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13/22

・ギア/サード 魂葬者、斑輝喜逸・参――■■■■■■■■■

 頭上からの奇襲速攻。

 重力に引かれ、標的目掛けて加速し落下する斑輝喜逸。

 残り十メートル地点。その風切り音に僅かに坐武羅が身じろぎをした――今ッ!


 吸気口から吸い込んだ酸素を、燃料と霊力で燃焼。タービンの回転と共に上昇する音階。甲高い嘶きから一転、強烈な爆発音が空間に轟いた。

 肘部の排気口から爆発的な勢いで噴射される噴流により、莫大な推進力を得た斑輝喜逸の身体が超加速。一秒と掛からず彼我の間に存在した距離を食い潰して――


「――坐武羅ァあああああああああああああああああああああッ!!」


 右腕、『伽羅俱利腕』内部で回転機構が廻る。

 予め待機状態にしておいた『水気』より切り替わる五行は青・『木気』。

 『土蜘蛛喇叭』を有し『土気』を纏う坐武羅に対し有利な『五行』へと相生する。

 歯車が回って、鋼と鋼が嚙み合う音が響き渡る。坐武羅は未だ、微動だにせず――


「――待っていましたぞ、喜逸殿」


 瞬間、背後から響いた声に、喜逸は己の迂闊さを呪った。

 ぞわり、いつもの虫の知らせめいた悪寒に身体が反応し、咄嗟に振り抜いた拳から伸ばした『木気』の蔦を、近くの支柱に絡みつかせる。

 そのままグイと蔦を引っ張り緊急回避。超加速の勢いも殺せず、全身を盛大に擦過しながら床を転がって、何とか背後の殺気から逃れ切る。


 全身ボロボロに裂きながら跳ね起きた喜逸の眼前、そこには土蜘蛛喇叭を抱えたまま座禅を組む坐武羅ともう一人、拳を振り抜いた態勢で喜逸を見据える坐武羅の姿があった。


「――人形符……! くそッ、間抜けか俺は!」

「ははは、先日の意趣返しというヤツですぞ喜逸殿。拙僧、こう見えて負けず嫌いの気がありましてな。味合わされた屈辱は必ずお返ししなければ気が済まない性質でして……尤も、拙僧の一撃は見事に躱されてしまいましたが。どうやら、術符の扱いは拙僧の負けのようですな」


 霊具は魂葬者にとって命の次に大事な物。肌身離さず身に着けるのが常識だ。

 土蜘蛛喇叭を抱きながら座禅を組む坐武羅を見て、喜逸はそれが偽物かどうか疑おうという思考すら抱けなかった。

 人の思い込みを利用した単純でありながら見事な一手。それにまんまと騙されたのだ。


「……いや、ちょっと待て。それ以前にお前、俺が此処に来る事をどこで知って――……ああ、そうか。また那由那のアホか。あの金の亡者、また俺の事を嵌めやがって……っ!?」

「……僥倖、僥倖、実に僥倖! 理解が早くて助かりますぞ、喜逸殿。仰る通り、拙僧は貴殿の到来を、貴殿との再会を、貴殿との再戦を、今か今かと心待ちにしておりましたとも! ……嗚呼、我が宿願。我が煩悩のままに壊そうとも壊れぬ不壊の宿敵よ。どちらかの命の灯火尽きるその時まで、心の底から楽しみましょうぞ! 拙僧と貴殿二人で、心躍る殺し合いを!!」


