者堪らず弾かれるように後退する。


「厄介な右腕だ。細かい斬撃動作にジェットエンジンを合わせ、高速斬撃で僕を翻弄する間に相生を重ねていく。俱利伽羅剣はあくまでその義手を最大限活かす為の副武装か……」


 そうする間にも、極夜と対峙する喜逸の右腕の回転率は上がっていく。


 ――がごんっ、がぢっ。歯車が廻り、鋼と鋼が噛み合う音が響く。


「ああ、そしてそれもこれで終わりだ――五行相生・木生火『火行符』烈火、改め――」


 ――『火』によって生じた灰はいつしか『土』に返り――『土』の中で『金』脈は育ち――『金』属の表面にて『水』は生ず――『水』は『木』を潤し育み――そして『木』は燃えて『火』を育てる。伽羅俱利腕の基本五行『火気』からスタートした五行相生が一周、そして。



「――五行五連生・『一の終』地獄道――」



 ――是、円環輪廻の輪と見たれり。六道輪廻、一の周。到達せしは地獄道。さあ、咎人よ地獄の業火に裁きを受けよ――



 極限まで高まる霊力。

 引き裂けそうな高音域で嘶く右の伽羅俱利腕。


 人の一生を五行相生の一周に対応させた『五行相生・加(ギア/アクセラレート)速円環輪廻(・システム)』がその真価を発揮し、廻る歯車が至った一つの終焉が輪廻の力を拳に宿す。

 自然、拳より迸る霊力と高まる緊張感に、時和極夜は己の息子が本気でこの戦いに幕を引こうとしている事を感じ取り、刻む笑みを一層凄絶に深めた。


「はは! いいな、実にいい。最終奥義、という訳だ――いいだろう。ならその地獄の業火、真の冥府にてこの泰山王に届くかどうか試してみるがいい――《霊刻起因(ニルヴァータ)》――」




 その昂ぶりが口調にも表れている極夜が厳かに即身成仏の起句を告げ、錫杖が妖しい霊力を放ち始める。そして続く詠唱は、思念となって一秒で世界を駆け抜けた。




「――《今宵、世界は反転し、陰陽の狭間に堕ちる。審議審判七七日。――泰広王、初江王、宋帝王、伍官王、閻魔王、変成王――宣告せしは泰山王》《堕落土楽土、六道輪廻、生前四十九審理。贍部州(せんぶしゅう)是一切合切冥途と化せ》――」




 そうして、悟りを開き第十住心たる『秘密荘厳心』――つまりは明らかにされた己の『心の根源』を顕在化。自己の内側にある仏性と一体となる『顕得成仏』を果たしてその身は覚者、すなわち一人の仏陀へと至らん――




 ――崩界(ダーマ・ダートゥ)――




「――『泰山王/冥途顕現六道輪廻六つ鳥居』」




 地下空間に顕現する異界。

 そこは裁きの場にして陰陽世界の境目、中庸たる太極世界。

 覚者となった時和極夜は、具現化したこの場において絶対的な権限を有す王となる。


 対する喜逸は掌に生じた火球を握り込むように、親指から順に折り曲げていく。

 確かめるように形作った拳が赤熱し炎に包まれ、伽羅俱利腕の形状が変化。過ぎ去った炎波の後に姿を現したのは、悪龍悪鬼が如く禍々しい黒炎を象った剛腕だ。


「――『灼熱地獄・悪龍悪鬼炎獄拳武』ッ! 急急如律令!!」


 伽羅俱利腕の噴流噴射が爆音を轟かせ、六つの朱色の鳥居に囲まれた眩い真白な闇の広がる白濁とした幻霧の世界を切り裂いていく。疾駆する少年の剛腕がさらに加速する。


 弾丸と化した少年を迎え入れるように、裁きを下す異界の王は両手を広げ呵呵と笑う。


「時和……極夜ァァアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「ははは! 来い、我が息子ォォオオオオオオオオオ!!」


 永久人の祖と機械仕掛けの永久人。両者の誇る最強が真っ向から衝突する。



 そうして――次瞬。勝敗は、決した。


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