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・ギア/ゼロ 約束の星夜の下、五百年の慟哭を

 ――「ねえ、約束して。生まれ変わってもまたぼくを見つけるって」



 ――「ああ、約束する。例え世界が終わってもぼくは君を探し出す」















 序章(ギア/ゼロ) 約束の星夜の下、五百年の慟哭を




 七月七日。かつて、織姫と彦星が一年に一度再会する日として人々はその逢瀬を、天の川を一目見ようと夜空を見上げ、願いを綴った短冊を竹の葉に飾り付ける、そんな祭日だったらしい。

 尤も、今はそんな行事を行う者は一人もいない。

 七夕と呼ばれていたソレは既に誰の記憶からも忘れさられた、人類最盛期の祭りごとだ。

 人が星へ願いを込めて夜空を見上げなくなった今となっても、満天の星空はこんなにも近くに、それこそかつての夜空よりもずっと――強く大きく輝いているというのに。




 夜の帳の降りた山道に、虫の鳴き声に混じって草木の擦れる音が響く。

 闇に閉ざされ一寸先すら見通せぬ道なき道、茨まみれの獣道を、高速で駆け抜ける唸るナニカが草木を掻き分け進む音だ。


 もしもこの時、山道に目撃者がいたのなら、それを巨大な狼だったと言っただろうか。

 あるいは、ある者はアレはやはり熊だと言い張り、またある者は、莫大な妖力を得た妖狐だったに違いないと言うかもしれない。


 だが、闇夜を切り裂き疾駆するその影は、人の姿形を取っていた。

 地獄へ続くような濃密な闇を諸共せずに突き進むのは男。それも背丈の小さな少年に見える。

 大きなゴーグルを掛け、緋赤色のマントに身を包んだ短髪の少年は、その右腕だけが異常に大きい。

 子供の身体に鋼鉄の龍の腕を取り付けたような異質さ、鋼鉄に覆われたその巨大な腕は、少年のシルエットを明らかにアンバランスなモノにしていた。


 と、不意に少年は、周りに誰もいないにも関わらず詰問するような声を上げた。


「――おい、本当にあってるんだろうな」

『ええ、ええ! もちのロンですとも御主サマっ』


 すると、どこからともなく甲高い少女の声が響く――否、声の発生源は確かにある。少年が掛けた大きなゴーグルから声がするのだ。

 ゴーグル越しの少年の視界、度の入っていないガラス張りのレンズはディスプレイになっていて、そこには様々な数値と表示の他、冗談のように長い銀髪をツインテールに結んだ天真爛漫を通り越していっそ太々しい童顔の少女が映っていた。


『凡人サマ天才サマ変態サマ、果ては無愛想で目つきの悪~い御主サマまで完璧にサポートする自律学習型天才人工知能搭載ナビゲーター〝ちなみ〟の「陰気レーダー」に、間違いはありません! この不遜な有能AIちゃんに感謝の言葉を今すぐ伝えてくれてもいいんですよ!』

「自分で自分を不遜とか言ってんじゃねえよ不遜なAIだな」


 既に一仕事終えて帰路につく筈だった少年の横顔には、疲労がありありと浮かんでおり、受け答えもどこか投げやりだ。……とは言えそれも仕方がない、『永久人(エヴォレーター)』の抹殺のみならず、妖怪や怪異の類まで殺しに出向かねばならぬとは、自分はいつから便利屋になったのだろう。