 不味い。

 坐武羅は喜逸の奇襲を知っていた。否、喜逸が坐武羅に奇襲を仕掛けるよう那由那まで使って仕組んでいた。

 今宵の全ては坐武羅の罠。

 これぞまさしく飛んで火にいる夏の虫。


 斑輝喜逸は、既に蜘蛛の巣に掛った憐れな餌に他ならない。

 であれば当然――


「――《霊刻起因ニルヴァータ》――」


 準備は万全。

 坐武羅は一切の躊躇いなく世界を歪める起句を放ち、その霊力が爆発的に膨張を開始する。



「――《嗚呼、御仏よ。欲深き我が身をどうか、どうか救い給え。許し給え。極楽浄土聖衆来迎の楽。南無阿弥陀仏、一即一切融通無碍》――」



 己の描く世界でこの世の真理を破壊するべく、その誤った悟りに形を与え世界へ解き放つ。



「――崩界ダーマ・ダートゥ――


























 ――「こんばんは。暗く淀んで気味の悪いイイ夜だな、喜逸君」――


 理解が、出来なかった。


「がは……ァっ」


 坐武羅が『崩界』を発動しようとしたその直前。

 その背後の空間から溶け入るように現れた白衣を墨汁に浸したような黒衣を纏った男の伸ばした手が、坐武羅の胸に穴を開けていた。


「今までご苦労、坐武羅くん。報酬は後払だったかな。後で君の口座に振り込んでおこう。……おっと、君みたいな魂葬者は現金払いじゃないとダメか。面倒だが用意しておくとしよう」


 腕を引き抜き、血溜まりの中に倒れた坐武羅を気遣うような視線で見下ろしながら、肩まである紫の髪をオールバックに纏め上げた男は、今しがた自分で殺した相手に平然とそう言った。


「さて」


 倒れ伏した坐武羅から一瞬で興味を失った気だるげに淀んだ目つきの悪い赤い瞳が、剣のように垂れる前髪の一房の隙間から喜逸を射抜く。

 そこに威圧感はない。ただただ、不気味で不吉で気持ちの悪い濃密な鼻孔を劈き脳を痺れさせる死の匂いが、その男からは漂ってくる。


 その退廃的で淀んだ毒沼のような声が響くたび、喜逸の背筋がぞわりと泡立つ。


「……お前は誰だ? 今報酬と言ったな、そこのイカレ僧侶の飼い主か何かか?」

「そんな事はどうでもいいだろう。折角の再会、お互い積もる話もある筈だ。少し話さないか?」

「再会? 積もる話? てんで意味が分からねえな。俺はお前なんざ見たことも――」


 ――強がるように鼻で笑って吐き捨てようとした喜逸の動きが、完全に停止した。

 驚嘆に見開かれた鋭い瞳が、揺らぐ黒衣の内側へと向けられる。そこに居たのは――


「遠慮する事はない、君と僕の仲だ。確かに僕は、君に寂しい思いを散々させてきた。けれど、今回は君が喜ぶ玩具もちゃんと用意してあるんだ。だからもっとこっちに来なさい、喜逸君」


