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・ギア/フォース 贋作木偶人形・壱――理由なき者、その理由

 ――「……なんでだよ。どうして、俺は……っ、こんなに……つれぇんだッ!」




 ――「理由なき衝動(わすれもの)に心当たりは?」





 ――「――さあ、喜逸。『円環輪廻の五百年』を、今こそ君の手で――」















 第四章(ギア/フォース) 贋作木偶人形








 ……結局の所、斑輝喜逸とは何だったのだろうか。


 降りしきる雨の中、霊力が底を尽くまで暴れ回って周囲の地形をめちゃくちゃに書き変え、そうして力尽きたように地面に倒れ込んだ喜逸の中に残ったのはそんなちっぽけな疑問だった。


 辺りはすっかり暗くなり、時刻は既に夜の八時を回っているだろうか。

 梅雨の雨すら暴れる喜逸には付き合いきれないとばかりに、数時間前には雨も上がって夜の空には朧月が昇り、暴れる喜逸の様子を恐る恐る窺うように雲の隙間から黄色い月がこっそり顔を覗かせていた。


 斑輝喜逸は『魂葬者』だ。

 しかし喜逸は終わったまま永久を生きる『永久人』であり、魂を現世に押し留める器である『永魂体』は人間ですらない人を真似ただけの『生き人形』だった。


 つまりは贋作。

 人間のような魂葬者で、魂葬者のような永久人で、永久人のような木偶人形。

 それが斑輝喜逸というあやふやで中途半端な存在を表す言葉だった。


「俺が生きてていい理由なんざ始めからどこにもなかったんだ……」


 理由がないものは気持ちが悪い。


 理由もなく生きている斑輝喜逸に、生きる価値などきっとない。


 ならばと一息に死のうにも、永久人は身体のどこかに刻まれた反魂呪を霊力で消さない限りは不滅で不死身だ。

 喜逸は自身のどこに反魂呪が刻まれているのか知らない。

 ちなみは聞いても教えてくれないだろう。

 

 ちなみではないが、もう何もかもが面倒臭かった。

 死ぬのも生きるのも、もう疲れた。

 どっちつかずの半端な自分は、このまま生きるでも死ぬでもなく、中途半端にその境目を生きた亡霊となってフラフラ意味も価値もなく漂っているのがお似合いだと心の底からそう思う。


 それなのに。そう思っているはずなのに……。


「……なんでだよ。どうして、俺は……っ、こんなに……つれぇんだッ!」


 ――生き急ぐような、喘ぎ悶えるような焦燥感が消えてくれない。

 胸を焼き尽くすような衝動も、確かに掲げた欠陥だらけの空の信念も。


 自身が永久人で元より人間ですらない木偶人形だったという事実の与える絶望、虚無感を遥かに上回る勢いで、胸の内で何かが燃え上がっているのだ。立ち止まろうとしている喜逸を、胸のナニカが猛烈に急かすのだ。