 しかし怪異も妖怪変化の類も、生者に仇なす命無き者である。

 命無きモノを殺す。

 それが少年の流儀で信念であるのだから、この手の届く場所にいるなら必殺するまでだ。


『そうですとも、不遜で有能な美少女AIです。美少女、ココ重要☆』

「……美少女は言ってなかっただろうが」


 画面の中でぴょこぴょこ跳ねながらコロコロ表情を変えるイタズラ好きな電子の少女にため息を吐く。

 このやり取りに慣れてしまった自分が腹立たしいとすら思わなくなったのは……はて、いつからだったろうか。

 適当に軽口を叩き合いつつ、少年はゴーグルに表示されたこの山の立体図、赤いマーカーでポイントされた標的へと急ぐ。

 こちらに気付いている訳ではないのだろうが、赤いマーカーは少しずつ地図上を移動しているようだった。


 ……まだ少し距離がある。早くしなければ接近に勘付かれ、逃げられるかもしれない。

 メリットとデメリット、二つを天秤に掛けしばらく思案した少年は、地面を蹴りつけると同時に発声――


「――五行変換・赤(ギア/ドヴェー)。『火行符』烈火、急急如律令(アクセラレート)!」


 がごんッ、がぢっ。歯車が回り、鋼と鋼が噛み合ったような音。

 続いて耳を劈く甲高い嘶きが響いたかと思えば、その直後には爆発音と共に少年の身体が弾丸となって急加速を得ていた。


 時間帯を考えない近所迷惑な爆音に、眠りについていた獣たちが騒ぎ出し、鳥の飛び立つ音が喧しく響く中、猛スピードで移動する少年の耳元でさらに鬱陶しくて喧しい声が発生する。


『ちょ、御主サマ!? 一体何をなされているんですか! そんな馬鹿みたいに大きな音を出したら気付かれてしまうじゃないですか!』

「……うるせぇなあ。馬鹿みたいにでかい声で叫ぶんじゃねえよ、耳が壊れるだろ」


 流れる景色を置き去りに、少年は顰めっ面でキンキンする耳を両手で塞ぎながら、


「俺と俺の『伽羅俱利腕(カラクリカイナ)』に隠密行動なんざ出来るかよ。どうせ気付かれるんなら、爆音鳴らしながらでも距離を詰めた方が百倍マシだ」

『はぁ……なんて脳筋なのでしょうか、ちなみの御主サマは……。これではいくらちなみが超頭脳派美少女AIでも、御主サマの野蛮さを矯正できそうにありません。あ、ちなみにちなみは、ワイルドな男の人も好きですよー? だから元気出してください御主サマ! 現世の雌にモテなくとも、御主サマには画面の向こうのちなみが付いてます! ちなみにちなみはえっちなお願いも実行可能ですよ~、今夜のおかずはちなみナース服verでいかがでしょうかチラッチラ。あ、ご利用一回につき、霊力フル充電でお願いしますね? 自家発電だけに(笑)』


 ……美少女設定のAIが雌とかおかずとか言ってんじゃねえよ、とは思ったが、もう標的も近い。

 少年は頭に響く雑音を無視して、意識を右の怪腕へ――伽羅俱利腕へと集中させる。

 ちなみがポイントした赤マーカーは、数秒前の爆音を受けて移動の速度を上げている。

 自分を追う存在に気付いた者の足取りではあったが、まさかさっきの今で目と鼻の先にまで接近を許しているとは思うまい。 


 ならば当然、奇襲を掛ける。

 超加速そのままに藪を突き破る。視界が開ける寸前に、異形の右を弓のように引き絞って――


「――五行相生・火生土(ギア/ドヴェーチャ)。『土行符』隆起、急急如律令(アクセラレート)!」

 少年の求めに応じ、右腕の回転率があがる(、、、、、、、)