 ――翻る黒衣の内側。いつからそこにいたのだろうか。

 怒られるのを怖がる幼子のように小さく縮こまって肩を落し深々と俯く少女の姿があって。

 その頭で力なく垂れる狐耳が、床を力なく撫でるふさふさの尻尾が、斑輝喜逸の思考を一瞬で真白に沸騰させた。


「……おい、お前。そんな所で何やってんだよ、妖狐?」

「……、」


 喜逸が問いかけても、妖狐は顔さえあげない。

 どれだけ雑にあしらってもどれだけ鬱陶しいと突き放しても、喜逸に関わる事を辞めなかった妖狐が、肩を震わせたままで俯いている。

 その姿は怪異の主と言うにはあまりにも弱々しく儚げで、明らかに異常な状態だと一目でわかった。

 やがて喜逸の視線がそんな少女を手元に置いて満足げな笑みを纏う男の方へ向く。


「……なあ、お前。そいつ、離せよ」


 声が、馬鹿みたいに震えた。

 男は、そんな喜逸の様子を面白がるようにケラケラ笑って、


「お、予想外に食い付きがいい。やはりコレを選んだ僕の目に狂いはなかったという訳だ」


 俯く妖狐の両肩に掌を置いて、その場でしゃがみ込んで脅迫でもするかのように妖狐の耳元で彼女をコレと物呼ばわりする男のふざけた態度に、


「……ざけんな、そいつは……そいつは俺の――」


 譫言のような喜逸の言葉に、ぴくりとその小さな肩が動いて、


「ほう。それで? この醜い狐の化け物が君のなんだって言うんだ? 喜逸君」

「――っ、……だから、その薄汚え手を離しやがれって言ってんだッ、盗人野郎ォオオオオッ」


 声になる筈だった言葉は喉の奥に詰まって消えた。

 持て余した正体不明の感情だけが蜷局を巻いて直後、理由すら定かではない赫怒の炎が喜逸の内にて爆発的な勢いで燃え広がった。

 己の中で炎が着火した音がする。

 弾ける火の粉の衝動に床を蹴り砕き赫怒と共に酸素が燃焼。肘部より灼熱の噴流を吐き出し、加速する斑輝喜逸は右の拳を引き絞り――相生・相生・相生ッ! 歯車が廻る。右腕、その回転率が上がる。上がる、上がる! 

 鋼と鋼の噛み合う音が連続して轟き、最短記録で即座に五行・四連生を成し遂げた少年の義腕が金剛の大鎚へと変貌。

 繰り出される『金気』を纏う黄金鎚の一撃が無防備に立ち尽くす男を粉微塵に粉砕して――




「――あ?」


 砕け散った。……何が?


「行儀が悪いな、喜逸君。話の途中で実の親に向かって手を上げるなど、僕は君をそんな風に育てた覚えはないぞ? これは一から躾が必要……っと、いけないいけない。子育てにあまり関わらなかったのは僕か、あまり適当を言うとまた喜乃に怒られてしまうな」


 斑輝喜逸の左上半身が粉微塵と粉砕され、不格好な雪のようにその残骸が頭上より降り注ぐ。


 ――かこん。顔の一部と共に吹き飛んだゴーグルが床に落下した音が、寒々しく響いた。


「――ッ、ァあ、がぁああああああああああああああああああああああっっっ!?」


 男は、大上段より振り下ろされた黄金の鎚を左手一つで受け止めると、右足を一蹴。

 膨大な霊力を籠めたその蹴り一つで、斑輝喜逸の左上半身が文字通り爆破したのだ。


「――だァ、はああァ……ぐがッ、あ……っ! ああ、ばぁっ……づァあああああああああ!!」


 無い。ないないなないどこにも無い! 無くなった。壊れた。消し飛んだ。腕が、肩が、左の脇腹から上、左上半身がごっそりと抉られるように吹き飛んだッ。顔も左顎から眼窩までの肉が削げ落ちて骨が剝き出しだ。死ぬ。この負傷で生きていられる筈がない。べちゃべちゃと汚い音を立てて赤黒い液体が身体の外側へ流れ出ていく。斑輝喜逸の命が流れて零れていく。

 搔き集めなきゃ……地面に膝をついて、残った右手で散らばる己の残骸を搔き集めようともがく。

 この行動に意味があるのか分からない。

 ただ、そうしなければならないのだと、死に体の身体が勝手に動いていた。

 べちゃべちゃ。断面から零れる赤黒い液体を必死に掬い、ばらけてそこら中に散らばった自分の部品の欠片を拾って集め、それで、それから……それから? 


 何か……ナニカ、おかシくなイか……? なゼ、左上半身ヲ……心臓を、吹キ飛ばサレタ筈の斑輝喜逸は、ドうしテ、思考ヲ続ケ、活動ヲ続ケ、床ニ散ラバッタ鉄ト油臭イ機械ノ部品ヲ、必死ニナッテ集メテイルンダ……?


「はは、左腕が多少捥げた程度で泣き叫ぶとは大袈裟な五百歳児だ。しかし、これが折檻か。ふむ、そこまで痛めつけたつもりはなかったんだ、泣き喚くほど痛かったなら謝ろう。すまない、喜逸君。なにせ加減がよく分からなくてな。子供の叱り方すら知らない愚かな父だと蔑んでくれ。とはいえ、最後まで人の話を聞かずに早とちりした君にも責任があるのだぞ」

「な、ニを? 言って……」

「おっと、すまない。僕とした事が久しぶりの息子との会話に舞い上がって大事な事を忘れていたようだ。そうか、喜逸君は何も覚えていないのだったな……さて、何から説明したものか」