 ここで終わる事を許してくれないのだ。

 心なんて偽物のはずなのに、何故だろう。涙が溢れる。


 忘れてはならない大切なものが斑輝喜逸には残っているのだと。

 斑輝喜逸には思い出すべき何かがあるのだと。

 絶対に遂げねばならない事があるのだと。


 喜逸の知らない喜逸が胸の内で必至こいて馬鹿みたいに叫んでいる。


 ……そんな事を言われても分からない。斑輝喜逸には、その存在には理由なんて何もない。


 それを思い知らされたのだ。

 立ち上がるだけの勇気なんて、もうこの右拳には残っていない。

 その筈なのに――


 ――『――じゃあ……は、■■■の■■■■に………! ■■■が…………たら■■が……………るんだ!』――『誰……負けな………い強く……なくちゃ!』――


 胸のうちにある衝動の炎が、今も音を立てて激しく燃えている。


 苦しいんだ。何よりも。

 意味も分からないというのに、その衝動を裏切る事が、幼い頃に交わした友との大切な約束を一方的に破る裏切りのような、胸を穿つ罪悪感を植え付けてくる。

 叫ぶ胸の咆哮が、それが何であるかが分からない事が、一番苦しくて一番気持ちが悪い。


 きっと、その衝動を放置する事は喜逸にとって死ぬ事よりも苦しい苦行だった。

 だって、それは永遠に続く。

 その苦悶には終わりがない出口がない終点がない。

 終わらない終わってくれない、自らの命を終わらせない限りそれは永遠に終わらない。


 靄がかって思い出せない混濁の記憶。

 己の理由がそこにあるのではと、無責任な疑念と期待を寄せ続けていた斑輝喜逸のブラックボックス。

 この開かずの匣と決着を付けない限り、斑輝喜逸は前に進む事も後ろに戻る事も出来ず、正体不明の衝動に永遠に苦しみ悶え続ける。


 そのブラックボックスの開け方が、今までの喜逸には全く分からなかった。

 けれど、己の正体を知った今ならば。新たに見えるものがあるかも知れないと思った。


 ……与えられた絶望に、心に負った痛みに、ただ膝を屈するだけなら誰にでも出来る。

 得た物が一つでもあるのなら、例えそれが絶望だろうと悲しみだろうと明日立ち上がる為の糧としろ。

 終わりの終わらないこの世界は、けれども辛く悲しい事だらけで。

 そうやって無理やりにでも心を奮い立たせなければ今日を生きていく事すら儘ならないから。


 真実に触れた今の喜逸であっても、おそらく箱の中身にいきなり辿り着くのは不可能。


 ならば、探るべき箱の正体は何だ? まずはその外堀から埋めて行け。


 考えろ。思考しろ。

 新たに得た真実、情報をもう一度整理しろ。

 そうして全体を俯瞰する。一見繋がりの薄い要素同士がどこかで突然変異じみた繋がりを見せる事だってあり得るのだ。   


 ……ちなみは言っていた。

 喜逸に嘘をついた事はないと。あの言葉が真実だとするのなら、喜逸の記憶の混濁について聞かれ、詳しい原因は分からないと言ったちなみは記憶の混濁には直接関わっていないという事になる。

 であれば、何故記憶の混濁は起きている?


 ……斑輝喜逸は世界で最初の永久人であると時和極夜は言っていた。

 アレが喜逸の実の父であるかどうかなどこの際どうでもいい。だが、アレの言葉が真実だとすれば、喜逸は五百年以上の時を永久人として過ごしている事になる。

 つまり、記憶の混濁は単純な時間経過による記憶の擦り切れが原因で、ちなみは単に思い出しそうになった過去の記憶をその都度消去していただけである可能性が高い。


 ……ちなみが過去の記憶を必死になって抹消する以上、過去には永久人になった今の喜逸に知られては不味い秘密がある。

 永久人になる以上は永魂体に縛りつけておく『魂』が必要であり、となれば必然、喜逸には永久人になる以前の過去――ああ、何でこんな単純な事を考えなかったのか――生きた人間だった時代が確かにあった筈だ。

 そして、ちなみが隠蔽しているのは喜逸が生きていた頃の記憶。

 つまり五百年よりさらに前の記憶に他ならない。


 ……そして最後のピース。

 目が覚めてからずっと喜逸が考えないようにしていた事。

 それでいて目が覚めてすぐ一番最初に無意識に考えてしまって後悔したモノ。

 今もずっと心の大部分を占めている、斑輝喜逸の中で忌々しくも日に日に大きくなっていくソレは――


 ――馴れ馴れしくてやけに距離が近い、偉そうな妖狐の存在。

 

 喜逸に対して理由不明の好意を向けていた謎の狐耳少女。

 それでいて傍にいると不思議と心地が良く、喜逸の心をいつだって揺さぶり惑わせる斑輝喜逸が滅ぼすべきと信じた怪異の主。

 そうして最後の最後に喜逸を裏切り、世界を滅ぼさんと宣言した最強の怪異。


 彼女は何と呼ばれていた? あのような名で呼ばれる彼女が喜逸にいきなり近づいてきて、敵意を見せるでもなく警戒心ゼロの好意を見せる。

 普通であればあり得ないこんな現象が起きていた理由は何だ? 


 妖狐が自ら語ったように、斑輝喜逸が世界を終わらせるに足るか見極める為?