 がごん、がぢっ、歯車が廻って鋼と鋼が噛み合うと、『五行』が切り替わり『火気』によって活性化された『土気』が爆発的に膨れ上がる。

 再度轟く轟音と共に、巌の如き硬度を得た右の拳を標的を見もせずに少年は振り抜いて――


「――敵っ!?」


 振り向きざま一閃、ソレは強烈な『金気』を発する獣の爪で空を薙いだ。

 甲高い金属音が響いて火花が散る。

 少年によって頭蓋を砕かれる筈だったソレの細く白い指から伸びる禍々しき異形が、少年の拳を事もなげに受け止めたのだ。


 そうして、両者の視線が絡み合ってようやく互いの姿を認識して――



「――お前、は……」


「――きみ、は……」



 走る戦慄、浮かぶ鳥肌。

 ぞわぞわと、背筋を走り抜ける寒気にドッと汗が噴き出した。

 黄金の瞳の中に赤い瞳孔が浮かぶソレの瞳と目が合った瞬間、少年は言葉を失った。


 何故ならソレは、齢十二、三ばかりの神の使いじみた美しい少女の形をしていたのだ。

 神々しさと毒々しさを併せ持ったような、薄らと桃色がかった乳白色の艶やかな長い髪の毛は腰あたりの位置で赤い髪紐で結われてまとめてある。

 髪の中から驚きと警戒を露わにこちらを注視するのは、頭の上に飛び出た一対の三角耳。髪と同じ乳白色の毛に覆われたその獣の耳は先端が僅かに金色を帯びている。

 小ぶりだが形がよく瑞々しいソレの臀部より二股に分かれて伸びる最高級の毛並みと艶を持った髪と同色の大きなふさふさ尻尾が、ソレの戦意に昂る気持ちを表すように二本角の如く屹立し、警戒にその毛並みを逆立たせている。

 身に纏う貫頭衣のようなゆったりとした臙脂色を基調とする青海波文様の浴衣は下半身を覆う部分がばっさり切除されており、さらにわき腹や背中、肩にスリットが入っている。

 白磁と言い表すにしてもその肌はあまりにも白くきめ細かで、浮き出た硝子細工のような鎖骨と、微かに透き通るようなあばらのライン、横から覗き込めば余裕のある衣類の隙間から見えてしまいそうな未発達な胸の果実の膨らみが、総じて芸術のような均衡で現実世界に描き出されていた。

 そんな正気の沙汰とは思えない衣装に袖を通した少女の、息の詰まるような神秘的な姿と、隠しようのない濃密な陰気に、嫌と言う程心当たりがあって、



「聞いた事がある。白髪の幼い神秘的な童の姿、おどろおどろしい陰の気。お前が噂の――」


「聞いた事がある。狐のように目つきの悪い、異形の右腕を持った少年。君が、噂の――」



 命無き全てを刈り取る、終わりなきモノを終わらせる。それこそが己の使命であると、少年は眼前の存在への戦慄と武者震いに獰猛に笑い、

 対峙する美しい少女もまた、己の悲願が叶ったかのように、口元を歓喜に吊り上げていた。

 異形の右腕を持つ少年と、悍ましい陰気を宿す凄惨なまでに美しい獣の少女。


 七月七日。

 織姫と彦星が一年に一度巡り合う今日この夜に、両者は出会い、共に笑って、共に吠えた。



「――怪異の主、千年妖狐!」


「――魂葬者(デッド・エンド)斑輝(まだらぎ)喜逸(きいつ)!」



 回転率があがる。

 歯車が廻り、鋼と鋼が歯を噛み鳴らす。

 そうして撃ち出した神速の烈火の拳と、地獄の如き陰気に塗れた妖狐の爪牙とが真正面からぶつかり合う。


 決して相容れぬ生者と亡者。


 どちらかがどちらかを滅ぼすまで終わる事ない戦いの火蓋が、此処に切って落とされる――







 ――美しき星夜輝く約束の晩、かつて人が願いを捧げた空は何も変わらずにただそこにある。

 けれども空を見上げる人だけが、世界を置き去りにするように変わり果てていた。

 希望などないと誰もが俯き下を向いている訳ではない。

 ただ、あまりに長い時間を経てしまった為、(カミ)への祈り方を忘れてしまったのだ――




 Endless End Roll ~終末∞世界のヒガンバナ~












 世界は円環の渦、輪廻の輪。回転する二重螺旋。

 廻り、廻り、廻りうねって、上から下へ。下から上へ。行ったり来たりを繰り返す。

 ……廻る螺旋を止めるのだぁれ?


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