 男は目つきの悪い赤い瞳を友好的に細めて、


「では、改めて。久しぶりだな喜逸君。僕の名前は時和極夜(ときのわごくや)。鎖縛魂法の開発者にして、霊魂革命の立役者……と言えば、少しは分かるだろうか? 僕が最初にこの世界に送り出した記念すべき一人目の『永久人エヴォレーター』にして最愛なる我が息子。斑輝喜逸」


 ――世界が崩界する音というものを、聞いた事があるだろうか。


「………………………………………………………………俺、が。『永久人』……?」

「ああ、それも君はただの『永久人』じゃない。そうだな……妖狐君、君からも説明してあげるといい。ついでに僕が君を攫ったという誤解を解いてくれるとありがたいのだが」


 優しい笑みを湛え、男――極夜が妖狐の背中を軽く押した。

 よたよたと、覚束ない足取りで無理やり前に押し出された妖狐は、そんな僅かな距離でバランスを崩しそうになる。

 ずっと震えて俯いていた顔が、静かに、何かを決意する時間を稼ぐように、ゆっくりと上がって――


「――ぼくは千年妖狐。この世界を滅ぼす、怪異の主だ――」


 ――彼女が顔をあげた時、そこに喜逸の知る妖狐はもういなかった。


 感情を一切感じさせない、能面のように凍り付いた無機質に凄絶な美を纏った貌。

 その中心で絶対零度の炎を灯した一対の黄金の瞳が、喜逸を無感動に見据えている。


「斑輝喜逸。世界で唯一無機物に魂を定着させることに成功した実験体。絡繰り技師兼天才人形師、斑輝機三郎の創り上げた斑輝喜逸の『生き人形』を『永魂体』に加工し『鎖縛魂法』で魂を結び付けた、世界初の『永久人』。それが君の正体であり、ぼくが君に近づいた理由だ」


 告げられた言葉に、頭を金属バットで殴られたような衝撃が喜逸の思考を完全停止させた。


「嘘ダ……」

「ふむ。嘘だと思うなら自分の身体を眺めてみるといい。ゴーグルが手元を離れているという事は、お義父様が埋め込んだ例の人工知能も咄嗟の干渉はできないだろう。……そら、そのような機械の管と流れるオイル。鋼鉄の肌に歯車の内臓を持つ者が人間である訳ないだろう?」 


 差し込まれた極夜の言葉に、喜逸は思わず自分の身体を眺める。

 そこにいたのは人間でも魂葬者でもなかった。

 冷たい鋼鉄と歯車、機械の管にオイルの流れる、機械の怪物だった。


「やめロ……」


 理解を、納得を、承認を拒む。目の前の現実を頭が理解しても、感情が全力で拒絶する。

 壊れる壊れる壊れてしまう。否、斑輝喜逸は壊れていた。

 永久人を滅ぼし尽す魂葬者が一番最初に作られた永久人だった。

 それだけでも頭がおかしくなりそうなのに、喜逸は人間ですらなかった。

 壊れた機械の化け物だったのだから。もう、何を信じて何のために拳を握り、何を求めて戦えばいいのか分からない。何も、理由なんて分からない。


「君には可能性があった。この終わりの終わらない世界を終わらせる可能性が。だからぼくは君を見極める必要があった。君が本当に世界を終わらせることが出来る存在であるかどうかを。そして――一つの結論に達した」

「ヤメロ、って……言って……」


 理解を、納得を、承認を拒む。目の前の現実を頭が理解しても、感情が全力で拒絶する。

 どうしてだ。何故拒む。斑輝喜逸は千年妖狐を滅ぼしたいと願っていたのではないのか。

 奴が裏切った。その尻尾を、本性を露わにしたのだ。悦べよ斑輝喜逸。これでようやくお前は終わらない終わりの一つを、命無き怪異を終わらせる大義名分を得たのだから。


「斑輝喜逸。君に世界を終わらせる事は不可能だ。滅ぼすべき怪異一匹始末できず、あまつさえ情を抱いてしまうような脆弱なその精神では、終焉を齎す心の根源に辿り着ける訳もない」