 ……違うだろう。

 冷静さを取り戻した今ならば分かる。あの時の妖狐の言葉には無理がある。


 本当に喜逸を試す事が妖狐の目的であれば、殺されようとしていた喜逸を助ける理由がない。


 坐武羅から喜逸を庇った妖狐の自己犠牲の献身だけは、理由すら分からないのに痛い程に伝わってきた真実だけは――妖狐が喜逸に抱く温かな想いは――妖狐自身にすら否定できない。


 だから信じない。

 例えこれが喜逸の感情に基づく希望的観測なのだとしても、曲げられない。


 となれば考えられる理由は、一つしかない。


 ――千年妖狐は、五百年前のまだ人間だった斑輝喜逸を知っている。


 全てを失い、壊れ果ててから確信する。

 記憶の混濁の果てにあるモノこそが、喜逸が本当に探し求めているものなのだと――そして、そんな喜逸の求めるモノを千年妖狐が持っている。 


 さあ、これで全ては繋がった。


 斑輝喜逸が決着を付けるべき混濁の記憶。その鍵となるのが千年妖狐であると判明した。


 であれば喜逸は千年妖狐を連れ去った時和極夜を打ち破り、妖狐を取り戻して己の過去を知らなければならない。

 そうして初めて、喜逸は己の衝動の正体を知り、今の自分の進むべき道を決める事が出来るだろう。だから喜逸はこの衝動の正体を知る為に、千年妖狐の元へ――





「――いや、そうじゃねえ。違うだろ。何を履き違えてんだ、俺」





 刹那、喜逸は天啓のような気付きを得た。

 押し寄せる最悪の真実にぐちゃぐちゃに攪拌された脳ミソの中身が、旋風に攫われていったかのように綺麗さっぱり消し飛んで、シンプルな事実だけがぽつりと残っている。


 ……この衝動の正体を知る為? 混濁の記憶を明らかにする為に妖狐を取り戻す?

 違うだろ。そうじゃない。

 記憶の混濁はひとまず捨て置け。斑輝喜逸の胸の内で燃ゆる衝動。この身を急かす焦燥感。

 その原因を、斑輝喜逸は当の昔に知っている。否、気付いている筈だ。


「なんだよ、馬鹿みてえに簡単な事じゃねえか。単に俺は――」




『――ぼくがきーつの傍にいてやろう。光栄に思って泣いて喜んでもいいんだぞ――』


『――旅は、いいな。ぼくはとても楽しい――』


『――よ、かった。きーつは、……無事、か――』


『――ごちそうさま、きーつ。……ファーストキスの味はどうだった? ――』


『――……ふふ、きーつはやっぱり優しいなぁ……――』


『――間違ってなんかいないよ。きーつは。この千年妖狐が保証するとも――』 




 ――能面みたいに感情の凍えきった妖狐の顔を見たくない。ただ、それだけの事じゃねえか。

 ……そう。本当は最初から分かっていた。


 だって、あれだけ衝撃的な真実を突き付けられ、惨めな敗北を喫して、心身ともに打ちのめされた直後だと言うのに、目が覚めて一番初めに考えた事が狐耳と尻尾の付いた少女の事だった時点で、斑輝喜逸の本心など誰の目にも明らかだろう。


 ああ、そうだ。

 斑輝喜逸には諦めきれないものがある。

 親に怒られるのを恐れる幼子のように震える肩を縮こまらせて深々と俯いていた妖狐の姿が目に焼き付いて離れない。

 時和極夜に唆され、世界を滅ぼすなどと宣った大馬鹿な妖狐を喜逸は取り戻したい、助けたい。


 妖狐の苦しそうな顔なんて見たくない。


 妖狐には喜逸の隣で笑っていて欲しい。


 斑輝喜逸は明日も明後日もその先も、これから先の未来を妖狐と共に歩いていたいのだ。


「……なんだよ、ソレ。今まで散々他者の永遠を奪っておいて、流石にこれは筋が通らねえだろ……ッ。なんだってんだよ、俺は一体。どこまでクソ野郎になれば気が済むってんだァ!?」


 理由なんて分からない。

 理由が分からないものは気持ちが悪いのに、この想いが真実なのだとすんなり理解してしまう自分がいる事が許せない。憎たらしくて仕方がない。


 自己嫌悪で頭がどうにかなりそうだった。

 終わっているはずの命が終わったまま続いている。

 そんな終わらない終わりを嫌悪し唾棄し憎悪して、永久人であるというだけでその悉くを滅ぼしてきた斑輝喜逸は、問答無用で自分自身に終止符を打たなければならない。


 そうでなければ己の滅ぼした全てに示しがつかないというのに――終わりを拒んでたった一人の少女を救う事しか考えていないなんて、馬鹿げているにも程がある。


「……筋が通らねえし、許されねえよなぁ、こんなの。……ああ、でもさ。テメェの〝我〟くらいは貫き通さねえと、このままじゃ本当に何もかも失くしちまう、そんな気がするんだ」