 痛い痛い、心が痛い。心なんてものがあるのかも分からない機械の癖に、贋作の人形の分際で、心が痛いとガラクタの内側が軋みを上げる。

 違う、違う、違う。こんな結末を望んでいたんじゃない。そんな顔で、そんな言葉が聞きたかったわけじゃない。

 斑輝喜逸にとって千年妖狐は確かに滅ぼすべき敵だ。魂葬者と怪異の主、決して相容れない存在だった。でも、でも、でも! 妖狐と旅をしたあの日々が全て何もかも嘘だったなど、そんなふざけた話を認める事が出来ると思っているのか――っ!? 

 ……ああ、でも。例え共に過ごした日々が噓偽りない本物だったとして――人ですらなかった斑輝喜逸が、人間を真似た木偶人形こそが、あの日々における最も大きな嘘ではないか。


「安心するといい。役立たずな君の代わりに、ぼくがこの終わりに終わりを齎そう。終わる事無い永久の終幕を、今度こそ終わらせよう。――君の父上も、協力してくれるそうだしね」


 人は、自分が壊れていく音を、世界の壊れる音と錯覚する。

 そんな簡単な事を、喜逸は今更のように理解した。

 世界とは、すなわち人。自分自身の事に他ならないのだと。


「……さて。再会は嬉しいが、いつまでも息子に構っている暇はないんだったな。すまない、喜逸君。御覧の通り、この玩具は僕が少し借りていく。なに、用事が済んだら返すとも。子供の玩具を取り上げて悦に浸るような腐った趣味は持ち合わせていない、安心してくれたまえ。今度こそ終わった世界でまた会おう。尤も――彼女が君の元へ今更戻りたがるとも思わないが」


 少し買い物に行ってくると告げるような調子で告げて、妖狐を伴い極夜が踵を返す。

 警戒の必要すらないと無防備に晒された二つの背中に、喜逸の視界が怒りと屈辱、悔しさに赤熱する。


「……意味の分からねえ……嘘ヲ、ついてんじゃねェ! 妖狐ォぉおおおおおおおおお!!」


 時間を止めたように変わらない妖狐の表情。冷たく凍てついたその仮面の内側で、彼女が震えている姿を斑輝喜逸は幻視した。

 だから、自分が何者であるかとか、永久人だとか魂葬者だとか生きているとかいないとか、ごちゃごちゃとした気持ちの悪い余分な荷物を全てゴミ溜めに突っ込んで、投げ捨てて、斑輝喜逸は訳も分からず我武者羅に走り出していた。


 壊れる世界を否定する為に、壊れようとする己を守る為に、大事なナニカを守る為に。

 斑輝喜逸は極夜へ殴りかかる。

 ボロボロの身体は喜逸の疾走に耐えきれず人口皮膚が裂け金属製の骨格部が左半分露出した。人口筋肉が軋むような悲鳴をあげ、奇怪な機械の喜逸の顔が絶望と狂喜の狭間に引き攣り、声帯を再現した喉の発声装置から獣の如き喉を引き裂く咆哮が迸る。

 火花を散らす断面から赤黒いオイルを撒き散らして、爆発音と共に再度加速――加速の勢いにさらに剥離する左半身のパーツ――逃避する。無視する。知らない。超速で振り切る、加速で世界を、現実全てを置き去りにする。

 機械の身体、流れるオイル、斑輝喜逸が生き人形を『永魂体』に加工し魂を結び付けた『永久人』である事も、妖狐が喜逸を裏切り父親を自称する謎の男についていく結末も、そんな出鱈目は認めない許容しない断じて信じないッ。

 だから――



 ――当然、己が何者であるかも理解しようとしないガラクタは、時和極夜に敗北する。




「――やれやれ、全く仕方のない息子だ。日にそう何度も親に手を挙げるとは。一度目は許した。だが、二度目はないと言う事を教えねばならないか――《霊刻起因ニルヴァータ》――」


 そうして、気だるげに言った男の手には錫杖が握られており、続く詠唱は思念となって一秒で世界を駆け、、ダム内部のありとあらゆる光源が一斉に消灯した。


「――《今宵、世界は反転し、陰陽の狭間に堕ちる。審議審判七七日》《泰広王、初江王、宋帝王、伍官王、閻魔王、変成王――宣告せしは泰山王》《堕落土楽土、六道輪廻、生前四十九審理。贍部州(せんぶしゅう)是一切合切冥途と化せ》――」







 ――崩界ダーマ・ダートゥ――







「――『泰山王/冥途顕現六道輪廻六つ鳥居』」







 瞬間、世界に顕現したのは語弊なく文字通りの冥界。死した者の罪を裁く異界であった。


 陰陽の境目、太極世界とでも呼称すべきそこは真白な闇が満ちていた。


 光はない明かりはない一寸先すら見えはしない。


 世界を照らすべき太陽も月も此処には非ず。


 ただ、六つの巨大な赤い鳥居に囲まれた濃密な眩いばかりの白濁した霧のような闇が世界を覆っている。


 そしてその世界に座すは泰山王。

 四十九日の死後の旅の果て、七度の裁きの後に、六道転生を告げる者也。


 衲衣と呼ばれるボロ布の袈裟を纏う泰山王――極夜には、外見上に大きな変化はない。

 だが、この異質な世界を産み出した張本人に逆に一切の変化がないのが恐ろしい。

 そして、遅れて全方位から肌を指す槍衾じみた圧を掛ける霊力が極夜のものである事に気付く。眼前に広がるこの世界そのものが時和極夜であるかのような、破格の存在感に身体が金縛りにあったようにまるで動かなくなって、


「――斑輝喜逸。君に裁きを下す。腕を寄こせ」



 泰山王のその一言に。振り上げていた喜逸の右拳が、その感覚が消失した。



「言った筈だ、喜逸君。僕は、今君に構ってやれる程暇じゃない。遊んで欲しくなったのなら、新しい玩具でも見つけてきなさい。それとも――この父と本気で遊ぶか? 今此処で」


 掴んだ伽羅俱利腕をゴミのように放り捨て、極夜がその赤い瞳を薄刃のように細める。

 対して喜逸は、己に何が起きたかも分からぬまま答える言葉も持たず――捥ぎ取られた右腕、『伽羅俱利腕』の接続部分から赤黒いオイルを鮮血のようにバシャバシャと噴き出していた。


「……全く。お義父様には最後まで手を焼かされる。折角喜逸君を永久人にしたというのに、永久人を滅ぼすという疑似目的を植え込んでまで僕の邪魔をしようだなんて、酷く嫌われてしまったものだ。尊敬している人物に嫌われるというのは殊の外辛いと言うのに」


 全身から力が抜け、喜逸はその場にがっくりと膝を突く。

 両腕を失い、呆然と見開いたまま定まらない瞳の焦点が、縋るべき藁を探して動揺に震えるように右往左往していた。


 許容を超えたダメージが、処理不能のノイズとなって斑輝喜逸の脳髄を侵食して――【Warning!】機体損傷率が四〇%を超過、致命的な破損を確認――Error:疑似電子脳、記憶領域と思考回路に異常発生。システム復旧の為、『マダラギキイツ』を再起動してください。承認――一〇秒後、全システムを強制シャットダウンします――ゴーグルを掛けてもいない視界に浮かんだそんな警告文を最後に――


「――妖、狐……」


 最後まで、千年妖狐は後ろを振り向かず、斑輝喜逸の言葉に応えようとはしなかった。


 ――世にも珍しき機械仕掛けの『永久人エヴォレーター』、斑輝喜逸の意識はブラックアウトした。



☆ ☆ ☆ ☆








 第三章(ギア/サード) 魂葬者、斑輝喜逸・参――■■■■■■■■■



 第三章(ギア/サード) 魂葬者、斑輝喜逸・参――機械仕掛けの永久人

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