 今まで奪った全てに対して、許してくれとは思わない。

 斑輝喜逸の犯したソレが罪なのかすら、喜逸自身にも分からない。

 それでも、一度は掲げた己の信念すら捻じ曲げるのであれば、道半ばで立ち止まる事は決して許されないのだと強く思った。


 自分が何者であるのかとか、過去の記憶だとか理由なんざは二の次で、いつの間にか大切になっていた女の子一人の為。

 結局はそんな子供じみた我儘で戦う事を少年は決意していた。


「……ダセェよな、俺。結局、うまい言い訳の一つ考え付かねえと、大切なモン取り返しに立ち上がる事すら儘ならねえ……なあ、ちなみ。お前もそう思うだろ?」

『――ええ、流石のええかっこしいです御主サマ! ちなみにちなみは失礼ながら、てっきり御主サマは腑抜けきったヌケ男のまま終わるのではないかと思っていました! いやー、ちなみの鬼慰め鬼おだて無くご自力で立ち上がるとは……ちなみの介護が必要なくなるのも、時間の問題ですね……ぐすん、ちなみ寂しい……』

「俺としても流石に介護は勘弁願いてえが、お前が居なくなると道に迷いそうで困るのも確かだ。……だから、妖狐のヤツの所までの最短ルート、またお前に頼めるか? ちなみ」

 苦笑を浮かべる喜逸に、自称天才ナビゲーターは視界のど真ん中で胸を張って答えた。

『……もちのロンですとも御主サマ! 何と言ったって、ちなみは御主サマを完璧にサポートする自律学習型天才人工知能搭載ナビゲーターなのですから!』



☆ ☆ ☆ ☆



 夜を通して走っても生き人形と呼ばれる機械の身体は疲労をまるで感じない。この辺りの感覚も、以前はちなみが操作していたのだろう。


 己が永久人である事に感謝をする事になろうとは、昨日の喜逸では考える事も出来なかっただろう。


「――もし旅の人。そんなに急がれて、一体どちらへ行かれるので?」


 途中、荒れ果てた市内の倒れ掛かった電柱の陰にて、そんな事を問いかけてくる声があった。

 少し通り過ぎてから立ち止まり、背中合わせに言葉を交わす。


「忘れ物を取りに、ちょっとそこまで」

理由なき衝動(わすれもの)に心当たりは?」

「さあな、俺も分からねぇ。だが大事なモンだって事だけは確かだ」

「……なるほど。ならば当てなき探し物の旅に、仏の加護など必要なのでは?」

「生憎俺は無宗教、仏の手なんか借りやしねえよ。だが、旅に慣れたこの辺りに詳しい坊主なんかがいれば雇ってやっても構わねえ」

「それは僥倖。では報酬は一つ、貴殿のその滾る拳という事で」

「遠慮すんなよ生グソ坊主。しっかり大往生させて、本物の仏様にしてやんよ」

「おお、これまた実に僥倖。何とも太っ腹な依頼主に当たったものです。ここまで言われたとあっては拙僧も一肌脱がねば男が廃る。全力で貴殿の探し物に付き合わせて貰いましょうぞ」


 振り向きざま、差し出された僧侶の手を喜逸は迷わずはたき落して、


「共闘はしないんじゃなかったのか?」

「あの時点では共闘のお誘いではございませんでしたとも。そしてこれも、探し物を手伝おうという申し出でございます。拙僧も一つ、忘れものを思い出したもので。……何か問題が?」

「いや、ないな。……こういうのもたまには悪くはねぇ」


 差し出された座武羅の手をはたいた右手を拳の形にぎゅっと握り突き出して、


「ならば契約成立ですな」


 ニッと、とても僧侶とは思えない獰猛な笑みを湛えて、喜逸の拳に己の拳をゴンと重ねた。


 永久人と破戒僧。

 異質な二人の魂葬者が拳を合わせ、打ち砕かんとするのは終わらない終わりをこの世界に生み落とした永久人の祖、時和極夜。

 しかしてそれは手段に過ぎず、斑輝喜逸は妖狐を取り戻したいが為、ただ一つ貫くと決めた己の〝我〟の為に拳を振るうと決めたのだ。


 肩を並べ走る男二人の目的はただ一つ。


 己の邪魔をする目障りな野郎をぶっ潰す、ただそれだけ。


 実にシンプルな話だった。


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